(12) 強者は尻尾を出さず
・・・
<<ふぅ…。危なかった。危なかった>>
常と違い、十分な心の準備をせずにプレイヤーの前へと現れざるを得なかったジウ。
そのため、ついつい不注意に口を滑らせるという失敗をしてしまった。
ギルド「四神演義」の4人のように、互いに元々の知り合いであれば問題はなかったのだが…。
ネフィリム、鬼丸、マコトの3人は、偶然、あの場所で遭遇してしまったというだけで、互いをTOP19(トップナインティナー)であるとは知らなかったようである。
まぁ…どうせ例の会議では顔をあわすのだが…、ジウとしては、この段階では3人が互いの正体を意識しないように上手く誤魔化して、協議会開催のことを伝えなければならなかったのだ。
しかし、幸いTOP19の3人も、あの後、何やら気まずい感じになって、迷惑をかけたロビーのPCたちに詫びを入れると、それぞれに転移魔法で去っていった。
あの場所で、3人ものTOP19が顔を合わせてしまったのは偶然ではあるが…しかし、若干の必然でもあった。
ネフィリムとシンジュの二人は、実はどうやら魔法大学への入学を希望していたらしい。だから、入学希望者の待機場所である大会議室にいたのだ。マコトはシンジュに呼ばれてネフィリムと鬼丸の喧嘩?の仲裁にきたらしい。
鬼丸に関して言えば、単なる戦闘狂であり、マボとの激闘を制した強者アスタロトの近くにいれば、強い者と戦える可能性も高いだろう…と、勝手に大会議室を「出会いの場」として利用しただけなのだが…ネフィリムとの戦いに満足して機嫌良く帰って行った。
・・・
<<しかし、良かったですね。慈雨さんが無事で………?…アスタロトさん?>>
平静を取り戻し、ジウはアスタロトに思念で語りかけたのだが…
アスタロトの様子がおかしいことに気が付いた。
<<どうしたんです?…あ…そうか…アナタ…の…そっくりさん?>>
しかし、それにもアスタロトの思念は応えない。
いなくなったのか?…と一瞬思ったものの、それでもアスタロトの思念が自分の体を共有したままだという感覚は続いている。
依然として沈黙したままのアスタロトの思念。
ジウは、その思念の色というか揺らぎを観察する。
恐怖?…それに…苦痛?
???…わずかに…快感?
恐怖は…あのアスタロトのそっくりさんが…もし敵意あるPCの幻影魔法によるものだった場合…であると想像して、慈雨やイシュタ・ルーが危険な状態にあることを恐れている…ということなのだろうか?
では、苦痛は?
<<…はっ!!…ま、まさか。ひょっとして…アスタロトさんの体に、今、危害が加えられているんですか!?>>
・・・
ジウは、慌てた。もしも、自分の依頼を受けて抜け殻となったアスタロトの本体が、その精神の留守中に襲撃を受けて傷つくことがあったら…。
もしも、その襲撃の結果、体が【死】の状態を迎えることになってしまったら…。
戻り場所を失ったアスタロトの思念は…いったいどうなってしまうのか。いや、そもそも体を失えば、今の状態を生み出している深層意識も消え去るハズだから…
<<ど、ど、ど、ドウしましょう!?…大変だ。でも、いったいどうしたら!?>>
一番良いのは、アスタロトの思念を元の体へと戻してやることだ。
マボとの戦いを制して、さらに高まっているアスタロトの実質レベルは、TOP19に選ばれたことかも分かるとおり相当なものだ。体に戻りさえすれば、襲撃してきた敵対PCがTOP19の上位ランキングだとしても、そう易々とやられることはないだろう。
だが、他人のPCの中に思念を同居させるなどという技は、ジウにも使えない。
自分に使えない技なのだから、解除して戻る方法も分かるわけがない。
