(20) 議題なき協議会<2>
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空気を読む気すらない…ジウからの一方的な告知。
その直前のフーの激昂とジウへの攻撃未遂や第1位左端とのやりとりの余韻もあって、特設会議室内は非常にピリピリとした空気に包まれていた。
いや。ピリピリというよりもっと激しく…ビリビリか?…それより…刺激的な皮膚感覚すら生じている感じからすると…チクチク?…いっそ、トゲトゲ…か?
…とにかく、この空気何とかしてよぉ~…と泣きそうな気持ちになっているミコトの気持ちが伝わったわけでは無いだろうが、そこへ彼女の救世主となる者が現れた。
「いやぁあ~本日は、どうも皆さん。私の誕生日のお祝いにお集まり頂き誠にありがとうございます。大したおもてなしもできませんが、どうぞ、せめてごゆるりとご歓談下さいますれば幸いですよ」
その…ジウをも遙かに上回る「空気の読めなさ」に、空気はトゲピリ状態から困惑状態へと変化した。それにより、確かにミコトを締め付けていた圧迫感からは解放された…のだが…
しかし、ミコトは救世主に運命的な出会いやトキメキを感じたりはしない。いや。したくない…と思った。
何故なら、その男の容姿があまりにも特殊で、ぶっちゃけ生理的に受け付けない…と瞬間的に判定したからだ。
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その男の顔は、まるで落書きのような顔だった。
かなり致命的な絵心の持ち主でも、彼の似顔絵であれば完璧にそっくりに描くことができるかもしれない…目も眉も鼻も唇も…何もかも単純な直線で構成されたスッキリとした顔立ち。まぁ…それだけなら嫌う理由にはならない。
女性の様に長く艶やかなストレートヘアー。左右の耳は、いわゆる「エルフ耳」。恐らく、キャラクター設定レイヤで、自らの属性を「魔族」に設定したのだろう。こめかみの辺りからは新生児の腕ほどの太さの角が生えている。ここまででなら人見知りの激しいミコトであっても、まだ許容の範囲だったかもしれない。
しかし…その眉。
細い直線に見えたそれが…時折、ピクピクと動くのだ。
いや。動くなんて表現じゃ収まらない。動き回っているのだ。何、アレ?…嫌だ…超気持ち悪い!…的に顔をひきつらせるミコトの目には、もはやその男は昆虫にしか見えなかった。
「「何だ?…お前?」」
ほぼ全員の意見を代表して発したのは、ヴィアと白虎だ。この二人、若干、気性が似ているところがあるため、見事なハモリを披露した。だが、お互いに他者とのそういう触れ合いは好みとするところではなく…互いに一瞬目を合わせると嫌そうな顔をして…また昆虫男?の方へと視線を向けなおす。
その問いに、昆虫男?は嬉しそうに…何故か歌うように語り出す。
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「ひとに名前を尋ねる時は~マズ、ご自分から名乗るべき!…では、ありますが…皆さんがた全員のお名前をお聞きするには時間がかかりますし、その間に私への関心が薄らいでしまっては…私としても答え甲斐が無いというものです。となれば、ここでご期待どおりお答えするのが最善でございましょう」
「………」
「私の名前は、ブブ。真の名は…」
第3位の座席の裏側の壁から、顔だけを…にゅぃ…っと突き出して、ぺらぺらと語り出したのは、ブブ。
TOP19ランキングの第3位
名乗りの途中で、その突き出した顔をキョロキョロという感じで左右に振り向け、不思議そうな顔で問う。
「おや?…今日は、ここで『ちょっと待った!』…と、ツッコミを入れる方はお一人も見えないんですね?…少し、張り合いがありませんが…それなら遠慮なく名乗らせていただきますよ。私の真の名は…」
「お前の名など…聞き飽きた。フライ・ブブ・ベルゼ」
ブブの口上を遮って台無しにしたのは、第2位のフー。
彼女も…やはり生理的に受け付けないのだろう。いつの間にか第1位左端の後ろに身を隠すように移動しており、嫌そうに視線を逸らしている。
フーの盾となった左端は、動じることなく瞑目したままだ。
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「今日も意味不明なまでにご機嫌ですね。お誕生日おめでとう…フライ・ブブ・ベルゼ。ところで、どうして顔だけを壁から覗かせたりしているんです?」
穏やかな口調でブブに語りかけるのは、第6位のアル・ベリアル・リアル。
誕生日の祝いの部分は別として…その場の全員の疑問を代表して言葉にする。
