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(14) Comming Home!

第2章開始…

・・・


 『何で………あんな無茶したんだよ?』


 答えが返ってこないことを予想しながら…それでも、アスタロトは問わずにいられなかった。ジウの精神には、未だ深いショックが刻み込まれているハズだ。

 そのショックが、単にHPを全損しかねないほどの大ダメージを負ったことによるものなのか…それとも別の理由によるものなのかは分からないが…。


 ジウはあらかじめ知っていたハズだ。「今度あったらコロス」と言う…TOP19第2位「フー」の意志を。そして、「二度と顔を見たくない」と言っていた第1位「左端」の怨恨を。二人の怨恨がどのような理由によるものか、そもそも共通のモノなのかをアスタロトは知らない。しかし、それが絶望的な程の深さでそれぞれの心に刻まれていることは間違いないと感じられた。


 第3者であるアスタロトですら理解できてしまう程なのだから、その怨恨の対象者となっているジウ本人に、その深さが理解できないハズがないのだ。

 ならば、その二人への伝言は、ジュウソやソウジなど他の担当者に任せれば良かったのではないか?

 アスタロトに左端とフーを見せるため…だとしても、転移空間からの観察程度に留めるべきでは無かったのか?…確かに、それでは身に纏う気配までは確認できず、二人のうちどちらかが例の「不審なPC」であるかどうか判断できない。…が、アレだけシリアスな怨恨を抱いた者が、あのような手の込んだふざけた真似をするとは思えない。


・・・


 <<…アナタを…早く…ご自分の体へと戻して差し上げたかったんです>>


 意外にもジウからの返事があった。

 しかし、質問に対する答えとして…その内容はやや意図が理解できないものだ。

 アスタロトは、その疑問を思念の色としてジウに返す。


 <<私の体が…アナタの「おり」となってしまっているのであれば………その檻が無くなれば…アナタは元の体へ帰ることができるに違いありません>>


 意味が分からない。

 ジウは、いったい何を言っている?


 『ちょ…ちょっと…待って?…どういうこと?…え?…そ、それじゃぁ…』

 <<…考えてみたんです。アナタの思念が、私の体に同居しているという…この状態の意味と…その仕組みを…>>


 今、間違い無く分かっていることは、この状態を生み出したのがアスタロトの行為によるということ。ジウの偽者、つまり「不審なPC」との会話をヒントに試してみた結果として、アスタロトの思念はジウの体に同居することとなった。ヒントとなったのは、ジウたちシステム側の担当者が操るPCについての…「中の人」…という発言。それにより、アスタロトは「一人のユーザーが複数のPCを操る」という可能性に思い至る。

 実際のところ…今の状況は、思い至った可能性とは全くかけ離れた「一つのPCを複数のユーザーで操る」という意味不明の状態だったが…。


・・・


 <<…アナタは深層意識による瞑想魔法を…非常識にも3重に展開して…この状態を生み出している。…それで間違いありませんね?>>

 『う…うん。た、多分。…ぐ、偶然できちゃったから、詳しいプロセスは自分にも分からないんだけど…直前にやってたことは…3重瞑想によるイメージ強化で…』

 <<…アナタの「デスシム」への適合度は、驚くことに私たちシステム側の担当者をも超えているようです。…ですから、私にもアナタがやったことを正確に把握することは困難なのですが…>>


 言葉を選んでいるのか。少し、考えるように思案するジウ。

 先ほど受けたショックからは、まだ完全に復帰できていないようでもある。


 <<…「アスタさん」が、「アスタロトさん」の体に、今も「いる」ことだけは間違いありません>>

 『?………えっと…?』

 <<あぁ…。もう、ちょっと面倒臭いですね。アナタが考えもなしに変な状態を生み出すから…なんだか哲学的な表現みたいな感じになっちゃうじゃないですか…。これじゃぁ…まるでインチキ心理学者みたいだ…>>

 『…ご、ごめんなさい…』

 <<いえ。私も愚かでした。そもそも「デスシム」は、シムタブ型MMORPG…まぁ…社会実験とか我が社では呼んでいますが…基本となる仕組みはシムネット上の仮想世界を楽しむタイプのゲームと大きく変わりありません…つまり…>>

