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(7) 四神演義

・・・


 ジーパンとヴィアの元を立ち去った、アスタロトとジウ。その思念。

 次の目的地へ赴くでもなく、二つの思念は、今、一つの体の中で苦虫を噛み潰したような気持ちで押し黙っていた。


 仮想対実時間レートを最大レベルにまで引き上げた二人にとっては…随分長いこと、そうして押し黙っていたように思えるが…ジーパンやヴィアたちにとっては知覚出来ないほどの一瞬だ。

 ジウの体は、レートを引き上げただけで、まだ空間転移コマンドを実行していない。この後、ジウがコマンドを実行して初めて、ジーパンとヴィアの元を離れることになる。

 だから…ジウの右の視覚と…アスタロトの左の視覚には、凍り付いたように動きを止めたジーパンとヴィアの姿が映ったままだった。


 ジウは…いつもこんな気持ちを味わっているのだろうか。アスタロトは自分の中だけでグルグルと回っていた不快な念を、やっと自分の外へ向けることができるような精神状態にまで押さえ込むことに成功する。

 そんなアスタロトの思念が伝わったのか…ジウが苦笑の色を思念の揺らぎに含ませて、やっと明確な思念としてアスタロトに向けて放った。


 <<…私は…システム側の担当者です。一プレイヤーの言動に一々と思い悩んだりすることはありませんよ…。ただ、淡々と…そう、淡々と仕事をこなすだけです…>>


・・・


 強がりにも似たジウの思念。

 体を共有しているせいだろうか。アスタロトには分かってしまう。ジウは、怒っている。

 その怒りが、直接的に対象であるジーパンやヴィアに向かっているものなのか、システム側の人間としての制約に縛られて何も出来ない…自分に向けられているのかは分からないけれど…。


 <<…考えすぎですよ…。アスタロトさん。本当に、私はそんな感傷に浸ったりするようなタイプではないんです。外見どおりの無表情。無感動。無神経…な…ただの担当者なんですよ…>>


 アスタロトの考えはやはり全て伝わってしまっているようだ。それは、アスタロトの感情が必要以上に高ぶっているからだろうか…。ジウの思念が薄く笑ったような…そんな…揺らぎをみせて…さらに続ける。


 <<アスタロトさんには納得がいかないかもしれませんが…タウンアタック…という行為そのものは…システム的に認められています。決して違反行為ではないのです。まぁ…好きか嫌いか…と言えば…あまり私にとっても好ましい光景ではありませんがね。そんな仕様にしたのは…ウチのクリエイターですし…>>

 『…そっか。じゃぁ…あの神様気取りのクリエイターが諸悪の根源なんだね。よっし、次に会ったら文句を言ってやろう!』


 沈み込みそうになる気分を、クリエイターへの悪口をエネルギーとして無理矢理持ち上げるアスタロト。


・・・


 そうだ。こんなコトは…初めてじゃない。規模の大小や仕様上の違いはあれど、他のシムタブ型MMORPGでも…何度も経験したことだった。…そう、例えば…あの「リフュージョン」や「炎の騎士国物語」でも…何度も…何度………!!!


 『あ…ああぁぁぁ…お、思い出した。アイツ…。俺、別のMMORPGで…対戦したことがあるよ…アイツと………いや。アッチの奴もきっとそうだ…』

 <<………まぁ…そうでしょうね。全く過去に無関係のPCが、あれ程までにアスタロトさんへの憎悪を募らせるというのは…ちょっと普通では考えられませんからね>>

 『何だよ…そんなのアリかよ?…アレは全部…ゲームの中での出来事じゃないか?…そこで何度か勝ち負けがあったところで…別のゲームにまで…あんなに暗く陰湿な感情を持ってこなくたって………』


 アスタロトは、自分の名前を口に出した時の二人の声色を思い出して…急に猛烈な…痺れにも似た寒気を覚えた。あそこまで深く憎まれるような出来事に、アスタロトは全く心当たりがない。

 あの二人は、「リフュージョン」や「炎の騎士国物語」などでは一緒につるんではいなかったと思う。確か…あの長身痩躯の男は…ジーパンなんて名前じゃなく…リーヴァイス…えっと…二節目の名は…なんかインドっぽい感じだったけど…思い出せない。だいたい、いつもレベルが低い内はアスタロトが一方的に初心者狩りの対象になって…それで…アスタロトのレベルが上がった後では、エフェクター技や暗示に見事に引っかかって…アスタロトが勝利する…という感じで、どのゲームでも同じような関係にあったと思う。

