(48) 終結のための集結
※今度こそ、本当に第2巻最終話です。
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デスシム内部歴 01年10月10日
TOP19協議会の6日後…
ハザード・イベントがクリアされてから2日後。
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カミとミコトが驚いて振り向いた。
「え?…本当なの…それ?」
「申し訳ありません。私も人伝に耳にしただけですので…」
そのジウの言葉は歯切れが悪い。
「ねぇ、カミちゃん。どうするの?」
「どうするも何も、当然、行くに決まってるでしょ。俺たちがあの人と交わした領主領民契約は、今も有効のままなんだから…」
「…でも。アソコに近づくと…危ないって噂だよ?」
「噂も何も…俺たちは、あの場所で実際にその『穴』を目にしてるんだから、言われるまでもなくアレがとても恐ろしいモノだって分かってるわよ。…できれば、俺だって近づきたくはないけど…」
「…どうでもいい事だけど…カミちゃん…また『俺』に戻っちゃってるよ?」
「あぁ…何でかな?…無理して…『アタシ』とか…言う気にならないのよねぇ…」
カミは、どこかあらぬ所に視線を向けながら、力なく溜め息をつく。
ミコトは、そんな明らかにテンションの下がりっぱなしなカミを見て溜め息をついた。
「はぁ…。仕方ないなぁ…カミちゃんがそんなじゃ、何だか私もつまんないし…いいよ。行くよ、私も。少なくとも、この間よりは…危なくないよね?」
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ジーパンとヴィアは、少しだけ嫌そうな顔をした。
「はぁ?…どうして俺たちが、あの野郎のために?」
「この間、ちょっと協力したからって、僕たちが常にシステム側に協力的なPCだなんて、勘違いして欲しくないんだけど?」
その言葉に、無表情を保ったまま、そのジウは別の切り口から二人を揺さぶる。
「…ですが、アナタ達も…特にヴィアさんも気になるのではないですか?…あの、もう一人のヴィアさんが…いったい何者なのか。そして、あの『穴』へと消えた後、今はどこで何をしているのか…」
さあ、どうです?…という感じで、そのジウは一歩前へと体を乗り出す。
ところが…二人の反応は今ひとつだ。
「ん~。妙な奴だったけど…別にそんなに気にはならないかな。アレから姿を見せてないみたいだし。要するに、お調子者がヴィアに化けてTOP19たちを狙ってみたものの…敵わないと覚って…逃げた…ってだけだろ?…体術には優れてたけど…魔力はそれほど感じなかったし…」
「だな。まぁ、格好良い俺様に憧れて、コスプレってみたい気持ちは分からねぇこともねぇがな。あの満身創痍のTOP19たちをすら倒せずに退散したってことは、まぁ、それだけの小者ってことだろ?」
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「い、いや。小者…って。あの恐ろしい『穴』へ、躊躇することなく身を踊らせたんですよ?…あのクリエイターですら…恐怖するあの『穴』に」
「あれってよぅ。本当に『穴』に入ったのか?…俺たちゃ、ヘトヘトで目も霞んでたからな。『穴』の前でジャンプしながらタイミング良く転移されてりゃぁ…見事に騙されるんじゃねぇの?…多少は仮眠できた俺たちですら、とにかく眠かったからな」
「うん。僕も同意見だな。よりによって、ヴィアなんかに化ける…その感性には違う意味で脅威を感じるけど…。とにかく、あの状態の我々に傷の一つもつけられずに退散するような奴は、十分に寝て万全の態勢となった僕たちの足下にも及ばないハズだよ」
説得の切り札として繰り出した話題が全く功を奏さず、そのジウは次の手を探すかのように視線を泳がす。
しかし、言葉が出てこず…諦めかけたその時。
「まぁ…。ヴィアの偽物のことは…ともかく、アスタロトの奴がどうなったか…は、やっぱり、多少は気になるかな?」
「あぁ…。そうだな。あの野郎を苦しませてこの世界から脱落させる…それが、俺たち二人の、まぁ…目的だったわけだからな…。俺は…まぁ、あの野郎が居なけりゃ居ねぇでも、タウンを破壊して回るっていう行動を変える気はねぇが…ジーパン、お前は?」
