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(21) 議題なき協議会<3> …「不審なPC」は誰だ?…

・・・


 姿を見せず、声だけで全員を超不快にさせるとは…。

 恐るべきクリエイターの乱入パフォーマンス。

 協議会の進行役だけでなく、嫌われ者の代表の座まで奪われて急速に存在感を失っていくジウ。


 左端とフーは、自分たちが忌避すべき相手が、実はジウ…などという小者…ではなく、この姿を見せないクリエイターなのではないのか?…と、やっと気づいた。だからといって、ジウへの憎しみが消え去ったわけでもないが。

 あの狼狽えようではジウは役に立ちそうもない。それならば、あのクリエイターの好き勝手な振る舞いを少しでも押さえられるのは…自分かベリアルぐらいだろう。左端は、そう思って…薄く目を開きベリアルの様子を伺う。


 しかし、ベリアルはこの状況を楽しむかのように、いつもと同じ薄い笑みを浮かべてだまって他のTOP19たちの様子を見回している。

 その視線が左端のそれと交差したとき、「さあ、この場面でアナタはどうします?」とでも言うように、ベリアルがその笑みをより深いものとした。


 (相変わらず、得体のしれぬ奴だ…)


 ベリアルに動く気が無いことを見て取ると、左端は溜め息をついて…声を発した。


・・・


 「俺たちは、ジウに招かれてこの協議会に出席したんです。クリエイター。アナタに『ようこそ』…などと言われる覚えはありません。邪魔をしないでもらいたい…」


 決して大きな声ではないが、左端の声には力がある。

 ジウをからかって笑いを含んでいたクリエイターの声から、笑いの色が消える。


 「…ほぅ。さすが…第1位様は、落ち着いていらっしゃる…」

 「さぁ…ジウ。俺たちをいつまで待たせるつもりです。乱入してきた部外者など放っておいて、お前が提議した議題について、さっさと協議を始めてくれませんか?」


 感心したような声で…しかし、嘲り、挑発するようなクリエイターの声を無視して、左端はジウに協議会の開催を促す。

 しかし、ジウがそれに応えるより早く、芝居がかった大きな声でクリエイターが歌うように語り出す。


 「協議?…協議?…きょうぎぃ~?…はて、さて、はて、さて?…君たちは、いったい何を協議するつもりなのかな?…協議すべきことなど…何も無いだろうに?」


 再び、クリエイターの声に笑いの色が混じり出す。

 笑い…というより、むしろ侮蔑の色が滲んでいるといっても過言ではない。

 声の高さ、大きさ、抑揚、速さ、強弱…全てが見事に癇に障るよう調節されている。

 相手を挑発し、冷静さを失わせて自分のペースへと引きずり込む。

 よく使われる暗示のテクニックであることは瞭然なので、左端はその手には乗らない。


・・・


 「…だから、部外者は黙っていてくれませんか?うるさいんですよ。…ジウ。お前は、俺たちを招集するにあたって、予定される議題を提示していたハズですよね。さっさと議事を進行し、俺たちをこの不愉快な状況から解放しなさい」

 「あの…私の誕生日祝いは…?」

 「フライ・ブブ・ベルゼ…頼むからお前は黙っていてください」


 皆が異様な雰囲気に飲まれている中、相変わらず意味不明の口を挟めるブブの胆力は大したものであるといえるが、この状況の解決のためには何の役にも立たないどころか邪魔にしかならないため、左端は鋭い口調でブブを制する。

 ショボン…とした感じでブブが口を閉ざしてくれたため、左端は薄く開いた…それでいて切れるように鋭い視線で、改めてジウを睨む。

 しかし、ジウの歯切れは悪い。


 「…皆さんにはお集まりいただいておいて…非常に申し上げにくく、また、申し訳ないのですが………議題は…ありません…」


 え?…今、何て???

