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(32) サーマル・ハザード

・・・




 視界が白一色に染められていた。




 ただし、その白は決して平面的ではなく、目の前を横切る者が生み出す一瞬の濃い陰影の走査によって、遙か彼方を光源とした、気の遠くなるほどの分厚さを持つ、奥行きをもった光により染め抜かれた白だということが分かる。


 視覚センサーが、たちまち悲鳴を上げてアラートを連発し、オートで露光補正がかかるが補正限度を越えて安全回路により視覚が切断されかける。


 視覚を突き抜け、脳を直接に射抜かれるような…表現しようのない苦痛。


 慌てて光源に背中を向けるが、既に視覚センサーは限界値を超えた入力によりいくつかの回路でエラーを起こしているのか、赤や緑などの形が曖昧な光が浮遊しているような…意味不明な映像を見せるばかりだ。


 「この仮想の体には実際に脳があるわけではないが…まるで脳が焼かれるような痛みを感じるね。今のところ…ステータス値が減少するような直接的ダメージは無いが…」


・・・


 「脳は無くとも…シムタブの量子通信回路を通じて…情報はダイレクトにリアルの脳へと送られているんです。今頃は、俺たちのリアルの体も顔ぐらいはしかめているでしょう…いや、【死】に関してだけは不要なまでにリアルさを追求するここのシステムなら、この仮想の体にも脳が用意されているかもしれません…最大の弱点として…」


 目を指でもむようにしながら…ややラフな口調で…苦痛を訴えるベリアルに対し、左端が律儀な答えを返す。


 ベリアルは旧知の中である左端とフー以外に誰もいないとき、このような慣れ慣れしいしゃべり方をする。


 一方、左端は、主語に「俺」という一人称を用いながらも、何故か語尾は「ですます調」という特徴的な口調を持つ。


 このような口調の違いが、二人の性格や関係性の一端を如実に示しているといえる。


 そんな二人の話を、フーも光源に背を向けて、目を閉じ、左端に寄り添うようにして聞いているが…彼女は必ずベリアルとは離れた側に身を置く。フーは、左端に対して口調をがらりと変えるベリアルのことを、どうしても…あまり好きになれないのだ。


 もっとも…普段は無口な部類にはいる左端も、ベリアルとなら多少は饒舌になるのだから、ベリアルばかりを嫌うのは気の毒な気もするが…

 要するにフーは、左端に特別なシンパシーを持っているのだろう。


・・・


 視覚情報が得られず、為すすべもなく立ち尽くす3人。

 しばらくして、ようやく視覚センサーが各種エラーへの自動修正とチェックを完了し、再起動されたことにより視覚か戻る。


 光源に背を向けているため、相対的に世界が暗く目に映るが…現在地点における現在時刻からすれば、今は昼であるはずだった。


 メジャーアップデート後にシステム的にかけられていた移動制限は、クリエイターの言によれば既に解かれているハズだ。

 だから、豪雨に伴う分厚い雨雲に陽光が遮られている…ということもないのだが…余りにも背後から放射される光が強すぎて、後ろを向いているにも関わらず視覚センサーに露光補正がかけられてしまっているのだろう。


