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(25) 再びの急展開!?

・・・


 「で?…猫さんは、どこなんです?」


     ・・・


 ドレスチェンジ・コマンドで、真新しい白いコートを取り出したアスタロト。

 ラップの上半身と下半身を丁寧に…元々の一つの体の形で床に横たえ、その上にその真新しい白いコートを掛けてやっている。

 それを、静かに手伝うユノ。

 コートを掛けられたラップの傍らには、ディンも寄り添い、祈りの形を取っている。

 ラップの行動の理由も意味も分かっていないTOP19(トップナインティナー)たちからしてみれば、ディンやアスタロト…若しくはジウに対して、色々と聴きたいことがあるのはやまやまだが、さすがに沈痛な面持ちのアスタロトやディンに遠慮して、皆、黙って見守っていた。


 そして、そんな雰囲気の中で、お約束のようにトンチンカンな質問が出来る主など、ただ一人しかいない。


 「にゃん、にゃ~ん。どこでちゅか~?…ニャンコしゃ~ん。出ておいでぇ~」


 未だに壁から首だけを生やした状態のブブが、猫がいること前提で呼びかける。

 というか…何故、幼児語?…まぁ…ブブ的な「猫語」の解釈なのかもしれないが。


・・・


 「お前・ぇ・ぇ。また、ワケの分からぬ事を・ヲ・ヲ!…何故、ここで急に猫の話が出てくる・る・る!!!…フライ・ブブ・ベルゼ・ゼ・ゼ!!!」


 どうやらフーはブブが苦手、或いはブブに極度の対抗意識を抱いているらしく、ブブのやる意味不明な行動が悉く気に入らないようだ。


 「え?…だって、ディンさんの箱の中には、猫ちゃんが入ってたんですよね?…うぉ…も、もしや、先ほどの炎に包まれて!!…い、いや。まさか、俊敏性においては、我々人類を遙かに凌ぐおニャンコ師匠が、あの程度の状況から逃げられないワケが…」


 ブブが猫に対してどのようなイメージを抱いているのかは甚だ謎であるが、彼の中では光の速度より猫の俊敏性の方が上として認識されているらしい。

 というか…おニャンコ師匠って?なんだろう。

 まさか、昆虫のような眉毛で悪魔タイプというPCを選択しておきながら、猫を師と仰いでいるのだろうか…この第3位は?


 「ふ・ふ・ふ…ふざけるな・な・ナ!!!」

 「………おい。左端。貴様んトコの…その女。喉に治癒魔法でもかけてやったほうがいいんじゃねぇのか?…なんか、『ぜ・ぜ・ぜ』とかな『な・な・な』…とか、一人でしゃべってんのに、2~3人で喋ったみてぇに変に声がダブってるじゃねぇか?…音声発生エンジンがおかしくなってんだろうよ?…聞いてて鬱陶しいから…何とかしてやれよ?」


 激昂しかけたフー。しかし、ジュピテルの唐突な指摘に、フーは硬直する。


・・・


 数人の声が重なったような不思議な響きを持つフーの声。

 ふんぞり返って椅子に沈んでいるジュピテルは、どうやらそれが不快に感じるらしく、フー…ではなくて…左端に抗議した。

 左端がフーに対して、支配的又は保護者的な立場にあるのは、誰の目からみても明らかであり…また、直接フーに言ったところで、素直に聞くとは思えないため、ジュピテルは左端を相手にすることにしたようだ。


 「!!!………ぐっ・ぐ・グ!!!」


 だが、何故かその指摘に、いつもとは違う意味で過剰な反応を見せたのはフー。

 いつものように攻撃的にくってかかるのではなく、何故か顔を真っ赤にして口元を両手で押さえ、親に叱られるのを怯える子どものような目で左端の顔色を窺っている。

 そして、左端も伏せ目がちだった目を一瞬だけ厳しいものにして、ジュピテルとそしてフーへと順に視線を移し…


 「フー。少し黙っていなさい。…以後、この場において発言することを禁じます」


 …と、事情を知らない者までもがゾッとするような恐ろしい目つきと声で、フーに指示を告げた。


 さらに重さを増した空気を、和らげようとしたのは、またしてもベリアルだ。


 「フーさん。ブブの相手は私がしますから、とりあえず落ち着きましょうね」


・・・


 叱られてしょげ返るフーを一瞥してから、ブブの方へと視線を向けるベリアル。


 「ブブ。『シュレーディンガーの猫』という思考実験は、あくまでも純粋思考を行いやすくするイメージ…すなわち例示に過ぎません。アレは箱の中に『猫』を入れることが重要なのではなく…」


 ベリアルは、どうやってブブの誤解を解こうかと…慎重に言葉を選ぶ。

 その姿は有名な大学教授が、小学課程の児童に優しく教え諭すようだ。柔らかな笑みを浮かべながら、少しスローなテンポで言葉を並べていく。


 「…古典的な量子力学における確率的解釈に対する矛盾…パラドックスを提示する…ということが重要なんです。その確率的解釈が一般人の感覚には受け入れがたい異常なもの…即ち、誤りであると批判するための思考実験だったんですよ」


