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(46) 集結の終結

・・・

 

 左の首筋から鎖骨の内側を抜け、肺の上部に穴をあけ心臓の上部まで達した牙。


 アスタロトより遙かに巨大な体を持つマックスの牙は、その巨体でさえもアンバランスに見えるほどの長さに伸びている。体内深くに突き刺さった右の牙に対し、左の牙はアスタロトの背中側へと掠めて外に露出しているからそれが分かる。

 左の牙はアスタロトの首の後あたりを抉り右の肩胛骨の外側まで溝のような深い傷を刻みつけている。


 どう考えても致命傷だが、アスタロトの心は落ち着いていた。


 「俺を…排除して、ここで独り…世界を破壊したい…?」


 静かな声でマックスに語りかける。


     【ぐるっ…ぐるるる…?】


 獣のような唸り声を上げるマックス。

 だが、致命の傷を与えたハズの獲物は、未だに揺らぐことなく立っている。

 それならば…

 次なる傷を与えようと…突き刺した牙を抜き取ろうとするマックス。

 だが、何故か…牙は抜けてこない。


・・・

 

 牙が抜けないのなら、空いた手で攻撃をすれば良さそうなものだが、マックスは何故か必死に牙を抜こうとする。

 アスタロトの両腕を外側から押さえつけるようにした手でしっかりと固定し、首を捻りながら牙を抜こうとする。

 だが。牙がアスタロトの体から抜ける気配はない。


 狂ったように首を振り回して暴れるマックス。

 当然、その首と共に激しく振り回されるアスタロト。


 どれだけの苦痛と恐怖が、アスタロトを襲っているのか…

 しかし、悲鳴も聞こえなければ、苦痛の呻きも聞こえてこない。

 ただ、マックスの獣のような唸り声だけが、不快な響きを放っている。


     【ぅがぁぁぁぁあうぁうぁあああああっ!!!】


 苛立って自分の頭を掻き毟るマックス。


 血まみれ…かと思いきや、驚くほど綺麗な状態のアスタロトの顔が、静かにマックスの首筋を見つめている。

 マックスがアスタロトの左の首筋に噛み付いているということは、マックスもまた左の首筋をアスタロトに晒しているということだ。


 アスタロトは、そのマックスの首筋を褐色の右腕で優しく抱きしめる。


・・・

 

 「…アンタは、そういうキャラじゃないだろう…」


 アスタロトが、その首筋に向かって小さく囁く。


 基本的に人付き合いの苦手なマックスは、だからと言って粗暴でもなく、ラップやディンと一緒に暮らしていた溶岩湖の畔にあって、他のPCとは極力接触をさけて、静かに暮らしていたハズだ。

 牙と共に自らの体内に流れ込んできたマックスの思念と、マックスの想い出や願いなどが、それをアスタロトに教えてくれた。


 溶岩湖などという普通なら住むのに適さない場所を居所としていたのも、領土争いなどの可能性が低いと見込んでのことだ。

 マックスの能力さえあれば、ラップとディンが火傷を負うことのない程度の安全な温度領域は十分に確保できる。


 溶岩湖には、敵対するPCなどが現れることはほとんど無かったが、その代わりに溶岩湖の底を住み処とする「火龍ファイアドラゴン」や「火石竜子サラマンダ」などのフィールド・モンスターが頻繁に襲いかかって来た。

 普通のPCにとっては倒すのが非常に困難なフィル・モンたちだが、熱を自在に操るマックスにとっては良い経験値稼ぎの獲物だった。

 溶岩湖の熱をコアとして無限にポップするフィル・モンを倒し続けた経験値が、マックスをTOP19の名に恥じない実力の持ち主にまで成長させたのだ。

 ラップやディンからの賞賛の声。それだけで、マックスは幸せだった。


・・・

 

 「なぁ…。アンタ。俺を攻撃するのに…何で牙しか使わないんだ?…いや。分かってるけどさ。今のアンタは、自分の中にある「暴力」の概念をイメージ化したスタイルに縛られてるんだ。火龍かな?…それとも火石竜子?…あいつら腕細っちぃもんな。熱の吐息と噛み付く攻撃が主な攻撃手段だよね。アンタに熱は効かないから…それで…」


