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(19) 議題なき協議会<1>

・・・


 「何だい?…アイツは?…何の威厳も感じられないじゃないか」


 ジーパン…こと、リーヴァイス・アッサムは、指定された自分の席に座ると同時に、自分の相棒に向かって不機嫌そうにこぼした。

 彼の暗い瞳が、両方とも右方向に大きく寄せられて睨みつけている相手は、TOP19(トップナインティナー)ランキング第1位…ディ・左端・アモンだ。


 「馬鹿野郎…。ああいう、『如何にも普通です』…っていう感じの野郎が、『如何にも強者です』…っていう連中が集うこの場所で、力むことも、息巻くこともなく、普通にしてられるってコトが…どんだけ異常なコトか…。お前には分かんねぇか?…俺は、少なくとも、アイツとだけは…喧嘩したくねぇ…って、そう思うぜ」


 純粋な戦闘力や経験値からすると、相棒のジーパンより遙かに上に位置するヴィア…こと、リ・ヴィア・3は、ジーパンの後ろに設けられたゲスト用の椅子から身を乗り出して、ジーパンの後頭部を小突きながら答えた。


・・・


 今日のこの協議会は、一応、TOP19による協議の場であるため、特設の会議室に用意された長方形の大机には、全部で20席が並べられている。テーブルの長辺に9席ずつ、そして短辺に1席ずつ。それで計20席だ。


 だから、TOP19であるジーパンは、机に面した立派な椅子に案内されたが、その相棒のヴィアはTOP19では無いため、彼の背後に用意された簡素な予備席に座らされている。ヴィアの前にはテーブルは無い…が、このデスシム世界では、肉筆で文字を書くこともなければ、紙媒体での配布資料などがあるわけでもない。だから、机が無くても別に困ることはない。…ただ、少し落ち着かないだけだ。


 他のTOP19も、ジーパンたちと同様にそれぞれのGOTOSやGOTSSを同行して協議会に出席する予定のようで、各座席の後ろにはヴィアの席と同様に簡素な予備席が1つ…乃至は2つ用意されている。


 GOTOSとは、『Guide of the opposite sex.(異性のガイド)』。とすれば、GOTSSが同性のガイドを表すことはお分かりだろう。先ほどからヴィアのことを「ジーパンの相棒」として表現しているが、この世界のルールに従えば二人の関係はGOTSSとすべきである。だが、ジーパンもヴィアも、自分たちの関係を表すのは「相棒」という言葉の方が相応しいと感じているのだ。


 ジーパンが暗い視線で睨みつけているにも関わらず、その視線を受けている左端は、全く意に介する風もなく、腕を組んで目を閉じ、ジーパンから最も遠い机の短辺に1席だけ設けられた豪奢な椅子に、深々と体をあずけて瞑目している。


・・・


 「ふん。お前は案外と気が小さいんだな。あんな奴、どうせ、ちょっとばかし僕たちよりも早くサインインしただけの古参PCに過ぎないよ。どうしたって、このMMORPGってやつは、少しでも早く始めたユーザーが有利に出来てるからね」

 「そりゃ…そうだが…。ソレじゃ、ソレこそ俺たちにゃ、勝ち目がねぇ…ってコトになるぜ?…何で、お前はそんなに余裕をカマしてるんだ?」

 「…あんな澄まし顔のスマートな連中に、【タウン・アタック】が出来るような覚悟のある連中はいないさ。すぐに、大量の経験値を稼いで、アイツらが大きな顔を出来ないようにしてやるんだよ」


 ヴィアは、ジーパンの背中をまじまじと見る。

 気負いは無い。実力的には未だに自分より遙かに下のジーパンだが、時々、今のように剛胆な態度と発言を見せてヴィアを驚かせる。


 「…良かったな。ジーパン。このデスシムが【タウン・アタック】OKな仕様を採用していてよぉ!」

 「ふん。NGならNGで、他に手を考えるさ。僕の目的は最強となって、怯え竦むアスタロトの奴を、ゆっくりと嬲り…消滅させてやることだからね。手段なんて何でもいいのさ…」