<<と、取りあえず…アスタロトさん。き、気をしっかりと持って。な、何とか今の状態を生み出している深層意識の方にアクセスして…え、遠隔的に…その体を操作してみて下さい。離れていても、アナタの体なんですから…で、出来るハズです>>
ジウは、必死に自分の分かる範囲でアドヴァイスの思念を送ろうとする。
そうだ。基本的に、「デスシム」上のPCというのは、現実世界の脳によりコントロールされているのだから、本来であればその思念がPCの中に「在る」とか「無い」とか…考えることに意味はないハズなのだ。
・・・
大昔のTVゲームのように、自分の体の外にあるディスプレイに映し出された画像を視認してプレイするタイプのゲームも存在しないことはないが…。
基本的に2206年時点のゲームは、臨場感ある視点をプレイヤーに提供するため、仮想の体の内部からゲーム世界を覗き見る方式が採用されている。
シムタブを服用し、シムネットに接続されたプレイヤー全員で見る「共通の夢」。
そういう性質からも、ほぼ100%が一人称視点だ。
しかし、結局のところ「仮想世界の再生エンジンをどのようにプログラムするか」という問題なので、技術的には上から見下ろすタイプの三人称視点というか…第三者視点のゲームも不可能ではない。
一部の戦闘機バトル系のゲームは、サービス開始当初、一人称視点のゲームシステムを採用したところ、そのあまりの臨場感のためにちょっとした社会問題を生んでしまった。
撃墜された時の感覚があまりにもリアルで、自分が本当に死んだり体に重症を負ってしまったと思い込む若者が続出したのだ。
実際に死に至ることは希だったが、しばらくの間は現実世界においても体調の不良や精神バランスの失調を訴えたりして日常生活に大きな支障が出たりした。
そのため、対策として第三者視点によるモードも追加されたしたのだが…やはり、ゲーム好きの若者には今ひとつ人気が出なかった。
結果的には、精神への影響を低減するための「ショックアブソーバー」というサブ・システムが開発され、ゲーム中に激しい【死】のシーンが存在する場合は、その搭載が義務化されることになり、その後も一人称視点でのゲームが主流であり続けたのだ。
そして、「デスシム」もご存知のとおり一人称視点の再生エンジンが採用されている。
・・・
つまりはアスタロトの現在の状態は、相当に規格外で異常なのである。
システムに備わった仮想世界の再生エンジンの仕様を無視した、相当に無理のある状態である以上、この状態を生み出している何らかの条件、そのバランスが少しでも崩れれば、一気に元の体へと戻れるハズなのだ。
しかし、それが無理なら無理で、逆に第三者視点によるコントロールを試みてみる価値はあるだろう。
多くの再生エンジンは、初期の仕様としてプレイヤーが自分のキャラクターを外から操るタイプのモードも備えていたケースが多く、バージョンアップを重ねたあとも、そのモードのルーチンがどこかに残っている可能性はあるのだ。
<<アスタロトさん!…アスタロトさん!…遠隔操作の感覚ですよ。遠隔操作…>>
必死でアスタロトの思念に呼びかけるジウ。
しかし…
『…もう、いいよ。大丈夫…。ジウさん。ありがとう…』
やっと反応したアスタロトの答えは淡泊だ。
慌てまくっていたジウとは対照的に驚く程に醒めている。
思念の色を見ると、いつの間にか恐怖や苦痛の色は消え去っていた。
『俺の本体は、別に襲撃なんか受けてないから…』
・・・
アスタロトの雰囲気が変わった?
ジウは、根拠は不明だが確かにそう感じた。
いったい何が?…彼の雰囲気を突然ここまで変えたのだろう?