 アスタロトは、首筋を抱きながら静かに語り聞かせている。

 が、その右手を、突然大きく後へ振りかざして、そして首筋に強烈な平手一発。


     【ばちぃぃぃいいいいいいんっっ!!】


 「目を覚ませよ。マックス。ラップはこんな未来を予測してたのかよ?…ラップはこんなお前を望んでたのかよ!?…ラップはお前がこんなことをしたら褒めてくれると思うのかよ!!!」


 首筋に向かって唾が飛ぶ勢いで、激しく問い質す。呼称も「お前」に変わっている。

 その口調の変化に気づいたのか、マックスも動きを止める。しかし…


 『ラップ…。ラップは居ない。予測も…望みも…未来もない…褒めてなど…くれない』


 マックスから返されるのは、ネガティブな呟き。

 牙を首筋から付き入れられたまま話されるのは、正直言ってかなりの苦痛だ。

 音もくぐもって聞こえるし、音量もうるさいし、何よりも吐く息が生臭い。

 それでも、アスタロトは対話を再開できたこのチャンスを逃さない。


・・・

 

 「馬鹿野郎。ラップを死なせた罪は俺にあるんだよ。お前がそんなじゃ、ラップが浮かばれないだろうが!?…ラップは俺を守って死んだんだ。だから、俺は、これ以上、ラップが悲しむようなこと…断じて許さない」

 『ラップは死んだ…。もう…悲しむことも無い。誰がコロシタのかなど…関係ない』

 「そんな事は、俺だって分かってる!!…でも、お前のやろうとしてることは間違ってる。間違ってるってのは…その…お前やラップが好きな物理学の解釈として…全然、全く、根本的に間違ってるんだっていってるんだよ!」

 『ぐるるるっ…何を言っているんだ…?…お前は?』


 よしっ…食い付いた!

 アスタロトは、ラップへの想いや情に訴えかける作戦だったが、その反応が思わしくないので、発想をあっさりと切り替えて…一つの賭け出た。そして、それが功を奏した。

 マックスとラップ…そしてディンを結びつけた一つの鍵。

 それは、アマチュア的な稚拙なレベルのものではあるが…物理学…それも思考実験好き…という共通点だ。

 そして、その気持ちはアスタロトにも何となく共感できた。


 マックスが内に籠もりがちな物理学オタクであればあるほど…彼の心を揺さぶる力が、今から試みる幼稚で馬鹿げた問答には秘められているハズだ。


 「お前の心の内側は覗き見た。今の世界を破壊して、新しい世界をやり直すってな?」

 『そうだ。この世界を消滅させ。もう一度やり直す』

 「何を…どうやり直すっていうんだよ?」


・・・

 

 『俺は…友だちを持てるような人間では無かった。そんな俺が…友だちなどを持とうと思ったことが全ての過ちだ。あの協議会へも、独りっきりで参加していれば…こんなことにならなかった…。だから、今度こそ、友だちなんて…作らずに…』

 「はぁ?…何いっちゃってんのお前?…この世界を破壊したら…ラップが存在しなかったことに出来るのかよ。お前一人が、自分に都合のいい世界を新しく始めたからって、既に起こった、ここでの事実は、何一つ無くならないよ!?…ラップは、俺のせいで…そして、マックス…お前のせいで、やっぱり死んだままだ!」

 『ぐぐっ…』

 「ぐぐ…じゃねぇよ!!…その事実は、お前がどうしようと覆らない。俺がどんなに悔やもうが変わらない」

 『黙れ…小僧。お前は多世界解釈を知らぬのか!?…俺は、この世界ではない、ラップが死ぬ以前から分岐した別の世界を選び直すのだ。思念の強さが世界の理を歪めることができるこの仮想世界でなら…パラレルワールドへの転移も可能だ』

