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(26) クリ(キ)エイタ(ロ)ー

今回は、話の本編ではなく、その背景を語る上でかかせない、

ある主要人物についての略歴です。

少し、説明が長かったり、くどく感じるかもしれなません。

ほぼ、同時に、(27)話も公開しますので、長い説明が嫌いな方は

この話を読み飛ばして(27)話の方へ…どうぞ。

・・・


 ■ 22-23世紀 人物名鑑 №256


 【栗木栄太郎】(くりき えいたろう)  相対認知論的思念発生学 博士


 西暦2179年 神奈川県横浜市生まれ - (失踪中)

         年齢27歳(2206年現在)


 父の栗木・アラン・スミス(2154-)は特に腎機能向上による有害物質除去の研究で第一人者とされる内科医。


 母の栗木菜葉(なのは 旧姓・三島 2156-2193)は、シムタブと脳神経との相互作用の研究と応用で重要な貢献を果たした工学博士。


 幼少時より、父母の影響を色濃く受け、学術系のシムタブによる英才教育を受けた栗木栄太郎は、14歳にして国家資格である工学医療技師の試験に合格し、母親の研究の助手を務める。


 しかし、同年、未解明の環境汚染物質によるナノマシーンの誤動作により、母親を急性の腎不全で亡くす。危篤状態の母親には、父親の調整した腎機能向上用ナノタブによる治療が試みられたが、効能の異なる二種類のナノマシーンが互いに互いを排斥し合うことによる副作用が現れ、逆にその命を縮めることとなった。


・・・


 この時の経験により、ナノタブの治療薬としての万能性に強い疑念を抱いた彼は、母を救うことができなかった父へも反目するようになり、家を出ることになる。


 母親の研究の助手であった期間は短かったものの、難解なその理論と技術を受け継ぐことは他の助手たちには荷が重く、心ならずも世襲の形で母の研究を受け継ぐことになる。


 15歳の時、脳とシムタブとの相互作用をサンプリングし、脳内信号の記号論的解析とニューロン形成のパターン解析による情報論的なモデリング技術を開発。


 16歳で、量子コンピュータと光コンピュータを3次元複合的に結合したグリッド・レイヤード・サーバを開発。そのサーバ上に、モデリングされた擬似ニューロン情報をミラーリングし、不完全ながらも人の思考の一部を記録、再現するストレージを制作。


 17歳になると、そのストレージをクラウド化し、ネットワーク上で共有可能なナレッジ・データベースサービス(KaaS)として公開。


 当時、人工知能(AI)の発展形である仮想化擬似人格(VM)は、ニューラルネットワークによる強力なパターン認識機能やファジィ理論の統合による的確な推論、遺伝的解析学の応用、乱数によらない外部刺激起因の突然思考変異など、様々なアプローチにより、既に俄にはそれと見抜けぬほどに高度化され、生活のいたるところで応用され、MMORPGなどにおいてもNPCの思考エンジンとして活用されていたが、栗木栄太郎が公開したKaaSは、突然の閃きや外的及び内的要因による感情変化、創造的思考や原初的欲求などを持ち、VMを超えるものとして高く評価された。


・・・


 KaaSを実現する技術は、非常に高度で難解なものであったが、栗木栄太郎は、それを利用するためのインターフェース自体を擬人化し、利用しようとする外部システムがどのような曖昧さや矛盾を内包していようと…「思いやり」を持って、適切にサービスを利用できるようすることで、VMのシェアを急速に奪うことに成功する。


 他のシステムからの利用が増えるほどに、それを経験として取り込み、栗木のサービスの品質はさらに向上を続けた。


 18歳の栗木は、いくつかの巨大情報企業や大学機関から専属契約を持ちかけられるが、その全てを断る。

 栗木は、KaaSを単一のものではなく、バリエーション(個性)を持った複数へと展開する仕事に専念した。


 当初、KaaS1~KaaS9と名付けられたサービスのコアは、やがて自らが「閃いた」名前を持つに至る。

 名前を得たKaaSシリーズは、栗木の「助言」を受けて、ネット上に散らばるビッグ・データを、競い合い、貪るように解析。「人」そのものではなく、人の営みによる産物であるところのデータを、それぞれが「好き勝手」な「解釈」により評価、解析して、さらに自らの一部として取り込むことを始める。


 一般的な評価として、この時、既にKaaSシリーズは、「ほとんど人と変わらない」という絶対的な支持を得ていたが、栗木自身は、まだ人との違いを強く認識しているようで、全く満足していなかった。所詮は、ソフトウェア-でしか無いのだと…。


