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(38) それぞれが知る己<4>

・・・

 

 「なるほど…。ブブ君が、あの協議会の場から突然消えたのは、ジウの報告よりも先に、ビュート君からの知らせを独自に受けていた…から…というワケか」


 ビュート・ベルゼは何も語らない。

 クリエイターが、勝手にビュート・ベルゼとブブの行動を観察して、推測を述べているだけだ。

 ビュート・ベルゼの黒く透き通った顔の中に、より一際濃い固まりが2つ並んで浮かび、それが大きな瞳のようにクリエイターを睨む…ような動きをした。


 <<誰だ・キサマ・は…?>>


 口があるのか無いのかも不明だが、幾つもの小さな羽が激しく震えるような音が不思議に重なりあって、人の言葉のような発音を見事に響かせる。


 「クリエイター…。久しぶり…とか、さっき声をかけてましたけど?…ビュート・ベルゼさんは、クリエイターのことをご存知ないようですよ?」

 「おっと。そうだったか…。ラップ君やビュート君の仕様設計やオブジェクト化を手がけたせいで、何となく知り合いのような錯覚をしてしまっていてね。ほら、正式にリリースする前に、動作確認テストとか…やるだろ?」

 「知りませんよ。私は技術開発部でもコーディング担当でも無いんですから…」


・・・

 

 <<何の・用だ?…ココは・危険・区域だ…用が・無いなら・去れ!>>


 誰か…との問いに返事もせずに勝手に話し合う不審者2人を前にして、ビュート・ベルゼは苛立つこともなく、再びの問いと、問いが返されない場合を想定した結論を述べる。


 「用か?…用ならある。君の主が、一人で立ち向かっている現象について、我々も詳しく知りたいんだ」

 <<訊いて・どう・する?…>>

 「なに、我々も、この危機的な現象には憂慮を抱いていてね。何とかしたいんだが、正体が分からず、手を出しあぐねていたのさ…」

 「ビュートさん。勇敢にもアナタの主、ブブさんは、この現象の侵攻を止めるべく、一人で立ち向かっています。しかも、敢えてこの超高熱のサイドからアプローチして。どうして、そんなことが可能なのかも含めて…我々にも教えていただけませんか?」


 クリエイターの言葉に続けて、ジウが頭を下げながら補足する。

 ビュート・ベルゼは、そのジウをチラッと一瞥し、不機嫌そうに言い放つ。


 <<キサマは・ジウ・か…遅い・ゾ…ムシロ・コレは・キサマ等の・問題・ダロ…>>

 「面目無い…。そのとおりですが…この超高熱に対し、耐熱系の効果を持つ防御魔法を展開しながら接近しても…それを維持する魔力だけで、おそらく現象の原因に対して何かを働き掛けるなどという余裕は残らない…と思うんですよ」

 「ビュート君の言うとおり、我々、システム側で何とかしたいんだが、それがネックになっていてね。正直に言って、攻めあぐねているというわけさ」


・・・

 

 <<ふっ…・システム側も・大した・コトは・無いのだな…>>


 ビュート・ベルゼの表情は読み取れないが、言葉からは嘲りの色が窺える。

 負けず嫌いなクリエイターは、拳を握り締めて屈辱に耐えていたが、自分の力の限界をわきまえているジウは、その嘲りを素直に受け止めて、さらに頭を下げる。


 「ビュートさんの仰るとおりです。しかし、アナタの主も、現象の侵攻を食い止めるだけで、この現象自体を解消できているようには…見えませんが?」

 「おぉ。そうだ。そうだ。ビュート君。君の体も、本来の姿より…だいぶ縮んでいるようだが…涼しげに見えて、本当はキツイんじゃないのか?…それも相当に」


 ジウの言葉の中に、反論の糸口となる部分を見つけて、すかさずクリエイターが子どもじみた挑発を始める。


 <<………>>

 「く、クリエイター。我々は、教えを請う立場なんですから…。そんな失礼な物言いをしないで下さい」

 「構うものか!…この生意気なヤツが、私を侮辱するからいけないんだ。実際、見てみろよ、ジウ。ビュートの奴、本来の体積の7割あるかどうかぐらいまで…文字通り身を削ってやがるんだぜ?…相当に無理をしいるのさ。本当は、猫の手も借りたい…か、若しくは、今すぐ撤退したい…ってのが、本音のハズなんだ」


 いつも偉そうな口調が特徴のクリエイターだが、ムキになると粗暴な口調になる。


・・・

 