 「あはははっはははは…。やっぱりお前はとんだ勘違い解釈をしてやがるぜ!」

 『勘違いなどしていない。並行世界は存在するのだ。貴様こそ不勉強だぞ…』


 アスタロトは、大きく深呼吸をする。

 ここから先は、自分だって正しく解釈できているか分からない。確かに不勉強だから。

 だけど、この幼稚で馬鹿げた論争が、確実にマックスの興味を引いていることだけは確かで、この機会を逃したら、マックスを言葉で説得することは叶わなくなる。


 「並行世界は存在する。別に否定はしてないさ。でも、お前は勘違いしてる。『選び直す』って何さ?…分岐する多世界。でも、それを認識する自分は、同一…ってか?」


・・・

 

 マックスは、アスタロトが論証を始めたことを感じ取り黙り込む。

 聴こう…という気にはなったようだ。


 「並行世界はある。この世界の全てに量子論的な揺らぎと状態の重ね合わせを認めるならば…俺だって、それは認めるよ。だけど、その世界の一部であるお前だけが、何故、その理の外にいて、自由にそれを選択できるだなんて思うのさ?」


 アスタロトが触れるマックスの首筋。そこを通じて感じるマックスの鼓動が高まる。


 「並行世界はある。でも、その並行世界のいずれにも…お前は既に存在しているんだ。あぁ…もちろん、そもそも俺やお前が生まれていない…っていう状態の世界も存在するだろうけど…それは、今、論じたってしょうがないって…お前も分かるよな?」


 手の平に伝わるマックスの鼓動。その高鳴りから、言葉が届いてる手応えを感じる。


 「…選べはしないんだよ。その考え方は多世界解釈っていうより、むしろコペンハーゲン解釈に近いんじゃないのか?…お前なら…俺の言ってること分かるだろう?…いや。分からないなら…こんな馬鹿なことしてないで、学び直せよ…」


 別に感動的な話なんて、何もしていない。でも、マックスに何かを気づかせようとする必死の思いは、アスタロトの目から衝動的な涙となって溢れてくる。


 「選べるとしたら…未来だけだ。それは、不確定性がどうこうとか…関係ないけど…」


・・・

 

 アスタロトの涙が、マックスの首筋を濡らす。


 「分かれよ。いや。分かってるだろ?…選び直すなんて無理なんだよ。しちゃ駄目なんだよ。だって、ラップは居たんだから。お前の隣で幸せそうに笑ってたんだから。そして、俺の命は、そのラップによって救われたんだから…」


 全く攻撃力など込められていない右の拳が、マックスの首筋を何度も叩く。


 「ラップの選択を…ラップが過ごした日々を…そして、ラップが好きだったお前自身を…勝手に無かったことにすんなよ。そんなの…あんまりだろう?…お前の自分勝手な選択を…ラップに…世界の皆に…押しつけるなよ!!!…なぁ!?」


 最後に、意味不明の問いかけを叫んで、アスタロトは再びマックスの首筋に抱きつく。


 その太くて分厚い感触が…嘘のように細く小さくなっていく。

 自分の首筋に突き刺さっていた鋭く太い牙が、見る見るうちに体から抜かれていく。

 アスタロトの苦痛が…波が引くように去って行く。


 そして…


   【えーーーん。えんえん…。おーーーぃ。おいおいおぃ…わぁあぁぁん!!】


 気が付くと、アスタロトは十字架に繋がれて大泣きする子どもを、抱きしめていた。


・・・

 

 アスタロトは、その子どもの頭を優しく撫でてやる。

 頭を掻き抱き、自分の胸に包み込んで涙を拭いてやる。


 「…俺の理屈だって…きっと、無茶苦茶なんだろうけどさ…。でも…ありがとう」


 アスタロトは、体を離して、親指を使って子どものマックスの目の下を押さえて涙を止めてやる。…そういう、仕草で子どもの瞳と自分の瞳を合わせる。


 「な。分かってくれたなら。帰ろうぜ。独りで暮らすって言うなら…今のデスシム世界でだって出来るし…何なら…俺が、新しい友だちになるからさ…」


 だが、十字架の少年は悲しそうに首を左右に振る。


 「…?…どうして?…だって、もうお前は…気づいたんだろう?過ちに…」

 『もう、自分ではどうにもならないんだ。この十字架が僕を戒めて…離さない…』

 「な?…そんなことあるかよ?…今、俺が、こんな蔓みたいなの、引きちぎって…」


 アスタロトは、その棘のある蔓を握り締めて、引きちぎるように力を込める。

 が、傷ついた手の平から血が滲むばかりで、その細く弱そうに見える蔓は、切れない。

 歯をくいしばって、何度も何度も引きちぎろうとするアスタロト。


 『駄目なんだ…それは、【契約の楔】だから…』

 「…契約の?…何だよそれ。…そんな契約、誰としたんだよ?」


・・・

 