「う…ん。僕の場合は…どうかな。よく分からないや」
ジーパンは、自分のつま先を意味もなくジッと見つめるようにして考える。
「いいよ。僕も行くよ。確認しなきゃ…分からないからね。ヴィアも来るだろ?」
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「けっ。また俺たちが4人揃ったタイミングを見計らったように来やがったぜ」
椅子の上で胡座をかいた白虎が、横目で壁際に忽然と現れたそのジウに嫌味を言う。
4人一度で用件を済ませようという手抜き意識を指摘したものだが、そのジウは特に表情を崩すことなく肯定する。…まぁ、元々が無表情なのだが。
「皆さん方は、非常に結束の硬いギルドの構成員であると認識しております。それぞれに個別にお話するより、こうしてご一緒の時にお話をさせていただいた方が、皆さんも意志表示をスムーズに行えるかと思いまして…」
「けっ…」
「では。我がギルド『四神演義』にも、その『穴』の存在する領域へと参集しろと…そう言われるのですね?ふむ。このデスシム世界を秩序ある状態へと導くのが我がギルドの使命。では、早速ですが票決をとることに致しましょう。ちなみに、我が輩の意見は勿論、参加であります。ご異議のある方は挙手を願いマス!」
通常、票決を採る進行役は、各員に先入観を与えたり、誘導をするような真似を避けるため、自分の意見を言わずに票決を採るものなのだが…玄武はお構いなしに自分の考えを述べた上で票決をとる。
少し悩んでいるような感はあるが、朱雀も青龍も手を上げようとはしなかった。
白虎も「けっ」…と小さく毒づいたものの、特に意思表示をしようとはしない。
「では、決定です。我がギルドは総員を持って、その招集に応ずることとします」
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メフィスは、疑うような目つきでそのジウを睨む。
「…また…来たのかい?…同じ話を繰り返す気なら…勘弁して…欲しいな…?」
思わず、自分の口から出た言葉が、いつかと同じであることに途中で気づき、メフィスはより一層、警戒心を強くする。
「おっと。そんなに何度も私が来ましたか?…来ましたかね?…来たかも知れませんね。とにかく、一人で大勢のところを片端から回ってますので。…申し訳ありません。では」
そう言ってアッサリと帰ろうとするジウ。メフィスは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ…。い、一応、聞くよ。もしかしたら、別の用件かもしれないジャンね?」
「いえ。今日は、あの『穴』への参集…その一件だけしか私の巡回している用件はありませんから。では、何度も失礼しました…」
そのジウが消えた壁際を、メフィスはしばらく呆然として見つめていた。
危機感にも似た既視感。…どちらかが偽物のジウなのでは?
そう思ったが、話の内容は全く一緒。どちらが偽物だとしても、もう片方の本物と言っている内容は全く同じだ。両方が本物?いや、両方が偽物?…様々なパターンで検証を行うが…結局、そのモヤモヤした気分を引きずりながら、メフィスは参集に応じる。
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ベリアルがその場所へ到着した時には、もう他のTOP19全員が既に勢揃いしていた。
もちろん…未だに行方不明のマックスと、一人で幽閉用隔離サーバへと潜入したまま消息を絶ったアスタロトの姿は見えないが。
「おっと…あまり不用意に近づくなよ。あの『穴』については、現在、システム側でも総力を上げて調査中だが…今のところ『危険だ』という事以外、ほとんど情報が無いに等しい。アレが想像どおり公海上に現れた粗描領域と同じものなら…喰われるぞ」
背後からクリエイターに呼び止められて、慌ててよろけるように後へと下がるベリアル。
クリエイターは訊かれてもいないのに、ベリアルに向かって蘊蓄を披露する。
「因みに、一時は公海上から陸地にまで範囲を広げていた粗描領域だが、現在はほぼ全てが雲散霧消したそうだ。全部消えたかどうかは…これまた不明だがね」