 言葉使いの悪い…気怠い雰囲気を纏った攻撃魔法の使い手は…そうだ。アイツは確か、他でもヴィアなんとか?…って名乗ってたと思う。


・・・


 俺と同じで、ヴィアって奴も自分の名前に拘りがあるのだろう。そうアスタロトは確信する。多少なりとも神話系のネーミングに明るい者なら、彼らが共に最強の海獣であり、いかなる武器もはね返す…終末の贄…七つの大罪としては嫉妬を司る悪魔である「リヴァイアサン」をモチーフにキャラクター設定をしていることに容易に気づくだろう。

 ヴィアって奴は…他のMMORPGでも…意味もなくPKやオブジェクト破壊を楽しんでいたような気がする。…アスタロトを始めとする何人かのプレイヤーで彼の暴虐な行為を阻止し…システム管理者に通報してアカウント停止にしてもらったことも…何度かあった。アスタロトの脳裏に「逆恨み」…という単語が点滅する。


 『…嫉妬を司る…悪魔か…。なるほどね。そういう人間…って本当に存在するんだね………。俺が…甘かった?…ってことなのか…』

 <<肯定して欲しいように感じましたので…遠慮無く。そうです。アナタは甘いんですよ。アスタロトさん。その甘さ…を、私も時に好ましくも思いますし…アナタの周りの女性たちも…慕う理由の一つとしているようですが………今のままでは…生き残れませんよ?…分かっていますか?>>


 ジウの思念の響きは、アスタロトの思念を締め付けるほどに厳しい。いつもの軽い戯けたような忠告ではなく、ジウの心からの忠告なのだろう。アスタロトは、素直に受け止めることにした。

 そして、改めてアスタロトは、凍り付いたような二人の姿を目に焼き付ける。この二人が、それほどまでに自分に苛烈な敵愾心を抱いているのなら…自分も、同じように心に留めておかなければならない…とそう感じたのだ。

 睨みつけるアスタロトの左の視界から…突然、二人の姿が消える。転移したのだ。


・・・


 <<さて、アスタロトさんの気持ちが引き締まったところで…次の目的地へと急ぎましょうかね。訊く必要すらないとは思いますが…例の「不審なPC」は彼ら二人ではありませんよね?>>

 『うん。全然違う。悪意…という意味では同じ表現になるけど…例の偽者からは…あんな重苦しい悪意じゃなくて…もっと、こう違う意味で不愉快な…ふざけた悪意を感じたような気がする…』

 <<了解です。まぁ、彼らの今の実力程度では、システム側の強制措置を破って…さらに私の姿に化け…私を騙って多くのPCを惑わす…などという芸当は到底無理ですからね…最初から疑いの目を向けてはいません>>


 …ジウは、完全にあの二人を見下しているような気がする。アスタロトは、いつも無表情なジウにしては、あの二人に対する反応がとても感情的なのが新鮮に感じられた。


 『でもさ。ジウさん。あの二人…さっき、システム側の強制措置…極力PC同士の接触を避ける…っていう目的の雨をものともせず…暴れてたよ?』

 <<アレは…単に「無謀」…というんです。まったくエレガントさの感じられない、無茶苦茶で強引な突撃行為ですよ…』


 やっぱり…ジウはあの二人を嫌いなんだな。と、アスタロトは再確認した。二人への評価は、気の毒なほどに低い。


 <<さぁ…。もう、彼らのことはいいです。次の場所へ出ますよ>>

 『えっと…次は、ランキング17位…だから…スザク?かな?…』


・・・


 <<そこで…「あかいスズメ?」とかボケないで下さって助かります。まぁ、神話や伝承に詳しそうなアスタロトさんですから…それ以外の3人の名を見れば…間違うハズはありませんでしょうけどね…>>


 ジウの言うとおり、TOP19(トップナインティナー)ランキングには、17位の朱雀だけでなく、東西南北を守護する霊獣たち全ての名が見て取れる。

 一番ランキング的に上位なのが、11位の青龍。それに続いて12位には白虎。ひとつ空けて14位が玄武。そして少し離れて17位が…今から向かう朱雀だ。


 『ねぇ?…これって偶然、この4つの名を持つプレイヤーが選ばれた…ってこと?』

 <<…やっぱり…気になりますよね?…可能性だけ言えば、朱雀という名のプレイヤーばっかり4人残ったりとかも…あり得たし、その方が面白かったんじゃないかと…思わなくもありませんが…>>

