(29) 理不尽な試練<3> …NPC…<下>
・・・
クリエイターは、ヒントは与えた…と、そう言った。
だが、アスタロトは、心当たりが咄嗟には思いつかずに戸惑いを隠せない。
クリエイターの正体が、あの天才その人で間違いないなら…今まで話してきた事に意味が無い…ということは無いだろう。そこに、きっとヒントは隠されていたのだ。
アスタロトは考える。
そもそも、何故、この話になった?
【レイヤード】タイプ…のNPC。
そうだ。話が逸れたキッカケは、この聞き慣れない言葉だ。
そこで、自分は、このデスシム世界のNPCには、何種類かのタイプがある…そう思ったのだ。アスタロトは、自分の思考を整理し始めた。
そして、【レイヤード】であれば、クリエイターは【死】の状態から復活させることができる…そう言った。
ただし、その復活を後の【レイヤード】の仮想人格が、果たして復活前の仮想人格と同じものと言えるかどうか…それはクリエイターにも分からない…と、そう言っていた。
【レイヤード】…重ね着?…いや。違う…重ねた状態ってことだろう。
つまり、ラップや、アスタロトの領民たちは、その肉体であるところのボディ・オブジェクトと、思念である仮想人格が重なりあった状態だ…と、言っているのだろうか?…あ…そうか!!…確か…栗木栄太郎は、肉体と心は相互に独立する…と主張していた。
・・・
彼は、その独創的な理論で、つまりは、肉体の【死】がイコール【心】の消滅ということにはならない…と主張している。
それは、即ち、逆に…肉体が生きているからといって、【心】も生きている…ということにはならない…と主張していることに他ならない。
…そして、現在、公式には失踪中であるはずの栗木栄太郎。
彼が、失踪した理由は、独立した【心】の存在の絶対的な証明となる、新たな【心】の誕生のメカニズムの解明と、その実証…それに行き詰まったことによる自暴自棄。
確か、アスタロトの記憶によれば、そんなような理由が、ソーシャル・ニュースで報道されていたハズだ。
つまり、【心】というものの構造は、あの天才をしても、いまだ未知の領域だということなのだろう。構造が分からないものは、保存や再生なども出来るわけがない。
「そうか…だから…ラップさんを復活させても………」
アスタロトの呟きを、クリエイターは無表情に見守っている。
それは正しいのかもしれないが、まだ、この思考のゴール地点ではないのだろう。
クリエイターは、アスタロトのその思考の至る先を、黙って待つつもりであるようだ。
それが、一つのNPCのタイプなのだとして…では、他には、どのような形態が考えられるだろうか?
【レイヤード】…というのがタイプ名となるなら、重ならない…タイプもあるのか?
・・・
頭が熱を持ち、頭痛すら覚えるほどにアスタロトは考えた。
重なっていないのであれば………可能性は2つか?
一つは、ボディ・オブジェクトのみ…で、【心】を持たないケース?
確かに、このデスシムには、時々、とても単純な言動を繰り返すだけの…どこか、ノスタルジックな感じにあふれてるNPCが存在する。
「おつかいの村の…歩き回るだけの健脚ジジイとか…武器屋…防具屋…」
いくつかの思い当たるNPCを呟いてみる、アスタロト。
ただ…健脚ジジイと武器屋では、微妙に種類が違うような気もするけど…?
それから…もう一つは…【心】だけで…ってのはナンセンスだから…【心】と肉体が不可分であるケース…ってことかな?
アスタロトは、取りあえず理屈からそのようなケースを考えてみたが、なかなかその実例に思い当たれない。
どれだけ考えても実例が思い浮かばず、少しイライラし始めた時、アスタロトは先ほどのクリエイターの言葉を思い出す。
あの…テーブルトーク型の…って話。
あれは、どういう風に繋がってくるのだろうか?
あの話で、今のMMORPGと違って特徴的なのは、やはりゲームマスターの存在だろう。…もしかして、このデスシムにも、ゲームマスターが存在する?