 <<ふむ・キサマの・状況分析は・見事だ…認めよう…その・とおり・だと…>>


 だから、あっさりと苦境を認めたビュート・ベルゼが、クリエイターよりも何倍も大人に見えてしまう。

 毒気を抜かれたような表情になるクリエイターと、その子どもじみたクリエイターを情けなさそうに見るジウ。


 「…ビュートさんの方が、よっぽど大人でしたね」

 「くっ…認めよう。お前の状況分析は…そのとおりだ…と」

 「今更、潔さを真似ても…滑稽なだけですよ?」

 「う、うるさい。じゃぁ…どうすりゃいいんだ!?」


 危機的現象の近傍にありながら、コントのような会話を続けるシステム側の二人を無感動に眺めながら、ビュート・ベルゼは静かに説明を始める。


 <<防御魔法では・駄目・だった…。MPの・消費コストが・割に・合わない…>>

 「駄目…だった?…そうか、試したのか…。で、やっぱり駄目なんだな」

 「考えるだけだった、我々に比べて…勇敢…というより無謀に近いですが…」

 <<我々も・止めた・のだ…。危険・無謀・だと…。しかし・我らが主は・この・地点の・真下に・ある・小集落を・是が非でも・守る・と…>>

 「なるほど…そういう事情があるんですね。無謀などと言って申し訳ありません」

 「…で?…事情は分かった。それで、結局どうしたんだ?…何故、ブブ君は、この超高熱の中へ何度も突入できる?…そして、どうやってアレの侵攻を止めたんだ?」


・・・

 

 <<冷却系の・攻撃魔法を・使える・か?…それも・持続時間の・長い・ものを…>>


 ブブは問いに答える代わりに、二人へ別の問いを発する。

 その問いに対するジウとクリエイターの反応は、対照的なものとなった。


 「え?…そりゃぁ…使えますが。攻撃対象となる中心部の位置が目視できずに、距離も相当あるこの状況で…遠隔的な冷却攻撃なんて…。強引に届かせる…としても、持続時間の長さより…貫徹力を重視した魔法の方が…」

 「はっ!…なるほど…さすがは、俺…もとい…私の設計した粘菌コ・プロセッサを思考プロセスに組み込まれたビュート君だな。ジウの足りない脳みそよりは、随分と優秀だ。だが、そうか…アプローチの糸口は見えた」


 突然のクリエイターの嬉しそうな大声に、ジウは驚く。

 というか、今、なにげに自分の悪口を言われたような?…と首を傾げるジウ。


 <<ふっ…・分かった・なら・早く・キサマ等も・行動に・移れ。使える・手駒が・あるなら・それも・集めろ…>>


 未だにビュート・ベルゼの言葉の意味が分からないジウに、クリエイターが指示を出す。


 「分からないなら、行動しながら考えろ!…お前は急いで、左端君とフー君をここに連れてこい。それから…他のTOP19へもショートメッセージか、他の担当者を派遣して、協力してくれるように依頼しろ!」


・・・

・・・

 

 ユノは震える指先で、そのショートメッセージを消去した。

 それから不安げに、自分の部屋の中を見回す。


 ここは、ずっと以前に、ジュピテルの捜索から逃れるために利用していた隠れ里の山小屋の一室だ。ここなら、システム管理領域からも外れているハズだから、少なくとも「忽然と」…は、システム側の担当者といえども現れることは出来ない。


 ショートメッセージでの要請を受けるまでもなく、自分の冷却系魔法なら…あの現象を解消することは無理だとしても、あの現象の影響範囲を若干は押さえ込めるのではないか…と、自分でも考えてはいた。

 だが、この世界での魔法は、威力の大きなもの、持続時間の長いもの程、大量にMPを消費する。

 MPを消費するだけなら、MPの回復薬を大量に用意しておいて、それを次々と飲めば良いのだが、高度な魔法を使えばMPを消費するだけでなく、「集中力」や「元気」などの各種ステータス値も消費される。

 そして、強力な魔法は…その発動者にもそれ相応の反動が還ってくるのだ。


 そんな状態で、自分に恨みを抱くものに横から襲撃されたら、一瞬で命を失うだろう。

 ジュピテルの支配下にあり、その命令に従わざるを得なかったとはいえ、実際に多くのPCの命を奪ってきたのは紛れもなく自分だ。

 ジュピテルの目を盗んでは、時折、何人かのPCを逃がしてやったこともあるが、自分に感謝をするより、恨みを抱くものの方が何倍も多いハズだ。


・・・

 

