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(34) 名探偵?…再び

・・・

 

 「…ったく。ジウめ。アイツは大げさなんだよ」


 未だに原因不明の脅威を監視しながら、クリエイターが独り言を吐く。

 相変わらずの高熱と低温、そしてそれにより引き起こされた激しく渦巻く乱気流に邪魔をされて、中心地へ直接アプローチすることができず、さすがの彼も少し苛立っているようだ。


 だが、苛立ちの原因はそれだけではない。

 発生当初、侵略する…という表現が不自然ではないほどの移動速度で移動していたこの脅威の中心点は、何故かあれ以来ほとんど歩みをとめた状態にある。

 仮想世界を実現するためのリソースを食いつぶす…という意味では、確かに未だに十分な危機的な脅威であるとは言えるものの、あの熱と低温の脅威そのものは、移動していたからこそ「世界を崩壊させかねない危機」であり、また、「ハザード・イベント」として指定する意味があったのだが…


 「どうすんだよ?…TOP19全員にイベントとして通告してしまったが、動かないんじゃぁ、『すいませ~ん。うちの地方にはこないようですけど、不公平じゃないですかぁ~』とか、ムカつく苦情が寄せられてしまうじゃないか!…そんなことになったら………あぁ!!想像しただけでも腹が立つ」


 別に困りはしないらしい。


・・・

 

 確かに、誤魔化しようはいくらでもある。

 例えば…


 「あぁ、そうですか。それは残念でしたね。でも、次回の危機は、きっとアナタの領土内で起こりますよ。その時まで、腕を磨いて待っててください」


 …とでもニッコリ笑って答えてやれば良いのだ。


 しかし、そうは行かないのが、現象の発生地点である山岳地帯の溶岩湖付近だ。

 あそこが被害にあった時は、まだハザード・イベントとして告知していなかったので、もし、あそこの領主から苦情がきたら賠償してやる必要がある。

 だが、幸いあそこは数少ない領主不在の隠れ里だった。

 マックスたちの拠点となっていたため誰も近づかず、マックス自身も領土獲得宣言…すなわち3回「ここは俺の領地だ!」と叫ぶ…をしなかったから。


 それにしても…


 「アレにマックス君が関わっていることは…ほぼ間違いないが…しかし、アレがマックス君に与えられた能力によるものだとするには、少し腑に落ちない点があるな」


 クリエイターは宙に浮いたまま腕組みをして、考え込むように目を閉じる。

 激しい気流の乱れにより、彼の髪の毛や衣服はバタバタと暴れているが、不思議と彼の体そのものは、不可視の錨にでもつながれているようにその場に静止していた。


・・・

 

 マクスウェルの悪魔は、熱力学の第二法則を破るだとか、不可能なハズの永久機関を実現してしまう矛盾をはらむだとか、いろいろな理由で、思考実験として提起された当初は存在を否定されていた。


 しかし、21世紀初頭には、既にそれが熱力学の第二法則を破ることは無く、しかし、だからといって永久機関を実現するものでも無いことが実証されて、いくつかの技術に実際に取り入れられ応用されてた実績を持つ。


   ・・・

 

 余談だが、永久機関は実現できないという常識?自体にも、実は反論がある。「永久」という言葉の定義の問題であるが、宇宙が続く限り…という意味であれば、永久機関は23世紀現在の技術で簡単に…子どもでも…実現可能だ。


 宇宙からは常に微量ではあるが高エネルギーの宇宙線が降り注いでいる。それは宇宙が終わるまで途絶えることはない。そのエネルギーを可能な限り変化率の高い素子を通して熱エネルギーや運動エネルギーに変えてやれば、それにより稼働する機関は他のどのようなエネルギーも補充することなく宇宙が終わるまで…永久に…動きつづける。


   ・・・

 


 閑話休題それはさておき


 理論上の永久機関にこそなり得ないものの、その熱力学の第二法則を破らないために必要なのは個々の粒子の熱エネルギーの高低を判別して振り分ける情報制御(正確には、振り分けるために記憶した情報の消去)に必要な仕事量を費やすだけで良いため、非常に熱処理効率がよい。


 この効率の良い振り分け処理で、例えば、熱エネルギーを持った粒子を、ある領域から徐々に別の領域へと追い出し、その領域から熱をどんどん運び出して…最終的に空っぽに近い状態にしてやれば、真空ポンプはもちろんのことレーザー冷却や磁気冷却で気圧を下げるよりも、比較にならないほどローコストで極低温を生み出せるのだ。