 その問いに、子どもはスッと真っ直ぐ上を黙って指さす。


 すると…いつの間にそこに居たのか。

 いつから、アスタロトたちを見ていたのか。

 見上げるほどの高みに。その暗い闇の空に。クッキリと浮き上がる人影。


 微かに見える輪郭は男性PCのそれ。

 黒いアンダーウェアの上に、薄汚れたバトルスーツを羽織った荒々しい姿。

 背景の空が一様に暗闇のためか、遠近感が上手く掴めない。

 近くにいるようで…遙か彼方にいるようにも見える。


 アスタロトが少年の戒めを解いてしまうかどうか…それを見守っていたよだが、アスタロトが、その手を休めると…諦めたと解釈したのか、直後にフッと掻き消える。


 「アレは…あの時の…」


 アスタロトが震える声で呟く。


 『彼に訊かれて…頷いちゃったんだ。お前は…世界を破壊したいか?…ってそう言われて…あの時の僕は…』


 今度は、深い後悔の念で、再び泣き始めた子ども。

 アスタロトは、男の消えた上空を睨みながら、十字架ごと少年を抱きしめてやった。


・・・

・・・

 

 北西大陸活火山群


 東南東上空。


 つまり…危機的現象の東南上空。


・・・

 

 「おぉ…。急激に現象の影響半径が縮小したぞ!?…何だかよく分からないが、このチャンスを逃すな…一気に影響範囲を消滅させて、中心部の穴とやらとご対面するぞ!」


 特別な攻撃をしたワケでもないのに、急に現象が大きく縮小した…ということは、ここではない別の場所で何か事態が大きく動いた…ということだ。

 ここにいる誰もがそれを認識しながら、だが、今はそれをあれこれと確認している場面ではないと…強者揃いのTOP19たちは即断した。


 既に「気力」のパラメータは、どのTOP19も「1」を大きく下回っている。

 上級の冷却系攻撃魔法を放てる時間は、あと残り僅か。

 ここで、力を出し押しみしようものなら、万が一再び影響範囲が拡大しても、もう打つ手は無くなってしまう。


        【堕天冥王監獄縛…】

        【血涙凍結悔恨裂波!】

        【絶対零度氷棺!】

        【氷棺(アイス・コフィン!)】

        【冥王星極プルート・ポーラー…】


 長々とした詠唱を行う者はいない。全員が高速略式詠唱だ。

 今まで、飛行支援や後方支援にあたっていた者も、威力の強弱に拘らず冷却系の魔法を口々に高速詠唱する。

 炎の龍が、その身を削られる苦痛に叫びを上げるかのように悶え狂う。


・・・

 

 超高熱と極低温…そのバランスが遂に崩れる時が来た。

 いや。バランスは、もうずっと以前に壊れていたのだろうが…南北へ吹き出すジェット噴流が仕切り幕の役割をして、そのバランスの崩れが大きな影響として現れるのを防いでいたのだが…。

 ついに…その不可解な熱的構造を実現していた…何らかの機構が破綻をきたし、正面からの冷却系攻撃魔法の威力によらず、その背後に冷たく暗く…そして重く横たわっていた極低温領域が、超高熱領域を呑み込むかのようにその冷気の腕を伸ばしは始めたのだ。


