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(8) 悪魔たち

・・・


 朱雀たち4人の前から転移空間へと去ったジウだが、アスタロトが朱雀たち4人のギルドへ高い関心を示しているのを感じ取ったのか、しばらく座標の移動を行わずに朱雀たちの議論を見守っていた。


 『…えっと…あの、ジウさん。お気持ちは嬉しいんだけど…何だかナイショで他人の会話を盗み聞きするのって…罪悪感があるというか…なんだかズルしてるっぽくて………これって公平性に反しないかな?』

 <<ほぅ…。アスタロトさんは想像以上に高いモラルをお持ちなんですねぇ…>>

 『いや。そ、そんな大したもんじゃないけど…』

 <<照れなくても結構です。勿論、これは嫌味ですから。5分も黙って彼らの議論を盗み聴いておきならが…今更、ズルだの罪悪感だの………よく言えますね?>>

 『あぅぅ…いや。つい。聴き入っちゃって…で、出来心です。赦してくだせぇ』

 <<………まぁ。良いでしょう。ここに留まったのは、システム側の管理者である私が、彼らが例の「不審なPC」であるかどうかを見極めるために…必要だと思ったから留まった。…そういうことにしておきましょう>>

 『お、恩に着ます。…ところで…ちょっと、感想言ってもいい?』

 <<感想?>>

 『うん。…あの…4人がそれぞれギルドに所属してる理由?っぽいこと…言ってたじゃん?…「正々堂々戦いを楽しみたい」とか「好きな人と毎日楽しみたい」とか?…さ…』

 <<はい。…言ってましたね。で?…それが?>>

 『いや。何か…普通じゃね?…全然、説得力が無い。というか…』


・・・


 ギルド。


 ジウの説明によると、それは「共通の価値観により目的が一致した対等な関係のPC同士の集団」であり、一人では実現できない理想社会を現実のものとするために、その力を合わせることとを約束し合った仲間たちなのだという。

 なるほど…とアスタロトは思ったものの、その「一人では実現できない理想」というのは、よほど崇高なものか…はたまた実現困難なハードルの高い理念だとか…そう言ったものを想像していたのだが…。

 彼らが口にしていた「理想」は、あまりにも普通過ぎて…しかも、それぞれがてんでバラバラな内容のようにアスタロトには思えた。

 玄武に至っては、あのギルドの存続と発展そのものが目的であるかのように思われる。


 <<はぁ…?…アナタがそれを言いますか?>>


 しかし、ジウは、アスタロト感想に呆れたような思念を返してきた。


 <<アスタロトさん。アナタ自分自身がマボさんに語った「死ねない理由」と、彼らの理想との間に…どれだけの違いがあるって言うんです?>>


 そう言われて、アスタロトは初めて自覚する。

 自分が「デスシム」どころかシムネット全体までをもシステムダウンさせてまで、この世界に留まろうとした理由。マボの【七芒攻炎壁しちぼうこうえんへき】の劫火に燃やし尽くされそうになったとき…必死にシステムの描画エンジンに干渉したこと。


・・・


 この「デスシム」世界にサインインして、ほんの僅かの間に…そうまでしても「死ねない理由」とは、いったい何だったのか?…自分の事でありながら、実は今も上手く言葉にできない。

 それを無理矢理言葉にしようとすれば、マボにあの日語ったとおり「この『デスシム』の世界を、普通の仮想世界として、初心者から上級プレイヤーまで全員が楽しく暮らせるよう、『はじまりの町』を大学都市として運営する」…という感じになってしまう。

 あれれ?…ギルド「四神演義しじんえんぎ」の連中が熱く語ったことと…あんまり違いがないような…?…アスタロトはジウの指摘が正しいことを悟る。


 <<つまりは…その口にした言葉が重要なのではなく…>>

 『そうか…。その言葉の背景にある…彼らの体験だとか…過去の心や体の傷…に、もっと深い何かがあるってことなんだね?』

 <<…くどいようですが…。私は他のプレイヤーのパーソナル・データを、アナタだけに教える…ことは許されていませんからね>>

 『分かってるよ。…でも…そうだとすると…気になるのは…』


 そこまで思考して、アスタロトは思念の波動を弱める。

 ジウの立場は理解できる。だから、あまり誘導尋問的に、他のプレイヤーの情報を引き出すような思念を漏らすのは卑怯だと思ったのだ。

 そうして内に隠らせた微かな思念で続きを考える。


 (出発前にマボさんから聴いた名前と同じ名前が…4人の話に出てきてたな…えっと…確か…ジュピテル?…うん。そうだ…そいつが何か関係してるに違い無い…)