 誰の耳にもハッキリと聞き取れたハズのジウの言葉だったが、内容が期待していたものと大きく異なっているため、左端を含めたほぼ全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 ただ一人、疑問符の代わりに感嘆符を浮かべたブブが、嬉しそうに叫ぶ。


 「それなら、やはり私の誕生日…」

 「黙れブブ!…議題がない…とは、どういう意味だ・だ・だ?…ジウ・ゥ・ゥ!!」


・・・


 左端よりも気性の荒いフーが、ブブを怒鳴りつけ、そのままの勢いでジウを問い糾す。美しい顔を険しく歪め、口元は噛みつかんばかりに牙をむき出しにしている。


 そのフーの声に、他のTOP19たちも、やっと我を取り戻したかのように、一斉にジウを問い詰め始める。


 「ケッ…『不審なPC』がどうの…とか言っていたのはどうなったんだ?…オイ」

 「あぁ…。不正なプレイヤー情報の流出があったとか…僕は聞いたぞ」

 「その件で、我々に救済措置が必要かどうかを協議して欲しいと、我が輩は記憶しているのであるが?…ジウ殿。如何なるか?」

 「俺も、確か、その『不審なPC』がTOP19のうちの一人じゃないか?って疑われるようなこと…言われた気がするわよ」

 「「「何だと!?…わいわい…がやがや」」」

 「ふむ。私は…人に騙されたり…疑われるというのは好きではありませんね。説明してくれませんか?ジウ…」


 順に…白虎、ジーパン、玄武、カミ…その他大勢…そしてベリアルの発言だ。


 「不正なプレイヤー情報の流出なんか、有りはしないのだよ」

 「く、クリエイターは、だ、黙っていて下さい。それは、私から説明すべき事項です。私からも訊きますが…アナタはいったい何をしにここへ?…プレイヤーのみなさまに対するナビゲートやケアは、私たち担当者の仕事のハズです。いい加減にしていただかないと…CEOに言いつけますよ!?」


・・・


 「CEOに言いつける」という脅しが利いたのか?…それとも「担当の仕事だ」という理屈を承諾したのか?…とりあえずクリエイターは沈黙した。

 沈黙…が逆に不気味ではあったが、とりあえずジウは自分の役目を果たすためTOP19たちに向き直り、机の上に突っ伏すように平身低頭する。


 「皆さんには不信感や不安を抱かせてしまい、大変申し訳ありませんでした。当初、予定した議題自体が…意味を失ってしまった…ということについては認めざるを得ない状況です。改めてお詫びするとともに、それについて説明をさせていただきます」

 「どういうことであろうか?…となれば『不審なPC』という存在も?…もしやアレは、本物のジウ殿だったということと理解してよろしいか?」


 真面目に驚いた…という表情で、玄武が四角い顔をずいっとジウの方へ向ける。


 「ち、違います。『不審なPC』については間違いなく存在します。あ、ある意味…被害者の私が言うんだから間違いありません。私には全く身に覚えが無い…TOP19の皆さんに対する訪問があった事実については、皆さんもご存じのとおりで…」


 そう慌ててまくし立てるジウの言葉をジュピテルが、玄武が、左端が…問い質す。


 「貴様が寝ぼけてた…だけじゃないのか?」

 「もしくは、思考と記憶に何らかのシステム障害を起こしているのではあるまいか?」

 「お前が言うから信用できないんですよ…ジウ。まさか…俺たちを何らかの罠にはめようと三文芝居を打っているのではないでしょうね?」


・・・


 こんな時、日頃の行いが裏目に出る。

 プレイヤーに好かれるどころか、わざと神経を逆なでするような言動を行ってきたジウに対して、皆の反応は冷たい。左端の疑いの言葉に「…あり得る」と頷いたり、囁き合ったりする者もいた。

 ジウは慌てて左手のひらを前に向けて、回すように小刻みに振り…ストップ…とでも言うような仕草で左端の発言を否定するのだが…自分の主張を証明する良い術が思い付かず、ただ口をパクパクとさせるだけで言葉がでてこない。


 その時。

 そんな滑稽な状況に陥っているジウに、思わぬところから救いの手がさしのべられた。


 「ジウを擁護する意図は無いのですが…実は、少なくとも私のところへ訪れたジウは…今、思うと間違いなくジウを騙った別人だったようです。…2度ほど来たでしょうか?微かに違和感を覚えたように記憶していますが、彼はジウよりも体つきが大柄だったように思います」