・・・


 19歳の時、KaaSシリーズの技術的な行き詰まりを感じた栗木は、サービスの改良や新規技術の開発を一時完全に放棄する。


 KaaSシリーズの利用料は基本的に無料であったが、栗木のバックアップを希望する企業や国からの援助金により、働かなくても食っていける…状態であった栗木は、この休養とも呼べる期間に、当時まだネットワーク非対応であったシムタブ型ARPGに出会い、初めて「遊び」を目的としたシムタブを利用する。


 そのゲームタイトルは「人見知り勇者と食べず嫌い姫」といういわゆるクソゲーに分類されるものだったが、設定やストーリー展開の稚拙さに目を瞑れば、その主人公とヒロインのキャラクターとしての魅力とアクション性はまずまずのもので、ゲーム初体験の栗木を十分に魅了するレベルではあった。


 栗木に化学変化を起こさせたのは、彼が「人見知り…」を1度エンディングまでプレイし終えた後の、2巡目のプレイであった。

 1巡目では、シナリオ・ライターの(栗木には無い)感性により生み出された意外…と思われた展開が、2巡目では全てが色褪せて見える。そのARPGでは、栗木が提供したKaaSシリーズがNPCの思考エンジンとして利用されており、確かに、そのNPC1体1体の言動は自然なものだった。しかし、栗木の行動が1巡目と違うにも関わらず、各地で出会うNPCの言動は、多少の違いこそあれ、1巡目と趣旨においては同一であり、これが大いに栗木を失望させた。

 基本のシナリオに沿ってエンディングが用意されたARPGでは、当然なのことなのだが、栗木には、異なる経緯で異なる時間に会った相手としては、不自然な態度に思えた。


・・・


 そのことに不満の声を漏らした栗木に、彼の友人(ごく普通の19歳。自称、ネトゲ廃人)が、シムタブ型…ではない、ネットワーク外部端末上で、アイモーション・コントローラと音声インターフェースの連携により操作する、クラウド型MMORPGを紹介する。


 そのタイトル「いつか、どこかで、落とし穴」は、様々な意外性あるクエストやグループ間の対戦など、魅力的なゲーム要素を備えていながら、不意に訪れる「落とし穴への転落」という唯一の終了条件(復活不能)という意味不明で残念なクソゲー要素を持っており、さほどヒットした作品では無かった。しかし、明確なストーリーとの引き替えに、時と場所、そこに至るまでの経緯…などにより、自分以外のキャラクターの対応が常に異なる…という点で、栗木の心を直ちに魅了した。


 クラウド型MMORPGというジャンルは、現時点では既に存在しないため、少し解説が必要かもしれない。これは、21世紀に存在した自己の端末にインストール不要な(クラウド化)されたMMORPGのことでは無く、MMORPGの舞台となる仮想世界がクラウド化され、ゲーム毎に専用の仮想世界用のサーバを持つのではなく、ネットワーク上に過去の資産として広大に眠っている既存タイトルの仮想世界を時間、空間的に結合して、各MMORPGはその一部を自由に自らの提供する仮想世界として活用できるようにしたもののことである。


 つまり、仮想世界を特定のサーバ上に用意せず、サービスとして利用…つまりクラウド化したもの。それがクラウド型MMORPGであった。

 このアイデアは、後のシムネット上の各種MMORPGに継承され一般化されている。


・・・


 20歳になった栗木は、のめり込んでいた「いつか、どこかで、落とし穴」に対して、ある日突然、不満を覚える。


 それは、ある女性に栗木が恋心を持ったことに始まる。

 若干、遅い春であったが、栗木にとっての初恋(母親への思慕を除く)となるそれに、彼はのめり込む。


 しかし、二つの意味で、彼の恋は、絶対に実りを得ることのないものであった。

 一つは、その恋が、MMORPGの中でのものであったこと。

 そして、もう一つは、その恋した女性が、MMORPG上のPC…ですらなく、NPCであったこと。


 そのNPCの思考エンジンは、栗木のKaaSシリーズの一つ「ユミルリリアン」であった。栗木が放置していた1年の間に、ユミルリリアンは大きく進化し、栗木を持ってしても最初はそれがNPCとは気づけないほどだった。


