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(45) 真相の深層

・・・


 左端とフー、ジーパンとヴィア。

 この4人は、既に「気力」のステータスの小数点以下2桁目までがゼロにまで落ち込もうとしていた。こうなると、一度、もう完全に熟睡して心と体を癒さなければ「気力」の値を盛り返すことは出来ない。

 4人は今、あの南東に位置する高原の草原の上で横たわり泥のように眠っている。


 「気力」のステータスは、他の全てのステータスに乗算で影響を及ぼす。

 つまり、この4人のMPは、回復薬で全快にしても、もはや本来の1%ほどの効果しか発揮できず、基礎的な魔法ですら発動できない状態だ。

 それどころか、HPまでもが同様に全快しても1%換算となれば…ステータス的には満タンで安泰に見えても、軽い一撃を食らっただけで【死】の判定を受けかねない。

 ある意味、アスタロトと同様に「マッドスライムの攻撃を受けても一撃死しかねない」…と表現される状態になってしまっている。


 アスタロトとマックスを除く全てのTOP19が集結してから、既に数時間が経過していた。システム側に属するクリエイターやジウは別にしても、彼らの集結以前から頑張っているフライ・ブブ・ベルゼが未だに立っていられるのは驚愕に値する。


 「ブブ君。君も…もう休んだらどうかね。…流石に辛いだろう?」


 クリエイターが、フラフラと体を揺らしながらも現象を見据えているブブに声を掛ける。


・・・

 

 「いやぁ…。私は、ずっと我が軍団に守られていましたからね。これでも、案外まだ余力を残しているんですよぉ~。凄いでしょ!?…我が軍団~♪」


 いつものトーンで陽気に答えるブブ。

 だが…どう見ても明らかに嘘だ。トーンは同じでも、声はかすれ…言っている傍からバランスを崩して転びそうになる。

 おっと…と片手で腕を支えてやりながら、クリエイターはもう一方の手でブブの背中を労うように叩く。


 「ビュート君には…済まないことをした。君が彼の分まで事の顛末を見守りたい…そう願うなら…まぁ…止めはしない。が…無理はするなよ?」


 にぱっ…と、クリエイターの言葉に笑顔で答えて、ブブは親指を立てる。


 これで、現在、まだ闘えるだけの「気力」を残しているのは16人。

 クリエイターとジウも既に限界を迎えているので、この数には入っていない。

 十分な人数に聞こえるかもしれないが…この中で、現象に対して抑制効果があるほどの冷却系攻撃魔法を放てるのはジュピテル、ユノ、ベリアル、レイとヴィーの5人と…辛うじてメフィスが法具魔法のアイテムの力を借りて散発的な支援に回れる程度だ。


 残念ながら魔法技術に長けていないネフィリム、鬼丸、青龍、白虎、マコト、玄武の6人は攻撃魔法が放てる6人を背中に乗せて飛行維持のサポートに回る。後の朱雀、カミ、シンジュとミコトの女性陣4人は回復と治癒の後方支援に専念している。


・・・

 

 そう聞くと、今度は冷却系攻撃魔法を担当する6人だけに、相当な負担がかかっているかのように感じるかもしれないが、そうではない。


 シムタブ系MMORPGの中には、飛翔が何の代償も必要としない基本スペックに含まれていたり、ほとんどMPを消費しない低級な魔法という仕様であるものも存在するが、このデスシムでの飛行・浮遊系魔法は、実は中級レベル以上の実力が要求される仕様となっているのだ。

 「そもそも、人間って飛べないジャン?…なら少なくとも人型タイプは、ある程度努力しなくちゃ…飛べても感動が少ないでしょ?」…的な、クリエイターの一言で、そういう仕様に決定された…などということは誰も知らないが。

 しかし、それなら悪魔型や天使型の翼を有するタイプは自由に飛べても良さそうなものだが…この不安定な気流の中では翼は逆に邪魔になるのか、それともこれまたクリエイターの趣味嗜好の現れなのか…相当量のMPを消費しなければ、この高度に留まることは難しいらしい。


 だから、飛行サポートに回っている6人の消耗も相当なものだ。

 ネフィリムはその巨体故に飛行魔法だけでは足りず、口から放たれる光の奔流の圧力をも利用して必死に頑張っている。そのため、彼は逆立ちの状態で下方に光の奔流を放ちつつ、その大きな足の裏にジュピテルを載せている。

 鬼丸は鉄棒を振り回して、腰から垂らした紐の結び目にユノを掴まらせて頑張っている。ほとんどユノの役には立っていないように見えるが、それでも時々、綱に体を預けて休めることは大きいらしい。

 青龍、白虎、玄武は、それぞれベリアル、レイ、メフィスを肩に載せている。


・・・

 

 マコトは…何故か嬉しそうな表情で、裸身に限りなく近い美しい女性…ヴィーに背中を踏み付けられながら、20世紀の実写モノのヒーロー的な飛行姿勢で片腕を前に突き出して横になっている。


