(31) 想定外の…
阿鼻叫喚の地獄絵図…の回にしようかと…思いましたが
それは次回へ持ち越しました。この話で、第3章は最後です。
タイトル通り…次章への伏線の回なので、少し短めです。
・・・
「クリエイターはどこに?…早くしないと…デスシム世界が…崩壊しかねない!」
普段は憎らしいほどの無表情のジウ。
そのジウが、目鼻や口の形だけを見れば…確かに今も無表情と言えるものの、その顔色は一目でそれと分かるほどに青ざめ、額には冷や汗らしきものを滲ませ、滑稽なほどに慌て取り乱している。
「…デスシム…世界が………崩壊?」
その探し人であるクリエイターを、たった今3人掛かりで葬り去った張本人である左端、フー、ベリアルは無言であり、ヴィアは踏みつけられているため、必然的にアスタロトがジウの言葉を聴き返すことになる。
しかし、その問いに答える心の余裕すら、ジウは持ち合わせていないようだった。
「状況は始まったばかりですが、その及ぼす影響は絶大です…我々のような単なるシステム側の担当者たちでは…駄目なんです。クリエイターでなければ…」
「ちょっ…ちょっと、じ…ジウさん…お、落ち着いてよ…」
「そんな悠長なことを言っている状況じゃないといっているでしょ!!…さぁ、クリエイター!!!…アナタもふざけていないで、早く出て来てください!!!」
・・・
「うるせぇな!…ってか、だから早くどけよ、テメェ、この野郎。あのウザってぇクリエイターの野郎は、もう居ねぇよ!!」
左端たち3人は相変わらず無言。
アスタロトも、ジウが現れる直前の出来事を、ジウにどう説明して良いものか考えあぐねて言葉が出てこない。
破壊と殺戮。この2つを自己のレゾンデートルとして日常的に他者の【死】を目にしているヴィアが、今度は必然的にジウの問いに答える役目を負うことになる。
「…居ない?」
「あぁ…居ねぇって言ってんだろ」
「皆さんへの試練を中断して…帰ってしまった?…既に私以外からの呼び出しが?」
ジウは希望的観測からか、既に自分以外のシステム側の担当者が、危機をクリエイターに伝えた結果、クリエイターが試練を中断して状況への対処へと駆けつけたのだと解釈したようだ。
それでようやくジウは少しだけ落ち着きを取り戻し…「あ、失礼しました」と詫びながらヴィアの背中から足を下ろす。
既に攻撃対象としていたクリエイターがいないため、システム的に戦闘行為として無力化されていたヴィアの体も、その戒めを解かれているようだ。
取り乱していたジウは相当強い力で踏みつけていたようで、ヴィアは腰の辺りをさすりながら…「痛ぇな。思いっきり踏みつけやがって」と文句を言いながら立ち上がった。
・・・
「見ろよ…コレ!…テメェ、この野郎!!…俺の腰にクッキリ、しっかりと足あとが付いちまったじゃねぇか…一張羅だぞこれ…ちくしょうめぃ!!」
女性PCの確保のため、デスシムでは衣服に関してのみ、アイテム・ストレージ内に圧縮した状態で何着でも保有し、持ち運び可能だ。
しかし、破壊と殺戮に明け暮れるヴィアには、当然の如くファッションに関する興味など無く、肌に直接触れるインナー・ウェアこそ、さすがに数着を所有しているが、バトル・ウェアはこの一着のみだ。だから、あちらこちらに傷や汚れが付いており、汚れの中には…まるで返り血を浴びてそのまま乾燥させたような…というか、おそらく予想どおりのものも目立つ。
そんな一張羅の背中に、新たに今付けられたばかりのジウの足形の汚れが加わった。
「大変、失礼をしました。…ですが、そんなコトより…私の他に、誰がクリエイターを呼びに来たんですか?…ジュウソやソウジも含め、手の空いている者は全て、状況が発生している現場へ駆り出され、応急対処に追われていると思っていたんですが…」
「そんなコトじゃねぇだろ!?失礼な!………だが、まっ…確かにキリがねぇな。…仕方ねぇ赦してやる。緊急事態ってのがどの程度のモンか知らねぇが、ジウ。少し、戻って来るのが遅かったな。クリエイターの野郎は、ココに居ねぇんじゃねぇ…もう、この世に居ねぇぜ…」
「はい?」
無表情なジウの顔にピッタリの…ヴィアが何を言っているのか理解できない…ことを示す間抜けな問い返し。そして…沈黙。
・・・