・・・
そこまで考えて、アスタロトは、はっ…と気が付く。
いや。いや、いやいや。自分は、何と鈍感なのだろう。
このデスシムには、ゲームマスターがハッキリと明確に…むしろ、あからさま…と言って良いほどに存在するではないか。
「!!………システム側…?」
それこそ、最も先に怪しむべき存在だった。
他のシムタブ型MMORPGには、システム側のPCなどというものは存在しない。
その役目は、普通にNPCが担っていたり、メールシステムであったり、告知板であったり…SNSを利用したサイトであったり…そういった明確に区別できる、非PC的なツールのようなモノが、プレイヤーへの様々な情報提供などを行うことで担っている。
システム側がゲームマスターとして、その意図するままに操るNPCがいるのだろう。
だが、それが、ジウたち「システム側のPC」のことなのか?…というと…どうも、シックリとこない感じがする。
もし、ジウたちが、ゲームマスターの操るNPCとして存在しているというのなら、何故、彼らを「システム側の担当者」や「システム側のPC」などと呼ぶのだろう?
「システム側のNPC」…と言わないのは何故なのか?
その理由が分からない。
「…でも…じゃぁ…とにかく…人が操っているNPCがいる?…ってことか?」
・・・
「まぁ…さすがに、それは極、僅かだがね」
アスタロトの独り言に、クリエイターが答えを返す。
NPCの中に…システム側の担当者が操るものが、やはり存在するのだという。
「もちろん…ラップ君や、君の領民たちのことではないよ…」
「じゃ、じゃぁ…何処に?」
「非常に重要なイベントでの道しるべ役であるとか、敵の大ボス…ラスボスなどだ。人型のタウン・モンスターなどにも…そういうモノがいる場合がある。後は…超大金持ちのユーザー様が、高額なCPを払って契約するGOTOS等にも…理不尽に思うかもしれないが…高度なもてなしの技術を持ったスタッフがNPCを演じる場合がある」
「…あ…も、もしかして…【天の邪鬼】が…システム側のNPC?」
モンスターのくせに、自分に対してGOTOS契約をしてきた【天の邪鬼】。
アスタロトは、ずっと不思議で仕方なかったのだが、そういうことだったとは…。
ところが…
「正解………と、言ってやりたいところだが…君の【天の邪鬼】に関しては…実際、私にも良く分からない所があるんだよ」
「…?…えっ…分からない?」
「あぁ。このデスシムでは、NPCとでもGOTOS契約を結ぶことはできる。実際、TOP19の中にも、何人か…そうしている奴がいるしね。…だがねぇ…NPCの方から…GOTOS契約を申し入れる…何てコトは…普通…有り得ないんだよ」
・・・
確かに…と、アスタロトは思う。
NPCが自分の意思で…自分の望みを叶えるために勝手に行動したら…それは、もうNPCとは言えないような気がする。
もし、【天の邪鬼】がNPCだとするなら、自分にGOTOS契約を申し入れる…ということについても、システム側が最初からシナリオ?…として予定していた事…ということになってしまう。
若干、自分が特別な扱いを受けている…という感覚は持っているが、さすがに、そこまでシステム側がシナリオに織り込むとは考えにくい。
だって、もしアスタロトが安易に【天の邪鬼】の力を利用したならば、有利…などという簡単な表現では済まないほどのアドヴァンテージを得てしまい、著しく不公平となり、ゲームバランスを崩してしまうではないか。
「…ところで、君。途中で…気づいただろ?…私やジウの位置づけについて…」
「あ…システム側の………でも…PCって?」
「これは、他のTOP19にも、君のGOTOSたちにも…できれば秘密にしておいて欲しいのだが…。私やジウ、それにジウソやソウジなど、『システム側の担当者』は、実は、『システム側のPC』というタイプに分類される…モノなんだ。君が気づいたとおり、NPCでは無くて…PCだ。それが、何を意味するか分かるかね?」