『…遠隔操作…か。なるほどね…ありがとう。参考にするよ…』
聞いていなかったかと思ったが、アスタロトはジウの必死のアドヴァイスをちゃんと聞いていたようだ。
しかし、それに対する反応は…やはり何故か薄い。
『それじゃぁ…次のTOP19のところへ行こうか…』
<<は…はい。あの…でも、慈雨さんや…イシュタ・ルーさんは大丈夫でしょうか?>>
そうジウが確認すると、アスタロトは少し意外そうな思念の色を浮かべる。
それから、しばらく沈思すると…『あぁ。そういうコトか…』と一人で何かに納得したような思念を浮かべた。
『…どうだろう?…きっと…大丈夫なんじゃないかな?…もし、心配ならジウさん、実際に二人のところへ転移して確認すればいいんじゃないの?』
・・・。しばしの沈黙の後、ジウは大げさに驚いて言う。
<<あぁ…そうか。その手がありましたか!…なぜ気が付かなかったんでしょう!?>>
・・・
先ほどの大会議室の状況とは違い、本当にジウが心配するような状況が起きているのなら、システム側の担当者が介入しても文句は言われないだろう。
ジウは、慌てて転移コマンドを実行し慈雨やイシュタ・ルーのいる会議室へと移動した。
「はや?…また来たの?」
イシュタ・ルーがジウの姿を認めて声を上げる。
慈雨も多少の衣服の乱れはあるものの、何事もなく椅子に座っている。
いや。多少、涙目になっているのは…イシュタ・ルーに引きずられてお仕置きを受けたためだろう。
では、あの時、一緒に引きずられていったアスタロト?…は、どこに?
「あの…あ、アスタロトさんは?…どこに?」
「えぇ?…ロトくんに用事を頼んだのはジウでしょ?…って、あ?…アンタ、もしかして…また偽者?」
「ち、違いますよ。ほ、本物です。本物。…あの、もうそろそろ、アスタロトさんが依頼した件を終えて、も、戻ってきてるんじゃないかな?…と…」
「…ふむ…。本当に…本物かな?…えっと、マボちゃんに教わった見破り方は…確か…忽然と現れて…無表情で…それから…」
イシュタ・ルーがジロジロとジウの全身を眺め回す。
「よしっ。本物と認めてあげよぅ!…身長の低さもジウと同じだ!」
・・・
どうやらイシュタ・ルーはジウを本物と認めてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます。まぁ…確かに、私のPCはあまり長身ではありませんが…どうして、それが本物かどうかのチェックに?」
「うんとね。マボちゃんが、後で気が付いたんだけど、あの偽者って平均的?身長ぐらいだったんだって。でも、ほら、ジウって、うちのロトくんより背、低いじゃん?」
「あぁ…。さすがマボさんですね。そんな細かい点にも気づいたんですね…」
ジウは、システム管理者権限で、この部屋で行われたイベントのログを確認した。
すると確かに、普段は「小柄なアスタロトよりさらに一回り小柄な中性的なキャラクター」として表現されるハズのジウが、その時のログでは「黒いスーツを几帳面に着こなした年齢不詳、平均的身長体重の男性型PCで、そこそこに整った顔立ちであるにも関わらず、無表情なのに常に不気味に笑っているような印象を与えてしまうため、大半の女性たちに嫌われている可哀想な男だ」として記録されている。
「あぁ…いや。あの…私の件よりも…アスタロトさんは?…まだ戻りませんか?」
「えっとね。さっき、慈雨ちゃんを助けてくれたに来たんだけど…まだ用事の途中?だったみたいでぇ…ルーがお仕置きしてて…気づいたら…また…いなくなっちゃってたの」
「いなくなっちゃっ………てた?」
「うんとね。正直言うとぉ…ルーは良く分かってないんだけど。また、アンタたちの用意した体?…予備のPC?…それに戻ったんじゃないのかな?…部屋に放りこんだ形のままで…動かなくなっちゃたから…きっと、そうだと思うんだけど?…違うの?」
「いや。いやいやいやいや。失礼しました。そうでした。そのとおりです」
・・・
ジウは慌てて肯定し、イシュタ・ルーに無用の心配を与えないように必死にフォローする。少なくとも、現状でイシュタ・ルーたちに危機があるということは無いようだ。
動かなくなったアスタロトの体は、また別室に結界を張って保護してあるらしい。
「ま、また、アスタロトさんが戻られる頃合いに、様子を伺いに来ますので!」
そう言い残して、ジウは転移コマンドを実行してイシュタ・ルーたちのもとを辞した。
<<ふぅ。なんか…変な感じになっちゃいましたね。…でも、まぁ無事で良かった>>
