表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/49

(4) TOP19攻略ガイド?

・・・


 「俺…く、臭くなんか…無いよね?…ね?………ね?」


 アスタロトが、自分の左右の袖口に鼻をつけながら、くんくんと臭いを嗅いでいる。もう、気が狂ったかのように執拗に。

 その異様な様子に、アスタロトに対しそれぞれに特別な想いを寄せる美女3人も、さすがに少し引いてしまっている。


 どうして、そんなことになっているかというと…それは「Face Blog ER」のパブリック・スペースの掲示ボードに投稿された、一つのスペース・ライン記事のせいだった。


 その日の午前中の出来事。ジウの偽者が、多くのプレイヤーを騙して情報収集をしていったということ。それに気づいたのはアスタロトたち以外にはいなかったようだが、システム側の広報担当者は、その事実を隠蔽しようとはしなかった。

 本物のジウが去って15分もしないうちに、「Face Blog ER」のオフィシャルのスペース・ライン上に、状況の報告とお詫びの告知文が掲載される。


・・・


===============================


■システム担当者を名乗る不審なPCにご注意ください■<重要なお知らせ>

 最近、システム担当者を名乗る不審なPCが出没しています。

 システム側の担当者が、「真の名」や保有する潜在能力スキル、習得済みの魔法などについてプレイヤーの皆さんに直接お聞きすることは絶対にありません(※1)。システム担当者を名乗っているかどうかを問わず、「真の名」等のパーソナル情報を知らないPCに教えることは絶対に避けてください。(※2)


 ※1…これらの重要情報は、システム側で厳重に管理・把握しているため、聞く必要がありません。

 ※2…最悪の場合、ウィークポイントにクリティカルなダメージを与えられ一撃死させられる恐れがあります。

<了>


 --------------------------


■プレイヤー情報の一部流出について■<お詫び>

 デスシム内部歴01年10月01日、各エリアにおける標準時午前8時から午前10時頃にかけて、システム側の担当者を名乗る不審なPCが各プレイヤーに不正な接触を行っていたことがTOP19第7位アスタロト氏からの指摘により明らかになりました。

 セキュリティ・システムの脆弱性を利用した不正アクセスによるものであり、深くお詫び申し上げます。この脆弱性については、既に緊急対応パッチの適用を完了しておりますのでご報告いたします。

 現在、詳しい状況についてはシステム側の総力を挙げて調査中ですが、大きな被害は確認されていません。

 予想される被害として、プレイヤー情報が一部流出した可能性があります。万が一、上記対象時間中にシステム担当社を名乗るPCから「真の名」や潜在能力スキル、習得魔法等のパーソナル情報のヒアリングをされたプレイヤーは、別掲のサポート窓口までお申し出ください。


===============================


・・・


 この対応に関して言えば、「あぁ…エムクラックって、ゲームだと偽って人を怪しげな社会実験とやらに参加させた割には…案外、真っ当な会社なんだな…」とアスタロトを感心させた。


 だが逆に、このオフィシャルの告知文を見た「システム担当者を名乗る不審なPC」は、驚いたことに…とんでもなく過激な行動に出た。あろう事か、匿名で情報交換のできるパブリック・スペースの掲示ボードに、「レジェンド・エネミー【TOP19】攻略ガイド 第1回」という全プレイヤーの興味を引く記事を投稿したのである。

 彼は、完全にプレイヤーたちを騙しおおせたつもりだったのだろう。ところが、この告知文により、彼はその目論見が妨げられたことを知る。密かに優越感に浸ってほくそ笑んでいた彼は、その愉悦に冷や水を差された。そこで彼は、TOP19たちの間抜けさを衆目に晒すことでTOP19たちを貶め、相対的に自分の優越性を取り戻そうとしたのだ。


 「第1回」…と、今後の連載を仄めかすようなタイトルの記事には、「TOP19潜入調査速報!」という刺激的なサブタイトルが付けられており…要するに、「自分が話題の『不審なPC』で~す!」というアピールをしたい書き込み主の意図がみえみえだった。