 「やった!…やったぞ!!」


 そのストレートすぎる喜びの声が…誰の声だったのかは、そのPCの名誉のために言わないでおこう。

 ただ、普段のキャラクターとあまりにもイメージの違う素直な喜びように、皆から温かい目で視線を送られて、あっと言う間にいつも以上の不機嫌な顔へ戻ってしまった。


 「クリエイター…。良かったですね。…でも、なんだか…熱力学の第2法則…とかって…考えても全く意味がなかったんじゃ?」

 「う。うるさいな。何でだ?」

 「だって。我々の操る冷却系の攻撃魔法とか、防御魔法を始め…全ての熱的効果を持つ魔法って…そもそも熱力学第2法則を破る…ものでしょ?」

 「…そ、そう見えるだけで…お前の知らない複雑な機構でだな…」

 「あぁ…はいはい。私の無知だというなら…それで構いません。別にどちらでも、私は拘りませんから…。誰も犠牲を出さずに…解決さえできるたなら…」


・・・

 

 「馬鹿…お前。ブブくんの前で…」

 「あ…」


 慌てて口を押さえるジウだが、聞こえていたハズのブブは何も言わない。

 いつもどおり不思議な笑みを浮かべたまま、満足層に現象の高熱領域が極低温領域に侵食されていく様を見つめている。


 「おぉ。俺たちの言ったとおり…でっかい穴が出てくるハズだぜ!」

 「あぁ、僕たちの居ない間に、どうやら美味しいところを持っていかれちゃったみたいだね。ヴィア。お前が寝過ぎなんだよ」

 「うるせぇな。タイミング・ばっちりだろうがよ…」


 高原へ降りて睡眠を取っていたジーパンとヴィアが、ちょうど良いタイミングで現場へ復帰してきた。

 後には左端とフーも並んでいる。


 「…上手く説明できませんが。何か…変化があった。そういう強い感覚を得ました…。それで、4人とも同時に目覚めて…それで、ここへ戻ったんです。僅かですが魔法を使うことが出来る状態にまで回復したので…万が一の事態には…少しは役に立てるかと…思ったのですが、その心配は無用だったようですね」


 左端が、代表で戻ってきた理由を説明する。

 クリエイターとジウが、頷いて…そして現象の方向を見るよう、視線で促す。


・・・

 

 ついに、ヴィアが言ったとおりに…巨大な穴が姿を現す。

 しかし…その穴は…


 「…穴…ですね…」

 「穴…だよな?」

 「………あな?…なのか?」

 「まぁ…確かに…穴かぁ?」


 地面にぽっかりと口を開けた洞窟…地下ダンジョンの入り口…そういったイメージを思い浮かべていたTOP19たちの予想を、大きく外れる「穴」だった。


 「…確かに…ブラックホール…という天体も…穴ではないが、その性質から…黒い穴という意味の名前がつけられているから…な。だが…驚いたな…」


 クリエイターが腕を組みながら眺めやるその先には、空中に浮かぶ…黒い…しかし…輪郭が曖昧な…巨大な…何か…。

 それが…ブラックホールなどでは無いことは間違いない。

 彼らを始め、周囲の空気や地面の小石なども含めて…何一つ吸い込まれていくということはないのだから。


 しかし、その何かから…正体不明の尋常ではない気配が、吹き出し続けている。

 何かが…出てくる…のだから…穴…なのだろう?

 そして、前方から這い出てくる気配は、時々、炎の龍へと変化して暴れ回る。


・・・

 

 もちろん、この状況に至っては、新たに産声を上げたその炎の龍は、直ぐに極低温の領域から忍び寄る冷気の蛇…とでも呼ぶ触手に直ぐに食い潰されていく。


 「…あの…這い出てくる炎の龍が…食い潰されずにドンドンと這い出てきた結果が…あの超高熱領域…だったということか?」

 「すいません。私に訊かないでください。それを考えるのが、クリエイターの仕事ですよね?」


 だが、クリエイターにも、あのような穴に関する情報は全くない。

 たまたまそこに回復薬を運んできたジュウソが、その穴?…を見て驚きの声を上げる。


 「わややや。何でアレがここにおまんねんな!?…ありゃぁ…公海上に発生した…粗描空間と同じもんやありまへんか?」

 「何?…粗描空間…だと?…いや。しかし…あの穴のようものは、私が確認した粗描領域とは…違うぞ?」

 「あの、最初のうちの粗描領域は…もっとこう朧気なモヤモヤぁーっとした曖昧なモンでしたけどな。アレが沿岸部の小さなタウンを呑み込んだ際には、あんな感じの穴みたいな…違うような…なんやワケ分からん、けったいな状態になってたんですわ」


 そのジュウソの発言を聴いてクリエイターの顔つきが変わる。

 アレが…粗描空間…と同じ…もの…?