・・・


 <<…さて、一人でお考え中のところ急かすようで申し訳ないのですが、あまりゆっくりもしていられませんので…次へ行きますよ>>


 ジウの思念と同時に、アスタロトへ転送されてきた「TOP19攻略ガイド」のデータ。

 それには、次の訪問先にいるプレイヤーの情報が記載されている。


=============

攻略ガイド №16 【呼称】マックス

【所在エリア】北西大陸活火山群「溶岩湖畔タウン」

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「悪魔族科学者」。性別:男性

 不健康の極み。脂肪を革袋に詰め込んだ物体のようなぶよぶよとした体系。

【人柄】何を考えているのか全く読み取れない。いつも薄気味悪く笑っている。

【行動を共にするPC】ラップとディンという同様に得たいの知れない悪魔系と連む。

【会話した印象】気味の悪い目で見つめられるだけで…会話不能。

=============


 『ま………ま、またしても…会話不能?』


 TOP19(トップナインティナ-)というのは会話不能者の集団か?…と思わず疑いたくなるアスタロト。…しかし、そうだとすると…それに名を連ねている自分もそうだということになってしまう。アスタロトは頭を抱えたくなってしまう。


 『ま、まぁ…そう言いながら今のギルドの連中も会話できたし…大丈夫だよね?』


・・・


 しかし、ジウの思念は硬い。いや。「思念は硬い」って…分かりにくいか?…一人の体に二人の思念が入っている状態なので、こんな表現をするしかないが…通常であれば「表情が硬い」というべき感じだ。


 <<…できれば…ここはスルーで行きたいところですが…>>

 『え?』

 <<残念ながら…本当に会話が成り立たない…と私も思います>>

 『ま、マジ?』

 <<…ま、まぁ…ラップさんなら…少しは…会話になるかな?…と、とにかくここは、用件だけ伝えてさっさと通過しましょう>>


 そう言って、ジウは目的地まで転移すると、いつものような出現するタイミングや位置を図るための観測を省略してマックスたちの居る空間へと姿を現す。

 意外に感じたアスタロトだが、その理由を直ぐに知ることになる。


 一つ目の理由は…タイミングを探ろうにも、彼らが会話をしていないため。

 行動は共にしている。しかし、同じ場所にいるというだけで、それぞれが好き勝手なことをしているだけで、コミュニケーションなどは全く行われていないらしい。

 他のプレイヤーに対してするように、狙ったようなタイミングで…と出待ちをしていたら…全く出るタイミングを失った…という間抜けな目にあったことがあるそうだ。


 もう一つの理由。

 それは…


・・・



 『!!!!!…わぁっ!!!…ビックリした!!』



 危うく、ジウの口を乗っ取って叫んでしまいそうになった。

 姿を現したジウの左目。アスタロトは自分が支配することができるその左目の視界一杯に、自分を?…まるで除き込むかのような目に驚いた。

 しかも…ち、近い!


 「ヨウコソ…」


 いつも…忽然と、しかも相手がムカツクような狙い澄ましたタイミングで登場するジウが、まさか「ヨウコソ」などと待ち構えられていたかのように迎えられることがあるなんて!!!…アスタロトは、突然目線が合った驚きが静まりかけた後、そのことに気が付いて再び驚く。


 「…ソウサ…YO-ソコ?…OK!…ナニヲ…コソコソ…ソコデ…コソコソ?」


 そして、その驚きが消えないうちに3度目のビックリが………ナニコレ?

 いや。アスタロト自身も時々「何コレ・ラプソディ」だとか…心の動きによって迷曲を自作してしまうことがあるけれど………つられて思わず「何コレなんなん~ナンナン~なんコレ~YOH!」とリメイクしたバージョンを歌ってしまいそうになる。

 いや…歌…というか「しゃべり」…というか…古典音楽「ラップス」のなのか?


