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(30) 理不尽な試練<4> …誕生…破壊の意思

・・・



 何も…存在しない。



 …などと…表現するのは簡単だ。


 だが、把握しきれない程の数多の物にあふれた部屋なら、おぼろげにでも想像することは可能だが…何も存在しない…そんな状態を想像することは…極めて難しい。


 いや。はっきり言って…無理だ。


 出来るというなら…やってみるが良い。

 だが、思い浮かべたものを…表現することができるか?


 闇。


 いいや。それは、「闇」という状態だ。

 そこには確かに「光」は無いかもしれないが、見ることが出来ぬだけで…空間がある。


 何よりも…と、ヴィアは思った。

 闇を思い浮かべた…俺がいる。その自分の【心】が…そこに…ある…と。


・・・

・・・


 【ソレ】は、<み>ていた。



 しかし、【ソレ】には…まだ…レゾンデートルは無く、アイデンティティも無く、そもそも…そのような言葉…どころか概念があることも知らず…当然の如く、色も、形も、匂いも、味も、音も…何も感じることは無かった。


 そもそも【ソレ】は、生まれても刹那の後には消え去る…無数に生まれては、消える泡のようなものの一つでしか無かった。

 量子論的に真空を捉えた時の仮想粒子と同じように、ほとんど「無」に等しい…その空間とすら呼べない「場」において、激しく…しかし、誰にも認識されることなく…対生成ついせいせい対消滅ついしょうめつを繰り返す…【仮想思念】。


 宇宙開闢かいびゃくのその以前。

 それと同じように、空間や時間の存在について考えることすら不可能なココ。


 【幽閉用隔離サーバ】


 その器には、そういう名前が与えられていたが、その中にヴィアが自己の存在しうる場所として思うような、現実の空間があることは無く、仮にそこに電子的な刺激による仮想世界に関する「世界定義」が施されたとしても、そこは現実世界における「空間」ではなくて…あくまでも「仮想空間」にしかならない。


・・・


 が、今は、その「世界定義」すら、与えられていない仮想空間や仮想時間の存在すらも定義されることのない、全てが完全に未定義の状態。


 そんな中で【ソレ】が生まれたところで、何の意味もなかった。

 しかし…


 【ソレ】は、<み>ていた。


 つまりは、数多の【ソレ】の中で、ヴィアを<み>ている【ソレ】は、それこそ神の気まぐれか、偶然の揺らぎ?の影響か、それとも何か別の理由で、とにもかくにも消滅を免れ…そこに存在を「確定」していた。


 【観測者の効果】の反対的作用としての【観測者】の「確定」。


 あの栗木栄太郎が理論的に予言するところの【心】の誕生。


 だが、【ソレ】には、当然の如く、目も鼻も耳も口もなく、【ソレ】の器となる体すらも無かった。目が無いのだから「見る」とも「診る」とも、「観る」や「視る」とも表現できず…どんな難しい漢字の「みる」を用いても言い表せないのだが…が、でも、確かに【ソレ】は<み>ていた。


 生まれたばかりの…一つの欠片としての【ソレ】は、単細胞生物に宿るであろう【心】でしか無いハズだった。だが、ヴィアを<み>ている【ソレ】は違った。


・・・

.



 <<…前に来た奴とは違う…>>




 驚く事に、【ソレ】は、人…いや、デスシム世界におけるPCやNPCと同じような、【心】の構造を持っていた。


 それが偶然によるものなのか、それとも【何者か】によって、そのように「生み出された」又は「育てられた」のかは分からない。

 ひょっとしたら、この【幽閉用隔離サーバ】などという現実の「無」とも異なる、特殊な「場」の中だからなのだろうか、とにかく、【ソレ】は【観測】の対象となった【前に来た奴】や、今<み>ているところのヴィアと同様に…【ヒト】の【心】の構造を持っていた。