「不明…なんですか?」
「デスシム世界では、沿岸部のモンスターが異様に手ごわい設定になってるから、海洋へ乗り出そうとする者もその手段も無いとは思うが…もし、海へ冒険に出ようと思うなら…十分に注意してくれよ。現実世界にも…昔から知られるバミューダ・トライアングルという恐ろしい海域が存在するが、あの粗描領域がそうなっている可能性もあるからな」
笑みを浮かべて現れたハズのベリアルが、クリエイターからの不意打ちのようなミステリー話の出迎えにあって、可哀想なほどに顔色を青ざめさせている。
メフィスは、そんなベリアルを見て、少しだけ満足そうな顔をした。
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「…な、何故、そのような情報を…わ、私に?」
「ん?…あれ、君がどうしても知りたがっていると彼から訊いたんだが…違ったか?」
ベリアルに問われ、クリエイターは周りを見回すが、メフィスは何食わぬ顔でネフィリムの背後へと隠れて視線を躱す。
「おい。全員集まったなら、早く用件を言え。俺様は馴れ合うつもりはねぇぞ。この件が済んだら、従前どおり全領土を俺の手中に収めるんだ。さっさと、済ませて、コイツ等全員の領土に親衛隊を送り込む予定なんだからな」
比較的、早くこの場所に到着し待たされることとなったジュピテルが、苛立ちを爆発させてシステム側の二人、ジウとクリエイターに噛み付いた。
ところが…
「え?…用件………って?…何の事ですか?」
「あぁ。私とジウは、この『穴』の付近に一般PCが近づけなくするための結界について、範囲と強度を設計するための調査に来ただけなんだが?…何故、君たちはここに勢揃いしているのかね?」
素で何を噛み付かれているのか分からない…といった様子で、クリエイターが答える。
それを聞いた玄武が、皿のように上に向けた左手の平の上に、右拳をぽんと載せ…
「おお。なるほど。それでお二人は、先ほどからアチコチを調査していたのですな!」
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一人で納得している玄武の横で、白虎が不機嫌そうに悪態をつく。
「けっ。じゃぁ…何だ?…俺たちゃ、また、そろいも揃って雁首揃え、あの偽物野郎に良いようにあしらわれた…ってことかぃ?」
左端とジュピテルは「またお前か?」という表情で、ベリアルの方を見ている。
もしベリアルの仕業なら、ここで「してやったり!」…と内心で快哉を叫んでいるハズなのだが、先ほどクリエイターから散々と脅かされたショックから立ち直っておらず、その本心は窺い知れない。
全員の空気が微妙な色に染まるなか、カミが混乱したように手を上げて発言する。
「えっと…え?…あの。じゃぁ、全員で手分けして、中に閉じ込められているアスタロトさんを救い出す…っていう話は?…え?」
「ちょっと待て。我々は、全員で力を合わせて、あの『穴』を封印すると聞いたぞ?」
「アレ?…あの『破壊の意思』とかいうふざけた奴の捜索をするんじゃ?」
「今日、ここにご領主殿がお帰りになると…聞いて来たんだがの?違ぉたか?」
「ふむ。シンジュ、あの『穴』から悪人が次々と湧き出てくるという話だったよな?」
「ええ。お兄様。そのように私もお聴きしたように思います」
「…くそ。まるでメジャー・アップデート直後と同じ展開だな」
カミの発言に続き、あちらこちらで戸惑いの声を上げるTOP19たち。
どうしても偽物騒ぎの件が思い出されて、クリエイターがジウに横目で同意を求める。
・・・
すると…
今まで黙っていたユノが、皆の言葉が途切れた隙に、クリエイターに近寄った。
「…騙されたものは仕方ないな。クリエイター。せっかくだから、あの『穴』について、現状で分かっていることを、せめて私たちには教えてくれないだろうか?…システム側の機密に属する事項かもしれないが…命がけで闘った私たちには、それを知る権利があると思うんだが」
「そうだな。今更、ここにいるTOP19たちの一人たりとも、あの現象やそのなれの果てであるあの『穴』が、単なるシステム側の用意したイベントだなどと信じるものはいねぇだろ?…忙しい俺様も、それぐらいは聴いてやるから、話せよ?あぁん?」
