二章-1 病院に帰還後
「何で散歩をしにいったら怪我をして帰ってきてるんですかアナタは」
病院に戻ってきて早々恭二医師にもっともなことを言われた。それに俺は苦笑しながら頬をかいてごまかした。
「いや、油断してたら足を滑らせてしまいまして……」
「その怪我は明らかに足を滑らしたようなものじゃないでしょ。医者をバカにしてるんですか?」
恭二医師ははぁ、と呆れたように溜息をつく。
そんな気は毛頭ないのだが、なるほど確かに向こうから見ればバカにしたようにも見えるだろう。そもそも患者である俺がこんな怪我をして帰ってきたら心配するのも当然だろうに、浅はかなのは俺の方だったか。
「それに何で華音ちゃんも一緒にいるんですか?」
「いや、これは……」
事実を言うわけにもいかない。なるべく俺が悪魔憑きであるという情報は他人にばらしたくないし、何より彼女も影山にされかかったことを思い出したくないだろう。ここはごり押しで話を進めるしか……
「アギトさんは不良に襲われてたボクを助けてくれたんです」
そう思った瞬間、彼女は口を開いた。
後ろにいる彼女の方を見てみると「ボクに任せてください」と目で訴えていた。その視線に思わず精神的に押される。そんな俺の心境を知らず恭二医師は「どういうこと?」と優しい声音で聞いた。
「実は一度家に帰ったあと、課題をすませて着替えずに散歩に出たんですけどその時にタチの悪い不良に絡まれちゃったんです。そこをたまたま散歩に出てきていたアギトさんが助けてくれたんです」
「アギトさんが?」
「はい。しかもアギトさんケンカが強くてその不良たちをのしちゃったんです。怪我はその時にできたんです」
恭二医師は話を聞き俺に視線を移す。
少し疑い深そうな眼だったが、やがて諦めたようにため息を吐いて俺に語りかけた。
「……わかりました、今回はそういうことにしておきましょう。彼女の様子を見れば何かのトラブルに巻き込まれたことは一目瞭然ですし、それをアナタが助けたというのも事実なのでしょう」
「はは、たいしたことじゃないですよ」
「謙遜しないでください。ボクは確かにアナタに救われたんですから」
キュっと俺の肌着の裾を掴み、俺を見ながら言う。
「まぁ、とはいえアギトさんは一度怪我をしっかりと見ておきましょう。診察室にどうぞ」
はい、と俺は答えて診察室に向かい恭二医師の診察を受けることと相成った。診察を受けている間、華音ちゃんは俺の病室で待っていてもらうことにした。
診察室に入りしばらく経ち、一通りの検査を受けたあと恭二医師は少し腑に落ちないような表情をしていた。
「アギトさん、喉にかなり大きい一撃を貰いましたよね?」
「ええ。どぎついのを一発」
恭二医師の質問にうなずいて返す。ここは隠していても特に意味はないところなので素直に肯定する。影山の影からフライングレッグラリアートなんて珍しい技をもらってしまった。もろにクリーンヒットしたためかまだ喉が痛い。おのれディケイド……じゃなかった影山、せいぜい管理局に捕まってひどい尋問でも受けてしまえ。
「ですよね、でも……」
「どうしたんですか?」
「その怪我、さっき見た時よりも治ってる気がするんですよね」
「怪我が治ってきてる? まだ喉の辺りは痛むんですけどねぇ」
「安静が必要なのは確かですが、心なしかさっきよりも回復しているように見えます」
まぁ私の気のせいかもしれませんが、と恭二医師は言う。ふむ、悪魔憑きは身体の治癒力も高いらしいというが本当だったようだ。恭二医師の前では言えないが、この回復力のおかげで俺は生き延びることができたのだろう。
そう考えるとこの悪魔憑きの身体というのも不便なものではない。入院も必要最低限の日数ですむだろう。問題はそれをどう怪しまれないようにするかということだ。