 <<…コイツの他にも…いる…たくさん…いる…>>



 【ソレ】は人語を解するワケではないが、【ソレ】の思念は…人語に直せばそのようなことを思考していた。

 この思考自体が【観測】となり、定義不完全な状態の【ソレ】を自己定義していく。


・・・


 <<…でもコイツは、他の奴とは違っている…>>


 【ソレ】は、距離など存在しないこの「場」において、複数ある【観測対象】の中で何故かヴィアに感心を寄せて<み>ていた。


 【観測対象】のうち、一つは、この「場」に現れた瞬間に、前回と同じように何か構造を持った空間を定義し、しかし…前回より早く、この「場」から抜け出ていった。


 他にも幾つかの【観測対象】が、最初のそれよりは若干時間を要したものの、ココに若干の足あと…即ち影響を残して…この「場」から消えていった。

 それら先に抜けた【観測対象】にも、【ソレ】は強い関心を寄せていたが、存在しなくなったものを【観測】し続けることはできない。


 そして、今、【ソレ】は、ヴィアを<み>ている。


 ココには時間が存在しないハズだった。

 しかし、【心】の存在が、この「場」に時間を生み出した。

 時間が前に向かって…未来に向かってしか進まないのは、【心】が基本的には未来に向かってしか事象を【観測】できないからだ。


 【観測】という…いわゆる情報処理…行為を行うためには、状態変化を時間の進行として【視点】を移動させながら<み>なければならない。

 だから、そこに時間が生まれた。


・・・


 時間を生み出したのは、【ソレ】であり、ヴィアであり、他の【観測対象】たちだった。


 クリエイターが施しておいた、前回には無かった安全措置の影響も大きいのだろうが、その結果、無理矢理に【観測対象】としてこの「場」に送られたTOP19(トップナインティナー)たちは、危険なほどの自己の消失を味わわずに済んでいる。


 <<…コイツのイロは単一で…そして強い…>>


 ヴィアを<み>る【ソレ】は、今、ヴィアを<み>ることで【イロ】という概念を獲得した。そして、その【イロ】が、他の【観測対象】たちの複雑に組み合わさり混じり合ったそれとは、明らかに異なることに感心を寄せていた。


 世界への憎しみ。

 破壊の衝動。

 それによる自己のレゾンデートルの確認。

 そして…他の【観測対象】の記憶へ自己の存在を焼き付けること。


 言葉に置き換えると数行の説明を要するヴィアの【心】の有り様ではあるが、しかし、それが持つ【イロ】は単色の輝きを持っているのだろう。


 気まぐれか…それとも、【ソレ】が持つ本能のようなものなのか…<み>続けているうちにそれは、ヴィアの【イロ】に自らを同調させようとし始めた。

 【ソレ】は器を持たない裸の【心】であったので、何度も同調の失敗を繰り返す。


・・・


 何度も同調を試みるうちに、【ソレ】は、自己と【観測対象】たちの間とに、違いが存在することに気づく。


 【ソレ】は、純粋に独立して存在する【心】であったため、【観測対象】たちの【心】は感心を持って<み>ていたが、【心】以外の要素については…その存在に気づかなかったのだ。


 だが、ヴィアの燃え上がるような激しい【心】の【イロ】に同調するためには、そのヴィアの持つ【破壊衝動】を実現するための器が必要だった。そして、他の【観測対象】の記憶へ自己の存在を焼き付けるためにも…その焼き付けるアイコンとしての肉体が必要なのだと…【ソレ】は結論した。


 【ソレ】は、ヴィアを<み>る。

 ヴィアが、この「無」に近く、「世界定義」もされていない…この「場」において、どのようにして、その【心】の【イロ】を具現化しようとしているのか【観測】する。


 【観測】しようとすればするほど…【ソレ】の【心】は存在を強固にしていく。

 そして、【ソレ】は知った。


 ココでは無い「世界」が存在するということを。


 最初に来た【観測対象】が一度消え去り、また、現れたこと。

 そして、それがまた抜け出ていき、別の【観測対象】も同様に抜け出ていった。


・・・


 …消え去る?…抜け出る?