 ベリアルだ。

 ゆったりとした穏やかな…それでいて重みのある声で、ベリアルはジウを擁護する内容の証言をする。

 他の者が同じコトを言えば、ジウの連累れんるいと見做されて非難を浴びたかもしれないが、ベリアルの発言には何故か皆、素直に耳を傾けている。


 しかし、左端は少しだけいぶかるように眉根を寄せた。


・・・


 「…ほう。ベリアル。お前。よく、そんなことに気づきましたね」

 「いえ。よくご覧いただければお分かりになると思いますが、ジウは私よりも明らかに一回りほど小柄です。しかし、あのジウを騙ったPCは、私と目線の高さが同じでした。それが…今、思えば…あの時、微かに感じた違和感の理由かと…」

 「あぁ。そのことなら、わたしも君と同じように感じたぞ。ベリアル。確かに、あのジウもどきは、そこのジウよりも大柄だったように思うよ」


 ヴィアに遅刻したことを咎められて以降、静かに黙っていたユノが、閉ざしていた口を開き、ベリアルの意見を後押しした。

 それを受けて、他にも数名が…「そう言われてみれば…」と追随する発言を見せる。


 状況の好転に、ジウはほっと…胸をなで下ろし、ベリアルはその笑みを深くする。

 左端は薄く目をあけて、しばらくの間、ベリアルを睨みつけていたが、ベリアルの顔に張り付いた笑顔が色を変えることはない。

 ベリアルから視線を外した左端は、一瞬だけユノについてもチラっと見やり…再びその目を閉じて沈黙した。


 「へぇ…。ベリアル君は、うちのジウを庇ってくれるのかね。あのままにしておけば、なかなかに面白い展開になっていたと思うのに。…なるほど。ベリアル君にとっては、『不審なPC』が存在したほうが…都合がいいのかな~?」

 「…どうとでも。クリエイターさんのお好きなように評価されると良い…。それに、今の件は、私だけでなくご覧のとおりユノ君も同意見だと言っていますよ?…偶々、私が先に発言をしただけですが…何か、不自然な点があるでしょうか?」


・・・


 ちょいちょいと要らぬツッコミ…というか嫌がらせ的な発言を差し挟むクリエイターに、ベリアルは微笑を浮かべたまま対応する。

 全く動じることなく穏やかに対応するベリアルに、他のTOP19たちは信頼の念を高めるばかりだ。

 その雰囲気が癪に障ったかのような口調で、クリエイターが拗ねたような発言をする。


 「ふん。ベリアル君は優等生だね。素晴らしいよ。今まで、あまりチェックしていなかったけれど…私の中でベリアル君の評価が一気に跳ね上がったね。いやぁ。本当に感心しきりだよ。…今後は、ベリアル君の活躍に…しっかりと注目させてもらおう」

 「………買いかぶり過ぎですよ。よして下さい…」


 確かに、ベリアルのこの場の支配力は、第1位の左端をも上回り、システム側の担当者であるジウや、このデスシム世界のシステムを生み出した自称「神」のクリエイターをも凌いでいるように思われる。


 クリエイターからの思わぬ賞賛と注目を浴びたベリアルは、この時、初めて表情から笑みを消し、舌打ちをするような苦い顔になった。しかし…それは僅かに一瞬の表情であり、他のTOP19たちが気づくことはなかった。


 ただ一人、その一瞬の表情を目撃したジウは…「誰かに似ている?」という漠然とした感想を思い浮かべたものの、それが誰なのか、具体的には…どうしても思い出せなかった。

 ぼーっとした感じでベリアルの横顔を見ていたジウだが、逆に自分が全員から注目を浴びていることに気づき、慌てて姿勢を正す。


・・・


 ベリアルとユノのお陰で、「ジウの偽者=不審なPC」の存在については取りあえず疑う者がいなくなったため、ようやく皆の関心がそもそもの話「議題がない」…というところに戻ってきた。