 今更、正義の味方づらをして、単身であの危機的現象の前に立ちはだかったとしても、そんなことでは誰も自分の罪を赦してはくれないに違いない。

 いっそのこと、償いに自分は自らここでの命を絶つべきなのかもしれない。

 そう思った日も、何度もあった。


 だが…怖いのだ。

 多くのPCの命を奪っておきながら、自分勝手な言い分だとは重々承知だが、怖いのだ、【死】というものが。


 確かに、この仮想世界で命を落としても、現実の自分の体に何の影響があるというワケではない。このデスシムのパッケージには、「これはデスゲームではありません」…と、わざわざ注記までしてあったぐらいなのだから。

 そして、それを理由に、他のPCの命を奪うにあたっても、自分の罪悪感を減じてきたのだ。…本当に殺すワケではないのだから…と。


 なのに、自分の【死】を考えると…いつも急に、怖くて体が…そして思考も…硬直してしまうのだ。

 ジュピテルの下で、日々、闘いに明け暮れていた自分。

 当然に、相手の必死の攻撃をくらい、大きな傷を負ったこともある。

 中には、致命傷の一歩手前となるような、かなり危ない状態になったことも…。


 そして、それが…とても仮想の傷だとは思えないほどに、リアルな苦痛を自分にもたらすことを、何度も経験してしまったから…


・・・

 

 【死】に至らない時でもあの苦痛なのだ。

 それが、もし、【死】に至るとしたら…どれだけ恐ろしいことなのだろう。


 確かに、システム上は、現実の体にまで【死】の影響が及ばないように安全機構が備えられているのかもしれない。

 しかし、アレだけリアルな苦痛を経て、そして、リアルと区別がつかないほどの迫真の【死】を迎えたとき、自分の心は、それを仮想のものだと理解できるだろうか?


 実際、シムタブの歴史の中では、戦闘機対戦タイプのゲームにおいて、その【死】のシーンがあまりにもリアル過ぎて、心がそれを現実の【死】と区別できずに、実際に死者が出たり、昏睡状態に陥った…つまり「心が死んだ」者が続出したという事例がある。


 その事件を期に、ショックアブソーバという心理防壁機構が開発され、【死】の概念を含むシムタブ型のあらゆるゲームへの組み込みが義務づけられたので、このデスシムにも、そのショックアブソーバは備えられているハズなのだが…


 自分の時だけ…それが働かない…ということは無いだろうか?


 何故か、ユノは、常にその万が一の可能性を心に浮かべてしまう。

 異様に運が悪い…と言えるほどの人生を送ってきたわけでは決して無い。

 しかし、現実の世界でも、彼女は航空機に乗ることができない。

 自分が乗った時だけ、墜落してしまうのではないか?…そんな強迫観念のようなものを常に抱いているのだ。


・・・

 

 それなら、そもそもデスシムになどサインインしなければ良かったのに…。

 その当然の指摘は、ユノ自身も思うことがある。


 魔が差した…。


 今となっては、そう思うしかない。

 もともと、シムタブ型MMORPGなどというものに、興味などなかったのだ。

 ある日、現実世界における彼女の友人…少しだけ好意を抱いていた異性を含む、数人のグループから、仮想世界へのサインインを誘われたのだ。

 発売されたばかりのシムタブ型MMORPGで、他のどのゲームより最新鋭の安全機構が組み込まれ、かつ、他とは比べものにならないほどのリアリティを誇っている…絶対に面白いからグループでサインインしよう…と。


 彼女は、実際のプレイ経験こそ少なかったものの、シムネットのニュースサイトやナレッジ・データベース上に記録された数々の事故を知識として知っていた。

 だから、友人たちに「危ないから止めよう…」と提案したのだ。

 だが、何万人、何十万人というユーザーが、無事にゲームを楽しんでいる現在にあって、彼女のその提案は、「心配のし過ぎ」という言葉と、少し呆れたような表情によって否定され、真剣に相手にされることはなかった。


 実際に、ランド・ヴィーグル(自動車)事故での死亡率に比べれば、シムタブ型MMORPGによる死亡率は著しく低いのだ。もちろん、航空機事故よりも。ただ、その歴史が浅く保守的な層からの理解が低いために、殊更に危険視されただけだ…と説得された。


・・・

 

