(5) カミとの邂逅
・・・
<<まったく…もう。アナタはいったい…何てコトをしてくれちゃってるんです?>>
ジウの呆れたような思念が、アスタロトの意識をくすぐる。
初めての経験だが…「あぁ…思念とか意識って…くすぐったかったりするんだね」と、どうでもいいような感想を抱くアスタロト。
何の初体験かというと…
<<他人の体に…無理矢理に入ってくるなんて………私、もうお嫁にいけなくなっちゃいましたよ?…責任取ってくださいね?>>
『ぶっ…おま、おま。お前…ジウ。変なコト言うなよ。男だろ!?』
<<ふふふ。我々は、お互いに…仮想世界に生きるPC。性別なんて設定しだいでどうとでもなるじゃありませんか…しかし…妙な感覚ですね。こんなの初めて…です>>
『…だ・か・ら!…そういう他人が聞いたら誤解しそうなコトをわざと言わないの!…じゃなかった…思考しないの!』
<<うふふ。だって、ここは私たち二人だけの世界じゃありませんか。ここで何を思おうと誰にも、その思念は伝わりませんよ?>>
『ジウ…ゴメン。謝るからさ。もう勘弁してよ…虐めるの』
<<ははは。虐めているつもりはありませんが…分かりました。アナタには依頼した役目をきちっと務めていただかないといけませんからね。話を先に進めましょう>>
今。アスタロトの意識は、とんでもないことに…ジウの体の中にあるのだった。
・・・
『…でも…どうしてこうなっちゃたんだろう?』
<<どうして…って…。アナタが自分で無茶なコトをしたんでしょう?…というか…逆にお伺いしますが…どうやったんです?…コレ?>>
10数分前。
システム側の依頼を受けて、「多くのプレイヤーたちの情報を不正に入手した犯人が誰か?」…を特定するための調査に出ることになったアスタロト。
システム側の担当者であるジウと簡単な打ち合わせをし、TOP19のうちランキングが下位の者から順に巡回することにした。不慣れなうちに最上位プレイヤーのところから回ると、眼力の鋭い上位ランカーにいきなり見抜かれてしまう恐れがある。だから、下位から少しずつ慣れていくことで、最終的には上位ランカーにも気づかれることなくミッションをクリアーできるだろうと考えたのだ。
本当はその後、アスタロトに対して幻影魔法をかけるよう、マボに依頼しようと思っていたのだが…
ここで、アスタロトが突然に意味不明のコトを言い出した。
「えっと。で…『中の人』を変えれば良いんだよね?」
「はぁ?」
「どんなイメージなのかなぁ…えっと、まず深層意識の方に思考をシフトさせて…」
そう言ったきり…アスタロトは無表情になり…動かなくなる。
動かないものの…その無表情は…どこかジウにも似ている。
・・・
「え?…あの…どういうことですか…アスタロトさんは…いったい何を?」
ジウの質問に、マボやイシュタ・ルーも答えることができず、互いに顔を見合わせて困惑している。慈雨も黙って不思議そうに見守っているだけだ。
すると…ややあって…突然、声が。
「あ…。なんか…出来たっぽい」
その声を耳にして、ジウは驚いたように自分の口を右手で塞ぐ。
マボやイシュタ・ルーも驚いた顔をしているが、その驚いた理由はジウとは違う理由だった。マボたちの驚いた理由は、急にジウの口調が変わったから。
そして、ジウが驚いた理由は………自分の口から、自分が喋ったつもりの無い言葉が発せられたからである。
「え?…あ…いや。そんなハズは。…う。しかし…ここは落ち着いて…あの…」
無表情のままではあるが、これほど錯乱したジウを見るのは初めてだった。
しかし、さすがはシステム側の担当者。深呼吸を一つすると、マボたちに向き直り説明をし始めた。
「…と、取り乱してしまい申し訳ありませんでした。今、システム側に問い合わせたところ、私がご案内するより先に、アスタロトさんは…システム側で用意した予備PCの姿をつかって…既に、調査へと出発されたとのことです」