ジュピテルもユノの斜め後に進み出て、腰に手をあて仁王立ちする。
クリエイターは、その言葉に苦笑…というより困ったような笑みを浮かべる。
「君たちに隠し立てするようなことは…何もないさ。さっき、ベリアル君に話しただろう?…アレが、本当に私が知っている全てさ。皆、アレを『穴、あな』…と呼んでいるが、あれが本当に内部構造を持つ『穴』なのかすらも不明なんだ」
「…そ、そんな。君たちシステム側ですら…把握できない代物だなんて…。そ、そんな無責任なことがあるか!?」
「ふぅ…。何と言われても仕方ない。システム側としては、プレイヤーである皆さんに、不手際をお詫びするしか無いわけだが…。とりあえず、アレに近寄らなければ今のところ、特に危険が及ぶということも無いようだ。ということで、この領域に結界を張って、誰も近づけないように24H態勢で管理しようと考えてる…。」
・・・
クリエイターの言葉が、終わるか終わらぬかのうちに、ずっと沈黙を保っていた左端がTOP19たちの輪を抜ける。
そして、両手を広げ、すっと天を仰ぐようにして、突然叫んだ。
「エドゥォイネイペリオヒィモゥッ!」
全員が、何事か!?…と左端の方を振り返る。フーですら目を丸くしている。
しかし、左端はお構いなしに、同じことを繰り返す。
「エドゥォイネイペリオヒィモゥッ!」
2度目の叫びを聞いた瞬間。ジュピテルの形相が凄まじいものへと変化する。
「ま、待て!…まさか貴様!!」
「エドゥォイネイペリオヒィモゥッ!!」
慌てて左端に詰め寄ろうとするジュピテルを、フーが庇うように前に出て睨みつけている間に、左端の3度目の叫びが終わる。
目を血走らせてフーと睨み合うジュピテル。…が、左端の3度目の声が…風に消えるとともに、ジュピテルは「ふぅ…」と息を吐きながら力を抜いて頭を左右に振った。
そんなジュピテルを気の毒そうに見ながら、ジウが左端の前に進み出る。
「少し訛った発音ですが…承認されました。どうぞ、領土獲得証書です…」
・・・
突然の左端の奇行と、それに対する尋常ではないほどのジュピテルの反応に、何事か?…と見守っていた他のTOP19たちも、それでやっと、今、何が起きたのかを理解する。
「…ヘブライ語か、古代ギリシャ語…というわけでもなさそうだな。今のは、ぎこちない発音だが、普通にギリシア語かな?」
「その通りです。俺も、できればより原典に近い言語で発音したかったのですが…語学はあまり得意ではありませんので…」
クリエイターの呆れたような問いに、左端が隠すこともなく肯定する。
「それで?…どういう…つもりだね?」
「ご覧の通りですよ。この領域は、俺の領土となりました。貴様たちシステム側の望みどおり、これで一般のPCだけでなく、今後はTOP19たちも含めて、俺を倒さない限り、あの『穴』へと近づくことはできません…」
「君が?…この『穴』を管理するというのかね?…一人でずっと…むちゃな…」
「いいえ。さすがに俺でも不眠不休は無理ですからね。フーに手伝ってもらおうと思います。フー。勝手を言ってすまないが…手伝ってくれるね?」
その言葉に、フーは嬉しそうに大きく頷く。
左端の意図が読めずに、クリエイターもジウも混乱を隠せない。
何か、クリエイターが言おうとしたが…
「なるほど。第1位と2位のお二人なら、誰よりも確かに義務を果たすことでしょう」
・・・
それより早く、空気の読めない男…玄武が、手を打って賛意を明らかにしてしまう。
「この世界に秩序をもたらさんとする、その犠牲的なお心持ちに、我が輩は大変に感銘を受けました。お二人だけに負担がかからぬよう、よろしければ、我がギルド一同にもバックアップをさせて戴きたい。我がギルドの各員と、是非、領主領民契約をお結びいただきたいのですが…」
それどころか、領主領民契約を結んで全面的に協力すると申し出る。
勝手に自分たちまで巻き込まれたことに文句を言うかと思いきや、白虎や青龍、それに朱雀も、異論はない…という様子で頷いている。
結界を張った上で、ゆっくりと調査し対策を練ろうと思っていたクリエイターとジウは、動揺を隠すことが出来ずに、慌てて左端たちを説得しようとする。
「いや。き、危険ですって。システム側ですら…全貌を把握できてないんですから!」