・・・


 <<アスタロトさん…ヤバイです。私の中に…アナタが潜んでいることを…見抜かれたかもしれません…>>

 『え!?…あ………「何をコソコソ?」…って言われたってコトか!?』

 <<…こ、このプレイヤーは、ラップさんです。システム側の我々でも…対処に困ることがある………「デスシム」の仕様を超越してるプレイヤーの一人です>>


 「you…say!…カモン!…妖精?かも~?…ソレハ何件~ん…アルノさ…ご用件~ん!」

 「はっ!は、はい。し、システム側主催で、TOP19の皆さんによる協議会を開催します。あの…れ、例の『不審なPC』による情報漏洩の影響について…」


 滅多に見せない焦った様子で、ジウが挨拶も何も無しに用件の要点だけを早口に述べる。


 「………って、ラップさんのコトですから…既にお見通し…なんでしょうね?」

 「…用件~ん…の…要点~ん!…Yes!I Knew!…既に…I Knew!」


 ほ、ホントだ…か、会話にならない…。アスタロトは思念に冷や汗をかく…という器用な真似をしながら…目の前のラップというプレイヤーを観察する。

 キャラクター・タイプは…悪魔族?…なのだろうか。美しく整った顔は作り物のようで、しかし、その目には恐ろしい眼力を備えているような色が覗く。そして、コメカミの辺りからは、まるでアンテナのような奇妙な形の「ツノ」が生えている。あのフライ・ブブ・ベルゼと同様に…どんなに画力の低い者にでも簡単にそっくりな似顔絵が描けてしまいそうな…強烈なインパクトを秘めた顔だ。


・・・


 『も…もしかして…ま、眉毛が触覚?…とか?』

 <<…そんなことより、可能な限り速やかに離脱しますから…その前にアナタは、後ろにいるマックスさんと、ディンさんを良く観察して下さい>>


 アスタロトにとっては「眉毛」の件は非常に重要なコトなのだが………ジウに促されて、ラップの背後へと意識を向ける。

 で…デカイ。

 そして、確かに…脂肪を革袋に詰め込んだように青白くぶよぶよした…固まりのようなモノがそこにあった。…座っている?…いや。み、短いが…ちゃんと2本の足で立っているようだ。黒い服を身に纏っているのではあるが…それの丈が短い…いや、体が大きすぎて腹や腕、スネなどが大きく露出している。

 仮想世界の衣服は…ドレスチェンジ・コマンドで自由に着せ替えが可能なのだから…もう少し自分のサイズに合った衣服を選べば良いのに…さすがにあのサイズのオブジェクト・データは用意されていないのだろうか?

 そして、キャラクター・タイプに「悪魔族科学者」などという奇妙な表記があったとおり、マックスのコメカミからも…「何かを掴み取ろうとする手」のような奇妙な形をした「ツノ」が生えていた。あのような形のツノは見たことがないが…強いて言えば鹿の角?しかし…あのような平べったい手のひらのような部分まであるなんて…。

 しかし…驚くのはそれ以上に不思議な光景。

 よくよく周りを見回せば、この場所は…ドロドロに溶けた「熱々の」溶岩湖の畔だ。溶岩から放たれる橙色に焼けた光。かなりの熱量であると思われるのに…何故かジウとラップの周りは快適な…いや、むしろ少し寒いぐらいの…温度に保たれていた。そして、どうやらそれはマックスの特殊能力によるもののようで…ジウたちと反対側の空間は、逆に溶岩を遙かに超える超高々熱となって白く光っている。


・・・


 まるで後光が差すような感じだが、その光の前に立っているのがマックスの不気味な巨体なので…むしろ逆光で影が差した顔は…まさに悪魔!…という恐ろしげなルックスだ。


 <<…あれは…魔法ではなくて…どうやら特殊スキルのようです…>>


 アスタロトの感想を思念で受け取ったのか、ジウが解説をする。そんな情報…流しちゃだめなんじゃなかったっけ?…と思念でツッコミを入れたくなるが…しかし、それは確かに今、アスタロトが聴きたかったことの答えだ。