 そんな兄の変態…もとい…情けない姿に溜め息をつくシンジュを始め、朱雀、カミ、ミコトの回復及び治癒担当班の女性陣4人も、後方支援だからと言って決して楽をしているわけではない。

 彼女たち4人で、攻撃班6人と飛行補助班6人の計12人をできるだけ長く闘い続けられるように回復し、時には治癒しなければならないのだ。

 一人頭3人の回復と治癒を、いつ終わるかもしれないこの現象との闘いの間近にあって根気よく続けるというのは…MPの消費だけでなく、「精神力」や「根気」、そして「気力」…といった各種ステータスに、疲労と表現されるべき低下が避けられなかった。


 全員が参集した当初は、それぞれが自身最大の冷却系魔法を放ち、MPが一定水準まで低下すると前線から下がって、自分で自分を回復し、治癒する…ということを入れ替わりながら行っていた。

 しかし、入れ替わるタイミングでのロスや、各人の魔力のレベルによって、現象を押さえ込む力が大きく増減するため、たまたま魔法が苦手な者ばかりで前線に立つと、再び現象の影響範囲の拡大を許してしまうことさえあった。


 それらの失敗を踏まえ、それぞれが自らのプライドを捨て、得意不得意をわきまえた上で、自然と今の役割分担へとシフトしていったのだ。

 クリエイターは誇らしげに、そんなTOP19たちを見守っている。


・・・

 

 だが…。このままではジリ貧なのは確実だ。

 先にも述べたとおり、「気力」だけは睡眠や休養をしっかりと取る以外に回復させる方法がなく…「気力」の低下は、即、戦力の低下へと繋がるのだから。


 もう、既に一部のTOP19たちは、「気力」のステータスが「1」を僅かに下回り始めている。

 もちろん、誰もが、このデスシム世界が崩壊しかねないほどの危機に、それを力を合わせて救わんとする「気合い」を入れて、この場所に参集したのだが…疲労やダメージの蓄積が、彼らからゆっくりと「気力」を奪いつつあった。


 ただ、悲嘆ばかりする必要もない。…と、クリエイターは思っている。

 何故ならば…


 「…このフォーメーションになったのは、正解だったな。ジウ。見てみろ。僅かだが、現象の影響半径が縮小しつつあるぞ」


 その言葉どおり、絶え間なくぶつけられる高度な冷却系攻撃魔法に、まるで身を削られて苦しむかのように…危機的現象がその影響範囲を縮小し、明らかにその熱量を下げつつあった。

 まだ、時折、それに抗うかのように急激に範囲を拡大しようと勢力を強めるが、そんなときは透かさずクリエイターとジウで、残りの魔力を振り絞って冷却系攻撃に参加し、その抵抗の芽を刈り取ってきた。

 もっとも、ジウも既に限界で、ほとんど役に立ってはいなかったのだが。


・・・

 

 システム側のPCとしての責任感だけが、ジウを何とかその場に留まらせていた。

 が、実際には、左端以上に何度も現象の中心部にアプローチを繰り返したのだ。ジウが平気でいられるハズはない。

 クリエイターは、愛しそうに自分の部下の頑張る姿を見ているが、普段なら「何を変態的な目でみてるんですか!気持ち悪い!」…とか悪態をついてくるジウも、今回ばかりはフラフラとして視線も覚束ず、黙って荒い息を整え、膝を掴んで必死に立っている。


 「さぁ。我々は出来ることを最大限…いやそれを越えるレベルでやっているぞ。後は、君の役割だ。何をやろうとしているのか…全く想像もつかないが…頼んだぞ。思いもよらない方法でこの世界を救って、また我々を驚かしてくれ!」


 クリエイターは、何故かそこにアスタロトがいるような気がして、現象の中心部に向かって檄を飛ばす。


 その声は風に乗り、ユノの耳をかすめ…中心部に向かって消えていった。

 ユノを始めとするアスタロトに好意と期待を抱くTOP19たちは、そのクリエイターの声に倣うように、それぞれが「アスタロト…」と彼の名を口ずさむ。

 まるで、それこそが、最も強力な詠唱魔法の呪文であるが如く。


 アスタロトを特別視していない者たちも、今ばかりは…胸の中に彼の名前を思い浮かべて、それぞれに複雑な表情を浮かべる。そう…ベリアルも。


 (頼みますよ。私は言われたとおり完璧にお膳立てをして見せたのですから…)


・・・

・・・

 

 油断した。


 もちろん油断しようなんて気持ちは、これっぽっちも無かったんだけど…油断したとしか言いようがない。


 アスタロトは廃墟の物陰に身を隠して、血だらけになった右腕を左手でつかんだ。掴んだ。つかん…だ?


   ・・・


 いや。…それ以前に…「廃墟」…?

 何だ?…何なんだこれは?