 ユノは、それでもあまり気乗りしなかったのだが、結局は、友人たち…特に少しだけ好意を抱いていた異性からの強い誘いを断り切れなかった。

 何故なら、サインインするだけであれば、特に痛みを伴わないのだから。


 シムタブ型MMORPGの経験が浅いユノにとっては、デスシムの仕様が極めて特殊であることなど、事前に気づく余裕などなかった。

 友人たちは「嫌になったら、いつでもログアウトできるから」と、軽い口調でユノを誘ったのだ。…その言葉は、嘘では無かった。確かに、いつでもログアウトできる。


 その勇気さえあれば…


 そして、その勇気があった…か、どうかは、今となっては確かめる術もないが、彼女の友人たちは悉くログアウトしてしまった。彼女より先に。彼女だけを残して。

 もちろん、この世界での【死】によって。


 彼女は、激しく後悔したのだ。まさか、唯一のログアウト方法が、ゲーム内で【死】ぬことだったとは。

 まだ、ログアウトしてしまう以前の友人たちは、彼女がその悪趣味な仕様について、何故、事前に教えてくれなかったのか…と抗議すると、デスシムのパッケージにはちゃんと記載されていた…それを良く読まなかった彼女が悪い…そういって取り合わなかった。

 嫌なら…今すぐにでも、ログアウトしたら?…何なら…手伝うよ…と。


 そして、ユノは孤立した。


・・・

 

 極端なまでに【死】を恐れる彼女を、友人たちは疎ましく思ったようだ。

 強くなるため、冒険を楽しむため…と、刹那的に危険な戦闘行為に身を投じる友人たちに、ユノ自身もついて行けなくなったからだ。


 友人たちは、他のシムタブ型MMORPGでの経験が豊富だったのだろう。

 楽しみながらも、防御と攻撃のバランスを上手くとりながら、しっかりと生き残って経験値を上げていった。

 それとは対照的に、ユノは防御重視で毎日を怯えながら過ごしていた。

 ただ、そんな彼女にも、この世界で一つだけ、楽しいと思えることがあった。


 魔法だ。


 デスシム世界では、派手な攻撃魔法が好まれがちだが、瞑想魔法に始まり、芒星魔術や手印魔法、そして究極には儀式魔法などという様々な魔法体系が存在し、しかも、最も初歩と言われる瞑想魔法でさえ、極めれば儀式魔法に匹敵する効果が得られるのだ。


 見えざる【死】の恐怖に怯えながら、一人隠れ住んでいたユノは、「Face Blog ER」での情報収集や、コンソールから各種マニュアルを呼び出しては読みふける毎日を送っていたから、知識だけは友人たちにも…おそらく、他のどのプレイヤーにも負けなくなった。


 もっとも、エフェクターというのは、特殊過ぎて理解できなかったし、どのPCにも備えられた基本防御モードや警戒モードなどは、実務的過ぎて興味が湧かなかったため、その部分についての知識は敢えて無視した。(ここが、アスタロトとの大きな違いだ)


・・・

 

 攻撃魔法を試す機会は、なかなか訪れなかったが、防御魔法については仮想の襲撃者を想定して何度も練習した。


 そして、それは確実に彼女を強くしていった。


 「Face Blog ER」にアクセスするということは、実は諸刃の剣だ。

 アクセス・ログを逆検索されると、自分の専用ページを辿られてしまう。

 そうして、女性PCが、一人で隠れ住んでいるなどという情報を知られれば、当然に下卑た顔の男どもが放っておくハズもなく…彼女は狙われることになる。


 だが、その不純な動機に駆られた襲撃者たちの欲望が叶えられることは、終ぞなかった。

 誰も、ユノの防御魔法を破ることが出来なかったからである。

 それどころか、高度な防御魔法は、不用意に突撃を仕掛けた相手のHPを、恐ろしいまでに奪ってみせたのである。


 彼女の経験値は、その襲撃を退ける度に向上し、その襲撃での相手の攻撃を学習材料として、それに対応できるより高度な魔法を研究した。

 やがて、彼女は、ある程度の安全を防御魔法により確保した上であれば、適度なモンスターとの戦闘が、より高度な魔法技術の習得に繋がるという事実に思い至る。

 そして、対PC戦では決して使用することは無かったが、クエストなどの依頼を受けて、ダンジョンのモンスターを退治したり、誘拐された村娘を救出したり…と、やっと彼女もシムタブ型MMORPGの醍醐味を理解するに至ったのである。

 いつしか、彼女は無敵の女魔導師として、有名になっていった。


・・・

 

