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(39) 総力戦…?

※今回、ちょっと長いです。すいません。

・・・

 

 常になく緊張した面持ちで、クリエイターは集まった全員の前に立っていた。


 いつもの人を食ったような表情は欠片も見せず、若干仰け反ったようにも感じられる不遜な姿勢も、今は背筋が真っ直ぐと伸ばされている。

 この場所に最後に現れた者が到着してから、既に十数分が経過している。

 待てば、まだ協力者が現れるかもしれないが、既に集合している者の戦意が時間の経過とともに低下していくのは避けられない。

 長時間の緊張は、各種ステータスへも悪影響を与えるのだ。


 集まった協力者一人ひとりの顔を順番に見回して、クリエイターは決断する。

 今が、全員の力を最大に発揮できるギリギリのタイミングだろう。

 ならば、もう躊躇する必要はない。今が…その時だ。


 「諸君!…今からの闘いは、この世界の命運を賭けた闘いだ。この世界に生きる者、全ての希望を守る尊い闘いであることは間違いない。だが、それを知る者は少なく、危険なこの領域には、我々の闘いを見守る観衆も無い…」


 クリエイターが、集まった協力者に向かって檄を飛ばす。

 集まった者たちからは、どよめきも…ざわめきも無い。


 「申し訳無いが、諸君等が生き残れるという保証は、この私にも出来ない…」


・・・

 

 自分の無力さを恥じて、俯き、唇を噛むクリエイター。

 しばらくの無言の後、再び顔を上げてクリエイターは続ける。


 「だが、だからこそ互いに約束を交わそうではないか!…必ず、全員…そう、一人も欠けることなく、再びここに戻ってこようと!!…形式に拘るのは柄ではないが、その誓いを確かなものとするため…号令をかけるから、番号で応えてくれ!…番号!」


 クリエイターの号令に、ジウが応える。


 「イチ!」


 嫌々…という感じで、左端が応える。


 「ジュウ…」


 ジュウ?…それに、続いてフー、ジーパン、ヴィアが…


 「ヒャク!」

 「セン!」

 「マン!」

 「………」


 白けた空気が場を支配し、気のせいか激しい乱気流の音も一瞬止んだような…


・・・

 

 <<…何の・茶番・だ?…我々は・主の・後方支援で・忙しい・ノダ。キサマらの・コントに・付き合う・余裕など…無いぞ?>>


 ビュート・ベルゼが無数の羽音を合成したような音声で、真面目にツッコミを入れる。

 付き合う余裕は無い…と言いながらも、ツッコミを入れるだけ律儀だと言えよう。


 「…で、結局…本当に…これだけですか?」

 「はい。皆さんへお送りしたショートメッセージは、一応…全て既読にはなっているのですが…」


 左端の確認に、ジウが応える。

 フーは、茶番に付き合ってしまった自分を恥じて、顔を真っ赤に染めている。


 「はっ。マンの軍勢が集まったんだ。臆病な連中を、今から無理矢理呼び出したところで足手まといになるだけだぜ…さっさと作戦とやらを教えな!」

 「マン…の軍勢ね…。いったい僕たちは何マンなんだい?…ヒーローを気取る気は僕には無いんだけど…」


 妙にテンションの高いヴィアに、少しピントのズレた疑問を投げるジーパン。

 とにかく、今から始める作戦に投入できる人員は、指揮官であるクリエイターを含めても6人しかいない。

 既に孤独な闘いに身を投じているブブと、そのGOTSSであるビュート・ベルゼを編入したとしても8人…つまり、10人にも届かないのだ。


・・・

 

 この地獄の業火か、はたまた世界を焼き尽くす劫火か…という超高熱と、その逆サイドに凝る極低温とが生み出す激しい乱気流を前に、8人というのは非常に心許ない人数だ。

 そもそも、乱気流の渦の半径自体が千㎞に達しようかという超大型の台風クラスの規模なのだから、それに8人で挑むというのがどれだけ無謀か想像がつくだろう。


 いや。無謀と言うならば、8人どころか…今、現在もたった一人で孤独な闘いを挑み続けているブブこそが、もっとも無謀の称号を得るに相応しいだろう。

 それでも、ブブは真っ先に、この危機的現象へと駆けつけ、人口にして100人満たないような小さな集落を守るために、躊躇無く、この熱と乱気流の渦へ飛び込んだのだ。


 この世界を崩壊から救えたとしても…その過程で、自らは「この世界での命」を落とすかもしれない。

 しかし、それでも…ここに集まっているのは、この危機的現象へと、今から果敢に挑もうと心に決めた者たちだった。


 だから、多少のお茶目は、許されて然るべきだろう。

 もっとも…左端やフーは、クリエイターから与えられたセリフを嫌々読まされたに過ぎないが。一方、ジーパンとヴィアは、景気づけにはそのぐらい茶目っ気をだした方が丁度良い…という意見で、自主的に号令に従ったのであるが。


 左端とフーに対しセリフを読むよう強要したクリエイターも、ここに参集しなかったTOP19たちに協力を強制しようとは考えなかった。

 この闘いは、この世界での【死】に対する、各人の想いを確認するものでもあった。


・・・

 

 (…面白いなぁ…全く。全員が【死にたくない】…という同じ想いを共有しながら、しかし、その想いが反映された結果であるところの行動については、こんなにも大きく判断が分かれるんだから…)