 『なるほど…ジウがそんな前置きをするってことは、この4人って無関係じゃないんだね?…えっと…ギルド?…とか組んでる仲間同士なのかな?』

 <<むむむ…アスタロトさん。アナタ…ついに他人の心を読む技まで身につけたんですか!?>>

 『………そんな、勿体ぶった言い方すれば…誰でも分かると思うよ?』

 <<ちぇっ…つまらない反応ですね>>

 『俺は、別にジウさんを喜ばせるために生きてるんじゃないからね?』

 <<ふぅ。まぁいいでしょう。…ということで、恐らくですが…今から出る場所には、きっと4人揃っていらっしゃると…思いますよ>>

 『そ…それを早く言ってよ。じゃぁ…急いで、4人分の予習をしておかないと!』


・・・


 …急ぎ、ジウが転送してくれた4人分の抜粋に目を通す。【所在エリア】は「北岩大陸東部」で4人共通。【行動を共にするPC】の欄は、当然にそれぞれ他3人の名が連なる。


■№11【呼称】青龍。

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「半獣人型神聖職」。性別:男性

 がっしりとした筋肉質。特徴に薄い平面的な顔。

【人柄】無口。物静か。考えが読めない。

【会話した印象】喋らないので、会話は不成立。

■№12 【呼称】白虎

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「半獣人型双剣士」。性別:男性

 引き締まった筋肉質。猛獣のような鋭い目つきと不敵にむき出す犬歯が特徴。

【人柄】短気。粗暴。攻撃的。

【会話した印象】人の話を聞く気がないので、会話は不成立。

■№14 【呼称】玄武

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「半獣人型勇者」。性別:男性

 中肉中背。整った顔立ち。太い眉毛。強力な目ぢから。良すぎる姿勢。

【人柄】くそ真面目。大言壮語。夢想家。微妙なカリスマ性。

【会話した印象】人の話を良く聞こうとする…が、受け答えが前向き過ぎてウザい。

■№17 【呼称】朱雀

【身体的特徴】キャラクター・タイプ「妖精型弓撃士」。性別:女性

 超小柄。幼すぎる体型だがメリハリはGood!…萌え系美少女。髪型はロング。

【人柄】常にオドオドとしている。

【会話した印象】気弱で声が小さいため、会話は不成立。


・・・


 『何…コレ?…会話が出来ない奴ばっかりジャン?』

 <<ははは………。ええ。ですから、こちらとしても彼らが、いつも4人で揃っていてくださって助かっています>>


 そうジウが言ったとたんに、目の前には、凍り付いたように静止している4人が現れた。

 いや。現れたのはジウの方だった。

 そういえば…この仮想対実時間レートを引き上げてする空間転移に慣れていなかったアスタロトは、今まで考える余裕もなかったが…いつも、ジウが人の話を聞いていたかのように、絶妙なタイミングで忽然と現れるのはどういう仕組みなんだろう?…と急に疑問が芽生えてきた。


 目の前に凍り付く静止した4人は、当然の如く言葉を発することもない。だって、口も喉も全く動かないんだから。それこそ、心でも読んでいるのではないか?…とアスタロトは疑ってしまう。


 <<違いますよ。空間転移コマンド中で空間座標を変更している間は、実は仮想対実時間レートの引き上げは解除されいるんです。これは、あくまでもシステム管理用のコマンドで魔法ではありませんので…そのあたりの仕様は管理上都合の良いようにチューニングされているんですよ>>

 『ふぅん。じゃぁ…ジウには、空間座標の移動中は、出現しようとするポイントの音声や状況が把握出来てる…ってこと?』

 <<えぇ。そのとおりです。仮想対実時間レートは、スタックにFILOで積まれる仕様なので、転移が終了すると自動的に転移コマンド実行直前のレートに復帰します>>


・・・


 『なるほど…だから、タイミングを図ったように出現できるし…こうして転移を終えて出現した時点では仮想対実時間レートが最大レベルの…彼らが凍り付いたような状態になってる…ってワケなんだね?』