 それで、先ほどから全く存在感を失ってしまっていたジウに、やっと発言権が戻る。発言権…というよりは説明責任と表現するべきかもしれないが…

 ジウは、その説明責任を果たすため空咳を一つしてから、声を発した。


 「…ということで…私を騙る『不審なPC』が存在するという前提で説明を続けてもよろしいでしょうか?」


 とにかくジウの説明を最後まで聴かないことには、話が進展しない。

 不規則に茶々を入れてくるクリエイターの存在は如何ともし難いが、TOP19たちは黙ってジウの説明を聴く気になったようだ。

 沈黙により、全員が肯定の意を表し、ジウの説明の先を促す。


 あ。もう一人…困った方がいたような…とジウが壁から首を生やしたブブを見遣ると、ブブは大人しく…しかし、非常に不思議そうな顔で…ベリアルの方を見つめている。

 何となく違和感を覚えたものの、当面はブブに説明の邪魔をされることがなさそうだと判断し、ジウは小さく息を吸い込んで…おもむろに説明を再会した。


 「…例の一件についてシステム側では、総力を挙げて調査と分析をしたんです…」


 若干、要領を得ないところもあったが、ジウが必死に説明した内容は次のとおりだ。


・・・


1.繰り返しになるが、「不審なPC」は間違いなく存在する。


2.しかし、どうやら「不審なPC」はデスシムをプレイする全てのPCの所に現れたワケではなく…主にTOP19の所に出現したらしい。


3.内容を解析したところ「Face Blog ER」の掲示板に投稿された「TOP19攻略ガイド」の記事は、必ずしも「不正なプレイヤー情報の流出」には当たらないと判明した。


4.なぜなら、投稿された記事には各当該TOP19が特に秘匿している事項は含まれておらず、例えば公開することがタブーと思われている「真の名」についても、第1位の左端、第3位のブブ…など、本人が意図的に名を公開しているプレイヤーについてのみ記載されており、つまり、それによって新たに不利益を被ったプレイヤーは存在しない。


5.その他の情報についても、過去に各TOP19と交流し、又は戦ったことのあるプレイヤーであれば容易に知りうる情報ばかりであり、それを何者かが集約して「TOP19攻略ガイド」として公開したとしても、規約違反には当たらない。


6.従って、「不審なPC」の訪問を受けていない一般のPCたちは、「不正なプレイヤー情報の流出」と「TOP19攻略ガイド」の二つの情報について、関係があるものだとは認識しておらず、それぞれ別々の事項だと捉えている。


7.つまり…誰も不利益を被っていない以上「救済措置」の必要性を協議することに意味はなく、当初に予定されていた協議事項…すなわち議題は存在しなくなった。


・・・


 「…というワケなんですが…ご理解…いただけますでしょうか?」


 ジウは、一通りの説明を終えると全員の顔を見回した。

 こんな話を一度で納得しろというのは当然に無理なことであり、すぐには誰も言葉を発しなかった。


 左端は瞑目し、フーはその左端の顔色を窺っている。

 ブブは相変わらずベリアルを不思議そうに見つめており、そのベリアルは薄い笑みを浮かべて全員の様子を見守っている。

 ジュピテルは面白くなさそうに椅子に体を沈め、ユノは覆面のため表情が読めない。

 レイは首を傾げ、その首筋にはヴィーが後ろから腕を回して絡みついている。

 ネフィリムと鬼丸は、良く分からない…という顔でともに首をかしげている。

 ギルド「四神演義」の面々は、青龍は瞑目。白虎は「けっ…」と不満そうに囁き、玄武は「ムムム」と考え込む。そして、朱雀は不安そうな顔でキョロキョロと周りを見回し、ジーパンの向こう側にいるカミやミコトの方を時々チラチラと窺っている。