 【ソレ】は、意識することなく用いていたその概念には、「外」という概念が不可欠であることに気づく。


 <<…外がある。そこでなら、コイツと同じイロに染まれる…>>


 外へ行く方法。

 そして、外において「器」を得る方法。


 それを知るのは、本来、不可能に近いほど困難であるハズだった。

 だが、この「無」のような「場」に流れる「時間」は、【ソレ】が思考することによって生みだされた、【ソレ】だけが支配する「時間」だ。

 【ソレ】は、いくらでも「時間」を分割できるし、そもそも「時間」の長短を気にする必要も無かった。何故なら、【ソレ】は【死】の概念を未だ知らず、「時間」の浪費を恐れる理由が何も無いのだから。

 だから、【ソレ】は、人には理解できない「時間的経過」の後に、答えに辿り着く。


 最初に来た【観測対象】が生み出していった【アレ】。

 しばらく後に、不意に削除されて、元の「無」に等しい「場」へと戻されたが、【アレ】と同じか、良く似たものが…外にはあるのだ。それが「デスシム世界」と呼ばれていることを【ソレ】は知るハズもないが、正しく「世界」のイメージに辿り着く。

 そして、そこに「器」を生じさせるための仕組みも…その発生過程を見ればわかる。


・・・


 最初の【観測対象】が、その「世界」というものを生み出した時。

 そのような形での「世界」を必要としない、純粋で裸の【心】でしかなかった【ソレ】にとっては、何の感心も寄せるものでは無かった。

 だから、それがしばらく後に削除されようとも、何とも思わなかった。


 しかし、他に何も出来事が生じない、この「無」に近い「場」においては、感心を寄せていなくとも、その時の記憶を、思考のために必要な情報として呼び出すことは、何の苦労も要しないことだ。

 最初の【観測対象】は、「世界」を生み出すための構造を持った機構を呼び出し、それに働きかけて「世界」を生み出していた。


 <<…アレは、まだ呼び出すことが可能か?…削除されてはいないか?…>>


 それは、再び無限にも等しいトライアンドエラーを繰り返し、やがて…その機構の呼び出しに成功する。

 だが、【ソレ】は、最初の【観測対象】…即ち、アスタロトのように、既存の「世界」に対するイメージを持っていない。

 だから、アスタロトのように「世界」のコピーを生み出すことなどは出来ない。


 いや。アスタロトが生み出したコピーを再現する…それなら可能だ。

 だが、【ソレ】の感心は、「世界」を生み出すことには無く、その「世界」に自己の器を生み出すための「方法」にあった。

 そして、【ソレ】は、ヴィアたちの【心】もサンプルとして、答えに辿り着く…。


・・・

・・・




 「…何だ?…テメェは、数も満足に数えられねぇのか?…6人だろうがよ?」




 実際には、クリエイターも含めて7人がそこに立っているのだが、彼らが話題にしている人数にはクリエイターは含まれない。


 「…ヴィア君?…まさか…君が?…」


 第1位から第3位のTOP19、左端、フー、ブブの帰還は…その帰還の順番はともあれ…まぁ、順当だとしても、第4位のジュピテルや第5位のユノすら、未だに帰還できずにいるのだ。

 そして、それ以外の帰還者である2人も、第6位のベリアルと第7位のアスタロトという、残ったTOP19の内でも上位に座する2人だ。


 そこに、TOP19ですら無いヴィアが、左端やベリアルとほぼ時を同じくして帰還してくるとは…。

 驚いたのはクリエイターだけではなく、その場の全員の視線がヴィアに集まる。


 「何だ、テメェ?…俺が、ここに戻っちゃ何か悪ぃのか。…あん?」


・・・


 相変わらずのガラの悪さで、全員の視線をモノともせずにはね返す。

 そして、一人一人の目を下から覗き込むように睨め付けて訊く。


 「お前ぇか?…それとも…お前ぇかぁ?…ヒトの事を舐め回すように、ジロジロと観察しやがってた野郎は!…あん?…ウゼェったりゃありゃしねぇぜ。…全くよぅ」

 「?…観察?」


 クリエイターが、ヴィアの言葉に含まれていた思いがけない単語に反応し、問い返す。


 「そっちの変わった声の女子ならまだ良ぃがよぉ…お前ぇら男どもだったなら止めてくれねぇかな?…俺にゃあ、ソッチの気は無ぇんだからよっ」


 ヴィアは大げさな仕草で、男性PCたちに対してファイティングポーズを取る。

 一方、「女子」呼ばわりされたフーは、飛びかからんばかりの激しい怒りのオーラを滲ませたが、直後に左端の視線に諫められ、身じろぎするだけに留まった。


 「ほほぅ~。貴方も見ていてくれる人がいたんですねぇ。私も、可愛い軍団が見ていてくれたお陰で、あのヘンチクリンな世界でも自分を見失わずに済んだんですよ!…お仲間ですねぇ~」