 この悪趣味な行為を都合良く行えるように計算され尽くした仕様は、あの神様気取りのクリエイターの趣味なんだろうなぁ…と、アスタロトは一人で納得する。


 <<それでは…>>

 『あ…。ちょっと待って。もう一つ。ずっと胸につかえてる疑問があるんだけど…』

 <<何です?>>

 『あのさ…面積拡張の賠償の話…カミさん所を出た後でしたでしょ?…あの時に、思ったんだけど…面積拡張の対象となった未定義エリア…つまり、誰の領土でも無かった場所だけが…100倍以上になった…ってコトだけど…』

 <<はい。そうですよ。それが何か?>>

 『その後、100倍以上になった状態で、領主がいない土地が「初試練の平原」だけで…その領土を獲得したのが俺だけ…って説明がさ…何か…こう、モヤモヤしてたんだけど…それ以外の未定義エリアって…誰も領有しようとしてないの?』

 <<あは。そこ…気になっちゃいますか?>>

 『うん。だって、この4人たちみたいに、ギルドを結成してるような組織的な集団がいるなら…当然に新たに発生した領土を手に入れようとするよね?…それと…あの惑星全域を領有しかけてた…とかいうPCもさ…』

 <<アスタロトさんは…この惑星が…全部、陸地で出来ている…と…お思いですか?>>

 『あ……………そうか。「公海」…って概念を失念してたよ…』


・・・

・・・


 「…であるから…我が輩は、この大陸の東側に位置する公海上の…あの小島の領有権を獲得しようと考えるのだが…いかがかな?」


 中肉中背。異様に太い眉毛と不自然なまでに強力な目ぢからの男が、この部屋の広さには不要なほどの音量で声を張り上げて喋る。

 円卓を囲んで4方に座る4人。


 今、言葉を発した男から見て左側には、がっしりとした筋肉質タイプの男が、無言の威圧感を振りまいて座っている。特徴に薄い平面的な顔は、ジウとはまた違ったタイプの無表情で塗り固められ、今の提案に反対なのか賛成なのか…全く読み取れない。


 そして、その反対側。言葉を発した男から見て右側には、下顎が痛いんですか?…と訊きたくなるほど不自然に顎を引き、口を半開きにして犬歯を覗かせながら凶悪な笑みを浮かべる乱れ髪の男。引き締まった筋肉質の体を、よせば良いのに窮屈に丸めて小さな椅子の上で片膝をつくような姿勢をしている。その右片膝の上には右肘を乗せて…自分的にはイけているポーズを取っているつもりなのかもしれない。男の問いかけに対しては、短く一言、「けっ!」とのみ。同意か不同意かは…やはり不明だ。


 最後に…問いかけた男の向かい側の席に縮こまったようにチョコンと座る少女。張りのある大きすぎる男の声を聞いてはビクッと怯えるように体を竦め、猛獣のように牙を剥いて笑う男の「けっ!」という不機嫌そうな声を聞いては、またビクッと怯える。

 賛成しようかどうしようか…決めかねるようにオドオドしている。


・・・


 「では、皆の同意がいただけたと言うことに感謝しつつ、続いて我が輩は、領有するために海へ出るための船を手に入れる計画の立案を動議いたすが…いかがか?」


 誰も同意したようには見えないのに、太眉毛の男は満足げに頷きながら次の提案へと移ってしまった。ジウの資料とそれぞれの外見が一致するし、この配置を見ても間違いない。勝手に話を進めていく太眉毛が「玄武」だ。彼らのこだわりが本物なら、玄武の座っているのは「北」側に違いない。

 そうすると…当然、東側の筋肉無表情…ムッツリな感じの男が「青龍」だ。

 それから、その向かい西側で不敵に笑うのが「白虎」ということになり…

 オドオドびくびくしながら南側に座るのが…性別から言っても間違いなく「朱雀」。


 大声に怯え…大きな目をうるうるとさせながら、その萌え系美少女「朱雀」が、おずおずと手を挙げる。


 「はい。朱雀くん!…発言を許可します。遠慮せずに、忌憚なく、口憚ることなく、歯に衣着せず、オブラートは不要か又は超薄型で…発言したまえ!」


 そんなに力強く言われたら…かえって恐縮して話せなくなってしまいそうだが…それでも、少女は気力を振り絞って発言した。


 「…はぅ。あ、あのぉ…東の海の向こうには『東端龍とうたんりゅう』って言う弧状列島エリアがあって…そこの『イーステストタウン』には…あの…カミちゃんとミコトちゃんが…いると思うのね…。あの…その…だから…ちょっとね…」


