(27) 理不尽な試練<1> …自称【神】の目的…
・・・
『結局のところ…弱っちいんだよ。君たちは。まだね。全然…』
偉そうな口調ではあるが、どこか残念そうな響きを含んだ天井からの声。
TOP19(トップナインティナー)という、シムタブ世界で最も強い19人たちに向かって、その声は「弱い」と言い放つ。
しかし、ここで戦闘が行われたワケではく、「強さ」に関して批評を受けるようなテストを受けた記憶もTOP19たちには無かった。
いや。そもそも、今日、この特設会議室は「一切の戦闘行為が…システム的に…無効化されるのでは無かったか?
「げっつ…」
2世紀ほど前のお笑い芸人的な声を上げたのは白虎。
本当は、口癖でもある「けっ…」から始まる不満の声を上げたかったのだろうが、喉の動きも含めて体が言うことを聞かなくなってきている。
だが、誰もそれを笑うことはない。
その2世紀前の一発芸が面白くないとか…そういう意味ではない。
白虎と同様に、体が自由を奪われつつあったからだ。
・・・
『弱いから…あんなCROなどという…この世界への愛も理解も何もない無粋な輩に、良いようにあしらわれるんだよ。全く…情けない…』
自分も、そのCROと同じように超越的な権限を行使しておきながら、天井の声の主は好き勝手なことを言う…と、ヴィアは忌々しく思うものの、TOP19ですらない彼は、声を出すどころか天井を睨みつけることすらできない。
「システム側の人間に、手段を選ばないで好き勝手されたら、敵うわけないじゃんか!…何だよ?…プレイヤーへの不当な干渉は禁止だとか言っておきながら」
「そうですよねぇ~。…ねぇ、ねぇ…ところで栗木栄太郎って誰?」
まだ自由を失っていないアスタロトが、他のTOP19の意見を代表して抗議の声を上げる。
そのアスタロトの声に気のない感じで同意しながら、ブブは、しつこくアスタロトに栗木栄太郎が誰なのか…と質問をする。
『おや?…やはりアスタロト君は、まだ普通に会話できるんだね。さすがだよ。…っと、ブブ君…君も…全く平気なのかね?…ちょっと…これは予想外だな』
アスタロトの苦情に、天井の声は全く動じることもなく、余裕でTOP19たちの様子を観察している。
そして、少し考え込むように沈黙した後、それが必要だと考えたのだろうか?…自らブブの質問に答えを返す。
・・・
『ブブ君。「Face Blog ER」のナレッジ・データベースに、人物名鑑をジョイントしておいたから、後でゆっくりと目を通すと良い。256ページだ。簡単に言ってしまえば、このデスシム世界だけでなく、シムネットやシムタブ型MMORPG全般の基礎を作った…【神】のようなものだよ。反シムタブ主義者にとっては【悪魔】…かもしれないがね?』
その答えに、ブブは目を丸くする。
「うぉおお…な、なんですとぉ!?…【神】ですか!?…いや【悪魔】ですと!?…ほ、本物ですか?…キャラでなくて?…ということは猫師匠をも越える!???」
いや。猫師匠って何者なんだよ?…そっちの方が気になるよ。…と、普通ならツッコミが入りそうなものだが、もう既にTOP19たちの耳には天井からの声しか聞こえていないようで、誰も反応を示さない。
だが…何故か…ブブも、その驚きの声を上げた直後から、不自然に体を硬直させて動きを止めた。
『ふぅ…ブブ君だけは、ツボがどこにあるのか…今一つ理解できんが…まぁ、これで予定どおりに………おっと、そんなに睨まないでくれよ、アスタロト君』
「質問に答えてないよ。不当な干渉はしないんじゃなかったの?」
『不当?…何が?…ん…誰が?…えぇっ!?…もしかして私が!?』
「ふざけるな!!」
・・・
左端もフーも、ジュピテルもベリアルも…そして、ユノすらも行動を制約されてしまっているようだ。こんなことが、不正でなくて何だと言うのか?