・・・
直前の挙動不審な言動についての説明はまるで無かったが、一応、アスタロトの現在の状態についてもっともらしい説明をしたジウは…
「それでは、私…別件で急ぎの仕事がありますので…これで失礼します。アスタロトさんは、調査が終われば…元の体へと復帰されますので…ご安心ください。…あ。この状態でも、アスタロトさんへの攻撃は、アスタロトさんへのダメージとして摘要されてしまいますので………皆さん…守ってあげてくださいね」
早口にそう言って、いつものように忽然と消えた。
「………変なジウだね」
マボが呟き、イシュタ・ルーが「うん!」と同意する。しかし、慈雨は…
「そう?…いつも、あの人は…あんな感じじゃないかしら?…気のせいよ」
…と、つまらなそうに言うだけだった。
アスタロトを守るようにとジウに言われたが、いったい…どのぐらい待てばアスタロトが、自分の体に帰ってくるのか分からない。
しばらくの間、3人はアスタロトの体を突っついたり、抓ったり…アスタロトの意識があったら鼻血が噴出すること間違いなしのアダルトなスペシャル攻撃をしたり…と、女3人だけならではの秘密の遊びで盛り上がっていたが、やがてそれにも飽きてしまう。
ずっと見ているわけにも行かないので、マボと慈雨の二人で多重の防御魔法を展開し、アスタロトを結界の中に閉じ込めて、それぞれのいつもの部署へと散っていった。
・・・
『ぶひゃひゃひゃひゃ…。くすぐったい。うぉおっ!今度は痛い!…そ、そんなトコを抓まないで…うひぃ!!!…だ、ダメ。そ、そこは…あふぅっ!!』
<<…何なんですか?今度は、いったい?…私の体の中で騒がないでください>>
そして、今。
アスタロトは、ジウの体の中で…この世の天国とも思える快感に身もだえていた。
実は、アスタロトの意識の全部がジウの体の中に移っているワケではないのだ。
アスタロトは深層意識と表層意識を分離して思考を制御し、深層意識側でお得意の三重瞑想状態を作りだして瞑想魔法を発動したのだ。どのような魔法かは、アスタロトにも良く分かっていない。とにかく、マボから伝授された瞑想魔法の奥義を自己流にアレンジし、表層意識をジウのPCの中へと仮想展開した…っぽい感じの魔法だ。
試してみたら…出来てしまった。ほとんど事故のような魔法の発動であり、アスタロト自体、完全に制御できているワケではない。この状態を解いて、もう一度同じ魔法を成功させろ…と言われても、できる保証はまるでない。そんな不完全な状態だ。
とにかく、アスタロトの本体には、今も三重瞑想状態を展開するための深層意識が残っているワケで…アスタロトの本体に加えられた夢の様な刺激は、表層意識側へも送られてきているのだった。そうと知っていたら、イシュタ・ルーはともかく、マボや慈雨はあんな破廉恥な遊びに興じたりしなかったであろうが…知らぬが仏…である。
『はふぅぅ………ジウさん。女の子って…恐いねぇ…』
<<そんな幸せそうに言われても…あ…考えられても、本心とは思えませんね。…悔しいですが、アナタが今、どういう手品を使っているのか…私にはさっぱり分かりません。後で、きっちりと説明してくださいね>>
・・・
ジウが知る限り、一人のユーザーが複数のPCを操る…などということは「デスシム」の仕様上、不可能なハズだった。
それどころか、一つのPCに、二人分の思念が共存している…という、現在、自分が置かれているような状況は全くもって想定外の現象だ。
『え~?…だって、俺がジウさんに…「一人のユーザーが複数のPCを操れるか?」…って質問したら、ジウさんクリエイターに確認してくれたじゃん!…で、クリエイターさんから…「理論上は可能。出来るものなら、やってみたまえ」…って』