「アギトさん」
そこまで考えた時に恭二医師に喋りかけられる。「なんですか?」なるべく平静を装い返事をする。
「経緯はどうあれ、アナタは華音ちゃんを助けてくれました。彼女の言う通り、もっと胸を張っていいものですよ」
ニコリ、と恭二医師は笑いながら言う。な、なんだ。そう笑顔で改めて言われると照れてしまうな。
「ど、どうも。でも女の子を助けるってのは男として当たり前じゃないですかね?」
「その当たり前を最近の男はできないんですよ。私もその場にいたら実行できたかどうか……アナタが羨ましいです」
アハハ、と乾いた笑いをこぼす。しかし今回の事件、恭二医師がいたところで解決はできなかっただろう。むしろ恭二医師の命が危ういところだ。俺だからなんとかできた、っていうところが大きい。
「それと、ですけど」
「なんすか?」
「彼女、案外アナタに惚れているかもしれませんよ?」
クスクスと笑う恭二医師。しかしそれはないと断言しておこうか。
「冗談はやめてくださいよ。吊り橋効果ってやつがあるでしょ? きっとそんな感じですよ」
「いやぁ、確かにその可能性は否定できませんけど、私の勘では確実に惚れてますよ」
「……まぁどういう経緯であれ女性から好意を持たれるのは嬉しいことですがね」
それが自分好みの娘からならなおさらだ。勘違いからくるもんだとしても、嬉しいことには違いない。恭二医師は「絶対惚れてると思うんですけどねぇ」と終止言っていたが、軽く笑いながら流させてもらった。
それから検査は終了し、病室へ戻ることとなった。病室のベッドでは華音ちゃんが腰掛けて待っていた。うん、病室にいる美少女っていうのは絵になるな。
「や、待ったかな?」
「あ、アギトさん。そんなに待ったって言う感じはしなかったですよ」
「それならよかったかな。ま、もう夜も遅いし寝るとしようか。ベッドは使っていいよ」
「え? アギトさんはどうするんですか?」
「俺は床でいいかな……」
「そんな! アギトさんはあんなこともあったし、元々重傷患者じゃないですか! 床にはボクが寝ます!」
「いやいや、床に女の子を寝かせるわけにはいかんだろう。男として、紳士として」
最後の一文はどうかと思うが、常識的に女性を床に寝かせるなんてありえない。俺はここを譲らないぞ。
それから十分ほど口論を繰り広げていると他の病室の方からうるさいと苦情のために文句を言われてしまった。同時になぜ華音ちゃんがいるのかという質問にも返答を困らせることとなった。
そして眠りを邪魔されて苛々とした表情の吉田さんから「だったら一緒に寝ればいいだろ!」とマジキレ気味に言われた。そしてこのおっさん、しれっと爆弾発言を残していきやがったな。何考えてやがるこの親父。
華音ちゃんはその言葉を聞いて「その案、いただきです」と乗り気な様子。年頃の娘が何を言っているんだろうか。結局その発言のせいか「リア充は死ね!」「羨ましい」「責任とりなさいよ!」「あんたが折れればすむ話だろうが!」etc……などさんざん言われて俺が折れて彼女と一緒に寝ることが確定してしまった。男として嬉しい反面、気恥ずかしさが勝っていた。だって、ねぇ? 美少女と寝るんですから。
そうやって他の患者の方達は各々の病室に戻っていき、俺たちもベッドに入る。
少し自分の頬が紅潮しているのがわかる。記憶がないのでなんとも言えないのだが、おそらくこのように少女と寝ることなんてなかったからだろう。まぁ、俺の歳で考えたら犯罪に至りかねないのだが。そんな俺の気も知らずに隣で少女は安らかに寝息を立てて眠っている。
少しその様子に呆れを覚えないでもないが、それだけ信用されているのだろうと考え俺も瞳を閉じる。喉がまだ痛いが、眠れないほどではない。それからうつらうつらとし、自然と俺も眠りについた。