 「だが…そのアスタロト先生は、古参かどうかで言やぁ…俺たちより遙かにパッと出の新人君だぜぇ?…アイツぁ、まだ内部時間で1ヵ月も経ってねぇって話だ」

 「ふん。なら…なおさらだ!…アスタロトに出来て、僕に出来ないコトなど無い!」

 「ははは。頼もしいぜ、相棒!…だが、実際…奴はどうやってアレだけの強さを手に入れたんだろうな?…大量にCP課金でもしたのか?」


・・・


 「…さぁね。アスタロトが、そんなに金持ちだったとは知らないな。他のシムタブ型MMORPGで、アイツが課金武器とか…防具とか…手にしてたの…記憶に無い」


 こんな感じに二人の話題の的となっているTOP19第7位のアスタロト。

 しかし、ジーパンの右斜め前ほどの位置に座るハズの彼は、まだ特設会議室に姿を見せていなかった。


 今のところこの部屋にいるのは、TOP19の同伴者も含めて10人程度。


 ランキング順に言えば、まず第1位の左端。ジーパンたちより先に来ていた彼は、さっきからずっと瞑目したまま。彼の後ろには誰もおらず、椅子も用意されていない。


 そして、ジーパンとは逆側の長辺。その最も遠い端に座るのは第2位のフー。そのPCは光の加減によって少しだけ栗毛のようにも見える艶やかな黒髪を持っている。女性の様だが、ジーパンには華奢な上半身の他は、その黒髪でしか判断できない。何故なら、彼女はジーパンや他のTOP19には一切興味がないといった様子で、ずっと第1位のTOP19である左端の方を向いているから。フーの後ろにも席は無い。


 その隣、第3位と第4位、そして第5位の座席は未だに空席。


 第2位フーから3席開けて、第6位の席には…


 「…なぁ…ジーパン。アイツ…あの6位の席の奴…さっきから居たか?」


・・・


 ヴィアがジーパンの背中を突きながら、右斜め前辺りの席を顎で指し示す。

 この特設会議室の出入り口は2つ。一つは、第12位の席の後ろ辺り。もう一つはジーパンたち…第18位の席の後ろ辺りにある。いずれも、大机のジーパンたちの側の長辺に面しており、第6位の席へは大机をぐるっと回り込まなければ辿り着けない。

 自分たちの後ろから入ったなら気配に気づきそうなものだし、もう一つの出入り口から入ったなら、今まで二人が睨みつけていた話題の第1位の後ろを通らなければならないハズで…どちらから入ったにせよ、ヴィアが気付かないということは無いと思うのだが…。


 「んん?…いや。さっきは空席だったと思うけど…。それが、どうかした?」

 「どうか…って、お前、アイツが部屋に入ってくるところ…見たか?」

 「見てない。特に、興味も無いし」

 「…ふぅ。俺は、お前の…そういう肝の据わった無神経が…時々、羨ましくなるぜ」


 しかし、第1位の左端にしても、この第6位の男にしても、何というか…強い…というオーラを全く感じさせない華奢なPCだ。ヴィアは何気なさを装って、第6位のアル・ベリアル・リアルを観察する。

 協議会…という堅苦しそうな会議に出席するためのチョイスなのか…黒いスーツを几帳面に着こなした年齢不詳、平均的身長体重の男性型PCで、そこそこに整った顔立ちをしている。無表情…のように見えて、よく見ると常に笑っているような目元や口元をした柔らかい印象…優しそうで、誠実そうな…誰からも信頼されるであろう容姿。

 それは、悪の権化を自認するヴィアから見てさえ、そのように思えるのであるから不思議だった。他人に対して敵意しか持てないジーパンですら、ベリアルを見ても特に何も悪態をついたりしなかった。左端に対しては、威厳が云々と陰口を叩いていたのに…