 正確性よりも簡潔さを重んじて、ベリアルは可能な限り分かりやすく「シュレーディンガーの猫」という思考実験の本質を述べていく。 量子コンピュータが実用化されて久しい今となっては、古典的、かつ、基礎レベルの知識である。


 「…まぁ…もっとも結局、それは異常に見えたとしても…矛盾では無いとする解釈がいくつか提唱されたのはご存知のとおりで…そのうち主流となったのは…」


 しかし…ベリアルは自分と相手のレベル差というものを甘く見ていたと言わざるを得ない。…というか、もう使用する単語のセレクトが…間違っている気がする。


・・・


 「んんん?…ベリアル氏は、相変わらず難しいことを言いますねぇ。でも、重要かどうかまでは私は存じませんが…猫ちゃんを箱に入れたってことは事実でしょう?」


 ほらね。案の定…ブブは全く理解できていない。というか、そもそも「シュレーディンガーの猫」の話を…優しくかみ砕いた説明なんて…できる奴いるのか?…若干、ツッコミ体質のあるヴィアが、遠くから二人の様子を眺めながらため息をついた。

 そして、説明者であるベリアルも、それにつられるようにため息をつく。


 「ふぅ…。困りましたね。だから…思考実験だと言っているじゃありませんか。事実を述べた話ではないんです。喩え話なんですよ。た・と・え・ば・な・し!…いいですか?…ですから、猫でなくても、ネズミでも熊でも…魚でも…何でも良いんです。それが、青酸ガスを吸って死亡する動物でありさえすれば」

 「な!?…何ですとぉっ!!…ね、ネズミはともかく…いくら何でも熊は大きすぎるでしょ?…熊は…い、いったいどれだけ大きな箱を用意しないといけないんですか!?…いや。まぁ…でも、100歩譲って熊には大きな箱を用意しましょう。で、でも…魚?…魚ってアレでしょ…あの水の中の…無理ムリむり…ムリですって…水が漏っちゃうし」


 あぁ…ぁ。だんだん、話が変な方へズレてきてる。白虎が「けっ」と呟く。


 「何を言ってるんですか?…ブブ。貴方は思考実験という意味が理解できていないようですね。そもそも、水が漏るような隙間のある箱だったら、猫だけじゃなくて観測者である人間まで青酸ガスにやられてしまうじゃないですか?」

 「猫を毒殺しようとする、ベリアル氏が悪いんです!…自分だけ助かろうだなんて!」


・・・


 「いや。…もう。わかりました。…貴方に分からせようとした私が馬鹿でした…」

 「やーい。ばかばか馬~鹿。猫に謝れ!あやまれ猫に!!」


 かくして、知的で穏やか…というベリアルのイメージはブブによって台無しに…。


    ・・・


 そんな騒々しいやりとりを背中で遮るように受け止めながら、ユノは…いつアスタロトが怒り出すのではないか…と気が気でならなかった。


 目の前に亡骸となって横たわっているラップに、アスタロトは何を思っているのか…目を閉じてひたすらに祈りの形をとっている。

 ディンの言うことが本当なら、どうやらラップはNPCだったらしい。が、彼は間違いなくアスタロトを命懸けで守ったのだ。


 NPCだからなのか…高熱で傷が焼き塞がれたためか…理由は分からないが、ラップの亡骸はとてもキレイで、何かが焼けたような臭いもほとんど残っていない。

 もしかして…生き返る?

 あまりにもキレイ過ぎて、他のシムタブ型MMORPGと同じ様に、復活の呪文か、蘇生薬でも使えば、何事もなかったように復活するのではないか?

 いや。NPCなのだから…もっと簡単にリセットされたり…とか?

 願いも込めて、ユノは、明らかにただ者ではないディンと…それからシステム側の担当者であるジウとに視線を送る。


・・・


 しかし、ユノはすぐに思い出す。

 このゲーム…デスシムに限って、絶対にそのような甘い仕様にはなっていない…ということを。

 もはやゲームですらありません…と誰かが無表情に言っていたではないか。

 だから、きっと徹底して【究極にリアルな死】という哲学は守られるだろう。

 その悪趣味なまでにシリアスな哲学に、どんな意味と目的があるかは知らないが…


 「ねぇ…ブブさんを、いつまで壁の中に閉じ込めておくの?」


 背後で、ブブとベリアルが繰り広げる無意味な討論。

 そんな騒々しさから切り離された別空間にでもいるように、沈痛な面持ちで祈り続けていたディンとアスタロト。

 永遠に続くのではないかとも思われた、その祈りの時間を打ち切ったのは、意外にもアスタロトがディンに向けて放った、この質問だった。


 「もう、出してあげても…問題ないんじゃないかな?…ね。ディンさん」


 そのアスタロトの唐突な問いに、打ち切られたのは祈りの時間だけではなく、話題の主であるブブとベリアルの騒々しい討論もピタリと止んだ。

 ブブを忌避する女性PC始め何人かは、余計なことを…と迷惑そうな表情を浮かべたが、確かに…何故、ブブが壁から首だけを生やした妙な状態であったのかは謎のままだったので、ほぼ全員の視線がアスタロトとディンに集まった。