 まるで太陽が、存在すべき座標を間違えて、地上に出現してしまったかのような激しい光だった。

 しかし、それが太陽などでないことは明白だ。

 何故なら遙か頭上には、見慣れた(とは言っても直接、目視すれば先ほどと同じように視覚センサーにダメージを負うのだが)…太陽が今も輝いているのだから。


 クリエイターからの依頼を受けて、この座標へ転移してきた左端たち3人だったが、こうして光源に背を向けて突っ立っている以外には、実のところ何も出来ることがなかった。

 万が一、あの光源がこの方面に向けて接近するようなことがあれば、3人はそれぞれの持つ最上級の冷却系の魔法で光源の接近をくい止めるように指示されている。


・・・


 冷却系の魔法…。

 その使用を指示されたということは、あの苛烈なまでの光を放つ光源が、ただまばゆいというばかりでなく、驚異的なまでの熱源であることを意味していた。


 ジウの報告によると、あの光源は発生当初には紅蓮に輝き揺らいでいたそうだが、それが徐々に橙色から黄色を経て完全なる白へと変化してきたのだという。

 それはすなわち、光源であり熱源の放つ温度が、色の変化とともに上昇を続けているということである。


 今となっては、この現象の発生地点に…こちら側から…接近することは不可能であるが、幸いにも急峻な山岳地帯の奥地から発生した現象であるため、山麓のいくつかのタウンが壊滅的なダメージを負ったものの、致命的な被害を負ったプレイヤーの数は最小限に留まっている。


 光源の移動速度はそれほど速くなく、また、非常に目立つ現象であるため、誰もが有無を言わずに速やかに避難行動に移ったということも、被害者の増大を防止につながったといえるだろう。


 だが、それでも被害者の数はゼロではない。

 その事実が、あの光源の進行を何としてでも押しとどめなければならない理由であった。


 そして、一般プレイヤーには、そのような力を持つものはいるはずも無く…すなわち、左端たちTOP19とシステム側の担当者たちの力に、この危機の趨勢が委ねられている。


・・・


 左端たちへ指示を与えた後、クリエイターは言った。


 「…まぁ、私の予定外ではあるが、メジャーアップデートで新設される内容の一つとして【ハザード・イベント】というのがあったな…。

 ちょうど、こんな感じの…いやぁ~、まいったなぁ~一人じゃ手に負えないやぁ~…とほほ~的な自然災害がランダムに発生し、それにどう対応するかで、経験値などを獲得できるイベントだが…これが…、実はそれだったという扱いにしちゃおう」


 何ともデタラメでイイカゲンな発言だが、クリエイターらしいと言えば、クリエイターらしいと言えるだろう。

 それに…緊迫した事態に身も心も硬直し、実力を発揮できぬままに終わりを迎えるよりも、いっそのことイベントとして伸び伸びと対応したほうが各TOP19の実力も最大限に発揮できるハズ…と考えれば、クリエイターの適当に思える発言も、それはそれで意味があるように思えた。


 現在、このポイントにいるのは、左端たち3人だけだ。

 システム側の担当者が一人もいないのは、メジャーアップデート後の移動制限の解除についてと…この光源及び熱源が【ハザード・イベント】であるということを、総出で告知して回っているためだという。

 現状の把握を終えたクリエイターは、まず第一に、パニックの発生による無用な混乱…例えば暴動などの防止を最優先のミッションとして指示したのだ。


 何故、現象への直接対応より優先して、そんな告知をして回る必要があるのか?


・・・


 今、暴動などにより不必要に多人数が集合するのは、非常にまずいのだ。


 デスシム世界を構成し再現する描画エンジンの特性として、人の多く集まる場所のディテールはより詳細に、そうで無い場所についてはやや荒い描写を…というリソースの加重配分機構が存在する。

 しかし、原因不明の光源及び熱源がそのバランスを崩して膨大なリソースを消費してしまっている。

 この不安定となった状態で、大量のリソースがさらに暴動の現場で食い尽くされてしまえば、木星サイズの巨大惑星として設定されたデスシム世界すべてを安定して存在させ続けることが困難となるだろうことは容易に想像できる。


 事実、システム側の調査によれば、既にほとんど陸地が存在しない公海上の領域の描画は極端にディテールが甘くなっており、その区域に近寄ることは自己の存在をロストする危険性を持つまでに至っているとのことだ。

 この公海上の不安定領域は、つまり…あの幽閉用隔離サーバの「無」に極めて近い過酷な空間と酷似した状態であると言えた。

 あの第1の試練を自力で乗り越えられたのは、TOP19たちですら…5人のみ。

 TOP19ですらないヴィアが脱出できたのは奇跡的な例外に過ぎないと考えるべきで、このようなエリアが、今後もし拡大するようなら、一般プレイヤーたちが無事でいられる保証は皆無だと考えるべきだろう。