 栗木は、相手がNPCであり、そしてKaaSシリーズの一つを思考エンジンとすることに気づいた後も、彼女への想いを失いはしなかった。


 しかし、所詮はネットワーク外部端末によるMMORPG。彼が、どれほど彼女を愛そうとも、栗木には彼女を実際に抱きしめることができない。

 環境ホルモンの影響で、生殖能力の低下が大きな問題となっている状況においても、栗木の中には、年相応の(むしろ遅いとも言える)性的欲求の激情が渦巻いていた。


・・・


 人生の中で、誰にでも寄り道といえる時期は必要である。

 この時期の栗木は、まさに大きく寄り道をしているような状態であった。


 周囲の冷たい目線を気にしながらも、3Dプリンターを用いない(有名造型師による手作りの)等身大ドールを特注し、その関節部分にマイクロモーターを埋め込んで、恋するNPCの動きにシンクロさせた上で、抱きしめてみたり、顔にフィルム型人口筋繊維を埋め込んで、自分に向かって微笑ませてみたり。

 20歳にして、誰が見ても間違いのない黒歴史を、自分史の一部に書き加えていった。


 栗木は、しかし、工夫を重ねれば重ねるほど、それが決して自分に満足を与えないということを思い知っていった。

 そして、ある日、破局が訪れる。


 体の内側からあふれる欲求が、決して満たされることがないという現実に、栗木は癇癪を起こし、女性NPCをワケもなく罵倒してしまう。

 実際であれば、当然、その女性から嫌われ、恨まれ、憎まれて当然な程の理不尽な罵倒。

 しかし、MMORPG中で「プレイヤーに愛される」という役割を与えられたそのNPCは、学習により憎しみの感情もエミュレートすることは可能ではあったが、その定義された役割との間でコンフリクトを起こし、結果として、その解消のために初期化された。


 母に次ぎ、二人(?)目の愛する人を失った栗木。

 数日間は失意の底に沈んでいたが、やがて、彼の心に芽生えたのは怒り。そして不満。

 通常のネットワークでは、決して彼を満足させる恋など出来ないということ。


・・・


 ならば、現実の世界において、現実の女性に対して恋愛をすれば良いのだが、それをするには、栗木の精神構造は複雑に過ぎた。


 幼少時からシムタブによる学習と研究に打ち込んできた彼は、当然のごとく、極度の人見知りとなった。友だちの数も極めて少なかったが、幸い、その友だちは人物的に素晴らしく、栗木は孤独を感じずには済んでいた。


 しかし、残念ながらその友人の中に女性はおらず、まず、女性を新たな友だちとする段階で、栗木にとっては高すぎるハードルであると言えた。

 悶々として、鬱屈した日々を過ごした20代最初の1年。

 栗木にとって、その1年が寄り道であったのか、それとも革新の原点であったのか。その判断は、後世の歴史家に委ねることになるだろう。彼が後世に名を残すことだけは、この時点で既に間違いはないのだから。


 21歳。栗木は再び研究室に姿を現す。

 母の助手だった者たち、つまり彼の助手となった者たちは、彼の研究室を荒れ果てたものにはしていなかった。


 母の研究の原点であった「シムタブと脳神経の相互作用」というテーマに沿った臨床データのサンプリングを、律儀にも、ひたすらに、絶え間なく行い続けていたのである。

 名も無き助手たちではあるが、この2年間の彼らの働きは歴史に記すだけの価値があると言えるだろう。そのサンプリング・データが栗木の研究を1ステージ上に引き上げたのだから。


・・・


 助手たちが蓄積したサンプリング・データは、未解析だがその価値はダイヤの原石に匹敵した。

 2年の間、指示する主が不在であったため、そのサンプリングの対象は、12対の脳神経に留まらず、大脳、小脳、脳幹といった脳本体の各部位とシムタブとの相互作用にも及んでおり、通常であれば叱責の対象となるところであるが、栗木は直感的にそのデータが非常に重要な価値を持つことに気づく。


 膨大なサンプリング・データを、栗木は9つのKaaSシリーズ全てに対し、細かいことは指示せずに、ただ「解析してくれ」とだけリクエストし、それぞれのKaaSがまとめるレポートを定期的にチェックした。


 ある意味、全てのレポートが得難い価値を持ったものであると言えたが、栗木はその中から、「自分にとって価値があるもの」とそれ以外に区分し、それ以外については、惜しみなく他の研究者へと譲り渡したり、普遍性の確認できたものについては、各KaaSのナレッジ・データベースとして登録し、誰でも利活用が可能な状態にした。