 『そうか…どこまでいっても俺の生身の体は、現実世界の俺の家にあるメディカル・プールの薬液の中に…今も浮かんでるってことだね。…だから』


・・・


 <<そうです。服用した「デスシム」用のシムタブは、アナタ…すなわちアスタさんの脳細胞に直接取り付き…アナタの体を眠らせ…そして、他の大勢の「デスシム」ユーザーと共通で見る「夢の世界」へといざなった………これが、忘れてはいけない前提条件です…>>


 なぜ…この「デスシム」を始めとするシムタブ型MMORPGが、これほどまでにリアルで細密な世界描画を可能なものとしているのか。その答えが、今、ジウの言った前提条件にある。

 確かに、システムの中心となるメイン・サーバには、この「デスシム」を他のシムタブ型MMORPGとは異なる仮想世界として成立させるためのメイン・プログラムが存在する。そして、アイテムやノスタルジックな街並みを再現するための基本的なオブジェクト・データを格納するストレージも存在する。

 21世紀や22世紀のネット型ゲームに比べれば、比較にならないほど高性能のサーバ群とインフラとなる超高速なシムネットを利用してはいるが、そのゲーム・システム自体は比較的シンプルな構成に留まっている。

 このシンプルな仕組みから、実に複雑で多用な世界を生み出しているのは、実はメイン・サーバではなく、ログインしている各ユーザーの脳の休眠領域。より正確に言えば、それを仮想巨大容量記憶脳のニューロンとみなした分散仮想記憶型ニューラルネットワーク・ストレージ。

 そこに蓄積され…そして常に、次々と生み出し続けられている膨大なイメージが、ユーザー相互の認識にフィードバックされ、全員で見る共通の夢として、驚く程にリアルな感覚を再現しているのだ。

 そこに方向性を与えるのが通称「描画・再生エンジン」というユニットだ。


・・・


 <<…もうお気づきですよね?…私とアスタロトさんは、今、「ジウというPC」の体を共有している。…ように感じています。しかし、どれだけリアルな感覚をアナタに与えていようと、本当に私の体の中にアナタがいる…のではない…ということ…>>


 うん。分かった!………と、言いたいところだが…残念ながら、アスタロトには、まだジウの言いたいことが良く理解できていない。

 いや。説明自体の意味は分かるのだが…それと、今のこの状態についてをどう結びつけて考えたら良いのか…それが分からないのだ。


 <<あぁ…。難しい…ですかね。そうでしょうね。簡単に分かるようなことなら、私にもアナタと同じ真似が簡単にできるでしょうし、戻し方が分からない…だなどと大騒ぎする必要もなかったハズですからね…ふふふ>>

 『…えっと。ごめんよ。よく分からないんだけど…つまり、俺は今…ジウの体の中にいる夢を見てる?…ってこと?…なの?…う~ん…どういう意味?』

 <<正解です。そのとおりなのですが…その表現では、何も解決できませんね………どう言えば良いのか…あぁ…アスタロトさんは…映画を見たり…小説を読んだり…そういうご趣味をお持ちではありませんか?>>

 『それが趣味なら、今頃「デスシム」の中にはいないよ…』

 <<あ…ぁ…そうですね…弱ったな…>>

 『でもね。時々、ライトノベルとかなら読むこともあるよ。異世界ファンタジーとかね。結構、そういうの好きなんだ』

 <<…ほぅ。良かった。それなら私が今から申し上げる説明も、何となく…ご理解いただけるのではないかと…思います>>


・・・


 『ライトノベル…を読んでいる時のことを想像すればいいんだね?』

 <<はい。その中でも、最高に面白かった作品を読んでいる時のことを思い出してください。アナタは…夢中でその作品を読んでいます。その時、アナタは「入り込む」…と表現される無我夢中で読みふける状態を経験したことはありませんか?>>

 『…あ。「入り込む」…か。うん。あるよ。まるで自分が作品の主人公になったかのようにさ。仲間の犠牲の上に、強敵を倒した時とか…読み終わった後、本当に涙を流しちゃってたりして…鼻水もジュルジュルだったりね。ははは。恥ずかしいけど…ある』