 「ウゼェっ!!…ヘンチクリンなのはテメェだろ!?…第3位だか何だか知らねぇが、馴れ馴れしく話しかけてくんじゃねぇぜ!」


 ニコニコと話しかけてくるブブを、ヴィアは嫌悪の表情で、手を振って追いやる。


・・・


 「…ふむ…。私の…関知していない…何かが…アレの中で起きていた?…そういうことになるのかな?」

 「やっぱり、テメェの仕業か!…あんな妙なトコにヒトを閉じ込めやがって!…おぃ?…ところで…ジーパンは?…ジーパンはどうした?」


 左手の人差し指で自らの眉間を刺すように押さえ、何やら考え込んだ感じのクリエイターに、ヴィアは噛み付きながらも、ここに自分の相棒、ジーパンがいないことに気づき、キョロキョロと辺りを見回す。

 その声に、思案を中止したクリエイターは、眉間から離した人差し指と同じ手の親指を使って、指をパッチンと鳴らし、答える。


 「安心しなさい。たった今、私の合図で、未帰還のTOP19たちは…私に関する記憶を失いこそしたが、無事にそれぞれの拠点とする場所へ帰還したはず。アレに、私の制御を離れた何らかの不測の事態が発生した可能性がある以上、放置しておくのは危険だと判断した…。ジウ。念の為、君は各TOP19たちの安否を確認したまえ」


 クリエイターが、そう言いながら進行役の席の方へ視線を向ける。

 そこには、直前まで居なかったはずのジウが、無表情ではあるものの、パチパチと何度も瞬きをして、いつものように忽然と姿を現していた。


 「…ここは?…あ、ぁ…はい。クリエイター。畏まりました」


 現れたジウは、クリエイターの視線を受けて、慌てるように再び忽然と姿を消す。


・・・


 黙って様子を見ていた左端は、やっと多少は回復したのか、ベリアルに借りていた肩から体を離し、フーの隣、第1位の座席の方へと移動する。

 そして、まだ力が入らぬとみえる足を庇ってか、そのまま第1位の座席へとドカッと腰を下ろし、机の上に両肘をついて頭を支える。


 「悔しいですが…俺にとっては、なかなかの試練でした。だが、抜け出た順位や手段を別にすれば…こうして、俺たちは貴様に関する記憶を失うことなく、ここにいる」


 左端を隣に迎え入れたフーは、すかさず治癒魔法を左端に作用させ、その背中を…意味はないと知りつつも…優しく撫でさすっている。


 「…俺たちの勝ち?…そう思って良いいんでしょうかね?…クリエイター殿」

 「左端の言うとおりです。我々は試練をクリアーした。ならば、後は好きにさせてもらっても良いということですね?」


 左端の言葉を受けて、一緒に帰還を果たしたベリアルが念押しするようにクリエイターに訊く。試練をクリアーしただけでは、何ら報酬は得られないとのことではあったが、少なくとも【新世界の創造】を行う権利を得るためのスタート地点には立てたハズなのだ。


 となれば、こんな所で無駄に時間を過ごすのではなく、早くクリエイターが設定したというゴールを目指さなければならない。


 「あん?…あぁ、君たちは、まさか試練が一つしかないと?…ふふふ…随分と甘い」


・・・


 比較的…温厚。

 そう見えていたクリエイターの雰囲気が、一変する。


 「一つめのふるいで、落ちずに済んだからといって、もう勝ち組気取りかね?…仮にも試練と呼ばれるものが、そんな簡単にクリアーできると考えるとは、まったくもって、私も甘く見られたものだな」