 各TOP19たちの「呼称」、「所在エリア」、「身体的特徴」、「人柄」、「行動を共にするPC」、「会話した印象」…等々、本当に対面した者にしか書き込めない…と思わせるような詳細な部分にまで及ぶ生々しい描写が…この記事の書き込み者が間違いなくオフィシャルからの<お詫び>に記載された「不審なPC」であることを証明していた。

 最も驚くべきことは、それらの情報の中に「真の名」…という項目があることだった。

 訊いてないのに勝手に名乗ってしまうフライ・ブブ・ベルゼの名があるのは…まぁ…当然として、それ以外にもランキング下位の数名の「真の名」が記載されていた。


・・・


 「TOP19(トップナインティナー)」とは、今回のメジャーアップデートにより採用された新制度で、「デスシム」総合評価の上位19PCに対する総称だ。何故、19人などという半端な人数なのかは謎であり、システム側からも一切の解説がされていない。


 この新制度の趣旨は、彼らが余りにも突出した強さであるため、新しくサインインしてきた多くの低レベルPCたちとの差が大きすぎて…ぶっちゃけ対等の条件では全く勝負にならないから…いっそのことTOP19には一般PCと異なるルールを摘要しちゃえ…というものだ。


 どのように「異なるルール」なのかは未だ完全には明かされていないが、メジャーアップデートの告知内容によるとその概要は、「上位19人にレジェンド・エネミー属性を付与することで、竜や巨神族などのような攻略困難なモンスターと同様の扱いとし、彼ら一人ひとりに対して天敵とも呼ぶべき専用の攻略用の専用武器やアイテムを定義する」…ということらしい。

 攻略用の専用武器やアイテムは各地に分散して隠されており、最初に発見したPCが所有権を獲得できることから、一種の「宝探しクエスト」のようなイベント要素も兼ね備えた制度となっている。


 その他、「領主領民契約」の領主側になれたり、召喚系のスキルを身につけた一般PCからの召喚や喚起に応じられる領主領民契約の特約条項「召喚(喚起)オプション」、TOP19だけに許される「オブジェクト創造システム」により自らのHPやMPを削って武器や防具などのアイテム・オブジェクトを生み出すシステムなど…単純なファンタジーの枠を超えた…ぶっ飛んだ世界設定が新制度として導入されている。


・・・


 そのような特別扱いをシステム側から一方的に押しつけられるほどの頭抜けた実力を有するTOP19たちだが…彼らにとっても「真の名」を知られるということは、あまり好ましいことではないハズだった。例えば、最大HPやMPが分かっているだけでもモンスター攻略の難易度が大幅に下がるという経験則は、いくつかのMMORPGをプレイしたことのある者にとっては常識だった。


 「この………フライ・ブブ・ベルゼ…って、この間アスタロトの所へ表敬訪問とやらに現れた、例の『勘違い男』…だったかな?…慈雨君?」

 「…そのとおりよ。シュラくんやルーちゃんも見たとおり、あの男なら訊いてもいなのに、勝手に名乗っちゃった…ってところでしょうね…はぁ」


 マボの確認の問いに、慈雨が思い出すのも嫌そうに溜め息をつく。アスタロトも複雑な表情だ。イシュタ・ルーは「あれほどダメって言ったのにぃ!もう!」と怒っている。


 「でも…大丈夫なのか?…コイツ。慈雨さんは、『真の名』を知られても平気なぐらい強いから…って言ってたけど…。この間のオフィシャルに掲載されたランキングだと…ブブっていう名は第3位で、コイツより2人も上に強いのがいるんだけど?」

 「…そうだな。このランキング…というのが、どういう基準で評価されているのかが分からないのだけれど…仮に実力が僅差で取りあえず順位付けがされている…としたところで、自分と同レベルの敵に『真の名』を教えるなんていうのは…自殺行為だとは思わないか?…慈雨君。そこのところは、どうなんだい?」

