(28) 理不尽な試練<2> …NPC…<上>
・・・
部屋が完全に闇に飲み込まれ、全ての音が消えた。
暑くもなく、寒くもなく。
座っている椅子や、足下の床に触れている感覚もしない。
息苦しい…ということはないが、空気には匂いがなく…いや、風の流れすら一切感じないところからすると…空気があるかどうかもわからない。
だが、それを…おかしいと思う…こともなく。
体が、心が…闇に、静寂に…溶けて…消えていく…。
そして、ついに、そうした状況の変化を、受け止める自分の存在さえ曖昧になり…
・・・
『…ここでの、私に関する記憶を失うハズなのだが…』
唐突に、部屋に光が戻る。
色彩が目に痛いほどに飛び込み、普段は気にならない空気の匂いが鼻を刺激する。
体温が熱く、そのせいか微かな風を冷たいと感じる。
体重を押し返す椅子の座面が気になり、思わず身じろぎする。
頭上から降ってくる、その意外そうな声が…うるさくてたまらない。
・・・
「お帰りなさい…と、言うべきなのかな?…お早いお帰りで…と。それとも、そもそも君は、私が用意した試練の場所へ行くことすら無かった…ということなのか?…どっちなんだい?…アスタロト君」
眩しそうに、何度か目を瞬いて、アスタロトは周囲を見回す。
誰もいない会議室に、姿を現したクリエイターはジウの席…の前の…机の上に、行儀悪く腰掛け、組んだ足の膝をポリポリとかいている。
その問いに答える代わりに、彼は目の前の男…久しぶりに見るクリエイターの顔を睨んで訊き返す。
「皆は?…どこへ?…いったい、何を」
椅子を蹴って立ち上がり、床に横たえられていたラップの姿が消えていることに気づく。白いコートが、床にただ広げられているのを、アスタロトは拾い上げて畳む。
「あぁ…。心配するなよ。ラップ君は、私にとっても大切な存在だった。粗末に扱ったりはしていないさ」
「…皆を…どこへやった?」
「ふむ。その問いをする…ってことは、君は、そこへは行かなかった…ということなのかな?…君も一度は行ったことのある場所のハズなんだが…」
「アレは場所なんかじゃないだろう!…もし、アレだとしたら…アレは人をやっていいところなんかじゃない!」
・・・
「おや。やっぱり分かっているんじゃないか。気づかないふりをするだなんて…君も案外に人が悪いな…」
「ふざけるな!…アレは、記憶をなくすなんて…そんな程度じゃ済まないだろ?…ヘタをすれば、リアルに廃人になるって…」
ほんの一瞬ではあるが、アスタロトが感じた…いや、何も感じられなくなった…世界定義も何もされていない無。
アレは、マボとの領土争奪戦が終わった後に、COOの息のかかった一派が、アスタロトを閉じこめた幽閉用隔離サーバとそっくりだった。
もしも、アレがアスタロトの感じたとおりのものだとすると、あの時、クリエイターが偉そうに語っていたとおり、普通なら…どんなに精神力の強い者でも、発狂するか自我をロストし…最悪、参加者の現実の肉体においても精神に強い障害を残してしまう恐れがある…非情に危険なもののハズだ。
「君は…やさしいねぇ。アスタロト君。ここには、君のGOTOSたちは来ていない。別にライバルたちがどうなろうが、君には痛くも痒くもないだろうに。むしろ、今後の展開を考えると、ここで潰れてくれた方が楽かもしれないんだよ?」
「ライバルなんて…思ってない。アンタは、俺たちを戦わせたくって仕方ないようだけど…俺は、別に戦わなくったて、この世界を楽しむことはできる」
「…ぁあ…そうだったな。君は。…だが、他の連中は、それを聞いたらガッカリするか…激怒するんじゃないかな?…特に、ジーパン君とかヴィア君なんかは」
「知るもんか!…早く皆を元に戻せ!」
・・・
「…まぁ…まぁ。そんなに怒鳴るなよ。本当に、危険な試練だとしたら、エムクラックの幹部会議の承認が下りるわけないだろう?…君が閉じこめられた時は、本当に何もない無の世界だったがね、今回は、ちゃんとリミッターやショック・アブソーバが仕込んである。ここでの…私に関する記憶を失うぐらいで、他には何も悪影響はない」
それを聞いて、アスタロトは少しだけ落ち着きを取り戻す。
鼻からフーっと長い息を吐き出し、自分の椅子へと腰掛け直す。
「…なら、いいや。いや。良くないけど…俺が騒いでもどうにもならないし…。ねぇ…アンタと俺しかいないなら…俺、アンタに訊きたいことがあるんだけど」