・・・


 ヴィアの視線に気づいたのか、ベリアルが微笑みの色を少しだけ濃くして、ジーパンたちの方に向かって会釈した。ヴィアは、思わず会釈を返してしまってから我に返ったが、自分の前に座るジーパンも自分と同じように会釈を返しているのに気づいて、何やら落ち着かない気持ちになった。

 何だか、あのベリアルには調子を狂わされる。ヴィアは、好意へと傾きかけるベリアルへの感情を、気合いを入れて押しとどめる…という奇妙な努力をしなければならなかった。ジーパンは、この妙な感覚をどう感じているのだろうか?…気になったものの、前を向いたままのジーパンの表情は確認できない。

 ヴィアは意識を無理矢理にベリアルから引き離し、第7位の席へ視線を移した。


 第7位。

 ジーパンとヴィアの暗き復讐心の対象。アスタロトが座る席だ。

 だが、アスタロトはまだ来ていない。

 彼が座る予定の席の後ろには、予備の椅子が2席用意されている。


 第8位の席には、露出狂?の男と、その肩に後ろから腕を回して抱きついている…同じく露出狂の女がいる。レイとヴィーだ。その後ろにも、もう一人控えているようだが、余りにも露出狂の二人が目立ちすぎて、もう一人については観察が及ばない。


 第9位。ジーパンの真向かいの席には、座高の異様に高い男が座っている。ネフィリムである。ヴィアは、この特設会議室に入場した時にも、あまりの威容に軽く仰け反ったのだが、今、視線を向けても、思わず仰け反りそうになる。

 頭部だけは普通の大きさのネフィリムは、左端同様に瞑目して微動だにしない。


・・・


 そして第10位は、鬼丸。5等身の小柄なPCだ。

 隣のネフィリムが巨大なだけに、鬼丸の寸足らずさは余計に際だって見える。

 頭でっかちの童顔で、手足も短く、まるでオモチャの様な体型だ。しかし、オモチャにしては多少筋肉質に過ぎて、可愛らしいというより滑稽だ。椅子に座ると顔しか机の上に出ないためだろうか…彼だけは大机の上に直接、チョコンと胡座をかいていた。


 ここまでが、大机を挟んでジーパンたちの向かい側の長辺だ。

 ジーパンたちと同じ側の右手。第1位の左端の方へと戻った、右端の席が第11位。

 しかし、その第11位と隣の第12位の席は未だ空席だ。共に予備席は用意されていないので、同伴者はいなさそうだ。


 そして第13位はマコト。

 なかなかの美丈夫で、良い体つきをしている。しかし…何なのだ?あの肌の色は?…ヴィアは、斜め後方から肉付きの良いマコトの背中を眺めて眉をひそめた。イシュタ・ルーのような感覚派ではないヴィアには、「青黒い」などという表現は思い浮かばなかった。それよりも、そのマコトの後ろでヴィアの視線は止まる。

 ヴィアと同様に、予備席に座る美しい女性。角度的に、どうしても横顔しか見ることが出来ないが、鼻筋から上唇、そして下唇から顎にかけてのライン…見事なまでに理想的な造りをしており、一言で表現すれば「神々しい」となるのだろう。光輝くように見える彼女に、柄にもなく一目惚れでもしてしまったか…と焦るヴィアだったが、よくよく見れば本当に金色に輝いている。マコトと同様に特徴的な金色の肌を持っている女性は、マコトの妹…という設定?のシンジュだった。

 時々、振り返って何か言うマコトに、嬉しそうな笑顔を向けて囁き返している。


・・・


 そこからジーパンたちの席までの間、つまり第14位から第17位までの席は、今のところ空席のままだ。


 (少し…早く着きすぎたか…?)