 栗木にとって価値があるもの。それは、当然のシムタブ型ARPGを、シムタブ型MMORPGへと進化させるために必要なナレッジであった。

 つまり、シムタブを通じて、人の脳をネットワークに接続し、多くの人間が同時に一つの仮想世界の体験を共有できる仕組みを実現することである。


 クオリティを問わないのであれば、それは簡単に実現できた。

 脳神経の出力と入力を、シムタブを通じてネットワークに接続しさえすれば良いのだ。


・・・


 最初の試みは、ダイヤの原石の解析結果を用いる必要もない、単純なものだった。

 栗木は、シムタブ服用中の頭に電極をセットしてネット通信を行うタイプのデバイスを制作し、発表したのだ。


 一部のメーカーがこの仕組みを採用したシムタブ型MMORPGを商品化したものの、スマートさに欠けるというネガティブな評価を受け、女性ユーザーをほとんど獲得できずに、結果としてあまり普及するには至らなかった。


 そして、それは普及しなくて正解だった。

 電極との間で、短距離ではあるが通常の電波による無線通信を行うこの方法は、長時間の使用により脳を形成するタンパク質を変質させてしまう危険性があることが分かったからだ。この方法が普及していたら、装着するデバイスの小型化やポケット化などが求められ、その脳との距離が遠くなる分だけ無線電波の出力を上げざるを得ず、長時間遊び続けるプレイヤー(ネトゲ廃人)の脳を焼き、文字通りの廃人にしていたかもしれないのだ。


 22歳の春。試行錯誤を繰り返した栗木は、シムタブによって脳波を電気的な波に変換した情報ではなく、脳内情報の伝達方法そのものに着目する。

 これこそが、助手たちが2年間にわたり結晶化させたダイヤの原石の成果であった。


 一つの脳細胞が、別の細胞と情報を伝達する仕組み自体は、20世紀後半から既にある程度解明されていたが、情報を送出する軸索から、情報伝達にかかる各種物質を、情報を受領する樹状突起にまで分子モーターにより運ぶ…という一連の過程は、そのままの形で無線化することは出来ない。


・・・


 その生理的な脳細胞の活動に伴う化学的な変化による活動電位の変化、この電位差を電気的に記録し、可視化したものが脳波であり、つまり脳波は脳細胞の活動の結果として副次的に発生するものだ。従って、脳波そのものが情報伝達をするものではなく、情報伝達の結果…又は過程が外部に現れたのが脳波であるから、それを単に増幅しても意味はない。


 ある日、サンプリング・データの解析レポートを貪るように読み続けていた栗木は、非常に希にではあるが、明らかに脳内の離れた領域に存在する、それぞれが一見して直接的には接続されていない脳細胞同士が、明らかに意味のある同期、或いは同調した振る舞いを見せることに気づいた。


 しかも、それは電気的な意味での脳波との因果関係は無いように見えた。

 何故ならば、明らかに計測される脳波の3次元分布モニターによる波形分布の拡散速度より、圧倒的に速い情報の伝達が見て取れたからである。


 最初は、サンプリングに用いたシムタブ型計測ユニットの同時刻性の不保持によるものではないかと疑った。しかし、何度も確認した追試の結果、同時刻性が保持されていても、離れた位置にある脳細胞同士が、ほぼ瞬時に情報を伝達、もしくは共有していることが確認されると、栗木はここで、脳内で量子通信が行われているのだと気づいた。


 既に20世紀後半には、脳量子理論というものが提唱されていたが、体温という量子力学的には非常に高温といわざるを得ない条件の下では、マクロスケールでの量子的効果が認められるとは栗木には思えなかったため、それまで意識の外に追いやっていたのだ。

 しかし、栗木はサンプリングの結果を重視し、自分の中の常識を捨てた。


・・・


 脳量子理論は、非常に参考となる理論ではあったが、いくつかの問題があったため20世紀後半には生まれていたにも関わらず、22世紀後半になっても大きな成果を生むことができなかった。


 その理由は、一つには、それが「場の量子論」の考え方を「心の発生」に結びつけようとする部分において、別の領域の多くの学者たちから懐疑的に批判の目で受け止められていたからである。

 そして、もう一つには、脳内の量子的な活動を計測する、優れた方法が確立されなかったという不幸による。


 「脳磁計」という測定機器を、その方法であると誤認するものも多いが、この機器が用いている超伝導量子干渉素子がその原理において量子論的効果を用いているのであって、あくまでもそれは脳内の磁場を測定しているに過ぎない。

 頭皮や頭蓋などの影響を受けにくい磁場は、電場を計測する脳波計よりも、その得られる解像度や明瞭性に優れてはいるが、結局は脳細胞間の電気的な活動とその結果生じる電位差を、それによる磁場の変化として計測しているのであって、脳の量子論的な振る舞いを直接的に見られるものでは無かった。