「何かね?…私のプライベートについては、基本ナイショなんだが…まぁ…他ならぬアスタロトくんになら…少しぐらいは…話してもいいかな?」
「いや。別に興味ないし…。アンタが何者か…はだいたい予想がついた。アンタの目的も…なんとなくね。だから、俺が訊きたいのはそういうことじゃなくて…」
「分かってるよ。ラップ君のことだろ?」
クリエイターは組んでいた足を解き、机の上から下りると、ゆっくりとした足取りでアスタロトの机の前までやってきた。
そして、「よっ」…と、声をかけて、アスタロトの前の机に、アスタロトと同じ方向を向いて腰掛ける。
・・・
「…でも、私に何を訊きたいんだ?…君は、あの刹那の時間に、ラップ君と直接、話が出来たんじゃないのかい?…彼の…いや、彼女たちの…気持ちは、私なんかが無粋な解説をいれるより、直接話をしたアスタロト君の方が、良く分かったと思うんだが?」
「あぁ。そうだね。彼女たちの気持ちは…痛いくらいに伝わったよ。でも…何故なんだ?…何故、ラップさんは…彼女たちは…死ななければならなかったんだよ」
「おや?…そんなの…君を守るために決まっているだろう?…そう、彼女たちから聞かされなかったのかい?」
「聞いたよ。聞いたさ。聞いたけど…おかしいじゃないか!?」
「おかしい?…何が?…CROは、君を亡き者とするつもりだった。それを、ラップ君は、身を挺して守った。…それの何が、不思議なんだい?」
「ラップさんの能力は…その名前の由来となった思考実験上の悪魔のエピソードに心当たりがあるから…ラップさんが、この会議で…俺が狙われてるってことを知っていた…そのことについては…まぁ…理解できるよ」
「ふむ。さすがだな。…それで?」
「でも、それが分かっていたなら、そもそも、そのCROに…勝手なことをさせないようにする…とか、他に阻止する方法があったんじゃないのか?」
「あぁ…そんなコトか…」
クリエイターはつまらなさそうに吐き捨て、足を前に振り上げた反動で、机から飛び降りる。
そして、向かい側の机の端へと歩いていき、体を捻りながらアスタロトの方へ向いた形で、再び机に腰掛ける。
・・・
「君は…知識としては、かの悪魔のコトを知っていても、本当には理解できていないみたいだね。そんなコトは無理なんだよ。彼の能力ではね…」
ラップに出来るのは、ある時点での様々な事象をデータとして全て把握し、そして、それを正確に解析して、近い未来に起こる事象を正確に予知してみせる…ただ、それだけなのだ。そこに自分の意図など介在させては、未来は揺らいで予知などできない。
もし、その予知した未来に対して、ラップが何か未来を変えようとする形で行動を起こせば、そもそも、その予知する元となった事象データ自体が別物となってしまい、到来する未来も、予知したそれとは姿を変えてしまう。
「ば…馬鹿にすんなよ!…わ、分かってるよ。予知した未来を元に、行動を起こしたら…そのせいで、予知した未来とは違う未来になっちゃうってことぐらい。でも、それで、良いじゃんか!…ってか、それが一番簡単な未来の回避方法だろ!?」
アスタロトの答えに、クリエイターは静かに首を横に振る。
「はぁ…。君は…何も分かっていない。それじゃぁ…ラップ君も浮かばれないよ」
「何でさ…?…だって…」
「よく考えたまえ。その変わった後の未来が、予知した未来より良い結果になるかどうか…誰がそれを保証してくれるというのかね?」
「だ、だってさ!…ラップさんは未来を見ることが出来たんだろ?…なら、色々とやってみて、その都度、未来の良し悪しを確認すればいいだけじゃんかよ!?」
「ふぅ…。私を…ガッカリさせないでくれ。君は、未来を何だと思ってるんだ?」
・・・
アスタロトは、一つの点でしか未来を捉えていない。
ラップが最初に予見した、CROがアスタロトを狙う未来。
その未来を、別のものにする事は、確かにそれほど難しくはないだろう。
例えば、その未来の舞台となる…協議会が開催されないようにする。
例えば、今日この場所にアスタロトが来ないようにする。
例えば、あの光の攻撃の元となった穴を、事前に塞ぐ…
いや。単純に、アスタロトに対して、狙われているということを警告するだけでも…
