なべどこ森
ママのスープはきらい。
ママはわたしの大っきらいなカボチャを食べさせようと、いっつも入れてくるから。
昨日もママはおひるに、わたしのきらいなスープをつくったわ。
だからわたしは、ママのみてないスキをみつけて、こっそりながしにすててやったの。
けっきょくママにはバレてゲンコツをもらったけど。
おこられたわたしは今、ママのお手つだいをさせられている。
パパのあおくて大きなお皿、ママのピンクの中くらいのお皿、わたしのだいだい色の小さなお皿。
三まいぜんぶをしまわないと、あそんじゃあそんじゃダメだってママは言うの。
ママからかわいたお皿をうけとって、わたしは食っきだなにしまいに行っている。
「なんなのこのおなべ。ピカピカ」
食っきだなの前で、お家のじゃない、ぎん色のぴかぴかしたおなべをみつけた。
おなべってふつうはぎん色でぴかぴかしているものだけど、このおなべはほかのおなべよりももっとぴかぴかしている。
わたしはお皿をゆかにおいて、ぎんのおなべをとってみた。
すると。
「わあ、まっくら」
おなべのなかは、そこがみえなくてまっくらだった。
わたしはふしぎでおもしろいと思ったから、いそいでお皿をしまって、そのふしぎなぎんのおなべをへやにもってかえった。
ふしぎなおなべだ。上にむけても下にむけてもまっくらなまま。
それでかいちゅう電とうをもってきて、おなべのなかをてらしたけど、それでもおなべの中はまっくらなままだった。
うでとかをいれてみると、そのうでがぜんぶ入っちゃう。
そこまでふかく見えないのにとてもふかいふかいおなべだった。
おもしろいから、あたまをおなべに入れてみると、やっぱりあたまはおなべに入った。
「わあ!」
なんとなく、大きなこえをだしてみたけれど、ぜんぜんキンキンしない。
わたしがそのままおなべにあたまをいれていると。
「だ〜れだ、だれだ。だ〜れだ、だれだ」
おなべのなかからうたがしてきた。
あんまりにもきこえてくるうたがたのしそうだったから、わたしはもっとよくきこえるようにおなべのなかにからだをのりだして耳をちかづけた。
それがだめだった。
わたしはおなべのなかにおっこちてしまった。
とてもとても長くおちていくから、わたしはこわくて気ぜつしてしまった。
「だ〜れだ、だれだ。だ〜れだ、だれだ」
おなべの中からきこえてきたのとおんなじうたがきこえてて、わたしは目がさめた。
ふしぎなこうけいだった。
コンソメ色のそらとぎん色のじめん。まわりは木のように大きなアスパラガスが生えている。
目のまえは広ばになっていて、えほんのま女が使うみたいな大きなおなべがある。
そのおなべをかこんでで、手足がついたベコーン、ニンジン、キノコ、ナス、タマネギ、そしてわたしのきらいなカボチャたちががうたをうたっていた。わたしのきいていたのはあれだった。
「だ〜れが落ちた? だ〜れが落ちた?」
うたのかしがかわって、食べものたちがわたしをじっとわたしをみつめる。
「あの子が落ちた。ぼくらも嫌いなあの子が落ちた」
おなべをかこんでいたたべものたちは、こんどはわたしをかこんみだす。
「ゆ〜る〜さない。ゆるさない。あの子もスープにしてしまおう」
たべものたちは、こわいことをうたいだすようになる。
わたしは思い出した。あの食べものたちはぜんぶ、いままでわたしがすてたスープのぐとおなじだった。
「スープ。スープ。ここは鍋床森。好き嫌いばかりの悪い子を、スープにしーて、食べちゃうところ」
食べものたちは、みんほうちょうを手にもってわたしにいっぽまたいっぽちかづいてくる。
うたはたのそうにうたっているけど、たべものたちはわらっていなくてこわい。
「ごめんなさい。もうスープはすてません、すききらいしません、おのこししません」
わたしはないて、ごめんなさいをする。
「…………」
たべものたちは、うたうのをやめてだまっていたけど、ベーコンが口をひらいた。
「やっぱり駄目ー。許せない」
ベーコンはそう言った。
「君はスープを今まで捨ててきた」
ニンジンがいった。
「ぼくらをいっぱいゴミにしてきた」
キノコが言った。
「お腹がすいたら命が必要」
ナスが言った。
「私達があなたなんかにあげた命を、散々粗末にしてきたわ」
タマネギが言った。
「たとえ、キミがもう好き嫌いを止めてお残ししなくなっても……」
カボチャが言って。
『お前が無駄にしてきた命はもう帰って来ないんだ!』
食べものたちが、いっせいにわたし目がけておそいかかってきた。
わたしは、こわくなってめをつむった。
すると、こんなことになっているのに、とてもねむたくなってわたしはねてしまった。
「起きなさい。こんなところで寝ていたら風邪をひくわよ。泣いているわよ。怖い夢でも見たの?」
ママのやさしいこえ。とてもあんしんする。
「あれ? ゆめだったの」
ゆかに、おいたままのお皿が三まい見える。けど、おなべは見えない。
「うん。とってもこわいゆめ。わたしがのこしたスープのぐがおこってるの」
「そう。それはこわかったわね。ママがもう怖くないよってギューっとしてあげる。ギュー」
「ありがとう。ちょっとだけへいきになった」
「きっとそれは、お残ししてばっかりのあなたを叱りにきたのね」
「ママ。わたし好き嫌いしない」
こわいゆめだった。
お残ししてあんなこわいゆめを見るくらいなら、きらいでもたべたほうがましだ。
「そう、それはいいこね」
ママにあたまをなでてもらって。
それからわたしは、すききらいなくなんでもたべるようになった。
* * * * *
それから私は大きくなって、結婚して、ママになった。
今年で八歳になる娘には困ったことがある――好き嫌いだ。
私があの子の嫌いなものをスープにいれるとこっそり捨てるのだ。
具を小さくしても、具が溶けるまで煮込んでも全然効かない。
そんなある日。
今日もまた娘にスープを飲ませようと鍋を取り出そうとすると、見覚えのない鍋を見つける。
それは形こそ違うものの、あの時の鍋のように銀ピカで……。
「ママを手伝って。ちょっとこのお皿を仕舞ってきてちょうだい」
渋る娘を呼び出して、私はお皿をしまいに向かわせる。
私のと、パパのと、娘の三枚のお皿を手渡して。
当初ノタイトルは「なべどこ森のぼうけん」でした。
タイトル道りに主人公になべどこ森の不思議な世界を冒険し、ちょっぴり成長した主人公が元の世界に帰ってくるお話だったのに。
いつも通りのブラック風味に……どうしてこうなった\(^○^)/。