 楽しい日々が続いた。

 その日が、訪れるまでは…。


 ユノだけではなく、その頃には彼女の友人たちもある程度の実力を身につけて、このデスシム世界での中級プレイヤーとして活躍していた。

 しかし、ある日、その仲間の一人が、ボロボロになって彼女の所へやって来た。


 ジュピテル


 噂には聞いていたが、北西大陸を中心に急激に領土を広げるPCが、ユノたちの活動する、北岩大陸の東海岸の方まで侵攻してきたのだ。

 噂はあまりにも大げさ過ぎて、ユノはずっと嘘だと思っていた。

 他のPCには使用できないような、まるで伝説の古代神のような恐ろしい技を使うジュピテルという男が、その力を使って中・上級レベルのPCたちを支配下に置き、彼らを親衛隊と称して、自らの手足として操り、片端から地方都市へと領土争奪戦を仕掛けているという噂だった。


 そして、その日、それが本当だと知った。


 ユノ友人たちが領有していたささやかな領地は、ジュピテルからの突然の領土争奪戦の宣戦布告によって戦火に包まれ、ジュピテルの領主特権命令による親衛隊の襲撃で弱った友人たちは…為す術もなく、ジュピテルにトドメを刺されていく。

 ジュピテルの狡猾な点は、ただ藪から棒に殺戮するのでは無い…というところだ。


・・・

 

 ジュピテルは、徹底的な恐怖心を相手に植え付けると、自らの配下となり忠誠を誓えば殺しはしない…と持ちかける。

 それどころか、自分の領土の一部を管理(あくまでも領有ではない)することを認め、その領主報酬も分け与える…という条件を出す。

 各領土でのクエストやジョブは、稼ぎの効率の良いものについてはジュピテルが占有するが、それ以外のものは、忠誠を誓った配下の自由にする権利を与え、富と力と経験値を(あくまでもジュピテルを除いた上での)平等に分配するというのである。


 ただし、愛するものや仲間を人質として差し出すことを条件に。


 助けを求めに来た友人を、ユノは良く守ったと言えるだろう。

 ジュピテルをも驚嘆させる高度な魔法を駆使して、親衛隊の攻撃やジュピテル本人の攻撃までをも凌いでみせた。

 しかし、多勢に無勢。やがて買い貯めておいたMP回復薬も底をつき、ユノは恐怖とともに己の【死】を覚悟した。


 しかし、そこで友人たちは、ジュピテルに下る。彼女を裏切って。

 ユノを人質として差し出し、自分たちを親衛隊として組み入れるように申し出たのだ。


 ユノは、ある意味、感謝した。裏切られた…との思いはあるが、どうせ離反して長く経つ情の薄い友人たちだ。むしろ、目前に迫っていた【死】から救ってくれたのだ…と思って感謝する気持ちにさえなった。

 少しだけ好意を抱いていた異性も、「君を死なせたくない…」と言ってくれたから。


・・・

 

 だが、ジュピテルは、そんな友人たちの身勝手な思惑には乗らなかった。

 友人たちは、命を奪われることは無かったが、しかし、親衛隊に組み入れられることも、領土の管理を任されることも無かった。

 何故なら、彼らは皆、人質として囚われたからだ。


 ユノを、ジュピテルのGOTOSとして繋ぎ止めるための鎖として。


 その日から、ユノの苦悩の日々は続いた。

 友人たちを見殺しにする…という発想はユノには無かった。

 離反はしていたが、別に憎んでいたわけではなかったし、自分を【死】から救ってくれた…(と彼女が勝手に思い込んでいた)…恩義も感じていたからだ。


 しかし、しばらくの後に、彼女は深く絶望する。

 友人たち、特に好意を抱いていた異性を守るために、他の見ず知らぬPCたちをその手にかけてきたユノ。それらの者への罪悪感と、友人を守るという使命感のバランスの上で、何とか平常心を保っていたのだが…。


 人質となり、自由なプレイをすることが出来なくなった友人たちは、「こんな思い通りに楽しめないゲーム…つまらないな」…という極めて乾いた理由によって、自ら【死】を選んで…ログアウトしていってしまったのだ。


 友人たちにとっては、ユノのことなど逆の意味での鎖としては見ていなかった。

 残されたユノが、どうなろうと…彼らにとっては知ったことではなかったのである。


・・・

 