<<…あの。その私は…偽者の私だったのではないでしょうか?…私には全く身に覚えがないやり取りなのですが…>>
『………あ。そうだった。じゃぁ…俺は偽者に…からかわれた…ってことか?…え?ええ?え~~~?…じゃぁ…何で出来ちゃったの?』
<<知りませんよ。………可能性としては、アナタが、その偽者の言うことを本当だと、信じ込んでいたから…でしょうかね。信じる力…というのは馬鹿になりませんから>>
ジウの名を騙った偽者が、本当のクリエイターに確認していたということは考えられない。そんな接触があったのなら、この「デスシム」世界における「神」とまで名乗ったあのクリエイターが、犯人の特定に手こずっているハズがないのだ。
システム側が、全くノーマークの状態だったからこそ、あのペテン行為は成功した。
クリエイターが、今回の事件の黒幕…であるなら話しは違った展開をみせる可能性もあるが…。しかし、その可能性は考慮に値しない。何故なら、今回のメジャーアップデートを苦労して作りあげた本人であるクリエイターが、ワザワザ自分の苦労を水の泡にするかもしれないような不正行為を許すハズがないからだ。その意見にジウも同意する。
・・・
<<あの方は…確かにふざけた所のある方ですから…疑われても仕方ない部分もありますが…今回に関しては絶対にシロです。不正行為に関与しているという可能性はありません。…あの方は、今回のメジャーアップデートに対するアナタたちTOP19の反応を、とても興味深く観察したがっていますから…>>
『…そうだね。一度しか逢ったことないけど…あの人は、そういう感じの人だよね。…さて、だいぶこの状態にも慣れてきたから、そろそろ最初のTOP19の所へ行こうか?…えっと。ランキング19位…は…』
アスタロトが、気持ちを切り替えてジウに提案する。しかし、ジウは…
<<アスタロトさん。その前にちょっと…>>
とアスタロトを引き留める。まだ何か問題があるのだろうか?
<<念のため、お願いしておきますが…この調査が終わり、元の体へ戻られても…マボさんやルーさんには、この状況についてはナイショで…>>
『…あぁ。そうだね。こんな仕様外?のコトできちゃった!…なんて言うわけにはいかないよね。了解です』
<<それから…先ほど…マボさんとちょっと険悪なムードになってしまった…件なんですが、アスタロトさんには…>>
『うん。それも分かった。ジウたちの「忽然」と現れるトリックのことでしょ?…アレって現れたり、去ったりする瞬間だけ…ジウたちの仮想対現実レートを最大レベルにまで引き上げてる…っていう仕組みだよね?』
・・・
<<………やはり。アスタロトさんはお気づきだったんですね。…そのとおりです>>
『でも…、さすがに俺…仮想対現実レートを勝手に変更するなんて…できないよ?』
<<出来てもらっては困ります。…アナタならやりかねませんが…一応、仕様上ではシステム側にしかその権限は設定されていませんから。しかし、私どもが仮にマボさんに今回の調査を依頼したとして…マボさんの仮想対現実レートを引き上げたとしても…残念ながら調査をすることは不可能なんです>>
『ん?…何で?…マボさんなら、こんな体一つに心2つ…なんて状態にならずに、単独で幻影魔法とか…姿を自由自在に変えられるのに?』
<<…思考速度が…レートに追いつけないと…体を高速で動かそうにも、脳がそのための指令を出せずに………結局、何も出来ないんですよ…実証済みです>>
『…そうなんだ。あ…俺、この間の領土争奪戦の途中で…引き上げられたけど…ジウと会話できてたよね………だから…俺なのか?』
<<はい。そのとおりです。…ですから…秘密にしといて下さいね>>
『分かったよ!…よし!…じゃぁ行こう!!』
<<…ちょっと待ってください。もう一つ…>>