 人類の「心」という「未だなお未知なるモノ」の真理を解明しよう…というのが、クリエイターの究極の目標である。

 それを仮想の世界において完全に再現し、最終的には現実世界の技術へと応用、反映しようというのが彼の真の望みだ。

 だから、クリエイターは深いところでの各人の選択や判断に、無闇な干渉をする気は毛頭なかった。

 「心」の真理の解明には、自由意思でなければ、観察する意味がないのだから。


 「…ん?…すまない。ちょっと、失礼…」


 急にクリエイターが、眉間の辺りを人差し指で押さえて眉根を寄せる。

 自分の内面と対話しながら考え事をするときのような仕草だが、どちらかというと、携帯端末に不意に着信があった時のイメージの方が近かった。

 つまり…


 『ねぇねぇ、質問!…TOP19たちの大半が参加しない気持ちは理解できるんだけどさ、オッサンやジウの仲間の…システム側のPCが全然来てないのは何でなの?』


 クリエイターの額の内側、コンソール・モニタにアスタロトからの問いが表示される。


・・・

 

 「…アスタロト君からだ…」


 クリエイターが、急に妙な態度をとった理由を皆に説明する。

 憎しみの対象であるアスタロトの名前を聞いて、ジーパンとヴィアが顔を顰める。


 「アスタロトだぁ…?そう言ゃぁ、あの野郎は来てないな。怖じ気づいたか?」

 「ふん。正義の味方気取りのアイツも、さすがに今回ばかりは自分が能無しだって思い知ったんだろうさ」

 「…あぁ。あの野郎を賞賛してくれるギャラリーも今回はいないからな。打算的なあの野郎は、自分の評判が上がらないような場合にゃ、正義家業も休業にするんだろうよ」


 ヴィアとジーパンがアスタロトの悪口を言っている間に、クリエイターはアスタロトとの対話を開始した。


 「何だね?…どうしてそんなコトを訊く?」

 『だってさ。TOP19たちより、システム側のPCの方が転移コマンドとか…色々と使えて、危機的現象に立ち向かうには適任なんじゃないの?』

 「そんなコトか…。君が思うほど、システム側のPCというのは万能じゃないんだよ。前に教えなかったかな?…システム側PCといえども、一般PCと同じ描画エンジンにより存在しているコトに違いは無いんだと…」

 『それは…聞いたけど…』

 「攻撃魔法や防御魔法を習得するには、それ相応の経験が必要でね。告知の伝達を主な業務としている連中をココに招集しても、全く役に立たないんだ」


・・・

 

 『…そうなの?…いざという時に、役立たずだね…』

 「君がそれを言うか?…女性陣に軟禁されたまま逆らうコトもできない…君が。もっとも…HPもMPも初期値になった最弱の君が、この場へ来たとしても、乱気流に触れただけでもロストしかねないが…」

 『俺からHPとMPを奪ったのはアンタだろ!オッサン!…元に戻してくれたら、俺だってソコへ駆けつける気はあるよ!』

 「…ふっ。回復魔法すら満足に習得していない君が?…ここへ来て、いったい何をするって言うんだね?…それに、HPとMPの操作は、遠隔では出来ないんだ。出来ないことをアレコレ仮定しても無意味だな」

 『………最初は、そんな状態の俺を呼ぼうとしてたくせに…』

 「ふん。あの時とは、もう、状況が違うのだよ、状況が。攻略の糸口を見つけるために、君を私とジウの防御魔法で保護してでも、ここで君に色々と観察をして欲しかったんだが…ビュート君のお陰で、その必要も無くなった」

 『………』

 「おっ。自分の無力さに、やっと気が付いたかね?…超役立たず君。まぁ、しかし、あまり自分を卑下するコトはないぞ。君が、ブブ君の行動に気づいてくれたからこそ、今からの我々の作戦に思い至れたんだからな。一応、感謝しているよ。ふふ…」


 クリエイターは、これ以上はアスタロトと会話する意義は無い…そう判断して、一方的に話を終了した。

 ジーパンとヴィアには、クリエイターの発言しか聞こえていなかったのだが、憎きアスタロトが、クリエイターから散々な言われようだったということは理解できたため、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。


・・・

 

 その二人を見て、不意にジウが疑問を思いつき、問う。


 「…そういえば、ジーパンさんとヴィアさんのお二人は、いつもは…破壊行為を…この世界の幾つものシティやタウンに、タウンアタックなどを仕掛けるのをお好みだったと思いますが…今回は、どうして、世界を救う側に協力してくださるんですか?」


 その質問を受けて、ジーパンとヴィアの表情から笑いの成分が抜け落ちる。

 少し、考え込むような間の後で、ヴィアが答える。


 「…そりゃぁ…お前。俺は、自分の破壊行為を…弱っちい一般PCどもに見せつけたいんであって、他人の破壊行為を見たいワケじゃねぇからな。憎しみだろうと恐怖だろうと何でもいいんだが…とにかく、それを身に受けるのが俺の目的だからよぅ…」

 「そんな恥ずかしい自己紹介は良いから、シンプルに言えばいいんだよ。僕の理由は単純さ。破壊と殺戮は、僕の役割だ。どこの誰だか…何だか…も分からないこんな現象に、その役割を奪われるのは面白くないからね」