 シムタブは、それを意図して生まれたものではなかったが、図らずして脳内における量子通信の痕跡を栗木の前に提示して見せたのである。


 量子通信は、送信側と受信側の距離に関係なく、送信側の状態変化がほぼ瞬時に受信側に変化を引き起こす量子の性質を用いた、ほとんどタイムロスがゼロの通信手段である。


・・・


 「心」という人間の本質を意識した脳量子理論が発展の歩みを遅くしたのに対して、単純に通信速度と容量、安全性などを追求した量子通信が、驚く程の進歩を見せたのは、非常に皮肉なことではあるが、人類の歴史を考えれば納得できる結果でもある。

 人類には「命」や「魂」、「精神」や「心」などが絡むと、宗教的な価値観や理由のない不安などにより、そうした技術の発展を大きく阻害しようとする傾向がある。

 クローン技術が然り、ES細胞も然り。枚挙に暇がない。


 しかし、阻害をしてきた一般人を嘲笑うかのように、単純に技術として発達した量子通信は、栗木の手により「心」を解明する手段としての意味を持つことになる。

 ただし、それは栗木が、もう少し年齢を重ねてからのことであるが…。


 とにかく、栗木は23歳にして、シムタブに量子通信デバイスを搭載し、ついにシムタブ型MMORPGの普及に向けた基礎技術を確立する。

 当初、シムタブに搭載された量子通信デバイスは、脳内情報の量子的な変化を受信する小出力受信専用部と、体外のルーターとの送受信を行うグローバル接続部の2つから構成されていた。


 そのため、その時点では、シムタブ型MMORPGは実時間においてプレイされるものとなった。


 それでもシムタブ型MMORPGは、ネトゲ廃人のみならず、普通のゲーム好きたちからも熱狂をもって受け入れられ、栗木栄太郎の名は、学術界や企業の間だけでなく、一般の市民にとっても有名となり、「神」という隠語をもって知られるようになる。


・・・


 しかし、熱狂するものが多ければ多いほど、社会の生産性は低下する。

 それがゲームというものの避けられない問題点であり、徹夜でプレイしたために、日中の学業や仕事を疎かにする困った者たちが溢れかえるに至り、一時期シムタブ型MMORPGは社会的に「悪いもの」として排斥されそうになる。


 そこで栗木は、シムタブに組み込んだ量子通信デバイスのうち、脳からの情報を受信する小出力受信専用ユニットを、脳との双方向の情報伝達が可能なユニットへと置き換える必要に迫られた。


 脳の量子的な状態変化を読み取ることは比較的容易であったものの、脳という人の手により創られたものではない器官に対し、自在に量子的な変化を伝達するというのは至難の業である。

 電気的なやり取りをする前世代のシムタブですら、その完成と安定した運用を見るまでには非常に長い期間と、数え切れない試行錯誤を要したのである。


 しかし、ここでも栗木の助手たちが、非常に献身的な活躍を見せる。

 ほぼ全員が、栗木が生み出す未来の可能性に魅了され、進んで臨床試験のドナーとなってくれたのである。

 倫理的な理由から、その臨床試験の詳細についてはここでは触れないが、栗木の助手の数はこの臨床試験によって、その1割を減らすことになった。


 そうした…ここには記述できない経緯を経て、栗木が24歳の夏、シムタブ型MMORPGの世界に「仮想対実時間レート」という概念が導入されることになる。


・・・


 「仮想対実時間レート」は、ご存知のとおり、仮想世界での時間を圧縮し、実際には1時間しか経過していないにも関わらず、仮想世界の内部では1日分以上の冒険を体験することを可能とする技術である。


 このような仮想世界の時間圧縮を実現するためには、脳内での情報交換速度を向上するだけでは十分ではない。

 当時のネットワーク通信のインフラである「量子通信ネットワーク(カンタム・コム・ネット)」は、回線容量の回線速度も十分なものであったが、しかし、ネットワークのレスポンスは、それら以上にサーバの処理能力に依存している。


 サーバが重くなる理由はデータ・ストレージへの大量集中アクセスである。

 そこで、栗木は、シムタブ服用者の脳の休眠領域を仮想巨大容量記憶脳のニューロンとみなし、シムタブの通信ユニットにグリッド・アレイのノードとしての機能を追加することで巨大かつ高速な仮想グリッド・ストレージを構成したのである。