 そしてプレイヤー数が少なくなれば、それに伴いリソースの総量も減少するわけで…つまりは、破綻へ向けた悪循環が加速してしまうことになる。

 それだけは、何としても防がなければならない。


・・・


 あの熱量だけでも、かなりの脅威であるのだ。

 その対応も十分に出来ていない現状において、暴動の鎮圧などに労力をさく余裕はない。

 とりあえず、イベントの告知だけであれば戦闘能力がそれほど高く無いスタッフでも用を果たせるため、暴動を未然に防止することが第1の指示として出されたことは合理的であると言えるだろう。


 「…悔しいが、このあたりの判断力。俺は、まだまだ…あのクリエイターには遠く及ばないようです…」

 「ははは。そんなことで君が落ち込む必要はないさ。この世界のシステムは、基本的にあの男が創ったんだ。全てを知り尽くしたあの男に対し、私たちは大きなハンディキャップを背負っているようなもの。勝てれば大金星。負けたところで誰に恥じる必要もありはしない…しかし、いったいこの光の正体…左端、君は何だと思う?」


 第1位でありながら…常に伏せ目がちで気弱そうな印象そのままに、左端がため息をつき…それを慰めるベリアルは、背後から強烈な光を投げかけてくる謎の光源の正体について、左端に問いかける。


 「分かりません。あれだけの輝度を持つ魔法を俺は知らない。先日の領土争奪戦のように誰かの戦闘行為の余波であるとも…とても思えません。しかも…アレには、熱量に関して…少し腑に落ちないところがあります…」

 「あぁ…。やっぱり君もそう思うか。いくら光源からここまでの距離があると言っても…ここまで到達する熱量が…少な過ぎる。クリエイターが何らかの措置を既に施した…ということなのかな?」


・・・


 「さぁ、どうでしょう。システムのバグ…という可能性もありますが…。単なるバグなら、クリエイターに任せておけば…すぐに解決するでしょうし…」

 「まさか、今時、バグで真のデスゲームとなってしまうようなことは…無いだろうけど…どうする?…左端。万が一を考えて、今の内にログアウトしておくかい?」


 ベリアルは何気ない…感じで左端にそう尋ねた。

 彼の真意は別として、万が一、このゲームがリアル・デスゲームと化して、真実の魂までをも捕らわれてしまう可能性があるのなら、そうならない内に…事前に安全?なログアウトをしておくのは悪い考えとはいえないだろう。

 ただし、このデスシム世界からの唯一のログアウト方法は、この世界で【死】に至ること…という悪趣味な仕様であるが。

 システム側の謳い文句である「これはデスゲームではありません。」という説明どおり、この世界での【死】は、現実世界のメディカル・プールに横たわっている実際の自分の体には、何の影響も与えないハズだ。


 「ベリアル。お前が、本気でそう思っているのであれば…むしろ俺が、お前のログアウトのために手を下してあげましょう」


 ベリアルの発言のどの部分が気に障ったのか…左端は、普段は見せない凶悪な笑顔で、白目と黒目の反転したような特徴的な目を見開き、隣に立つベリアルへと鋭い視線を送り…殺気を放つ。

 その殺気は、第2位の実力者であるフーを怯えさせるに十分なものだ。

 しかし、ベリアルは何事も無いような表情で、いつもどおりの笑みを浮かべている。


・・・


 しばらく続いた沈黙の後、左端はそれまでの殺気を、まるで嘘か幻であったかのように唐突に消し去り、再び、いつものように伏せ目がちで気弱な雰囲気へと戻る。

 その急激な変化に驚いたフーが、目をパチパチと瞬きながら左端の顔を窺う。


 「俺がこんな悪趣味な世界に、何故、未だにしがみついているか…知らないお前では無いでしょう。別に…ジウを倒すことなど…どうでも良いのです。…彼女の魂は、間違いなくこの世界に囚われたままだと…俺は確信しています。彼女をこの手で救い出す。それが、俺の存在理由です。それを果たさぬうちに…この世界を終わらせはしない…」