 「あぁん?…同じじゃねぇか!!…まぁ、いいけどよ。ってことで、さっさとコイツを片付けて、いつも通り俺たちが破壊を愉しめる世界に戻そうぜ!」


 質問したジウは、訊かなければ良かった…と、目頭を抓んで頭痛に耐えているが、その特異な「心」の有り様を知ったクリエイターは、満足そうに頷いた。


 「そうだな。さっさとこの世界での日常を取り戻そう。君たちが力を貸してくれれば、必ずそれが出来る。それでは、作戦の概要を説明するから聴いてくれたまえ…」


・・・

 

 クリエイターは、一度緩みかけた表情を再び引き締めて、左端、フー、ジーパン、ヴィア…そしてビュート・ベルゼの顔を一人ひとり見回す。

 皆、覚悟を決めた「いい顔」をしている。

 もっとも、ビュート・ベルゼの表情だけは、全く読みようがないのだが…


 しかし、これならイケる…クリエイターはそう確信した。

 この危機的現象の発生原因もメカニズムも未だ不明のままだから、いきなり解決…というわけにはいかないだろうが、少なくとも原因の解明まではイケるだろう。

 そして、原因さえ解明できれば、メカニズムは自分の頭脳で何とか明らかにしてみせる。それができないような頭なら、ジウの餌にでもくれてやる!

 最後にジウの顔に目をやり、よく意味の分からない気合いを心の中で入れて、クリエイターは作戦の説明を開始した。


 「この作戦を実行するにあたり、まず、2名ずつのチームを編成する。まぁ…改めてチーム決めをする必要は無いだろうな。いつもの相棒とチームを組んでくれ。私は…仕方がないからジウを従えるとしよう」

 「…仕方がない?…従える?」

 「うるさいぞ、ジウ。ブリーフィング中に無駄口を叩くな。ビュート君は、これまでと同じことをブブ君と共にやってくれれば良い。いいかな?」

 「ふっ・キサマに・言われる・までも・無い…」

 「さて、ブブ君のチームを除く他の3チームは、まず第一の目標として、この危機的現象の原因を探ることだ。幾つかの予想はあるのだが、それを実際に目視、または、客観的な観測により確認しなければ、確実な対応は取れない」


・・・

 

 「…つまり、この乱気流をくぐり抜け、超高熱の領域の中心近くまで突入して…その原因とやらにタッチしてくれば勝利…そういうルールか?」


 ヴィアが、クリエイターの作戦の意義を、自分なりの解釈へと変換して確認する。


 「いや。別に競争じゃないですから、勝利とか…は無いと…」

 「ふむ。面白いじゃないか。競争ね。そういうのも盛り上がって面白そうだな。じゃぁ、最初に現象の中心を暴露して、原因を確認したチームには…私から10万CPを進呈しようじゃないか…」


 ジウが入れた真面目なツッコミを遮って、クリエイターは歯をむき出して笑う。

 今から挑む困難なミッションには、必死の形相で挑むよりも、ヴィアの言うようなお祭り騒ぎにしてしまった方が、不必要な力が抜けて良いかもしれない。


 「その代わり、私が勝ったら…どうしようかな…ふっふふふふ…楽しみだ」

 「な、何考えてるんですか!?…駄目ですよ、システム側のPCとしての節度をもっていただかないと…ふ、不当な一般PCへの干渉はCEOが…」

 「ちぇっ。つまんない奴だな…お前は。よし、それじゃぁ、作戦を実行するぞ」


 クリエイターはそう言うと、無表情にジウの襟首をむんず…と掴み、見事な体捌きで勢いよくジウを投げ飛ばす。


 荒れ狂う乱気流の向こう。超高熱の領域へと向けて…。


・・・

 

 「うわぁあああああああああああああああああああああ………」


 くるくると激しく回転しながら、もの凄い勢いで現象へと飛び込んでいくジウ。

 投げ飛ばしたクリエイターは、唖然として見守る左端たちに向かって説明を始める。


 「…ということで、まず我がチームが攻略の手本を見せるから、後は、君たちで銘々に工夫して、ゴールを目指してくれ給え。ヒントは、冷却系長持続魔法だ。もちろん、耐熱性防御魔法の出番もあるかもしれないが…おっと、あまり先行させると、ジウの奴が燃え尽きてしまうな…。では、作戦開始だ!」


 言い終わるや否や、クリエイターはショートレンジの転移コマンドを連続発動して、まるで超高速のコマ送りのように先行するジウへと追いついていく。

 手本…とやらを見逃さないように、左端とフー、ジーパンとヴィアの2チームも、飛翔魔法をアクセラレートして、クリエイターの後を追う。

 4人がついてきていることを、肩越しにチラッと確認して、クリエイターは詠唱魔法を唱え始める。


     【ゲエンナの底闇…永久の凍土…捕らわれし3面の悪魔…】


 長文の第1節目。クリエイターを中心として、空間が怪しく歪み始める。

 詠唱が不要な手印魔法でも同じ魔法効果を発動できるクリエイターだが、どのような魔法を使用したかを左端たちに教えるため、敢えて詠唱魔法を使用する。

 乱気流や高熱による影響で、手印が上手く結べない場合も想定しての選択でもある。


・・・

 

     【インプリゾンメント・トゥー・ザ・グラヴィティ・シンギュラリティ】


 意味と目的を込めた第2節目の詠唱。

 地獄の底。嘆きの川の第四円。光をも閉じ込める超重力の監獄。その特異点と化した重力の作用が分子の熱的振動すらも縛り付け、身動き出来ぬように凍り付かせようと、さらに空間が歪み続ける…。