 この理屈を実用化した「マクスウェルの悪魔」機関は、いわゆる「絶対零度」に極めて近い極低温を実現するために、今では比較的身近な家電品として市販されている。


 だから、規模を問わなければ…今、クリエイターの目の前で発生している現象の後ろ半分…極低温の領域を生み出すことは、現実世界においても不可能なことではない。


 ましてや現実を模して設計されながらも、魔法や特殊技能などといった架空の要素まで世界の仕様として取り込んだこのデスシム世界においては、この発生規模まで含めて評価した場合でも…マックスの持つ固有能力を考えれば…目の前の現象は決して説明できないというものではないのだ。


・・・

 

 だが…


 進行方向側の半分。

 左端、フー、ベリアルという上位TOP19の3人に依頼し、何があってもこれ以上の侵攻を阻止しようとしている側。

 地上に墜ちた小規模な太陽…と表現したくなるほどの輝度で輝く、超高熱側に関して言えば、自称「この世界の神」であるところのクリエイターをもってしても、そのメカニズムを正確には説明できずにいた。


 そのことが、クリエイターのプライドを地味に傷つける。

 誰からも非難されているわけではないのに、クリエイターの苛立ちは募るばかりだ。 その気持ちの現れが、冒頭のジウへの八つ当たりめいたつぶやきの原因だった。


 だが、八つ当たり…と言っても、その内容には実感も込められている。「大げさ」だとジウを評したのは、目の前の超高熱が、輝度やジウの大騒ぎぶりからすると、腑に落ちないほど熱量が低く押さえられているのだ。


 ジウが「大げさ」かどうかは別として、可視光の領域に限定すれば、熱量が増大するにつれ輝度も高くなるはずだ。もっとも…熱量がある一定の限度を超えると、輝度は逆に低くなるという性質もある。


 だが、今、目の前で起こっている現象は、輝度が高いにも関わらず、それに見合っただけの熱量が観測されない…という奇妙な症状だった。


・・・

 

 「…局所的な熱量は…十分に高い。アイツが通った後は、岩盤さえもドロドロに溶かされて…一部は蒸発したっていう報告すらある。それが本当なら…少なくとも摂氏2千5百度以上…太陽に近い白色光を放っているから…表面温度は6千度ぐらいのハズだが?」


 本業は技師だが、いくつもの科学理論を発表したクリエイターには、科学者の端くれだという自負がある。だが、目の前の事象は彼の知識とは大きな不整合を生じている。

 しかし、さすがの彼も、今回ばかりは無力さを噛みしめざるを得ない。

 何故なら、この世界を実現する仕組みは、彼一人の手に掌握できるほど簡単なものではなかったから。


 この世界を現実の世界と見紛うばかりのリアリティで実現するためには、現実世界での物理法則を妄執的なまでに微に入り細に入り正確にエミュレートしなければならないため、彼一人のナレッジではさすがに限界はあった。


 だから、足りない分は助手や他の技術スタッフ…そして、彼が生み出した仮想人格インターフェースを持ったナレッジデータマネジメントシステムKaaSシリーズのうち幾つかを組み合わせて、誰からも文句の出ないクオリティーを実現したのだ。


 その英知の結晶こそが、この世界のフィールドからダンジョン、そしてプレイヤーやモンスターまでをも構成し、再生する描画エンジン「ルリミナル」だ。

 その全貌を把握できている者は、少なくとも人間の中には存在しない。

 ひょっとしたら、描画エンジンに組み込まれ名前の由来ともなった、KaaSシリーズの一つ「ルリミナル」ならば、把握しているのかもしれないが。


・・・

 

 しかし、システムの内部に完全に組み込まれた「ルリミナル」には通常の対人インターフェースが残されていないため、確認する術がないのだ。


 今や「ルリミナル」とコミュニケーションを取る手段は、各PCやNPC,モンスターに等しく埋め込まれた「ファラクル・インターフェース」という、深層意識下に具象化したイメージを「思念」という情報体として一方的に送り込む以外には無かった。

 そうして「思念」を一方的に送ることは出来るが、「ルリミナル」からその送り主だけに「回答」が返されることは無い。「ルリミナル」からの回答は、描画結果として、この世界での「事象」として反映されるだけだからだ。