それで、確かに今日この場所で、アスタロトもラップも命を落とすことは無くなるかもしれない。
でも、今日が駄目なら、CROは別の機会をセッティングするだけだろう。
そして、その別の機会、別の場所に、ラップが居られるという可能性は非常に少ない。
自分が確実にアスタロトを救える未来を変えてしまい、その結果、自分の手ではどうにもならない未来を迎え入れてしまう…そんな選択はラップには出来なかった。
「ラップ君が見通せるのは、せいぜい数日先まで。延々と続いていく未来の全てを見通して、その良し悪しを判断する?…そんなことが出来るとでも?」
「でも、ラップさんが倒れた後にだって…未来は続くんだよ?…そこで、1度危機を回避できたからって、その後、俺はラップさんと同じように殺されてたかもしれないじゃないか?」
「いや。ラップ君は、自分が倒れた後、私がCROを懲らしめると知っていたからね」
・・・
ラップは、自らの死後に起こることまで予知していたらしい。
自分が倒れる未来なら、少なくともCROがアスタロトを害することは無い。…その未来を見たからこそ、ラップは運命を受け入れる決意をしたのだ。
「あ、アンタが奴を止められるって知ってたなら、最初っからアンタがCROの奴をやっつけてくれたら良かったじゃないか!」
「…馬鹿なことを…。そんなこと、出来るわけないだろう?」
「何でさ!?…アンタの力なら…っていうか、実際、懲らしめたじゃんかよ!?」
「そうじゃない。だから。私が、どうして?…何故?そんなことをするんだ?」
「な、何だよ?…アンタは、俺がどうなっても良かったっていうのか?」
「だから…。勘違いするなと言っている。CROが何も行動を起こしていない段階で、何を理由にCROを罰せられると思うんだ?…ただのNPCでしか無いラップ君が…予知したから…そう言ってエムラックの重役連中が信じると思うかい?」
アスタロトは、何か反論しようと必死に言葉を探し、その瞳を細かく揺らす。
「ラップ君の能力は…何度も検証され、証明されてこそ、初めて信頼を得られる類のものだ。しかし、逆に…そんな能力があるとCROに事前に知られれば…その規格外の能力を理由に…排除されていただろう。NPCのことなど、ただのオブジェクトとしか捉えていない…無粋な奴らによってな」
クリエイターは吐き捨てるようにそう呟く。俯いた顔がどんな表情なのかは見えない。
・・・
「…これだけ説明すれば、納得できたかい?…可哀想なラップ君には、こうする以外に、君を確実に守る方法が思いつかなかったんだ。だから、今日まで、君やCROだけでなく誰にも気取られないように、無口なマックスや不気味なディンと行動を共にし、自らもラップスなんていう古き音楽の口調を真似た妙なPCを演じていたんだ」
健気だろう?…と、小さな声で付け加えたクリエイターの答えは、笑っているようで、それでいて少し湿り気を帯びていた。
アスタロトの強ばっていた肩から力が抜ける。
気持ちを切り替えようとしたのか、大きく息を吸い込み、そしてまた吐き出す。
「…なぁ?…NPCって…何なんだよ?…助けて貰ったのは…感謝しなきゃならないってわかってるけど…。ラップさんが…どうして俺なんかを、自分の命と引き替えにまでして…救わなきゃならないんだよ?…普通に…普通のNPCみたいに…街で、ただ笑顔で暮らしていてくれたら…それで良いのに」
「君まで…そんなことを言うのかい?…それじゃぁ…ラップ君は…」
「だって、そうだろ?…普通のNPCは、いくら領主のためとはいえ、命令も受けずに、領土争奪戦に参戦したりはしないだろ?…何なんだよ。ここのNPCは…それじゃ…まるで…俺たちと…」
「変わらない。そう感じてくれるから、彼らも君を特別に大事に思うんだよ…」
アスタロトは、そこで激しく首を横に振る。
「違う。違う…違うんだ。同じじゃない、NPCと俺たちは同じじゃない…」
・・・
思いがけないアスタロトの言葉に、クリエイターは驚いたような顔をして、それから、その表情を残念そうなものへと変える。
アスタロトの向かい側の机から飛び降り、そして、またゆっくりとアスタロトの方へと近づく…そして、アスタロトと机を挟んで対峙すると、残念そうに告げる。
「…そうか。君なら。私の目的、そして理想を共有できる…そう期待したんだが…やはり、君にとっても、NPCは所詮…」