 <<恥ずかしがることはありません。私も…そういうことは…良くあります…好意的に思うことはあっても、そういうアナタを悪く思うことはありません>>

 『…へへへ。いや。なんか…そういうこと言われるのが…むしろ恥ずかしいな。やめてよ…ジウさん。…でも…それと…今の状態…って…あ?…もしかして?』

 <<仮説に過ぎませんが…おそらく、正しいと思います。アナタは、私の感覚センサーを…まるで自分のモノであるかのように深く強く…モニタリングし続けているのではないでしょうか。アスタロトさんは、今、「ジウというPC」のステータス情報を、私と一緒に…まるで二人で肩を並べて仲良く読んでいる…>>


 二人の思念は、そこで互いに考え込むように沈黙する。

 確かに…この仮説には、あまり無理がない。無理がないというのは、「デスシム」の本来の仕様を大きく逸脱しなくても実現が可能だ…という意味においてだ。

 でも、アスタロトは、そこで、ふと、心に引っかかるものを覚えた。そう、この仮説では、説明できない現象が一つ残っている。


 『…でも、俺、ジウさんの左半身…というか…さっきは全身を…動かしたよ?』


・・・


 ジウの思念が揺らぐ。それは、この仮説にとって致命的な指摘に思えた。だが…


 <<…そこが…アナタの恐ろしいところ…なんですよね。アスタロトさん>>


 ジウは仮説を捨てる気はないらしい。


 <<それと、これを…同一の仕組みで考えようとしたから、私はなかなかアナタを体へ返す方法を考えつかなかったんです…それが、先ほどの危機に、アナタが私の全身を操って見せた時に分かりました>>

 『別の…仕組み?』

 <<はい。別の仕組みです。………アナタ…暗示を使いましたね?>>

 『あぅ………ん?え?』

 <<ふむ。その反応。読みづらいですね…怒らないで差し上げますから、正直に言ってください…暗示…使ったでしょ?>>

 『えっと…それって、さっきのフーの攻撃を凌いだ時のこと?…それとも…』

 <<なるほど。やはり、先ほどのは…そういうことですか。では、左半身だけの支配権については…自覚がない…と?>>

 『うん…え?…俺、あれ…暗示使って…たの?』

 <<自覚がないなら…追求してもしかたありませんね。しかし…先ほどは?>>

 『………はい。使いました。ツール・ストレージに…あったんで…つい』

 <<「anzi×anji」…ですね?…ふぅ。困りましたね。使用禁止にしたハズのツールを…使うとは…。まぁ、もっとも…それで私は助けられたのですから…アナタを責めることは私には出来ません。クリエイター氏には私が叱られておきましょう>>


・・・


 ジウの説明によると、アスタロトが実行している瞑想魔法の正体は、結局のところジウの各種ステータスや感覚センサーの情報を我がモノであるかのように取得する技…であるということだった。

 その情報量は、通常、自分の体から得られているのと同等量のボリュームを占めていることになる。当然、普段の倍の情報を処理し続けるのは困難なので、ジウからの情報に処理を奪われれば、自分の体からの情報の処理は疎かになる。

 自分自身の体から得られる情報を斬り捨て、代わりにジウの体からの全情報を受け取ることになったため、アスタロトはまるでジウの体の中に入ったように錯覚しているのだというのだ。


 『えっと、えっと。でも、ジウさん…の思念と…共存してるって…いう…この感覚は…どうなんだろう?』

 <<アナタがモニタリングしている全情報の中には、当然、私が感じ、考えている結果としての感覚も含まれているわけですから…私を同居人のように感じるのも無理はないでしょうね。…私の抜け殻をモニタリングしているのではないのですから>>

 『…で…暗示…の方は?』

 <<まぁ。アナタに自覚がないのなら…暗示というのとは少し違うのかもしれませんが…私とアナタの間には、全情報が流れる特別な情報の回路が形成されているということですから…その回路を通して、逆にアナタの意志が私に伝達されている…ということなのではないでしょうか?>>