仕事を依頼してきたのはジウの方だ。張り切って調査を開始しようとしているのに、まだ、何があるというのだろうか。アスタロトは、不満げに思念を揺らす。
<<…機嫌を損ねないでくださいよ。大事なコトなんです。さて、今、私とアスタロトさんは体を共有していますが…どちらが体を動かす優先権を得ているのでしょうか?>>
『優先権………?』
<<はい。例えば、私が右に…アスタロトさんが左に行こうとしたら…?>>
・・・
ジウの質問は、ちょっと不自然な内容に聞こえる。
ジウ自身は、マボたちと別れてから今に至るまで、ちゃんとジウの意志のままに行動できているのだから…優先権?云々…などという疑問を考える必要は無いはずなのだが…
しかし、マボたちの前で「あ…。なんか…出来たっぽい」と、ジウの意図に反して口走った…その言葉の主は、間違いなくジウではない。…つまり、アスタロトが一瞬ではあるがジウの体の制御を乗っ取った…というこうことになる。
そして、先ほども…アスタロトの本体をイシュタ・ルーたちに弄ばれていた時に、ジウの体への刺激では無いにも関わらず…アスタロトの身悶えた思念は、ジウの体までをも悶えるように動かしていた。
すなわち…この「ジウPC」は、今、2つの意志によって動かされている…ということになるのだ。
これから、いずれも只者ではない強者たちである各TOP19の所を巡回しようというのに、この状況はあまり好ましい状態とは言えなかった。
<<『…痛ててててててて……たたたたた…>>』
合図を出し合うこともなく互いに左右へ行動しようとした二人は、その結果大きくバランスを崩し…派手に転倒してしまう。二足歩行である人間型のPCは、リアルと同様に自分からバランスを意図的に不安定にしたり補正したりをコントロールして歩いている。
例えば、右側へ向かうときには右へ倒れるようにバランスを崩し、直後に倒れないように足の位置を動かすことでバランスを補正し…また崩し…補正し…と繰り返すことで歩行を成立させているのだ。それが、左右の連携を無視してバランスを崩すだけで…その次の補正がおこなわれなければ…倒れて当然だ。
・・・
<<…これは…困りました。アナタは本当に恐ろしい人ですね。アスタロトさん>>
『はひ?…痛てて…何?…どういうこと?』
<<アナタがTOP19のランキング1位で無いのが不思議なぐらいですよ。>>
『いや。嫌味はいいから…ハッキリ言ってよ?』
<<…私は、これまでの状況からアナタが私の体を操れる…といっても、強い感情の動きが有ったとき…限定的に…だと考えていました。驚いたり、身悶えたり…という>>
『うん…確かに…無意識に体、動かしちゃってたもんね』
<<しかし、今の実験で、アナタと私の意志は50:50で体に指令を送ることができる…ということが明らかになりました。私が主に体の右側。アスタロトさんが左側>>
『うひゃぁ…厄介な分担だね』
<<いや。厄介では済みませんよ。それがいつでも可能だとしたら、アナタは半分とはいえ…システム側PCを乗っ取ることができるということですから…私たちシステム側の担当者からすると非常に脅威となります。もし…これがCOOたちの一派に知られたら…>>
『…知られたら?』
<<今度は、隔離サーバーへの拉致や幽閉では済みませんよ。…恐らく、強制アカウント停止…最悪、アカウントの強制削除………つまり…>>
『…つ、つ、つまり?』
<<デスシム世界における【死】…をアナタに与えようとするでしょう>>
また、新しい技ができちゃった!…的な…浮かれ気分が一瞬で吹き飛んだアスタロト。そうなのだ。忘れてはならない。少しばかり、この世界で力をつけたところで…所詮はこの世界の神々であるシステム側の人間たちの…その強制権限には勝てないのだ。
ジウに戒められるまでもなく…アスタロトは他言無用と自身に言い聞かせた。
・・・