 今のアスタロトの言葉からすると、ブブを閉じ込めたのはディンであるらしい。


・・・


 「………な…ぜ?…私の仕業だと思うんだね?…アスタロト君」


 教授が有望な学生から答えを導き出すような物言いで、ディンはアスタロトに微笑む。

 否定をしない…ということは、ディンの仕業であることは間違いないようだ。


 建物の壁に誰かを閉じ込める。

 強者揃いのTOP19たちといえども…さすがに、それは無理だろう。

 ブブがこの会場への転移魔法を中途半端に失敗した…単独事故…という可能性も考えられないことは無い。だが、どれだけ意味不明な行動を取ろうとも、仮にも彼はTOP19ランキングの第3位と判定されるほどのプレイヤーだ。そんな、奇天烈な失敗をするようでは、もっと早い段階でこの世界での【死】を迎えていただろう。


 ブブの自爆でないとすれば、やはり誰かが意図的にブブを壁に閉じ込めたと考えざるを得ない。この場に現れていない、全くの第3者による…という可能性もやはりゼロでないのだが…普通に考えれば、この場にいる…か、又はこの場にいた者の仕業のハズだ。

 そうすると、もう可能性があるのは、システム側の担当者であるジウか、先ほど退場していったCRO、それに、そのCROに暗示をかけて強制的にログアウトさせるという…プレイヤーの枠を超えた力を行使して見せたディン…この3者に絞られるだろう。

 そう考えれば、当てずっぽうで言うとしても、確かに、このディンが最も怪しい…という結論にはなるのであるが…


 「あのCROが俺を襲うと知ってたのは…ディンさんとラップさんだけだから…。行動の予測不能なブブさんが…万が一にも、命を落とすことがないように…だよね?」


・・・


 イタズラを見つかった子どものような表情で、ディンは舌をペロっと出す。

 一見、照れ隠しのような行動だが、それを合図にアスタロトたちの座席の背後の壁が透き通るように色を失い…人ひとり分程度奥から…おそらくは本来の壁が姿を現す。

 姿を現したのは壁だけではなく、当然、その前に閉じ込められていたブブの体も、壁の戒めを解かれて、文字通り姿を現すことになる。


 「おぉぉ!!??…出られた!?…ベリアル氏、やりましたよ!…これで私は自由です!…くふふふふぅ~。おや?…待てよ?…ということは…箱に閉じこめられていたのは猫師匠ではなくて…私だったと言うことですか?」

 「…顔だけハミ出していたようですがね…ふぅ…その場合、50%の確率で青酸ガスが放出されても…死なずに済むかもしれませんね…確かに…」


 またしても頓珍漢とんちんかんなブブの意味不明発言に、疲れ果てた顔のベリアルは、諦め顔で同意する。…もう、面倒臭くなってしまったようだ。


 「アスタロトさん…あなた…その顔…?」


 ジウは、ディンへと向けられたアスタロトの表情を見て、思わず胸を押さえた。

 さっきまで、見ているこちらの胸が痛くなるほどに悲痛な面持ちだったアスタロト。そのアスタロトの表情が、今は何故か【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】へと変わっている。

 この短時間に、そんな簡単に心の傷が完治し、気持ちを切り替えられる人間がいるなどとは考えられない。


・・・


 …ということは、あの表情は間違いなく無理に作った表情だ。

 ジウは、この会場へ到着した時の(アスタロト)の表情が、彼の得意なエフェクターにより加工された表情だったということを知っている。

 3日前、慈雨との逃避行から戻った(アスタロト)から、直接聞かされていたから。


 ラップの目前での【死】に、一度はそのエフェクターによる表情効果をキャンセルし、沈痛な面持ちになっていた、アスタロト。

 それが、今…その場の雰囲気にも、彼自身の沈痛な心情にも全くそぐわない【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】に戻っている?

 つまり、アスタロトは再び…自分の表情をエフェクターによる「仮面」の下へと…その心の裡とともにしまい込んだのだ。


 アスタロトは、明らかに無理をしている。

 そうとしか考えられない。そうとしか、考えられないが…。

 しかし、ジウが自らの胸を押さえたのは、その胸の裡に、心を打たれた…というわけでは無かった。

 いや。それももちろん…あるのだが…ジウは(アスタロト)のその心境の急激な変化について、自分と体を共有している<アスタロト>がどう解釈するか…その意見を求めようとし…そして、それが、もはや不可能であること知った。


 思えば…いつの間にか、(アスタロト)や<アスタロト>という使い分けがされなくなり、単なるアスタロトという表記になってしまっていたのだが…これは、決して誰かが面倒臭くなったり、うっかり忘れてしまっていた…というワケでは無いのだ。