「…だからよ。そっちの第1位の旦那たちが、クリエイターの野郎を殺っちまったってこったよ。ま、それが出来るか否か?…ってのが、奴が提示した試練の内容だったんだから、自業自得ってもんだがな…」
「そ…そんな馬鹿な。あ、あの象に踏まれても、鯨に呑み込まれても平然としていそうな…あの方が………いくら、左端たちが強いと言っても…。有り得ない」
左端やフーとは、少なからぬ因縁のあるジウ。
おそらくベリアルとも旧知だろうと思われるジウからすると、彼らが3人掛かりで挑もうと、とてもクリエイターには勝てないだろうと思われた。
だから、信じられない…という顔で、左端たちを見てしまう。
「失礼な奴だな…」
左端は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
フーは、ジウの方を怒り狂った目の色で睨みつけている。
ベリアルも、笑みこそ絶やしていないが…その笑みは随分と硬い。
そして、何故か3人とも両の手の平を前に向け、胸の横…肩の高さあたりに挙げている。
何故なら、「失礼な奴だな…」と発言したのは、彼らでは無かったからだ。
・・・
左端、フー、ベリアル…3人並んだ彼らの首筋には、微かな光を放つ超極細の糸のようなものが絡みついている。
「今時、象に踏まれたり、鯨に飲まれたりするような…豪快というより間抜けな冒険野郎が、どこに居ると言うんだ。ジウ」
3人の背後で糸の端を弄びながら顔を出した男が、歯を剥き出した凶暴な顔で笑う。
どういう手品を使ったのか、回避不能と思われたフーの【竜爪牙】の顎から逃れ、余裕の歩調で3人の背後から前へと歩み出たのはクリエイターだった。
「く、クリエイター。居たのなら、さっさと返事をして下さい。こんなところで、隠れんぼに付き合っている暇は無いんです!!…さぁ…早く行きましょう!」
「落ち着け。ジウ。本当にそこまで緊急事態なら、今、こうしている間にも世界は終わりを迎えてるだろうさ。お前が慌てた間抜けな姿を晒せていること自体が、状況がそこまで切迫していない証拠だ」
「な、何を呑気な!!…次の瞬間には終わっているかもしれませんよ!?」
「はいはい。大げさだなぁ…ジウ君は。ちょっと、盛り過ぎじゃないかね?…それにエムクラックには、私以外にも優秀なエンジニアは何人もいるだろう?」
探し人に逢えたというのに再び焦るジウ。
そして、そのジウの言うことを信用できずに疑いの表情を向けるクリエイター。
滑稽な二人のやり取りを目にして…しかし、誰も笑ってはいない。
・・・
「…くっ…き、貴様…ど、どうやってあの連撃から逃れたんです。しかも…こ、この我々の首に掛かった糸は…いったい…?」
「左端…あまり…動かない方が良いですよ。間違いなく、この糸には危険な効果が付与されています。私の設定した環境警戒レベルを遙かに超えた警告値がコンソール・オーバービューにアラートされています」
忌々しげに問う左端。
それに対して、やや落ち着きを取り戻したベリアルが、冷静に忠告を与えている。
それで、収まらないのはフー。底知れぬ破壊力を秘めていると思われる糸を警戒しながらも、クリエイターに食ってかかる。
「ひ、卑怯だぞ・ぞ・ゾ…ここでは、一切の戦闘行為が無効化されるんじゃなかったのか・か・カ!?」
「…んん?…何のことだね?…私は君たちを攻撃する意図など持ってはいないよ。まぁ…糸は持っているがね…んん…おほん。別にシャレじゃないからな。誰も笑わなくたって…私は気にしない。断じて…気にしない…」
自分で自爆的な駄ジャレを言っておきながら、一人で落ち込むクリエイター。
だが、確かに、3人の行動を制限しよう…という意図はあっても、3人を傷つけようという意図は無い…というのは嘘ではないのだろう。
糸に付与された恐ろしいほどの魔力?か何か得たいの知れない力場は、未だに3人を傷つける紙一重の位置に展開されているが、3人が動こうとしない限り何のダメージも与えることは無いようだ。
・・・
「糸が…戦闘行為と見なされない理屈は…ま、後でベリアル君にでもゆっくり解説してもらいたまえ、フー君。あぁ…そうだ。左端君の最初の質問に答えていなかったな。左端君も、ベリアル君も…元システム側の端くれだったんなら…私が竜の顎から逃れたカラクリぐらい想像が付くんじゃないかね?」