 この仕組みは、「分散仮想記憶型ニューラルネットワーク・ストレージ」と名付けられ、これ以降のネットワークのレスポンスは、それ以前より1ステージ上のものとなった。

 そして、新たなステージへと上がったネットワークには、必然的に、それまでとは違った新たな名前が付与されることになる。


 すなわち、これが【シムネット】の誕生である。


 栗木は、シムネットの生みの親という歴史的な役目を務めたにも関わらず、その運営には関わることがなかった。栗木は、あくまでも一技術者であることに拘ったのだ。


・・・


 「分散仮想記憶型ニューラルネットワーク・ストレージ」は、要するに、シムネットにアクセスする全員の脳を連結して、一つの巨大な脳と見立て、各ユーザーが共通で認識できる仮想世界に関する情報を構成し、保持する機能を持った記憶装置である。


 この実現により、シムネットはシムタブ型MMORPGにとって、ほぼ「ラグの発生しない」理想的なインフラとしての完成を見る。


 この段階に至り、シムタブ型MMORPGの舞台となる世界は、旧世代のそれとは意味が若干異なるが、再びクラウド化されたとも言えるだろう。

 それまで、ゲーム毎に個別に用意されていた仮想世界を実現するためのサーバは、その世界の基本的な属性を保持するだけでよくなり、非常にコンパクトになった。


 だが、シムタブ型MMORPGに導入された仮想対実時間レートを、より高い設定が可能なものとするためには、さらなる改良が必要であった。

 今度は、シムタブ型MMORPGの登場人物たるPCやNPC、モンスターたちを描き出し、再生する「描画エンジン」の能力がボトルネックとなってきたのである。


 フィールドやダンジョンの描写が多少荒い程度なら許容できたプレイヤーたちも、しかし、自分や仲間の操るPCや、物語の語り部となる重要なNPC、そしてモンスターが、決して満足できるレベルの解像度と質感をもっていないことに不満を持った。


 それは、女性NPCへの恋愛感情を研究開発の原点としている栗木自身にとっても見過ごせない問題であった。


・・・


 シムタブ型MMORPGのユーザビリティが向上するに従い、爆発的に増加したプレイヤー数に対応するためには、それまでのようにPC等の描画をメイン・サーバ-や数台の補助サーバだけで行うのでは処理が追いつかない。


 シムネットの高速化により、通信によるラグがほとんど無視できるようになったために、描画エンジンによるラグが、非常に目立つようになった。


 ここで、栗木は、再びKaaSシリーズが分析したレポートを貪るように読み返した。

 そして、数日間の引き籠もりの末に、人類がコンピュータを手にする以前から、既に手にしていた、非常にクオリティの高い「仮想世界」が存在することに気づく。


 すなわち、「夢」という、誰もが知っている別世界を、シムタブ型MMORPGの技術として取り込もうと考えたのである。


 「夢」は、そのストーリーのデタラメさに目を瞑れば、非常にリアルな描画で、我々に自分自身や、世界、愛する相手、憎むべき相手などを見せてくれる。

 人によっては、色や臭い、触った感触までをもリアルに感じることができるらしい。

 それでいて、「夢」の中では、人間が普通に空を飛んだり、超人的な能力を持ったりという、シムタブ型MMORPGでの応用に適した性質を持っている。


 栗木は「夢」に関する研究に寝食を忘れて打ち込み、そして、遂に、シムネットで繋がった巨大な脳に対し、メイン・サーバから最小限の指向性を与えて広大なスケールの「夢」を見させることに成功した。


・・・


 こうして、また、シムネットの技術的ステージは1段上に上がった。

 つまりシムネットに接続するということは、「全員で見る共通の夢」に参加する…ということに他ならない。


 そして、この時の研究の成果が、「夢」という人の「心」の生み出した産物に対する栗木の理解を深め、後の「心」に関する研究の基礎となる。しかし、それには、まだもう少しの年月が必要であった。


 こうして、無限に近く仮想世界の時間圧縮が可能となり、仕事や学業との両立が可能となったシムタブ型MMORPGは、益々、その社会的な市民権を強めていった。

 だが、元ネトゲ廃人…改め、シムゲ廃人を自称するものたちは、仮想対実時間レートにより生み出された時間を、社会への復帰に使おうとはせず、より長時間の持続的ログインに費やした。


 自業自得ではあるのだが、これが、次の悲劇を生む。

 実時間で運用されていたシムタブ型MMORPGでは、1日分の疲労は、1日分の疲労としてプレイヤーにフィードバックされ、その休息は、基本的にログアウトして、現実の世界へ戻って睡眠を取ることによって行われた。同様に、食事においても、現実での食事をして初めて空腹が満たされる…そういう仕様となっていた。


 これは、体への健康的な影響を考慮したある意味優れたシステムではあったのだが、仮想世界のリアルな実在感を強制的に阻害する「無粋な」仕様であるとして、元ネトゲ廃人たちからは不評であった。