しかし、その言葉を遮って、アスタロトはクリエイターの襟元を掴む。
椅子から腰を浮かして、左腕で掴んだその襟元を、自分の方へと引き寄せ…クリエイターの目と自分の目を真っ直ぐに合わせる。
「俺たちPCは、ここで仮に【死】んだって、別にリアルに存在が消滅するわけじゃないだろ?…だけど…NPCは、この世界にしか存在が無いんだから…この世界では、彼らの命の方が…かけがえのない命…なんじゃないのかよ?」
「…おぉぉ」
クリエイターの声が震えた。
ゆっくりとその目蓋を閉じる。
そして、両手でアスタロトの左手をふりほどき、襟首の乱れを整え…背中をむける。
「…なるほど…なるほど…なるほど…なるほど…なるほど…そうか…」
・・・
アスタロトの価値観は、他のプレイヤーに聞かれたら笑われてしまうような…ほとんど偽善と呼ばれて当然の…センチメンタルに過ぎるものだ。
いや。ナンセンスとすら言って良いかもしれない。
NPCなど、所詮は擬似的な命、作り物の心。それは、【死】などという概念とはそもそも無縁のもの。同じ設定で、存在自体をリセットすれば、いつでも復活するもの。…一般的には、そのように受け止められている存在。それがNPCなのだから。
アスタロトの、その特殊な価値観が、どのような背景により形成されたのか。クリエイターは知る由もなく、再びアスタロトの方へと向き直ると、ただ、ただ、貴重な宝石の原石を見つめるように、目を細める。
「…私は嬉しいよ。いや。しかし、同時に…とても残念だ。私以上にNPCへの愛を君が持っていることは素晴らしいことだが…君は、この世界での自分の【死】を、その程度にしか考えてくれていない…のだね…」
クリエイターの顔は、怒ったようにも、笑ったようにも、泣いているようにも見えた。
おそらく、クリエイター自身にも、制御できない自然な感情の迸り。
「ラップ君が、君を…どんな想いで…【死】から遠ざけたと思っているんだ?…アスタロト君。君のここでの【生】は、失ったところで…どうでも良い…そんな軽いものなのかね?…リアルに死ぬわけではないから…別に大した価値は無い…と?…本当に?」
「…そ、そんなこと…」
「いいや。言っている。君はラップ君の【死】を、冒涜しているに等しい」
・・・
そこで、クリエイターは何を思ったのか、とても意地の悪い笑みを浮かべる。
「なぁ?…アスタロト君。では、君に訊くが…ラップ君が、もし…リアルの世界にも命を持つ…我々と同じような…人間がアカウントを持つキャラクターだったとしたら…彼の【死】を悲しんではくれないのかな?」
「…だから…そんなの…」
「ありもしない仮定の話には答えられない…と?…では、仮定の話ではなく、実際に、この世界の【神】である私になら可能なことなんだがね…ラップ君を、今、ここに、さっきまでと全く同じ姿で復活させたなら?…そうしたら、彼の【死】は、その復活の瞬間…突然に価値を失うのかね?」
「…そ、そんなこと………って言うか…そんなこと本当にできるの?」
「できるさ。何なら、ラップ君の中に同居していた、あの花が好きなだけのただの街娘やコンビニの店員、土木作業員や饅頭屋のおばさんも…彼女たちが人型オブジェクトと仮想人格との【レイヤード】タイプのNPCなら…復活させることは…可能だ」
「ほ…本当なんだね!!…なら」
「ほう…。復活させろ…と?…そう君は言うのかね?…残念だよ。全く…。君の…この【世界】に対する、ここでの【命】…【魂】というものに対する想いが…その程度のものだったなんてね…」
クリエイターの顔は怒りを含んだ笑いの形へと歪み、【神】…というよりは、むしろ【悪魔】じみてきていた。
「その復活後の彼や彼女は…君にとって、本当に以前と同じだと言えるのかね?」
・・・
アスタロトには、クリエイターの怒っている理由が理解できない。
「…頼むよ…お願いだから…」
いや。心の奥深いところでは…わかっているのかもしれない。でも…
今は、まだ…あまりに突然のラップ…とその中にいたNPCたちの【死】がうまく受け入れられずにいるアスタロトには、復活への希望に縋らずにはいられなかった。
「…それで?…また、【死】なせるのかね?」
突然に無表情となったクリエイター。
「え………?」
「彼らは、また、君が危機に面した時には…自らの命を顧みず…君を守るだろう」