実は、先ほどのヴィアと白虎の「何だ、お前」という問いも、名を訊くというよりは、むしろブブのこの状況を問いただしたという色合いが強かったのだ。もう一つ「いつの間に現れたのか?」という疑問も含まれていたのだが…。
「?…顔だけ?」
問われたブブは、何を言われているのか分からない…という風に自分の体があるハズの辺りを見下ろして…
「うぉっ!!!…どうりで首筋が窮屈だと思えば!!…皆さんがせっかく私の誕生日を祝いに来てくれたというのに、こんな姿で…大変失礼をいたしました…す、すぐに…私のセンス溢れるファッションをご披露………って…アレ?…出られない?」
首を、ぎゅぃぎゅぃと動かして身悶えたものの、ブブは壁から抜け出せない。
困惑するブブとは逆に、「ほっ」…と息を吐き安堵したのは特設会議室内の女性全員だったろうか。
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首だけ…とか、誕生日?…だとか…昆虫的な眉の動き…とか、色々とツッコミ所は多いブブだが、壁にハマったまま出てこないのであれば、放っておいても問題は少ないだろう。皆がそう思った時、当のブブも気持ちを切り替えたように言った。
「………ま。いっか?…皆さんが私の誕生日を祝って下さる…その気持ちだけで、今日、私がここに来た意義は十分にあったというものです。首だけで失礼いたしますが、まぁ、存分に祝ってやって下さい」
ほぼ全員が、それで以後のブブの放置を決定したのだが、ここにも空気を読めない男が一人。
よせばいいのにジーパンが余計なコトを訊く。
「さっきから誕生日、誕生日って言うけど…何なんだ?…デスシムの内部歴でも、まだ1年経過していないっていうのに…誕生日も何も無いだろう?」
2206年時点。シムタブ型MMORPGでは、各種SNSなどで見られるように、サインインした日を起点として1年経過する毎に、その日を誕生日として扱う場合がある。運営会社から「お誕生日おめでとうございます」との祝いのメールが届いたりするのだ。
だから、仮想の生を受けてからの年月を以て自分の年齢の様に表現し、仲間同士がそれぞれの誕生日を集まって祝うという風習も…無いわけではない。
しかし、デスシムはサービス開始から数えても、まだ1年を経過していないのだ。
あまりブブと関わりたくない…という皆の気持ちを別にすれば、その質問自体はもっともな疑問だった。
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「あは?…何を言ってるんです?…今日は、だって10月4日でしょ?…私、リアルに10月4日生まれなんですよ!?…皆さんご存じのとおり」
「知るか!…ケッ」
反射的な白虎のツッコミは置いておくとして…仮想対実時間レートが何十倍にも引き上げられているデスシム世界と、リアルの暦を同列に扱う…という発想は、これまで他のプレイヤーたちには無かった。
アホらしい…と、切り捨てた男性陣に対し、女性陣たちは「なるほど!…それ良いかも!?」…と共感を覚えたようだ。共感を覚えたのはブブに…ではなく、あくまでも…ブブの語った「誕生日」に対する考え方「だけ」に…であるが…。
しかし、リアルの「誕生日」を明確に持つ…というのは、この時代、彼がいわゆる「親持ち子女」…つまり血族名を持つ「幸せな」生まれにあることを示している。
(なんだ…あんなアホそうな奴が、第3位なのは…金持ちのボンボンで…課金し放題だから…ってワケか…。アスタロトといい、コイツといい…胸くそ悪ぃぜ)
アスタロトに関しては完全な誤解なのだが、ヴィアは今のやりとりを聞いて、ブブに対しての評価を極端に低くした。
ヴィアも現実の体は「保護者」と呼ばれる者たちによって看護され、生きながらえている身ではあるが、彼は血族名を持つワケでは無い。ヴィアの「保護者」たちは、医療の進んだナノタブの時代にあって、なお解明されない不治の病におかされている彼の体を、研究対象として「生かし続ける為の保護者」であって、愛情を注いでくれるような相手では無いのだ。
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ヴィアの一方的な決めつけによる評価は、しかし、ブブに関して言えば全く正解であった。どのぐらい「金持ちのボンボン」かというと…「はじまりの村」のチュートリアルで、発生確率250分の1のスリ少年イベントに遭遇し、アスタロトの手を経てその1割のCPを受け取ったカミとミコトを一躍TOP19に押し上げる程の高額CPを盗まれておきながら…その盗まれたウォレットに何の執着も見せず、予備のウォレットに不必要なほどの高額CPをチャージしてメイン・シナリオへと進んだ…ぐらい。そう説明すれば、この物語をはじめの方からご愛読下さっている読者様ならおわかりいただけるだろうか?