 悪逆非道、不良の極みを気取るジーパンとヴィアだが、二人とも案外、生真面目な性格をしていたりして…「遅刻するような奴は、最低だぜぇ!」的な勢いで開始10分前を狙って特設会議室へ入室したのだ。

 だが、これだけ空席があるのを目にすると、全員が揃っている所へ…「待たせたなぁ~」的に与太りながら悪びれもせずに入室してきた方が、悪の大物っぽかったか?…と、これまた生真面目に一人反省会に耽るヴィア。

 もっとも…最初は参加を渋っていたジーパンが、「彼を知るものは…云々」というヴィアの挑発に乗った以降は、えらく積極的になってしまい「先に着席して、協議会が始まるまでの素の様子を観察することこそ知の極致だ!」と張り切ってしまったので、遅れてくることなどやはり不可能だったのだけれど…。


 そんなコトを考えていると、背後の出入り口からジーパンたちの左側の席へと近づく気配を感じた。

 自分たちの左側の席。それは、今日、ここに集まるTOP19のうちで唯一、ジーパンよりもランキングが下位である第19位の席だ。

 賑やかというより騒々しい感じで囀りながら席へと向かう女性PC二人を、左一杯に寄せた視線だけで見下すように見遣ったヴィア。何でコイツらが?…TOP19に選ばれたのか?…強さの欠片も窺えない二人の様子に、ヴィアは心の中で首を捻った。


・・・

・・・


 「………カ………カ…カ…カミちゃん………」


 第13位のマコトとはまた違った種類に青ざめた顔色で、ガクガクブルブルと震えながら、第19位のTOP19…カミ、ことアーマー・テーラーズの防具の裾を握りしめているのは、彼女のGOTSSであるミコト、ことスーザン・ノースだ。


 「何だよ?ミコト。そんな風に防具を引っ張ったら歩きにくいじゃないか」

 「で、で、でも…な、何か…こ、恐そうな人が、い、いっぱい…いるよ?」

 「何を今更?…ここにいるのは、全員、俺たちよりランキングが上の人ばかりなんだぞ?…って…アレ?…おい…ミコト。アンタ、目を閉じてるじゃないの!?」

 「うぅ…だ、だって、もう雰囲気が恐いんだもん!」

 「全くもう!!…世話が焼けるわね。アンタは…。ほら、ココがアンタの席だよ。座って…あ。すいませんね。騒々しくって…俺はカミ。こっちはGOTSSのミコトです。若輩者ですが…よろしく!」


 カミは、目をギュッと閉じて開けようとしないミコトを自分の席の後ろの予備席へ座らせてやりながら、隣で迷惑そうに睨んでいる第18位のジーパンとその相棒ヴィアにペコリと頭を下げて挨拶をした。

 ジーパンは興味無さそうに鼻を鳴らしてそっぽを向き、ヴィアは舌打ちをしながら気まずそうに…やはりそっぽを向く。

 愛想のない二人に少しムッとしながらも、カミは自分の席へと腰を落ち着けた。


・・・


 「ミコト。おい。いい加減、目を開けて見てみろよ。隣のお兄さんたちは、ちょっと恐いけど…他の人は思ったより恐い感じの人は少ないよ」

 「そ、そんなコト言って、カミちゃん。また、私を騙そうとしてるんじゃないの?…目を開けたら…泣いちゃうぐらい恐い人とか…いるんじゃない?」

 「何だよソレ?…俺がいつアンタを騙したのよ?人聞きの悪い。…嘘なんかついてないわよ。一番向こうの1位の人なんて、何だか気弱そうな感じだし。6位の人も…何か穏やかに微笑んでる?って感じで…悪い人じゃなさそうだよ。俺の向かい側のオジサンなんて、何か笑っちゃいそうなぐらい、可愛いらしいし!…あはは。机に座ってる?アレ?」


 怖い者知らず…というか何というか。

 カミは、自分より遙かにランキングが上の強者である鬼丸の姿を、コトもあろうに指さして、声を憚ることもなく笑った。

 それも心の底から楽しそうに笑うので、恐怖にすくみ上がっていたミコトも、ついつい恐る恐るといった感じで目をあける。

 ミコトの目の前に見えるのは…当然のことながらカミの背中だ。

 だから当然、その丁度反対側にいる5頭身で小柄な…カミの笑いの対象である鬼丸の姿は、彼女の体に隠れてミコトからは見えない。

 その代わりに、ミコトの視界に飛び込んできたのは…。


 「ひっ………ひゃぅあぅああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!…カ…カ……カミちゃんの嘘つきぃ~~~~~!!!」