『まぁ、皆無事ってわかったんだから…いいんじゃないの?…それより一刻も早く最後まで回り終えなきゃ。…で、次は誰んトコ行く?』
相変わらずアスタロトの思念は淡泊だ。
しかし、良く考えてみれば、自分の体への戻り方が分からないという事実が判明した今、それ以前のように脳天気でいられるワケがない。
きっと、ジウには読み取れない密かな思念で必死に戻り方を考えながら、同時に戻れないことへの不安と戦っているのだろう。
そう考えてみれば、取り乱さずに依頼を完遂しようとしているアスタロトは十分に立派だと言える。
多少の淡泊さなど、問題にして騒ぎ立ててはいけないのだろう。
ジウは多少スッキリしない気持ちを持て余しながらも、先を促されたことに従い、次のTOP19に関する「攻略ガイド」の該当部分をアスタロトに送る。
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攻略ガイド №8 【呼称】レイ
【所在エリア】北西大樹大陸「妖精都市アルフヘイム」
【身体的特徴】キャラクター・タイプ「ヴァン神族妖精王」。性別:男性
嫌味な程に整った顔立ち。眉目秀麗。理想的な身長、理想的な体型。
【人柄】女性か…若しくは女性的な男性に対しては優しいが…男性には容赦がない。
【行動を共にするPC】常にヴィーと呼ばれる自分そっくりな女性を抱いている。
【会話した印象】気味が悪いほどに優しい。…のに、身の危険を感じるのは何故だろう?
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『へぇ…今度の人は、会話は成立するみたいだね。よかったね、ジウさん』
<<そうですね。でも、私、この方は…ちょっと苦手なんです…>>
『あれ?…ジウさんは中性的な感じだから…優しく接してもらえるんじゃないの?』
<<………だから…苦手なんです>>
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用件を伝えたら出来るだけ早く立ち去りたい…というジウは、いつものように登場するタイミングを計ったりせずに、レイの前に姿を現す。
ジウが忽然と姿を現したにも関わらず、レイは、まるで待ち焦がれた恋人が現れたかのように満面の笑みで喜びを表した。
「やぁ。ジウじゃないか。今日は、何度も僕に会いにきてくるんだね。嬉しいよ…」
・・・
レイは、まるで王宮のハーレムにあるような豪奢なベッドに、ほとんど裸に近い格好で頬杖をついて横たわっている。
彼の体の前には、彼の美しい顔立ちにそっくりな女性が、同じく裸に近い格好で抱かれていた。おそらくは「ヴィー」と呼ばれるその女性は、レイの体の前に彼と同じような姿勢で横たわり、同じように眩しいほどの笑顔でこちらを見ている。
目のやり場に困るような姿だが、彼らの体には見えたら困る場所を覆い隠す薄絹が掛けられており、何とかギリギリ放送可能?なラインは保たれていた。
それでもジウは、無表情こそ崩さないものの、極力視線を二人に向けないように苦労しながら、手短に用件を告げる。
「…ということで、TOP19の皆さんに一堂に会していただいて、色々とご協議いただきたいと思います。場所や開催日は、また後日、お知らせにあがりますが…ご出席いただけますでしょうか?」
「…気乗りがしないなぁ…むさ苦しい男ばっかりなんだろう?」
「数名ですが…女性も見えますよ。…それから…比較的美しい男性の方も…」
ジウの答えにレイは少し考え込むようすで沈黙し、それから胸に抱いたヴィーに小声で何か相談をする。それから、ヴィーの返事に小さく頷くとジウにこう聞いた。
「ねぇ…あの…アスタロトさんも出席するのかな?」
「はい。ご出席いただけると思います」
「ふぅ~ん。…じゃぁ…行くよ。ヴィーも彼には会いたいらしい…」
・・・
『!?…なんで…俺??』
突然、名前をだされて驚くアスタロト。
<<…それだけ、アナタは有名人だってことですよ>>
『って、誰が俺を有名人にしたんだよ!』
<<…さぁ?…私には見当も付きませんが?>>
思念同士で、そんなやり取りをしていると、レイがウットリとしたような表情で何かを思い出すように宙を見つめて囁く。
「いいよね…彼。あの華奢な体に…あんな力を秘めているなんて。それに、あの褐色の腕…セクシーだよね…細くてしなやかで…」
「あ、アスタロトさんをご存知なんですか?」