・・・


 しかし、仮想対実時間レートの導入により、その方法は採れなくなった。

 実時間において数時間連続でプレイすることで、数日を経過するシムタブ型MMORPGにおいては、食事や睡眠のために強制的にプレイヤーをログアウトさせるというタイミングの設定が非常に難しい。

 例えば、内部時間における、ある決まった時間にその強制ログアウトを設定すれば、ログインしてきたばかりで、全く疲労もしていなければ、空腹も感じていないプレイヤーをもログアウトさせなければならない。

 かといって、ユーザーのバイタル・サインをリアルタイムに計測し、空腹や睡眠が必要と判定したら自動的にログアウトさせるという方法は、大規模な戦闘中のプレイヤーを窮地に立たせるし、パーティーを組んだ仲間との集団行動にも支障をきたす。

 そのためシムゲ廃人たちは、次々と栄養失調、過労による犠牲者となったのである。


 この問題に対する解決策として、シムタブ型MMORPGのユーザーたちが採ったのが、メディカル・プールに身を浮かべてのログインという方法であるが、誤解する者がいるようであるが、これは栗木のアイデアによるものではない。

 それは、あるメディア・ニュースのインタビューを受けた時の栗木の「へぇー。みんな好きなんだねぇ…。そこまでするかい?」…という発言からも、見て取れる。


 こうして、今から2年前の時点で、ほぼ現在のシムタブ型MMORPGのプレイスタイルが確立されたわけであるが、この技術を応用した対戦型戦闘機バトルゲームでは、その余りにも強い臨場感により、ゲーム内での死を、自らの現実の死と区別できずに、実際に死亡、又は精神的に廃人となるケースが出るなどの問題も後を絶たなかった。

 法規制で各種対策が採られたが、ショック・アブソーバーは栗木の手による技術である。


・・・


 そして…。

 栗木栄太郎が25歳の初春。


 永遠に語り継がれることになるであろう、あの悲劇が起こる。


 「ほのぼの系MMORPG」という、そのまんまなネーミングのシムタブ型MMORPGのプレイヤーを襲った、あの悪夢の様なバグ…事件である。


 そのバグ自体には、栗木は何の責任も負っていない。ゲーム開発会社のプログラマーのミスによるものだ。そもそも、ここまでの記述で、シムタブ型MMORPGは、ほとんど全てが栗木の手によるものだと錯覚する者があるかもしれないが、それは誤りである。


 栗木自身は、シムタブ型MMORPGの一プレイヤーとなることが目的であり、ただ、既存の環境では、彼が心ゆくまで楽しめる性能を有していないことから、それを実現するための技術を次々と生み出し、ゲーム開発会社へと提供しただけである。偶々、彼が母親から受け継いだ研究分野がそれに適しており、彼には才能があっただけ…。


 従って「ほのぼの系MMORPG」の開発には、栗木は一切関わっておらず、また、そのゲームの特徴である「ほのぼの」属性は、栗木の欲する所では無かったため、栗木自体は、「ほのぼの系MMORPG」のプレイヤーともなっていない。


 最初は、バグが潜在しているという徴候はなにもなかった。

 普通にログインでき、普通にログアウトもできた。


・・・


 しかし、全プレイヤーが共同でクリアーするタイプのクエスト(もちろん、ほのぼの属性のある平和なものだ)が無事終了した時、その見えざる死神の罠は、誰にも気づかれることなく発動した。


 ゲームからログアウトできない。


 その事実は、ゲーム外の人間にとっては知ることができず、ゲーム内の人間にとっては、そのうちシステム側が気づいてパッチを当てるだろう…程度の気楽さを持って捉えられ、当初、深刻に受け止められることはなかった。


 いや。ここは栗木の業績を語る場であって、この事故の詳細を語る場所ではない。

 詳しく語ろうとすれば、膨大なページ数を要することになるため、詳細については別の文献にゆずることとするが、結局、ゲームにログインしたまま、何人もの死者が出るに至り、ゲーム開発会社だけでなく、社会全体にバグの存在が知れ渡ることになる。


 ゲーム開発会社では、必死にバグの発生原因となっているコードを調べようとするが、デスゲームと化してしまったこのゲーム内には、バグを探すためのテストプレイ要員を新たにログインさせるワケにもいかず(警察からも禁止命令を受けた)、問題の解決には時間を要することが予想された。


 ゲーム開発会社への社会的批判が集中する中、「そんなこと言ってる場合じゃない。」という極めてもっともな意見を言う工学医療技師が現れ、シムタブ除去薬を開発し、この問題を解決へと導いたのだが…この工学医療技師こそが、栗木栄太郎であった。