が。そこで、アスタロトは気が付く…
『あ………じ、ジウさんって…システム側の人…ジャン………ま、ま…ま』
<<ま?…まさか…私を口封じに抹殺しようとか考えてないでしょうね?…物騒なことを考えないでください。私はCEOとクリエイターから、そういうタイプの干渉行為はするなと厳命されていますから…ご安心ください>>
『ほっ………本当なの?』
<<えぇ。アナタが不当な手段を用いずに、自力で得た力…これについては、あの方たちお二人ともとても興味深く観察しておられますからね。勝手に、アスタロトさんを排除したりしたら…私が会社をクビになっちゃいますから>>
『ほへ。あ、あのオジサンたち…俺のこと見てるの?』
<<あぁ。緊張しなくてもいいですよ。常時、監視する…などというプライバシーを無視した観察ではありません。基本的には、私からの報告を受けて…という形ですから。…ということで、私とは仲良くしておいた方がいいですよ?…アスタロトさん>>
『うぅぅ…ジウさん。何か…し、思念が黒いよ。真っ黒な印象だよ?』
自分のペースを取り戻したことで機嫌の良くなったジウは、やっとTOP19調査について話を進めることにした。
<<さて。アスタロトさん。今からの行動方針についてですが…できるだけ…アナタはこの体の行動に影響を与えないように大人しくしていて下さい>>
『…そうか!…ジウが、ジウとして接触するなら…疑われる心配は無いもんね』
<<はい。アナタは、犯人が誰か…その1点だけを見極めるよう専念してください>>
・・・
行動方針が決まり、晴れて自分の体の制御権を完全に取り戻したジウは、アスタロトの為に、最初の訪問先であるランキング19位「カミ」のことを簡単にレクチャーする。
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攻略ガイド №19 【呼称】カミ
【所在エリア】東端龍孤島エリア「イーステスト・タウン」
【身体的特徴】キャラクター・タイプ「人間型刀武者」。性別:女性
身長は女性タイプにしては長身。モデル体型。しなやかな筋肉質。
【人柄】俺っ子。強欲。強引。ウザい程前向き姿勢。
【行動を共にするPC】ミコトと呼ばれる防御系魔法の使い手を護衛として隷属
【会話した印象】とにかく元気。基本的に損得勘定を優先。知恵は浅い?
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…というのが、例の「不審なPC」により投稿された記事の該当部分だが、ジウの持つ印象とも、そう大きく違わないという。
『この…「俺っ子」って何?』
<<あぁ…。会えば分かりますが…この方、女性型なのですが…第一人称…つまり自分のことを呼ぶ時に「俺」と表現されるんですよ>>
『うぉ…「僕っ子」の進化形か!?…でも…可愛さは…どうなの?それ?』
<<彼女は…別に男性に媚びるために「俺」と言っているわけではありませんから。むしろ…彼女は…男性嫌いかもしれませんので…アスタロトさん。気を付けてくださいね>>
アスタロトが「何を?」と訊く前に、ジウは仮想対実時間レートを一気に引き上げ、そして空間転移系のコマンドを実行して「イーステスト・タウン」にジャンプした。
・・・
・・・
「ねぇねぇ…カミちゃん。まだ、このウォレットの残高…こんなに沢山あるよ!?」
目の前に積み上げられた武器や防具、様々なアイテムなどの山に埋もれるようにして悦楽に浸っているカミに、ミコトが驚愕の声を上げて呼びかける。
「あぁ。凄いよな。アスタロトとかいう奴は。男にしておくのが残念なぐらい気前の良い奴だよね…うふふふ。見てよ、ミコト。この名刀の数々。そして、この美しいフォルムの鎧。う~ん、何度見ても惚れ惚れしちゃう。…あ、ミコトは、こっちの防御とか回復系のアイテムの方が興味あるのかな?」