 意味不明の叫びを上げて、ミコトは反射的に仰け反った勢いのまま椅子から転げ落ちる。


・・・


 角度的に死角となっている鬼丸の代わりにミコトの視界を埋め尽くしたのは、超巨大な巨人…ネフィリムの威容。重複表現であることを承知の上で、それでもやはり超巨大な…という形容詞を巨人の前に付けてしまうほどの威圧感。何故、アレだけの巨躯を誇る彼が、第1位の席に座っていないのか不思議なほどだ。


 「こ、こ、これ以上…無いぐらい怖い人いるじゃんよぉ!!…嘘つきぃ!!」


 辛うじて後頭部は打たなかったものの、強かに背中や腰を打ち付けて涙目になりながら、ミコトは仰向けに倒れたままでカミに抗議する。


 「あ?…あぁ…アンタ、あっちの巨人さんを見ちゃったのね。でも、よく見なよ。あの巨人さん、結構、優しそうな目をしているよ?」

 「もう!…見ないモン!本当は、お呼ばれしてるのはカミちゃんだけなんだから。オマケの私は、別に何も見なくったって良いんだモン!」

 「お前ら…うるせぇぞ!…少しは、遠慮しやがれっ!」


 カミとミコトがじゃれ合って?いると、その騒がしさに堪りかねてヴィアが苛立たしげに恫喝した。同時にジーパンからも舌打ちが聞こえて来て、それでやっと二人は自分たちが場違いにはしゃいでいることに気づく。

 シュン…として起き上がろうとしたミコト。その時、彼女の頭上から声が掛かる。


 「いやいや。元気があって宜しい。我が輩は、出来ることなら貴君等のような元気ある者たちを、是非、我がギルドのメンバーにお迎えしたいぐらいであるよ。お嬢さん」


・・・


 倒れているミコトの顔を、覆い被さるように覗き込む角張った顔。

 ヴィアの背後にある出入り口から、今、新たに特設会議室へと入室してきたのは、TOP19ランキング第14位の玄武だ。

 異様に太い眉毛と不自然なまでに強力な目ぢからを持つ玄武は、その声も不必要なほど大きい。声を掛けられたミコトは、ビックリして言葉もなく竦み上がり…ジーパンは再び舌打ち。ヴィアも「また…さらにやかましい野郎が入ってきやがった…」と苦々しい顔をしている。

 ほとんど「硬直」と言って良いほどに固まってしまったミコト。

 その彼女を救ったのは、青龍の背後から続けて入ってきた3人のうちの紅一点。ランキング第17位の朱雀だった。


 「あっ!…ミコトちゃんも来てたんだぁ…。カミちゃんも久しぶりぃ~!…もしかしたらって思ってはいたけど、二人に会えて、スー、やっぱり嬉しいよぉ!」

 「わぉ。スーちゃんじゃん!お久ぁだねぇ!何?何?…もしかしてTOP19の朱雀って…スーちゃんだったのぉ!?」


 懐かしい友だちとの再会で、気を取り戻したミコト。朱雀に手を引いてもらって、やっと立ち上がる。


 「う。うん。あのね。スー。この青龍さんたちとギルドやっててね…いざって言う時は助け合ってるから…きっと、それが理由?…なのかなぁ?」


 朱雀は曖昧に笑うと、自分と共に入室した同僚、白虎と青龍を振り返る。


・・・


 「けっ!…知るかよ。邪魔だ。オラ。そこ、どけ!」


 朱雀の問いかけに、同意どころか否定もせずに、ただ悪態だけをついて自席へと向かうのは第12位の白虎。白い獣毛に縁取られたノースリーブの戦闘衣から伸びる浅黒い締まった腕を、ミコトを威嚇するように突き出して道を開けさせる。