「システム側が把握できていない…そんな言葉を聞いて、我々プレイヤーが安心して、任せられると思いますか?…俺は、システム側を信用できない。今回の件でも、最初のうち…ハザード・イベントだなどと…事実を隠蔽しようとしたではありませんか?」
「そ、それは、左端さん、アナタもご存知のとおり、一般PCにパニックが広がるのを防ぐためにですね…仕方なく…」
「その時は、さすがだ…と思いましたが、今から考えれば、あの時点ですぐ、我々TOP19全員に事情を全て開示して対処をしていれば、あそこまで被害は拡大しなかったのではないですか?」
・・・
そんな指摘は結果論だ。あの時点で、システム側が呼びかけた所で、誰もすんなりと協力に応じたとはとても思えない。
左端も、それを承知の上で、『穴』の支配権をクリエイターたちから奪うために難癖をつけているのだ。
クリエイターとジウは、必死に反論の糸口を探そうと口をパクパクさせている。
しかし、既に空気は左端の言い分の方へと大きく傾いている。
(…駄目です。クリエイター。今、システム側に内々に確認しましたが、どうやらCOOの一派が裏で手を回して、左端さんの言うことを既定事項のように各部署へ通知してしまっています。やられました!…私たちは、完全に後手に回ってしまったようです…)
(むむむむ。やられた…か。仕方ない。ここは大人しく認めて、後でCEOの判断を仰ぐとしよう…)
「…心配しないで下さい。あの『穴』に動きがあり、手に負えないと思えば、すぐにでも皆さんに応援を依頼します」
その左端の一言で、もう誰も異議を唱えることはできなくなってしまった。
こうして、TOP19たちの見守る中、左端の『穴』に対する管理権は確定する。
ジュピテルは、「ふん。まぁ…いいか。こんな小さな領土…」とか呟いて、自分の気持ちを宥めている。
クリエイターは気持ちを切り替えて宣言する。
「分かった。それじゃ、これにて、今回の騒動は、取りあえず一件落着としよう」
・・・
既に左端の領土となってしまったここで、騒いでいてもしかたがない。
まさかシステム側のPCが、TOP19とは言えユーザ側のPCに対して領土争奪戦を仕掛けるわけにもいかない。
何はともあれ、一度、どこかで今回の件に区切りをつけなければ、せっかく始まったメジャー・アップデート後のデスシム世界を楽しむことなど誰もできないのだ。
そうと決めればクリエイターの気持ちの切替は早い。
未だに戸惑いを隠せないジウの背中を叩いて、クリエイターは宣言する。
「何はともあれ、皆、今回の件では力を貸してくれて大変助かった。ありがとう。おかげさまで、当面の危機は去った。ついては、各地域における明日の正午より、全面的に制限を解除し、お待ちかねのメジャー・アップデート後のメイン・シナリオに突入だ!」
「おぉ。何だか景気が良いですねぇ~♪それでは、今夜は前夜祭ってことですね?ね?ね?…それじゃ、せっかくですから、何処かで、今回の件の慰労会も含めて懇親会でも開きませんか?…いや。馴れ合うつもりはないですが、まぁ、今夜ぐらい…」
クリエイターの宣言に、何故かテンションを高くしたブブが、陽気な提案をする。
カミやマコト、鬼丸、ネフィリムなどの面々は、消息を絶ったアスタロトのことが気がかりでそういう気分では無かったが…
「また、突拍子もないことを提案するな。ブブくんは。だが、そうだな。お疲れさん会…ぐらい開いてもバチは当たるまい。私が安全を保証しつつ、料理や飲み物も提供しよう。場所は…皆が集まりやすい…皆に縁のある場所…『はじまりの町』なんかでどうだ?」
・・・
会場が「はじまりの町」に指定されたことで、皆が表情を変える。
あ…。
一番鈍感なカミも、遅ればせながらクリエイターがその場所を会場に指定した理由に思い当たる。
「…なるほど。アスタロトさんのGOTOS…慈雨さんたちを励まそう…ってことだね。分かったよ。俺たちも…参加します。ね。ミコト」
「当たり前だよ、カミちゃん。むしろ気づくの遅いんじゃないかな?」
クリエイターは、面白くなさそうにしているベリアルの方を振り向いて呼びかけた。
「おい。ベリアル君。君も来るだろう?…ある意味、今回の危機に対処できたのは、君が傷ついた体に鞭を打って、全TOP19をここに集結してくれたお陰だ。最大の功労者である君が来てくれなかったら、会を開催する意味がない」