・・・


 「了解した。では、場合によっては彼女たち陣営との領有権を争った一戦があり得る。…ということも念頭に置いて行動しようではないか!」

 「あわあわ…わ、す、スーが言いたいのは、そういうことじゃなくってね…」


 彼女は自分のことを「スー」と呼ぶようだ。イシュタ・ルーと似ているが、イシュタ・ルーは名前の末尾をとって「ルー」と名乗っている。朱雀は、読みの最初の一文字を伸ばして「スー」と名乗っているのだろう。まぁ…萌え系の少女が、末尾の2文字を取って名乗ることはないか…大昔のヒト型兵器みたいになっちゃうもんね。

 必死に、自分の本意を伝えようとする朱雀だったが、白虎が突然、不機嫌そうに大声をだしたために、声を失って身を縮める。


 「はん。海上のちっぽけな小島なんかを、弱っちい女たちと奪いあうだと?…そんなアホらしいことやってられるか?…どうせ戦うんなら、西側に広がる…あのジュピテル坊やの陣地に攻め込もうせぇ…あん?…その方が…そそるだろうがよ?」

 「…カミちゃん…弱くないもん…」

 「あぁぁあん!?」


 小声で反論する朱雀に、眉を顰めて声を荒げて威圧する白虎。朱雀は肩をすぼめて涙目になりながら目を閉じて俯く。両手を両足の間に挟んで、モジモジしながら反論したい気持ちと、白虎に恐怖する気持ちとの板挟みになって両足をブラブラ揺らしている。


 「…朱雀殿が、そのカミというPCと交流があるのならば、事前に領有の意志の確認をして仁義を切っておけば良いのではないか?」


・・・


 朱雀の意図を正確に汲んで、地響きのような低音でフォローの声を発したのは青龍。

 青龍の声には違い無いのだが、全く体や表情に動きがなく声を発したので、本当に彼がそう喋ったのか、何処かに隠してある重低音スピーカーからの再生音なのか疑ってしまいたくなるような重みのある一言だった。


 その声に、パッと表情を明るくしたのは朱雀。逆に、不機嫌そうに目をそらしたのは白虎。たった一言で、青龍と白虎の力関係が明確になるほどのあからさまな表情の変化だ。

 そして、それに続き、その空気を全く読めないようなマイペースな口調で語り出すのは、先ほどから勝手に議事進行役を買って出ているらしい、玄武。


 「なるほど。無益な戦闘行為は避けて、まずは確実に領土の拡張を図るという方針を主張するのであるな。よろしい。多数決の結果、朱雀と青龍の両人のその意見に、我が輩…玄武も同意であります。従って、白虎殿には…誠に心苦しいが…我がギルドの総意に従っていただこう」


 いつも…このような馬鹿げた会議を開いているのだろうか?…何ともスッキリしない決着でありながら、白虎は玄武の決定に…というより青龍の判断に対し反論することもなく、もう、既にこの話題への興味を無くした…といった様子で耳を掃除し始める。


 「…では、議決に従い、朱雀くん!…大変、申し訳無いが、直ちに、即座に、迅速に、遅滞なく、すみやかに…カミなるPCとの連絡を行ってくれるよう希望します」

 「え、えええ!??…す、スーが独りで聞きにいってくるの?…か、顔見知りだけど…アドレスまでは知らないから…直接会わないと………で、でも…と、遠いし…」


・・・



 「…では、そのカミさんたちと、ご4方が揃って面談できる機会をさしあげましょう」



 ジウが、転移空間においてあらかじめ見計らっておいたタイミングで、いつものとおり忽然と姿を現す。


 「相変わらずの…盗み聞きかぁ?…てめぇ………この野郎!」


 白虎が椅子を蹴って立ち上がり、姿が霞むほどの高速歩法でジウの前面へと滑り込む。

 アスタロトよりも一回り小柄なジウの顔の位置に対して、白虎はさらに下の位置からねめ上げるように顔を近づけて威圧する。そこそこに長身の体を窮屈に折り曲げるようにして、両手はズボンのポケットに突っ込んだままだが、そのポケットのフォルムを見れば…中で握り拳に力が込められている様子が浮き出ている。