「私は別にぃ、回復や防御が好きなわけじゃないよぉ!!…カミちゃんが攻撃のコトしか考えないで暴走するから…仕方なくぅ…」
「何を言うの、ミコト。モンスターと遭遇した瞬間に、俺が一刀両断にしてるからアンタは無事でいられるんじゃないか。ある意味、俺がミコトを守っているってことだろ?…そしたらミコトは、そのお返しに回復や防御をするのが当然の礼儀でしょ?」
「むぅ…。何だか、よく分からない理屈だよぅ!カミちゃん」
「なら、余り深く考えるなよ、ミコト。ミコトは黙って俺についてくればいいのよ」
「…え~~~。でも、何かTOP19?…とか言うのにカミちゃん選ばれちゃったでしょ?…この先、なんか私…凄く大変な目に遭いそうで…不安なんですけどぉ~」
「う~ん。そう。それなのよね。何で、ダンジョンに閉じこもって守衛スケルトンの相手ばっかりやっていた俺が、その…TOP19?…なんかに選ばれてるんだろう?」
その理由が、目の前に山積みの名刀や防具にあるとは…二人とも気づいていない。
・・・
この「デスシム」世界では、他のシムタブ型MMORPGとは違い、武器や防具その他のアイテムを、幾つでもアイテム・ストレージに格納して持ち歩く…ということはできない。各プレイヤーの居留地に据え付けられたデジタル倉庫や、各タウンにあるアイテム保管サービスを利用すれば、オブジェクト化を解いてデータ・リスト化し、ゼロ・サイズでの保管は可能である。しかし、持ち歩いて装備するためには、オブジェクト化していないといけない。
つまり、武器や防具の形状や重さにもよるが、STR値が高いプレイヤーなら複数の武器を携行して旅をすることも決して不可能ではないが、一般的なプレイヤーの体力では、愛用の武器を一つだけ選んで持ち歩く必要がある。
その制限は、回復アイテムなどについても同様である。先日の領土争奪戦で、もしこの制限がなければ、マボは無限にMP回復アイテムを使用することができることになり、アスタロトは手も足も出なかっただろう。
敵やモンスターに合わせて、その場で武器や防具を変更する。…ということも、つまりは出来ないのである。事前に、どのような相手と戦う可能性があるのかを十分に検討して武器や防具をセレクトする戦術的思考が必要なのである。
また、武器や防具には、現実と同様に寿命が設定されている。寿命は、それぞれのアイテムの「耐久度」パラメータによって増減の幅が違うが、新品で100%の状態から、経年劣化でも減少するし、戦闘などでダメージを負えば大きく減少する。
だから、高額なCPを支払って強力な武器や防具を購入すれば、一時的な強さは得られるものの、それは、その武器や防具の寿命が尽きるまでの束の間の…幻の強さ…ということである。もちろん、高級な武器、防具は「耐久度」も高く、そこそこの寿命があるが。相手も強ければ…武器や防具もダメージを負うのだ。
・・・
しかし、カミとミコトは、普通のプレイヤーには到底購入できないほどの名刀や鎧、強力な回復&防御アイテムを山のように保有している。
それら高級なアイテムは、軽量コンパクトでもあるので通常よりも多く携行可能であり、仮に一つの名刀が寿命を迎えても、それに変わる名刀を直ちに用意できるカミは、半永久的に武器や防具によるレベルの底上げ効果を得られるのだ。
彼女たちに限って言えば、武器や防具による強さは…束の間の「幻の強さ」などではなく…間違いなく彼女たちの強さとしてランキング・システムに評価されている。
「まぁ…しかし…そのウォレットは、確かに非常に有り難いものだよな。それを貰えなかったら、この名刀たちと出会えなかったんだと思うと…感謝せずにはいられないよ」
「でしょ、でしょ!?…そのアスタロト?…っていうプレイヤーは、守銭奴のカミちゃんとは大違いの太っ腹だよね?」