「うむ。そうだな。…ベリアル君は、よく頑張ってくれた。私も感謝しているよ」
ユノも、同じ評価であることを告げ、賞賛の視線をベリアルに送る。
他のTOP19たちも…そう言えば…確かに…などと口々に囁きながら、下位の者は尊敬の眼差しを、同格のものは羨望を、上位の者も労いの視線を彼に浴びせる。
それは、ベリアルが心から欲していた評価だった。
リアルでは決して得られない、心地よく注がれる注目の視線が彼に快感を与える。
・・・
「い。いや。そんな。ははは。と、当然のことをしたまでです。そ、それに、わ、私なんて…アスタロトさんからの伝言を皆さんに伝えて回っていただけですから…」
これだけ大勢の好意的な視線を浴びるとは予想していなかったベリアル。
慣れない状況に、いつもの淀みない弁舌もしどろもどろとなり、殊勝にも謙遜の態度をとって、体の前で手を広げて両腕を振った。
「ん。そうか。それもそうだな。じゃぁ、その英雄アスタロト君が、早く帰還することを願う会だな。やっぱり。それじゃ、私は大急ぎで食料や飲料を用立てるから、君たちは会場の準備をしておいてくれ。それで…皆で、独り寂しがっている慈雨君を慰めてやろうじゃないか!…ブブ君、君のGOTOSのルー君も待っているぞ。…さぁ、行こう」
「了解ぃでぇ~す♪おぅ~っ!!」
宣言した瞬間に転移したクリエイターを追って、ブブがすぐに後を追って転移する。
「アスタロト…か。彼がどんな手で、あの現象を止めてみせたのか、無事ならば是非、その武勇伝を聴きたいところだがな」
普段は無口な青龍が、野太い声でそう呟きながら転移する。
それを追って、ギルド「四神演義」の残りの面々も次々と転移していく。
他のTOP19たちも、口々にアスタロトのことを話題にしながら転移していく。
後に残されたのは、直前まで注目の人だった…ベリアル。そして、ジーパンとヴィア。
・・・
ベリアルの至福の時は、ほんの一瞬だった。
それも、自らが慣れない謙遜をしながらアスタロトの話題を持ち出したことが原因で、せっかく浴びた賞賛の眼差しを解いてしまったのだ。
複雑な表情で、ポツン…と残されたベリアル。
自分は望みどおり尊敬されたのかもしれない。しかし…皆から愛されているのは…やはり…アスタロトの方だと思い知らされた。
転移する直前にユノからも、改めて感謝と敬意をしめされ、握手までをも求められたのだが、彼女がベリアルに愛を感じるなどということはやはり…ない。彼女の愛も依然としてアスタロトに向けられたままのようだ。
そのユノも消えた後、そこには、ジーパンとヴィアの二人が残るのみ。
この二人はアスタロトに並々ならぬ因縁を持っており、それはほとんど憎悪と言って良いほどの激しい感情を伴うものであるとベリアルは知っている。
だから、この二人は、アスタロトの本拠である「はじまりの町」での慰労会などに参加する気になれないのだろう。
ベリアルは、何となく仲間を得たような気分になり、二人に近づいて行く。
「お二人は、どうされるのですか?…何だかアスタロトさんばかり評価されて複雑な気持ちですよね…どうです、気が乗らないなら、我々3人だけで細々と飲みませんか?実は、私もアスタロトさんにはあまり良い印象を持っていなくて、彼が戻ってこなくて正直、清々としてた気分なですよ…」
・・・
左端には、フーがついており、先ほどギルド「四神演義」の4人も領主領民契約を結んで、さらに勢力を盤石なものとした。
ブブについては、正体不明なところがまだまだ多いが、ジュピテルには広大な領土と、彼に心酔する親衛隊と支配している大勢の一般PCがいる。
消息不明のアスタロトも、どうやら先日、ネフィリムや鬼丸…マコトそして最下位のカミたちと領主領民契約を結んでいる。
ベリアルはどちらかというと独りで行動をしたい方のPCだったが、さすがにTOP19の勢力図がいくつかの大きなグループにまとまりつつある状況に焦りを隠せない。
先日まではメフィスを、それと気づかせることなく操っていたのだが、先日の一件でさすがにメフィスもベリアルに疑念を抱いたようで、これまでのような関係を継続するのは困難な状況になってきた。