 『あれ?…「…のようです」って、システム側の担当者のジウにも分からないの?』

 <<このマックスさんたちは………先日のメジャーアップデート以前は…私の担当では無かったのです。…恐らく、アナタもご存知の…ウチのクリエイターの仕業ではないかと思うのですが…あの日以後…突然…彼らが強者の列にリストアップされたのです>>

 『あぅあぅ…じゃぁ…かなりチートな能力っぽいね』

 <<ランキングが低いのが不思議な程の異能っぷりですが…確かに、彼らの経験値ステータスを拝見すると…ほとんど経験値を獲得しておらず…実レベル自体が低レベルであることが分かります>>

 『そ、そういうの…俺に教えちゃっていいの?』

 <<わ、分かっています。本当は駄目…なんですが…マックスさんたちの存在自身が…ちょっと反則な感じがしますので…チャラ…ということで…>>

 『い、意味不明の理屈だよ!?…ジウさん!』

 <<…あぁあ…も、もう良いから…早く、もうお一人のディンさんを観察してください。ほら、アッチで一人、目立たないように佇んでいる…>>


・・・


 ジウに促されて、アスタロトがさらに思念を別の場所に移すと…ソレは居た。


 巨大なマックスを見た直後だからかもしれないが…ち、小さい?

 これと言って特徴のない平凡なプレイヤーが、マックスとラップの間にひっそりと立ってこちらを見ている。

 本当にどう表現しようか困るぐらいに特徴が無いのだが…ただ一つ、何か箱のようなものを大事そうに抱えている…ということが妙に気にかかる。


 《本当かどうか…分かりませんが…ね、猫型NPCが…あの箱の中には居るそうです》


 猫?…何ソレ?

 アスタロトはポカン…とする。

 見た目がおかしい奴も、まったくもって見た目に特徴が無い奴も…どいつもこいつも意味不明だ。


 「…32秒後にココを立ち去るお二人に、ご忠告。次のメフィスさんの所では大変な目に遭いますから…どうぞお気を付けて………それから…」


 急に普通の語り口調に変わったラップが、不気味な予言をする…いや、「遭うかもしれない」…ではなく…「遭いますから」…と断定形なのが異様に気になる。


 「さて、お別れの時間が近づいて参りました。先ほどのお話。TOP19の集会。私たちも喜んで出向きましょう。…そこで私は【殺される】コトになっていますから…」


・・・


 ラップ調のしゃべりではなく、普通のしゃべり方であることが…こんなにも不気味に思えるなんて…。アスタロトは、異様な雰囲気を纏うラップの迫力におののきながら、しかし、その語った内容にさらに寒気のようなものを感じる。


 『な…何?…【殺される】…いや…予言?…え?…信じられないけど…そ、そんな予言してるなら…出席しなければ…いいのに…』


 「フフフ。ご心配ありがとう!…でも、そのように定まっているのです…未来は。そして、全ては…それを知る私は…システムから拒絶される定め…」


 アスタロトの思念が…まるで聞こえたかのようにラップが答える。

 アスタロトは、あまりの戦慄に、ジウの口を乗っ取って問い質そうとするが…


 「はい…30秒経過~ぁ…」


 そうラップが言った直後、溶岩湖の灼熱の泡の一つが派手な弾け方をして高熱の飛沫を辺りにまき散らす。

 通常回避では間に合わない…そう判断したジウが、仮想対実時間レートを慌てて引き上げることで、辛うじて難をさける。


 <<あっ………思わず…癖で転移コマンドまで…実行しちゃいました>>


 いつもセットでレート引き上げと空間転移を行うジウは、回避と同時に転移したようだ。


・・・


 『…わ、わざと…奴の予言の32秒後…に合わせた…ワケじゃぁ…ないよね?』

 <<ど、どうなんでしょう?…じ、自分でも…良く分からないのですが…>>

 『………という反応が…わざとじゃないコトの証拠かぁ…』


 予言どおり32秒後に、マックスたちのところを去ることになってしまった。

 妙な不快感を覚えながら…アスタロトはジウに伝える。


 『報告しなくても…分かると思うけど…彼らは例の「不審なPC」じゃぁ無いよ。』

 <<…そ、そうですか。まぁ…そうでしょうね。ラップさんの不思議な力なら…もしや…とも思ったのですが…そもそも…彼らにはあんなコトをする必要も意志もないでしょうね。いや。何というか…彼らでなくて…良かった>>