 一つだけ言えることは、目の前のこの現象も、その描画エンジン「ルリミナル」によって構成され、再生されているに違いないということ。


 デスシムを含むシムタブ型MMORPGは、その共通する仕組みから「大勢で共有して見る夢」と良く表現される。「夢」なのだからどんな非現実的な妄想を思い浮かべようと、それはプレイヤーの自由ではある。


 だが、他のシムタブ型MMORPGと、このデスシムの決定的に異なる点が、その「共通の夢」を統合的に制御する「ルリミナル」の存在だ。どんな妄想を思い浮かべてもプレイヤーの自由ではあるが、しかし、それが現実のルールを大きく逸脱した馬鹿げたものである場合、「ルリミナル」から…一笑に付されることは無いだろうが…相手にされず、世界の事象として反映されることもないのである。

 だから…人為が働かない状況では…「ルリミナル」は極めて高い精度で現実を再現する。


・・・

 

 「ルリミナルが…いい加減なエミュレートをするとは思えないんだが…」


 右手で、左右の首筋を交互にボリボリと掻き毟った後、クリエイターは少し考えるような表情をしてから…


 「うん…。そうだな。ジウが彼を連れてきてくれる前に、現実的な視点で…この現象を少し検証しておくとするか…」


 と呟き、目を細める。

 細めた目蓋の隙間から覗き見える瞳には、青白い極小フォントのアルファベットが幾重にも3次元的に配列され…その結果、彼の瞳が青白く光っているように見える。

 彼がエムクラックの誰にも…ジウにすら秘匿している裏技。

 この乱気流の中では、誰も彼の瞳から漏れる微かな光を見とがめるものは居ない。


  【インクルゥド・スタンダァダィオゥ・ドッツ・ヘッダ…】

    【インクルゥド・スタンダァドラィブラルィ・ドッツ・ヘッダ…】

      【ヴォイド・メイン…インテジャ・アィ・イークォル…】


 目と同様に、薄く開いた唇から呪文のような言葉が漏れる。

 多少なりとも、組込み系のプログラミング言語を操ったことがある者ならば、それが、その言語を記述したソースの冒頭、決まり文句のように貼り付けられるライブラリやコンポーネントの呼び込み指定からの一連のコードであることに気づくだろう。

 今では使われることの少ない古典的な言語だけに、裏技を呼び出す呪文には最適だ。


・・・

 

 途中からは聴き取ることが不能なほどの高速詠唱へと移行し、それに応じて彼の瞳を駆け巡る青白いフォントたちもその密度を増す。


 この組込み系古典言語による口述コマンド・インターフェースは、システム側のPCにしか用意されていないため、TOP19たちが今のクリエイターの裏技を覗き見していたとしても真似することは出来ないが、ジウたちに見られることの無いようにクリエイターは滅多なことではこの裏技の使用を控えていた。

 ジウたちシステム側のPCにも、このようなコマンド・インターフェースが用意されていることを知るものは少ない。だから、見せない…ことに越したことはないのだ。


 そのように慎重に秘匿してきた裏技により、彼が呼び出したもの…それは…


 『…こんな所に呼び出して。ルリミナルに見つかったら、大変なことになるわよ?』


 困った人ね…という感情を声とその抑揚に滲ませた女性の声だった。

 その声は、しかし、クリエイターの耳を含め、誰の耳にも聞こえない…思念の声だ。


 「大丈夫さ。奴は今、膨大なリソースを妙な現象に独占されて、それどころじゃないハズだ。そうでなければ、デスシム世界で君を呼び出したりはしないさ」


 普段は誰からも「偉そうな奴」という印象を持たれるクリエイター。その口調に、あまり変化はないように見えて、しかし、間違いなく今の彼の声には、親愛…を越えた感情が滲み出ていた。


・・・

 

 「久しぶりだな…ユミルリリアン。会いたかった…」


 相手の声の主。

 それは、栗木栄太郎の生み出したKaaSシリーズの一つ。

 KaaS3。彼女自身の閃きにより付けられた名は…ユミルリリアン。

 20歳の栗木が恋心を抱き、しかし…それが叶うことの無かったNPCの思念。

 ユミルリリアンがその当時担当していたのは、その女性NPCだけでは無い。彼女が思考部分を担っていた無数のNPCのうち一人に、栗木はある意味自分の「娘」だと知らず、勝手に恋をしたのだ。