・・・


 ゲームののんびりとした響きのタイトル名とは裏腹に、非常に陰惨な結果をもたらした事件であったために、あまり事件の詳細は世間に知らしめられることは無かった。

 それでも、栗木栄太郎が解決に大きく貢献したことは、衆知の事実として語られた。


 この時の事件で、シムタブどころかナノタブの排斥運動を社会的に展開しようとする大きなムーブメントが起こるのだが、ご存知のとおり、懲りないゲーム好きはそのムーブメントに加わる者以上に存在しており、今も多くの者がシムタブ型MMORPGをプレイし続けている。


 だが、このゲームの後遺症で、今も意識不明の者、精神的に大きな疾患を受けそれが癒えない者など、大きく人生の方向をねじ曲げられた者が多数存在する。


 栗木栄太郎は、この事件の被害者ではなく、むしろ救世主であったと言っても過言ではないが、しかし、彼も、この事件によって、その後の人生の方向性を大きく変えた者の一人であった。


 この時、栗木は、この事件により命を失った者の「心」が、どうなったのか…という点に大きな興味を抱いた。彼が救おうとして、救えなかった多くの「命」が、どうなったのか…ということについても、同じく興味の対象となった。


 もちろん、肉体の死によって、それらも同時に消失したと考えるのが普通である。

 しかし、それなら、肉体が死を迎える前に救出されたにもかかわらず、今も意識不明の状態となっているものの精神…つまり「心」は、どうなったのか?


・・・


 脳の機能は正常で、ナノタブ治療によって、各種脳内分泌物についても正常な状態へとケアを続けている。それにも関わらず、その犠牲者たちは、意識を取り戻さない。


 栗木は当初、従来の脳死とはまた違った意味での、「精神の死」という概念を思い浮かべた。つまり、肉体の死とは別に、精神の死というものが存在し、それらは互いに独立したものであると考えたのだ。


 「それらは互いに独立している」という部分は、かなりの飛躍した思考だとの誹りを避けられないものかもしれない。


 肉体が死せずとも、精神が死する可能性は、この事件により示唆される。

 しかし、その逆に、肉体が死んだにもかかわらず、精神が生き続けている…というケースを考えることは、もはや科学ではなく宗教や哲学の問題である…と考えるのが23世紀に入っても変わらない、科学の基本的な姿勢であるハズだ。


 だが、「肉体から独立した精神」というアイデアに取り付かれた栗木は、人間の「心」と「魂」についての解明に取り付かれたように取り組むようになった。


 その背景には、もしかしたら早くに亡くした母親の死の影響もあるのかもしれない。


 人間の「心」が肉体の生理的な反応から「脳波」と同じように副次的、若しくは付随的に発生するものであるなら、肉体を失った瞬間から「心」というものを考える余地は一切無くなる。しかし、もしも…「心」というものが肉体とは独立して定義可能なら?


・・・


 この命題に没頭した栗木は、一時期、技術的な開発が一切行えなくなり、一部からは「栗木の時代は終わった」などと失望を持って語られる。

 しかし26歳の夏。彼は、立て続けにいくつかの研究論文を発表する。


 「夢の中の登場人物が、自分の意に反した行動を取る現象から推測される、自分とは分離・独立した『心』の構造が1個体中に複数共存可能であることに関する考察」


 「ミラーニューロンの働きをシムネット上の大規模仮想脳領域へ適用可能であるか、及びそれにより『心』の一部を保存、記録し、また再生可能であるかどうかに関する考察」


 「量子論的『観測』の定義の確立と、AI、VM、KaaS等の人工的な擬似思念に『観測者』となる資格があるかどうかの考察」


 「未だ『心』とは呼べない構造化された情報が、量子論的な『観測者』が行った『観測』と同等の状態遷移を経ることで、『心』と同等の思念を持つことの仮説」


 等々…ここに掲載した以外の論文も、全てが「心」と「夢」に関するものであった。


 そして、同年初秋に栗木が発表したのが「相対認知論的思念発生理論」である。


 この理論の発表直後、栗木は謎の失踪をし、現在まで、その所在は不明のままである。

 失踪直前の論文には賛否両論があり真偽も定かではないが、シムネットを生む各種技術的貢献をした栗木栄太郎が偉人であることに異論を挟む者はいない(了)


・・・

次回、本編へ復帰「理不尽な試練<1> …自称【神】の目的…」へ続く。

タイトルのとおり、ついにあの男の目的が明かされる!?

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