 しかし、片やタウンの一部とその住人の何人かを呑み込み…消失させて、片や…今、目の前にあるあの穴の様な奴は…炎の龍と冷気の蛇を吐き出している…?


・・・

 

 何か、背筋に嫌なものが走る。

 明確な説明ができるような、そんなものではないが…だが、とにかくあの得たいの知れない穴に、クリエイターは自分の手には負えない…何かを感じて身震いする。


 「おい…ありゃ…誰だ?」

 「…ん。何処かで見たことが…え?」

 「あん?」

 「おい…どういうことだ?」

 「ふ、双子?」


 突然、穴の方を見ていたTOP19たちがザワザワと騒ぎ出す。


 「ん?…何で、お前ぇら…皆して俺を見やがるんだ?」


 ヴィアが怪訝な顔をして、自分に集まる視線に不機嫌な言葉を投げる。

 そして、直ぐに彼は、皆が自分の方を何度も振り返る理由を知ることになる。


 『…何故、我が契約せし…世界の破壊の…邪魔をするのか…?』


 穴の直ぐ前方に現れたその男性PCが、熱の無い声で抑揚無く話しながら…こちらを睨みつけてくる。

 何を言っているのか?…と、全員が怪訝な顔をした…その直後。

 まるで、瞬間移動でもしたかのように、その男性PCが目前へと転移した。


・・・

 

 「ヴィ、ヴィア!?」


 ジーパンが叫ぶ。呼ばれたヴィアは…「何?」と、まだ気づいていない様子。

 だが、気づくか気づかないかなどお構いなく、その新たに現れたヴィアは、TOP19たちとの距離を詰めてくる。


 本能的な恐怖を感じて、白虎がその鉄の拳で殴りかかる。

 死角からの不意打ち。TOP19に選ばれるほどの白虎の身体能力から繰り出されるその高速の打撃を…するりと躱すもう一人のヴィア。


 「…む。流水…の歩法か!」


 青龍が感心したような声を上げるが…次の瞬間に大きく後方へと跳ね飛ぶ。

 油断したつもりはないが、いつの間にか懐の深いところまで、そのヴィアの侵入を許してしまっていたからだ。


 ゆらり…ふわり…。ふわり…ゆらり…。


 左端の長剣を躱し、レイとヴィーの間をすり抜け、朱雀の弓撃が放たれた時にはすでに彼女の背後に忍び、ユノの耳の後ろの臭いを嗅ぐ。

 ジュピテルが、その両手で同時に鞭を振るうが、それをさして早くもない動きで何故か見事に躱しきり、ジュピテルの喉元から顔を見上げる。

 その動きを見て、ネフィリムとマコト、シンジュ…そして鬼丸は「あっ」と気づく。


・・・

 

 「御主は、あの…」


 思わず口にした鬼丸だが、そのもう一人のヴィアは、鬼丸、マコト、ネフィリムの方はちらりと一瞥しただけで…すぐに興味をなくしたようだ。

 ブブやフーには、興味を示したようだが…その前にジウとクリエイターが立ちはだかる。


 『…どいてくれないか?…その二人からは…破壊の衝動の…臭いがする…』


 クリエイターは…内心で混乱していた。

 このデスシム世界の全てを知り尽くしていたつもりだったが…今、目の前で起きている状況が理解できない。

 何故、ヴィアが二人いるのか?