アスタロトは、ふと…気になってジウと、そのジウの上方の窓から姿を覗かせているマックスの両者へと視線を送る。
ジウは、いつものとおりの無表情。
そして、マックスも、そもそも表情が読めるようなPCでは無い。
しかし、この、どう見ても異常な状態に、逃げ出しもしなければ苦情を述べもしないところからすると、この二人も体の自由を奪われていると考えるべきだ。
「…じ、ジウ…まで?」
『あぁ…そうだな。ジウに限定すれば、確かに私はシステム上位権限で、強制的に行動に制限をかけているよ。だが、彼は一般のプレイヤーでは無い。別に構わんだろ?』
「まるで、他の者については身に覚えが無いような口振りじゃんかよ!?」
『そうだよ?…何か、不審な点があるかね?』
アスタロトは思わず絶句する。
この状況でシラを切るとは…なんとふてぶてしいことか。
『…私から言わせるとね。今も、普通に動き、声を出せる…君の方が異常だよ。ねぇ?…左端君。ベリアル君も…そう思わないかね?…ランキングでも上位だし、システムの根幹にもより詳しい…君たちよりも、ランキング下位で新顔のアスタロト君の方が平気でいられるだなんて…ねぇ?』
・・・
「お、お…オッサンが、わざと俺だけ自由にしてるんだろ?」
『オッサン!?』
天井の声は、心外そうな…傷ついたような声を出す。
さっきまで、ヴィアや白虎からさんざんオッサン呼ばわりされていたハズだが、この期に及んでもまだ、天井の声はディンとは別人であるという設定になっているらしい。
『…アスタロト君。私は…まだ27歳だって知っているだろう?…オッサンだなんて君から呼ばれるのは、ちょっと悲しいな…まぁ…10ッコ上だから、完全には否定できないけどさ…せめておニイさんぐらいにしといてくれよ…ところで、くどいようだが、私は、システム権限など行使していないし、君だけを特別扱いしてもいないよ』
「嘘をつくな!」
『嘘じゃない。嘘じゃない。…嘘じゃないから…TOP19である君たちを…弱っちい…と嘆いているんじゃないか?…まぁ、アスタロト君を除いて…ということになってしまうんだが…』
「…だから、どうして、ここのシステム側の連中は、俺だけを特別扱いしようとするんだよ?…なんか…イジメっぽいだろ?…それってさ…やりにくいよ、俺だけ」
動きを拘束されても、意識を保っており、視線も自由であるTOP19たち。
彼らは、天井からの声とアスタロトの会話を聞いて…案の定、不審の目を、むしろアスタロトの方へと向けている。
今、現在、アスタロトだけが自由を失っていないコトだけでなく、これまでも何かとアスタロトは目立ってしまっている。どちらかというと「悪目立ち」というヤツだ。
・・・
『特別扱い?…そんなこと…してないさ。こっちだって、君には驚かされっぱなしだよ。予定だって、狂わされるしね。まぁ…良い方向に狂わされてる…とも言えなくはないから…感謝しなきゃならないのかもしれんがね』
「…くそっ。みんな、絶対…俺もグルだと思ってるよぅ…」
『なんだ?…君はそんなことを心配してるのか。じゃぁ、安心しても良いよ。今から私が下す【罰】の後には、誰も…ここでのコトは、覚えていられないだろうからな』
「………えっ?」
さらっと、今、天井の声は恐ろしいことを言わなかったか?
ここでのコトを、誰も覚えていられない…つまりは、TOP19たちから記憶を奪うということなのではないか?