・・・


 アスタロトに表情が戻っていた。


 ラップの【死】。そしてCROがこの世界から退場し…確かに、ほんの少し前まで、アスタロトの表情は、心の底から湧き上がる押さえきれない疑問の叫びと、深い悲しみの色とに染まっていた。


 それが、何を意味するか。


 分からないほどにジウは鈍くは無かった。

 思い当たる節はあった。

 全てが、余りにも短い時間の中の出来事だったため、今までその思い当たる節を…アスタロトの表情が戻ったことと結びつけて考えられなかったのだが、あの時、(アスタロト)は既に絶命していたラップを必死に救おうと、不得意なハズの治癒魔法を発動しようとしたのではなかったか…。

 彼はまだ瞑想魔法しか習得していない。

 そして、その瞑想魔法を恒常的に3重展開することで、ジウとの奇妙な同居を実現していたのだ。そんな能力限界の奇跡のような効果を、ギリギリの精神力で作り出していたアスタロトが、失敗に終わったとはいえ、さらに別の瞑想魔法…治癒魔法を起動しようとしたらどうなるか。


 <アスタロト>と(アスタロト)を元の状態に戻そうと、様々な方法とそれを行った場合に起こりうる可能性を想定していたジウ。自分の中から<アスタロト>がいなくなる…というのは想定の範囲内だが…それ以上のコトは、どうなったのか全く分からない。


・・・


 アスタロトに確認したいところだが…


 この場には、そんな事情を知らないTOP19たちが大勢いる。

 ラップの突然、かつ、一瞬の行為の意味も含め、ジウやTOP19たちには、アスタロトやディンがラップを悼んでいる…その事情がほとんど分からない状況だ。


 だから、客観的に見れば…先ほどまでのアスタロトの沈痛な表情は、他の者からすると少し過剰に過ぎており、今の【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】の方が…同じ過剰にしても、まだ理解できるものだった。


 そんなワケで、TOP19たちの手前、アスタロトの傍に駆け寄るわけにもいかず、ジウは黙って見守ることしかできない。

 そして、同じ理由なのかどうかは分からないが…アスタロトも、ジウの問いかけに答えることはなく…


 「ありがとう、ディンさん。ブブさんを解放してくれて。…それと、俺とブブさんの命を守ってくれて…」

 「いや…。礼には及ばんよ。君を救ったのはラップの望みでもあったし、ラップが君を救うためには…ブブ君という不確定要素を排除しておく必要があった…それだけのことだからな…と…さて…」


 アスタロトからの礼に、左手をひらひらと軽く振って応えたディンは、おもむろにジウの方を振り返って言う。


・・・


 「…私は、先ほどマックス君とのGOTSS契約を解消してしまったからな。従って、この協議会への出席資格を失った…というワケになる。…と、言うことで、資格の無い私は、ジウ君から叱られる前に速やかに退場しよう。それでは皆さん、ごきげんよう」

 「ちょ、ちょ、ちょっと、ま、待って下さい。く、クリエイター。こ、こんな、何もかも私の想定外の状況にしておきながら、何のフォローもケアもなく、勝手に退場されては、こ、困ります!」


 ディンのあっさりとした退場宣言に、ジウは知らない土地に置き去りにされそうになった子どものような心細げな顔で抗議する。


 まずもって、協議会などという大層な名目でTOP19たちを集めておきながら、その議題はもはや存在せず、それどころか会社側の重役であるCROの不法不当な干渉行為に、NPCの死…それに、そもそも正体不明…いや、正体バレバレのディンだけが先に姿を消したりしたら、それこそTOP19たちの心は穏やかではいられないだろう。

 つるし上げを食らうにしても、事情の一端ぐらいは教えていってもらわないことには対応のしようがない。

 魔法で逃げられればそれまでだとは承知しているが、ジウは思わず両手を広げてディンの足止めをしようとした。

 そのジウの…慌てた様子の無表情を、面白そうに眺めてディンは指摘する。


 「あのさ。ジウ君。君…私のことを、今、クリエイターって…呼んだのかな?…君は、さっきも、相手が一言も名乗っていないのに、奴…CROのことをクリエイターと勘違いして呼んでいたようだが…。同じ過ちをあまり繰り返すと…クビになるよ?」


・・・


 「…え?…そんな…まさか…く、クリエイターじゃないんですか?…で、でも…しかし、それなら…どうして?…いや。そんな馬鹿な…」


 混乱したジウに、ディンは何も言わずにひらひらと手を振り直して、出口の方へと堂々とした歩みで移動していく。意外にも、転移魔法を使う気はないようだ。

 ジウの後ろを通る際に、小さな声で「違う…とも、言ってはいないがね。ま、お前が、もう少し沈着冷静で、客観的な目を持たなきゃならないことには違いないな」…と囁いて、肩をポンと叩いていく。

