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(3) ジウモドキの意図?

・・・


 「今、ここに…私が来ませんでしたか?」


 アスタロトたち4人の前に、いつものように忽然と現れたジウ。

 中肉中背。つまり、平均的身長体重の男性型PC。黒いスーツを几帳面に着こなした年齢不詳。そこそこに整った顔立ちをしている。シンプルな顔のハズなのに、似顔絵を描こうとしたら特徴に乏しくて困るに違いない。一度見たら忘れられないブブの顔と違い、ジウの顔は、彼がその場にいない時には…思い出すことすら難しい。

 一つだけ、彼の顔に絶対的な個性があるとしたら…それは…その顔が常に無表情であるということ。しかも、無表情のくせに常に不気味に笑っているような印象である。


 だから、慈雨を始めとした大半の女性たちに嫌われている。可哀想な「システム側の担当者」だ。何の「担当」なのかは不明だが、誰もがジウたちを呼び表すときに「システム側の担当者」という。


 その「システム側の担当者」であるジウが、怪訝そうな顔をしたまま答えようとしないアスタロトたち4人に、再度、同じ問いをする。


 「…あの…今、私が…ここに来ませんでしたでしょうか?」


 4人の自分を見る目が、余りにも冷たい色を帯びているため、2度目の問いは少しためらいがちに。


・・・


 「今、ここに…来てるってこと…自分で分かってないの?」


 今…とは…何と難しい言葉だろう。

 アナタが、一行前の文章の冒頭、「今」を目にした瞬間。それは、間違い無く「今」だったのかもしれない。

 だが、こうしている内にも…ほら、もう、その今は3行も前の昔へと流れ去っており、今現在の「今」は、常に更新され続けている。

 だから、「今、ここに自分が来たか?」という問いは、冷静に考えると「私は誰?ここは何処?」…的な「イっちゃてる」発言なのである。

 アスタロトの心配したような真顔で、下から顔を覗きこまれて、ジウは自分の発言の曖昧さに気が付いて慌てて訂正しようとした。


 「あ………いや。失礼しました。…そういうことでは無くてですね…」

 「分かっているよ。君が、現在、ここに存在する。この状態が開始する以前に、ここに君が来ていないか…そういう問いだろう?…意地悪な逆質問は止めるんだ、アスタロト。からかったところで、この無表情男の顔は、ピクリとも崩れないぞ」


 知的で合理的。まどろっこしいことが好きではないマボが、アスタロトの悪ふざけを遮り、ジウの質問の本意を補足してやる。


 「マボさん、ゴメンね。でも…だからこそ…このジウは、間違いなく本物のジウ…ってことで良いんだよね?」


・・・


 それで、やっとマボもアスタロトの意図に気が付いたようで、改めて無表情なシステム側の担当者の顔をまじまじと探るように見る。

 古典的な「推理もの」では、主人公の刑事や警部が一旦帰ると見せかけて不意に立ち止まり、戸惑う犯人や重要参考人の心の隙に付け入るようなクリティカルな質問を投げかけてきたりすることが良くある。

 今回の場合は、実際に一度立ち去ってはいるのだが、偽者であることを見抜かれた犯人?がそれを誤魔化すために敢えて立ち去り、再度、何食わぬ顔をして本物を騙り、アスタロトたちの心の隙を突いて油断させようとしているという可能性は捨てきれない。


 「あぁ。なるほど。…ということは、つまり…やはり『今、ここに私が来た』ということですね」


 アスタロトとマボのやり取りを聞き、ジウは自分が現れる直前に起こっていたことをある程度想像できたようで、それを自分の問いの答えとして受け入れた。

 それでも、なお疑いの眼差しで自分を睨み付けるアスタロトの耳元に、ジウは顔を近づけて小声で何かを囁く。疑っている相手から突然に顔を近づけられて、アスタロトは一瞬緊張に体を強ばらせたものの、ジウの囁きの内容を聞き取ると静かに頷いた。