『…あぁ…来た、来た。やっと承認が降りたよ。お待たせ。信じないかもしれないけど、ここまでは、本当に私は君たちが使えるレベルの技しか使っていなかったよ。どうせ、忘れちゃうんだから教えてやるが、これが「心」というステージで戦う場合の武器、「暗示」というやつさ』
「………暗示…」
『そう。暗示。アスタロト君も得意だもんね?…しかも、私のアプローチとはまた別の変わった手段を使っているね。見事だよ。なかなかね。その若さで…と考えると本当に嫉妬してしまいそうになる』
「…いつ?…そんな…だって…」
暗示とは、そんな簡単に掛けられるものなのだろうか?…アスタロトは記憶を辿る。
・・・
『そもそも、今日のこんな怪しげな目的不明の協議会にさ、よくも全員、ノコノコと参集したもんだよなぁ。…ま、CROの奴が色々と根回しをしてたし…この中にも、CROの手助けをしてた奴がいるようだが…その本人まで、まんまと暗示にやられてるようじゃ、笑われても文句はいえないよな?』
最後の台詞が誰に向かって投げられたものか、姿を見せない天井からの声だけでは判断がつかない。
先ほどまでは、アスタロトに色々な意味で疑いの目が集まっていたのだが、今の話の限りでは、そのCROの協力者は、唯一暗示にかかっていないアスタロトでは無い…ということになり、別の者だということになる。
「………き、…き、記憶を…う、奪う…など…、そ、そんなことが許されると…思っているのですか?」
気力を振り絞って…という様子で、ベリアルが天井の声に抗議する。
その表情は、辛うじて笑みの表情を保っているが、途切れ途切れの発声からして、そんな余裕があるハズもなく、口の端には僅かに血が滲んでいる。その無理矢理な笑顔は不気味ですらあった。
『………ふ………ふふふふふ。必死だねぇ…そんなに自分は暗示にかかってない…ってアピールしたいのかい?…いやいや。まぁ、さすがだ…と敬意を払っておくべきなのかな?…頑張りたまえ。記憶を奪う…といっても、私の力を、君たちが上回れば…ひょっとしたら奪われずにすむかもしれないよ?…おや。左端君も…動けるのかね?』
・・・
「…これがシステム側の特殊コマンドによるものでないなら…動けぬワケがない…そう…自分に暗示をかけた…き、貴様らシステム側のPCなどに…好き勝手は…させん…」
左端も、口の端から一筋の血を流し、薄く開いたその黒い目の中央を、いつもより赤く光らせて…気力を振り絞っているようだ。
『はい。さすが1位…と、言ったところかな?…いや。関係ないか。君の場合は、その異常なまでのシステム側への憎悪が、暗示の力を上回ったということかな?』
「黙れ!…ぐぅ」
『いいね。いいね。私としても、君たち全員が記憶をなくしてしまったら、少し寂しいと思っていたところさ。本当は、こんな無理矢理な手段も使いたくはないんだがね、君たちは知ってはならない情報を知ってしまったんだから…仕方がないんだよ?』
いつの間にか、部屋の中が少しずつ暗くなってきていた。
まだ、日は高い…はずなのだが、マックスの姿がある窓の外までもが暗闇へと代わりつつある。
「それって…栗木…栄太郎…って、俺がバラしちゃったから?」
おそるおそる…アスタロトが聞く。
『う~ん。困るんだよね。私は今、失踪中ということになってるんだ。変な噂ですら…居場所を外部にもらされちゃうと…面倒なことになるんだよ』
・・・
「…が、外部に漏らすって…、このゲーム、自由にログアウトができない仕様なんだから、そう簡単には…」