「くっ…転移コマンド…か」
「はい。ご名答。先日、うちのジウをボロボロにしてくれた時は、ちゃんと手を抜かずに【六縛呪】で封じてから【竜爪牙】を用いただろ?…アレはなかなかに見事な作戦だよ。ジウから報告を受けた時は、感心して思わず手を叩いてしまったほどだ」
実際、先日の「不審なPC」探しの折りには【六縛呪】と【竜爪牙】のコンビネーションに、危うくジウは【死】を与えられる目前まで追い詰められたのだ。
しかし、今回は【六縛呪】を使うことが出来なかった。
何故なら、【六縛呪】は攻撃魔法に分類されることは明かだったから。
そして、防御魔法を無理矢理に攻撃魔法へと逆用したこの大がかりな魔法は、特殊な魔法であるために簡易詠唱では失敗する可能性が高く、確実に効果を発揮させるには、ジウに用いた時と同じように長々と3節の呪文を詠唱する必要があり、警戒している相手には魔法の発動を予知され対応されてしまう。ジウの時は、不意打ちだったからこそ可能だったのだ。
「あの程度の連携でやられるようなら、私を倒すことを試練として設定したりはしないさ。絶対に負けない自信があるから試練と言ったに決まってるだろ?」
・・・
嘲り、挑発するようなクリエイターの言葉に、しかし、怒りの声を投げたのは左端たちではなく…
「いい加減にしてください。だから、そんな長話をしている状況じゃないって言っているでしょ!!…クリエイター。アナタは、ご自分が苦労して生み出した、このデスシム世界が、無に帰してしまっても構わないんですか?」
ジウが、先ほどまでの青ざめた顔から、今度は怒りで頭に血を上らせた真っ赤な顔になって、湯気を吹き上げている。
普段はどちらかというと飄々としているジウが、これほどまでに…相変わらずの無表情ではあるが…感情を露わにするのは珍しい。
さすがにクリエイターも、ふざけている場合では無いと判断したのか、表情を真面目なものに改めて、ジウに状況を説明するように促す。
「悪かった。そう怒るなよ、ジウ。しかし、状況も分からないまま、現場へと駆り出されても…流石の私にも何もできんぞ?…せっかく、ココにはTOP19ランキングの上位で、かつ、私の与えた第1の試練をも乗り切った猛者たちがいるんだ。場合によっては、彼らにも手伝って貰えるかもしれない。…まず、落ち着いて状況を話せ」
さすがにクリエイターは冷静だ。
本当に一刻の猶予も無いほど切迫した状況なら、事情も分からずに自分が現場へ出向いても出来ることは少ない…そう分析し、既に最善策を求めて思考を開始したようだ。
・・・
「…ということで、左端君、フー君、それにベリアル君。悔しい気持ちは理解するが、私を倒すという試練はハードルが高すぎたようだ。試練に失敗した…のではあるが、私と共に、ジウの話を聞いて…その危機的状況とやらに対処するなら、HPとMP値の初期化は免除してやろうではないか…どうかね?…悪い話ではないと思うが…」
「………」
「ほう。嫌だとは言わないようだな。ふむ。なかなかに賢明だ。もっとも、ジウの言うように本当にこのデスシム世界の存亡の危機だというのなら…君たちにとっても他人事ではないハズだからな。それを傍観できるなら…TOP19などには選ばれない。この世界での【生】に執着する諸君を…私は信じている」
「能書きは良いからジウに話を続けさせてください…判断はそれを聴いてからです」
決して拒否の色を含まない左端の返答に、クリエイターは嬉しそうに頷く。
「良かろう。どのような対応が必要な危機かは分からないが、それへの対処で活躍し、ジウの慌て振りを…後々の笑い話へと変えてくれるなら、第2の試練もクリアーしたと見なしてやる。だから、善処してくれたまえよ…。ということで、アスタロト君…君も先ほどの試練失敗のペナルティーは無効にしてやろう……ん…あれ?…彼は!?」
やっと危機的状況への対処に向けて場が動きだした…というのに、クリエイターが視線を向けた先にアスタロトの姿が無い。
クリエイターは慌ててジウの方へと視線を戻すが、ジウは無表情のまま顔を横に振る。
「…突然現れた…慈雨とイシュタ・ルーさんに…連れ去られてしまいました…」
・・・
.