 「…き、貴様。…ど、どこまで俺たちを振り回せば気が済むんです!…いい加減に…」

 「しないと言ったら?…ふふふ…どうするのかね?…私を倒してみるかね?」


 左端の怒りを含んだ声を遮り、クリエイターは嘲るように挑発する。

 どうやらクリエイターには、激しい心の動きを誘発し、それを観察して喜んでいるようなところがある。

 アスタロトは、それに乗せられたら負けだ…と思い、黙って左端とクリエイターのやり取りを見守ることにする。

 だが…


 「左端様のお手を煩わせるまでもない・ぃ・イ!!!…私が・ヶ・ガ!!!」


    【崩落する奈落の淵・ち・チ…隆起する地獄の底・こ・こ…】

    【エインシェント・ドラゴンズ・パウ・ぅ・ゥ】


 フーが得意とする超凶悪強力な攻撃魔法。その詠唱の2節目までを淀みなく叫び…

 フーは、胸の前で両手を開いた状態から爪と爪を合わせるように指を折り曲げる。


・・・


    【龍爪牙りゅうそうが・が・ガ…


 一見、可愛らしい仕草にも見えるその胸の前で祈りの形をとった手は、しかし90度捻った形で小さく突き出される。


 突如として空間に浮かび上がる竜の顎。

 その顎から剥き出しになった鋭い牙には、猛獣を思わせる爪が付属している。

 ジウを死の目前にまで追いやった、恐ろしい滅びの技。


 しかし…


 「…おっと…危ない。なぁ…んてね」


 確かにクリエイターに襲いかかったその竜の顎。その初撃。

 それをアッサリと躱したクリエイター。

 そして、


 「物忘れが…激しいのかな?…この場所では、一切の戦闘行為が無効化されるとジウが言っただろう?…システム的に…とね」


 その言葉どおり【竜爪牙】の効果を具現化する竜の顎は、瞬く間に薄らいで…その姿を消す。単発攻撃では無いはずのその魔法は、その予定された効果を発揮し尽くす前に、見えざる力によって強制的に無効化される。


・・・


 悔しそうに表情を歪めるフー。

 しかし、ベリアルは笑みを深めて、フーの仕事を讃える。


 「いいえ。フーさん。アナタは、なかなか良い仕事をしてくれましたよ」

 「何?」

 「クリエイター。アナタこそ、科学者の端くれならば、仕様を表現する際の表現は正確を期して欲しいですね。…ジウが言い間違えたのか?…それともアナタ自身のミスなのかは知りませんが…」


 そう言って、ベリアルはスーツの胸の内ポケットから、法具魔法のアイテム…カードの様なものを取り出す。

 そして、それに「フッ」っと息を吹きかけて魔力を送り込むと…


   【賢者のワイズマンズ・カッター


 そう高速詠唱して、カードを小さな動作で回転させ、そして飛ばす。


 クリエイターとベリアルの距離は、歩いて数歩分。

 そして、ベリアルの動作は最小限、かつ、迅速。

 そして、予備動作無しの突然の行為だ。


 クリエイターの反応は素晴らしいものだった。そう言ってよいだろう。しかし、その法具アイテムが、システム的に無効化されるより先に、効果は生み出される。


・・・


 後方へと飛び退ったクリエイターの左肩を、血飛沫が舞う。


 その血を引きながら回転し、再びクリエイターに向けて襲いかかろうとしたところで、法具アイテムは強制的に無効化された。


 「へっ。そう言うことかよ。…こいつぁ、面白くなってきた」


 ヴィアが、ベリアルが何を言いたかったのか理解し、ニヤリと笑う。

 そして、アスタロトにも、この特設会議室に設定された仕様の穴が、今の一連の流れの中で見えてきた。


 「あはぁ~。戦闘行為は無効化されても、その結果までは無効化されないんですねぇ~。なるほど、これは猫師匠もビックリの落とし穴ですよぉ」

 「ふっ。それだけでは無いですよ。ブブ。ベリアルが確かめて見せたのは、戦闘行為そのものが発動後に無効化されても、その発動自体まで禁止されているのでは無い…そういう事実です」