 普段は不気味がられることの方が多いジウですら、ラップやマックスのことをこれほどに気味悪がるとは…。アスタロトは、そのことに驚きながらも、やはり彼ら3人のことを考えてしまう。

 あまりの衝撃に圧倒されるだけだったが、この転移空間へと待避し、少しだけ冷静さを取り戻すと…何となくだが…彼らの属性のようなものが見えてくる。


 ラップは…何でも知っている…系?…ってことは…アレか?やっぱり…ラプ…。

 そうだとすると…マックスも…マクス…あぁ…熱力学のアレか…どうりで…。

 え?…じゃぁ…ディンって?何?……………あ…箱の中…猫か!!!…シュレ…。


 『な…なんか、せ、設定が…無理矢理じゃない?…確かに…悪魔だけど…』


・・・


 <<でしょ?…アナタもそう思いますよね。やっぱり。だからね、アスタロトさん。私は、彼らはやはりクリエイターの遊び心で…チート的に特殊な能力を与えられているのではないかと…そう予想するんですよ>>

 『で、でもさ。ジウたちの会社の一番エライ…なんとかとか言う人から禁止されてるんじゃなかったけ?…その…』

 <<えぇ…。システム側の人間によるプレイヤーへの不当な干渉は…確かに禁止されているハズなんですが………何か…意図があるんでしょうか?…それとも、これが不当な干渉には当たらない…という上手い言い訳を用意している?>>

 『い、言い訳…って………まぁ、あのオッサンなら…』


 それにしたって…あのラップの存在は…ちょっと反則でしょ?…とアスタロトは思う。あれがTOP19ランキングの1位で無いというのも…信じられないほどの最強のスキルじゃないか?…全知というのは…。


 <<まぁ…全能では無い。…ということなんでしょうね…なんか【殺され】ちゃうみたいですし…>>


 もうアスタロトには意味が全く理解できない。


 <<さぁ…考えていても答えは出ないに決まっていますから、次へ向かいましょう>>


 初対面だったアスタロトより、何回目かの対面だったジウの方が、多少は彼らのインパクトへの耐性が高まっているようで、もう気持ちの切替に成功したようだ。


・・・


 <<アスタロトさんは…彼らのような悪魔は…本来の悪魔とは違うとお感じになったようですが…そんなアスタロトさんのご希望に、次はピッタリの方ですよ>>


 別に悪魔を見て巡りたいわけではないんだけど…と、アスタロトは思うが…疲れてしまったので何も言わずにジウの説明を聞く。


 <<この方も、悪魔をモデルにしたキャラクター設定をされていますよ。それも、非常に古典的ではありますが…誰もが一度ぐらいは耳にしたことのある…>>

 『…あぁ。メフィス…って、アレかぁ…』


=============

攻略ガイド №15 【呼称】メフィス

【所在エリア】不定

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「悪魔族詐欺師」。性別:不詳

 胡散臭い「-●●-」←こういう感じのサングラスをかけた長身痩躯。手足もひょろ長い。

【人柄】見るからに胡散臭い。親切そうな柔らかい口調。だが、騙されてはならない。

【行動を共にするPC】フェレスという名のNPCを連れている。

【会話した印象】一見、会話が成立しているように思えるが…騙されてはいけない。

=============


 ジウから転送された資料に目を通し、あまりのベタなキャラ設定に思わず『うわぁ…そのまんま…だね。しかも…何コレ?…メフィス(と)フェレス…って』と、呻ってしまうアスタロト。


・・・


 明らかに本人が意図してそう呼ばせようとしているのだろう。

 メフィスとフェレス………本当は、「フェレス」という名のプレイヤーを探したのかもしれない。しかし、残念ながら見つからなかったようで、かなり高額なハズのNPCタイプのGOTOSか…GOTSSを購入したのかな?…アスタロトは少しだけ微笑ましい気持ちになる。