 掴むことが不可能な右腕…を探すことを諦めて、アスタロトは深呼吸をする。


 デスシムは、「大勢で見る共通の夢」と表現される…シムネットをインフラとしたシムタブ型MMORPGとして構成される仮想世界だ。

 なのに………何だこれは?………マジ…痛すぎる。…と、アスタロトは咳き込んだ。


 「…夢の中って、痛みを感じないんじゃ…なかったっけ?…ぐぅっ…かはっ。」


 声に出したことで、アスタロトはその台詞を言うのが初めてではない事に気づく。


・・・

 

 「ちょっと…待て。何かがおかしい…?」


 右腕を失ってバランスをとることが難しくなり、上手く歩くことができない。


 (…そもそも、俺はどうしてこんなコトになっている?)


 あぁ…この思考自体も、前に全く同じ状況の中で…俺は、考えたことがある?

 そんな既視感を覚えながらも、とにかく状況の把握をしなければ…命の危機にかかわる。

 思考を集中させるため、邪魔な痛覚を麻痺させよう…と麻痺銃パラライズガンを腰のホルスターから外そうとしたが…無い。ホルスター自体も。

 くそっ…と、中途半端な既視感に苛立つアスタロト。


 痛みでまとまらない思考を無理矢理に集中させて、アスタロトは腕を失う直前の映像を脳裏に浮かべる。


 それは、泣いている子どもの映像。


 あの時と…同じ。

 いや。違う。あの時の子どもは…確か、背中を向けてしゃがんでいたし、アスタロトの隣にはイシュタ・ルーが一緒にいた。


 何も無い平らな大地の上に、微妙に傾いて立つ十字架。

 今回の子どもは…それに棘のある黒い植物の蔓のようなもので縛り付けられていた。


・・・

 

 そして、アスタロトは独り。

 何か重要な使命を帯びて、永遠に近いほどの遙かなる落下を経て、この場所へと降りてきたハズだった。


 (夢…どころか、その中のさらに幻のような特殊領域…じゃん?…そんな場所でも、やっぱり死ぬほど痛いって…感じるなんて…ほ、ホント悪趣味な設定だよね…)


 アスタロトは、悪態をつきながらも思念をさらに集中させる。


 (…俺は…あの子どもに…何かされたか?)


 明確に疑念を思い浮かべ、それを否定した瞬間。


 アスタロトは、また、元のように十字架の前に立っていた。

 もちろん…腕はある。…いや。無いけど…その変わりの褐色の代理腕が…ちゃんとゆらゆらと落ち着き無く揺れている。


 「…悪趣味だな。何のつもり?…俺の記憶を読んだのかな?」


 油断してはいけない。…という教訓だけは有り難く受け止めて、アスタロトは十字架の前から少し距離を取る。ただ、今も別に噛み付かれたりしたわけではないので、この物理的な距離に意味があるかどうか保証はないのだが。

 当然のことながら、十字架の子どもからは、答えが返ることはなかった。


・・・

 

 そんな感触は無いが…ひょっとして暗示にかけられたか?

 アスタロトは、自分も多少は暗示を得意としていることから、今、自分に起きた不可解な現象をそう解釈してみた。


 暗示…というのは、地味な上にかなり高度な技術を要するので、エフェクター以上に使い手は少ない。そして、暗示は基本的には攻撃のカテゴリーに属するため、十分に警戒していれば、その気配を敵意や殺意として感受することが可能だ。


 だが、驚異的な防衛本能を有する褐色の右腕は、今、ゆらゆらと揺れてこそいるが、対【天の邪鬼】戦や対【マボ】戦の時のように、暴れ狂って勝手に蠢くということはない。

 つまりは、褐色の右腕に備わる防衛本能を信頼するならば、目前の十字架に戒められた子どもからは、害意が滲み出ていない…と思われるのだが。


 そんなことを考えていると…ふと、自分の周りを取り囲む気配が沸き起こった。


    【がきぃぃぃぃいいいいん。がき、がき、がきぃぃいいん!!!】


 「な!?」


 間抜けな声を上げて、突然の異音に狼狽うろたえるアスタロト。

 そして、またしても妙な既視感を覚える。


 「か…かめ?…し、しかも…逆スクラム?」


・・・

 

 あの恐ろしいほどの防御力を持つ、名も知らぬ謎のタウン・モンスターだ。

 一瞬、アスタロトは本能的な恐怖を感じるとともに、両手を不自然なパーの形…というよりお椀型?に広げて、周りを見回してしまった。


 しかし、あの時は隣にあった、2対計4つのふくよかな丸みある山はそこに無く、馬鹿のように虚空を掴むだけだ…。

 もちろん、より豊かに大きな2対計4つの膨らみ…より低い位置にある…もあるハズがなく、あの時と同じ必殺技で援軍を呼ぶことができない…とアスタロトは恐怖した。


 アスタロトは知らないが、その亀によく似たタウ・モンの名は「鉄壁亀」と言う。

 「鉄壁亀」は防御力こそ無敵に近い固さを持っているが…あの時と同様に一向に攻撃をしてくる気配がない。そういう仕様のタウ・モンなのだから。


 つまり、そもそも閉じ込められようと何だろうと状況はあまり変わらない今、無理にその結界から抜けだそうとする必要は全くないのだが…アスタロトは、そんなことを知らないのでパニックのあまり、馬鹿な行動にでる。


 やり場の無いお椀型の手を、ぐっぱ、ぐっぱと開け閉めした後、何を考えたのかおもむろに、自分の胸とお尻を揉みしだいたのだ。


 そんなアホな事で、ハラスメント対策が発動するワケは…ないのだが…


 「き、きたぁ~~~~~~~~~!!!」


・・・

 

 最強レベルのガーディアンたちが大量に押し寄せ、鉄壁モンスターを蹴散らす、蹴散らす、蹴散らす。消滅した亀は即座にリポップするが…衝撃により蹴散らされた亀モンスターたちは、遙か彼方へと転がって…消滅していく?…あれ?