 その血を吐くかのような悲痛な思いのこもった左端の宣言を、フーは目をギュッと閉じて…嬉しそうに…しかし…同じぐらい辛そうな表情で聴く。


 「…しかし、君がそう思っているだけで、彼女は既にリアルへとログアウトし、他の仮想世界で楽しくやっているかもしれないよ?」

 「お前は計算もできないんですか?…ここでの現実対仮想レートが、現在、どれだけに設定されていると思っているんです?…もし、お前の言うとおりだとしても、彼女はまだメディカル・プールの中で…覚醒の途中…微睡んでいるぐらいに過ぎません…」


 左端は、「そうなら…そうで…別にいいんです」と微かに自嘲めいた笑いを漏らす。


 「だが、そうで無いとしたら…俺にしか彼女は救えない…。それに、どうせ彼女とは、この世界で出会っただけの関係です。俺が、慌ててログアウトしたところで…彼女と現実や…別の仮想世界で再び逢えるという保証は…皆無です」


・・・


 左端の腕を、フーがそっと抱きしめる。

 そんなフーの頭を、左端は優しく撫でてやりながら、ベリアルへと言葉を投げる。


 「俺のことは良いんです。お前はどうするつもりですか?…自ら命を絶ち、今のうちにログアウトするというなら止めはしません。このポイントは、俺とフーの二人で、守りきって見せましょう…」

 「はっ…いや…私は…」



 「ただ…既に、あの異常な光源の影響で、このデスシムが…既にリアル・デスゲームと化している可能性があることだけは…お忘れ無く」



 「かはっ…」


 笑みの形のままの口から、情けない音をさせて空気を吸い込むベリアル。

 異様なまでの迫力ある左端の言葉に、さすがのベリアルも体中の筋肉を硬直させてしまい、その結果、自分の意思とは無関係に肺へと空気を吸い込んでしまったようだ。


 ベリアルの顔から…いつもの余裕の笑みが消えていた。


 そのベリアルの表情を見て、フーがはっ…と息を呑む。

 何故なら、笑みの消えたベリアルの顔はまるで…"彼"に…そっくりだったから…


・・・

・・・




 現場へ。




 そう言葉では言ったものの、実際には現場どころか、その近くにすら行くことはできなかった。


 超超…高…高熱。


 そうとでも表現しない限り、文字では伝えようの無いほどの高熱で、何もかもが一瞬のうちに溶融され…


 極極…低…低温


 そのような表記ではうまく伝えられないほどの低温状態…通常の極寒などという表現では生ぬるく、寒いという感覚さえ得られぬうちに凍り付く。


 そして、その…全く逆のエネルギー状態が、一つの点を中心とした前後…或いは…左右…若しくは、そのいずれでも無いかもしれないが…半分に超超高高熱を、その逆側の半分に極極低低温といった具合にひしめき合っていた。


・・・


 二つの相反する極限のエネルギー状態。

 これを生み出す発生点の近傍では、不思議とそれらは互いを食い潰さんと欲することなく、その状態を保ち続けている。


 しかし、中心を少し外れた所では、当然の如く熱エネルギーの移動が発生する。

 現実世界と同じ物理法則を仕様として与えられたデスシム世界では、やはり高熱側から低音側へと熱が伝導していく。


 それは、熱エネルギーが高い状態から低い状態へ移動するとも言えるし、激しく運動する粒子の運動エネルギーが、静止状態に極めて近い状態の粒子へと運動エネルギーを譲り渡す…とも表現されるだろうし、ある者はまた、熱力学的なエントロピーが極めて低い状態から極めて高い状態へと増大していく…と主張するであろう。