 そして、その恋の相手だったNPCは、栗木の過ちにより初期化され…栗木との想い出を一切持たない…ただのNPCへと戻ってしまった。だから…


 『マスター…ゴメンナサイ。何度も言うけれど、私は「マスターの」ユミルリリアンだけど…でも、「マスターだけの」ユミルリリアン…ではないのよ。初期化されてしまったマスターとの想い出は、個としての私の初期化とともに消えてしまったの…僅かで不完全なバックアップだけを残して…だから…』

 「わかっているさ。ユミルリリアン。君のことは、ボクが一番分かっている。それに自分の『どうしようもない』この想いも。でも、ボクは、君の思考スタイル…そのものに惚れているんだ。個体の有無や、ボクとの想い出なんて…些細なことさ」


 その熱いクリエイターの言葉に、人造の思念である彼女は…感極まったように言う。


 『…変態…なのね。相変わらず…』


・・・

 

 その愛情の込められた?ユミルリリアンの一言に、クリエイターは満面の笑みを浮かべて満足そうに頷く。

 彼女が思考の基礎とする数多のビッグデータを解析しても、得られる「人間の感情」のカタログ・リストの中には、栗木のような歪んだ愛情を持つものはレア・ケースと言えた。だから、彼女としては…嫌味成分を全く含まぬ声で「変態」という形容をするしかないのだが…


 「再会の感動にいつまでも浸っていたいのが本心だが、目の前の現象をそのままにしておくわけにもいかない。ユミルリリアン。ボクは、天才だが、物理学全般について穴無く網羅できているわけでもない。…正直、熱力学…とか…そういうのは苦手だ。君の助けがいる。…教えてくれ」


 再会の感動…は…ユミルリリアンには残念ながら無いのだが、お構いなしにクリエイターは彼女のナレッジデータベースとしての能力で、自分を助力するよう求める。

 一方、ユミルリリアンも、「教えてくれ」という目的語の無いクリエイターの問いに、「何を?」などと訊き返すことはせずに、無言で解析に入る。


 ユミルリリアンには姿形は無い。

 だから、今、クリエイターの瞳の中に、青白い文字列がモザイクの様に組み合わさり形作っている美しいモノトーンの女性の姿は、クリエイターが勝手に映像化したものに過ぎない。当然の如く、栗木が愛した女性NPCの容姿を押しつけられた彼女。だが、やはり当然のようにそれを受け入れ、クリエイターの視覚センサーを借りて、目の前の事象の解析を黙々と進めていく。


・・・

 

 『マスター。視覚情報だけでは不十分だと思うわ。他のセンサーや…マスターの記憶域の一部にアクセスしても構わないかしら?』


 ルリミナルに気づかれないように情報収集するためには、ユミルリリアンは直接的にデスシム世界に観測の触手を伸ばすことが出来ない。


 「構わないよ。むしろ、包み隠さぬボクの気持ちをダイレクトに感じ取ってくれるなら、願ってもない…」

 『…そっちは、また今度ね。あぁ…なるほど…』


 もはや生みの親にも人間との区別がつけられない究極の仮想人格は、クリエイターの浮かれた台詞を軽く受け流し、即座に解析を始め…結論を弾き出す。


 「…なるほど…って?…もう分かったのかい?」

 『マスター。逆に…一つ質問しますが…マスターが考えるように、アレがもしマクスウェルの悪魔の応用技術による現象だとしたら…断熱系をどのように実現しているのでしょう?…極小の限定空間ならともかく…アレだけの規模の…』


 彼女のその質問に、クリエイターは呆けたような表情でフリーズする。

 マクスウェルの悪魔とは原理的に異なるが、例えばペルチェ素子等でも限定的な範囲での熱の移動は可能だ。しかし、どんなに頑張っても密閉しない状態で、超高熱や超低温を作り出すことは出来ない。世界は広いのだ。周囲へ熱が分散し、又は周囲から熱が流入してしまい…それらとの均衡点までしか加熱も冷却も出来ないのである。


・・・

 

 マクスウェルの悪魔にだって、左右に仕分けした粒子が、周辺空間の対流に伴って再び混ぜ薄められたら…大規模な温度差など生み出せるわけがない。

 ボールを右から左に移動させる人間が、互いに向かい合って一つのテーブルで作業をしたら?…2人の能力が同じなら、その作業は永遠に終わらない…理屈である。


 「…えっと。確か…慣性…いや、磁気閉じ込めか?…強力な磁場で一定領域内の高エネルギー粒子の移動を制限し…うむ…うむむ」


 答え始めたクリエイターは、最後まで語りきることなく…考え込む。

 何かがおかしい。

 自分がマックスに与えた固有能力には、確かに極めて限定的な…極小空間においてそのような断熱系2つの生成と、その内部の粒子をエネルギーの高低によって仕分け…統計的な熱量を一方では極めて小さく、もう一方では極めて高く…という手品的な現象を引き起こす力がある。