『噂ってのは広がるのが早い。TOP19以外に広まり、噂を知ったものがバトルに破れてログアウトすれば、すぐに外部に漏れる。アスタロト君。君のやったアレのコトと、私の存在は…絶対の秘密なんだよ…エムクラックにとってね…さぁ…そろそろ【神】の裁きの時間だ。まだ、言いたいことがあるなら、今のうちだよ?』
どうも、この声の主は【神】という役を演じるのが好きなようである。
だからこそ、傲岸不遜な態度をあえて演じているのかもしれない。
そんな自称【神】に対し、異常なまでの憎しみを持つ左端が、気力と声を振り絞る。
「がっ…ぐふっぅ…な、何が【神】だ!?…はぁ、はぁ…。貴様のような者が【神】であるハズが無い。ぐぅ…か、【神】ならば、その写し子である我々に…このような仕打ちをするわけが…ない…だろう。…そ、それに…この世界にも【神】がいるなら…俺の…俺の…風雨が…命を…奪われるコトなど……がはぁっ…」
血を吐くような左端の言葉に、フーも涙を流しながら、必死に体を動かして…左端の隣に寄りそう。ガクガクと震える足に、手の指を食い込ませて、必死に耐えている。
天井の声も、その必死の叫びに思うところがあるのか、しばらく沈黙した。
しかし…
『…【神】とは…そういうものではない。人が想像するような神は、神ではない』
それまでの嘲るような色を変えて、真剣に、選びながら一言一言、言葉を紡ぐ。
・・・
『もし…君が言うような神が存在するとしたら…それは、超常的な力を持つだけの…ただの人間だよ』
どこか冷めたような、諦めの籠もったような声。
かつて、神に何かを心から願い…そして、聞き届けられることのなかった者の嘆き。
天井の声からは、何故か、そのようなイメージが伝わってきて、アスタロトは反論する勢いを失う。
『どれだけ生命への慈愛に満ちた人格者でも、濁った沼に大量発生したプランクトンの1つ、1つの事情を勘案して愛を与えたりはしない。せいぜいが、沼全体のプランクトンという群に対して興味や愛を持つだけだ。もし、プランクトンの1個体に興味を持つ者がいたとしても、それは偶然選ばれた数個体が限度。1つ1つに…など無理な話だ』
自分たちをプランクトンだと言われたのだと言うことを、気づかぬほどのお人好しはここにはいない。
しかし、神からの視点でのたとえ話だと言うのなら理解できないことはない…と、アスタロトは、頭の中で彼の想像する神(何故かブッディズム風の衣に包まれている耳たぶの大きなふくよかな男性)が、沼の縁からTOP19の顔をしたプランクトンたちを眺めている画を想像した。
しかし、反論しようとして咳き込んだ左端の代わりに、ベリアルが硬い笑顔を…必死で保ちながら問い返す。
「…そ、それは人の限界…で…しょう?…我々を超越した神には…可能…では…?」
・・・
天の声…じゃなかった…天井の声は、「ふふっ」…と、幼子の素朴な質問に微笑むかのように息を吐く。そして、決して馬鹿にした感じではなく、真面目なトーンで続ける。
『そうかもしれない。だが…可能だとして…人が理解できない限界を越えたところにある思考が、なぜ、分割して1つ1つの個体に着目したときには、人のそれと同じ思考になると…君は思うのかね?』
そう。その神の力の設定には、明らかに自分を見てもらいたい…という人間側のエゴがある。可能だからといって、神が全ての人間に等しく常に注目していなければならない理由など…ありはしないのだ。
『そもそも、能力において、われわれの想像の外にある神の思考は、それこそ、我々の想像の外にあると考えるべきだろう…。だから、本物の神が存在したとしても、それに慈悲や慈愛を期待するのは無意味というものだ』
その話が続く間にも、どんどん部屋は暗くなっていく。これも暗示なのか?