 肩を叩かれたジウは、口をパクパクさせて言葉を失う。


 ディンはそのまま、カミとミコトの後ろを通り、ジーパンとヴィアの座席の後ろ辺りにある扉から室外へ出ようとし…不自然に急に立ち止まった。


 「おい。オッサン。アンタみたいな胡散臭い奴を、黙って帰すと思ってるのか?」


 ヴィアが左半身に体を捻り、その左手で扉をまさにくぐろうとしていたディンの左手首を掴んだのだ。

 ディンが横を通り過ぎるまで、全く感心の無さそうな様子でいたヴィア。その突然の行動は、得たいの知れない強さを持ったディンでも予期できずに、しっかりと捕獲されてしまっている。

 ヴィアは、何か重要なモノが欠けているということでTOP19に数えられてはいないが、その実力は間違いなくジーパンよりも上であり、ジーパンがTOP19に選ばれているのも、彼がジーパンのGOTSSであるというコトが大きく影響している。


・・・


 「俺は…オッサンの箱技に惑わされて…あんまりハッキリ聞こえてたわけじゃぁ…ねぇんだけどよ。オッサン…システム側の関係者だよな?…間違いなく」


 ジーパンは、ギリギリと音がしそうな程の強さで、ディンの手首を握り締める。

 ディンは、痛そうなそぶりを見せることなく、その掴まれた手首をチラリと見遣って、それから「ふぅ…」っと溜め息をついた。


 「ディン…だと、名乗ったハズだがな。それから、さっきも言ったのだが、私は…私のこのPCは、間違いなくヴィア君たちと同じ、一般プレイヤーとしてのアカウントによるモノだよ?…誓っても良い」

 「はん。面白ぇこと言うな。一般プレイヤーが、何でOCRだか何だかの正体を、アッサリと見破ったりできるんだよ?…俺たちは…オッサンたちの会社の組織がどうなってるのかなんて興味はねぇし、当てずっぽうで言ったとしても、普通、『社長』や『専務』とかが良いとこだろ?…バレバレなんだよ。えぇ?…ディンさんよぉ」

 「…OCR…?…それじゃぁ『光学式文字読取装置』だな。あははは。面白いぞ、ヴィア君。よし。どうせ、奴は今回の件でCROの地位を失うだろうから、今度っから親しみを込めてOCRと呼んでやることにしよう」

 「けっ。はぐらかされてやがるぜ。ハッキリ言ってやれよ。…ディンだか何だか知らねぇが、そのオヤジ…ジウと一緒に、時々ちょっかいを出してくるクリエイターと、話し方から何から…そっくり同じじゃねぇか!」


 若干、キャラかぶりなのを意識してか、白虎がヴィアだけに任せてはおけぬ…とばかりに横から口出しをする。まぁ…しかし、確かにクリエイターと全てが似ている。


・・・


 「う~ん。面倒臭いな。力を読む力量がある者になら、私のこのPCのスペックが読めると思うんだがね?…どうだね…青龍君。君の言うことなら白虎君も信じるんじゃないかと思うんだが。私には…このディンというPCには、魔法力もなければ、戦闘力も皆無に等しい…と説明してやってくれないかな?」


 不当な力を行使してラップを一撃死させたCRO。そのCROを、アッサリと撃退しておきながら、ディンは自分の戦闘力や魔法力が皆無に等しいと言う。

 白虎とヴィアは、計らずも声を合わせてディンにツッコんでしまう。


 「「ふざけるな。さっき…」」

 「ディン殿の言うことは正しい。故に、アスタロト殿も黙ってディン殿の退出を許しているのであろうし、より上位の強者方も何も言わぬのだと見受ける」


 その綺麗なユニゾンのツッコミを、即座に遮った重低音は青龍。

 ディンのリクエストに応えたワケではないだろうが、事実を事実として白虎たちに聞かせる。いたずらに騒ぎ立てるな…と、教え諭すかのような口調だ。

 上位のTOP19たちは、それに対して何も反応を示さない。しかし、つまりは…ディンの戦闘力と魔法力に関する青龍の見立てに、反論が無いということだ。


 「けっ…仮にそれが正しいとしても、システム側の関係者が、俺たちに混じって干渉行為を働いてるってことには変わりないだろうがぁ?…誤魔化されねぇぞ!?」


 白虎が、苦虫を噛み潰したような顔になりながらも、ディンへの糾弾を続ける。


・・・


 それに、とうとう忍耐の限界に達したらしく、白けた顔になったディンが、少し見下すような声のトーンで白虎に反論を始めた。どうやったのか、あれ程に強くヴィアに握られていた手首を、あっさりと外して頭の後ろで手を組み、ふて腐れた態度をとる。


 「それの何がいけないと言うのだね?…白虎君。このデスシムでは、そもそも高額なCPさへ支払えば、一般のプレイヤーでは知ることのできない情報も含めて様々な助言をしてくれるNPCをGOTOSやGOTSSとして雇うことができる。私が少々、内情に詳しいからと言って、それと何が違うというんだね?」