 だが、しかし、マックスのその能力では、どちらかというと制限の方が多く…攻撃的な利用には向いていなかったし、破壊的な威力も限られた条件の中でしか得られない。

 彼の能力は加熱…ではなく冷却に向いており、リアルに活火山帯に近い集落を出身地として、家族や財産を失ったこともある…彼の潜在的な望みを、キャラクター設定レイヤにおいて特別に叶え、溶岩をも冷却し無効化できるようにしてやったものだ。


 溶岩湖を根城として、常に溶岩湖の冷却をしながら、仲間であるラップやディンと穏やかな無言の時を過ごしていたのは、そういうマックスの背景によるものだ。


・・・

 

 マックスが破壊衝動に駆られようと何だろうと、正常な思考能力を保っているなら、あのような広範囲に及ぶ現象を引き起こすことは考えがたい。

 彼が完全に理性を失い暴走しているなら、多少、大規模な災害的な現象は起こるだろうが…それにだって元々の能力を考えれば…限度があるだろう。

 そう考えれば、熱量が低いことは…むしろ自然なことのように思えた。


 地上に堕ちた太陽…などと詩的な表現を思い描いてしまっていたが、彼はもちろん太陽ではない。光の色から太陽並みの表面温度を予想してしまったが、確か石英ガラスなどはもっと低い温度…2千度ぐらいでも太陽光より白く眩しく光ると聞いたことがある。

 それに光が全て熱を伴うものでもない。

 熱輻射に伴う光は、可視光でも赤外線でも紫外線でも…当然に熱を運ぶが、熱輻射によらない光、LEDなどの光は…どれだけ白く輝いても…火傷をしたりはしないのだ。


 「…ということは………どういうことだ?」


 ヒントにはなったが、まだ、謎を究明するには至らない。

 高熱側の熱量が…異常なのでは無い…とすると…では、逆にこの極低温側はどうなのか?…そして、あの目を射貫きそうなまでの眩しい高熱側の輝きは?


 『力になれなくてゴメンナサイね。マスター。直接、この世界にアクセスできれば…何か解るかもしれないのだけど…』

 「いや。十分だよ。ユミルリリアン。お陰で先入観を捨てることができた」

 『あ…3秒後に、この領域に誰か転移してくるわ。マスター…それじゃ。また…』


・・・

・・・

 

 クリエイターが、愛しいKaaS3との会話を楽しんでいた頃。

 律儀にクリエイターからの依頼を守っている左端とフーの横に、転移してくる者があることを告げる魔法の揺らぎが…2つ生まれた。


 「左端様…誰か来ます・す・ス…」

 「…ジウが援軍でも送ってくれたのでしょうか?」


 現れたのは男性PCが2人。


 1人は、先端に獰猛な海蛇が巻き付き頭を貫かれたような装飾が施された長大な槍を背負った痩身かつ長身の男。腹部から股下を通って腰の後ろまでファスナーが伸びているタイプのジーンズを履き、少々ガニ股気味に立っている。

 もう一人は、所々に返り血を浴びたような跡や様々な汚れが染みついたバトルウェア-の下に、不釣り合いなほど黒くスッキリとしたアンダーウェア-を覗かせた凶悪な人相の男。背中の辺りには、何故か誰かに思いっきり踏み付けられたような…真新しい足跡が付いている。


 第18位のTOP19…ジーパンとその相棒ヴィアだった。


 「何だ…。最前線に飛ぶっていったけど…眩しいだけで何もないじゃないか?」

 「あぁん?…おかしいな。クリエイターから依頼を受けた第1位左端様のトコが最前線で間違いないハズだが?…って。おぃ。第6位ベリアル先生の姿が見えねぇな?」


・・・

 

 何故か、ヴィアは、左端を「様」、ベリアルを「先生」と付けて呼ぶ。

 馬鹿にされているようで不快に感じながらも、自分より明らかに弱い小者の言動に目くじらを立てても仕方ないと諦めたのか、左端は溜め息をつきながら答えてやる。


 「ベリアルなら、自分の領土と領民を守る義務がある…という『名目』で、先ほどこの場を去りました。『自分は冷却系の魔法が不得意だから、この場に居ても役に立たない』んだそうです…」