『ところで、こんな話をしておきながら…なんなんだが…。アスタロト君。今の議論を聞いた上で…君は神を信じるかね?』
「…と、突然、む、難しいコトを訊くなよ!?…わ、分かんないよ。そんなの…」
『実はね。私は信じているんだよ』
アスタロトに話を振った事に意味は無いようだ。答えが返るか確認しただけらしい。
・・・
『私が信じている神は…極めて人間的な方だがね。そう…自分たちに似た姿をして、自分たちの理解のぎりぎり範囲内の思考と能力を持ち…したがって…人に慈悲や慈愛を持っている。…いや。これは私に都合良く語った神の姿ではないよ。古代から伝わる神話や伝承に登場する神たちは、まさにそういう者たちだったじゃないか?』
言われてみれば…と、アスタロトは、その神の定義に納得している自分に気が付く。
古来より世界中には様々な神が崇められ、超常的な力を持ち、人には不可能なことを平然とやってのける………が、しかし、その神々は、人と同じように闘いを繰り広げ、時には人と同じように罪を犯し、楽園を追われ、岩戸に閉じこもり、堕ちて…又は堕とされて悪魔へと変じ…子を産み、子を育て…時には殺されたりもする。
そして、気まぐれのように、人に愛を注ぐも神や、父のように厳しく接する神、母の愛よりも深く人間を慈しむ神…など…。
人間にとっての神とは、何故か…そういう少し片寄ったものではなかったか?
そして、それは、人が理解できる形の神である以上、必然の姿だとは言えないか?
『……ん…おや?…その定義だと…我々でもひょっとすると、より能力の低い命からは、神だと思われているかもしれないな?…ふむ。…ということは…君たち…まだ、弱く、この「世界」や「命」、それどころか「心」の意味も分かっていないようなレベルの者たちからすれば………私は十分に【神】と呼ばれる資格があるのではないかな?』
「…ぎ………うぅ…な…何を…都合のいいこと…言ってぃやがる…」
ずっと黙っていたジュピテルだが、彼もさすが上位のTOP19だけあって、まだ言葉を発することができるようだ。自分より偉そうな物言いに我慢ならなかったようだ。
・・・
『おやぁ…?…今の理屈。少なくとも、ジュピテル君。君だけには共感されこそしても、批難されることは無いと思ったんだが?…ねぇ?』
ジュピテルがTOP19であるのは、デスシム世界の領有可能な場所のうち9割近い面積を領土として手中に収めているという実績によるものだ。
そして、それを手中に収めるに当たり、ジュピテルが「伝説の古代神現象」と呼ばれる、デスシムの開始当初のプレイヤー数がまだ少ない束の間の時間だけに発揮可能な…システムに規定されていない超越的な力を最大限に利用したということを引き合いに出し、「自分の価値観と何が違うのだ?」…と言っているようだ。
ジュピテルは、問い返されて不機嫌そうに眉をつり上げたが、言い返す気力までは無かったようで、そのまま黙ってしまう。
『ふふふふふ。以上、証明完了だ。つまり、少なくとも、この世界に身をおく、弱く儚い命であるところの君たちにとって、私は結局のところ【神】と呼ぶべき存在だといってよかったわけだ』
そこで、不自然に間を空ける…天…いや。天井の声。
姿を見せていないから分からないが、きっと、ゆっくりとTOP19たちを上から見下ろし…睥睨でもしているのだろう。
室内は、もはや完全な暗闇の一歩手前だ。それぞれの目だけが、微かに光っている。
『いやいやいやいや。別に畏まったり、怯えたり、有り難がったりする必要はないよ。…何せ私は…とても君たちを愛しているからね』
・・・
悔しいが…格の違いというものを思い知らされている。
辛うじて、まだ話すことも動くことも可能だが、アスタロトには、この状況を打破する術が思いつかない。
いっそのこと、もっと生死に関わるような危機的な状況にでも追いやられれば…。
そんな危険な思考を思い浮かべてしまい、アスタロトは首を激しく横に振り、その考えを頭から追い出そうとした。
自分は…自惚れている?
右腕を失って瀕死となった時。
イシュタ・ルーを救い出すため最強と言われる【天の邪鬼】をテイムした時。
マボとの激戦で、魂までもが燃え尽きそうになった…あの時。
追い詰められた時に、何度も奇跡的な生還を果たしたという…自信から来る錯覚。
もっと生死に関わるような危機的な状況でなくて…幸運だと思わなければならないのだ。
さっき無事だったから…と言って、次も無事だ…などという保証はどこにもない。
辺りは遂に、完全な闇に包まれ…遂にTOP19たちの姿も確認できなくなった。
しかし…不思議と自分の姿だけが、闇の中にぽっかりと色鮮やかに浮かんでいることにアスタロトは気づく。
これは…どういうことだろう?