 その威圧に、またしても涙目になって怯えるミコトは、知人のTOP19である朱雀の背中に隠れようとしたが…その朱雀も同様に涙目で怯え、何故かミコトの背後に身を隠そうとするため、お互いに片胸を押しつけ合うような奇妙なせめぎ合いとなり、何とも艶めかしいワケの分からない状態になっていた。


 その二人の前を、無言で通り過ぎるもう一つの人影。

 かなり大柄な体であるにも関わらず、体重を感じさせない流れるような足運びで自席へと向かうのは、ギルドメンバー中で最高位の第11位、青龍だ。

 見事なまでに気配を最小化しており、修行僧の様にも忍者マスターの様にも見える。お陰で、青龍に対してはミコトも大きな恐怖を抱かずに済んだ。

 白虎と青龍が着席したのを見計らったように、再び玄武がミコトの前に四角い顔をニュッと覗かせて、場違いな程の高いテンションで唐突に話を元に戻した。


 「ほう。朱雀くんの話していた『東端龍とうたんりゅう』のご領主、カミ殿とその従者のミコト殿とは、貴殿たちであったか。なるほど、なるほど。うん、うん。なるほど!」


 何が「なるほど」なのか、全く不明だが、嬉しそうに何度も頷いている。


・・・


 はて?…今、このオッサンは何を言った?…ミコトの狼狽ぶりを冷ややかに見守っていたカミだったが、玄武の言葉の中に身に覚えの無い内容が含まれていたため、眉根を寄せて顔中で「ハテナ?」を表現しながら聴き返した。


 「あん?…誰が東端龍の領主だって?…俺は、領土なんて全然持ってないわよ?」

 「ムムム。ナンとな!ご領主ではあられぬとな!?…朱雀くん?…先日、貴殿がそのように発言したと記憶しているものであるが…我が輩は、説明を要求する!」


 玄武の視線につられて、カミとミコトの視線も朱雀に集中する。

 アワアワと両手をバタつかせて焦りながら、朱雀は玄武に反論する。やはり涙目で。


 「す、スーは、カミちゃんが領主だなんて、ひ、一言もいってないもん!」

 「ナンとな?…しかし、あの時確かに…」

 「朱雀は、東端龍にカミ殿とミコト殿が『いる』と発言しただけだ。また、早とちりしたようだな…玄武」


 二人が言い争いに突入する直前の絶妙なタイミングで、据え置き型のパワード・サブウーファー…ではなく…青龍が野太い低音で朱雀を擁護した。ギルドのリーダーは玄武に違い無いようだが、発言の重みは青龍の方が勝っているようで、青龍の言に従い玄武も自らの記憶を辿るような顔つきをする。


 「なるほど………青龍殿のおっしゃるとおりだ。朱雀殿は、確かにそう発言したようであるな。我が輩の勘違いである。朱雀殿、謝罪を受け入れてくれるであろうか?」


・・・


 玄武の切替は早い。リーダーだけあって、非を認めた後の潔さは大したものだ。

 しかし、そういった美徳を、玄武は空気の読めないお喋りでいつも台無しにしているのだ。そして、今もまた、謝罪の直後だというのに余韻も何もなく、すぐにカミに体を向け直して問いかける。


 「ふぅむ。しかし、カミ殿。領土を全く持たぬとは真であろうか?…その防具、薄手に見えてかなりの防御力を誇るとお見受けするが…さぞかし高額であろうに…」

 「ほ、ホントだ!…か、カミちゃんだけでなく、なんか良く見るとミコトちゃんの防具も、なんか…あっちこちピカピカ光ってるし…凄く手の込んだ造りになってるし…。ねぇねぇ…コレ…どうしたの?…カミちゃんもミコトちゃんも…そんなにお金持ちじゃなかったよねぇ?」


 玄武の問いに、朱雀も乗っかって来た。

 特設会議室の中は、彼ら以外に無駄口を叩いている者はいない。

 そのため、玄武と朱雀の問いが耳に届いた全てのTOP19たちが、その問いにカミたちがどう答えるのか…平静を装いながらも内心は興味津々で耳を澄まし、何人かは視線をおくっている。