 しかし、どう表現しようと、もたらす影響に違いはない。


 恐ろしいまでの嵐であった。

 恐ろしいまでの雷の発生であった。


 しかし、固体や液体に比べれば、気体であるところの大気の熱伝導率は低い。

 ある程度以上の温度差を持って接する地点では、その熱伝導率が追いつかず、まるで見えない壁が存在するように、温度の断層を造りだしているようだ。


 そして、中心部から外周へと離れ、十分に熱伝導がそれぞれを浸食し合える程度の状態の地点では激流という表現では生温いほどの流れが巻き起こっていた。


・・・


 極低温や超高熱のいずれか一方の状態については、現実でも仮想世界でも、その活用方法が無数に考えられ、実際に利用されている。

 例えば、超高熱の実現は、現実世界では原子融解及び再結合による新しい原子の生成やその過程を細密に観測し宇宙の生成過程を解明する糸口として利用され、極低温は生物細胞の長期保存や未だに実用レベルの量の確保が難しい室温超伝導物質に変わる超伝導技術の実用環境として利用されている。


 そして、このデスシムでは、いずれも攻撃魔法の巻き起こす効果として利用される。


 しかし、その極限といえる状態が、同時に一つのポイントを中心として発生することがあるなどと…誰が想像しただろうか?


 高熱魔法に、低温魔法を重ねて行使すれば、互いに打ち消しあって望むようなダメージを相手に与えることは出来ない。

 誰もが、無意識にそう信じ込んでいた。


 いや。時間差を置いて用いるというアイデアを実行するものはいた。

 例えば、冷却魔法で超低温へと目標物を凍結させ、それを次の一手で急激に熱する…という温度差による相手の状態変化を利用する方法だ。

 直接に攻撃に用いても大ダメージを与えられるが、高い防御能力を有する防具…鎧や盾などを、激しい温度差に晒し、脆くすることで破壊する。


 だが、今、この現場で発生しているのは、そのようなレベルを遙かに超えている。


・・・


 「…あぁぁん?…何だってぇ!?…悪いな…全然、聞こえんよ!!!」



 クリエイターが、飛翔魔法で、荒れ狂う大気の中を漂っている。


 誰かから呼びかけられたような気がして、クリエイターは大声で怒鳴り返す。

 大気と大気が擦れ合い、ぶつかり合うことによる轟音が、反則的なまでに高性能を有するクリエイターの耳を持ってしても、呼びかける者の発する言葉の聞き分けを困難なものとしていた。


 できる限り近いところから中心地点を確認しようと、温度の間となる地点の…やや極低温よりのポイントから突入を試みていたクリエイターだが、一旦、その試みを諦めて、ある程度安全と呼べる距離まで、後退をする。


 「…クリエイター!…TOP19たちへの【ハザード・イベント】の告知を完了しました…。それぞれの領土を防衛する形で、協力を期待できそうです」


 TOP19たちへの伝令を終えたジウが、同じく飛翔魔法でクリエイターの背後で、ホバリングをしている。

 時折、強くなる気流にバランスを崩しながらも、何とか互いの会話を聴き取ることができる距離まで、接近して、クリエイターは返事を叫ぶ。


 「ご苦労さん。こっちは、残念ながら収穫なしだ。面目無いな…」


・・・


 それほど申し訳なさそうには見えないが、一応、クリエイターも面目などというものを気にする神経を持ち合わせていたようだ。


 「アレの正体や…原因は、未だに判明しませんか?」

 「あぁ。システム側の各種モニターは、軒並み想定された計測範囲を超えた入力にダウンしてしまうし…今やブラック・ボックスと化している描画エンジンは、システム側からのあらゆるアクセスをはねつけてしまう。強制的に、現象を終了するという試みは、悉く失敗したようだな」