無表情のまま、問いかけてくるクリエイター。
これまで、コトあるごとに無意識に口にしてきた「システム側のPC」という言葉に、何やら深い意味が隠されているらしい。
アスタロトは、思わずジウのいた進行役の席の方を見てしまう。
・・・
「…だが、そのことは、今はまだ、詳しく話す時期ではない。…それよりも、ラップ君の【死】の意味。いや。このデスシム世界における【死】の意味についてに…話を戻そうじゃないか。…随分と話が遠回りしてしまったようだが」
そうだった。【レイヤード】という聞き慣れない用語に、ついつい質問をしてしまい、話が大きく逸れてしまったようだが…元々はラップの【死】の意味…その価値について、クリエイターが怒りも露わに話していた途中だった。
「君は、ここで【死】んでも、現実に【死】を迎えるわけではない自分たちより、ここにしか存在の礎がないNPCのラップ君の命の方が大事だ…そう言ったんだ。ラップ君が、何を命がけで守ったのかも忘れて…。だが、そんな比較は、そもそも無意味だろ?」
くどいようだが…と、クリエイターは前置きして、アスタロトに問いかける。
「君は、ここでの自分の【死】を、そんなに軽く考えているのか、真剣に考えた上で、もう一度答えて欲しい」
「…ここでの…【死】…」
「ここで、【死】を迎えた君たちは、確かに、リアルの体にまでここでの【死】の影響が及ぶことは無い。それは、保証しよう。しかし…リアルの【心】にまで、その影響がまったく及ばない…ここでの【生】も【死】も幻だ…と、本当にそう思うかね?」
「リアルの…現実の…【心】…」
アスタロトの脳裏に、あのリアル・デスゲームで【心】を壊した者たちの事が浮かぶ。
・・・
「ここで、もし君が、今から私に【死】を与えられたとして…君は、リアルに戻り、ここでの出来事や、ここで出会った人々とのつながりを、全てあっさりと忘れて、別のゲームへと移ることができるかい?」
そういうクリエイターの顔は…そして声は…とても、不安そうに揺れていた。
アスタロトの答えが、もしも、予想したものと違っていたら?
それを、心の底から恐れているかのように、クリエイターはその瞳をも揺らしている。
「できる…という者もいるだろう。いや。実際、そういう考えの者も多くいた。…だが、君は?…君はどうかな?」
「…お、俺は…」
「できないね」
クリエイターは、答えようとするアスタロトの声を遮って断定する。
「君への質問の形をとっているが、答えてもらう必要は全然ないよ。分かっているから。君には…できないと」
アスタロトにも、クリエイターの言わんとすることが…ハッキリと分かってきた。
そう。自分には、きっと、そんなことは出来ない。
ここでの【死】を、現実世界でも、間違いなく引きずっていくことだろう。
その時の自分は、このデスシムにサインインする以前の自分と同じだと言えるだろうか?…クリエイターは、それ以前の自分が【死】んだのと同じだと言いたいのだろう。
・・・
「…わかったよ。ゴメン。謝るよ。もう、二度と…絶対に言わないよ。この世界での…【命】の価値に、PCであるか、NPCであるかは…関係ないんだよね」
クリエイターは答えない。答えはしないが…しかし、それ以上、今までのようにアスタロトを責めるような言葉も投げかけては来ない。ただ、黙って、アスタロトを見つめる。
しばらく、そうした後、クリエイターは再び、ポツリポツリと語り出す。
「…どのNPCが、どのタイプであるのか…それは、私でももはや分からない。特に、【レイヤード】の彼らの場合、その【心】が、AIなのか、VMなのか…それともKaaSのいずれかによるものなのか…。ひょっとしたら…そのいずれでもない、私の関知しない【心】を持つものがいるかもしれない…」
「…アンタが…関知しない【心】…?…そんなのが…?」
「この世界を構成し、再現する描画エンジンは…特別だ。もはや、私を始めとするシステム側の誰にも…その全てを掴みきれない…ブラック・ボックスと化している」