別の表現をするならば、アスタロトの鼻血が2時間ぐらい止まらないほどの…超大金持ち…ということになる。
「…さて。皆さんご存知のとおり…本日は、残念ながらブブさんの誕生日を祝う会ではありません。まだ、お見えになっていない方が少々みえますが…定刻となりましたので、本日の協議会を開始させていただきたいと思います」
ブブの意表を突く登場で、存在感を薄くしていたジウだが、よく響く声で協議会の開会を宣言することで、再び全員の注意を自分へと取り返す。
まだ席に着いていなかった玄武や朱雀は、それでやっと自分の席へ着いた。玄武は、慌てるそぶりも見せず堂々と。朱雀は、カミとミコトに胸の前で小さく手を振ってから振り返り、チョコチョコと小走りに。
ブブから逃げるように左端の背中へと身を隠していたフーは、ブブを警戒しながら恐る恐る自分の席へと戻る。
ブブは、壁から出ることができないので…当然、そのままだ。
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「遅刻するなんて…最低な野郎だな」
小さな声で罵ったつもりだったが、ヴィアのその声は全員の耳へと届いた。
ヴィアが罵った相手は、当然、アスタロトなのだが、空席は一つだけでは無い。
その声を受けた…というワケではないだろうが、ジウが未だ不在のTOP19について、一人一人の状況を説明する。
「第4位のジュピテル様は、第5位のユノ様が出席されない限り協議会に興味は無い…との連絡をいただいています。その…ユノ様ですが、TOP19を辞退する旨の申し出をいただいておりまして、ただ今、他の担当者が事情の聴取と説得に当たっております…」
淡々と説明するジウの声。
それを聴いた第1位の左端の片眉がピクリと上がる。
「…何だ。欠席が許されるなら…俺も、貴様の顔を見なくて済むよう…欠席したのに」
静かだが圧力のある声で左端が呟く。
しかし、システム側主催の会議だからといって必ず出席しなければならない…などとは実は左端は思っていない。むしろ、システム側とは極力関わりたくない過去を持つ。
…にも関わらず彼がここに出席した理由。それは…
「ふっ。…そんなコトを言いますが、左端様。アナタは、第7位のアスタロト様を…その目で見極めようと、協議会へ出席されているのではないですか?」
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わざと…なのだろうか?
嫌われていることを重々承知のハズのジウは、その嫌っている主である左端を見透かすように、薄い笑いを含んだ指摘を返す。
それにムッとする左端とフーよりも早く、ヴィアが不満のツッコミを入れる。
「その注目のアスタロト先生は…いったい、どうしたんだ?…あぁん?」
TOP19では無いヴィアだが、それで萎縮したり遠慮したりする気は全くないようだ。
ジウは、チラッとだけヴィアの方に視線を向けたが、何事もなかったかのように続ける。
「第7位のアスタロト様は、この施設内へは既にお越しいただいているのですが…」
そう言いながらグルリと全員を見回す。
左端だけでなく、やはりほぼ全員がアスタロトに感心があって協議会へ参加したようで、その先を促すように黙ってジウの言葉の続きを待っている。
「…なんか、その皆さんの熱い注目が恥ずかしい…とか、怖い…とか仰いまして、別室にて…駄々をこねられています…」
なんじゃそりゃ?