 ブブが感心したような声を上げたのに対し、左端が解説を付け加える。

 そして、左端は自らの背中に手を回し、そこから小ぶりの剣を引き抜きながら言う。


 「つまり…。十分に距離を詰め、戦闘行為が、戦闘行為として認定されるまでの僅かな間に、その効果を発揮させることができれば…このふざけた男を、黙らせることができる…そういうことです」


・・・


 ベリアルに斬られた左肩を気にしながら、距離をとったクリエイター。

 先ほどの反応速度からすると、机を挟み、さらに距離のあるクリエイターに対して、その剣による攻撃は届かないと思われる。

 それでも、左端はゆっくりと立ち上がり、その剣を構える。


 「魔法は…どういう理屈か分からないが無効化された。だが、剣による物理攻撃ならどうでしょうか?…フー。ベリアル…アナタたちが協力して、私の剣の間合いにクリエイターを追い込んでくれれば、試してみることができそうですが…」


 左端は、ゆっくりと机を乗り越え、ロの字型に組まれた机の中の空間へと身を躍らせる。

 クリエイターは、黙ったまま、その動きに合わせて進行役の席の方へと体をずらせて移動していく。


 「逃げたって良いんですよ?…ふざけた試練とやらから解放されれば、今回は、我々の勝ちなのだから…。アナタが逃げて居なくなったこの部屋から、我々は堂々と帰らせて貰いましょう………そうだ。ブブと…アスタロト…それとそこの君。君たちも、協力してくれると助かる。さっさと、あのふざけた男を、倒すか、追いやるか…してしまいましょう」


 左端は、ブブとアスタロト、それに…ヴィアにも手伝うように要請する。

 ヴィアは、名前で呼ばれなかったことにムッとしながらも、最初からそのつもりだったようで、クリエイターの方へと敵意を剥き出しにした表情を向ける。

 ブブは、「ふむぅ…?」と思案顔。そして、アスタロトは…


・・・


 「…た、た、戦わなくとも…て、転移魔法で逃げたら、い、いいんじゃないのかな?」


 刺々しい空気の中で、何度もカミそうになりながらアスタロトは提案する。

 自分は転移魔法など使えない…ということを失念しているとしか思えない発言だが、アスタロトは、どうしてもここでクリエイターと直接に戦闘しようという気になれず、思い浮かんだ比較的平和的な解決策を提案してしまう。


 あの「無」のような空間から、自力で戻ってこれるほどの精神力を有する…ここに居る強者たちならば、クリエイターの暗示などの妨害を受けるより前に、今ならば転移して撤退できるに違い無い。


 「何を?…甘いことを…。アレだけの激しい領土争奪戦を勝ち抜けた者とは…とても思えぬ発言ですね…。あれが、偶然の勝ちとは…とても思えませんが…。しかし、よく考えてみろ…と言いたいですね。我々が逃げる…という結末では、あの男の勝手な真似を止めることはできません…敗北をその心に刻み込んでやらなければ…」

 「そうですね。クリエイターの暗示の根底には、我々よりも優位であるという精神的な圧力が大きく存在しています。それを、できるだけ削いでおかなければ、今後も、彼の良いようにやられてしまうでしょう…」