 「けっ…全然、違うだろうがよ!」

 「違わんよ?…それに、利用規約を良く読みたまえ。運営会社の社員が、個人として、このデスシムにアカウントを持ってはならぬ…とは、何処にも書いていないぞ」

 「れ、レア・アイテムの隠し場所とか、知ってるんだろう?ズルィじゃねぇかよ!?」

 「あぁ。もし、職務上知り得た情報を有利に使えば…それは、狡いと言われても反論しようがないな。しかし、インサイダー・モノポリー(内部者独占行為)は利用規約違反だ。発覚した時点で、一切の弁明を許されずアカウントを剥奪される…むしろ、疑われないように恐る恐るプレイしなきゃならんのだから、不利だと思ってもらいたいものだな」


 白虎もヴィアも、そこまで深くはデスシムの利用規約を読み込んでいなかったようで、ついに反論の言葉を無くして黙り込む。


 「私など可愛いモノだ。最下層の一般プレイヤーとして、君たちの活躍を見ていたい…ただ、それだけなのだから。私の他にもシステム側の関係者で、一般PCとして活躍している者は何人もいるよ。なぁ?…左端君やベリアル君も知ってるだろう?」


・・・


 突然、名指しで同意を求められた二人。

 左端とベリアルは、その瞬間、一瞬、ピクッと体を揺らして…それから互いに視線を交わし合う。その視線だけで意思の疎通ができたのか、左端は沈黙を続け、ベリアルが仕方なさそうに代表で言葉を返す。


 「ディンさん。【過言は悪魔に魅入られる】という格言がありますが、ご存知でしょうか?…手首の戒めも解かれているようですし、この場に留まる資格を喪失したと自覚しておられるのなら、無駄口は叩かずに、さっさと退出したら良いでしょう?」


 微妙にぎこちない微笑みを見せて、ベリアルが普段よりやや早口に言う。


 「白虎さんもヴィアさんも、少し広い視野に立って考えてみてください。システムが安定して動いているかどうか…システム側の関係者によるテスト・プレイだと考えれば…必要性も理解できるでしょう?…そう、目くじらを立てることではないかと…」

 「ベリアル…お前も少し過言では?…悪魔に魅入られるぞ?」


 普段より余裕の無いベリアルの物言いに、左端が小さな声で忠告する。

 明らかに不審なディンを、ベリアルが庇い立てする。その不自然さに、白虎やヴィア以外の視線もベリアルへと集まりかけていたからだ。


 ディンは、その展開に満足気な笑みを浮かべて、気づかれないように扉へと体を向け直す。ベリアルへと視線が集まっている今なら、これ以上、引き留められることなく部屋を出ることができそうだ。


・・・


 (さあ。ここを抜け出したら、ほとぼりが冷めるまで…しばらくは市井の民に混じって大人しくしているとするか。何、この特徴の無いPCなら、1か月も隠れていれば、もう誰も私を私だと認識出来なくなるだろう。そのために、無個性にメイクしたのだから…)


 ディンはそんな事を考えながら、音を立てないようにゆっくりと扉へ体を運ぶ。

 しかし、退出の成功を確信したディンの背中に、予期せぬ言葉が投げられた。


 「さよなら。またね…栗木栄太郎さん…」


 それは、さっきから一度もディンから目を離していなかったアスタロトの一言。

 ディンは、眉根を寄せた険しい表情で3秒ほど固まり…そして、ゆっくりと振り返る。


 協議会の開催をジウが告げてから、実は、まだ時間は思ったほど経過していない。

 しかし、その間に起こったことは驚く程に多く、そして謎ばかりだ。

 クリエイター・モドキことCROの乱入。議題の消失。互いに不審なPCではないかと疑い合い…遅れてアスタロトの登場。アスタロトの謎解きショーに、その途中で突如として豹変したCRO。ソーラー・ビームによるアスタロトへの狙撃と、その盾になり命がけでアスタロトを守ったラップの死。そして、ラップを一撃死させる程の攻撃力を持つCROを、理解不能な方法でアッサリと撃退したディン。そもそもの「不審なPC」の正体すら、未だに判明していない。

 おそらく、これらの謎…全ての答えを持っている者は誰もいないだろう。しかし、そんな中でも、ディンは他の者より事の真相を広く詳しく持っているハズなのだ。

 だから、アスタロトはずっと考えていた。ディンとの繋がりを断たない方法を。


・・・


 ラップの【死】の真相を自分は絶対に知らなければならい。

 アスタロトは、心の中でそう唱え続けていた。


 事情を把握していない多くのTOP19たちがいるこの場所では、ディンを問い詰めることはできない。だから、何とかして…この協議会が終了した後でもいいから、ディンと二人だけで会って、疑問をぶつける機会を作らなければならない。

 アスタロトはそう考えて、ずっと必死にその方法を頭の中で検討していたのだ。


 そして、辿り着いた答えが…今の…「栗木栄太郎」…そうディンを呼ぶことだった。 全くの見当外れかもしれない。

 だが、アスタロトには何故か確信があった。そう呼ぶことで、後で必ず、ディンの方から自分への、何らかのアクションがあるハズだと。


 アスタロトに誤算があったとしたら、「後で必ず」どころか、即座に、しかも予想以上に過剰に…ディンがアクションを起こしてしまったこと…


 「な…ん…の…コト…かな?…明日太君?…き、聞いたコトの無い人の名前だねぇ…勘違い発言は…め、迷惑だな…あははははは…ぁ」


 どんな時でも相手より一枚上のポジションをキープし、相手の心を手玉に取ることはあっても、自分が心のコントロールを奪われることはない。それが、先ほどまでの余裕に満ちあふれたディンだった。