自分だけ?…それとも、他の者も、同じように自分の姿だけは見えているのだろうか?
・・・
『さて…既に【罰】の準備は完了したようだが、その前に、せっかくだから私からの前口上を聞いて貰おうじゃないか。さて、お立ち会い…本日は、まんまと…ゴッホン。失礼。ようこそお集まりいただき誠にありがとう!
しかし、あんな…CROの無計画な招集に、無警戒に参集してしまうなんて…まだまだ…君たちは、今回のメジャーアップデートの意味と、その恐ろしさを理解できていないようだ。そんなことで、この先の…第2段階のシナリオを乗り切ってくれるんだろうか?…私は非常に不安を感じざるを得ないよ
私は【神】だが…この世界の全てを私一人で運営しているワケじゃない。
実はね。今回のTOP19という制度、その対象者の判定をするシステムは、残念ながら私の手によるものじゃないんだよ。
私は、モノを創るのは得意だが、判定というような仕事は…まぁ、CEOの趣味?…嗜好…何というか…そんな要素とかも入れなきゃいけないらしいからね。
だが、TOP19に選ばれることで君たちが手にする恩恵も、義務も、様々なオブジェクトや能力も…それをデザインし、また、実現するためのシステムを作るのは私だ。
となれば…ぜひ、選ばれた者たちには、それなりの能力を期待したいじゃないか?
もしや…TOP19に選ばれるべきで無い者が混じっている…なんていうことはないとは思うんだがね…念のため、確認をさせてもらおうかな?…と思ったんだよ。
【罰】だなどと脅かしたが、これは、実は、君たちへの試験だったりするんだよ?』
・・・
何故か、最後を疑問形で締めくくった、自称【神】の前口上。
各プレイヤーへの不当な干渉行為は禁止されている。
にも関わらず、そのルールを作ったと思われるシステム側の中心人物が、このような大それた行為に及ぶことに、大きな違和感を覚えていたアスタロトだったが、前口上の最後の部分「試験」というキーワードから、その理由をやっと推し量ることができた。
確かに、先ほど「承認」だとか何とか言っていなかったか。
その「承認」がCEOのものなのか、それとも運営会社の会議のようなものによって出されるものなのかまでは知らないが、その「承認」を得ることで、このような無茶な行為を、「不当な干渉」ではなく「必要な試験」に…その位置づけをすり替えたのだろう。
『…さて。何人が…この試験…いや。試練に…生き残れるかな?』
試練!?…いや。生き残れる…?
急に放たれた物騒な言葉に、アスタロトの全神経に緊張のパルスが走る。
そして、その瞬間。
真っ暗闇だと思われたその空間のあちらこちらに…他のTOP19たちが居たと思われる…その辺りに、彼らの怒りに燃える目の光のようなものが明滅した。
【死】を忌避する強い思い。それがあるから、こんな世界に留まっている者たち。
・・・
『おぉ………!!!
おぉぉ…。素晴らしい。その状態から…それだけの強い思念を燃え上がらせることができるとは。そんなにも、【生】に執着するかね?