「知っているさ。みんな知ってるだろう?…あんな凄くて美しい戦いを見て、彼を記憶に残さないような者は一人だっていやしないさ…」
「あぁ…りょ、領土争奪戦をご覧になったんですね…」
今は思念だけのハズなのに、アスタロトは鳥肌が立つような感覚に襲われた。
このプレイヤーとだけは、あまり関わり合ってはいけない。そう本能が告げている。
『…な、何?…何なの?…彼は…なんか…いっちゃってる顔してるけど?』
<<ど、どうやら見初められてしまったようですね…ははははははは…>>
・・・
「…私の用件は以上です。それでは、これで失礼いたします」
アスタロトが『早く立ち去ろう!』と必死に思念で訴えるので、ジウは挨拶も早々に転移コマンドを実行する。
「…あぁ。僕のジウ。残念だ…もう行ってしまうのかい?…」
転移する直前、恋人との別れを惜しむような表情でジウに熱い視線を送るレイと目があってしまい、ジウは思念で悲鳴を上げた。
・・・
<<はぁ…はぁ…はぁ…。あ~疲れた。私、本当にアノ方、苦手です>>
『お、俺も…せ、生理的に受け付けないかも…』
<<とても容姿端麗な方なんですが…見つめられると…何だか変な気分になります>>
『じ、ジウさんも…そ、ソッチの気が…少しあったりする?』
<<そ!?…そ、そ、そっちの毛って何ですか?…せ、セクハラ?え?セクハラ?>>
体の外から会う時は無表情で感情を読み取ることが難しいジウだが、同じ体を共有しているとジウの心の動揺はダイレクトに思念の色や揺らぎとしてアスタロトに伝わってくる。
その勘違いな慌てぶりからアスタロトが読み取ったのは…
『…ジウさんの…「中の人」って………ひょっとして、女性?』
・・・
突然のアスタロトの質問に、ジウが一瞬フリーズする。
<<何をいきなり?…っていうか…「中の人」って?>>
『いや。ごめん。いいんだ。聞かなかったことにして!』
<<はぁ…。まぁ、別に構いませんが…。私たちシステム側の担当者は、基本的には性別を超越した設定であるとご理解ください。男性も女性も関係なく担当していますので…まぁ…もっとも…>>
『…もっとも?』
<<最初に訪問したカミさんのように、私を中性的存在とはとらえず、男性として毛嫌いなさっている方も大勢見えますがね…。ははは…。それは、まぁ…私の不徳のいたすところですね>>
『…ははは………はは…。でも、あんなスッポンポンの隙だらけな感じのPCが…よくTOP19…しかもランキング8位なんかに?』
<<それはですね………と、言うと思ったら大間違いですよ。何度もその手にはのりませんからね。私から必要以上の情報を引き出そうとするのは…無しです>>
『…分かってるよ。えっと…で、次は…ランキング7位のところ?』
<<いえ。7位はアスタロトさん…アナタご自身ですから。次は、6位のベリアルさんのところですね>>
『ベリアル…6位…』
<<えぇ。あと残り少しですね。早く終えて、アナタの体へ帰る方法を探しましょう>>
言うと同時に、アスタロトのもとに例の資料が転送されてくる。
その記述内容を読んだアスタロトは思わず脱力…する。
・・・
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攻略ガイド №6 【呼称】ベリアル
【所在エリア】西北永久凍土大陸「地下大規模構造洞窟」
【身体的特徴】キャラクター・タイプ「悪魔族堕天使」。性別:男性
理想的な身長、均整の取れた体型、神々しいまでの美しい貌。芳しい香りがする。
【人柄】完全無比。素晴らしいの一言。芳しい香りがする。
【行動を共にするPC】完全な彼には、共にするPCなど不要。
【会話した印象】ありがた過ぎて自然と感涙がこみ上げてしまう。全てが理路整然としており、一言ひとこと…一文字一文字に説得力がある。彼に従っていれば何も考える必要がないと思えるほど的確で安心感のある究極の語り部。素晴らしい。そして、芳しい。
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『………………………て、コイツが100%…犯人じゃね?』
いままで散々に各TOP19のことを「会話不能」だとか「気味が悪い」とか「気持ち悪い」とか…「臭い」とか「臭い」とか「臭い」とか…(中略)…言ったくせに。
ベリアルに関する「攻略ガイド」の記述は、嘘のようにシンプルで…内容も誉め言葉ばかりだ。というか「芳しい香り」が人柄か?…会話した印象が「芳しい」?