 それは、間違いなくアスタロトとジウの二人しか知り得ないであろう内容だったからだ。

 「うっしっししし…」と怪しい笑い声を発しながらジウと固い握手をするアスタロト。

 握手を終え、ジウの右肩を左手で軽く叩いて体を離すと、マボの傍に戻ったアスタロトは宣言する。


 「マボさん。間違いないよ。こっちは本物のジウだ」


・・・


 いったい…どのような確認をしたのか不明だが、何となく訊かない方が幸せな予感がしたため、マボはアスタロトを信じることにして頷いた。

 自分が自分であることを信じてもらえた…ということを確認したジウは、嬉しそうな無表情?…という器用な表情を浮かべてアスタロトたちを賞賛した。


 「さすがはアスタロトさんたちです。私の姿で私の名を騙る者を、ちゃんと偽者だと見抜いてくださったのですね」


 ジウが語るところによると、メジャーアップデート直後からの異常気象については、間違いなくシステム側のコントロールによるもので、その理由もジウの偽者が語ったとおり「一定期間、プレイヤー同士の接触を最小限に抑えるため」で間違いないとのことだった。

 そして、ジウたち…システム側の担当者たちがそれを伝えるために各プレイヤーの元を巡回しているということも事実だった。

 しかし、少なくともジウの担当するプレイヤーたちは、アスタロトたちを除いて全員が偽者を本物のジウだと思い込んで、全く疑うコト無く対応したらしい。二度も同じ話をしに巡回してきたジウに、「仕事…忙しい過ぎて…疲れちゃったんだね…少し、休憩していくかい?」と、優しい言葉をかけてくれるプレイヤーまでいたそうだ。


 その偽者が誰で、どのような意図があっての行動なのか…は、今のところ不明だという。

 しかし、その偽者が巡回しながら説明した内容は、システム側の担当者が説明しようとしていた内容と全く同一の内容で…それ以外には取るに足りない雑談を少々して立ち去っただけだという。


・・・


 「ふぅうん。不思議だねぇ…そんなに面倒臭いコトをやっておきながら、結局、何に悪いコトしたってワケじゃないんだ…そいつ」


 ジウが一人で何人のプレイヤーを担当しているのかを、アスタロトは知らない。しかし、10人やそこいらではないだろう…もっと沢山だとは予想する。自分以外の全員が、あの胡散臭いジウを偽者だと見抜けなかった…というのは驚きだったが、確かに、ここへ来た直後の偽者は、なかなかに堂々とした無表情?を模倣しており…自分もしばらくは疑っていなかったことを思い出した。

 アレを見破るには、ジウと通常以上に濃い付き合いをしていないと難しいかもしれない。例えば、何度も色々な厄介事をしでかしてお世話になった…アスタロトのように。


 「いいえ…。それが、そうでも無いんですよ」


 特に悪さを働いた風もない偽者のことをアスタロトが珍しがると、ジウは首を振ってその感想を否定する。今までの説明を聞くところ、何の被害も出ていないように思うが…まだ何かあるのだろうか?

 慌てて、部屋の中から何か盗まれていないか調べ始めようとするマボやイシュタ・ルー。

 慈雨は、ホログラフィック・ディスプレイを展開して「はじまりの町」町庁舎内の管理物品に異常がないかモニタリングを始める。


 「…ああぁ。誤解なさらないで下さい。…確かに、変装して他人の領地に侵入して回るなどというのは、大昔の怪盗…という特殊スキルの持ち主に酷似していますが…偽者が何か有価物を盗み取った…ということはありません」


・・・


 では、いったいどうして「それが、そうでも無いんです」などとジウは言ったのだろうか?


 「はっ…!………まさか!」


 そう言いながら、自分の胸の辺りを左手で押さえるようにするアスタロトに、ジウが慌ててその次に来る言葉を予測して否定する。


 「違いますよ。いろいろとややこしいコトになるので、その先は言わないでください。………そうでは無くて、元々、我々がメジャーアップデート直後の一定期間…つまり今、現在も継続中ですが…プレイヤー同士の接触を必要最小限に制限していることは、ご承知いただいていますよね?」

 「あ。…うん。仮想対実時間レートの引き上げに伴う体調不良の初心者さんへの配慮と…時差による公平不公平を緩和するためでしょ?」

 「えぇ…。そのとおりですが…それだけではありません」

 「まだあるの?」

 「はい。今回のメジャーアップデートは、冗長な表現だということは承知の上で申し上げますが…かなり『大規模な』メジャーアップデートとなっています。いろいろと…プレイヤーの皆さんには、アップデート内容を深く理解した上で、十分に新しい仕様を理解した上で…この世界を楽しんで戴きたい…と…そのための…仕様書を熟読し、熟考していただくための時間でもあるのです」