 「わ…私だって、ランキングの詳しい仕組みなんて知らないわよ。で、でも、身につけたスキルとか属性…そう言ったものの…相性だとかもあるでしょうし…


・・・


 「ふむ…。相性…か」

 「そ、そうよ。た、例えば…わ、私は攻撃力はほとんど皆無だけれど…防具も魔法も、所有アイテムとかも防御系のに特化したスタイルだから…今日まで、こうして無事にいられたのよ?…マボさんも魔法に特化していてMPも信じられないほど高いでしょ?」

 「…そうか。慈雨さんやマボさんのステータスを中級レベルのPCが見たとしても、力押しだけじゃ絶対に倒せそうもないから…迂闊うかつには手を出せないよね…」

 「ま、マボさんレベルになれば、トップレベルのPCでも尻込みするハズよ」

 「うん。俺も、物理的な戦闘力なら…この褐色の右腕のお陰だけど…マボさんを圧倒しているかもしれないけど…防御魔法から攻撃魔法までを手足のように自由に操るマボさんと…もう一度戦おうとは…思わないもんね」


 アスタロトがマボの方に視線を移すと、マボは美しい微笑を浮かべながら「でも、紛れもなく君は私に勝ったんだぞ」…と小さな声で囁く。その朱に染まる艶やかな唇に見とれていると…


 「ねぇ!…ロトくん。ルーちんの秘密のステータスも、ロトくんになら全開示だよ?…マボちゃんばっかり見てないで…ロトくんのお目々はコッチ!」


 …と、いつの間にか露出の大きな衣服にドレス・チェンジしていたイシュタ・ルーが、ミニ・スカートの裾を左右に持ち上げて…その…あの…あぁぁああ…もう少し!!!

 女性の魅力に全く免疫の無いアスタロトは、すぐに視線を釘付けにされてしまうが…アスタロトはマボに後頭部を叩かれ、イシュタ・ルーは慈雨に「めっ!」と両手を捕まれて下げさせられる。


・・・


 「そ、そんなコトしてる場合じゃないでしょ?…フライ・ブブ・ベルゼと違って、さすがにシュラくんの『真の名』は掲載されてないようだけれど…シュラくんの情報も、この上から7番目のところに書き込まれてるわよ」


 隙を見せると、すぐアスタロトへのお色気合戦を始めるマボとイシュタ・ルーに、ちょっとだけ対抗心を燃やして、慈雨もさり気なく襟元のボタンをいくつか「暑いわね…」とか呟きながら外して胸の谷間を強調したり…しなかったり。プチ・ハーレム状態のアスタロトだったのだが、この慈雨の言葉にホログラフィック・ディスプレーへと視線を移す。


 「…えっと。あ、これか。おぉ。本当だ。俺だ。『アスタロト』…って書いてある」


 「呼称」は「アスタロト」という一部分だけ。「所在エリア」の欄は「領土は『初試練の平原エリア』で『はじまりの町』町庁舎を本拠としている」となっている。ここまでは、別に潜入調査によらなくても、度重なるシステム側の担当者ジウやその同僚たちのお茶目なショートメッセージや告知行為により、既に多くのPCに知れ渡っている事実だ。

 そして、「身体的特徴」。「キャラクター・タイプは人間型軽量戦士。性別は男性。身長は男性側PCとしては若干低め。体型は普通…ややスリム。頭や顔もやや小さくやや女性的。右腕だけが何故か褐色で細め。背中に、掌のようにも見える褐色の小さな翼(?)。戦闘時には褐色の手や翼(?)が気持ち悪く動き回る」…とある。これも、先日の領土争奪戦を観戦したPCなら、知っていても不思議ではない…程度の描写だ。

 問題は「人柄」だ。「常に視線は女性の胸元や臀部、唇等に注がれ、突拍子も無いアイデアばかりを口走り、普通の会話はまず成立しない。温厚そうに見えて、追い詰められると女性にも平気で総攻撃を喰らわせる血も涙もない悪魔。臭い。ウザい」とある。


・・・


 え?…「臭い」って「人柄」なの?…と、キョロキョロと女性陣3人の反応を窺うアスタロト。それ以外の部分も、かなり酷いことが記載されているのだが…そこが一番、ショックだったようだ。