     【堕天冥王監獄縛だてんめいおうかんごくばく


 叫ぶワケでもなく、極めて静かに口ずさまれる第3節目。

 第2節目で意味を与えられた魔法に支配された空間が、第3節目の詠唱により名前を与えられ、この世界に影響を及ぼしうる現象として顕現する。

 空間の歪みは究極に達し、光すらも自由を奪われて闇色に淀んだ巨大な領域を形成する。その闇色の空間は、最初はゆっくりと…徐々に勢いをまして、やがて怒濤のようにジウの飛ばされた領域をも巻き込んでいく。


 「あ、あつ…熱い…や、焼け死ぬぅうううう………う?…ん?」


 乱気流を抜け、超高熱の領域へと突入しかけていたジウ。

 その灼熱の洗礼を受けて恐慌を来たしかけていたジウが、不意に叫びをやめて疑問の声を上げる。


 「ふぅ…はははは…あ?…うっ…ぶぶぶぶ…こ、こ、凍え死ぬぅうううう…!」


・・・

 

 安堵と安らぎ、安心からくる笑い、直後の違和感、そして震え…絶叫。

 その賑やかな奇声を受けて、ジウの隣まで追いついてきたクリエイターが言う。


 「ふむ。なるほど灼熱から極寒への変遷において、人は熱いか冷たいの2値的な反応返すわけでは…やはり、ないんだな。想定した通りだが、大変参考になった。…ところで、愚か者よ。さっさと、環境防御モードを「気密」に、レベルを最高値に引き上げないと、本当に【死】に及ぶぞ?」


 「ぎがっ!!…く…ぷ…ふぅ…はぁはぁはぁ…な、何てコトするんですか!?…じ、事前に教えておいてないと危ないじゃないですか!?」

 「そのぐらいの機転は、我がシステム側の天使長としては自分で働かせて欲しいものだな。ジウの名が泣くぞ?…ま、反面教師としては、後方からついてくる左端君たちには大いに参考になったと思うがな」

 「それにしたって、やりようが…」

 「おい。無駄話を続けている余裕は無いぞ?…【堕天冥王監獄縛】が攻撃魔法だということを忘れるな、その魔法圏域内に長く留まったらシステム的にHP低下のダメージ判定をくらいかねない。攻撃の前方…熱と【堕天冥王監獄縛】の影響が打ち消しあう領域を見極めて先行しないとならんのだからな…それっ!」

 「あ…ま、待ってください!」


 言葉と同時にショートレンジの転移コマンドにより、クリエイターは【堕天冥王監獄縛】の前方ギリギリへと飛翔する。手足をバタつかせて体の回転を抑えたジウも、それにならってジャンプした。


・・・

 

 「ここから先、油断は一瞬たりともできないぞ、ジウ。魔法の持続時間を見極めながら、二人で交互に魔法を再発動させて…MPの消費量も極力抑えないと、安全な領域まで生きて帰ることもできないからな。行きはヨイヨイ、帰りはチ~ン!ってなことにはなりたくないだろう?」

 「く、クリエイター、こ、これって中心に向かうほど温度が上がるんですよね?そうすると、【堕天冥王監獄縛】の圏域外で温度的にうまく打ち消しあう領域って…どんどん狭くなってくってことじゃないですか!!」

 「まぁな。そのとおり…だから、二人で1チームなんだ。全員でチームを組んでも、その安全な温度領域に入りきれなかったら意味がないらな」

 「うへぇ…それじゃ、これから先、クリエイターと密着しないといけないんですか?」

 「む。私にそういう態度をとると…どうなるか分かってるんだろうな?」

 「…ご、ごめんなさい。よろしくお願いします」


 攻撃魔法の前面を常にキープしなければならないというのに、二人が呑気に話をしていられるのは、【堕天冥王監獄縛】という魔法の特性に理由がある。

 【堕天冥王監獄縛】は、その名の最後の一文字が【縛】という字であることからも分かるように、フーの操る【六縛呪(りくばくじゅ)】と同様に、相手を拘束する効果を持つ攻撃魔法だ。

 対象物と接触するまでは通常の攻撃魔法と同様に、回避が困難な速度で飛来するが、対象物と接触すると通常はその動きを止め、魔法発動者が更なる攻撃を仕掛けることができるようにする。

 だが、今、この高熱領域はあまりにも広大であるため、【堕天冥王監獄縛】はその効果を発揮しながらも、束縛を完了できずにジワジワとその触手を伸ばし続けているのだ。


・・・

 

 その触手は、対象を完全に捕縛するか、魔力…すなわち魔法発動者のMPが一定水準を下回るまで、対象物の本体を目指して侵食を続ける。


 本来、対象物の捕縛を果たしていない【堕天冥王監獄縛】の侵攻速度はもっと速く、クリエイターの飛翔速度・転移速度をもってしても、等速度で一定距離を保つなどということは不可能だ。だが、高熱領域の輻射圧力を受けて【堕天冥王監獄縛】の侵攻速度は、ジウでも制御可能な程度の侵攻速度となっていた。


 「…クリエイター。でも、左端さんとフーさんなら、同じような冷却系の攻撃魔法を習得しているかもしれませんが…ジーパンさんとヴィアさんの二人に…果たして同じ真似ができますかね?」