そういった背景を踏まえて、不本意ながら、ベリアルはかなり下位ではあるが第18位のジーパンとそのGOTSSのヴィアを仲間にして、反アスタロト勢力…という構図を描こうと考えたのだ。
が…しかし。
「はん?…何を馴れ馴れしく話しかけてくれちゃってんだ、テメェ!?…テメェだって、さっき散々、皆から褒められてヘラヘラしてやがったじゃねぇか?…俺らからすりゃぁ…テメェも鼻持ちならねぇ…天狗様だよ!…勝手に独りで飲んでな」
「結局、ここへ来ても、奴の安否は確認できなかったな。僕らも行こう、ヴィア」
・・・
何やかんや言いながら、ジーパンはやはりアスタロトの消息が気にかかるらしい。
アスタロトの本拠である「はじまりの町」へ行けば、彼のGOTOSの慈雨からも直接、情報が得られるかもしれない。
永遠の仇敵と定めた相手であるアスタロトの突然の喪失に、ジーパンの心はかなり不安定なものとなっているようだ。
その気持ちは、ヴィアにも理解できるもので、だから二人は頷き合うと直ちにベリアル一人を残して「はじまりの町」へと転移していった。
今度こそ…後に残されたのは、本当にベリアル一人。
複雑な気持ちが激しい憎悪へと変わるのは一瞬だった。
しかし、その憎悪の対象となったアスタロトの行方は全く分からない。
ベリアルは、目を瞑って額の裏にコンソールを呼び出すと、ショートメッセージのエディターを開いて新規メッセージを作成する。
ショートメッセージの宛先は、COOの私書箱のアドレス。
実際にCOOが目にするのかどうかは知らないが、少なくともクリエイターやジウに匹敵する後ろ盾として、ベリアルは彼らと密に情報の交換を行っているのだ。
アスタロトは間違い無くクリエイターやジウの傀儡だろう…とベリアルは思っている。
だから、反アスタロト…というより反クリエイターという共通点で、COOの一派たちとベリアルは協力関係を強く結ぼうと考えたのだ。その本文の欄にベリアルは入力する。
「アスタロトを探せ。極秘でまた何かしでかそうとしている。見つけて…【コロセ】」
・・・
・・・
デスシム内部時間において…数日後。
特殊目的法人 【再生及び創世のための環境管理会社】
通称。エムクラック
そのストノック支社の会議室。
・・・
高級そうな革張りの豪華な椅子に深々と体を預けて、黒い背広の男が眠っているかのような虚ろな表情をしている。ただし、その薄く開いた目の奥は、気のせいか薄青く光っているかのように見える。
デスシムの仮想対実時間レートは90:1。少しばかりレートを落としたとしても、既に肉声でやり取りできるレベルではなく、前回と違い始めから思念のみの会話となる。
「…CEO。お久しぶりです。早速ですが…少々、お耳汚しを…」
「お前は久しぶりかもしれんが、こっちではまだ4時間程度しか経ってないんだぞ。レートの違いが大きいからな。…で、どうした?ジウ」
「実は…シムネット・オペレーターどもが、我々のプロジェクトについて不審を抱いているようなのです…。ここ数時間のトラフィックの解析から判明したのですが…」
「…不審?…シムネット・オペレーターが?」
「はい。何とかダミー・サーバーの方へと誘導して誤魔化していますが…しきりに、ステルス・モードでアクセスを試みているようなのです」
「なんと…。不正アクセス紛いのことをしてまで…か。抗議してやりたいところだが、我々にステルス・モードを関知する能力があると知られるのは…避けたい…な?」
「はい。アスタロトさんが、1度目に生み出した方の世界を…実はこっそり圧縮アーカイブしておいたのを…ダミー・サーバーに展開して、NPCを大量に配置しました」
「む…。アレは確実に抹消しろと…んん…まぁ、結果的には、それのお陰でシムネット・オペレーターどもの目を謀れるのだから…今回は大目に見るが…」
「ありがとうございます…」
「だが…どうして奴らは我々のプロジェクトにちょっかいを?…やはり、アスタロトくんのANZI×ANJI?…によるネット障害の件か?」
・・・
「いえ。どうも、それだけでは無いようなんです」
「では、なんだ?…心当たりがあるなら、早く言え」
「最初は全く心当たりがなく困っていたのですが、クリエイターのKaaSシリーズの一つに依頼してシムネット内のビッグデータの解析をしてもらった結果…少し、気になる噂が広まりつつあるのが判明しました」
「…噂?」