 「行動を共にするPC」には、「ルーと呼ばれる萌え系美少女と慈雨と呼ばれるアダルト系お姉さんタイプを奴隷のように服従させ、最近、マボと呼ばれる女魔導師を領土争奪戦の戦利品として隷属させている。鬼畜、鬼、非道、悪魔。そして、臭い」と…後半は項目名と関係の無い誹謗中傷がならぶ。


 またしても!!!…く、臭い?…マジ?…臭いの?…と、もう、記事を読むのを半分放棄してソワソワし始めるアスタロト。


 最後の「会話した印象」という、あからさまに「私がオフィシャルの<お詫び>に記載されている『不審なPC』です」と主張するかのような項目には、「努めて理性的に会話を進めようと試みるも、いちいち揚げ足をとるかのように部分的な単語に拘泥し、それにまつわる突拍子もないアイデアを自分勝手に話し続けて会話を脱線どころか転覆させてしまう。通常の会話は、全く不可能だと考えた方が良い。…というか、それ以前に、近寄らない方が身のためである。…深呼吸したら即死しかねない程に………臭い」と記されていた。


 「俺…く、臭くなんか…無いよね?…ね?………ね?」


 それが、冒頭のアスタロトの異常行動の理由だった。


・・・


 思い出すのが面倒臭いだろうから、冒頭の記述を再度、繰り返すとしよう。

 アスタロトが、自分の左右の袖口に鼻をつけながら、くんくんと臭いを嗅いでいる。もう、気が狂ったかのように執拗に。

 その異様な様子に、アスタロトに対しそれぞれに特別な想いを寄せる美女3人も、さすがに少し引いてしまっている。…とまぁ…これが今回の冒頭だ。


 この世界は仮想世界ではあるが、嗅覚センサーを通してプレイヤーは「臭い」を感じ取ることができる。それも…かなりリアルに。

 「デスシム」は、社会実験…などと称すようにはなったが、その運営形態は基本的にシムタブ型MMORPGと変わらない。「デスシム」接続用のシムタブを服用したユーザーの脳にある休眠領域を仮想巨大容量記憶脳のニューロンとみなした分散仮想記憶型ニューラルネットワーク・ストレージとして扱った膨大な仮想世界描画用システムは、「デスシム」にアクセスする全員の脳を連結して、一つの巨大な脳と見立て、その巨大な脳の見る『夢』をもって、各ユーザーが共通で認識できる仮想世界に関する情報を構成し、現実そのもののリアル感を持って再現してくれるのだ。

 まぁ、「全員で共通の夢を見ている」と言う表現が最も分かりやすいかもしれない。かなり大雑把ではあるが…核心をついた表現である。

 夢では…「臭い」なんて感じたこと無いよ?…と思う人もいるだろう。が、そうではない。それは、アナタが起床後に「臭い」のことを忘れてしまっているだけだ。夢から覚めるまで、アナタは「臭い」がしない…という不自然な状況に違和感を抱くことなく、夢の世界の中で大冒険を繰り広げたり、切ない恋に身もだえたり、人前では明かせない性癖に溺れたりしているハズなのだ。

 夢がその中ではリアルだからこそ…人は目覚めた時に喪失感を覚え…時に涙する。


・・・


 そんなわけで、嗅覚センサーの感度を最高レベルに引き上げて、アスタロトは自分の臭いを確認する。余りにも感度を上げすぎて………ちょっと…目に染みた。


 「うぉおっ」…と思わぬダメージに仰け反りながら、アスタロトは涙目で慈雨を見つめる。彼女が、一番、優しい言葉をかけてくれそうだと思ったからだ。慈雨は、硬い微笑みを浮かべながら…