 マコトとシンジュの兄妹?は、前後に顔を寄せ合って、睦まじく何か相談している。

 悪魔たち…メフィスやラップ、ディンは、微妙な顔をして口を閉ざしている。


 そして、ジーパンとヴィア。


 「……じゃ…何で俺たちは、ここに来てるんだ?…オイ?」


 後ろからジーパンの頭を小突いて尋ねるヴィアに、ジーパンが苛立たしげに答える。


・・・


 「煩いな。僕に訊くなよ。…っていうか、その『不審なPC』って奴は…それじゃぁ、結局、いったい何をしたかったんだ?」

 「さぁ…?…それこそ俺に訊くなよ。だが、確かに………」


 答えの出ない問いを二人だけで交わしているつもりのジーパンとヴィアだが、静まり返った室内では、全員の耳に二人の会話は聞こえている。

 その会話を受けて、妙に真面目で堅苦しい玄武が、挙手をしてジウに質問する。


 「ジウ殿。質問をしてもよいであろうか?…今、18位の席のお二人の会話は非常に尤もな疑問であると我が輩も思うのであるが、『不正なプレイヤー情報の流出』の事実は無かったとして…それ以外の被害…というのは報告されていないのであろうか?」

 「…我々、システム側の担当者たちの調べた限りでは…ですが、何もありません」

 「あ~…それよりも、今って…確か、酷い土砂降りだとか、豪雪だとか…洪水だとか…あの各エリアで、色々な環境異常が起こってて…それって、何かシステム側のかけた移動制限?…なんでしょ?…そんな状況で、その『不審なPC』って奴は、どうして自由自在に私たちの居場所を巡回できたんだろう?…ふっしぎぃ~だよねぇ?」


 玄武の問いに答えるジウ。

 その答えに被せるようにしてメフィスが新たな疑問を口にする。

 そして、寡黙な青龍までもが重低音の声を響かせて、同じ疑問を口にする。


 「解せぬ。メフィス殿の言うとおりだ。そもそも、転移魔法では未知の場所への転移は出来ぬと理解しているが。…それが出来る者。それほどの力の主が、何故?…」


・・・


 …ジウを騙って各TOP19の所を巡回する必要があったのか?…青龍の疑問はそう続くのだと思われるが、彼は途中で言葉を飲んで沈思黙考する。

 そう。デスシムにおける転移魔法は、基本的に既知の場所にしか移動できない。その場所を強く…正確にイメージ出来さえすれば良いのではあるが…知らない場所を強くイメージするなど、普通には出来ないからだ。


 「あ!…そういうことか!…だから、協議会の開催を知らせに来た時に、『不審なPC』の正体は、俺たちTOP19の中にいるかもしれない…って、ジウが言ったのね。一般のPCに、それだけの魔法が使えるワケないものね」


 カミが、協議会の開催を告知しに来たときのジウとの会話を思い出して小さく叫ぶ。

 すると、それに対し白虎が不機嫌そうに悪態をつく。


 「けっ。TOP19…って言ったって、ピンからキリだぜ。今、言った女に訊くが、お前は、どこだか知らねぇ場所へも自由に転移できる魔法が使えるのか?…あん?…正直、俺様にゃぁ…無理だ。…つぅことで、疑われる謂われはねぇな。不愉快だ」

 「お、女…とかって呼ばないでよ!…嫌な奴。けど…確かに…最下位の俺も…と、当然だけど、そんな魔法や能力は…つかえないわよ」

 「…カミちゃんの場合は、そもそも魔法自体が苦手だもんね」

 「うるさいよ。ミコト!」


 カミとミコトが傍目にはじゃれ合っているかのような内輪もめを始める中、ジュピテルが不機嫌な声で「ふん。そんなことはどうでも良い」と声を荒げた。


・・・


 「…欠席すると通知していた俺をワザワザ呼び出した挙げ句に…議題がない…とはフザケた限りだが………俺は心がこの巨大化した惑星面積以上に広いから…今回のところは赦してやろう。だが、議題がないのなら、もう、ここに留まる理由も無い」