 いや。今、話しかけてきたヴィアは…明らかにヴィアではない。

 その滲み出てくる破壊願望のような凶悪な相は…似ている…と言えば似ているが…。

 しかし、あの協議会の席で自分に飛びかかってきたヴィアは、苦もなくあしらうことが出来たのだ。左端やフーと比べても明らかに動きが鈍く、無駄も多い。

 何よりも、本来のヴィアは、もっと意味無くぎらぎらとした殺気を撒き散らしていて、その行動が読みやすい…。


 しかし、このヴィアは、全くといって逆だった。

 動きこそ、それほど速くはないが…その代わりに初動が早い。

 死角からの不意打ちでさえも、あらかじめどんな攻撃がくるのか分かっていたかの如く、攻撃が来るより早くその立ち位置を微妙に変えて、最小限の動きで回避していた。


・・・

 

 殺気を撒き散らすどころか、何を考えているのか全く読めず、むしろ周りの者の心を全て読んでいるかのように、達人以上の足運びで、強者ひしめくこの場所を自在に動きまわってみせたのだ。


 「誰だ…君は…?…ヴィア君では…無いよな…当然」


 クリエイターは、当然にフーやブブの方へは近寄らせず、そのもう一人のヴィアに無駄かとは思いながら名前を尋ねる。

 しかし、意外にも…そのヴィアは問いに答える。


 「…我が誰かと尋ねるか…。…我は………我は…誰だ?」


 …少しだけ前のめりにバランスを崩すクリエイター。


 (…ははは…。何を考えているんだ、私は。一瞬彼が「破壊の意志」とでも言い出すのかと…変な妄想をしてしまったぞ…)


 「けっ…自分が誰かも知らねぇのかよ?…さすが、誰かのそっくりさんだな」

 「…何だとテメェ!…俺に何か文句あんのか!?」


 白虎のチャチャに、ヴィアが怒りの声を上げる。

 その時になって、もう一人のヴィアは、そのオリジナルとなったヴィアに気づく。

 その一瞬後には、ジーパンの隣を抜けて、ヴィアの背後に立つ。


・・・

 

 「…お前の【イロ】…これか…そうだ…これだ。だが…」


 意味不明なことを口にするもう一人の自分。

 ヴィアは、どう反応してよいか分からずにキョロキョロと周りを見回す。


 「…何故だ?…何故、お前は…この形ある者たちの世界にあって、そのように…存在を薄くしているのだ…何故だ。【イロ】は間違いなく…お前なのに…」

 「な?…何言ってるんだ…オメェ?…存在が薄い…って。悪かったな、地味で!」


 悪態をつくヴィアを、もう一人のヴィアは黙ってジッと見つめる。


 「…それでも、お前に問おう。お前は…世界を破壊…したいか?」

 「はん?…世界の破壊だと…お…」


 ヴィアが「応よ!」と答えようとした瞬間、駆け寄ったマコトがヴィアの口を塞ぐ。


 「駄目です。その問いに答えては!…取り返しの付かないことになる!」

 「むぐむがぁ…べっ!…な、何しやがる、突然に!」

 「ご、ゴメン。だ、だが、彼の問いを肯定しては駄目だ。同じ問いをネフィリム殿もされたが…その時以上に…不吉な予感が!」

 「何をワケの分からねぇことを…何なんだ一体よぉ!?」


 そのやり取りを、つまらなそうに見つめるもう一人のヴィア。


・・・

 

 「…存在が薄い。【イロ】は確かにコレで間違いないが…コレでは長く続かない…」


 相変わらず意味不明のことを言って、もう一人のヴィアは…もうヴィア本人への興味を失ったように離れる。


 「やはり、その二人…が、もっとも濃い匂いがする…そこを退くのだ…」

 「退けぬな…」


 フーとブブへと近づこうとする、そのヴィアの前に、目も霞む程の俊敏な動きで立ちはだかるクリエイター。

 とても武道の嗜みがあるようには思えないが…そのとおりで、クリエイターはショートレンジの転移を小刻みに器用に繰り返している。温存していた魔力を、ここで使っているようなのだ。


 「…貴様も面白い【イロ】をしているな。だが、歪んでいる。我とは相容れぬ」


 クリエイターに向かって、そんなことを言う…もう一人のヴィア。

 そして。


 「今は…その時ではないようだ。我は去ろう。だが、そこの二人に告ぐ。もし、世界を破壊しようと望むなら…我を呼ぶが良い…」


 妙にアッサリと背中を見せて引き下がる。が、足を止め、思い出したように振り返る。


・・・

 