「誰が守銭奴よ!?…俺は、ただ良い品と…それを手に入れることができる資金を手にするコトが…ヒトよりちょっと好きなだけよ」
「…あぁあ。私、一度ちゃんと会ってお礼を言いたいなぁ…」
「うむ。男だというのが残念だが、俺も…アスタロトというプレイヤーには…ちょっと興味があるかな?…最初の面積拡張?…には腹が立ったけど…オフィシャルの記事に、何度も名が上がっているのをみると…何だか面白そうな奴だよね」
「…でも、このヒトもTOP19…の一人ってことは…カミちゃんのライバル?…になるのかな?…そうすると…会うのは難しいかもぉ~」
「う~ん。会うなり攻撃をしかけてくるような奴だとは思わないが。…まぁ、心配しなくても、奴の滞在する『はじまりの町』は遙か彼方。海の向こうの大陸だ。まぁ…遭遇する可能性は低いよね。会いたい気持ちは俺にもあるけどね」
・・・
「…それは良かった。では、是非、会ってご覧になりませんか?」
ミコトが驚愕に目を見開いた瞬間。
カミは、手元の名刀の一本を素早く手に掴み、背後へと体をコンパクトに回し込む。
…と同時に、「守衛スケルトン」相手の反復練習効果で体に染みついたシャープな斬撃を、突然の声の主にお見舞いする。
しかし、カミが気配を感じた位置よりも、その声の主は僅かに後方に立っており…カミの斬撃は空を切る。
「…な、何をなさるんです?…危ないじゃありませんか?」
「じょ、女性の部屋に、いきなり侵入してくるな…と何度言ったらわかるんだ?」
「そ、そうよそうよ。『俺』とか言っちゃってるけど、これでもカミちゃん女の子なんですからね?」
いつものことだが余計なツッコミを入れるミコトを、一睨みして黙らせ、カミは忌々しげな声音で続ける。
「…それに。危ない…だなんて、全く思っていないくせに。手加減なしの俺の斬撃を、完全に見切っておきながら…白々しい」
「ま、まぁ…これでもシステム側の担当者ですので、私。仕事中に、問答無用で斬り殺されて…殉職…とならないように必死で避けさせていただきました」
「くっ。むかつく。…とにかく、俺やミコトが着替え中だったりしたら、どうするつもりなんだ!?お前は…このムッツリスケベ野郎が!」
・・・
「心外ですねぇ。我々、システム側の担当者は、性別など超越した次元で皆さんのお世話をさせていただいております。そんなことを気にされる必要はありませんよ?…万が一性的な興味があったとしても、姿を見せずに観察すれば済むことです」
「くっ。…これだから…男という奴は…」
「だから、システム側の担当者の性別なんて、気になさる必要ありませんと何度も言っているじゃありませんか?…私のリアルは、ひょっとしたら女性社員かもしれませんよ?」
「…そ、そうなのか?」
「さぁ?どうでしょう?」
「くっ…。むかつく」
言いつけ通りジウの中で大人しくやり取りを観察しているアスタロトだが、慈雨やマボが、何故、ジウのことを毛嫌いしているのか…少しだけ理解できた気がする。
<<ね、ねぇ…ジウ。そ、そのぐらいにしなよ。可哀想だよ。それに…そもそも、女性型のPCの所へは、女性型のシステム担当者を巡回させれば良いんじゃないの?>>
『ふむ。なるほど。その提案はクリエイターへ伝えておきましょう。…しかし、アスタロトさん。見た目が女性型のPCだからって、そのPCを操るリアルのユーザーも女性だという保証は無いんですよ?』
<<え?…じゃぁ、この「俺っ子」…リアルでは男なの?>>
『いいえ。間違いなく女性ですけどね。それもかなりレベルの高い美少女です』
<<うわ。ジウ…思念だけの時でも面倒臭い性格なんだね。嫌われるわけだ…。とにかく…せめて男性でも女性でも無い…中性的なキャラにしておけば良いんじゃないの?>>
・・・
「…何を一人でブツブツ言っている?…もう良いから、早く要件を言って帰れ!」