 「………あ。……ん…。ま。…出来なけりゃ、それに気づいた段階で離脱するだろう。ヴィア君が、勝負だとか元気の良いコトを叫ぶから、うっかり彼らの実力の程を失念していたよ。まぁ…彼らの活躍は、あまりあてにしないでおこう」

 「な…なんて、無責任なんだ…」

 「気にするな。今に始まったコトじゃない」

 「自分で言わないでください!」


 自称この世界の「神」とその右腕の「天使」が、軽口を叩きながらも必死の温度コントロールを試みている…その後方では、左端が魔法の詠唱を始めていた。


     【ゲエンナの底闇…永久の凍土…捕らわれし3面の悪魔…】

     【インプリゾンメント・トゥー・ザ・グラヴィティ・シンギュラリティ】


・・・

 

 光がその自由な飛翔を妨げられるほどに…空間が歪み、闇色の領域が誕生する。


     【堕天冥王監獄縛…】


 囁くような左端の詠唱。

 左端が選んだ魔法も、クリエイターが発動したのと同じ【堕天冥王監獄縛】だ。

 何故か普段は積極的には魔法を使おうとしない左端だが、その魔法の実力は、クリエイターが最適だと判断した超上級魔法を、同じレベルで発動できるだけの域に達している。


 フーは、敬愛する左端の魔力に感動を覚えながらも、【堕天冥王監獄縛】が顕現し終える前に、その射線上の高熱領域へと飛び込んでいく。

 クリエイターやジウほどの飛翔速度・転移速度を持っていないフーには、先を読んで行動しなければ、安全な温度域に身を置くことができない。

 後から追いかけて…などということは、極めて困難な技なのだ。

 クリエイターがやってのけた、極めて非常識な芸当など真似しようとも思わない。

 実際、クリエイターが事前にジウを投げ飛ばしたのも、ジウですら後方からのアプローチが難しいとの判断によるものだと思われるからだ。


 だが、そのジウですら困難だと思われる後方からの跳躍を、左端は表情を変えずにやってのける。

 フーは左端への尊敬の念を新たにして、潤んだ瞳で左端の顔を見つめる。

 だが、左端にも決して余裕があるわけでは無かった。

 普段の気弱そうな顔が無表情となり、額には冷や汗が滲む。


・・・

 

 フーに不安を抱かせまいと無表情を装っている左端だが、この高熱領域において【堕天冥王監獄縛】を長時間持続するということが如何に難しいことかを、その猛烈なMPの消費速度と、「集中力」ステータスの減少速度により思い知らされていた。


 (これは…。格好をつけていられる状況ではありませんね…)


 左端は、並んで飛翔するフーに視線を送る。

 小さく頭を傾げて、「何ですか?」という表情をするフーに、左端は確認をする。


 「フー…。フーは、冷却系で持続時間が長く…勿論、冷却効果も最上級レベルの魔法…使えるモノはありますか?」

 「え・ぇ・エ?…あ。はい・ぃ・イ。左端様ほどのモノではありませんが・が・ガ…」

 「参考までに、その魔法名は?」

 「け…【血涙凍結悔恨裂波けつるいとうけつかいこんれっぱ】を・を・ヲ」

 「ほう…。冷却能力としては【堕天冥王監獄縛】に匹敵しますね。良くそれだけの魔法を習得していてくれました。素晴らしいですよ…」


 左端が優しくフーの頭を撫でる。フーは目を細めて嬉しそうに笑う。


 「…しかし、【波】系なんですね。持続力はある程度、期待できますが…その波の進行に上手く合わせないと…安全温度領域に留まるのは難しいですね。直線的に単純に飛翔しているだけではいけない…ということか」

 「だ・だ・ダ…駄目でしょうか・か・カ?」


・・・

 

 叱られるのを待つ子どものような不安げな表情をするフー。

 そんなフーを励ますように、左端は彼女の頭を優しく撫でる。


 「もし、フーが適した魔法を持っていなければ、俺のMPの回復役に徹してもらおうと思いましたが…そうですね。色々と試してみましょう。そろそろ、俺のMPも一定値を下回ります。フー、魔法の詠唱に入って下さい」


 フーは嬉しそうに笑い、そして直ぐ緊張した面持ちになって…そして唱え始める。


     【嘆け・け・ケ!永久とわに噛まれし3人の裏切り者・の・ノ…】


 地獄の底。嘆きの川の第四円。光すらも囚われた闇の中に半身を凍り付かせた三面の悪魔の牙に、永遠に苛まれ続ける運命に堕とされた3人の裏切り者。

 その怨嗟が、その永遠の凍土をさらに凍り付かせる闇の循環。


     【クライ・アンド・シャウト・ト・ト!ザ・ベトレイヤー・ー・ー】


 第1節に続き、第2節で、その3人の裏切り者へと罵声を浴びせかけ呪力を喚起。

 そして、最後の第3節目で、喚起された魔力に名を与えて顕現させる。


     【血涙凍結悔恨裂波・っ・ッ!】


 その効果が干渉し合わぬように、左端は【堕天冥王監獄縛】を終了させた。


・・・

・・・

 