アスタロトは言葉を失う。何か、答えようとして唇を動かすのだが、その試みは全て失敗に終わる。音にならない吐息のようなものだけが…口から漏れていく。
-今度は、死なせない-、-逆に自分が守ってみせる-…エトセトラ、エトセトラ…
色々、反論の言葉は頭に浮かぶ。だが…それを言うことに意味があると思えない。
・・・
「…何度目ぐらいまでなのかなぁ…、それで、君が…NPCたちの【死】を悲しむことができるのは?…ん?」
「ぅう…」
「あん?…聞こえないね。ま、聞きたくもないけど。それにね…【レイヤード】タイプのNPCは、オブジェクト部分こそ何度でも完全に復活できるが…その仮想人格部分までもが…必ずしも同一性を保持しているかどうかは…私にも、わからないんだ…」
クリエイターの口から出た…2度目の【レイヤード】タイプ…という言葉。
アスタロトには、あまり馴染みの無い言葉だったので、1度目には聞き流してしまったけれど…今のクリエイターの口調には、どこか含みがあるようであり、アスタロトは思わず、聴き返してしまう。少し…誘導されたかもしれない…と感じながらも…。
「【レイヤード】…?…NPCに…タイプ…なんてあるの?」
クリエイターが、またしてもニヤリ…と、笑った気がした。
だが、その一瞬後には、また、無表情に戻っており…アスタロトは目を瞬く。
「NPCの定義は、知っているかね?…まさか、プログラムにより動かされている自由のないキャラクターだ…などとは思ってないだろうね?」
「あぅ…」
「ふぅぅん…。逆に、驚きだな。そういう理解であるにもかかわらず、君は…あれほどまでにNPCを大事に扱い、愛を注いでいたのか…。ある種、変態だな…おぃ」
「へ…変態…って…」
・・・
「NPC…というのは、NでPなC…では…もちろんなくて………って、やめろよ…そういう目でヒトを見るもんじゃないぞ…って…だからといって…そんな【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】をするんじゃない!!…何なんだ!?…それは、全く…もう!」
柄にもない(下手な)ジョークを言ったクリエイターは、天井を仰ぐようにしながら、襟首の辺りを左手の人差し指を引っかけるようして、パタパタと胸元に空気を送る仕草をする。
「NPCとは、誰もが知っているとおり、ノン・プレイヤー・キャラクターの略だ。つまり…単にプレイヤーではないキャラクターの総称に過ぎない。ずっと昔にテーブルトーク型という電子的な端末を用いないタイプのロールプレイングゲームというものが存在したのを聞いたことがあるかね?」
「…ある。歴史のカリキュラムで習った」
「うむ。そのゲームは、プログラムで制御されていない代わりに、ゲームマスターという、ゲームの進行を管理する役目を負う者がいて、PC以外の全ての登場人物の操作から、各種事象の変化などのコントロールを担っていた。…つまり、ゲームマスターが操作する全てのキャラクターは、NPCであると考えることができるな…わかるかね?」
「AIやVM…それにアンタのKaaSシリーズが制御する代わりに、誰か人間がその役をやってたんだね?」
「そうだ。パーティーの仲間や宝の在処をPCに伝える村人から、武器や防具、道具屋などの店員、噂を運ぶ単なる通行人もNPCだし、場合によっては敵もNPCだ。モンスターですらNPCとして扱う例も無いわけではない」
・・・
クリエイターの言っていることは、言葉としては理解出来る。
しかし、それが、このデスシムにおけるNPCの定義と、どう繋がってくるのかが分からず、アスタロトは首を捻る。
「…いや。失礼。少々、話が脱線したな。しかし、今の話から…想像できることはないかね?…ヒントは沢山与えたよ。君なら…分かるんじゃないかな?」
挑むようなクリエイターの視線。
どうして、こんな話になっているのだろう?
アスタロトは戸惑いを隠せない。
しかし、今、問いかけられていることが…とても大事なことのような気がして、アスタロトは、真剣に考えよう…そう思った。
ラップや…自分の領民たち…その他、この世界に生きる数多のNPCたち。
彼らを理解することが…ここで生きていく自分に、絶対に必要なことだと思うから。
・・・
次回、「理不尽な試練<3> …NPC…<下>」に、(すぐに)続く…