…的な空気が、一瞬にして部屋を満たす。面積拡張事件に始まり、仮想対実時間レートの予告なし引き上げ、各種メジャーアップデートの内容発案などをした有名人の態度とはとても思えない。むしろ目立ちたがり屋だと思っていただけに、皆、呆然とする。
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そんな皆の呆然を気にするコトもなく、ジウは事務的に残りの空席についても説明を続ける。
「そして最後に、第16位のマックス様ですが…その…非常に大きな体をお持ちでいらっしゃいますので…この特設会議室に入ることができません…そこで…」
ジウは言葉を切ると視線を自分の背後の天井へと向ける。
その言葉に合わせるかのように、ジウの背後の天井部分に窓のようなものが現れ…そこから、全員を見下ろす無表情な目が表れる。
「申し訳ありませんが、マックス様には屋外で…この窓を通じてご参加いただくことにいたしましたので…皆さんもご了承くださいますようお願いします」
「…最初から彼が出席することは分かっていたんだろう?…何故、お前たちシステム側は、彼が入れないような特設会議室を造ったんだ?…解せないな…」
マックスの余りの巨体さに、ほぼ全員が硬直している中、冷静に当然の指摘をしてみせたのは…やはり第1位の左端。他の者たちは、十分に巨大だと思われた第9位ネフィリムをも超えるマックスの巨体に驚愕するばかりで、その当たり前の問いを思い浮かべることすらできていなかったというのに。
「さぁ…?…私も全く同意見ですが…私の役目は単なる進行役。この特設会議室を用意したのは…『あの』クリエイター氏ですので…」
「…くっ…。奴の仕業か…。ならば、訊くだけ無駄というものですね…」
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クリエイター。
デスシムのシステム開発の中心人物であり、各種仕様や描画エンジンなどの開発にも携わっている男だ。
訳あってシステム側の事情に明るい左端やベリアルだけでなく、他のTOP19たちもクリエイターという名を聞いて、一様に複雑な表情を浮かべたところを見ると、皆、何らかの接触をクリエイターと持ったことがあるようだ。あまり良くない印象の…。
「…室内に入れないマックス様の代わりに…どうぞ、お入り下さい。マックス様のGOTSSであるラップ様とディン様が協議に参加されるそうです…ご了承ください」
ジウに促されて、頭にアンテナのような奇妙な形の「ツノ」生やしたラップと、見た目には酷く平凡な…ただし、何故か小さな四角い箱を胸の前に抱えている…PC、ディンが室内へと入ってきた。
そして、マックスに用意された座席の後ろの2席へと、それぞれに座る。
「…ちょっと待ちたまえ。巨大な第16位マックス殿のコトは了解したが…そんなコトより、第15位のことを忘れているのではあるまいか?」
第14位の玄武が、四角い顔をズイっとジウの方に向けて問う。
確かに、彼の隣の席。第15位のために用意されたその椅子は、未だに空席だった。
何人かの目は、未だに天井から覗く巨大なマックスの目に釘付けになっているが、比較的早く我に返ることが出来た者は、第15位の席の方へと顔を向ける。
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しかし、ジウの答えは呆気ない。
「何を仰っているんです?…第15位のメフィス様でしたら、誰よりも早く、この特設会議室へとお越しいただいますが?」
「何だ。TOP19などと大仰な扱いをするから、全員、それなりのレベルにあるのだと思っていましたが…彼には、この程度の気配も読めないのですね…ジウ?」
その「この程度の気配も読めない」者が何人いるかわからないのに、その者たちを目の前にして一切の気遣いを見せずに第1位左端が侮蔑の色を込めてジウに問う。
「そう仰るものじゃありませんよ。左端。人には得手・不得手というものがあるんです。彼には偶々、気配を読む能力が乏しいだけで…他の能力が、ひょっとすると君よりも優れているかもしれないのですから…」
「玄武。よく見てみろ。いや。目で見えぬのなら…心で感じるのだ…そなたの隣に、メフィス殿は…既に座しておられる」
斬り捨てるような左端の言葉を、優しく宥めるように玄武たち「読めない」者全員を庇う発言を見せたのは第6位のベリアル。