 『あ…。さっき言ってた「遠隔操作」…する感覚?』

 <<…そうかもしれません。本当は、正式にサポートしていないモードですから、こういう非常事態でなければ、アナタにお教えするのはマズイのですけどね>>


・・・


 どうやらアスタロトは、本来サポートされていない第三者視点モードを使って、ジウの体を半分、遠隔操作してしまっていたようだ。

 本来なら、ジウの体の支配権は全てジウ自身にあるハズだ。しかし、ジウが全く予期しえなかった第三者視点モードでの介入により、アスタロトはジウの体をコントロールしてしまった。

 それは、あの「あ…。なんか…出来たっぽい」という不意打ちの一言。

 あれが偶然、成功してしまったことにより、ジウはアスタロトからの遠隔操作による介入を受け入れるべく暗示にかかってしまった。

 あの時、ジウが第三者視点モードというものの存在をすぐに思い出し、そこからの指示よりも自分の一人称視点モードでの操作を優先するように意識すれば、アスタロトが左半身の支配権を得ることは無かっただろう。

 しかし、システム開発者すら存在を忘れてしまっているような古い仕様…遺物といってもよういモードの存在を、ジウは咄嗟には思い出せなかった。

 その結果、ジウは思いの外に取り乱し、その心の隙にアスタロトの無意識の暗示が滑り込む。その効果が確定したのが、あの左右別々の方向へ進もうとして無様に転倒した、あの確認行為だった。


 <<ね…ですから、今は…アナタはもう私の左半身の支配権を失っているハズです>>


 ジウの言うとおりだった。

 視覚情報自体は、今もモニタリングできているから、ジウの見ているモノをアスタロトも見ることはできる。しかし、先ほどまでと違って、左目がアスタロトの意志によって動いたり、ピントを変えたりするということは全くなくなった。


・・・


 ある意味左右の目がちゃんと連携してモノを見るようになったので、視界は良好になったのだが、半分とはいえ自分の意志に従って動いていた視界が、今は全く自由にできなくなったために…臨場感というか、そういう感覚が得られなくなっている。まるで、モニター越しに映像を閲覧しているような感覚だ。


 『…そうだったのか…』

 <<だから…。私の体が消滅すれば、モニタリングしている情報は切断され、アナタが受け取る情報は、ご自分の体からの情報だけになるハズだ…と…私は考えたのです>>


 そこで、話は、やっと冒頭の深刻な話へと戻ってきた。

 アスタロトの心に、モヤモヤとした憤りの気持ちが蘇る。


 『いや。駄目でしょ。そんな自殺行為…。だって、その仕組みを理解していないうちに、突然、強制的に情報を切断されたら…俺…あまりの臨場感に自分も【死】んだ…って錯覚しちゃうんじゃないかな?…下手をすると、リアルの精神まで壊れかねないよ?…知ってるでしょ?…あの忌々しいリアル・デスゲーム事件の生存者…』

 <<…大丈夫ですよ。あの事件とは…状況が違います。むしろ比較すべきは、初期の戦闘機バトル・ゲームなどでしょう。しかし、現在はショックアブソーバーというサブ・システムの搭載が義務づけられていますから…情報遮断と同時にメンタル・ケア・プログラムがスタートし、アナタの精神は保護されるハズです>>

 『じゃぁ…じ、ジウさんは?…ジウさんはどうなるのさ?』


 アスタロトの質問にジウの思念は沈黙する。気まずそうに…。


・・・


 <<私は…システム側の担当者ですから…アナタたちプレイヤーと違って…再ログイン…が出来てしまうんですよ…。非常に…申し訳無く…心苦しいのですが>>


 この「デスシム」は究極にリアルな【死】というものをテーマとした悪趣味なゲームである。そのパッケージには「※これは、デスゲームではありません。」との記載が大きくされているとおり、ログアウト=死を意味するような危険なものではないのだが、その代わりに、一度ログアウトすると二度とログインできない…という厳しい仕様が採用されている。「人は死んだら…二度と生き返れないでしょ?」…ということらしいのだが、このことが、多くのプレイヤーにとって、「デスシム」の中で出来るだけ長く生き残ろうとする最大のモティベーションを生み出している。

 アスタロトもそうだ。

 悪趣味なテーマではあるが、「デスシム」のシステムが生み出す仮想世界は、他のシムタブ型MMORPGと比較しても格段にリアルで、自由度の高いものとなっている。だから、アスタロトは見続けたいのだ。この「デスシム」世界の行く末を。できるだけ長く。二度とログインできないのだから、簡単に【死】を受け入れることなどできない。