 「…だ、大丈夫よ。に、臭いの感じ方なんて…ひ、人それぞれ…だもの…」


 と目を逸らす。イシュタ・ルーは、アスタロトに駆け寄ると、その顔をアスタロトの背中に窒息しそうなぐらい密着させて臭いを嗅ぎ…


 「ん…ぷはぁっ………大丈夫だよ!ロトくん!…マッド・スライムの体液よりは…随分とマシだよぉ!…良かったね!!」


 とアスタロトの方をポンっと叩く。そして、マボは…


 「気にするな…。何なら…私が君に、常にバラの香りがする魔法をかけてやるぞ?」


 と手印魔法をかける真似をする。…誰も、否定はしてくれないのね?…アスタロトは、ガックリと肩を落とし、力なく近くの事務机の椅子に腰を下ろす。そして突っ伏す。

 その余りの落ち込みように、「少し、虐めすぎたか?」とマボが慈雨に目配せをし、慈雨も「やり過ぎちゃったわね…」と反省。イシュタ・ルーも「てへっ!ペロ!」だ。


・・・


 しばらく、アスタロトを突いたり、髪の毛を引っ張ったりと…ちょっかいを出していたイシュタ・ルーは、それに飽きると、アスタロトを真似て向かい側の席で突っ伏した。

 そこで、仕方なく…マボが話しを元に戻す。


 「冗談だよ。アスタロト。…おそらく『臭い』については、この『不審なPC』を気取る男が、君への意趣返しとして大げさに書いているだけだ。気にするな。それよりも、この書き込み者の良く分からない所は…何故か匿名で投稿しているところだな。」


 マボは、突っ伏したままのアスタロトの背中に片手をおいたまま思案げに首を傾ける。慈雨も、アスタロトの頭を優しく撫でてやりながら相槌あいづちを打つ。


 「そうねだわね。『システム側が強すぎると認めたTOP19たちにも気づかれずに、僕は潜入調査ができちゃうんだぞ』…なんていう子どもじみた…見えみえのアピールをしている割に…妙なところで奥ゆかしいわよね?」

 「やはり、君もそう思うか。慈雨君。…どうしてだろうな?」

 「う~ん。…おそらく、この彼、本当は誰にも知られることなく秘密を独占して優越感に浸っていたかったんじゃないからしら?」

 「ふむ?」

 「だけど…オフィシャルの<お詫び>記事には、またしても『アスタロト氏の通報により』…なんて余計なことが書いてあったから…優越感を味わっていたのに…冷や水をかけられたような気分になったんでしょうね」

 「なるほど。アスタロトに見破られ…優越感どころか、屈辱的な気分を味わってしまった…というわけだな?」


・・・


 「えぇ。別に目立ちたい…というワケでは無さそうだけれど…、印象的にはシュラくんに上手をいかれた…っていう形になっちゃってるから…何とかして自分の方が上手なのだというアピールをしたかったのではないかしら?…せめてシュラくんだけにでも…意趣返しをしてやりたい…っていう感じで?」

 「…まぁ。結果的に、アスタロトは大きな精神的ダメージを負ったようだが…。奴が、その事実を知ることは…さすがに、もう無いだろうにな」

 「そうね。最初から警戒していれば、彼と本物のジウとの違いは一目瞭然。同じように現れたとしても、次は見逃さないわよ」


 そこで、イシュタ・ルーが興味深げに会話に加わってきた。


 「え!?…見破り方あるの?…何々?どんなところ?…ルーちんには、全然、見分けが付かなかったよぅ?」

 「あのねルーちゃん。ジウは、いつも『忽然こつぜん』と現れるでしょ?…マボさんにも確認したんだけれど、私たちが知る限り…あんな風に前触れもなく一瞬で現れたり、消えたりするのは、私たちプレイヤーの操る魔法では絶対に無理なのよ」

 「そうなんだ。ルー君。魔法では、様々な手順や方法で描画エンジンに対して干渉し、その描画結果をイメージで上書きする…という仕組みを採っている関係上、どうしても描画エンジンとの競合による空間系ノイズとタイムラグが発生してしまうんだ」

 「ふ~ん。そうなの?ルーちん、良くわかんにゃい…」

 「簡単に言えば、現れる前に必ず予兆があるし、去るときにも一瞬で…とはいかずに、フェードアウトするように消える…ということさ。実際、よくよく思い出せば…あの偽者は、消えるときに手印魔法のときに用いる印を結んでいたしな」