あの人を馬鹿にしたような「不審なPC」が、他人のことをこんな風に誉め讃えたような表現をするとは到底思えない。…となれば、これだけべた褒めされているベリアルは…他人ではない。
しかも、「芳しい香り」の部分は、明らかにアスタロトの「攻略ガイド」の記載の逆を言ったものだ。
つまり…どう考えても、コイツが「不審なPC」本人だとしか思えない。
・・・
<<………え?………あ?………何で………?>>
アスタロトの呟きを疑問に思い、ジウも手元の資料を読み直す。
そして、戸惑いの色を思念に浮かべて、押し黙る。
それはそうだろう。これだけあからさまに「不審なPC」であることを推測させる記述が満載なのであれば…何故、システム側の担当者たちが未だに彼を補足し、事情聴取の一つも行えていないのだろうか?…と、アスタロトも不思議で仕方がない。
<<…こ、こんなハズは…ありません。…き、記述が…当初に投稿された内容から書き換えられている?>>
『書き換えられて?………え?…それって…ベリアルのだけが?…それとも…』
<<わ…分かりません。じ、実は、そもそも、アナタに転送している資料は、全くオリジナルの投稿と同じというわけではないのです…。「真の名」が公開状態に置かれたまま…というのは非常に問題がありますので、その部分は削除してありますし…他にも、システム側で判断して…多少の補正を加えています…>>
『あれ?…「攻略ガイド」の記事って、未だに公開状態になってるの?…不正な手段で集められた情報なら…強制的に、非公開にしちゃえばいいのに』
<<そ、それが…実は…あの内容の多く部分は、アスタロトさんに対する記述と同様に不正の手段を用いなくても知りうる情報でして…「Face Blog ER」はそもそもプレイヤー間の情報共有を図るための場。プレイヤーが入手したモンスター対策の情報などは、その掲示板やフォーラムで話題としても………何ら違反とはならないのです>>
『…で、でも…今回のは不正な手段…だってシステム側は判断したんでしょ?…俺に、こんな依頼をしたぐらいなんだからさ?』
・・・
<<…そうなんですが…あの投稿の投稿者は…あくまでも依頼を受けた普通の一般PCです。内容的に問題がある部分は修正せざるを得ませんが…一般PCの行った行為を問題の無い部分まで含めて全削除すれば………多くのプレイヤーがその一般PCが不正行為を行ったPCだと誤解するでしょう。…それは避けなければなりません>>
『でも………あのタイミングで、システム側から不正についての告知があったんだから、みんな、あの「攻略ガイド」が不正に入手された情報だって思うんじゃないの?』
<<いいえ。そうではないんです。アスタロトさん。告知ではあの「攻略ガイド」については何も触れていないんですよ。単に「真の名」や「特殊スキル」の事は、システム担当を名乗る者が直接訊くことが無い…だから軽々に他人に話さないよう注意しろ…と>>
『あ…そ、そうだったか?…じゃ、じゃあ?』
<<それにですね。アナタたちTOP19は…お忘れかもしれませんが…今回のメジャーアップデートにより「レジェンド・エネミー属性」が付与されています。つまり…>>
『お…俺たち…も、モンスター扱いってコトか!?』
<<そのとおりです>>