 こうして、ユノは…ジュピテルに従っている理由を失った。

 彼女は、転移魔法を使って、何事もなくジュピテルの下を去った。

 ユノを留めておく鎖は、もう何もなくなったのだから。


 そうして、世界と人の情というものに絶望したユノは、一人静かに隠れ住む道を選んだ。

 当初、システム側であったハズのベリアルだけが、ジュピテルの他には、彼女の真の名を知っており、先日の協議会の折りには、汚い脅しを使って自分を公の場へと引きずり出したが…基本的には、もう、ユノとして勇名を馳せる気は、これっぽっちも無い。

 今後は、ベリアルからショートメッセージが届いても、ジュピテルからのものと同様に、目を通すことなく削除しようと心に誓ったところだった。


 しかし、今、届いたショートメッセージは、システム側の担当者…ジウからのものだ。

 色々なしがらみがあって、さすがにジウからのショートメッセージまで、読まずに捨てるというワケにはいかない。

 だが…読まなければ良かった。震える指で削除した後、ユノは大きく後悔した。


 【この世界を守るため、アナタの魔法の力が必要です】


 そこには、例の危機的現象へと対処するための援助を求める内容が記されていた。

 それだけ、あの危機による世界への影響は逼迫している…ということだ。

 行けば【死】の危険性がある。しかし、あれに対抗できる魔法力を持ったPCはTOP19にも少ない。自分が行かなければ皆…【死】ぬ。そう…アスタロトも…。

 彼女は、独り苦悩した。


・・・

・・・

 

 「左端さま・ま・マ…。本当に行くのですか?・か?・カ?…」


 フーは、左端の背中に怖ずおずと問いかける。

 彼女は、自分の危険も勿論避けたいが、左端にも危険な真似はさせたくないのだ。


 「行きますよ。勿論。俺は、こんなコトで【死】ぬワケにはいきませんが…しかし、だからと言って、この世界を他人の手に委ねて、終わらせてしまうコトなど、絶対に許容できません」

 「………分かりました・た・タ。では、私たち(・・)も、お供します・す・ス…」


 左端の死ねない理由は、フーには痛いほど分かっている。

 何故なら、今の自分が…自分たち(・・)が、存在する理由と、それは同じだから。


 「…怖いなら。ここに残っても良いんですよ?」


 優しそうな左端の声に、フーは大きく首を左右に振る。

 左端に、もらった命だ。無駄に失うコトは出来ないが、怖いワケではない。

 左端の役に立てずに失う方が、よっぽど嫌だ。


 自分は…自分たち(・・)は、左端に、再び幸せな日々を取り戻してもらうまでは…絶対に死ねない。

 そう心に誓って、フーは、左端とともにクリエイターの指定した座標へ転移した。


・・・

・・・

 

 「はじまりの町」の大会議室


・・・


 鬼丸は、魔法が苦手だ。

 だから、ジウからのショートメッセージを読んで、複雑な表情で腕を組む。

 世界の危機だというのに、指をくわえて見ているというのは性分に合わない。

 しかし、物理攻撃に特化した自分に、あの超高熱と極低温、そしてそれに伴う乱気流が渦巻く危機的現象をどうこう出来るとも思えない。


 鬼丸のPCは、名前通り「鬼」をモティーフとしている。

 マメをぶつけられて、うぉ~んと啼くような、あの天然パーマ風の赤鬼や青鬼…のイメージでは決してない。

 彼が自分の現実の人生に準えて模したのは、大江山の酒呑童子だ。


 童子というのは、文字通り子どものコトだ。

 酒呑童子の数々の悪行については、様々な伝説が残されているが、鬼丸が興味を持ったのは、その出生の伝説の方である。

 この出生の伝説についても諸説あるが、その中でも一番悲劇的な伝説に鬼丸は共感を覚えた。…すなわち、親に疎まれて捨てられたという…共通点。


 その子どもは、生まれながらに頑強で、成長にしたがい、牙や角を生やし、非常に荒い気性に育ったという。獣のような可愛らしさの欠片もない子どもに、親はどうしても愛情を抱くことができず…世間体…それだけを理由に、子どもを捨てた。


 ユリカゴスへと預けたのでは無く、文字通り捨てたのだ。

 だが、生まれつき頑強なその子は、捨てられても自力で育ち、闇社会で生き抜いた。


・・・

 