 「おい。…ヴィア?…何をしてる?…僕たちもさっさと飛び込むぞ」


 乱気流に翻弄されないよう耐えながら、ジーパンはヴィアに声をかける。

 しかし、ヴィアは困ったような顔をしてジーパンに首を振る。


 「俺の魔法にゃ…アイツらみたいな都合の良い奴は無いぜ…。ジーパン…お前には、あるのか?…あんな感じのよく冷えて、長持ちする魔法がよぅ?」

 「無い!(きっぱり)」

 「じゃぁ…無理じゃね?…どっかから法具魔法用の超高価なアイテムを盗んでくるか、ダンジョンの奥底からレア・アイテムでも発掘してこねぇと…」

 「何だよ?…『さぁ勝負だ…』とか威勢良く言ってたくせに!?…ヴィア、お前はノープランだったのか?」

 「うるせぇな…。クリエイターの野郎が、何か都合の良い道具でも配布するかと思ってたんだよ。協力を依頼してきたぐらいだからな…」

 「…今は23世紀だけど。22世紀に誕生するとか予言されてた便利な青い狸型ロボット…なんて物は実現しなかったんだぞ?…何だよ『何か都合の良い道具』ってさ」

 「ちっ。テメェも役立たずのクセして偉そうに言うなよ。もし、俺がクリエイターみてぇな魔法を使えたとしても、相棒のオメェが使えなかったら結局、意味無ぇだろ」

 「…ふぅ。ま。それもそうか…どうしよう?」


 二人が乱気流に揉まれて不毛な議論を続けていると…突然、二人の体に黒い虫のようなものが襲いかかってきた。


・・・

 

 「ぶっ…ぶわっ…な、何だコレ。き、気持ち悪いな…しっ、しっ…アッチいけ!」

 「げげげ!?…何かネバネバしてる?…おわっ。体にくっついて来やがった!?」


 突然のことに、ややパニックを起こしながら、二人は必死に黒い物体から逃れようとするが、あっと言う間に為す術もなく体全体を包まれてしまう。


 (…落ち着け・愚か者…。主を・休ませる・間…1度だけ・キサマ等に・助力・してやる・から…必ず・原因を・確かめて・来い…)


 二人の耳までをも覆った黒い粘膜が、虫の羽音のように細かく振動し、合成音のような響きで言葉を伝えてくる。

 それで、二人はパニックから復帰し、互いに顔を見合わせる。


 「…お、お前ぇは…さっきの…えっと…」

 「ビュート・ベルゼとか言ってたね。第3位のGOTSSの…。僕たちに力を貸してくれるって言ったな?」


 (我々が・冷却系の・攻撃魔法で・キサマ等を・覆ってやる…)


 その音声と同時に、二人を包む黒い皮膜が一斉に青い光を発し始める。

 影響範囲は小さいが、確実な冷却力と持続力を持っているらしい。本来は、包み込んだ内側に向かって冷却効果を発揮し、相手を包み込んで凍結し自由を奪うという技だ。

 ビュート・ベルゼの意図を理解した二人は、互いに頷き合うと、行動を再開した。


・・・

・・・

 

 「はじまりの町」の大会議室


・・・

 

 心に後ろめたいことがある時、人は素直にはなれないものだ。

 それは、現実世界においてだけでなく、仮想世界においても同様である。


 この世界を崩壊させかねない危機が、今起きている。

 それは、メジャーアップデート後に採用された「ハザード・イベント」の一つであるとアナウンスされていたハズだった。

 実際、多くの一般PCは、そのアナウンスを信じて落ち着いていた。


 ところが、システム側の担当者ジウからの度重なるショートメッセージ。

 TOP19だけに送られているそのメッセージは、緊迫した状況を伝える文面となっていて、事態が単なるイベントなどではないことを物語っていた。


 『ハザード・イベントのクリに剥けた協力依頼について(お願い)』


 そうタイトルが付されたショートメッセージは、タイトルだけでなく本文にも誤字や脱字の目立つ…如何にも慌てて作成しました!…的な緊張感を含んだものだった。

 イベントに挑む勇者が想定よりも少なく、現象の影響がシステムの許容を超え始めている。初のハザード・イベントであるため、その解決をした最大功労者には、ボーナスCPとボーナス経験値を大きくはずむ…という内容なのだが…。


 その内容のメールが、表現を変えては何度も送られてくる。

 だから、あの危機的な現象は…ハザード・イベントの一つだなどと言いながら、本当に危機なのだ…と、頭の悪い鬼丸にさえも…明らかに分かるものだった。


・・・

 

 「だから…誰の頭が悪いと申すか!?…無礼者め。我が鉄拳の餌にしてくれるわ」

 「だぁっ!?…あ、危ないではないか!…私は何も言ってはおらん。濡れ衣を着せるとは、何ということだ!?…この、悪党め!」


 振り回される鉄拳…という名の棍棒を、トリシル…という名の三つ叉の槍で受け止めながらマコトが叫び返す。

 前回の経験で、ネフィリムに若干の脅威を感じている鬼丸。

 ネフィリムの発言に対して、そのせいかマコトに向けて怒りをぶつけている。

 しかし、ネフィリムは、鬼丸に向かってさらに罵声を浴びせる。


 「俺様は…俺様は…ウドの大木などでは無い。貴様こそ、チビ助の役立たずではないか!…聞けば、あの危機的現象とやらの影響で、描画エンジンに異常が発生しているらしいというのに、こんな所でオモチャの棍棒を振り回しているとは…。この危機が単なるイベントだと…本当に思うのか?だとしたら…相当に頭の悪い奴だな。貴様は!」