 どうやって情報を得ているのか、クリエイターはシステム側で現在、躍起になって試まれている様々な対処について、その進捗状況をある程度は把握しているようだ。


 システム側のPCである二人が、何故、転移コマンドを用いて現象の中心地へと一気に転移することなく、飛翔魔法などを使っているのか。

 温度的に平衡状態にあるポイントを狙って転移コマンドを用いることは有効だと思われるが、そのポイントが正確にモニタリングできていない現状においては、ほんの少し座標がズレただけでも、一瞬にして燃やし尽くされるか、はたまた凍結状態に陥るか…とにかく命取りとなる。

 従って、安全なポイントを探りつつ、飛翔魔法で少しずつ接近するしかないと考えたのだが…実際のところ、乱れ狂う気流に翻弄されて、決して安全とはいえない状態だ。


 「クリエイター。一つ、報告すべき事項があります」

 「ん?…何だ。それを聴くと、良いことがあるというなら…聴くぞ?」


・・・


 「良いことがあるかどうかは…私には分かりかねますが…。しかし、クリエイターになら…ひょっとして、分かることもあるのではないかと…。マックスさんのことです」

 「うん?…ゴホッ…誰だったかな?…あぁ…TOP19の一人だったかな?」


 この期に及んでクリエイターは、自分がディンと同一人物の操るPCであるということを隠そうとしているらしい。

 下手すぎて笑いにくいほどの芝居でしらばっくれながら…ジウに報告の先を促すように顎を突き出すようにする。


 「で?…そのマックス君が、どうかしたのかね?…彼の能力なら、この現象が接近したとしても難なく対処できると思うんだが…」

 「そうですね。ですが…その頼みの綱とも言える彼が…居ないんです…どこにも」

 「居ない?…いつから?」


 いつから?…という不自然な問い返しが、クリエイターの口から直ぐに出る。

 まるで、その可能性を想定していたかのような発言だ。


 「…クリエイターが第1の試練から…自力脱出できなかったTOP19の皆さんを解放された直後からです…って、クリエイター…予想してたんですか?」


 普通に探していて居場所を見つけられない場合に、いつから居ないか?…と訊かれても、普通に探していたジウが答えられるハズがない。居ないものは、居ないのだ。

 しかし、第1の試練解放後、クリエイターはジウに安否確認を命じていた。


・・・


 その安否確認の結果について報告を受ける間も無く、この緊急事態を迎えてしまい、取り乱したジウに乞われて、クリエイターは直接この現場へと転移してきたのだ。


 「念のために確認するが…マックス君以外のTOP19は、全員、無事に復帰できているんだよな?」

 「はい…マックスさんだけが…所在不明です」



 「………早く言えよ!!…この虚け者が!」



 やや乱暴な口調になって、クリエイターがジウの頭を上からペシっと叩く。

 しなくても良い苦労をさせられた…という腹立ちを、見事にヒットさせた一撃が手の平へと返す手応えで解消し、クリエイターは思考を切り替える。


 「ってことは、この現象に対抗する切り札だと思っていたマックス君が…実は、この現象を引き起こしている主でした…という間抜けな落ちだという可能性が非常に高いな。…ジウ、念のため、他の担当者たちにもマックス君の所在を確認させろ…」

 「…確認済みです…本当に…どこにも居ないんです」

 「ちっ。妙なところで気が利く…とでも言うと思ったか。私にまず報告するのが先だろうに…で、それならシステム側のログの確認で、彼が不幸にもログアウトしている…つまり【死】んでしまった…ってことが無いかの確認もしたんだろうな?」