 やはり、微妙に一致しない既視感を覚えるアスタロト。


 だが、そんなコトで首を捻っている場合では無い。

 鉄壁を蹴散らし終わったガーディアンたちの全個体が「ギロリっ」…と、アスタロトをターゲットする。


 「あ。やっぱり…そうなっちゃいます?」


 あの時と同じ間抜けな叫びを上げて、あとは、ガーディアンの追跡を交わしながらひたすら走り回るアスタロト。


 (つ…掴まったら、や、ヤバイことに!!…だって、今の俺のHPは、あの時よりもずっと低いんだから…し、死んじゃうぅ!!)


 あの時以上の必死さで、どこをどう走ったのか分からないぐらいに走り回る。

 いや。無限に続く平地以外に何も無い…この場所だ。仮に冷静にジョギングしたとしても、1分もたたずに自分がどちらへ向かって走っているのか見失うに違い無い。


 心臓が破裂しそう…という恐怖の幻想に襲われるアスタロト。


・・・

 

 しかし、心臓が破裂することが無い代わりに、最強のガーディアンが追跡を諦めることもない。永遠に続くかと思われる逃避と追跡の時間、その可能性が恐ろしい。


 「俺は、こんな所で永遠に走り回ってる場合じゃないんだよぉ~!…向こうじゃ、皆が必死に…命がけで頑張ってるんだからさぁ~~~~」


 永遠…という名の時間の浪費…そして、その間に取り返しの付かないほどの大切な者たちを失う…という…仮想の恐怖に耐えきれず、アスタロトが叫ぶ。


 次の瞬間。


     【金の贄は天に。銀の贄は地に。背きし汝を悔やめ…】

     【メテオ・エンジェル・フォールダウン!】


 聞き覚えのある…美しい声が頭上に響き渡る。そして…


     【堕星天使獄だせいてんしごく!】


 恐ろしい魔力を秘めた呪文の第3節目が叫ばれると同時に、辺りが真っ暗闇へと一瞬で変わり、虚空から巨大な隕石が顔を覗かせる。

 その隕石は、記憶にあるそれよりも何倍も速い速度で全貌を表し、猛烈な加速度で落下してくる。

 その落下地点は…アスタロトの…頭上。


・・・

 

 奇跡に近い幸運で、足を縺れさせ…前のめりに転がったアスタロトの後方へ巨大隕石が落下する。直撃は避けたものの…衝撃で大きく吹き飛ばされるアスタロト。


 今の彼はHPが初期値の状態の最弱だ。

 ちょっとした傷が命取りになる…のだが、ここでも褐色の代理腕…の他に、普段は背中に天使の羽の如く手の平だけをチョコンと覗かせている他の2本の腕も伸びてきて、合計3本の褐色の腕が狂ったように隕石の破片を弾き飛ばし、衝撃からアスタロトを守ってくれている。


 そして、3本の褐色の腕が見事な連携を見せて、完全に落下の衝撃を吸収しながら安全な平地へとアスタロトを着地させる。

 顔を青ざめさせて、息を荒くするアスタロト。

 咳き込むだけでHPが致命域に低下することはないと思うが、咳き込み過ぎて喉が痛い。


 跳ね上げられた無数の破片が、土砂降りの雨のような激しい音を立てて、アスタロトの後方…落下地点の辺りに降り積もる。

 やがて、その恐ろしい音が止み、もうもうと立ちこめる土煙も収まったのを確認すると…さしもの最強のガーディアンたちも、弾き飛ばされて全て消え去っていた。


 (…よ、良かった。…けど、最強なのか?…これで消えちゃって…)


 自分よりも弱いんじゃないのか?…という不遜な感想を抱きながら、とりあえずガーディアンの意味不明なお仕置きから逃れられたアスタロト。


・・・

 

 ガーディアンたちを蹴散らしてくれた呪文の主に、お礼を言うべきか迷って辺りを見回す。今の攻撃は、あの時と違って、明らかにアスタロトを直撃させるコースだった。…礼を言うより、次の攻撃に備えるべきではないか?…そんな警告が頭に過ぎる。