 「うぎぃぃい!!…また、頭が悪いと言ったな!?…我が鉄拳を…」

 「…だぁっ!…だから、何故、そこで私の方へと!?…この悪党め!」


 3人とも肌で感じていた。

 TOP19としての情報力も、一般PCよりはある。

 サインインから僅か1か月少々であるにも関わらずTOP19に選ばれたアスタロトは例外として、他のTOP19はデスシムのサービス開始当初からのプレイヤーであり、各地に知人や友人のPCが散らばっている。

 3人の元へも、この危機的現象が世界へ与えている影響が次々と伝えられてくる。


・・・

 

 情報を伝達してくる一般PCたちも、この現象の異常さに脅威を感じてはいた。

 だが、システム側からの発表は、ハザード・イベントという新規のサービスという扱いになっている。

 システム側のアナウンスによれば、そのイベントは主にTOP19たちを対象としたもののように読める。

 だから、友人や知人たちは、TOP19である彼らに不安の解消を期待して、情報を寄せてくるのだ。


 その気持ちが分かるだけに、3人…いや、全てのTOP19にとって、寄せられてくる異常な現象の情報は、プレッシャーとなって襲いかかって来ていた。


 アレは…あの危機的現象は、自分たちTOP19でなければ対処できない。

 …と、皆が思っている…が、少なくとも自分には、アレをどうにか出来るという自信がまるで沸き起こらない。

 冷静に状況を分析すればするほど、自分の持っている魔法やアイテムでは、どうしようもないのだ…という現実を痛いほど再確認させられる。


 「頭の悪い貴様には、仮に魔法大学の学長殿が戻ってこられても、高度な魔法など習得不可能!…長さで2倍、表面積で4倍、体積では8倍も優秀な俺様が、魔法習得の役目は引き受ける。だから、貴様たち無能な者どもは、さっさと学長殿を探して、ここに連れて来るのだ!」


 魔法が苦手な3人は、それを理由にジウの協力から逃げている…ようなものだった。


・・・

 

 「何で私まで無用呼ばわりを!?…くっ、さては貴様も悪党なのだな。無駄に巨大な体と猿のように長い手足をしおって!…その割に頭の大きさだけは我々と変わらぬ。つまり、比率で言えば、我々より脳の割合が小さいということでは無いか!」

 「おぅ。御主、良くその事実に気づいたのぅ!…その通りじゃ。この男、散々、御主のことを頭が悪いと言っておった割に、実は、本人が最も『脳足りん』だったというわけだわい。わはははははは…」

 「えぇ!?…頭が悪い…って言われてたの…私だったのか!?」


 意外な鬼丸の発言に、ビックリして振り返るマコト。

 頭が小さい…と笑われたネフィリムは、何故か何も言わずに沈黙している。


 「…お兄様。マズイです…逃げてください!」


 シンジュが、突然、緊迫した声を上げる。

 妹に絶大なる信頼を寄せるマコトは、何がマズイのかを確認するなどという愚かなことはせずに、直ちに左方向へと体を投げ出した。

 鬼丸は、別にシンジュに絶大な信頼を寄せているワケではなかったが、動物的な本能で独自に危機を感じ取り、同じく右方向へと跳躍する。


   【クゥォア…フォン!】【ごぶわぁぁぁぁぁああああああああああ………】


 その直後。二人が直前までいた空間を太い光の奔流が通り過ぎ…修繕を終えたばかりの大会議室の壁面を再び焼き抉る。


・・・

・・・

 

 役立たず君。


 悲しいレッテルを貼られてしまったPCが、ここにも一人。

 「はじまりの町」庁舎2階の会議室の部屋の隅に向かい、膝を抱え体操座りしている。


 アスタロトは、自分の無力さを誰よりも理解していた。

 HPやMPを奪われたことは、実は、今回の危機的現象に対処するに当たっては、あまり大きな意味をもったことではないのだ。

 そもそも、HPとMPを奪われる以前から、実レベルという意味でも、承認されたレベルにあっても、アスタロトはまだ中級レベルに達していなかった。


 魔法技能に至っては、ゼロ…というよりマイナスだ。

 深層意識の3重起動とその上での3重瞑想状態による特殊な瞑想魔法という独自の魔法は身につけたものの、実際には初歩的な防御魔法ぐらいしか使えない。

 回復魔法に至っては、使用しても回復するどころか、「元気」や「集中力」のステータスが軒並み激減するという…むしろ自虐魔法と名付けたくなる有様だった。


 冷静に考えると…自分が強者の列に名を連ねていられるのは、幸運にも早い段階で有効化することができた潜在的資質格納ソケット内の特殊スキルのお陰に過ぎない。

 「褐色の右腕」…メインシナリオ開始早々に餓鬼たちに奪われた右腕の代わりに、代理の腕として映えてきた細身でしなやかな褐色の腕。

 そして、マボとの激闘の際に背中に翼のように生えてきた、同じく褐色の腕が2本。


・・・

 

 その驚異的な潜在能力は、今はまだ完全形では無いというのに、絶大な戦闘力と防御力を兼ね備えており、アスタロトの実力をそのレベル以上へと押し上げてくれた。


 しかし、その褐色の腕たちの驚異的な防御力を持ってしても、あの危機的現象から無傷で身を守ることは困難だろう。

 まず、乱気流へと突入した段階で、初期値へと戻ってしまったHPが底をつく。

 マボの超高熱魔法【七芒攻炎壁しちぼうこうえんへき】を受けた時は、微力とはいえ【円環サークル】や【一線ライン】と言った防御魔法も併用していた。その状態で、褐色の代理腕は良く耐え、高熱からアスタロトを守ってくれてはいたが…それでも、最後には燃え尽きて【死】に至る直前まで追い詰められた。