 朱雀は、不気味なほどの無表情なジウを恐れるように青龍の背中へと急いで逃げ込み、こわごわ…といった感じで、青龍の太い腕越しにジウを覗き見ている。


 「なるほど!…我がギルドの益になる面談を、さっそく実現するとのご提案。有り難く受けましょう。さすがはシステム側の担当者。我がギルドの希望は伝えずとも常に気を配り、ご尽力くださっているということか。ありがたいことです」


 面談できる機会について、全く詳細を聞くこともせず…また、ギルドの他の3人に諮ることもなく…玄武は勝手に面談を承諾してしまった。


・・・


 「…参加者は、カミさんたちとアナタたちギルド『四神演義』の皆さんの他にも、TOP19の皆さん全員にお集まりいただく予定ですが…それでも構いませんか?」


 さすがのジウも、やや呆れた様子で確認をする。


 「…ほう。天下一を決定する武道会でも開催されるつもりか?…突然の乱戦となるようなバトルロイヤル方式は…当方の朱雀くんには少々厳しいものがありますが…トーナメント方式でしたら………」

 「いや。玄武さんは、いつも想像力がたくましいですね。でも、残念ながら、そのような華々しい大会ではありません。システム側の主催により戦闘行為はシステム的に、完全に制限された協議会です。言葉であれば、いくら交わしていただいても構いませんが…拳と拳の交わりについては…ご遠慮いただきたいのです」


 玄武の「天下一武道会」などという夢想発言を一瞬真に受けて、嬉しそうな表情を浮かべた白虎が、「けっ!」と呟いて、つまらなそうに自席へと戻り身を沈める。


 「…俺は、いかねぇぞ?…そんなもん…俺等はギルドだから…最低一人出れば事足りるだろうがよ?」


 白虎の反応は、先ほどのジーパンの反応に近い。他のTOP19を見てみたいという気持ちが強いアスタロトからすると、少し意外な反応だが…人それぞれということなのだろう。それが分かっただけでも、アスタロトにとってこの巡回は勉強になっているといって良い。


・・・


 「いいや。4人全員で行こう」


 据え置き型のパワード・サブウーファーから人の声が?…と思うような重低音で、口数少ない朱雀が白虎の決定を覆す。

 理由もなにも語らない。青龍の言葉はそれ以上続かず、ただ不満そうな白虎の小さな唸り声だけは聞こえるものの、さらなる反論はされない。


 「そうですね。協議会と申されたなら何かを協議するのでしょう。その場で、ギルドとしての方針を決定し、他の皆さんへ発表しなければならないケースも想定されます。我が輩も青龍殿の意見に同意です………それに『敵を知り…』云々と古来より先人の伝えるところもありますから…しっかりと『敵』を見極めさせていただこうではないですか」


 相変わらず、正論めいたことを言っていながら、この玄武というPCは協議の目的や詳細を聞こうとはしない。どこか、少しネジがゆるんでいるような印象がある。

 しかたなく、ジウの方から補足の説明をする。


 「協議会の目的は、例の『不審なPC』の件で、一部のPCから若干の不公平が生じてしまったのではないかという意見が動議されまして…。そこで、この『デスシム』世界を代表するTOP19の皆さんに、その件に関する救済措置が必要かどうか…を協議していただきたいと考えているのです」

 「結構ですね。それは、非常に結構なことです。多くのPCが一つの仮想世界に共存しているわけですから。我がギルドのように、できるだけ各員の合意を尊重した秩序ある運営がされるべきです。うんうん。素晴らしい…」


・・・


 ジウの説明に対し、玄武は少しズレた視点で何度も頷き、協議会の意義を褒め称える。


 <<アスタロトさん。…急いで、この場を離れます。この玄武さん…このモードに入ると、少し長い演説に入る前触れなんです。超ウザい…演説が始まる前に撤退しましょう>>


 思念だけでアスタロトにそう伝えると、ジウは慌てて、4人に挨拶をして空間転移コマンドを実行する。


 「…それでは、日程や場所などの詳細はまた後日。私が直接お伝えにあがります…この後、他のTOP19の所も巡回しなければならないので…私はこれで…」


 そこまで言うと、ジウは仮想対実時間レートを最大レベルに引き上げた。


 凍り付く4人。

 何か、胸の前で握りしめた拳を振りかざし、まるで演説でも開始するかのような状態で静止しているのは、玄武。

 …「あぁ、また始まった…」とでも言いそうな…嫌そうな顔をして椅子の上で窮屈に片膝をついた姿勢をとるのは、白虎。

 レートを引き上げる前から岩のように静止を保っていたのは、青龍。

 そして、不気味なジウが消えて安堵の表情へと変化する途中なのは、朱雀。


 何故、この4人がギルドを結成し、行動を共にしているのか?