「…ま…マジか…よ?」
「このデスシムは、プレイヤー全員が共通で見ている【夢】。現実の世界についても、古来より【うたかたの夢】などと表現されることがあるが…。君たち一人一人の意識が…私の思いもよらない…世界を…今も、生み続けている…強い想いが…世界を作るのだ」
「強い…想い…」
「そうだ。【観測者の効果】については、君も知っているだろ?…この世界の描画エンジンは、現実世界以上に、その【観測者の効果】の影響を強く反映する…」
・・・
それは、アスタロトにとって、非常に心当たりのある事だ。
右腕を失った時。マボとの闘いで【死】に瀕した時。幽閉用隔離サーバに閉じ込められた時。他にも…色々と。ある意味、アスタロトほど、この世界における【観測者の効果】を実際に体験してきた者はいないだろう。
「ここでの私や君たちの体を始め…この世界を形作っているのは、この世界に参加しているそれぞれの【心】。それが、この世界や自分の有り様を、今あるように定義しているということだ」
「…うん。分かるよ…」
「だがね。私は、【心】もまた、【観測者の効果】の反対的作用として生まれるのではないか…そう考えているんだ。単細胞生物に【心】はあるか?…プランクトンには?…植物にはどうだろう?…昆虫は?…猫や犬にはどうかな?…イルカや猿には【心】がありそうだ?…じゃぁ…どこからが【心】で、どこからはそうじゃないんだい?」
クリエイターが、突然、何かに取り付かれたように言葉を畳み掛けてくる。
これこそが…栗木栄太郎が失踪する直前に発表した理論の根幹。彼の天才が、未だ解決にいたっていない…究極の命題。
「山や海、空や風、石や土にも【心】が宿るかどうか…そこまでいくとアニミズムの世界観だな。私ごときの手に負えるところではないが…ある程度の生態的構造を持った…いわゆる『いきもの』…と呼べるものなら…それが、何かを【観測】した時…つまり、明確に目的を持って【観測】した時。対象物を【観測者の効果】で確定すると共に、自らもまたその反対的作用で【心】を持つに至る…のではないか?」
・・・
「…ご、ゴメン。もう、何を言っているのか分からないよ…」
「それで良い。気にするな。私にも分からない。だが、君には、聴いておいて欲しいんだ。…いつか…君が辿り着くかもしれない…私にも想像すらできない世界の果てに、ひょっとしたら…その答えがあるかもしれない。その時、君が…この私の言葉を覚えていたら…ぜひ…私に教えて欲しいんだ。君の得る…その答えを」
「…辿り着く…世界の果て」
アスタロトは喘ぐように復唱する。
クリエイターの言っていることは、半分も理解できない。でも…それが、とても大切な事である…と、何故かそう信じることはできた。
「残念ながらAIやVM…そして私のKaaSシリーズも、まだ、作り物の【心】であるという評価は否めない。でも、君たちが、この世界を、真の世界と同様に感じ、生きてくれれば…どこかで…その生き様を観測する…何かに…作り物ではない【心】が生まれるかもしれない。いや…もう、生まれているのかも…」
「………あぅ…」
「既に、KaaSは、私が生み出した時とは別物にまで成長している。アレもまた、可能性の一つだ。…君を守った、ラップ君が…君の領民たちが…どのような【心】を持っていたのか…失ってしまった今となっては…分からないが。私は、信じている…彼らには…作り物ではない…何らかの【心】が宿っていたのだ…と」
クリエイターの想い。クリエイターの願い。
どんな過去が、それを産むに至ったのかは知らないが、確かにそれが伝わってきた。
・・・
だけど…アスタロトには、一つ、大きな疑問が芽生えた。
「…で、でも…。そうしたら…それって、もうNPC…とは言えないんじゃ?」
NPCにも【心】はある。
確かに、CROに対して自分はそう叫んだ。
その気持ちは、だから、今も変わっていない。
しかし、NPCが、今のクリエイターの話のとおり、本当に自分たちと全く同じように【心】を持つのだとしたら?