 玄武は純粋に単なる興味から聞いたようだが、ヴィアが先ほど感じたように、強さの欠片も感じられないカミとミコトが、どうしてこの強者だけが招かれた協議会の客となっているのか?…他のTOP19たちも疑問に感じていたようである。

 その疑問を解く鍵が、どうやら彼女たちの身に纏う防具にあるようだというヒントが玄武の口から提示されたため、皆、無意識にカミの答えを待って沈黙する。

 その沈黙の圧力にオドオドするミコトとは対照的に、カミは何事もないように答える。


・・・


 「あぁ…これ?…うひひ。良いでしょ!…アスタロトって奴から貰ったんだ!」


 その瞬間。

 その言葉をキッカケに、会場内の空気が一変した。


 (アスタロト?)

 (…アスタロト…)

 (あの…例の領土争奪戦の?)

 (今回のメジャーアップデートの内容の考案者か…)


 実際に、そのような言葉が囁かれているワケではないのだが、一人一人の表情を読み解くと、おそらくそのようなコトを脳内に思い浮かべているに違い無い。


 「…はゃぁ~。こ、これ二人ともの?…ぜ、全部?…っていうか、その人、カミちゃんの彼氏なの?…サイズとかピッタリじゃんよ…みつぐくん?」


 朱雀のその感想に、またしても室内の空気が反応する。


 (貢ぐクン?)

 (アレを…貢いだのか?)

 (BWH…体のサイズを隅々まで…知り尽くした仲…ってことか!?)


 これまた沈黙のままだが、各々の表情がそのようなコトを考えていることを窺わせる。


・・・


 しかし、カミはそういう雰囲気に無頓着な“俺っ子”である。

 そんな視線を浴びる中でも平然と答える。


 「ん…。いや。コレを貰ったってワケじゃなくて、こんなのを幾つ買っても使い切れないぐらいの大金がチャージされたCPウォレットを貰ったんだよ」

 「ほぇ~っ!!…す、凄い大金持ちの…太っ腹なんだねぇ~。そのアスタロトっていう人は~…」


 カミと朱雀のやり取りを、その直ぐ横で聞いていたジーパンとヴィアは、忌々しげに舌打ちをする。


 (ちっ。なんだよ。アスタロトの野郎は…結局、金持ちのボンボンかよ?)

 (はん。ってことは何か?…アスタロトは、今回、金で強さを買ったってことか?)


 話に盛り上がる女性2人の高評価とは真逆に、ジーパンとヴィアはメラメラと心の中で黒い炎を燃やす。以前から「いけ好かない奴」と思っていたが、たった今、2人の中でアスタロトは「超~いけ好かない奴」へと昇格を果たした。

 完全に誤解なのだが…。それはジーパンたちには分かりようが無いコトだ。まだ、「金で女(心)を買った…」と言われないだけマシなのかもしれない。


 「いいなぁ~。スーも、それ…欲しぃ~かもぉ…」

 「ん?…スーも欲しいのか?…ミコト、ウォレットの残高、まだ大丈夫か?」

 「えぅ!?…か、カミちゃん…ら、ライバルさんにプレゼントしちゃうの?」


・・・


 「ライバル…って…。何言ってるんだ。スーは友だちだろぅ?…まぁ、残高が残り少ないなら…仕方ないけど」

 「ざ、残高なら…まだ、使い切れないぐらいに…残ってるけど………いいの?」


 大雑把なカミに対して、ミコトの方が経済的観念は高いらしい。まぁ、長距離ダンジョンを踏破する際に、カミのお使いとして何度もタウンまで買い物に行かされたミコトだから、お金の価値は肌身に染みて理解しているということなのだろう。