 基本的に、あまりギルドに所属したことのないアスタロトには、とても不思議だった。


・・・


 『ねぇ?…ジウさん。GOTOSやGOTSSの契約者っていう関係と、この人たちみたいなギルドを結成している関係って…システム的な扱いが大きく違うの?』

 <<はい?…もちろん違いますが…何か気になるコトでもありましたか?>>

 『うん。ほら、俺の周りにいるイシュタ・ルーだとか、慈雨さん…はGOTOS契約を俺と結んでるけど…ぶっちゃけ、今の朱雀って子より強いような気がするんだよね。…なのに、TOP19に選ばれてるのは朱雀って子で、ウチの二人は選ばれてない…何でなんだろう?』

 <<…なるほど。そこを疑問と感じられましたか…。なかなか分かりやすい説明をするのは難しいのですが…ギルドは対等関係。GOTOS契約は、あくまでも、片方がもう片方のガイドをする…極端に言えば…主従関係。…TOP19に選ばれるかどうかに影響している相違点としては…この部分が大きな理由でしょうか…>>

 『え?…でも、俺とイシュタ・ルーは相互にGOTOS契約を結んでいるハズだよ?…あの【天の邪鬼】と真っ向勝負して、アノ程度のかすり傷で済んだイシュタ・ルーの潜在的な強さって…侮れないと思うんだけど?』

 <<文面上の契約内容で判断するワケではないんですよ。実質的に、アスタロトさんたちの関係を解釈すると…基本的にアスタロトさんを中心としてイベントやクエストが展開し、イシュタ・ルーさんや慈雨さんは、それをサポートする…若しくは、それに便乗する?…そういう関係であると見受けられます>>


 なるほど。確かに、この世界でプレイを始めてから、そんなに日数は経過していないけれど、アスタロトには様々な出来事があった。イシュタ・ルーの対【天の邪鬼】戦も、結局はアスタロトの領主専用クエストに巻き込まれた形だし、慈雨にしてもそうだ。特に、慈雨は、より強いPCの守護の元に生き残ろう…という目的でアスタロトを選んでいる。


・・・


 <<一方、今の彼ら4人。ギルド名を「四神演義しじんえんぎ」というらしいですが…彼らは、共通の価値観により目的が一致しているに過ぎません>>

 『共通の価値観………目的が…一致?』

 <<そうです。一見、玄武さんがリーダーのようにも見えますが…別に、他の3人は玄武さんのサポートをしようという気持ちで行動しているわけではありません。たまたま自分と玄武さんとの目的や価値観が合致しているため、お互いに力を利用しあっている…という間柄です>>

 『じゃぁ…GOTSSとかGOTOSの契約は…結んでないんだ?』

 <<…それは、システム側の担当者として…私が申し上げられることではありません。ギルドについての解説は仕様についての説明ですから可能ですが…誰と誰がGOTOS契約を結んでいるか…というのは守秘義務の対象となります>>

 『ふぅぅうん…』


 ジウの説明は、理解できないこともないのだが…彼ら4人の力関係を見ると、決して対等のようには思えず、アスタロトは少しスッキリしない思いが残る。

 しかし、力関係などというものは、人間同士…まぁ仮想世界のPC同士なんだけれどね…が集まれば、どのような組織体系であっても発生するものだ。

 彼らの場合は、基本的には、同一目的、同一理念に基づくギルドとしての組織体系を維持しつつ、それでも人間関係や何やらの力関係が複雑に絡んでいるのだろう。


 『ねぇ?…じゃぁ、ギルド…ってのはTOP19ランキングを決める上での…その強さに加算される属性になるわけ?』

 <<そうですね。それも評価の対象です。彼らは4人だから…強い…とも言えます>>


・・・

・・・


 ジウが忽然と消えた後。

 玄武は、そんなことはお構いなしに、自己陶酔に近い状態になって演説を続けていた。


 「…そうです。人間社会において、秩序有る組織の必要性は議論するまでもありません。個人がそれぞれ単独に利益を主張しあっていては、いかなる平和も、理想社会も実現はできないでしょう。必要なのは秩序です。秩序を愛し、秩序を尊重し、秩序の為に個の利益を犠牲にできる…そういう美しい心の持ち主が、一つのギルドとして集結し、力を合わせれば、あらゆる困難は、もはや困難と呼ぶ必要の無いものであると…その認識を変えることでしょう」