 そのディンが、明らかに視線を泳がせ、落ち着きをなくして狼狽えている。


・・・


 アスタロトの声は、そんなに大きな声では無かったので、他のTOP19たちの耳には聞かれなかったかもしれない。ディンは、それを確かめるかのように全員の顔をランダムに…必死に…確認しているようだ。


 「C…CIO?…まさか…なんで?」…と、ジウがやはり小さな声で呟くが…それに気づいたディンは、舌打ちをして忌々しそうな顔はしたものの、必死にとりつくろって扉の外へと出て行こうとする。


 「その人が誰だかは知らないが…私に似ているなら、きっと平凡な顔立ちなんだろうね。いや。いや。私も気にしないから、人違いしたことは君も忘れてくれたまえ。では、では…失礼、ご縁があったらまたいつか…」


 そのまま、廊下を歩み去る…ディン。

 もやもやした感じは残ったものの…これで議題のなくなった協議会に留まる理由は誰にもなくなり、TOP19たちはそれぞれの拠点に帰ることができる…ハズだった。

 第1位の左端が、次の一言を発しなければ。


 「そうか…。彼があの『栗木栄太郎』か…。それでいくつかの謎には説明がつきますね。むしろ、分かってしまえば…彼にしかできるわけが…ない。むしろ気づかなかった俺が阿呆だということですね。ネーミングが余りにも安易すぎて…盲点でした」

 「なるほど…それでNPCにも心が…あると。私も迂闊でしたよ」


 左端の言葉を受けて、ベリアルも両手を組み合わせ、何度も首を立てに振る。


・・・


 ディンが明確に否定したにも関わらず、左端とベリアルは、もうディンが「栗木栄太郎」その人であることを疑っていない。既定事実として、受け入れてしまっている。


 そして…

 だから、アスタロトの言葉が聞き取れなかった他のTOP19たちも、左端の言葉を聞いて騒ぎ出す。


 「…ねぇねぇ…カミちゃん。栗ッキーって、なんか可愛い名前だよね?」

 「な…ミコト…アンタ…知らないの?…あの伝説のエイタロー・クリキを!?」

 「ケッ…んなワケネェだろ?…あの有名な先生様が…こんなトコで遊ぶ暇あるかよ?」

 「…同感。でも…NPC…心…ある。クリキ博士なら…言うかも」

 「ほぅほぅ。ネフィリム殿も、そう思うかね?…我が輩の鉄拳すらも暗示にかける、あの心を操る腕は…栗木教授殿ならば納得が行くわぃ」

 「お兄様。…どう、思われますか?」

 「うん。単なる悪党とは思わなかったが…悪党どころか英雄だったとは…俺は信じる」

 「…俺も…納得しそうだが…ジーパン?お前ぇ、さっきから、何、ニヤニヤしてる?」

 「ぷぷぷぷ…だってさ、ヴィア。奴がDr.栗木だとして…時々、僕たちにちょっかい出してきていた態度のデカイ『クリエイター』とイコールだとしたら…くはははは…わ、笑っちゃうだろ。クリ…エイタ…だよ?…べ、べ、ベタ過ぎて、逆に意外だよな」

 「あはは。スー、何か、あの先生に親しみが湧いちゃったよ。カッワイイなぁ~」

 「…朱雀。笑うのは失礼だろう。彼に…リアルに命を救われた者も多いのだ」

 「うむ。青龍殿の言うとおりである。栗木先生に対し、我々…シムタブ型MMORPGの世界に生きる者は皆…『神』として…感謝と敬意を持つべきであると思うのである」


・・・


 どうやら「栗木栄太郎」という男は、知らぬ者が無いほどの有名人であるらしい。

 ディンが去った後、その真偽は確認しようがない…ハズだった…のだが…


 「………くっ…」


 第12位白虎の座席の後ろ…もう一つの出入り口の扉の隙間から、顔を真っ赤にしたディンが覗いていた。

 何かを言おうとして、口をパクパクさせているのだが…その気配に気づいたアスタロトが扉の方に視線をやると、やや涙目になって睨み返したディンが、今度こそ走り去っていった。


 一通り、「栗木栄太郎」に関する好き勝手な評論が一段落したところで、タイミングを待っていたかのように、ジュピテルが不機嫌そうな声で、ジウに問う。


 「おい。議題は無くなったんだよな?…どうすんだ、ジウ?…お前の名を騙った『不審なPC』の犯人捜しをまだ続けるのか?」

 「え?…あ。あぁ…そ、そうですね。その問題が未解決ですね。どうしましょう…」

 「…実害は無かったんだろ?…探す意味など無いんじゃねぇのか…そんなコソコソ隠れてやがる小者は…。今のディンだか、栗木だか、知らねぇが…奴以上に不審ってこたぁねぇだろうからな…奴が去った後、ここで、ウダウダやってても意味はねぇだろ?…なら、お開き…ってコトで良いよな?…よし。さぁ、ユノ!…帰るぞ!」