不機嫌そうにカミがジウに背を向ける。
「はい。そうですね。まだ18人のところを巡回しなくてはなりません。私もあまりカミさんと遊んでいる暇はありませんでした。手短に申し上げましょう。システム側からの連絡事項を1件お伝えいたします」
「ジウさん。お願いだからカミちゃんを、そんなに虐めないでよぉ。後で、腹いせのとばっちりを受けるのは私なんだからぁ」
「うるさい!ミコト、余計なコト言うな!…で、その伝達事項を早く言いなさいよ」
「はい。先ほどカミさんがお会いしたがっていた、アスタロトさん…始め全TOP19の皆さんにオフィシャルの会議場へとお越しいただき、メジャーアップデートに関する協議を行っていただきたいと考えています」
「ん…協議?…何のために?」
「はい。オフィシャルのスペース・ラインでも<お詫び>の告知をさせていただいていますが…『不審なPC』により不正なプレイヤー情報の流出がありました。その件で、TOP19の皆さんに救済措置が必要かどうか…を含めて話し合いをしていただきたいのです。」
「ふ~ん………で、そこにアスタロト…も…来るのね?」
カミは、協議の内容にはさしたる関心を示さず、アスタロトの出席について確認をする。
「ほう…。カミさんは、アスタロトさんに強い興味をお持ちのようですねぇ」
・・・
「…ばっ………な、何を言う。そ、そんなんじゃないわよ。た、ただ、お詫びのためとは言え、あんな驚く程の高額なCPがチャージされたウォレットを…気前よく贈与してくれるような男には…初めてだから………い、一度、顔を拝みたいだけだよ」
「ほう。カミさんにとって、初めて………の男性…というわけですね?」
「!!!…ち、ち、違うぞ!…お、お前、ワザト誤解したような言い方…」
「カミちゃん、カミちゃん…ジウの思うつぼだよ…落ち着いて!」
賑やかなやり取りを、アスタロトはジウの中で首を捻りながら聞いていた。何やら自分が、もの凄い高額なプレゼントを彼女…カミ…にした…とか、しない…とか?
『ね、ねぇ?…じ、ジウ。どういうこと。何か、俺、もの凄い太っ腹なオヤジ扱いされてるみたいだけど…???』
<<あ。そ、そうでした。アスタロトさんに報告するの忘れてました…。ちょっと、待っててください。取りあえず、必要な事項は伝達することができましたので、今、彼女たちの前から立ち去りますので…>>
「ま、また…一人でブツブツと。今日は、いつもに増してむかつくな…ひょっとして、お前こそが、例の『不審なPC』じゃないのか?」
「違いますよ。まだ、犯人は判明していませんが、彼の手口は掴んでいますから…現在、システム側で網を張っています。もし、『不審なPC』が再び現れれば、即座にシステム側により拘束されてしまいます」
「ふ~ん。どこまで、信用していいのか…」
「実はTOP19のうちの一人が…犯人なのではないかとの疑いがありまして…」
・・・
「何?…じゃぁ…俺も疑われてるってことなの?」
「いえ。そういうワケではありませんが…仕事ですので、一応、いくつかの確認はさせていただきました。しかし、カミさんが、そんな卑怯な行為をするなどとはこれっぽっちも思ってはいませんよ」
「そ、そうよ。お、俺は、そ、そんなことしないよ!!」
「はい。申し訳ありませんでした。確認の結果、カミさんの潔白の確認が取れましたので…安心しました。それでは、私は、次の方の所へ行かないといけませんので、これにて失礼いたします」
ジウと視覚を共有しているアスタロトは、カミが怒ったように美しい顔を上気させて、消える直前のジウを睨みつけているのを感じて…あぁ…綺麗な目をした子だな…などという…感想を思い浮かべていた。
取りあえず…無事に、一人目の調査が終わったのだ。
アスタロトは、思念の緊張を解いて、心で溜め息をついた。
・・・
次回、「リバイアサンず(仮題)」へ、続く…