「な………ぬっ?」
さすがのクリエイターにも、全く予測不能の事態だったらしい。
最初の「な」で、顎をカックンと落とし…しばらくフリーズ。
そして、次の「ぬっ?」で困惑の表情に眉を歪めて口を閉じ、首を傾げる。
「どうやら…アチラの扉から侵入して…テーブルに隠れながら接近したようです。あまりにも見事な誘拐?…の手口で、私も声すら上げられず…クリエイターが気づいた時には…とっくの昔に…あの扉から逃走しちゃってましたよ」
慈雨とイシュタ・ルーが室内での出来事をどの時点から見ていたのかは不明だ。
しかし、クリエイターとアスタロトたちが、理不尽な試練として戦闘状態にあることは分かったのだろう。アスタロトが危険な立場に置かれていると知った二人は、一瞬の隙をついて、彼を救出して逃げたのだ。
その鮮やかすぎる手口から、高度な隠遁魔法の使用も疑われる。
…となると、マボが手を貸した可能性も考えられる。そうジウは解説した。
「…お…思わぬ伏兵が隠れていたものだな…」
「アスタロトさん自体も、ワケが分からない…という感じで担ぎ出されていましたからね…クリエイターが無駄話を長々としているからですよ!」
・・・
「うむむ。そうだな。彼の問題対処能力…というか柔軟な発想力は、危機対応にはうってつけだと思ったが…HPもMPも初期値のままに連れ去られては…戦力としてアテには出来ないな…探している暇は…」
「無いに決まってるでしょ!…こうしている間にも状況は取り返しの付かないことになっているかもしれませんよ…もう。いいですね?…説明を始めますから、おとなしく聴いて真面目に対応を考えてください!…」
ジウは、既にある程度の時間を無駄にしてしまっていることを苦く思いながらも、要点を絞った状況説明を手短にしていく。
既に、取り乱すような精神状態からは抜け出ている。無茶苦茶なクリエイターの振る舞いに毒気を抜かれた…ということもあるが、当初自分が言っていたような一刻を争うほどの状況なら、これだけ無駄な時間が経過した現時点でも、この世界が崩壊していないハズがない…という、クリエイターの指摘が…あながち外れてはいないと思えたからだ。
一方のクリエイターも、ジウの報告を聴いて事の重大さをやっと理解し、ジウの話を取り合わなかった自分の不明を悔やんだのだが、しかし、すぐに慌てても仕方ないと気持ちを切り替える。
アスタロトの状況対処能力を期待できないのは痛いところだが、ジウの報告を聞く限り、アスタロトたちにかまっている暇はなさそうだ。
何よりも、ジウが期待して探しに来たように、自身の状況対処能力は他の誰よりも優れている…という自負がクリエイターにはある。そして、気持ちを切り替える。
左端たちに簡単な指示をしたクリエイターは、3人を連れて颯爽と転移して行った。
・・・
そして…
後に残ったのは…ジウとヴィア。
ジウがその場に残ったのは、拉致に近い勢いで姿を消したアスタロトを探すべきか、否かを迷ってのことだった。
一方、ヴィアは…
「ちっ。俺程度の力じゃぁ、戦力外ってことかよ。無視しやがって…」
と、自分そっちのけで、慌ただしく転移していったクリエイターに対する不満を呟く。
そのヴィアの呟きを聴いて、初めてヴィアの存在に気づいた…とでも言うように、ジウが本当に不思議そう…な声色でヴィアに問いかける。
「あれ?…そう言えば………ヴィアさん。…どうしてここにいるんです?」
「ちっ…嫌味かよ?」
ジウは、本当に不思議に思って訊いたようだった。
ジウは最初にヴィアを踏み付けていたし、クリエイターが居ない理由をヴィアから説明を受けている。だが、取り乱していたため、その時点のジウは、その相手がヴィアだということをきちんと認識できていなかった。
しかし、そのようなジウの一時的で心理的な盲目を、ヴィアは知りようが無い。
だから、ヴィアは、クリエイターに連れて行かれなかったことを皮肉られたのだと解釈して、舌打ちをした。
・・・
「…まぁ、良いや。…実際、俺は、第1位どころか第6位にだって、まだまだ遠く及ばないからな。それは事実として受け止めることとするぜ。さっきの闘いを見てて思い知ったからな。おい。ジウ。テメェは、俺にまだ用事があったりはしねぇだろうな?」
「え?…あ…はい」
ヴィアを凝視して固まっていたジウが、慌てて肯定の返事を返す。
それを怪訝に思いながらも、この場留まる理由の無いヴィアは扉へ向かって歩き始める。
そして、扉を通り抜ける直前で、一瞬、ジウの方をチラッと振り返り…
「…さてと、それなら俺は俺で、その脅威とやらを見に行くぜ。見物人としてな…」
戦力外とされた事への不満を皮肉な台詞にのせて、ジウに投げかけたのだろう。
しかし、ジウはやはりヴィアを凝視したままで、さしたる反応を返さない。
ヴィアは、首を横に数回振って、それから廊下へと消えていった。
そこそこのレベルの攻撃魔法は習得しているものの、ヴィアにはまだ、それほど高度な転移魔法は使えない。だから、一度、この特設会議室を出て転移魔法を実行しやすい屋外へ出る必要があるのだ。廊下からは、遠ざかるヴィアの足あとと…その後、扉が開けられ、そしてまた閉じる時の衝撃音が聞こえて来た。
ヴィアが去った後、ジウは再度呟く。
「どうして…ヴィアさんが、ここに?」
・・・
次回より第4章へ突入…(予定)
次回、「修羅場…若しくは…阿鼻叫喚(仮題)」へ続く。