 どんなに無様であろうと生き抜いて、この世界の未来を体験したいのだ。そして、できれば、その未来は…自分が理想とする「自由で楽しい普通の仮想世界」であって欲しい。その世界を自分の手で作りあげたい。…そう強く思っている。


 そんな、ある意味、リアルの【死】と同様の真剣さをプレイヤーに強いておきながら、ジウたちシステム側の担当者には、そのルールは適用されない…つまりジウは今、そう言ったことになる。

 これは、プレイヤーたちにとって、とても許しがたいことだろう。


・・・


 だが、アスタロトは、別にそれを卑怯だとは思わなかった。


 『そ、そうか。良かった。俺の為に、ジウさんが二度とログインできなくなったら…どうしようかって…本当に心配しちゃったよ。…そうか、よかった』


 ジウは、罵倒されることを覚悟して告白したのだが、アスタロトが怒るどころか安堵の色を思念に浮かべるだけなのを感じ、不思議に思った。そして、同時に、アスタロトへの好意の念を一層深いものとした。


 <<怒らないのですね。アナタは…。そういう人だというのは…分かっていたつもりですが…それでも、さすがに…この事については、お怒りになると思ったのですが…>>

 『…何で?…怒るって俺が?…ジウさんたちは仕事なんだから当然だよ。そもそも不死のPCであるべきなのに、あんな苦痛を味わわなきゃいけないなんて…気の毒なぐらいだよ…い、痛かったよね…さっきの…凄く』

 <<………ふっ。アナタという人は…。そうですね。痛かったです。そして…恐かった。復活できるとしても…できれば…二度とあんな死ぬような目には遭いたくないです>>


 だよねぇ~…と同意の念を浮かべながらアスタロトはジウに言う。


 『…でも、折角のジウさんの覚悟…。俺、暗示ツール使って逃げちゃったから…無駄にしちゃった…って事になるのか…。な、なんか申し訳ないなぁ…』

 <<いえ。やられても仕方ない…とは思っていましたが、別に、最初からやられるつもりはなかったんですよ。別に、自殺しようと思っていたワケじゃありませんから…>>


・・・


 システム側の担当者が、プレイヤーに負けるなどあってはならないのですがね…とジウは、恥ずかしそうに思念を揺らす。

 ジウは、可能ならベリアルの所と同様に、必要最小限の伝達だけでフーと左端のところを辞して、それからじっくりとアスタロトを元の体に戻すための取り組みをしようと考えていたのだ。自分の体の【死】が、解決策の一つであると気づいてはいたが、安易に自殺をしようなどと考えていたわけではないという。

 だが、フーは、何らかの事情によりジウに対して猛烈な殺意を抱いており、あのような事態になってしまったのだ。


 <<…聞かないのですね…アナタは…>>

 『え?…何を?』

 <<………私と左端、それに…フーさんの間に…何があったか…ということを…>>


 あれだけ意味深な会話を聞かれてしまったのだ。ジウは、アスタロトから根掘り葉掘りと色々訊かれることを覚悟していた。しかし、それに対するアスタロトの答えは…


 『…話したいの?』


 ジウは戸惑う。

 自分は…話したいのだろうか?…いや。何を…馬鹿な。でも…しかし…

 おそらくアスタロトは、左端が元はジウたちと同じシステム側の担当であったということは知ってしまったハズだ。そして、ジウが、左端の大切な人の命を奪ってしまった…ということも。