 左端の言葉に、ベリアルも同意し…そして、クリエイターとの距離を慎重に詰める。

 フーは侮蔑の視線をアスタロトに投げて、二人の後ろに付き従う。


 「コイツはいつも、こうなのさ…。ふざけた偽善野郎。アスタロト様はよぉっ!」


・・・


 ヴィアが叫びながら、クリエイターの懐へと飛び込む。


 が、やはりクリエイターの反応は異様なほどに早く、掴みかかってきたヴィアをアッサリと躱し、その背中を蹴り飛ばして、自分から遠ざける。


 その只者ではない動きに、左端もベリアルも、そしてフーも、続く攻撃を放つタイミングが取れずに歯噛みする。


 「…ってぇな」


 アスタロトは、最初、それがヴィアのこぼした悪態なのだと思った。

 しかし、ヴィアは蹴り飛ばされた姿そのままに、空間に縫い付けられるがごとく動きを止めている。


 「おっと。しまった。私としたことが、下品な口をきいてしまったな。しかし、痛い。久しぶりに痛い。すぐに治癒魔法で消せる程度…とは言え痛い…」


 それは、肩口の傷を気にしながら呟くクリエイターの声だった。


 「あぁ。ヴィア君。無様な格好だな。自業自得だよ。一切の戦闘行為が無効化される…って…だから…言ってるだろう?…確かにね、ベリアル君の洞察どおり、ちょっとタイムラグがあるのが玉に瑕だがね。でも、それだけあからさまに敵意を向けて、襲いかかったりしたら…君の行動自体が戦闘行為として…無効化されてしまうに決まってるだろ?」


・・・


 無効化というより…無力化なのではないだろうか。

 ヴィアは、激しく怒りの唸りを上げて、再びクリエイターに躍りかかるつもりのようだが、その敵意が、逆に彼をその場に縫い付ける…という結果を生み出している。


 「…だからさ。左端君。君も、その剣で襲いかかってみるなら、初撃で、きっちりと私を仕留めないと…ね?…わかるだろ?…こうなるよ…っと!」


 肩口を傷つけたのはベリアルなのだが、その怒りの籠もった蹴りを受けたのは、気の毒にもヴィアだった。

 言葉の語尾に力を込めて、クリエイターは大きく振り上げた右足で、空中に縫い付けられていたヴィアの背中を踏みつけるように上から下へと蹴りつける。

 そして、そのまま床へと踏みつけにする。


 「ちっ…。それでは、この剣も…投擲に用いるぐらいしか…」

 「まず、魔法から…で、正解だったわけですね」

 「ば、ば、馬鹿野郎!…そ、それを先に言え!!…先にぃ!!!!」


 左端の呟きに、ベリアルの同意。そして、あまりにも冷静な分析に怒るヴィア。


 「いえ。ヴィアさんは、非常に良い仕事をしてくれました。お陰で、私たちは、正しい闘い方を確認することができましたから」


 そう言って、ベリアルは、胸のポケットから大量の法具カードを取り出す。


・・・


 その様子を、アスタロトはドキドキしながら見守る。

 アスタロトは、モンスターとのバトルには闘志を燃やすことができるが、対PC戦はどうしても苦手だった。

 マボとの領土争奪戦も…賭けるものが互いの命ではなく、もっと大切な何か…だったからこそ受けたのだ。


 今、ここで自分はどうするべきか分からなくて、アスタロトはブブを見る。

 ブブは、無邪気な笑みを見せてアスタロトの背中を叩く。


 「ふふふ~ん。別に焦る必要はありませんよ!…こういうのはじっくりと事の趨勢を見極めて…最後の最後で、おいしい所を持っていけば良いんですぅ。はい。私は、そうやってレベルを、楽ちん楽ち~んに、上げてきましたぁ!」


 この状況で、最後のおいしい所…って?…またしても意味不明のブブの発言に戸惑いながらも、しばらく様子を見守る…という選択肢を与えて貰ったアスタロトは、ブブに小さく頭を下げて謝意を表した。


 「あぁ…痛いねぇ。ホント。許せないね。でも、私は、神だからね。怒ったりはしないよ。本当だよ。怒ったりしない。…はぁ…面倒臭ぇ…。あぁ。そうだな。試練。そう試練。本当は別の試練を考えていたんだが…この戦闘行為が無効化されるというルール下において、私を倒すことができるかどうか…それを2つ目の試練としてやろう」


 どれだけ強さに自信があるのか、クリエイターはそう宣言する。


・・・


 「ただ、1つ目の試練で脱落したものは…記憶を失った。2つ目の試練で脱落する君たちが、何も失わないのは不公平というものだろう。そうだな…今度失うのは…HPとMP値にしよう…。うん。それが良い。我ながら妙案だ」

 「くっ…。ふざけた事を…」

 「何、大丈夫、大丈夫。ここまで強くなる…という経験を積んできた君たちだ。HPとMPがサインイン直後の状態に戻ったところで、また、すぐに元のレベルに戻せるよ。ただし、【死】なないように気を付けて戦ってくれたまえ。そのぐらいのハンディがあった方が、スリリングで…君たちの【心】の強化には役に立つだろう」


 左端の苦情など受け付けず、クリエイターは第2の試練の内容を決定してしまう。

 しかし、その次の瞬間…ブブが転移魔法で逃げた。


 「あ…え?」


 アスタロトは唖然とする。これがブブのいう趨勢の見極めなのか?