それは、もう、自分たちと何の違いもない…普通のPCと区別することができない…NPCとは言えないものなのではないだろうか?
「普通に生きて、普通に…暮らして…。俺と…何にも違わない」
「そうだな」
「…そうなの?」
「あぁ。そうだな」
いや。いやいやいや。認めちゃったし。クリエイター。それで、いいの?本当に?
・・・
「なんだ?…君は、自分で『同じだ』と言っておきながら、不満なのかね?それが」
「いや。…不満ってことじゃないけど…」
「じゃぁ…何かね?」
「えっと…その…意外?…っていうか?」
このデスシム世界の根幹を設計し、生み出したというクリエイター。
当然、PCとNPCの役割分担…というか、そういう仕様的なものにも、何か思い入れ…というか考えがあるのだと思っていた。
だから、アスタロトは、あっさりとPCとNPCに違いは無い…と言い切ってみせたクリエイターの言葉が意外だったのだ。
「君は…君の夢は、このデスシム世界を、『普通に楽しめる仮想世界にすること』…そうだろう?…なら、PCとNPCに違いなんて…必要ないじゃないか?」
「必要…とか…そういう…」
「そもそも、PCとか、NPC…なんて区別が必要だと君が思うのは、この世界がゲームだという前提に縛られた先入観によるものじゃないのかね?」
「…だって、シムタブ型MMORPG…だよね?…これ?」
そのアスタロトの答えを聞いて、クリエイターは腰に手をあてて、あからさまに不機嫌な様子になる。
「むぅ。未だに、君はそんなことを言うのかね?…メジャー・アップデートの時に言っただろう?…これは『もはやゲームではない』…と」
・・・
「…しゃ、社会実験?」
「ふぅ…。その言い方も…あまり好きではないんだがね」
「じゃ、じゃぁ…何なの?」
混乱するアスタロトに、クリエイターは嬉しそうに笑う。
「だから言っただろ。さっき、TOP19たち全員にさ。試練に生き残り…第2段階であるメジャーアップ後のデスシム世界で…私の設定したゴールへと辿り着いた者には、報酬として【新しい世界の創造】を行う権利をプレゼントすると」
「…あ…【新しい世界の創造】…」
「そう。君の夢『普通の仮想世界』…どころか…その先にある究極の夢」
「…仮想…じゃない…ってこと?」
その問いに、クリエイターはさらに笑みの色を深くする。
「そう。遊びの世界じゃないんだ。本物だよ。本物」
「…本物の世界…創世…」
「まぁ…それは、私の夢というより、エムクラックという会社の目的なんだがね。私は、どちらかというと、世界よりも、本物の【心】…本物の【命】…というものを見極めたいだけなんだが…」
結局、PCとかNPC…などという区分けは、古来のテーブルトーク型の時に遡ってみれば明かとなるとおり、「遊び手」と「それ以外」という役割分担でしかないのだ。
・・・
このデスシム世界を、遊びとして捉え続ける間は、そこにPCもいればNPCも必要だろう。
だが、NPCの中には、アスタロトたちと同じように現実の体を持つ者が操るタイプのものもあるようだし、少なくともNPCというものが、【心】を持たない…という決めつけには…もはや意味はない。
アスタロトの中で、今、NPCというものの定義が音を立てて崩れていった。
そして、このデスシムという世界に対するイメージも…。
その時…
「面白いお話ですねぇ~。私、途中からしか聴いてませんけど。それなら…PCだと思っている方の中にも、この世界で生まれた【心】を持つ方…現実世界の方には、体をお持ちで無い方もいるかもしれないってことですよねぇ~」
突然、アスタロトの横の空間が揺らぐ。