 自分の力だけで生きていける。親の愛など全く不要だ。

 世の中には、生まれた瞬間から親を知らず、ユリカゴスに預けられる子もいる。

 そう思いながら、平気で生き抜いてきた彼だったが、だからといって、その生活を楽しいことなど勿論なかった。

 有り余る体力と、遺伝的な闘争心。

 闇社会で、その生来の力を存分に発揮して、のし上がっていった彼だが、当然のごとく社会がそれを野放しにしておくハズもなく。

 やがて、彼は獄中に繋がれることになる。


 そして、その更生プログラムとして、シムタブ型MMORPGを使って、社会性の回帰とやらを学習させられることになったワケだが…そのシムタブやMMORPGというもの自体に疎い担当官が、あまり深く考えずに与えてしまったのが、このデスシムという、極めて趣味の悪い世界観のシムタブだった。


 そして、鬼丸は、頑健だが異様に小柄…という現実の自分のコンプレックスを、逆方向ではなく順方向に強調して、より小柄でも頑健で有りさえすれば最強の名をほしいままにできるという自説を証明すべく、張り切ってデスシムをプレイしているのだ。


 こんなに楽しいと思ったのは、生まれて初めてだ。

 だから、絶対に簡単には、この世界での【死】を受け入れられない。


 単純な理由だが、元来、単純な鬼丸にとっては、非常に強い理由だった。

 システムが彼をTOP19に選んだのだから、その思いの強さは折り紙つきだ。


・・・

 

 その腕を組んで悩んでいる鬼丸の向かい側で、マコトも目を閉じて悩んでいた。


 彼は、自他共に認める、いわゆる「中ニ病」の重症患者だ。

 鬼丸とは対照的に、マコトは正義を体現したいと心から思っている。


 優秀な警察官を両親に持つ彼は、もちろん「血族名」を持つ「親持ち子女」だ。

 司馬一族…と言えば、リアルの社会でも名の知れた名門で、様々な武術において、一族からトップアスリートを輩出している。

 

 その司馬家に生まれたマコトは、本名の「司馬真」が、読み方を変えると「シバシン」…つまり、シバ神…と読めることから、自分を古代インドの神「シヴァ神」の化身だと主張し、それが高じて妹の「真珠」までをも、勝手に「パールヴァティー」の化身だと決めつけて、自分勝手な遊びに巻き込んだ。真珠…がパールだから…という単純な理由で。


 ただ、その妹は、自分の兄を極度に敬愛していた。いわゆる「ブラコン」というやつである。だから、兄妹は、非常に仲良く、その破壊と再生の神役と、その妻役をロールして楽しんだ。


 しかし、普通のシムタブ型MMORPGでは、なかなかマコトがそのイメージどおりに活躍できるチャンスは無かった。

 皮膚の色などの特徴を、余すところ無くシヴァ神と同じようにカスタマイズすることが難しかったのだ。

 そして、兄妹は、デスシムに出会う。非常に自由度の高いカスタマイズが可能な。


・・・

 

 運にも恵まれて、兄妹は揃ってデスシムの中での力を伸ばしていく。

 これほど自分の理想の姿を再現できる世界は、他にないのだから、気合いの入りようも勿論、違ったからだろう。


 マコトは、卑怯な手を使うPC、悪事に手を染めるPCを狙って決闘を申し込み、正義の名の下に断罪してきた。

 病的な程のヒーロー願望を持ったマコトにとって、その正義の生活は失いがたいものとなった。

 そして、そんな大好きな兄の嬉しそうな姿を見たい…シンジュにとっても。


 他のTOP19と比べて、極めてどうでも良い理由のように思えるが、病的なまでの「中二病」であるマコトにとっては、この理想の生活は絶対に捨てられないものだ。


 だから、マコトは悩んでいる。

 このデスシム世界の危機的状況は、正義のヒーローである自分が守らずして誰が守るのか…と。

 しかし、現時点では、マコトもやはり、それほど魔法が得意とは言えないのだった。

 魔法が得意なのは、自分より妹のシンジュの方だ。

 これまで、ピンチのところを何度もシンジュの魔法により助けられてきた。


 自分が、ジウの要請に従い、あの危機的現象の下へ行くと決めれば、きっと妹もそれに従うと言うだろう。

 しかし、可愛い妹を、あんな危険な場所へと連れて行って、果たして良いものか?