 恩着せがましく一気にまくし立てて、それからベリアルの背中越しに第6位の座席に浅く腰掛けたユノを覗き見るジュピテル。

 ユノの方に体を傾けて、さらに続ける。


 「…ということで、俺は帰らせてもらおう。…おい。ユノ。お前も帰るぞ!」

 「こ、断る!…というか呼び捨てにしないでくれたまえ。君とのGOTOS契約は既に解除しているんだ。馴れ馴れしく呼ぶな!」

 「照れなくても良いぞ。その美しい顔を…そんな奇妙な布で隠しているのは、俺以外の男に見られたくないからだろう?…良い心がけだ」

 「ふん。勘違い男はフライ・ブブ・ベルゼだけかと思ったら、ここに、もっと大物がいたようだな。…鈍い君のためにハッキリ言うが、君のコトだからな、ジュピテル」

 「…誰のお陰で、そんな大きな口をたたけるまでの力を手にいれられるようになったと思っている?…いい加減に目をさませ…ユノ!…いいから戻って来るんだ」

 「大人物っぽくふんぞり返っているが、いつまでも私に拘泥するとは…君の懐の大きさも底が知れるというものだな」

 「…お前には俺が必要なハズだ。今なら何も言わず赦してやろう。素直になれ…ユノ」

 「う、自惚れるな。君など、私にはこれっぽちも必要ではないぞ。私を含め、全てのPCを自分の付属物程度に…モノとして…しか扱えない君が、私の何を赦すというのだ?…それに、私には…もう………」


・・・


 協議会そっちのけで、言い争いを始めるジュピテルとユノ。

 勢いよくジュピテルに反論していたユノだが、何を言おうとしたのか、最後の部分で急に口ごもる。その様子の変化に、ジュピテルは眉をひそめる


 「何だ?…その反応は?…まさか…お前?」

 「違う。君が何を想像したか知らないが。とにかく違うからな!…というか、君と私は、そもそも、そういうコトをとやかく言われるような間柄じゃなかっただろう!」


 そこで、二人の言い争いは気まずい沈黙とともに中断した。

 その沈黙に、白虎が待っていたかのように皮肉を投げ込んだ。


 「けっ。…いたなぁ…そう言ゃあ。疑われても仕方ないほどの実力をお持ちの方々がよぉ?…賑やかに言い争ってたお強いお二人は、この初めてのハズの会場内へ、さっき平然と転移してお見えになったように見えたぜ?」

 「あぁ…。そうだな。しかも、ジュピテルの旦那は、ピンポイントで自分の席へと転移してきた。ユノお嬢様も…な?」


 同じことを考えていたのだろう。ヴィアが白虎の疑問に追随する。

 下位のTOP19たちの視線が、ジュピテルとユノの二人に集中した。まるで、二人のうちのどちらかが「不審なPC」であると言うかのように。


 「…注目されるのには慣れている。だが、その疑うような目は気に入らんな」

 「き、君たちは…な、何か…ご、誤解しているだろう?…ち、違うぞ?」


・・・


 ジュピテルが不機嫌に鼻を鳴らし、ユノが立ち上がって否定する。


 「わ、私は、べ、ベリアルからこの会場の特徴や様子の映像データが送られてきたから、それを元にイメージを練っただけだ。そのデータをダウンロードした…ほ、法具魔法のアイテムのアシストがあれば、君たちにだって可能なハズだ」

 「俺も、そこのジウから転移用のイメージ・データを受け取っただけだ。システム側の招待を受けたんだから、転移できて当然だろう?…不審なことなど何もないわ!」

 「…わ、私たちにだって、そういうイメージ・データやシステム側のアシスト無しには、どこにでも自由に転移するなんていう魔法は使えないんだ」


 必死に説明するユノを、向かい側の席から頬杖をついて眺めていたメフィスが、唇の端をくいっと持ち上げて笑みを浮かべながら声を発した。


 「ふぅ~ん。なるほどぉ~。じゃっ、何?…結論としては『不審なPC』は、システム側の何らかの助力を受けたか、システム側の担当者と同等クラスの力の持ち主ってことなのかしらねぇ~?…くふふ。そうなると、対象者は…絞られてくるのかなぁ~?」