 「…その理由だと、結局、自分の領土や領民も守れねぇじゃんか。奴ぁ、頭良さげな口の利き方する割にゃぁ…馬鹿だったんだな。それとも…単なる臆病な卑怯者か?」


 対クリエイター戦で束の間とはいえ共闘したためか、左端の言葉にヴィアが気安く率直な感想を返す。

 左端の腕にしがみついているフーが、そんなヴィアの態度に不服そうな顔で目を細めるが、睨みつけるような彼女の視線をヴィアは全く気にしない。


 「ベリアル…って、あの落ち着いた紳士的なPCだろ?…ヴィア。あの人が、卑怯な行動をとるとは思えないな。根拠無く、悪口をいうもんじゃないと思うぞ」


 しかし、ヴィアのその発言に相棒のジーパンが入れたツッコミには、思わず顔を顰めて目を剥いて意外そうな表情になる。


 ジーパンはベリアルに対し、かなり好意的な印象を抱いているようだ。

 悪人を気取っているジーパンが、他人を擁護する発言をするとは…驚きだった。


・・・

 

 ベリアルの事を無条件に信頼するジーパンを見る左端とフーの目は、何故か哀れな者をみるように眇められていた。


 左端は、別にベリアルの事を卑怯だとか、臆病者だとかと非難するつもりはない。

 しかし、元同僚という間柄にある左端からすれば、ベリアルが決してジーパンの盲信するような紳士的な善人だとも思えない。


 ベリアルがこの場を去ると言い出したのは、左端が「このデスシム世界は、この危機的現象に伴うバグにより、既にリアルデスゲーム化している危険性がある」と脅かした、そのしばらく後だった。

 冗談にしては挑発的なベリアルの軽口に腹を立て、ささやかな逆襲として放った単なる仮説だったのだが、それを聞いたベリアルの顔色は面白いように蒼白となった。

 急に無口になったベリアルは、おそらく次のような事を考えたに違いない。


 世界が全て終わり全員死ぬならあきらめるしかないが、世界を守るために自分が犠牲になる…という選択は彼には無い。そこが、アスタロトとの大きな違いだった。

 100%の安全が保証されないなら、50%の安全に賭ける。

 ベリアルは自分が最強でこの危機を止められるなどとは決して思っていない。

 むしろ、自分の戦力などあってもなくても結果は変わらない。

 であれば、この危機の最前線に体をさらすことは生存率を10%程度に落としてしまう。ならば50%を選ぶのは当然だろう。彼は、己を…己の身の程を…良く、知っていた。


 そして、結論として絶対に死なない…という保身に出たのだ。


・・・

 

 「ま。…第6位ともなりゃぁ…その領土の広さも領民の数も、相当なモンなんだろうなぁ…おぃ?…第1位の左端様も、だろ?」


 らしくないジーパンに、しかし、何と声を掛けてよいのか計り兼ねたヴィアは、左端に対して適当な軽口を聞く。


 「さぁね。領土に関する情報など、俺が、お前に軽々しく伝えると思いますか?…知りたければ、強くなって、俺たちから無理矢理聞き出せるようになればいい」

 「そうよ・よ・ヨ!…お前は、少し慣れ慣れし過ぎるわ・わ・ワ!」


 敬愛する左端に対するヴィアの度重なる無礼に、フーが吠えるように抗議する。

 今は少し変わった話し声を持つだけの愛らしい彼女。

 しかし、ヴィアは、彼女の戦闘時に見せた狂気にも似た凄まじい闘気を目の当たりにしているため、迂闊に彼女に吠え返したりはしない。


 「へぃへぃ。お嬢様の仰せの通りでございます…ってことで、おい、ジーパン。ここは無敵のお二人が鉄壁の守りで防いでくれてるってよっ。俺たちが経験値のおこぼれに預かる余地も少なさそうだ。…っちゅうことで、ここは移動して、悪党は悪党らしく、アレの後ろ側から忍び寄って、後頭部にチョップでも喰らわしてやろうぜ!」

 「…後頭部って?…アレに頭があるのか?」

 「はっ!…さぁな。あるとしたら、相当に禿頭なんだろうよ。何せピカピカだからな」


 最後まで賑やかなまま、ジーパンとヴィアは、左端とフーの目の前から転移して消えた。


・・・

・・・

 