ここは…君たちも、知ってのとおり、ただの仮想世界だ。
ここで、生き残れなかったからといって、現実の君が命を落とすわけじゃない。
これは、デスゲームではありません………と、そういう前提だからね。
いや。しかし。私は嬉しい。
こんな偽物の【死】を…それほどまでに恐れ…必死に足掻いてくれるとは。ありがとう。本当にありがとう。あぁ…。私は嬉しい。そして…愛おしい。まるで我が子の様に…
君たちが望むか望まざるかにかかわらず、この世界は、これから第2段階を迎える。
極めてシンプルに表現するならば、結局、私が、これから君たちに期待し、やってもらうことは…ぶっちゃけ…ただの【コロシアイ】に過ぎない。
おっと、怒るなよ。アスタロト君。
勿論、私は君の理想とする世界のことも理解しているよ。
そして、同時に、君がそれを実現できたら…どんなに素晴らしいか…とも思う。
いや。本当だよ。神に誓ってもいい…おっと、さっき自分で【神】を名乗ってしまっているから…説得力が無いかもしれないが…。本当に私も、そうなれば良いと願ってる』
・・・
【コロシアイ】…という、自分が最も忌避する言葉を出されて、一瞬、頭に血がのぼったアスタロトだったが、自称【神】が狼狽えながら必死に自分の機嫌を直そうとする声のトーンがあまりにも滑稽で、なんとか冷静さを取り戻す。
今、ここで冷静さを欠いて無謀に立ち回っても仕方がないのだ。
既に、今、この状況が理不尽と言えば理不尽の極みなのだが、ただ、理不尽に全員を皆殺しにしようというのでは無いことだけは確かだ。もし、そうだとしたら、こんな無駄なおしゃべりなどせずに、さっさとそうすれば良いだけだ。
この自称【神】には、それが簡単にできる。にも関わらず、このような形をとっているのは、そこに…やはり何かの意味があるに違いない。
先ほど、「記憶を消す」などという発言もあったことから、あまり安心も出来ないが、今はもう少し、この自称【神】の話を聞いてみるべきだ…そうアスタロトは自分に言い聞かせた。
『…ふぅ。落ち着いてくれたようだな。ありがとう。
アスタロト君の価値観には好感を抱くが、しかし、この世界に生きる全員が、君と全く同じ価値観の持ち主では無い…ということは、君も理解してくれるだろう?
君に最もイメージし易い例を挙げれば…うん。TOP19の中にも居るじゃないか。ジーパン君とヴィア君。「はじまりの町」を死の町と化したのは、この二人だ。
彼らの価値観は、アスタロト君とは絶対に相容れない。
そうだろう?』
・・・
アスタロトの脳裏に、メインシナリオ開始直後の忘れられない記憶が蘇る。
【惨状】【焦土】【廃墟】【荒廃】………どう表現してよいかも分からぬ程の【死】の臭い。無秩序に破壊され、燃やされ、抉られ、切り刻まれた街並み…と、そこで生活していたハズのNPCたちの無残な亡骸。
-アスタロトへ。これで済んだと思うなよ…俺たちの恨みを忘れるな-
その殴り書きされた貼り紙の主が、自分と同じくTOP19にランキングされているジーパンとヴィアなのだ。
その「俺たちの恨み」…というものに、アスタロトとしては全く心当たりがないのだが、あの日の「はじまりの町」の姿を思い出せば、彼ら二人の価値観が、確かに自分とは全く相容れないであろうことは、容易に理解できた。
『…それから、君にはピンと来ないかもしれないが、ジュピテル君の領土支配の手段や領民に対する振る舞いは…おそらく、やはり君とは全く相容れないだろう。
それに。アスタロト君。
平和で普通の仮想世界を夢見る君自身も、あの【天の邪鬼】との命がけの知恵比べや、マボ君との領土争奪戦での壮絶な闘いに…心を振るわせたのではなかったかね?
そして、もっと原初に目を向ければ、右腕を失った…あの時も。
君は、その【生】と【死】の間に在る時、最も激しくその才能を開花させる…』
・・・
その指摘に、アスタロトは反論できない。
ほんのさっきも、自分は、今、指摘されたような事を、自ら思い浮かべてしまったばかりなのだ。
-いっそのこと、もっと生死に関わるような危機的な状況にでも追いやられれば-
それが、自分の本性なのではないか?
…アスタロトの心に重い固まりのようなものが生まれる。
『…アスタロト君が、本心から普通の仮想世界の実現を願っていることは間違いない。
私が、保証しよう。
しかし…同時に、君の心にも、【生】への執着と、そして【死】への何者にも負けないほどの忌避…そう言うものが眠っていることは間違いないだろう?