 知らない者が見たら、狂気の新興宗教の教祖と勘違いしそうなほどの熱の入った演説。

 しかし、性格も大きく異なり、力関係も微妙な彼らであるにもかかわらず、青龍も白虎も…そして朱雀も…その演説の内容に対しては拒絶や否定の表情を浮かべることはなかった。

 白虎は興味無さそうにしながら、それでも黙って演説に耳を傾けている。

 朱雀も、時々だが、小さく頷いたりしている。

 青龍は、相変わらず微動だにしないが、目を閉じて玄武の演説を静かに聴いている。


 「…しかし、ギルドならば幾つ存在しても良いというワケでもありません。複数の目的を異にするギルドが乱立すれば、それは多くの個人が利益を争うのと何ら変わりはありません。だから、我々は一日も早く、ギルドを大きく育て上げ、ギルドの有益性と秩序ある世界の必要性を、全PCに知らしめなければならない!」


・・・


 玄武の演説は、止むことなく、ますます熱を帯びていく。


 「…だからといって、組織体が単に一つだけ存在すれば良い…というのでは当然ありません。最も忌避すべきは、独りの独裁者による価値観の押しつけによる統治です。それは、秩序ではありません。…あのような…過去の…いや、現在も継続して行われ続けている残虐で人権を無視した暴虐で残虐な統治は、決して認めてはならない!」


 具体的な過去が、玄武の演説に熱を供給しているらしい。そして…


 「どのPCも等しく、対等に正々堂々と戦い。勝っても負けても、笑って拳を交え…再び競い合い…戦いを楽しむことのできる世界」…と、白虎が自身の理想を述べる。


 「…ふ、普通に仮想世界でしか出来ない服装や変身をして、誰にも怯えずに…好きな人と毎日、ファンタジーを楽しめる世界」…と、朱雀が夢見るような表情で囁く。


 「他のPCの不当な干渉を受けることなく…人知を超えた強大なモンスターと、気力と知力、体力…あらゆる能力を尽くして、心ゆくまで戦い、己の限界に挑み続けることのできる世界」…と、普段は言葉数の異様に少ない青龍が、野太い声で唱する。


 満足そうに頷く玄武は、他の3人のそれぞれとゆっくり視線を交えていく。

 それらの望みは、簡単そうで…しかし、現在のどのシムタブ型MMORPGでも、実際には実現できていない…理想だった。複数の利己的なPCの存在により…彼らの一見簡単な理想世界は、これまで一度も叶ったことはないのだ。


・・・


 しかし…この「デスシム」では、例のアスタロトというPCの提案が次々と採用されているように…自分たちも、今以上に強くなり影響力や発言権を手にすることで…理想世界の実現は夢ではない。

 システム側の担当者も、玄武に設定レイヤでそのように語っていたのだ。


 「…その実現のためにも、まずは、我々ギルドの領土を…あの、憎むべきジュピテルの小僧と対抗できるように…少しでも拡張しなければなりません」

 「………だが、出来るのか、玄武?…ジュピテル坊やの領土は、面積拡張前の地表の約9割以上を占めていたんだぜ?」

 「…だ、大丈夫だよ、白虎。だって、もうユノちゃん…いないみたいだもん」

 「うむ。朱雀の言うとおりだ。ユノと思わしきPCが、どこかのエリアで領土争奪戦に負けた…という噂も耳にした…」


 青龍の言葉に、白虎はやや懐疑的な表情を浮かべながらも…「なら…やれるか」…と拳を握りしめる。


 「やりましょう。同士たちよ。この世界には、秩序が必要です。ジュピテルのような下らない男の遊びで、多くのPCたちの希望が歪められてしまっている…この現状を正すことができるのは…我がギルドを置いて他にありません。この世界には秩序が必要です。そのためには秩序ある組織に、全てのPCを参加させる必要があります。我が輩は…その夢の実現のためならば、この身を投げ打つ覚悟がある。」


 ギルド「四神演義」の面々は、その日の実現を夢見て、深く目を閉じた。


・・・


次回、「アクティブな…観測者たち(仮題)」へ続く…

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