 誰に向かって…ということもないメフィスの独り言だった。

 しかし、その言葉を耳にしたTOP19たちの脳裏に、共通して同じ一つの可能性が思い浮かんだようだ。

 ほぼ全員の視線が、唯一、未だに空席となっているTOP19用の座席に向けられる。


 システム側との繋がりが深そうで、そして実力についても底知れないプレイヤー…


・・・


 「…っていうか、そう言えば、何でアスタロトだけ未だに不在が許されてるんだ?」


 ジーパンが皆の気持ちを代弁してジウに問う。


 現在のランキングは第7位だということになっているが、TOP19の多くがデスシムのサービス開始直後からの古参プレイヤーであるという事実の中、サインインしてから僅か1か月程度にしてTOP19に選ばれたアスタロト。

 面積拡張事件に始まり、仮想対実時間レートの強制引き上げ、壮絶な領土争奪戦、廃墟となっていた「はじまりの町」の再建…など、システム側の配信するニュース速報に度々名前が記載され、数日前のメジャーアップデートの内容のほぼ全てをシステム側に提案したPC。

 魔法大学都市構想…などという突飛な領土開発計画を打ち立て、なんとシステム側の協力も取り付けたという噂も聞く。

 そもそも、今回の予定議題だった「不審なPC」の存在について通報したのもアスタロトだったハズだ。


 「そういやぁ…事あるごとに…ジウさんは、アスタロトの野郎の名前を挙げてたよなぁ?…今回の協議会への誘い文句も…確か、『アスタロトに直接会いたいと思わないか?』…とか…まるで奴のマネージャーみたいな口ぶりだったな?…」


 突然、疑いの目を向けられてジウは咄嗟には言葉を発することもできず、口をパクパクとさせるばかりだ。辛うじて息を整え…「違います!…ご、誤解です!」と叫ぶ。

 こんな時ちゃちゃを入れてきそうなクリエイターも、沈黙を守ったまま。


・・・


 アスタロトとジウ(システム側)の共謀、又は狂言…という結論へと急速に雰囲気が傾いていく。

 その雰囲気の急傾斜に、ジウの立場は非常に危ういものとなり、少なくとも最早、協議会の進行役としての立場からは間違いなく転げ落ちている。

 ジウの顔が無表情であることも災いしている。当人は内心、極限までに困惑し、どう誤解を解くべきかと焦っているのだが、それが誰にも伝わらない。


 「わ、私どもシステム側のセキュリティ対策に甘さがあることは否定できません。ふ、不審なPCの横行を許してしまった事実は…事実として、責められても否定できません。し、しかし…アスタロト様は、皆さんと同じ一プレイヤーに過ぎません。プレイヤー間の公平性については、我々は厳格に守っております」


 誰からの助けも得られないのなら、自分が頑張らなければならない。ジウは、逆に無表情であることを利用して、極力、動揺を面にださないように努め、声も意識して低く落ち着いた口調を心がけて弁明をする。


 「…付け加えれば、アスタロト様は…その…魔法技術に関しましては、先日の領土争奪戦の際にも、対戦相手から指摘を受けていましたが…現在、瞑想魔法の初歩、防御魔法のみが使えるという段階で、回復魔法を習得しようと学んでいる最中だそうです。…と、とても、そのような高度な転移魔法など使えるとは考えられません」


 アスタロトの共犯ではないかと疑われているジウが力説しても、それは必死に庇おうとしているようにしか見えない。


・・・


 しかし…その時。


 「…お兄様。私たちも…領土争奪戦は観戦していましたけれど、確かに、あの『はじまりの町』の領主様は、対戦相手からの魔法を辛うじて防御するばかりで…ご自身が直接、魔法による攻撃をされたことは無いように記憶していますが…どう思われますか?」


 金色に輝く肌を持つ美しい乙女。第13位マコトのGOTOSであるシンジュが、兄?の耳元に美しい唇を寄せて囁き、問う。


 「うん。そう言われてみれば…防御魔法も…妙な持続効果は持っていたけれど、【円環サークル】と【一線ライン】なんて言う初歩の魔法しか使ってなかったな。相手の魔法が多彩過ぎて、逆に彼の魔法のシンプルさが異様に思えたのを覚えているよ。魔法に関して言えば…悪党だとすると、雑魚レベルの悪党…という印象だ」

 「おぉ。あの素晴らしき闘いか!?…ならば我が輩も見たぞぃ!…我が鉄拳の名誉にかけて真実であると保証するが、あのご領主殿は、魔法に関しては『ど素人』だわぃ。だが、あの褐色の腕は、我が鉄拳と良き闘いを楽しませてくれそうだった」