 <<…穏やかな気持ちのところ…水を差すようですが…そこにも書いてあるとおり、騙されてはいけませんよ?…>>

 『えっ?』

 <<まぁ…実際…痛い目に遭ってみないと…理解できませんね…じゃぁ…出ますよ>>


 ちょっと待って…と慌てたが…もうジウは転移空間を出て、仮想対実時間レートも引き下げ始めている。

 確か、さっきのラップが「大変な目に遭うから気を付けろ」と言っていなかったか?…気を付けるどころか…心の準備がまるで出来ていないアスタロトは大いに焦った。


 そんなアスタロト…実際にはジウの体だが…の目の前に、性別不明のとにかく手も足も体も…全てがひょろ長い…という印象のプレイヤーが現れる。いや、現れたのはアスタロトたちの方なのだが…。


 「…あれ?…また来たのかい?…同じ話を繰り返す気なら…勘弁して欲しいな…」


 資料にあったとおり「-●●-」という記号の羅列にそっくりな顔。


・・・


 口元は柔らかく微笑んでいるようにも見える端正な顔立ちだが…言葉どおりに多少、ウンザリとした色を滲ませている。


 「あ。いや。何度もお邪魔して申し訳ありません。今朝方の話は、緊急に決定した措置事項で、重要でしたので…繰り返し告知をしておりまして…」


 朝の「できるだけプレイヤー同士を接触させない」という件の告知は、例の「不審なPC」と本物のジウが、全く同じ用件で連続して訪れる…という不可解な印象を各プレイヤーに与えたのは間違いない。しかし、その後に出された「Face Blog ER」のオフィシャルのスペース・ライン上の記事を読んでいれば…今頃はその印象は別のものへと変わっていそうなものだが…メフィスは、その記事を読んでいないのだろうか?


 「…ほらぁ…。だから、そのセリフは、さっきも聴いたよ?…何で同じコトを2度も言いに来るのさ?…今、ジウさんのプチ・マイブームなのかい?それ?」

 「え?…いや。そうでは無くて…私は…その私を騙って私と同じ話をしてまわる『不審なPC』への対応について…TOP19の皆さんに…」

 「わかったって言ってるでしょ?…集まって話をすれば良いんだよね?…さっきも、参加するって答えたジャン?…何なのよ?今日は?」


 騙されてはいけない…と何度も言っていたわりに、ジウの思念は軽いパニックに陥っている。確かに、ジウが用件を最後まで言い終わる前に、メフィスは後半の部分を正しく言い当てて見せた。

 まさかとは思うが、本当に例の「不審なPC」が再度、ここに現れたのだろうか?


・・・


 「…えっと…あの…何度も…申し訳ありませんが…その、私がさっき来たのは…いつ頃でしたでしょうか?」

 「え~ぇ?何言ってるの?…たった今じゃん?…何?何なに?…もう忘れたの?」


 しかし、メフィスの所へ来るまで、カミもジーパンも…朱雀たちも…さっきのラップも…誰も、そんなことは言っていなかったが…。どういうことだろう?


 <<はっ!…もしや、我々とは逆の順番で回っている?>>

 『ジウさん。落ち着きなよ。メフィスって油断のならない奴なんでしょ?…キャラタイプも悪魔系詐欺師だし…、なんか…そもそもコイツが「不審なPC」っぽいじゃん…一番。それで全部に説明が付くしさ』

 <<いや。はい。そうなんですよね。きっと。そうですよね?…でも、あからさまにバレバレの…こんな芝居を打つ意図が分からないんですけど………あ、そうだ。アスタロトさんの判定では、どうなんですか?…気配的に例の「不審なPC」とは一致してますか?>>

 『う~ん。似ている…かな?…でも微妙に違うような気も…。難しいな。話し方がさ、例の「不審なPC」は…「~っす」とかいう語尾で、いかにも下っ端?的なしゃべり方をしてたんだけど………まぁ、しゃべり方なんてどうとでもなるし…』