・・・


 「ご名答。お見事です。さすがは、魔法大学学長を務められることになっただけのことはありますね。マボさん」


 噂をすれば何とやら…で、忽然とジウが現れた。マボは、隙無くジウの表情をチェック。小憎らしい程の無表情。慈雨も、いつものように嫌悪感からか如実に嫌そうな仕草で顔を背ける。…よし。本物だ。


 「何しに来た?…と、問われる前にお伝えします。例の記事の書き込み者は、残念ながらあの『偽者』ではありません。見ず知らずのPCから、大量の報酬と引き替えにテキスト・ストレージ内の記事を代理で書き込むよう請け負った…一般PCでした。」


 システム側が管理する掲示板へ書き込みだ。匿名だろうと、その書き込み時のアクセス・ログや書き込みIDなどを調査すれば、書き込んだ者など一発で特定できる。例の記事が書き込まれた直後から、ジウたちシステム側の担当者たちは、総力を挙げて「不審なPC」を捜索したのだが…長時間の捜査の結果は、あまり芳しくなかったようだ。


 「しかし、これまでの状況から…いくつか推測できたこともあります」


 いつものような勿体もったいぶった物言いをせずに、事務的にジウは話しを進めていく。アスタロトも、やっと体を起こしてジウに注目する。


 「システム側の強制措置を無視した上で、あれだけスムーズな転移魔法を最小動作で操ることができる…ということは…彼は間違いなくTOP19のうちの一人です」


・・・


 いきなり犯人は19分の1…いや、アスタロトを除く18分の1に絞り込まれた。


 「このリストの18人のうちに…例の偽者は居ます」

 「いいえ…17人よ。フライ・ブブ・ベルゼ…が、そんな奥ゆかしい手を使うはずがないもの…」


 慈雨が、嫌なジウから目をそらしつつ、嫌なブブの記憶に顔をしかめて言う。そして、またそのまま黙り込む。


 「それを言うなら…16人のうち…だな。この上から4番目の『ジュピテル』…という男とは…私は少しだけ…面識があるのだが…この男も、そういうまどろっこしい手を使うような奴では無かったハズだ」

 「ふむ。慈雨さんとマボさん…アナタたちお二人が言うのなら…間違いないでしょう。そういう…考え方をするのであれば…さらに18番のジーパンさんと19番のカミさんについても除外できますね。…そもそも、このお二人には、そこまで高度な魔法を操る実力はありませんし………おっと、しまった。特定のプレイヤーの情報を私が漏らしてはいけませんね。聞かなかったことにしておいてください」


 しまった…という色を無表情のまま浮かべるという器用な真似をしたジウは、次にアスタロトの方に向き直り、小さく頭を下げる。アスタロトが…?…と視線を送り返すと、ジウは改まった口調で、こう切り出した。


 「アスタロトさんに、実は、システム側からの仕事の依頼があるのですが…」


・・・


 「依頼?…俺に?…システム側が?………いったい、何を?…どんな?」


 予想外の申し出に、大量の疑問符がアスタロトの頭上を飾る。


 「はい。アスタロトさんにしか…出来ないコトです。ちょっと、お耳を拝借…ごにょごにょごにょごにょ…」


 ジウは、アスタロトの傍に歩みよると、途中から声を潜めてアスタロトの耳元に口を寄せ、依頼の内容や詳細を囁いた。


 「!!!…えぇぇぇぇえええええ???…嫌だよぉ。そんな、何か卑怯な…」


 ジウが何を囁いたのかは不明だが、アスタロトは露骨に嫌そうな顔をして拒否する姿勢を見せる。マボが、不満そうに口をだす。


 「何だ?…私たちには聞かせられないような…ヤバイ依頼なのか?」

 「………うぅ。あぅあぅ…い、言えない…かな?」


 ジウに確認の視線を送った後、アスタロトはマボに「ゴメン」と頭を下げる。

 ジウは、どうしても依頼を受けさせたいらしく、言葉を続ける。

 無表情ながらも、真剣さが読み取れる顔をアスタロトの顔に近づけて繰り返す。


 「何度でも言いますが…これが、出来るのはアナタだけです。アスタロトさん」


・・・


 「う~ん」


 考え込むアスタロト。


 「…実は、当初、今回の偽者騒ぎの犯人は…アスタロトさん。アナタだと疑われていたんです。私は、ここへは『今、私が来ませんでしたか…』などという不可思議な発言をしながら訪れましたが…それは、アナタが嘘をつくかどうかを確認するためでした」