CEOは、驚きに眉を顰めた…気にはなったが、仮想対実時間レートがあまりにも大きく、肉体がその感情表現に反応する余地はない。レートが30:1の頃は、少しだけレートを下げれば、肉声による会話も可能なように肉体強化がされているのだが…
「はい。我々のプロジェクト…『デスシム』からは、毎日、数人の方が…ゲーム内における【死】に至り、即ちログアウトしています。そして、2度と…再び…『デスシム』の中へと戻ることはできません」
「それは、元々の仕様だからな。何だ?…それを不服とした連中が、再ログインさせろ…とか、そういう不満をばらまいているのか?」
「いえ。そうではないんです。…まぁ、そういう不満は…もちろん少なくないですが。でも、それは、仰るとおり当初からの仕様ですから…大騒ぎには至りません」
「では、何だ?…勿体ぶらずに、早く言え」
「…ログアウトして来ない…プレイヤーがいるらしいんです」
「………何?」
「だから、ログアウトして来ないプレイ…」
「そんなの当たり前だろう?…ゲーム内でプレイを続行中であれば当然…」
・・・
「違うんです。自分より先に【死】んだハズの家族が、自分がログアウトしても…メディカル・プールに浮かんだまま…だと言うんです」
「ははは…。そんな…まさか…」
「いえ。家族だけではありません。他にも、恋人や友人…そういった者が、自分より先にログアウトしているハズなのに…逢えない…とか、行方不明だとか」
「…な…ん…だ?…それは?…どういうことだ…」
「つまり…噂というのは、デスシムが…リアル・デスゲーム化しているのではないか?…というものです」
「…むぅ」
CEOは、思いもかけないジウからの報告に言葉を失う。
「呻っている場合じゃ無いですよ。アスタロトさんの提案で、仮想対実時間レートを当初の3倍、90:1にまで上げているので、今のところはまだ大騒ぎにはならず、ログアウトのタイミングの誤差…だろう…という説明で誤魔化せていますが…」
「ふむ…ぅ。それで、シムネット・オペレーターが調査を始めた…そういうワケか…」
「どうしますか?…何か、異常が起きていることは…否定できないようですが」
「クリエイターは何と?」
「…例の幽閉用隔離サーバ…アレの稼働状況が…おかしい…と」
「あぁ…あのCOOたちの一派の…」
「先日の大規模なハザード・イベントで、少々、不測の事態が発生しまして…何名かのPCがルリミナルの管理領域から消失した件はご存知ですね?」
「あぁ。何やら大騒ぎになったらしいな」
・・・
「どうやら…噂が流れ始めたのは、それ以後のようなのです」
「ハッキリとは、因果関係を証明できない…のか?」
「はい。何せ、仮想対実時間レートが90:1ですから、内部で1日経過したとしても、現実の世界では16分しか経過していません。…噂として発信するまでのタイムラグや拡散にかかる時間も考慮しなければならないのですが、極めて短時間での分析になりますので、他の要素が原因であることも否定はできないのです」
「厄介…だな」
「…しかし、クリエイターは…ほぼ、そのサーバが原因と見て間違いないと…」
「くっ…。アイツめ。何か知っていて隠しているな?」
「おそらくは。しかし、賢明な判断かと」
「ふむ?…あぁ…そうか、クリエイターの奴が軽々しく真相を語るようでは、シムネット・オペレーターどもに筒抜けになる…と?」
「はい。真相の究明と解決は、信頼できる者だけで、迅速に行う必要があります」
「…そうか。ならば、私は、敢えて知らない…方が良いかもしれぬな」
「そうですね。どこから漏れるか分かりません。CEOは、シムネット・オペレーターどもから監視されている可能性もありますし…」
「分かった。ジウ。お前とクリエイターの奴に任せる。必ず、大事になる前に原因を究明し、解決するんだ。分かったな?…頼んだぞ」
そこで、CEOの瞳から漏れていた淡い光がスッと消える。
CEOは、頭を一振りすると、苦い顔をして支社の扉を開け、外へと出て行った。
TO BE CONTINUED…?
・・・
※…こんなヤヤコシイ小説に最後までお付き合いいただき
誠にありがとうございました。
※この後、「後書き」部分をアップしたら、完結フラグを立てます。
※色々と…思うところはあるでしょうが、後書きにて…弁解を…