 相変わらずユノに執着するジュピテル。怒ったユノが拒絶しようと口を開いた時…


・・・


 『まぁ、待ちたまえ。まだ、帰るには…日が高すぎるだろ?…というか帰さんよ』


 頭上から…聞き覚えのある…傲岸不遜な声が降ってきた。


 『例の「不審なPC」騒ぎの犯人は、間違いなくTOP19の中にいる。せっかく、今、この特設会議室に全員集まっているんだ。ジウに任せていては埒が明かないからな。運営サイドで協議した結果、私が直々に解決に当たるコトとなった』


 全員が白けたような微妙な表情で天井を仰ぎ見る。

 この短時間の間に…何度、同じような登場の仕方をする者がいるコトか…。

 というか…その内1回はこの男の偽者で、そしてもう1回はこの男自身だったような…

 無視を決め込みたい…という衝動と闘いながら、役目上付き合わざるを得ないジウ。


 「えっと…あの…クリエイター?」

 「そう。私が!…クリエイターだ。いいか?…自分で、ちゃんとそう名乗ったのは、私だけだからな?…ジウ。お前は、自分よりちょっと貫禄のある者がいると、すぐクリエイターだと勘違いして、そう呼んでしまうようだな?…私の所へ苦情が入っているぞ!…CRO君とか…でぃ…ディン君とか…ホント…め、迷惑をしているようだぞ?」


 まさか…そうくるか?

 それで、この人は本当に誤魔化せた…と思っているのだろうか?…と、ジウは困惑する。


 ジウだけではない。アスタロトを含むTOP19たちの視線も冷たい。


・・・


 『…ちっ。そういう目で…私を見るかね?…君たちは………あぁ…もう、仕方が無いな…私が誰なのか…そして、このデスシムにおいて、どういう地位にあるのか…君たちには、しっかりと理解してもらわないとならないようだ…』


 クリエイターは開き直ったような台詞を吐き…そして、開き直るどころか…

 …暴走した…


 『このデスシムの世界において…私は【神】だ』

 『私が、この世界の根幹を設計し、そして、各種エンジンやオブジェクトを作った』

 『君たちの、その個性あふれるPCも、潜在的資質も、魔法も、各種武具も…』

 『現実の世界と見紛うほどのリアリティーを実現し、現実を超越した異世界を創った』

 『そして、PCと区別できぬほどの生命の輝きを持つNPCを産んだのだ』

 『あぁ…そうさ。ベタなPC名で悪かったな。システム側のPCである私の名はクリエイター。ご想像どおり栗木栄太郎…というリアル・ネームをモジッたものさ』

 『しかし、マナー違反だろ?…大勢の前でリアル・ネームを晒すのは?』

 『いや。マナー違反だけじゃない。それは重大な利用規約違反行為だ』

 『シムタブ型MMORPGにログイン中の生身の体に、危害を加えられたら誰が責任を取るのだね?』


 前の台詞に、次の台詞が重なって聞こえると錯覚させるほどの勢いで、クリエイターはまくし立てる。そして…


 『ということで…【神】として、君たちに【罰】を与えることにした』


・・・


 これは…CEOが禁じた「一般PCへの不当な干渉行為」に当たるのではないか?

 ジウは、そう考えて…そしてクリエイターに向かって諫めようとしたのだが…

 どうしたことか?…口が言うことを聞かず、言葉を発することが出来ない。


 (…まさか…私にまで、【罰】を?)


 焦るジウ。

 どうやら、先ほどの畳み掛けるような言葉の連続には、またしても聴く者を暗示に掛ける効果が含まれていたらしい。

 TOP19たちも、それに気づいたのか、口をパクパクさせながら不安げな表情を浮かべている。


 「ば、【罰】…ですか?…くっ………な、何を、する気ですか?」

 「何が【神】だ。…お前たちシステム側のPCは…いつもそうやって……ぅ…ぐぅ」


 そんな中…ベリアルが気力を振り絞り問いを発し、左端が憎しみの目で天井を睨みつける。さすがの精神力を持つ二人のPCは、暗示に必死に抗っている。

 アスタロトは、自分が呼び込んでしまった予想外の展開に何を思うのか、黙って天井の一点を見つめ続けている。

 上位のPCたちは、必死に暗示に抗っているようだが、徐々に意識を支配されていく。

 そして、ずっと黙って考え込んでいたブブが、アスタロトに向かって訊いた。


 「…ところで…結局、栗木栄太郎って…何者なんでしょう?」


・・・


次回、「クリエイター(仮題)」…へ続く。

不干渉の立場を貫いていたハズのクリエイター。

アスタロトによって、リアル割れされ…豹変したかのように

暴走を始める。…止められる者は…誰もいない。

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