そして、そう思った次の瞬間には、そこに…フライ・ブブ・ベルゼがいた。
「ブブ…さん?」
「…驚いた。ブブ君。君も、あの試練から自力で戻ってくるとは…」
「はい~。私には、可愛い軍団がいますからね。彼らが【見て】いてくれたので~」
・・・
ブブの言うことは、相変わらず意味不明だ。
しかし、クリエイターは、その意味が分かったようで、驚きながらも確認の問いをする。
「ブブ君。…君は【観測者の効果】について…理解している…そういうことか」
「うにゃぁ…私には、そういう難しい言葉は分かりませんよ~。でも、あの空間?なのか…よく分からない場所では、自分が溶けて消えてしまったような感じで、何もできなくなっちゃうみたいでしたが…でも、私の可愛い軍団が見ていてくれたし、私も軍団を見ていたので…消えなくて済んだようですねぇ~」
そうか。…と、アスタロトも理解した。
あの空間では、自分を自分として認識し続けられるかどうか。それが重要なのだ。
世界が定義されていない…【無】の中で、自分を含めた世界を維持できるかどうか。
…維持というより…むしろ、自分を中心として世界を生み出せるかどうか…といった方が良いかもしれない。
一人で放り込まれるよりは、確かに、複数の思念が寄り添い合い、互いに互いを確定し合った方が…有利だろう。
でも…軍団…って何?
「お二人の会話が、非常に興味深いんで…あちらとこちらの世界の間で、少し休憩しながら…お話、窺っちゃいました…ゴメンナサイですね。ずっと、そうしていようと思ったんですが、ついつい、言葉を発してしまったら…こうして、姿まで取り戻してしまいましたぁ~。あはははは。自由自在というわけには、いかないですねぇ~」
・・・
恐ろしいことに、ブブは、あの【無】の世界から復帰する途中で、休憩?…していたらしい。そんなコントロールが可能だとは…アスタロトには、思いもよらなかった。
「くはぁっ…っ…っ。な、何だったんだ・だ・だ…。アレは・ワ・ワ…」
ブブの帰還が、まるで引き金となったかのように、第2位のフーが姿を取り戻す。
意外にも、まだ第1位の左端の姿はない。いつも左端の支配下にあるように見えたフーの方が、あの【無】に対する耐性があったということなのだろうか。
それを見て、クリエイターが独り言のように、言葉を漏らす。
「…ふぅぅん。フー君も…自力で抜けてきたのか。…ということは、つまり、フー君のその特徴的な喋り声というのは…やはり…」
「くっ・くっ・くっ…。な、何だ?貴様…ま・ま…。そ、それ以上、言ったら・ラ・ラ…ただじゃおかないぞ・ぞ・ゾ…」
「面白い。【レイヤード】…それも多層の?…左端君の仕業かな?…でも、彼は?」
クリエイターの問いに、フーが弾かれたように振り返り、周りを見回す。
「そ、そんな・な・ナ…ひ、左端…様・ま・マ…」
「でも、【心】と【体】が、こんな風に別々になってるんなら…他人の中に入ったり、猫師匠のお体を拝借したりとか?…色々、楽しいことが出来そうですねぇ~」
取り乱しそうなフーにお構いなく、ブブがまたおかしなことを言い出す。
・・・
「う~ん。ブブ君。君のいう猫師匠…というのが何なのか、未だに私には分からないのだが…それが、もし、本当に、あの可愛らしい小動物の猫のことを言っているとしたら…それは、残念ながら無理だな」
「無理?」
「あぁ。無理だ。【心】について、まだ全てを解明できたわけではないが、ここまでの研究で、少なくとも…その【心】の大まかな構造だけは分かってきている。不完全ながら、コピーやバックアップの作成などの技術も試行中だ。だがね…種の違いは、【心】の違いでもある。君の望むように、人の【心】が猫の体に入ったり、逆に猫の【心】が人の体に入ったり…と、そういったことは出来ないよ」