 <<…だ、断定できるほどの一致は見られない?…ということですか?>>

 『うん………』

 <<そ、それじゃぁ…やはり、もしメフィスさんが「不審なPC」じゃなかった場合も想定して行動しなければ…>>

 『でも…酷い目に遭う…っていうラップの言葉は?』


・・・


 いつもは超然としているジウ。しかし、システム側の担当者が総出で探している「不審なPC」の尻尾を掴めるかもしれない…重要な情報を得たかのかもしれず、ジウは対応を図りかねているようだ。メフィスに向かって「そんなことを言う、お前こそが『不審なPC』だろう!」とでも言えれば、話は簡単なのかもしれないが…そんなこと証拠もなしに言えるわけがない。


 「…なんか急に黙り込んでフリーズしちゃったけど………ジウさん。そこ、さっき倒したマッド・スライムの残骸の上だから…臭くなっちゃうよ?…そんなにボーッとつっ立ってると」


 そう言われて、足下を見ると…確かに、ジウの足回りに薄汚れた何かの残骸がある。

 アスタロトは、その時になって初めて周りに注意を切り替えてみたのだが…なんと、ここはどうやら「初試練の平原」のエリア内であるようだ。

 林のように密集した木々の葉が、まるで屋根のように光を遮っている。木々に囲まれて、メフィスたちの居る空間だけが、ぽっかりと広場になっている…そんな場所だった。


 『うわぁ!…臭っさ!…こ、これか!?…酷い目って?…ひょっとして?』

 <<うわっ。た、確かに…これは堪りませんね。メフィスさんを警戒するあまり、出現場所に注意を払うのを怠りました。むむむ。そ、それにしても酷い臭いだ>>


 原型を無くすほどに破壊されているマッド・スライムからは、異臭を放つ体液が今も滲み出ていて地面を湿らせている。直接、残骸を踏みつけていたわけではないため、ジウも指摘されるまで気が付かなかったようだ。


・・・


 <<…と、とにかく…少しでも、本当に「不審なPC」が逆順でTOP19の所を訪問しているという可能性があるなら…確認しに行かないわけにはいきません…>>


 ジウは、メフィスに一礼し、先ほどのマックスの所へ向かおうとする。


 「き、貴重な情報ありがとうございます。メフィスさん。い、今から直ちに追跡してみますね」

 「あぁ…さっきのが例の『不審なPC』だったのかい?…ジウさんたちも大変だね。頑張って早く捕まえておくれよ…僕は…ルール違反をする奴は…嫌いなんだ」


 そう言って、ジウを見送るように胸の前で小さく手を振るメフィス。

 その言葉を最後まで聴かずに仮想対実時間レートを引き上げ、同時に空間転移コマンドを発動するジウ。


 <<いくら「不審なPC」といえども、あの会話が厄介なラップさんのところなら…まだ、立ち去っていない可能性は高いです>>


 ジウは、相当に焦っている。

 まぁ…確かに、メフィスとの会話は非常に短時間だったが、マックスのところも急いで離れた気がするのだが…果たして間に合うだろうか?

 あ…いや。追いかけているのは…本物ではなく、ジウの偽者だ。悪意があるなら、長く留まっているかもしれない。


・・・


 『…でもさ。あの、何でもお見通しの「全知」っぽいラップさんを…偽者くんは騙せるのかな?…見破られちゃうような気がするんだけど…直ぐに…』

 <<そうですね。ラップさんが、本当に「全知」の能力があるなら…そうでしょう。でも、何らかの仕掛けがあって「全知」のように見せかけているのであれば、上位ランキングのプレイヤーさえも騙してみせた私の偽者も…互角なのかもしれません>>