 「???…えっと…そういうのは…普通、アップデートの前に十分に告知や周知を徹底して…それからアップデートを実施するものなんじゃないの?」


・・・


 アスタロトの至極もっともな疑問に、ジウは困ったような無表情?…で、右のこめかみの辺りをポリポリと掻きながら…


 「はい。仰るとおりですよね。…本当は、今回のメジャーアップデートの実施予定日は、内部歴02年01月01日以降…ひょっとすると03年になってから…という当初スケジュールだったんですよ」

 「え?…そうなの?」

 「誰かさんが、いろいろと面白いコトをやらかして下さったので、我が社のクリエイターとCEOの二人が…妙に盛り上がっちゃってですね…急遽、予定を早めることになりまして…」


 一応、「誰かさん」というオブラートに包んだ表現で実名報道は避ける配慮をしたつもりのジウだが、文脈からも実体験からも、その「誰かさん」がアスタロトであることは明白だ。マボも慈雨も、そしてイシュタ・ルーまでもが、アスタロトをジトーっとした目で見つめてくる。「!…また!?…また俺のせい??」…と頭を抱えるアスタロト。

 あまり話が横道にそれても時間のロスであることを思い出したジウが、話を本題に戻す。


 「つまり…私の偽者は、そのシステム側が設けた制限を…易々と破って、私が担当する全プレイヤーとの接触を果たした…ということです」

 「あ!………ってコトは!」

 「そうです。彼が、その気になれば…ほとんどのプレイヤーは…いつでも、この世界からログアウトさせられる…ということを意味します」

 「あぅあぅ…」


・・・


 システム側の強制措置を、軽々と無視して自由自在に行動する…そういう実力を持つ…恐らくは敵が…ほんのついさっきまでこの部屋にいた…ということだ。

 その事実に気づき、アスタロトたち4人は、背中にうすら寒いものが走るのを覚えた。


 「まぁ…システム側の臨時の強制措置…どころか…この世界の基本仕様すら無視して見せる…どこかの誰かさんに比べれば…可愛いものであるとも…言えなくはないのですが」


 フォローのつもりなのか、ジウがアスタロトに向かって気休めを言う。嫌みにしか聞こえないのは…どちらの不徳の致すところなのだろうか?


 「いや。実際、アスタロトさんたちは、彼を偽者であると即座に見破っているワケですし…トップ19の皆さんが、その程度の不意打ちで易々とやられるなどということは有り得ないとは思います。そういう人だけがトップ19に選ばれたんですからね」

 「う…うん…」

 「しかし、今回の巡回で、偽者の彼は非常に大きなアドヴァンテージを得てしまったことも、また確かです」


 脅かしたり、安心させたり…しながら、ジウは結局、偽者がやはり今回の件で有利な位置に立ったのだという。

 特に悪いコトはしておらず、何も盗んだわけではない…と言いながら…一体、何をもってして偽者が有利になったというのだろうか?


 「彼は…アナタたちを知りました…他の多くのプレイヤーについても同様に…」


・・・


 知った。


 ただ…それだけ?


 誰も、ジウの説明に言葉を返さなかったが、一様に首を傾げている。

 いや。一瞬、可愛らしく小首を傾げたイシュタ・ルーだったが、直ぐに顔に満面の笑みを浮かべて、左手でつくったお皿に右の拳をポンと打ち付けて言った。


 「あ!…ルー、それ知ってる!…『敵のお尻をさすり、自分のお尻もさすれば…100戦やろうよ、カモーん!』って奴でしょ!?」


 どちらかと言えば童顔系の美少女イシュタ・ルー。どこで、そういう危ない間違った知識を得たのか…アスタロトたちは困惑して見つめる。

 ジウも、乾いたような笑い声を上げながら…無表情でツッコミを入れる。


 「…違います。それを言うなら…『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』ですよ。より正確に改めれば『彼を知り己を知れば百戦殆あやうからず』…ですかね?諸説ありますが…イシュタ・ルーさんのようにエロティックな勘違いをされた方には…初めてお目にかかりました」


 しかし、イシュタ・ルーのこの元気良いお茶目なボケ…により、アスタロトは、ジウの言う「偽者が得たアドヴァンテージ」の意味を理解することができた。


・・・


 なるほど。この「デスシム」世界が創世…されてから、内部時間でもまだ9ヵ月少々しか経過していない。当初のプレイヤー総数は上限が2千名の制限されていた上に、開始数日でその数を半分に減らすほどの激しい戦いの日々があり、アスタロトとイシュタ・ルーがサインインした直後には、参加総数が72人にまで落ち込んだこともあったという。