直接、玄武に対して心眼で確認するように助言を与えたのは、玄武と同じギルド「四神演義」に所属する第11位の青龍だ。
青龍の助言は玄武に対するものだったが、それを聞いた他の「読めない」者たちも目を凝らし…そして必死に気配を探る。
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残念ながらヴィアは「読めない」方の一員だった。悔しそうな表情を隠しながら…自分の相棒に囁きかける。
「ジーパン。お前は気づいていたか?…悔しいが、俺にはさっぱりだ」
「ふん。僕にもさっぱりさ。…でも、別にいいじゃないか。気にするコトはないよ」
「馬鹿野郎。見えない、気配も読めない…そんな相手と戦ったら、一瞬でやられちまうんだぞ?」
「…だから?…今日は、自分たちより強い奴の顔を拝みにきたんだろう?…お前が言ったんじゃないか。敵を知る者は…何とやらってさ。良かったじゃないか…今、僕たちは、この程度…ってことが分かってさ」
全く動ずることのないジーパン。ヴィアは、またしてもジーパンに驚かされる。
ただ、自分とジーパンを重ね、明日をも知れぬ自分の未来を託す相手と考えていたヴィアは、余りにも自分よりも大物ぶりを見せるジーパンに若干、違和感を抱いていた。
…が、ジーパンの足下を見ると、上半身を全く揺らすことなく…超高速で激しく上下する彼の足に気づく。いわゆる「貧乏揺すり」…というやつか?
おそらくジーパンも内心では相当にイライラとしているのだろう。彼の気質からすると、おそらく耐え難い屈辱を感じているハズなのだ。
「協議会が終わったら…さっさと帰って、存分にタウン・アタックに繰り出そうぜ」
ヴィアは、少しだけ安心してジーパンに囁きかけた。
前を向いたまま、黙って頷くジーパン。二人の結束はまたより強く固まった。
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「メフィス様。別に禁止される行為ではありませんが…戸惑っておられる方もお見えになるようですので…」
ジウがメフィスの方に向かって頭を下げる。
すると、スーっという効果音でも聞こえてきそうな感じで、メフィスの姿が第15位の座席へと浮かび上がる。
「…いやぁ…皆さん。おはよう。別に隠れていたわけじゃないんだ。早く来すぎてね。待ちくたびれてウトウトしちゃってさ。性分でね。普段から環境警戒レベルを最高レベルに設定してるんでね。ウッカリ寝たら、自動的に結界防御モードのステルス機能がオンになっちゃったみたいだ…あたたた」
不自然な格好で寝ていました…的なアピールなのか、凝った首や肩をほぐしながら、メフィスは惚けた顔で言い訳をする。
「いやぁ~。しかし、最高レベルの結界防御…ステルスを、いとも簡単に見破っちゃう人が…ひぃ、ふぅ、みぃ…こんなに沢山いるなんて、やっぱりTOP19に選ばれる人たちってのは…怖い人が多いんだね。良い勉強になったよ」
爽やか…そうな…口調で語るメフィス。
だが、「読めない」面々からすると嫌味にしか聞こえない。
玄武は、目をパチパチと何度も開け閉めして、今まで誰もいないと思っていた隣の席に、何事もないように自然に座っているメフィスを二度見…三度見と確認していた。
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姿を現したメフィスは、性別不明のとにかく手も足も体も…全てがひょろ長い…という印象のPCだった。口元は柔らかく微笑んでいるようにも見える端正な顔立ちなのだが、その目を覆う「-●●-」という記号の羅列にそっくりなサングラスを掛けているため、その表情は読みづらい。
とにかく曲者だらけのTOP19。
お陰で、なかなか本題の協議が始まらない。
「アスタロト君は、別室から呼んでくればいいのだろうが………ジュピテルとユノ君は、本当に欠席のままで協議を始めるのかな?」
ベリアルが穏やかな声で発言する。
全く嫌味成分を含まない彼のトーンに、他の者たちは特に反応を示さない。黙って、彼と同様にジウの方を見るだけだ。
柔らかなベリアルの問いかけに、ジウも素直に言葉を返す。
「…ええ。出来れば我々も、お二人には出席していただきたいのですが…」
「なるほど。先ほどの理由からすれば…ユノ君さえ出席するように説得できれば、ジュピテルはすぐにでも飛んでくるように思うのですが…間違いありませんね?」