「絶対に?」
「あぁ。絶対だ。これは、どれだけ技術が進歩しようと、未来に向かって無理だと断言できる。もし、君が、猫の体に【心】を無理矢理入れたとしても、猫という器の形に、人の【心】の形は合わない。形…といったが、構造と言った方が良いかもしれない。それでも、無理にねじ込めば?…きっと、【心】はその構造を壊して…消滅してしまうだろう」
そこで、アスタロトはふと疑問に思って、口を挟む。
「ちょっと待って。でも、さっきの【天の邪鬼】の話は?…モンスターの中にだって、人と同じ【心】を持った奴がいるじゃんか?」
「うん。それが人型のモンスターならね。君たちTOP19だって、メジャーアップ後は、一般プレイヤーから見ればモンスター扱いだからね。しかも、伝説的な…」
モンスター…というのは種を表すカテゴリー分けでは無いらしい。
・・・
そんな呑気な話の間、フーは呼吸をどんどん荒くしていく。
アスタロトは、そのフーの様子を、アスタロトが不在となった時のイシュタ・ルーの姿に似ている…と感じ、嫌な予感が高まる。
「…フー・フー・フゥーッ!!!…ひ、左端様・ま・マ…ど、ど、どこ・こ・コ…」
見ると、フーの両手に青白い炎のような光が巻き付いて、その周りの空気を歪めている。
あんな危なそうな手で、掴みかかられたら大変だ。
「ちょ…ちょ、っと二人とも呑気に話している場合じゃないよ。フーさんも!…お、落ち着いて」
「…だせ!せ・せ!!…どこに隠した?た・タ?…」
もの凄い形相で、牙を剥くように口を歪めたフーが、にじり寄ってくる。
アスタロトが思わず後退ると…
「…止めなさい。フーさん。貴女の大切な人は、今、私が連れてきましたから」
アスタロトの背中を押しとどめて、第6位のベリアルが姿を現す。
その言葉どおり、その隣に憔悴しきった左端の肩を支えるようにして。
左端は憔悴こそしているものの、その目にはまだ、しっかりと力が宿っており、クリエイターに向かって挑むような視線を向けている。
白目と黒目が反転したようなその特徴的な目。瞳孔にあたる…中央が赤く燃えている。
・・・
「…ふざけた真似をしてくれたものです。俺たちを…何だと思っているんです?」
左端の語り口調は、不思議だ。
俺…という主語を使う割には、語尾は「です・ます」調で、どこか丁寧な感じがする。
まるで、ジウたちと同じ…システム側のPCのような…。
いや。それを言うなら、ベリアルの口調は、まさにジウとソックリか。
ジウとベリアルの違いは、ベリアルのその表情が常に穏やかな笑みをたたえていること。
「ふむ。君たちも、自力で抜け出てきたのか。まぁ。順当といえば順当。だが、逆に、左端君やベリアル君が、最初では無かったことの方が意外かな?」
「くっ。俺たちを、何かの実験対象として扱っているような口ぶりですね」
「否定はしないよ」
クリエイターは悪びれることなく、呪い殺さんばかりの強い左端の視線を受け止めて、あっさりと肯定してみせる。
「しかし、本当に意外だな。私の予想では、アレから自力で抜け出せるのはアスタロト君を含めても4人。そう見込んでいたのだが…左端君、フー君…ブブ君にベリアル君…ひーふーみー…数えることもないか?…5人もいるとはな…」
「…何だ?…テメェは、数も満足に数えられねぇのか?…6人だろうがよ?」
クリエイターが感慨深げに呟いた直後、それを嘲る声がする。驚いて振り向くと…
彼らから離れた反対側の机の向こうに…TOP19ですらない…ヴィアの姿があった。
・・・
次回、「理不尽な試練<4> …苦難の道…(仮題)」へ続く。