 「…俺様も見た。魔法習いたくて町庁舎尋ねた。でも、それ、領主にではない。対戦相手の魔導師が、魔法大学の学長だと聞いたから。アスタロト…魔法…下手」


 奇しくも、あの町庁舎大会議室を崩壊させた迷惑な3人のPC…マコト、鬼丸、ネフィリム…が、アスタロトの擁護ともとれる発言をする。

 これまで、あまり発言してこなかった3人の、不自然さを感じさせない口調に、急速にアスタロトへの嫌疑が晴れていく。


・・・


 ところが、折角のその好転に、メフィスが水を差す。


 「…でも、あの領土争奪戦の決着をつけた最後の一撃ってさぁ~。確か【十芒攻炎龍じゅうぼうこうえんりゅう】なんて言う、結構、高度な魔法だったって聴いてるよぉ~?…実力を隠してるんじゃないの~?」

 「違う。てめぇは、その感じじゃぁ…あの闘いを直接、見てなかったようだな。あの最後の魔法を撃ったのは、奴の領地内に済むNPCの魔導師だ。領主権限でNPCを上手く活用しただけだろう」


 メフィスの言葉をすかさず否定したのは、意外にもアスタロトを憎むヴィアだった。

 実際のところ、あの元麻婆導府の主である老女魔導師に対して、アスタロトは領主特権の指令を出した事実は無い。

 だから、メフィスの指摘の方が実はある意味正しく、あの時、アスタロトは無意識に超高等な喚起(召喚)魔法をやってのけた…というのが真相なのだが、傍目にはそれは分からない。何故なら、通常、喚起魔法は儀式魔法や詠唱魔法…最低でもかなり高価な法具魔法のアイテムの助けなしには発動できないからだ。あの時、アスタロトはそれを強いイメージの結実…つまり瞑想魔法のみで実現してしまったため、観衆たちにはアスタロトが魔法を使ったようには見えなかったのだ。


 「…奴を庇う気は無いが…。事実は、事実だ。アスタロトには『不審なPC』がやったような高度な転移魔法は無理だろうぜ」


 邪悪を気取りながらも、根が真面目なヴィアが言い切る。ジーパンも頷いている。


・・・


 それで、また特設会議室内の空気は微妙なものとなった。


 アスタロトが犯人ではないとすると…では、いったい「不審なPC」とは誰なんだ?

 そして、本来なら不可能なハズの転移を、どのような手を使って行ったのか?

 出現した場所では、本物のジウが告知すべき内容を正確に告げて周ったが、では、そのシステム側しか知らないハズの告知内容を、「不審なPC」はどうして知っていたのか?

 本物のジウより身長が高く、体つきも一回り大きかったらしいが、幻影魔法であれば左端たち上位のTOP19に見破れないハズがない。ならば、どうやってジウと同じ外見を手に入れたのか?

 今のところ実害があったとも思えず、その「不審なPC」がそのような手の込んだことをした目的が分からない。


 それらの問題も謎のままだが、不気味に沈黙したままのクリエイターの存在。

 依然としてジウは信用できないが、それは今に始まったことではない。

 皆がモヤモヤとした謎に包まれたまま、再び沈黙した時。

 そのタイミングを見計らったように、彼が現れる。


 「…はぁはぁはぁ…す、すいません!…きょ、協議会の場所って、ここで良かったですか?…ち、ち、遅刻して…はぁはぁはぁ…ご、ゴメンなさい!」


 汗まみれで息を切らし飛び込んで来たのは…第7位のTOP19。

 どういうワケか?…【全ての謎は解けた!…という自信に満ちあふれた表情】をした…アスタロトだった。


・・・

次回、「議題なき協議会<4> …ラップの【死】(仮称)」に続く…

ついに、姿を見せたアスタロト。

再び、動きをみせるクリエイター。

そして、自ら予言していたラップの【死】。

次回、怒濤の展開?…(にならなかったらゴメンなさい。予定です!)

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