 今回の危機的現象が放射する超高熱は、マボの【七芒攻炎壁】を遙かに超える規模と熱量であると予想される。

 それを避けて極低温側へと向かったところで、褐色の腕マフラーを首に巻き付けた状態で凍り付くのがオチだ。


 相手が心を持つPCなら…封印させられた『ANZI×ANJI』…の改良版をこっそり開発して、支配してやることも可能かもしれないが…心を持たない現象に対しては暗示の効果など期待できない。


 【天の邪鬼】


 もう一つの自分の財産が頭に浮かぶが…やはり、これも使い道が思い浮かばない。


・・・

 

 考えれば考えるほど、自分は無力だ。

 アスタロトは、ぐるぐると無限にループする思考の中でそれを噛みしめていた。


 慈雨とイシュタ・ルーは、そんなアスタロトをそっとしておくべく、別室にいる。

 クリエイターとの交信中は、無防備となって横たわるアスタロトを守るように傍に寄り添っていた二人だが、今は、一人にしておいた方が良いと判断したようで、簡単な防御魔法を会議室全体に付与して部屋を出て行った。


   【ごぶわぁぁぁぁぁああああああああああ………んんんん…】


 アスタロト独りだけとなった会議室の沈黙を破り、突然、建物全体を揺らす轟音が階下から響いてくる。

 驚いたアスタロトは、何事かと会議室を飛び出す。


 「シュラくん!…来ちゃ駄目…私とルーちゃんで様子を見てくるから…シュラくんは、会議室の中で待っていて!」

 「ロトくんは、今、弱っちくんになってるんだから…危ない所は来ちゃ駄目なの!」


 別室から飛び出してきた慈雨とイシュタ・ルーが、アスタロトを見つけて制止する。

 そして、二人は玄関ホールへと降りる階段を下っていく。


 「きっと、また、あの人たちだわ…」

 「もう!…本当に困ったちゃんたちなのだわ!…お仕置きしちゃおうか!?」


・・・

 

 慈雨とイシュタ・ルーの二人が玄関ホールへと降りると、やはり大会議室の中から怒鳴り合う声が漏れてくる。

 大会議室には、先日と違って大勢のPCはいない。

 居るのは、あのノッポの巨人と5頭身SDキャラ…そして青黒い肌の男性PCに金色の肌の女性PC…それだけだ。


 そして、その4人こそが、先日も大会議室をボロボロに破壊し、危うく慈雨を【死】に至らしめる危機に晒した犯人たちだった。


 「でも、どうしよう?…あの人たち…強すぎて、私たちじゃ止められないよ?」

 「…困ったわね。取りあえず…【六芒壁りくぼうへき】じゃ…防ぎきれないのは、この間で実証済みだし…【十三芒要塞!(トリスカイデカゴン)】…だと…ちょっと大げさだわよね?」


 しかし、考えている余裕はそこまでだった。

 ネフィリムの怒りによる我の忘れ具合は、先日の比ではなかったのだ。

 彼への禁句は「ウドの大木」だが、それ以上に指摘してはイケナイのが、頭部の小ささ…そして絶対に触れてはイケナイのが、その中身の比率の話だったのだ。


 完全に我を失ったネフィリム。そして、その恐るべき攻撃。

 それが、魔法で防御されていない大会議室の大扉を破るのは造作ないことだった。

 悲鳴を上げながら、扉から離れる慈雨とイシュタ・ルー。

 扉から飛び出てくる鬼丸とマコトたちも、前回より鬼気迫る表情をしている。


・・・

 

 「…ねぇ…大丈夫?…2人とも…」


 扉が破壊される音を気にして、来るなと言われたにもかかわらず、アスタロトが階段を下りてきてしまう。

 気づいた慈雨とイシュタ・ルーが、悲鳴のような声でアスタロトに叫ぶ。


 「駄目!…シュラくん…逃げて…」

 「ロトくん…この間の人たちだよ。覚えてるでしょ!…危ないんだよ…この人たち!」

 「え?…この間の人たちって?…あぁ…その人たちはTOP19の協議会で会った人たちだよ。…って、どうして…ここに?」

 「シュラくん…覚えて無いの!?…その会議より前に、大会議室を壊しちゃった人たちでしょ!?…今のアナタじゃ…」

 「ロトくん…そっちの大きい人の口から危ない光がゴワーって出るんだよ。ロトくんも見たでしょ!?…慈雨ちゃんを助けてたじゃん!」

 「…ん?…えっと…それって…いつの話?…」


 2人の必死の叫びにも、何故か反応の乏しいアスタロト。首を不思議そうに傾げる。

 そのアスタロトの目の前に、不意に1名のPCが現れる。


 「あれ?…確か…ヴィアさん?」


 呼ばれたにも関わらず、ヴィアは返事もせず、ゆっくりと大会議室へと向かって行く。

 ヴィアの視線は、何故かネフィリムたちの刻んだ「破壊」の跡だけに注がれていた…


・・・

次回、「総力戦!!(仮題)」へ続く…

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