 「はい。…あのサーバの安全措置は機能していました。ロストはしていません」


・・・


 ジロっとジウを睨みつけてから、クリエイターは腕組みをして考える。


 「…マックス君の能力が暴走すれば…確かに、あの様な現象を起こせるのかもしれない。しかし…彼は非常に気の優しい男だ。その彼が…何故…?」

 「随分とマックスさんについて、お詳しいんですね?」


 ジウの要らないツッコミに、「ガウッ」っと牙を剥きだして一声吠えてから、さらにクリエイターは考える。


 「何か…理由があるハズ。だが…全くと言って良いほど原因を推定するための情報が無い…。このまま現象を放置して、マックス君について調べる…というような悠長なことをしている余裕は無さそうだが…急がば回れ…との格言もある…」


 チラっとジウを横目に見ながら、クリエイターは呟く。


 「…う~ん。やっぱり、知恵…というかアイデアを貸してくれる助っ人が欲しいところだが…コイツはあまり役に立ちそうもないし…。そうなると、彼を慈雨君たちに拉致されてしまったのは痛いなぁ…」

 「役立たずで申し訳ありませんね。…では、私は、その助っ人候補の行方を捜して参りましょうか?」

 「…あぁ。頼む。彼の三重瞑想による強力な思念は…切り札になり得る」


 目を細めて中心付近を眺めるクリエイター。その横からジウは無言で転移していった。


・・・

・・・


 「…ふぅぅん。アレが【ハザード・イベント】ね。詳細は、それが発生するまで明らかにならない…とか、アナウンスされてたように思うけど、メジャーアップデート直後に、いきなり発生させるなんて…ちょっと、システム側も趣がないな」


 ねぐらとしている洞窟の一つ。その出入り口の壁に左手をついて、ジーパンは外の状況を見ていた。


 彼の目の前には砂漠が広がっているのだが、その遙か彼方に、局所的に嵐のような荒れた天候が横たわり、その向かって左手側は暗く、逆に右手側は異様な程に白く明るい光を放っていた。

 時々、所々に稲妻が走り…雲のような水蒸気の固まりが激しく形を変えている。


 「何だか、暗黒星雲の向こう側に隠れた超新星爆発でも見ているみたいだな…」


 ジーパンが気取る気もなく…素直に口にした感想。

 それに、突然、からかうような声でチャチャが入る。


 「ぐひゃひゃひゃっ…。ジーパンよぉ…お前さんも結構、ロマンチックなことが言えるんじゃねぇかぃ。だが、ちょっとキャラに合って無いぜ?…あんまり人前で不用意に口走らねぇ方がいいと思うぞ!?…くふふふ」


 ジーパンが振り返ると、洞窟の闇の中に微かな人影が現れる。


・・・


 遙か遠くの異常な空に、巨大な稲妻が音もなく走り、そのフラッシュに照らされて、相棒のヴィアの姿が闇に浮かび上がる。

 ジーパンから怒鳴り返されるのを予想して身構えるヴィアに、ジーパンから返されたのは予想外の問いかけだった。


 「ヴィア?…お前…どこに行ってたんだ?」


 驚いた…という顔をしてジーパンがヴィアを二度見する。


 「どこに…って、お前と同じ、妙な何にもない空間だよ!」

 「いや。そこから…戻ってきた後の話に決まってるだろ?…さっき…」


 そこまでジーパンが言ったところで、轟音が二人の耳を激しく叩く。

 先ほどヴィアを照らし出した稲妻の音が、光に遅れること数秒後に到達したのだ。

 そのタイムラグの長さから、現象が発生している地点が、かなりの遠方であることを改めて思い知らされた。


 「そんなことより、ジーパンよぉ。コイツはチャンスだぜ!!…これにどう対処したかで、大量の経験値が獲得できるかも知れない…さぁ、手柄を横取りされない内に、現場へ飛ぶぜ…遅れずについてこいよ!」


 そう言って、ジーパンの返事も待たずに転移していくヴィア。

 ジーパンは、不思議そうに首を一度傾げて…それから、ヴィアを追って転移した。


・・・

次回、「TOP19たちの奮闘(仮題)」へ続く。

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