・・・

 

 マコトと鬼丸が、2人揃って考え込んでいる…その後方で、ネフィリムは瞑想していた。


 ネフィリムの心は、もうある程度決まってはいた。

 要請に従い、この世界を救う一助となろう…と。


 現実世界においても、非常に巨大な体を持つネフィリムだが、その乏しい表情や語彙、巨体のために一見緩慢に思えてしまう体運びを…「ウドの大木」などと嘲られて、陰湿なイジメに遭ってきた。


 鬼丸と同様に、彼もそのコンプレックスを逆方向ではなく、順方向に働かせてPCをカスタマイズしたのだ。

 敢えて巨体のPCを設定し、それが有能であることを証明する。


 都会化した現実の社会においては、あまり巨体を活かせる機会は無いが、このデスシムの中でなら、闘い方次第では巨体の有用性を証明できると考えたのだ。

 20世紀末に公開されていた2Dアニメ映画の中に、巨大な兵士が口から光の矢を放ち、海から攻め寄せてくる巨大な昆虫の群を薙ぎ払い、弱く小さな村人たちを守りながら…朽ちて死んでいく…という悲劇的な名作があるのを知った時、彼は自分の理想とする姿を心の中で確定した。


 そして、そんなキャラクター設定が可能なゲームは、このデスシムの他には無かった。

 ひょっとすると、マコトの理由よりもさらに浅い理由かもしれないが、巨体をからかわれ続けて、悔しい少年時代を無為に過ごした彼にとっては、非常に大きな理由だった。


・・・

 

 ただし、ただ要請に従っただけでは、大勢の中の一人に過ぎない。

 自分の有用性を示すには、それらの大勢の中でも、最も役に立った…という印象を残せるような活躍を出来なければ意味がない。


 ネフィリムの口から放たれる光撃は、このデスシム世界でも他に例を見ない凄まじい威力を誇っているが…だが、今回の危機的現象に対して、果たしてその光撃は有効に働くのだろうか?

 自分が、アレに対して、活躍できている未来図を思い浮かべることができずに、ネフィリムは、最終的な決断を出しあぐねているのだ。


 「ったく。貴様等が、先日、この大会議室で暴れ回ったりするから、魔法大学の特別講師となる予定だったマボ殿が、機嫌を損ねて行方知れずとなってしまったらしいぞ?…もし、マボ殿に魔法の教えを請うて叶えば、今頃は、無敵の魔法を操り、あの危機的現象の下へと馳せ参じていたものを…この…どうしようも無い悪党どもめ!」


 答えの出ない思考の無限ループに耐えきれず、マコトが他の二人に文句をつける。

 ネフィリムは、むっと眉根を寄せただけだが、そのような挑発を受けて鬼丸が黙っていられるハズがない。


 「何を言う?…御主も、嬉々として三つ叉に分かれた…とり…とり…とりしり?…しりとり?…何だかそんなややこし感じの武器を振り回しておったではないか!?…我が鉄拳ほどでは無いが、アレも相当にこの部屋にダメージを与えておったぞい!」

 「トリシルだ!…何がしりとりだ、全然違うじゃないか!?」


・・・

 

 先日の騒ぎの反省を促すハズの会話が、雰囲気は一気に険悪なものとなり、学習能力がゼロであることを証明してしまいそうな二人は、視線の火花を散らしながら立ち上がる。


 「お兄様…はい。トリシル」…と、先日の教訓から…二人に比べれば学習能力のあるシンジュが、事前に実体化しておいた三つ叉の槍トリシルに、エンチャント効果を掛けて、その威力をアップし、兄のマコトの手に渡す。


 先日の騒ぎで、既にこの大会議室を根城にしているのは、このTOP19…3人とシンジュを合わせた4人だけだ。

 他の魔法大学への入学希望者は、多少高額でも、安全な宿泊先へと根城を移している。

 だから、気兼ねすることなく、彼らは金棒と三つ叉の槍を打ち合わせる。


 世界が危機だというのに、困った二人は意味の無い争いで、またしても部屋を破壊していく。鬼丸の鉄拳が唸り、マコトのトリシルがそれを逸らして突き込まれる。

 シンジュは、邪魔にならないように部屋のコーナーへと身を寄せるが…どのように危機的現象に対して自分の力を有効に働かせるか…それを思い悩んでいるネフィリムは、床に胡座をかいて瞑目したままだ。

 …となれば、次に何が起こるか…想像するのは難しくない。

 案の定、ネフィリムの後頭部に鬼丸の鉄拳がヒットし、「邪魔だ、ウドの大木!」の言葉にネフィリムが我を失う。


 馬鹿げた再びの闘い。だがこれが、アスタロトに世界を救うヒントを与えることになるとは…知る由もない3人のTOP19は、狂ったように破壊を撒き散らすのだった。


・・・

次回、「総力戦(仮題)」へ続く。

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