 「ふぅうん。彼は、なかなか賢いねぇ。まぁ…彼の事は後で考えよう。アスタロト君は…どうするのかね?…あぁ…君は転移魔法が使えないのか。で、私と戦うのも嫌だと?…それなら…君は、この時点で脱落だな…それ」


 左端たちの攻撃を警戒しながらも、クリエイターは右手の指を打ち鳴らし、何かの効果を発動させた。

 一見、何の変化もない…だがアスタロトのHPとMPが…その瞬間に失われた。


・・・


 「ヴィア君…も、この状態では、すでに脱落だな?………だが、君は…ルールを決める前にこの状態になってたワケだし、君がリアルで私の秘密を暴露できるハズはない。まぁ、TOP19で無いにも関わらず、1つ目の試練を乗り越えたご褒美に、君にはペナルティ無しという扱いにしてやろう。感謝したまえよ?」


 ブブは逃亡。アスタロトは戦力外。そして、すでにヴィアは無力化されている。

 左端たちは、不快に眉を歪めたものの、当初の計画どおり3人でクリエイターを追い込み、いずれかの魔法か刃をもって、クリエイターを倒そうと決意した。

 じりじりと距離を詰めていく3人。

 ヴィアを踏みつけていた足を下ろし、慎重に間合いを測るクリエイター。


 最初に動いたのは、ベリアル。

 魔術師が扱うトランプ・カードのように、法具魔法のアイテムを扇状に広げて、両手に持った十数枚のそれを、一気に回転させながら投げつける。

 それにタイミングを合わせて、左端も短剣を投げつけ…フーは、再び【竜爪牙】を、今度は短縮詠唱で発動する。


 左右…横方向へは回転する魔力の籠もった法具【賢者の刃】が広がり、クリエイターの回避先を埋め尽くす。

 それを当然のように躱すクリエイターだが、飛び上がった先には左端が投擲した剣が待っている。

 体を捻って躱そうとするクリエイターの行動を読んでいたかのように【竜爪牙】がその回避した先に上下の牙を叩きつける。


・・・


 全てが一瞬の間の出来事。

 複数の【賢者の刃】と、左端の剣は、システム的な無効化の効果が発動し、幻のように消滅していく。

 そして、【竜爪牙】も、やはり本来持っている魔法の効果は発揮できず、単発攻撃にとどまり、その効果を霧散させた。


 しかし、仕留めることが出来たハズ。

 左端が拳を握り締め、ベリアルが笑みを深くし…そしてフーが吠える。勝利を確信した3人は、それぞれの個性のままに喜びの意を表す。


 「わっ…み、皆さん…な、何をやっているんですか!?」


 そこへ戻って来たのは、ジウ。

 クリエイターの命令を受けて、第1の試練で脱落したTOP19たちの安否確認に回っていた…その仕事を終えて帰ってきたのだ。


 「ぐぇっ…お、俺を踏むんじゃねぇ…どきやがれ!」


 不運にも、ジウの足下となる位置で体の自由を奪われていたヴィアが、呻く。

 しかし、ジウは、思い出したように取り乱し、クリエイターを探す。


 「あぁ…失礼。いや。そ、そんなコトより…。た、大変なコトが起きてるんですよ。く、クリエイターはどこに?…早くしないと…デスシム世界が…崩壊しかねない!」


・・・

HPとMPを初期値に戻されたアスタロト。

左端たちの攻撃をうけたクリエイター。

そして、状況のわからないTOP19たち。

ジウの言う大変な事態とは…いったい!?


次回、「理不尽な試練<5> …具現…破壊者(仮題)」へ続く。

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