 「あぅ?…ど、どういうこと?」

 「私は、あの時、大急ぎで各プレイヤーのところを巡回するため、挨拶もそこそこに各プレイヤーへ緊急接触制限措置について告知して回りました。…何人目かを訪問したあたりから…連絡を聞いたプレイヤーさんが不思議そうな顔をして『さっき聞いたけど?何か変更点でもあるの?』という反応をするようになったんです」

 「…まぁ…同じ話を二度聞けば…そういう反応になるよねぇ…」

 「私は、直ぐにシステム側の担当者全員と連絡を取り合い…状況が明らかになるまでは、騒ぎを大きくしない方が得策だ…という結論に達しました。ですから、そのまま各プレイヤーの所には巡回を続けたんです。巡回したかどうか…忘れてしまったので念のため再度お邪魔した…などと誤魔化しながら」


 なるほど。真相が明らかでない段階での判断としては、まぁ妥当な行動だろう。アスタロトは納得しかけて…慌てて問い質す。


 「じゃぁ…なんで、俺のところだけ『今、私が来ませんでしたか?』…何て、異常を仄めかすような言い方してきたの?」


・・・・


 「だから、さっき…先に申し上げたではありませんか。並み居るTOP19にも気づかれず、私たちシステム側の担当だと信じさせるような芸当ができるのは…アスタロトさんぐらいしか居ない…というシステム側の総意で、私に確認するよう指示が出たんですよ」

 「…っと、ちょっと待て。俺は、そんなコトしたりするような奴じゃないぞ!?」

 「えぇ。私は存じ上げてます。ですが、我が社のCOOは…何かとアナタを疑いたがる癖がありましてね。見た目を私のように誤魔化すのは、マボさんに幻影魔法をかけてもらうことで可能ですし、私たちのように『忽然』と姿を現し、そして消し去るのは…それこそアスタロトさんにしか…できないハズなんです」


 その言葉に、黙っていたマボが再び反応する。


 「ちょっと待ってくれたまえ。ジウ。君は…さっきから、アスタロトになら…忽然と出たり消えたり…できる…と、そう言っているように聞こえるのだが…?」

 「あぁ…。もう、面倒臭いですね。マボさんは、申し訳ありませんが口を出さないで、下さいませんか?…アナタは、慈雨さんやイシュタ・ルーさんと違って、未だにアスタロトさんとのGOTOS契約を結んだワケでも無いんですし…お二人を差し置いて、込み入った話に口を出すのは…いかがなものでしょう?」


 そう。マボは、領土争奪戦後も、結局、まだアスタロトからのGOTOS契約の申し出に承諾をしていないのだった。戦いに負けた以上、従わなければならない…と一旦は覚悟を決めたのだが…マボの苦悩の表情を見て取ったアスタロトが「無理矢理にGOTOSになる必要は無い」と言ってくれたのだ。その気になった時に、いつでもOKだと。

 ジウの指摘に、マボは反論することが出来ず…押し黙る。


・・・


 それに追い打ちをかけるようにジウが言う。


 「…アナタにだって、アスタロトさんに言えないような事情がある…だからGOTOSになるのを躊躇ためらっているんでしょう?…GOTOSで無い以上、アスタロトさんの個人データを、当然のように聴いていただいては困るんですが…」


 いつにない攻撃的なジウ。ひょっとして、今回も偽者か?…と思うぐらいの激しい口調だが…その顔は、不気味なほどの無表情であり…ジウがジウであることを証明していた。

 おそらく、どうしてもシステム側の依頼をアスタロトに受けてもらいたいのだろう。その切実さが、ジウから女性への優しさという配慮を忘れさせる程に余裕をなくさせているようだ。