 そして、その警告が正しいことを告げるかのように…新たな詠唱が…


    【攻め滅ぼせ!七つのつの…】

    【…ヘプタグラム・オフェンス・ファイアウォール…】


 それは、七芒星の破魔の力を炎に変えた…強力な攻撃魔法。美しい声が最終節を叫ぶ。


    【七芒攻炎壁しちぼうこうえんへき!】


 一瞬にしてアスタロトの周りに見上げるほどに高い劫火の壁がそびえ立つ。


 熱い………痛い………苦しい………

 あぁ、でも徐々に感覚が麻痺していく…

 …既に、熱や痛みを感じる神経が焼かれ………いや違うか。ここは仮想世界だから…皮膚感覚センサーがその機能を維持できなくなってきたようで、苦しさだけがアスタロトの思念を埋め尽くしていく…


 (…もう。駄目かな………あぁ…このゲームは、一度、死んじゃうと…二度とログインできないんだったけ………残念だけど…)


・・・

 

 「…だから違ぁ~う!!…こんな【コロシアイ】は望んでないって言ってるだろ!」


 あまりの暑さと苦痛に、目の前にエンディング・ロールが流れることを許容しそうになったアスタロトは、しかし、怒りを滲ませた大声で怒鳴る。


 イシュタ・ルーや慈雨、マボさんや…「はじまりの町」の領民たち…それから、新しく領主領民契約を交わして仲間になったTOP19たち…彼女たちを残して、こんなところで簡単に諦めて良いはずがないだろう。アスタロトの胸に【七芒攻炎壁】を上回る熱い思いが込み上げる。


 ほとんど最強ともいえる炎の魔法【七芒攻炎壁】を、アスタロトの強い思いが一瞬にして掻き消した。


 「…もう。分かってきた。…こんなの、全部まやかしだ…」


 そう言うアスタロトの顔は、涙と鼻水でクシャクシャになった酷い顔だった。

 汚い…とか女性に嫌われそうだが、アスタロトは両袖で涙や鼻水を拭って、自分の前方を睨みつける。


 あれだけ縦横無尽に走り回ったハズなのに、そこには…十字架と縛り付けられた少年。


 同じ場所へ戻ってきたのか、それとも十字架が追っかけてきたのか…それとも十字架はどこにでも現れるのか…それを考えても意味は無いだろう。


・・・

 

 「間違いない。俺の中の…漠然とした恐怖心を…お前は増幅させているな?」


 完全に記憶と一致しないのは、アスタロト自身が、既にあの時のアスタロトでは無くなってしまっているせいだろうか?…それとも、別の理由か?

 いや。そんなコトはどうでも良い。

 問題は、その十字架に縛られた少年が、アスタロトを拒み、この地獄の底のような世界から追い払おうとしている…というその事実だ。


 「…お前に追い払われなくったって…俺だって、早く帰りたいよ。こんな場所、一瞬だっていたいもんか…」

 『なら…帰ってよ…』


 アスタロトが癇癪を起こして言った本音に、初めて十字架の少年から答えが返った。


 『僕は独りでいたいんだ。最初から、独りぼっちだったんだから…友だち…なんて要らないんだ…。友だちなんて要らなかったんだ…』


 アスタロトは、やっと反応が返ったということに喜ぼう…としたが、その悲痛な少年の心の声に、胸を押さえる。

 そして、十字架へと、一歩足を踏み出して問いかける。


 「…な、なんだよ。独りでいたい…とか言いながら…じゃぁ…何でそんなに泣きそうな顔してるんだよ?」


・・・

 

 『知らない…ウルサイヨ…そんなこと…黙レコロスゾ…僕はずっと独りだったんだ…オ前ノ最モ恐怖スル幻想デ…独りで別に平気だったんだ…オ前自身ノ恐怖ニ潰サレテ…だけど彼らが…死ヌガイイ…彼らが居なくなって、どうしてこんなに胸が苦しいの?』


 支離滅裂?…いや。二つの気持ちが交互にせめぎ合っているだけだ。

 その十字架に戒められた少年。…マックスは、不安定な心でこの空間に縛られている。


 「…そうか。俺の記憶…を読んでいるんじゃ…ないんだ。俺の恐怖を…投影してるってことか…だから…パラライズ銃は無いし、おっぱ…違ったルーと慈雨も居ないんだ…」


 アスタロトは、対【天の邪鬼】戦を思い出しながら、恐怖を抽象的な記号へと置き換えて…外から読まれないように秘匿するように努めた。


 ここで、マボの儀式魔法【十五芒喚起術ペンタデカゴン・エヴォケーション】など仕掛けられては敵わないし…それ以上に【天の邪鬼】に出てこられても困る。


 (…侮ルナ…我ハ主トGOTOS契約ヲ交ワシタノダ。ドノヨウナ世界ニアッテモ、我ガ再ビ主ヲ傷ツケルコトナド決シテ無イ…)


 驚いて辺りを見回すアスタロト。今、どこからか不機嫌そうな【天の邪鬼】の声が聞こえたような気がしたのだ…が。


 「そんなわけ…ないか。…でも、そうだったら有り難い。俺は、まだ死ねない!」


・・・

 