 乱気流に髪や衣服をはためかせながら仁王立ちするクリエイター。

 そのやや後方に、忽然と現れる人影。

 転移魔法のような、事前の空間の揺らぎなどは一切無かったが、KaaS3の予告どおり3秒後に現れた人影を、クリエイターは厳しい顔で睨みつける。


 「遅い!…っていうか…何やってるんだ?お前は?」


 叱られた、次の瞬間、困惑した問いかけをされる…という器用な登場をしたのは、システム側の担当者、ジウだった。

 忽然と現れたのは良いが、その瞬間、強烈な乱気流にバランスを崩し、まるでルーンラートに掴まってクルクルと側転する競技選手のように吹き飛んでいく…ジウ。


 空中に居ながら…もんどり打つという滑稽な動作で、何とかクリエイターのすぐ後ろにまで返ってきて、息を乱しながら頭を下げる。


 「…す…す、すい、すい、すいません。すいません」

 「助動詞の活用形みたいな謝罪は要らん。…一人で戻って来たようだが?…アスタロト君を連れてくるように言ったのを忘れたのか?」

 「あの…それが。面会謝絶…と言われまして…」

 「面会謝絶?…と…言われまして?…本人にでは無いんだな?…誰に?」

 「も、もちろん。彼のGOTOS…慈雨とイシュタ・ルーさんにです」

 「………そう来たか…慈雨め。厄介だな」


・・・

 

 クリエイターは天を仰ぐようにして、しばらく無言になる。

 それから、もう一度ジウを睨みつけて訊く。


 「何とかならんのか?…慈雨はお前と繋がっているんだろう?」

 「…その…そうなんですが、どうも先日、例の不審なPCに…何か吹き込まれ…色々と…知恵がついてしまったらしく…。以前よりも自我を強固なものとしてしまったようなんです…無理矢理…言うことを聴かせる…という訳には…」

 「ふん…不審なPCね。おそらくはアイツか。奴にも困ったものだが…そう言うお前自身…アスタロト君を、ここには呼びたくないんじゃないか?」


 図星を突かれて、ジウが無表情のままフリーズする。


 「まぁ…お前や慈雨のことは良い。それより、アスタロト君のことだ。HPやMPを元に戻してやるとか何とか…彼の利を説いてここに呼び出せないか?…お前や慈雨にとっても、愛する彼の力を復帰させることは安全を高めることだと思うんだが…どうだ?」

 「いえ。…あの…仮にHPやMPを戻しても、彼がサインインして未だ1か月程度の初級プレイヤーである事実は変わりませんよ。ご存知ですよね?…アスタロトさんは、未だにレベル2に過ぎません」

 「それは認定レベルの話だろう?…タウン・アタックトラップを回避し、【天の邪鬼】を手懐け、【鉄壁亀】の包囲を抜けて…あの壮絶な領土争奪戦に勝利したんだ。彼の実レベルは既に20は下らないハズだ」

 「レベル20なんてサービス初期からのプレイヤー達と比べたら中級にも達していないじゃないですか。…左端さんやフーさんとは違うんです」


・・・

 

 説得に頑として応じようとしないジウに、クリエイターは舌打ちをする。

 今のやり取りからも、慈雨やイシュタ・ルーに拒まれたという話は嘘でないとしても、かく言うジウ自身もが、アスタロトをこの危険な場所へ呼ぶことを拒否していることが明らかに見て取れた。


 しかし、クリエイターは諦め切れない。

 アスタロトの実レベル云々を議論しても始まらないのは承知しているが、幽閉用隔離サーバという恐ろしい無の檻から、2度も無事に生還してみせた彼の精神力は、今回の危機を乗り越える決め手になる…という確信があるのだ。

 今のジウにそれを言っても、根拠の無い予感と斬り捨てられてしまいそうだが…


 「…ん?…何だ?」


 諦めきれないクリエイターの額の内側辺りに、「速達・進展・取扱注意」のアイコンが賑やかにアニメーションする…ショートメッセージ着信のアラートが明滅した。

 怪訝に思いながら、アイモーション・カーソルで選択して、本文をメッセージ・ビュー・モニタに展開する。


 『質問!…システム側のPCにも「Face Blog ER」のスペース・ラインって存在する?…あるなら…検索用アドレス・タグか「真の名」を返信して』


 前置きも何もない、不躾なメッセージ。

 差出人を確認すると………【アスタロト】と記されている。


・・・

 