・・・


 <<…いつか…。いつか、必ず話します。アナタには…。アナタだけには…>>


 つまり、今は話せないということだ。アスタロトは了解し、そして、それ以上は何も訊こうとはしなかった。


 『さて、じゃぁ…自分の体に帰ってみようかな。理屈が分かれば…帰るのなんて簡単なハズだよね~♪』


 アスタロトは、深刻そうな話題には一切興味が無いという様子を敢えて強調するように、明るい調子で話題を切り替える。

 そして、えぃ…やぁ…とぅ…などと、色々と自分の体への復帰を試みる。

 理屈は分かった。おそらくジウの言うことは正しい。だから、ジウの感覚センサーへ伸ばしているアスタロト本体からの触手?のようなものを手放せば良いはずだ。

 それだけのこと…のハズなのに、どうすれば良いのか、それが一向に成功しない。


 <<出来ませんか?>>

 『うぅ~………お、おかしいなぁ…簡単だと思うんだけど…』

 <<…そ、それでは…仕方ありませんね。やっぱり、私が【死】…>>

 『わぁわぁわぁわぁ~~~!!!…だ、駄目だよ!…そんな簡単に。復活できるっていうだけで、凄く痛くて…恐いことには変わりないんだから…そ、それに、今まで一度も死んだことないんでしょ?…ま、万が一…ってこともあるじゃない?』

 <<えぇ。出来れば…私も…避けたいのですが…。でも、アナタが帰れないのならば、それ以外に方法が思い付きませんし…>>


・・・


 二人の思念は、必死に知恵を絞りあったが、しかし、解決にはいたらない。

 弱り果てたアスタロトは、そこで、ふと、妙案を思い付く。


 『そうだ!…ジウさん。こんな思念だけで、色々やってるから駄目なんだよ!…俺の体は、「はじまりの町」の庁舎内にあるんだから…そ、そこへ戻ろう!』

 <<なるほど…盲点でした。体に直接働きかける…というワケですね>>

 『うん。マボさんや慈雨さんに相談することだってできるしね。彼女たちなら僕らよりも色々と知恵が回るような気がするんだよ』

 <<ふむ。そうですね。…しかし、まぁ、手っ取り早く体を揺り起こしてみるのが簡単な気がしますね。わかりました。そうとなれば、早速、転移しましょう>>


 ジウはそう言って、直ちに空間転移コマンドを実行した。


・・・

・・・



 「あれ?…遅かったね、ジウ。ロトくん…もう、起きてお仕事しているよ?」




 忽然と現れたジウに驚きもせず、イシュタ・ルーはいつもの可愛らしい笑みを浮かべて小首を傾げた。

 だから、驚いたのはジウの方だった。

 より正確に言えば…ジウと、その体の中に同居しているアスタロトの思念が…。


 「…お…き………起きている?」


 ジウの顔はいつものとおり無表情。

 だから、その驚きの大きさは…幸い、イシュタ・ルーには伝わらない。

 ジウは慌てて思念の奥で確認をする。


 <<あ…アスタロト…さん?>>

 『…居るよ?』

 <<じゃぁ…どうして?>>

 『俺が知りたいよ!』

 <<ま、まさか…誰かに乗っ取られた?…それとも…偽者?>>


・・・


 「大会議室…壊れちゃって、お客さんたちが困ってるから、ロトくん、今ね、修理しているんだよ?」


 無表情でもジウの様子がおかしいことを感じ取っているのか、さきほどからイシュタ・ルーの語尾は疑問形だ。おそらく、「どうしてビックリしてるの?」という言葉が省略されているのだろう。


 『…偽者…ではないと…思う』

 <<どうして?>>

 『確かに…何か重いモノを運んだりしている…っぽい筋肉痛的な…感覚が送られてきているから…』

 <<そ、そうでしたね。くすぐられたり、叩かれたり…といった強い感覚は、アナタにも届くんでしたね>>

 『うん。…だから、俺の体が…修理?…というか何か肉体労働してるのは間違いないかも…だけど…何で?』

 <<…私にも…さっぱり。でも、一つ理解できましたよ。慈雨さんをネフィリムさんの攻撃から守った後のアナタの体について…アナタが攻撃を受けたりはしていないから大丈夫…そういった根拠は…その感覚の受信によって判断していたんですね>>

 『うん…でも…一方的に受け取っているだけで…こっちからの思念は届かないみたいなんだ。…なんか…変な感じだよね』


 取りあえず、ジウはイシュタ・ルーに礼を言って、アスタロトの居るという1階の大会議室へと降りていく。


・・・


 慈雨がいれば、アスタロトが起きた時の経緯を詳しく訊けるのだが、イシュタ・ルーによると、慈雨は執務室の方で事務にかかりっきりらしく、アスタロトが起きたことを未だ知らないでいるとのことだった。