「はい。さきほど申し上げたとおりです。しかし…ユノ様の本意は…おそらくジュピテル様にお会いになりたくない…のではないかと…」
「そうですか。では、彼女に参加するよう私が説得してみますから…そうしたら彼女と私の座席を交代してもよろしいですか?」
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ユノを知る古参のプレイヤーたちは、彼女がジュピテルの元を去った経緯を知っており、彼女が決してジュピテルの隣に座ることは有り得ないだろうと承知している。
だからベリアルの申し出には相応の理由があるのだ。
「…まぁ…皆さんの席順は、便宜上…ランキングの順番に並べてあるだけですので…皆様がそれを気になさらないのであれば…こちらとしても構いませんが…」
ジウが全員を見回して念のため確認をとるが、当然、誰も反対する者はいない。
ベリアルもゆっくりと全員の様子を見回して満足そうに頷くと、両眼を閉じて何かを念じるように黙り込んだ。
おそらくはショートメッセージか何かをやり取りしているのだろう。
皆が黙って見守る中、ベリアルは徐に両眼を開き、穏やかな笑みを浮かべて報告を始める。
「褒めて下さい。ユノ君の説得に成功しました…ジュピテルには?」
「…え?…あ。あぁ…ありがとうございます。ジュピテル様には、システム側から連絡を取らせていただきましょう。…しかし、どうやって説得されたんです?」
ジウは信じられないほど簡単に説得に成功したベリアルに、礼を告げながらも首を傾げて不思議そうに疑問を投げる。
「ふふふ。誰にでも弱点はあるものです。ユノ君には…ひょっとしたら少し、嫌われてしまったかもしれませんが…」
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程なく…ベリアルの隣の空間が揺らぎを見せ、空間中に漂う光の粒子が一瞬の後に人の姿へと結実する。仕様上困難なハズの初めての場所への転移魔法を…軽々とこなす。
第5位のTOP19。ユノだ。
美しい黒髪。ファッション系サイトのトップ画面からから飛び出してきたようなスタイルの良い体。特にそのチャイナドレス風の衣服の胸の辺りを、内側から猛烈に押し上げているような豊かな胸は、男性PCの視線を奪わずにはいられないだろう。
その顔立ちも整って………いる…と思われるのだが、残念ながらその美しい形をした顔の上部には、帯を巻き付けたかのような目隠し…アイマスクのようなものが装着されていて、その美しく輝く瞳だけが開けられた開口部から覗いていた。
何らかの事情で顔を見られたくないようだ。
「…き、君という男は…き、汚いぞ…やり口が…」
「ふふふ。いつまでも隠し通すことはできないんですよ。それなら、逆に姿を晒しておいた方が…まだ、誤魔化しが効く…というものです」
「くっ………座席を交代してくれるのだったな…いいだろう。今回は、それで手を打ってやる。…しかし、絶対に秘密は守れよ!」
「あは。守りますよ。ですが…その妙な覆面は何なんです?」
「…げ、幻影魔法を使おうかとも思ったが…そ、それではジュピテルが納得しないだろう?…偽者だの何だの騒がれて…不要なことまで吹聴されるのが嫌なんだよ。き、急に脅迫めいたコトを言って呼び出した、き、君のセイだぞ」
ユノは、現れると同時にベリアルへと猛烈に抗議し、当然だといわんばかりにベリアルを第6位の席から第5位の席へと追い立てて、自分は第6位の席へと座る。
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「駄々をこねて遅れておきながら、詫びの一つも無しかよ?」
聞こえるように悪態をついたのはヴィア。彼は遅刻には厳しいのだ。
その指摘に、やっと自分の立場に気づいたのか、ユノは顔を真っ赤に染めて立ち上がる。
そして体を大きく折り曲げ、素直に詫びの言葉を口にする。
「す。済まない。私のせいで、君たちを待たせてしまったんだな。しゃ、謝罪する」
「………」
ギルド「四神演義」のメンバーたちは、かつてユノに救われたことがあるため最初から好意的な目でユノを迎えている。他にもユノの人柄を知っている者は、そもそも彼女を避難の目で見ることはしていない。
そして、直接、非難したヴィアも、ネチネチと責めるような気質ではない。