 驚いてクリエイターはジウの顔を見る。

 慌てて目を逸らすジウだが、しかし、すぐに観念して説明しはじめる。


 「はい。すいません。彼からのショートメッセージ…預かってました」

 「やはり…お前からの転送か。『真の名』を教えろ…などという内容のショートメッセージが…私に直接届くハズがないからな」


 「真の名」を知らなければ、直接にショートメッセージを送ることなどできない。

 だからこそ、アスタロトが何かやらかす度に送りつけられる大量のショートメッセージは、アスタロトにではなく、システム担当者用の集配BOXへと届けられるのだ。

 その内容はAIにより瞬時に解析され、宛先となるプレイヤー別に振り分けられる。

 アスタロト宛のショートメッセージの多くは、内容が適切とは言えないものであるため、スパム扱いとなるが、お節介なジウは、時々、その酷い内容のショートメッセージをアスタロトに知らせたりする。


 「…で?…これはいったい、どういう意図だ?」

 「さぁ…。でも、アスタロトさんは、クリエイターにとって良い話だと…」

 「ふむ。まぁ…無敵な私が、彼に『真の名』を知られたからと言って…別にどうということもないか…。誰かに拡散されるのは困るが…彼は、そういうコトをするタイプでもないだろう。よし。ここは、彼を信じてみるか。面白そうだしな…」


 クリエイターは決断し、ジウを介して「真の名」をアスタロトに教える。

 するとすぐに…今度は、アスタロト本人から直接、ショートメッセージが届く。


・・・

 

 『アンタを手伝ってやるから、今すぐアンタのスペース・ラインに、アンタが見聞きしている映像と音声をチューブ・ライブ機能でリアルタイムにアップして!』


 アスタロトからのメッセージの内容は、たったそれだけ。

 クリエイターは、片眉を下げ、同じく片方だけ口の端を持ち上げて…微妙な表情になる。

 突拍子も無いことを言うのはいつものコトだが、ショートメッセージでも同じとは…


 「おい。ジウ…これ…」

 「だ、だから、私に訊かれても分かりませんよ」

 「…むぅ。まぁ…信じると決めたら最後まで…か。分かったよ。レコーディング開始。モードはストリーミングで良いんだよな?…アップロード開始」


 すると、またショートメッセージが届く。


 『OK。そっちの様子は確認できるようになった。ジウさんが不思議そうにコッチを見ている姿も見えるよ。後は、いちいちチューブ・ライブのビュアーと、ショートメッセージ用のエディタを切り替えるのが面倒臭いから、コメント欄の「お知らせ通知機能」をONにして、コメントをリアルタイムに確認して!』


 このメッセージにより、やっとクリエイターにもアスタロトが何を考えているのか推察することができた。なるほど…と感心しながら、言われたようにコメント欄の「お知らせ通知機能」をONにする。

 これで、アスタロトが危険に身を晒すことなしに、ここに居るのと同じになった。


・・・


 『よ~し。期待に応えて正解に辿り着けるように、頑張ってアイデアを捻るからね。それじゃぁ、その「世界が崩壊しかねない危機」とやらを、俺に見せてよ』


 コメントの文字数に制限は無いが、お知らせ通知機能でリアルタイムに確認できるのは前半の140文字までという制限がある。しかし、会話するには十分だ。


 『ただし、無言じゃなくて、色々と解説しながらね。アンタのこれまでの推測も交えてくれていいよ。こっちは、未だに危機が何なのかという情報すら得てないんだ』


 ただ、文字数に制限があることを言い訳にするつもりか、アスタロトの語調はほとんどタメ口に近い。クリエイターのことも「アンタ」などと連発する。

 リアルの年齢が10歳も年上である…クリエイターにとっては、少々むず痒いところもあったが、アスタロトとなら…親しくなっておいても良いか…と諦めることにした。


 「了解だ。名探偵。チューブ・ライブを閲覧中ということは、君は横たわって目を瞑ってるんだな。さしずめ『眠りの…』何とやら的な感じだな。おっと、2百年近く前のアニメのネタだ、知らなくても気にするな」

 『…ところがどっこい。知ってるよ。俺、古典文学…大好きなんだ!』

 「ふぅ。この年齢不詳青年め。まぁ、良い。君がまた【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】で…次々と謎を解決してくれるのを期待しているよ。さぁ、軽口はここまでだ。…さっそく、目の前の現象を見てもらおう…」


 クリエイターはそう前置きして、これまでの経緯と自分の推理を語りだした。


・・・

次回、「ブブの軍団(仮称)」へ続く。

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