 アスタロトは、しかたなく詳しい話を聞くことにした。


 「あんまり酷いコトをマボさんに言わないでよ。GOTOSじゃなくたって、マボさんは俺のことを心から心配してくれてるんだから。それは、ルーや慈雨さんだって認めてることだし…間違い無く、俺の仲間なんだから」

 「…申し訳ありません。ただ、アスタロトさんにはご理解いただけていると思いますが…この件については、GOTOSであるお二人にさえ、お聞かせできない情報も含んでおりますので…つい…」

 「うん。分かった。ジウも必死なんだね?…あのクリエイター氏に叱られちゃうのかな?…話だけでも聴くよ。俺には意味が通じてるから、差し支えない表現だけ使って、依頼の内容と俺に頼む理由を説明してよ」

 「………かしこまりました」


・・・


 アスタロトの思いやりある言葉に、さすがのジウも普段の冷静さを取り戻す。マボに向かって深々と頭を下げて、非礼を詫びると説明を始めた。


 「…少し言い過ぎたようです。マボ様。申し訳ございませんでした。しかし、これは『デスシム』世界の運営に関わる大事な依頼なのです。疑問に思われる点がお有りになっても、申し訳ありませんが…詮索はなさらぬよう…ご理解をお願いします」


 やや青ざめた顔になりながらも、マボは了承の意を小さく頷いて返した。


 「さて、まず。依頼の内容を簡単に申し上げます。アスタロトさんには、私の姿になっていただき、各TOP19の所へ巡回していただきます。各TOP19に面会したら、私でないことがバレないように…上手く芝居をしていただき…システム側からのメッセージを1つだけ伝達してきていただきたいのです」

 「…さっきも、小声で聴いたけどさ…それって、まさに例の『不審なPC』がやったことと同じコトだよね?………それって…卑怯な気がして気が乗らないんだけど…」

 「行為は同じですが、目的が違います。『不審なPC』は自分以外には、あんなコトは出来ないという自信があるはずです。そこに油断が生じるハズです。…しかし、私は残念なコトに、その『不審なPC』と遭遇していません。アスタロトさんなら…油断した相手の気配を感じ取り…『不審なPC』と同一であるか…判断できるハズです」


 つまり、ジウは、アスタロトにシステム側の手先として犯人捜しをさせようと言うのだ。


 「…それで。伝達する内容は?」


・・・


 少し考え込んでから、アスタロトは説明の先を続けるようジウに促す。


 「お伝え願いたいのは1点。…内部時間で1週間後に、今回の情報漏洩に関する救済措置が必要かどうかを協議する『TOP19会議』を開催するので…参加の意向を3日以内にシステム側に回答して欲しい…それだけです」

 「…と、『TOP19会議』?…ら、ライバル同士を…い、一堂に会しちゃうの?」

 「そうです。現在、先ほど絞り込んだ16人のうち、どのTOP19が『不審なPC』であるのか判明していませんが…その者だけが、他のTOP19の情報を不正に入手した…という状況にあります。会議の名目は…その状況に対する救済措置が必要かどうか…を話し合っていただくというものですが…この会議自体が、ある意味、救済措置なんです」

 「なるほど…。いっそのこと、同じ程度の情報は、全員に与えてしまえ…ということだね?…ふむふむ…そうか…それなら…」

 「はい。『TOP19攻略ガイド』なる、ふざけた記事が投稿されてはいますが…あれが全て真実かどうかは…各TOP19は懐疑的に受け止めています。一般PCたちは、喜んで信じ込んでいるようですがね。ある程度の強さのプレイヤーは、そう簡単に情報を信じたりはしないものです。…だから、現在、『不審なPC』だけが優位であることは間違いがありません」


 アスタロトは考えた。なるほど。ならば、自分が少しだけ先に各TOP19に接触したところで、それほど卑怯ではないだろう。それに、自分は「真の名」などを聞きだそうとするわけではなく、言われたとおり情報を伝達するだけなんだから。…そう自分を言い聞かせる。もともと、ライバルたちの情報は入手したいと思っていたのだ。

 そして、数10分後。アスタロトは依頼を受諾し…巡回へと出発した。


・・・


次回、「カミとの遭遇(仮題)」へ続く…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