 『ま、行ってみれば判明することかぁ…』

 <<はい。行かなければ判りません!………出ますよ!>>


 「今、私がココに来ませんでしたか?」


 アスタロトにとっては、何とも聞き覚えのあるセリフを良いながら、ジウはマックスたちの前に再び姿を現した。


 「………来たよ~っ!居たYHO~!…そんで、又、またまた、やって来たYHO!」


 先ほどと同様の妙なラップ調の口調。その答えに、ジウは興奮する。


 「き、来たんですね?…な、何と言っていましたか?」

 「…例の『不審なPC』による情報漏洩の対策を、TOP19を集めて話し合うと…」


 ジウの異様な剣幕に、さすがのラップもラップ調の戯けた口調を改めて、普通の口調で答える。


・・・


 「や、やった。やはり!!………で、その私はいつ立ち去りました?」

 「…ほんの少し前だけど…」


 ジウの問いに、ラップは淡々と答える。でも…この答え…アスタロトは…気づく。


 『ねぇ…ねぇってば!…ジウさん。駄目だよ…その聴き方じゃ何も判明してないよ!』

 <<何を言っているんです?アスタロトさんも聴いたでしょ?…今…私が来たって!>>

 『お、落ち着きなよ。ジウさん。…だって、ラップさんはそう答えるに決まってるじゃないか。実際、俺たち、ほんの少し前にここに立ち寄っているんだから!』

 <<……………あぅ>>


 アスタロトのツッコミで、ジウもやっとこの問答に意味がないことを覚る。


 <<そうか…しかし…では…何と確認すれば?>>

 『ストレートに、ジウさんの偽者が来なかったか?…って聴いたらどう?』

 <<だ、駄目ですよ…もし、ラップさんが…何らかのトリックで「全知」を装っているだけでしたら…その質問によって…知らなくても良い情報を与えてしまう>>

 『…でも、「不審なPC」の話自体は、今や全プレイヤーの知るところだろうし…反応を見極めた方が…価値が高いと思うけど?』

 <<うぅ…。アスタロトさんの言うことにも一理ありますね…よし>>


 「ら、ラップさん。もう一度、確認します。そ、そのさっき来たという私は…に、偽者でしたか?…それとも…」


・・・


 …すると、ラップは何ともいえない微妙な表情でこう答えた。


 「…偽者…ですか?…ふむ。何をもって偽者と定義し、何をもって本物と定義するのか…なかなか哲学的な問題ですね。私が…どのような意味合いで偽者か本物かを言い分けたら良いのか………お二人に判断がつきますかな?」

 「あぅ………」


 ラップの言葉に、何か思い当たる節があるのかジウは呻く。


 <<ぷ、プレイヤーの目線から見れば、システム側のPCの存在の仕方は…そ、そもそもインチキに見えるような仕組みですからね…>>


 そこで、ジウは思考の無限ループに陥ってしまう。

 まぁ…確かに、今のこの状態は…普段のジウとは違う。偽者だと言われても文句は言えないかもしれない。ある意味、アスタロト以外のTOP19を騙して、アスタロトに情報を取得させようとしている…不正な行為に見えなくもない。…それが、たとえシステム側の必要に迫られて行っている行為だとしても…


 その瞬間…

 またしても、溶岩湖の灼熱の泡の…それも一際大きな一つが破裂した。

 思考の無限ループに陥っていたジウは、反応が遅れる。

 アスタロトが咄嗟に体の左半分の制御を奪って避けようとするが、バランスを崩して倒れる…という当然の結果を引き起こすだけだ。


・・・


 ジウの体に、灼熱の溶岩が降り注ぐ………。


 あ、熱い………ああ、あぁああああ。あ。あ。あ熱いなんてもんじゃない!


 システム側の担当PCであるジウのHP値が、どの程度のものなのか知らないが…このままでは大きなダメージを負って…システム的な【死】を迎えてもおかしくない…それほどの痛みと熱さが体を襲う。


 その時。

 愚鈍そうに見えたマックスが、一瞬、霞むほどの動きを見せてジウの体に突進する。


 『…や…殺られる!!??』


 アスタロトは恐怖に思念を硬くする。

 状況の展開が早すぎて、何が起きているのか理解がついていかない…

 普段のジウとはまた別の種類の無表情を浮かべたマックスは、ジウの倒れている隣へと移動すると………その特殊能力で…患部の冷却をしてくれた。

 熱が…体の奥へ奥へと進みダメージを広げようとしていた所を、マックスの特殊能力は瞬く間に冷却してみせ…今は、むしろ寒いほどだ。

 逆に凍えるか…と震え始めたところ…マックスは静かに元の場所へと戻っていく。

 軽傷…と呼べる程に回復したジウを助けおこしながら…ラップがニヤッと笑う。


 「…ほらね。酷い目に遭ったでしょ?」


・・・

※次回、「破壊神と鬼と…(仮題)」へ続く…

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