 正体の分からない「動くアスタロトの体」と、いきなり対面せざるを得ない状況にジウは舌打ちをする。何か…良くない状況が起きていることは間違いないからだ。

 それでも幸い…と言って良いのは、今のところイシュタ・ルーや慈雨に危害が及ぶような事態にはなっていないということ。


 「ふぅ…疲れた。あ…ジウさん。見てよ、これ!…酷い有様でしょ?」


 汗を拭いながら…瓦礫を壁の傍へ下ろした「動くアスタロトの体」が顔を上げる。

 その瞬間…ジウとアスタロトの思念に…電気で打たれたような衝撃が走る。

 ジウの心に走ったのは…まるで自分を鏡で見たかのような気味の悪い印象。

 アスタロトの思念を揺らしたのは…やはり…自分とは思えないような無表情な貌。


 「…どうしたの?…黙り込んじゃって?」


 イシュタ・ルーは…疑問に思わなかったのだろうか?…このように、無表情で…かつ、平板な抑揚で不自然に話すアスタロトを…。

 だが…冷静に考えてみれば、今朝方、イシュタ・ルーの錯乱を取り押さえるために不眠で格闘し、その後もジウの依頼を受けて働いていたのだから…その顔や声に疲労の色が浮かぶのは当然…だとも言える。

 イシュタ・ルーは、「疲れて寝ぼけたアスタロト」…と解釈したのかもしれない。


・・・


 しかし…この無表情。この抑揚に欠ける声…。


 「…アナタ………誰なんですか?」


 ジウは、慎重に距離をとりながら「動くアスタロトの体」に問いかける。

 その質問に、無表情ながらも不思議そうに小首を傾げる「動くアスタロトの体」。

 悪い冗談でも見ているようだ。

 三流以下のつまらないシム・シネマ(シムネット映画)でも服用したかのようだ。


 「誰…って?…俺、アスタロトだけど?…え?…何なの?いったい」


 字面だけ見れば、完璧なほどにアスタロトっぽい答えをする。

 仕草も自然きわまりない。

 だからこそ…これ以上はないというほどに…気持ちが悪い。


 『…ジウ…にソックリだ…』

 <<な…何を言うんです。ま、全く…アナタの姿形をしているじゃないですか?…わ、私になんか…少しも、に、に、似ていませんよ!>>

 『そ…そんなにムキになって否定しなくても…いいじゃんかよ…』


 二人が思念で喧嘩をしていると、その原因であるところの「動くアスタロトの体」が、付き合っていられないな…とでも言うように頭を振って「へんなジウ」と言う。

 「お前に言われたくないわ!」…とツッコミを入れたいのはジウたちの方なのだが…


・・・


 いつまでたっても用件を言わないジウに、その「動くアスタロトの体」は、それ以上構うことはせずに、作業を再開する。


 『…えっと、もう面倒臭くなってきた!…何にせよ、本物の俺がここに“いる”以上、このムッツリ野郎は、俺じゃない!』


 ジウの中のアスタロトが突然、キレた。

 そして、強力な思念で、左半身どころか全身の制御権をジウから奪い取る。


 <<うわぁっ…な、何するんですか…あへ?…うそ?…私の制御を…や、やめて…うわぁあ、あ…暗示?…嘘…いやん…まだ…継続してたなんて?…あぁ…>>

 『へ、変な声ださないで!…ちょっと、コイツを懲らしめる間だけ、体を借りるだけだから…何だよ?…「いやん」って!』


 思念同士で主導権争いをしながら、無表情のジウが「動くアスタロトの体」に襲いかかる。羽交い締めにして自由を奪い、それから正体を詳しく聞き出そうと考えたようだが…。自分の体とはやはり勝手が違うため、ジウとアスタロトの体はぎこちなく絡み合い、もつれ合う。

 その姿は…まるで、仲睦まじい恋人同士の…濃厚な抱擁のようだったりして…


 「…ちょっと!…何やってんの!?…アンタたち!!!」


 冷たい視線で見下ろす、マボとイシュタ・ルーから、こっぴどく叱られるのだった。


・・・


異常な状態から抜け出せぬままに、TOP19協議会の開催が迫る。

次回、「で…どうする?(仮題)」へ…続く。

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