素直に謝罪したユノに、それ以上は何も言わずに視線をそらす。
それで、ユノに対して数人が抱いていた非難の念は、消失した…かに思われたのだが、その直後に投げられた何者かの言葉で、その雰囲気は台無しになる。
「低レベルの猿が………俺様のユノに悪態をつくとは…赦しがたいな…」
一度は非難の視線を逸らし納めたヴィアが、弾かれたように再びユノの方を見る。
いや。正確に言えば、彼が睨みつけたのはユノの席より2つ…向かって右側の席。
直前まで空席だったその第4位の席には、ずっとそこにいたかのように深々と、そして堂々としたくつろいだ姿勢で、一人のPCが座していた。
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第4位のTOP19。ジュピテルだ。
彼も、当然のように初見のハズの特設会議室へ転移してきた。実力は計り知れない。
クルクルと小さめのウエーブでカールした肩までかかる黒髪。整った目鼻立ちは、ギリシャ神話かローマ神話をモチーフにしているのだろう。鼻梁もスッキリとした端麗な顔をしている。第8位のレイたち程ではないが、左肩で留めたゆったりとした衣を纏うのみで肌の大部分が露出している。防御力に相当の自信があるのか、防御する必要が生じないと高を括っているのかどちらかだろう。
しかし、彼の特徴は、そんな容貌を語る必要はないほどの…ヒトを見下した…その表情に全てが集約されているだろう。
同じ高さにある座席であるのに、彼の座り方…下半身を投げ出し、上半身を極端にまで傾けたその座り方は、むしろ目線の高さが低くなるハズなのに、その目つきが余りにも見下すような形に歪められているために、見る者全員に等しく不快感を与えている。
わざと…その様に振る舞っている…なら、それは凄い才能であるし、無意識にこれだけの不快感を与えてしまうのであれば…それはもの凄い素質であると言える。
この特設会議室内では、一切の戦闘行為がシステム的に無効化される…とジウが宣言しているにも関わらず、白虎を筆頭に気の荒い何人かは殺気を隠すことができない。
しかし…その時。
「やぁ。ようやく全員がそろったようだな。ようこそ。私の手の平…じゃなかった…失礼…箱庭の中へ!」
頭上から…ジュピテルをも上回る傲岸不遜な声が降ってきた。
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全員が天井…に開けられた窓…を仰ぎ見る。
当然、そこには第16位のマックスの巨大な目があるのだが…マックスの声を聴いたことのある者は無く、彼のGOTSSであるラップやディンも不思議そうな顔でマックスを見上げている。
「あははははは。彼はそんなに人から注目されるのが得意じゃないんだ。可哀想だからマックス君に熱い視線を贈るのは止めてやりたまえ。彼は私じゃないよ…私は」
「ク…クリエイター?…どういうコトです…こ、これは?」
ジウが驚いたような声を上げる。
無表情がウリ?…で、ひとを驚かせることはあっても、なかなか驚く姿を人前で見せることがないジウ。
しかし、そのジウの驚きは、誰の目にも嘘や偽りであるようには見えなかった。
それだけに、その場の全員は理解する。この、クリエイターと呼ばれる男の突然の登場。それは、システム側の担当者であるジウすら承知していなかった、予定外の乱入であると。
「いやぁ。愉快、ゆかい。ジウ。お前も、なかなか良いリアクションができるようになってきたじゃないか?…やはり、お前の愛しの<彼>の影響なのかな?…奇妙な同居を始めたそうで…羨ましい限りだよ」
「ま…また、そ、そういう誤解を招くような…」
焦るジウと笑うクリエイター。これから何が始まるか予想出来る者はなかった。
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次回、「議題なき協議会<3>(仮題)」…又は「クリエイターの狂気(仮題)」へ続く…
※なかなか協議会が始まりませんが、一癖も二癖もあるTOP19たちを描写することは、今後の展開にどうしても必要だと思って書きました。それを上回る曲者クリエイター氏の乱入による急展開…構想だけは完成していますが…面白く文章化できるのか…いま、色々と検討中です。短く終わるはずだった第2章ですが、もうしばらくお付き合いください。