 「…我は…破壊の意思………を持つ者の望みを叶えし者…また、まみえようぞ…」


 妙に時代がかった口調で、そう宣言して…ふらふら…とその場所を後にする。


 「ま、待てよ…はい、そうですか!って、逃がすと思うか!?」


 掴みかかろうとする白虎の手を、再びスルリ…と抜ける、もう一人のヴィア。

 まるで、コマ落としの動画を見ているかのような不思議な動きで、現象の中心だった不思議な穴の方へと歩いていく。


 全員が空中にいたハズが、気が付けばいつの間にか焼けただれた大地に立っていた。

 すっかりと現象は熱的平衡状態へと収束し…そこには穴だけが残っている。


 穴の前で振り返った、もう一人のヴィア。

 名残惜しそうに?…TOP19たちの方を眺めている。

 ヴィアが、思い出したように叫ぶ。


 「お、オイ。テメェ。そういや、ちゃんと名乗っていきやがれ、俺とお前ぇが一緒に居る時に、なんやらややこしい事になるだろうがよ!」


 その声に、もう一人のヴィアは律儀に反応を返す。ただし、穴の中に飛び込みながら…


「…先ほども名乗ったぞ……我は…破壊の意思………を…………」


・・・

 

 その声の後半は、穴の中へと吸い込まれて聞こえることはなかった。

 その結果。


 「けっ…。破壊の意思…だってよ。仰々しい名前だぜ…」


 クリエイターが夢想した通りの名前だと誤解される。

 何人かは、「いや。さっき…破壊の意思を持つ者の望みを叶えし…とか…長ったらしい名前を言っていたような?」と気づいていたが…


 「ま。短い方が呼びやすいし…破壊の意思ってことで…いいよね?」


 と、かなりいい加減な理由で、名前が確定することとなった。


 しばらく呆然と、破壊の意思が消えた穴の方を見ていたTOP19たち。


 「ま。とにかく…危機は…乗り越えたってことで…いいのかな?」

 「良いんじゃないですか?…あの穴がある限り…ちょっと安心は出来ませんけど…」

 「そうだよな…。今、突然、炎の龍がウジャウジャと這い出してきたら…もう、お手上げだよな?…MPどころか気力も残ってないし…」


 クリエイターとジウが、わざと他のTOP19たちにも聞こえるように話をする。


 「よし。とりあえず、皆、お疲れ様。あの穴の事は忘れて、取りあえず眠ろう…」


・・・

 

 眠っている間に、再び炎の龍が湧き出してきたら…その時はその時だ。

 心配して眠らずに見張っていたところで、どうしようも無い。

 それよりは、危機が直ぐには再発しないと仮定して、今は一刻も早く十分な休養をとるべきだ。

 穴の正体も、今後どうなるのかも分からない以上、万が一の事態があったとしてもそれが1日以上後であると考えた方が良い。

 その時に、「気力」もMPも十分に回復していれば、再びまた闘えるのだ。


 しかし、いつ起こるか分からない再発への不安に、ここで神経をすりつぶしていても、逆にその事態に出来ることは何もない。

 見張りだけなら、戦闘力の無いジュウソやソウジにやらせておけば十分なのだ。


 「さぁ。自分の居所へ戻る余力のある者は、戻りたまえ。無理な者は、あの南東の高原で眠ると良い。彼処は、システム的に戦闘行為を無効化する領域として定義しておこう。今回の疲れが癒えるまでの安全は、私が保証する」


 クリエイターはそう宣言して、自ら率先して南東の高原へと歩き出す。


 「眠りから覚めたら…取りあえず、アスタロト君の所へ行くか?…よく分からんが、彼も何かしら頑張ってくれていたんだろ?…武勇伝でも語り合うとしよう。互いのな」


 ははは…と無理やりに笑うクリエイター。とにかく…危機は去ったのだ。

 いつの間にか夜が明け、本物の太陽が東から彼らを照らし始めていた。


・・・

次回、予定では…第2巻の最終話の予定です。

(終われなかったらゴメンなさい。)

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