 アスタロトは、また一歩、十字架の少年へと近づく。

 十字架と自分の間には何もないハズなのに、何か異様に強い抵抗が邪魔をする。

 それでも、アスタロトは歩みを止めない。


 「ヤメロ、クルナ!…楽しかったんだ…コロスト言ッテイル!…独りで良かったのに…恐怖ヨ出デヨ!…彼らと一緒にいるだけで…俺ニ近ヅクナ、死ンデシマウゾ!…楽しいと思ってしまったんだよぉ~~~っ!!!」


 アスタロトが目と鼻の先まで近づいた時。

 目を閉じて泣いていた十字架の少年が、突如として血走った目を見開き、剥き出した牙に唾液を撒き散らしながら、獣のような雄叫びを上げる…


     【ぐわぁ…きっしゃぁぁぁぁあああああっっ!!!】


 ほとんど、空気の軋む音にしか聞こえない唸り声を上げて、アスタロトの首筋に、その鋭い牙を押し当てる。


 少年だったハズのマックスが、いつの間にか本来の成長した巨体へと弾けるように膨らむ。それに伴って、アスタロトに突き刺さった牙も太く長くなり…体の奥深くへと押し込まれていく。想像を絶する苦痛。


 「俺ハ…間違エタンダ。友ダチナンカ持ッチャダメダッタンダ。失敗ダ。ダカラヤリ直ス。世界ヲ破壊シテ、全テヲ…独リデ平気ダッタアノ頃ノ自分ニ帰ルンダ!!」


・・・

・・・

 

 冷却系攻撃魔法の斉射による効果は、確かに上がってきていたハズだった。

 ジウにはナイショの裏技までこっそり使って、少し回復したクリエイターも定期的に冷却系攻撃魔法の斉射に参加して、確実に現象の影響範囲を狭めることに成功していた…


 …のに。


    【ぐぼぅるるうるぅぅうううるわわぁぁあぁぁああああああん!!】


 何か既存の音には喩えようも無い轟音とともに、爆発的な勢いで危機的現象が広がりを見せる。


 「「「「「「 うわぁぁあぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああああ… 」」」」」」

   「「「「「 きゃぁぁああああぁ。いやぁあぁああああ… 」」」」」

 「「「「「「 ぐべぼぉ?…ばはぅあぁああぁあぁぁぁああて… 」」」」」」


 一瞬にして全員が弾き飛ばされる。

 犠牲者が出たかも知れない…という不安に駆られて、体勢を立て直したクリエイターは、慌てて周りを見回す。

 が、この闘いの意味を、深く理解して参集したTOP19たちは、さすがだった。


 隊形こそは崩したものの、全員、クリエイターと同様に即時に体勢を立て直し、互いに支え合って、冷却系攻撃魔法の斉射を止めないように歯を食いしばっている。


・・・

 

 「だ、大丈夫か!?」

 「…だ、大丈夫じゃ無ぇが…言ってる場合じゃねぇだろ?」


 クリエイターの問いに、代表でジュピテルが答える。

 キャラクター的には、白虎あたりの台詞のような気もするが、既にさすがの白虎も軽口を吐けるほどの余裕は残っていないようだ。

 さすがはジュピテル…と言ったところか?


 「そ、それより何があった?…くだらねぇ質問をする暇があったら、それを分析するのが貴様の仕事だろうが?」


 乱暴なジュピテルの言葉だったが、確かにその通りなのでクリエイターはあらゆる手段を使って情報を収集する。

 外見的には、眉間の辺りに右手の中指を当てて、瞑目しているようにしか見えないが。


 「…アスタロト君が行っている幽閉用隔離サーバ内で、何か異変があったらしい…。やはり、この現象は、あのサーバ内で起こっている何かと繋がりがあるらしい…」

 「はん。じゃぁ…そもそもの原因は…クリエイター。貴様が調子にのって、あんな妙ちくりんなサーバに俺たちを閉じ込めた所為せいじゃねぇのか?…ああん?」

 「くっ…。返す言葉が…ない。こんな、事になるとは…」

 「…ちっ。まぁ、結果論で責めても得るものは無ぇ。それより、そのアスタロトって野郎は、きっちり仕事をこなしてやがるのか?…何か逆効果じゃねぇのか?…コレ!…あぁ…鬱陶しい!…【堕天冥王監獄縛だてんめいおうかんごくばく!】」


・・・

 

 気合いを込めたジュピテルの詠唱。

 隣のユノたちも、追加の詠唱をして冷却系攻撃魔法の弾幕を強化する。


 既に「気力」ステータスもかなり落ち込んできているが、アスタロトの潜入している先で何か状況に動きがあったというのなら、ここが正念場だろう。

 今まで、外側からの遅々とした変化しか得られていない我慢の時を耐えてきたため、一見、それが逆効果であろうとTOP19たちは「気合い」を入れ直す。


 回復と治癒を担当する4人も、絶え間なく誰かのMPを補給し、自分はジュウソやソウジが運んでくる回復薬を、まるで薬中毒にでもなりそうな勢いで飲み下す。

 飛行サポート部隊の連中も必死の形相で、これ以上前線が後退しないようにその場に踏みとどまろうと魔力をフル回転させている。


 すると…今度は、不意に現象の圧力が急激に減少する。


 「うぉ?っとっとっと…」


 前のめりになりそうになったのを踏ん張って、前線を前に押し上げるTOP19たち。

 再び、幽閉用隔離サーバの中で動きがあったのだろうか?