 その状態から、アスタロトとマボの領土争奪戦をユーザー獲得の広告として利用したことで、領土争奪戦の直前には2千人丁度にまでプレイヤー数が回復したという。

 そして、今回のメジャーアップデートにより、さらに参加上限数が約6万5千人に引き上げられたはずだから…現在、実際に何人プレイしているのかは不明だが…そのプレイヤー同士は、ほとんどがお互いのことを知らないハズである。


 「…で、でもさ。そんな、一度に何人にものコトを知ったってさ…お、覚えきれなきゃ…かえって混乱するだけなんじゃないかな?」

 「違うぞ、アスタロト。君は、直ぐに大事なコトを失念するのだな。良く考えてみたまえ。この世界には『Face Blog ER』という…厄介なものがあるということを…」

 「え?…でもマボさん。それって『真の名』が分からなければ検索できないし…眠ったような無防備な状態にならなきゃ、自由に閲覧もできないでしょ?」

 「…だから。良く考えろと言っているんだよ、君。チューブ・ライブという機能があるのは君も知っているだろう。アレは、記録するだけなら…通常の行動中だろうと戦闘中だろうと自由に行える」

 「あぁ…そうだった。俺も、その手を使ったことあったけ!」

 「…そして、閲覧だが…その偽者が、君と同じように『領主』であり、領土の管理場所を所有しているのなら…我々と同様に、特定の会議室などでホログラフィック・ディスプレイなどを展開して『Face Blog ER』を見ることができるハズだ」


・・


 とにかく、チューブ・ライブ機能を活用すれば、記録をしておくだけで記憶する必要はない。仮に領主でなかったとしても、どこか安全な隠れ場所で必要な情報を確認した後で、行動を起こせばよいだけだ。

 自分が奇襲を受ける場合には、そのような事前学習の時間が確保できずに無意味だが、自分が奇襲する側に回れば、ターゲットに関する情報を事前に十分に吟味して必勝の構えを採ることが可能となる。これは、相当に有利であるといえるだろう。


 「だが…アスタロト。少なくとも、君に関して言えば…そんなに心配は要らないんじゃないかな?…かなり早い段階で偽者であると見破ったし…その後した会話も偽者のペースには…いつもの如く、ちっともノっていなかったからな…自由過ぎる会話に困惑していたような気がするぞ?」

 「うぅ。でも、自由過ぎる奴って…思われたかもしれない…ってコトがショックだよ」


 それも含めて…情報…ではあるのだろう。

 例えば、アスタロトのことを面白い…と思えば、何かと今後、ちょっかいを出してくるかもしれない。逆に…面倒臭そう…だと評価したなら、関わらないように距離を置くことだろう。それを、主導的にコントロールできるということは、間違い無くアドヴァンテージであると言える。


 「まぁ。とにかく、今のところは直接の被害が出ていないようですが…臨時の応急処置とはいえ、システム側が設定した強制措置を易々と破れる…などということが頻発しても困りますので、早急にシステム・プログラムにパッチを当てる必要がありますね」


・・・


 帰りそうな雰囲気のジウを見て、アスタロトは内心ほっとした。

 あの偽者が、実際にはシステム側の担当者では無かったということは、あの「デスシム」世界の時差にまつわる、自転や公転速度に関する話をショートメッセージで送ったという話は、本当ではなかったということだ。

 自分の思いつきで、またしても「デスシム」世界の設定が大きく変わることになるかもしれない…という不安は杞憂だったようだ。


 が…


 「あぁ。ところで、あの自転と公転の話ですが…興味深いので…もう少し、詳しくお話を聞かせていただいても良いですか?」


 無表情で振り返ったジウが、アスタロトに問いかける。

 ショートメッセージを送ったという話は…本当だったようで、システム開発部門から詳細のヒアリングを依頼されたのだという。


 泣きそうな顔をしながら、ジウからのヒアリングに答えているアスタロト。

 しかし、今回の件を機会に、自分もこのこのメジャーアップデートの仕様をしっかりと熟知した上で、今後の方針を検討しなければならないな…と感じていた。

 そうしなければ、自分の周りのイシュタ・ルーや慈雨、マボを守れないかもしれないからだ。…まぁ…マボは、自分より強いような気がするが。


 負けないために、まず、自分も敵を知らなければ…。アスタロトは心の中で決意した。


・・・


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