何故なら、TOP19に選ばれる…ということは…そういうことなのだから。
そして、私の望みは、そんな君たちの【生】への執着と【死】への忌避。その極限の思考の中に垣間見える【心】の動き。そして、その極限の向こう側にある【魂】の真の姿。
それを、私は見たい。それを私は知りたい。そして、それを私は生み出したいのだ。
ただ、遊びの【コロシアイ】では…真実は見えて来ない。
そういう意味で、この世界での【生】に執着を持たず、この世界での【死】を怖れない一般プレイヤーに、私は興味が無い。
君たちは、見せてくれるよね?…私に。その先にある…人類の可能性を…』
・・・
これは…聞いてしまって良かった話なのだろうか?
このデスシムという世界が、なぜ、【究極にリアルな死】などというものに拘った仕様になっているのか…ずっと謎だった…その理由が、今、明らかにされた。
ジウは…この事を知っていたのだろうか?…そして、他のTOP19たちは?
アスタロトは自分が、後戻り出来ない場所に無理矢理引きずり込まれたような錯覚に襲われて、思わず身震いしてしまう。
知らなければ、穏やかな気持ちで「普通の仮想世界」の実現に向けた、ささやかな取組を続けられたかもしれないのに…。果たして、知ってしまった自分は…?
アスタロトは、始めの方で自称【神】が「記憶を奪う」という意味のこと口にしていたのを思い出し、ひょっとしたら、その方が幸せなのではないか…と思ってしまう。
思ってしまってから…すぐに、首を横に振る。
駄目だ。どこまでの記憶を奪われるのか…分からない。
まさか、ログインしてからの全ての記憶を奪われることは無いだろう。普通に考えても、この協議会へ出席するまでの記憶を奪うとも…奪えるとも考えにくい。
この自称【神】が、【罰】だの何だのと言い出した以降の記憶であれば、いっそ失った方が幸せかもしれないが………この場所での記憶全てを奪われるとしたら?
自分には、失ってはならない記憶がある。
ラップに命を救われたこと。彼が何故死んだのか…。そして、もう一人の自分…。
そうだ。俺は、それを忘れるわけにはいかない。むしろ、訊かなければならないのだ…と、アスタロトは強く心に誓い直す。
・・・
『さぁ…この話を聞いた後の君たちは…変わらずに私の興味の対象でいてくれるかな?
その確認のために…今から…君たちに【罰】…いや。試練を受けてもらう。
…もし、その試練を乗り切り…私の期待に答えてくれたなら…
そのお礼に…というのも何なんだが…君たちにも、その先に目指すべきゴールを設定してあげよう。報酬では無いが、不満には思わないでくれたまえ。
試練を乗り切ったぐらいでは報酬はあげられないんだ。それをしたら、他の一般プレイヤーと比べて、ちょっと不公平になってしまうだろう?
…しかし、約束しよう。試練に生き残り…第2段階であるメジャーアップ後のデスシム世界で…私の設定したゴールへと辿り着いた者には、報酬として【新しい世界の創造】を行う権利をプレゼントすると。
【新しい世界の創造】の詳細については…今はまだ詳細は明かせないが…遊びの創世でないということだけは保証しよう。
本当の…本当に本当の…【新世界の創造】だ。そのゴールへと辿り着いた者には、世界のデザインから物理法則、そこでの人類のあり方から言語まで…ありとあらゆるコトを思い通りにさせてあげよう。
信じ難い話かな。信じないならそれでも、結構だ。もし、信じる者が一人もいなければ、一般PCの中から君たちに次ぐ者が…そして、この話を信じる者が現れるまで、根気よく待つだけの話。…何、心配はご無用。私は、案外と気長なんでね…』
・・・
次回、「理不尽な試練<2> …我思故我在…(仮題)」
TOP19たちを襲う、最初の試練とは!?