 「…アスタロト君が…頑張っているようだ。隔離サーバをモニタリングしているスタッフたちの報告が入ってる。その動きが、良い方に傾くか…それとも悪い方に傾くか…全てはアスタロト君に…期待するしか…無い…」


・・・

・・・

 

 アスタロトの中に、苦痛と同時に、様々なものが流れ込んできた。


 肉体の奥深くまでを牙で貫かれ、【死】をイメージしかけたアスタロト。

 しかし、彼はすぐにそのイメージを頭から振り払う。

 ここは、思念がおかしな具合に形を得てしまう世界だ。

 ネガティブな思念に引きずられてはいけない。

 逆に、それさえ気を付けていれば、きっと…命を失うことは無い。

 アスタロトは、全く根拠の無い…そういう思い込みを自分に暗示をかけて染みこませる。


 その一方で、自分の体の奥深くまで流れ込んできたものを…受け止める。

 それは…マックスの苦痛であり、憎しみであり、悲しみであり…叫びだった。


 元々、リアルでも極度の人見知り、かつ、引っ込み思案の引き籠もりだったマックス。

 彼は、当然、このデスシム世界でも、そのパーソナリティに大きな変化はなく、そのキャラクターの巨大さもあって、他人を寄せ付けなかった。

 いや。むしろ他人を寄せ付けないために、敢えて誰もが一歩引くような巨体を自らのPCの器として選択した…というのが本当のところかもしれない。


 虐め…ではなかったと思うが、幼少時に遊びに行った友人宅で、何人もの友だちがいる中、その家の主が、何気なく言った一言。


 「何か…ケイちゃんが来た途端に、シラけちゃったね。つまんなくなっちゃった」


・・・

 

 別に何ということはない感想。

 だから、帰れ…とは言われなかったし、ケイちゃん…つまりマックスの本名だが…を殊更邪険に扱うようなこともされなかった。


 しかし、胸に突き刺さる銀の杭のような一言。


 もともと、話し下手な彼は、益々、上手く喋ることができなくなり…だから、余計に空気を読めないような発言をしてしまう。

 空気が読めていないワケではないのだ。空気を読んで喋っても、その喋りが的を射た表現とならないから、その意図が上手く伝わらず…結果として、空気読めない君…というアダナを授与されるに至った…それだけの事。


 しかし、少年の心が、不毛の大地のように潤いを失うには長い年月を要しなかった。

 その程度のこと?…と、友だちを多く持つものは笑うだろう。

 そう。その程度のこと。それでも、本人にとっては…地獄の日々の始まり。


 楽しそうに遊ぶ、自分以外の子どもたちを目にし、それに羨望や憧憬の念を抱く限り、彼の世界は絶対に満たされない…無間の地獄となる。

 その心の地獄から逃れるためにはどうしたらよいか?

 友だちを作れば良い?…あぁ。彼の置かれた気持ちや状況が決して理解できない…幸せな人の意見だ…それは。

 彼の気持ちが、少しでも理解できるなら、その答えは一つしかない。

 「友だちなど不要」…心からそう信じ込むことだけが、彼に平穏を取り戻すのだ。


・・・

 

 そうして彼は、独りだけの世界で、独りだけの思索に耽ることで、十分に幸せを感じる…そういう自分を作りあげた。

 その自分には、むしろ人との関わりは邪魔でしかない。

 忘れたはずの、不快な胸の疼きを思い出させるだけなのだから。


 そして、ある日…彼はデスシムと出会ってしまう。

 それが、彼にとっては悪魔の薬であるなどとは…思いもせずに。


 どのようなロールをして楽しもうと自由。

 それが、シムタブ型MMORPGの基本原則だったし、デスシムのゲームマスターも「ゲームスタートと同時に、あなたの【理想世界】がスタートします」と保証してくれたハズだったのだ。


 マックスの望む【理想世界】。それは、当然、独りだけで静かに暮らす…こと。


 しかし、悪魔のようなデスシムのシステムは、彼の表層意識の【理想世界】ではなく、彼自身がそれと意識していない深層心理の奥深くに秘めた、別の【理想世界】を提示してきたのだ。


 「アナタ。物理学の三大悪魔…思考実験に登場する悪魔たちに興味がおありでしょ?…分かりますよ。だって、その名前見れば…誰だって。ね。なら、一人だけじゃ、意味ないでしょ?…ということで、適任者からGOTSS契約の申し出が来ています。お受けになりますよね?…ね?…ね?…ありがとうございます。因みに、その一人は私です…」


・・・

 