 しかし、その倹約家であるミコトからの確認の問いに答えたのは、カミではなく…


 「駄目ですよ。カミさん。そんなコトをしたら朱雀さんが一躍、ランキング上位に飛び出てしまいます。朱雀さんたちのギルドの人間関係がギクシャクしてしまったら気の毒じゃありませんか?」


 黒いスーツに身を包んだ無表情でやや小柄な男性PC。

 プレイヤーみんなの嫌われ者、システム側の担当者、ジウだった。

 第1位の左端の席の反対側。大机のもう片方の短辺。カミたちの座席の左斜め前の位置に、いつもの様に忽然と現れたジウ。

 突然、会話に割って入るという毎度毎度の嫌な登場の仕方に、カミたちは言葉もなく固まっている。

 それを気まずいとも何とも特に思うことなく、ジウは平然と司会者用の席として用意されている、その短辺の席に黙って着席した。


 「フー。いけません。今日は、俺たちの方が招かれて来たんです。座りなさい」


・・・


 決して大きな声ではないのに、妙にハッキリと耳に届く声。


 ジウに気を取られていた全員が、その声の主の方に振り返る。

 そして、ギョッとする。


 さっきまでほとんど存在感を発揮していなかった第2位。

 その席に座って第1位の左端の方ばかりを見ていたはずの彼女が、大机の上に片足を乗せて立ち上がり、髪の毛を振り乱した狂気を含んだ表情でジウを睨みつけている。

 今まさに飛びかからん…という態勢で、その高く振り上げた両腕には、一瞬で発動させた芒星魔法の光の輪が、何らかの攻撃魔法へと形態を目まぐるしく変化させている最中のようだった。

 一瞬にしてジウにまで到達しそうな彼女を、その場に縫い止めているのは彼女の足下で怪しく模様を変化させている魔法円。

 その誰も見たことの無いような複雑な魔方陣を発動している主は、未だに目を閉じたままの左端。

 先ほどのフーを制する声を発したのも、彼のようだった。


 「左端さん。別にフーさんの好きなようにさせて差し上げても構いませんよ?」


 せっかくの左端の抑止を、空気を読めない男№1のジウが挑発的な発言で台無しにする。

 それで、案の定、さらに激高するフーを尻目に、ジウは冷たく付け加える。


 「今日のこの場は、私たちが設定し支配しています。…どうせ何も出来ませんから」


・・・


 ジウの言葉とともに、フーの芒星魔法と左端の魔方陣が…不意に消滅する。


 呆気にとられたような顔をするフー。

 左端も、僅かだが顔を斜めにして腑に落ちないという感情を態度で示す。


 このデスシムにおいて、一度発動した魔法は、その予定された効果を発揮し尽くすか、やや手間のかかる手続きを取らなければキャンセル出来ないハズだった。

 なのに、今、魔法を発動した本人たちの意思とは無関係に、しかも何の手順も経ずに…それこそ忽然と魔法は消失した。


 「今日は、あくまでも平和的に話し合っていただくのが目的の協議会ですから。今日、この特設会議室内では、一切の戦闘行為が無効化されます。…システム的に」


 ジウは、フーと左端に語りかけているようで、実は、その場にいる全員に、その絶対的なルールを知らしめようとしているのだった。

 悔しそうに美しい顔を歪めるフー。そして、頭を振りながら溜め息をつく左端。

 ジウは、さらにルールを付け加える。


 「メジャーアップデート後の移動制限は、現在もまだ有効です。これは、この協議会が終了後、皆さんがそれぞれの本拠地へ帰り24時間経過後に自動的に解除される予定です。つまり…そこからが、第2段階。メジャーアップデート後のステージの始まりです」


 ジウの一方的な告知。妙な雰囲気の中、協議会は間も無く開催されようとしていた。


・・・


次回、「議題なき協議会<2>(仮題)」へ続く…


H25.6.11追記(体調不良につき…)

原因不明の体の痛みと、酷い耳鳴りに悩まされています。

沈痛解熱剤を服用しながら、少しずつ、執筆をしていますが

かなりスローペースになってしまいそうです。

申し訳ありません。

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