 独りの世界で、退屈を紛らわすのに最適なのは、難しい思考実験などをテーマに自分なりの思いを巡らすことだ。だから、彼は特殊相対性理論の時間圧縮やローレンツ変換、光速度不変…などの物理学のイメージを頭の中で考えることが好きで、その中でも、特にマクスウェルの悪魔、ラプラスの悪魔…そして悪魔では無いがシュレディンガーの猫の話に、彼は大いに胸をときめかせた。


 話を持ちかけてきた男…ディンは、「物理学の三大悪魔」などと言ったが、「正しくは物理学の三大生物?…ではないか?」とマックスが言うと、大げさ過ぎるほどに感心し、「なるほど…そのとおりですね。感服いたしました。是非、もっと色々教えてくださいよ」などと、馴れ馴れしく接してきた。


 最初は、鬱陶しいと迷惑に思ったマックスだったが、ディンはGOTSS契約を受諾する代わりに、どういう仕組みか不明だが、マックスに特殊能力のプレゼントをしてくれたので、あまり邪険にはできなかった。

 その能力こそが、マックスがモティーフとした思考実験「マクスウェルの悪魔」の能力そのものだった。ディンを鬱陶しいと思う反面、彼のくれたプレゼントには、内心で踊り出したくなるほどに嬉しさが溢れたものだった。


 そして、ディンが連れてきたもう一人のGOTSSが、ラップ。

 彼は、「ラプラスの悪魔」という「マクスウェルの悪魔」にも引けをとらない特殊能力を持っていて、マックスが他のPCから襲撃を受けたり、様々なクエストを行う際にも、事前に危険や困難を察知して、マックスを完璧にサポートしてくれたのだった。

 短い間だったが、色々なことがあった。そして、どれもが…楽しかった。


・・・

 

 マックスは、やはり心の奥底では、他者とのふれあいというものに憧れを抱き、友と呼べる者を欲していたのだと認めざるを得なかった。

 そして、彼にとって、ラップとディンは、会話こそ、上手く噛み合わなかったものの、似通ったテーマの仮想実験や悪魔をモティーフとしたPCを操り、互いに気を使わなくとも一緒にいるだけで心が穏やかになる…というかけがえのない友であった。


 しかし、その楽しかった日々は突然終わりを告げる。

 ラップをその突然の【死】によって失い、そしてディンも去った。クリエイターや栗木栄太郎の記憶と関係する部分のディンの記憶も、引きずられて削除されてしまったため、ディンがいなくなった…というのも彼にとっては突然の出来事として認識された。


 マックスは思った。

 自分が、分不相応にもTOP19などに選ばれてしまい、連れて行く必要性など無かったにも関わらず、強敵がひしめく協議会の席へと連れていてしまったせいで…ラップを【死】に至らしめたのだと。

 それも、何日も前から、そこで自分が死ぬとラップが予言していたにも関わらず。

 何故か、マックスは…その運命に抗うことができずに、ラップを同席させてしまった。


 その甘い判断が…自分の不用意な判断が…大切な友だち…ラップを死なせたのだ。


 そう思い込んだマックスには、ディンが自分の元から去って行った理由を、見事なまでに誤解した。マックスのその判断ミスを、ディンが怒ったのだと思ったのだ。

 ディンは、そんな誤解をマックスがするなどとは…夢にも思わなかっただろう。


・・・

 

 そういう心の奥深いところでの動揺を抱えた状態で、この幽閉用隔離サーバへ来たら…どうなるか?…それを事前に予測することは不可能だった。

 しかし今、その答えが目の前にある。


 さらに、アスタロトの中に驚愕の事実が流れ込んでくる。


 幽閉用隔離サーバの中で、不安定な精神が、バラバラと崩れて形を失っていく…そうして自分は消えてしまうのだ…これは…罰なのだ…。そう思ったマックス。

 自分が消えてしまうかもしれない…という恐怖に抗いながらも、どうすることもできず、やっと得た友だちを自分の失敗で【死】に追い遣ってしまったという悔恨の念。

 そして、TOP19としての人並み外れた自己の【死】への忌避。

 それらが複雑に合わさった結果、マックスの心には自分を擁護し、自分以外へと憎しみの対象を移す…という心理防衛反応が生じていた。


 そして、彼は憎む。世界を。自分が失敗してしまった結果としての現在を。

 物理学の思考実験オタクのマックスは、そこで量子力学における不確定性原理に関する解釈を何故か想念する。彼の脳裏を過ぎったのはエヴェレットの多世界解釈。

 マックスがそれを正しく理解していたのかは甚だ疑念があるのだが、彼は、間違った選択の末路である現在を取り消し、正しい選択…をやり直そうと考えたのだ。


 そして、考えてしまった。 そのために必要な…世界の破壊…という概念を。

 そのマックスの思念に…あの男が問いかけたのだ。

 ヴィア…に似た男が。「オ前ハ世界ヲ破壊シタイノカ?」と…その不吉な問いを…。


・・・

第2巻ゴールまであと僅か…

次回こそ「集結の終結(仮題)」へ続く。

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