システム側から「不審なPC」による不正に関する情報は告知された。しかし、その告知を見た一般PCは、当然、まず第一に自分たち一般PCの情報に関しての漏洩をイメージして心配する。しかし、システム側からのお詫びの告知には、「脆弱性に対するシステムへのパッチが摘要済みであること」、「大きな被害は確認されていないこと」のみが記載されており、その流出した一部のプレイヤー情報が悪用されたり、公開されたとは知らされていないのだ。
『そう…か。俺は、自分がTOP19だから…コレを流出だと思い込んだのか…』
・・・
<<遅かれ早かれ…アナタたちTOP19の「攻略ガイド」?的なものは、掲示板やフォーラムに出まわっていたことでしょう。………それよりも、アナタも見ているでしょう?…我々が一部の問題部分を削除する前のオリジナルの投稿を…>>
『あぁ…っと。うん。見たよ。見た………けど…。自分とブブのところ以外は…あんまりしっかりとは読んでなかったし…って、ジウさんが、その暇も与えずに俺に仕事を依頼したんじゃん!』
<<…そうでしたね。弱ったな…。でも、間違いありません。こんなあからさまな…しかも「芳しい香り」などという意味不明の記述…あれば、いくら流し読みしかしていなくても、目に入ったと思います。…これは、明らかに我々以外の者の手によって改ざんされています>>
アスタロトは頷く。ジウを信じないわけではないのだ。
そして、確かにうろ覚えではあるが最初に目にした「攻略ガイド」の自分に関する記載の直ぐ上に…その内容と正反対の褒めちぎる内容など…無かったように思う。
アスタロトはあの時、イシュタ・ルーや慈雨…それにマボの4人で一緒に見ていたのだ。イシュタ・ルーはともかく、自分よりも注意力と観察力に優れた慈雨やマボが、このようなあからさまな記載を見逃すわけがない。
『…じゃぁ…誰が?…いつ?…何の意図があって?』
アスタロトのその問いにジウの思念は沈黙するしかない。
ジウにも…それは全く分からないからだ。
いくつかの仮説は思い浮かぶが、どれ一つとして確証が得られるものはない。
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・・・
「…了解した。参加を表明する。…で、委細は?…ふむ…後日…分かった。それでは、次の連絡まで待つとしよう。わざわざ、出席の意向確認のためだけに巡回しているのかね?…なるほど、システム担当者というのも苦労が絶えないのだな。ご苦労さま」
ベリアルは、改ざんされた…と思われる「攻略ガイド」の記載にあったほど…ではないが…それでも、そこそこに容姿は端麗で…しかも仄かに魅惑的な香りを漂わせていた。
ジウが話す伝達事項を静かに聴いて、要所要所で的確に頷き、相槌を打ち、そして必要最小限の確認事項を落ち着いた声のトーンで問い返してきた。
そして、多くのPCの所を巡回しなければならないであろうジウに、労いの言葉をかける。その声優も顔負けの魅了的な声で。
地下洞窟内。照明は壁の低い位置に等間隔で並んだ松明のように揺らめく光源。
どのぐらい広いのか想像も付かないほどに大規模な洞窟の中の広大な広間に、ベリアルは椅子もなく、一人静かに佇んでいる。
悪魔族タイプの特徴である角は、芸術作品の様な美しい曲線を描いており、角と言うよりも彼の権威を示す王冠のようにも見える。
果たしてフライ・ブブ・ベルゼの眉と同様に触覚のように蠢くのかどうかは不明だが、、細いがしかしクッキリとした形の良いラインは、決して醜悪と表現されるものではなく、むしろ美麗というべきものだと感じられる。
タイプ名の後半、クラス名などに相当する部分には「堕天使」とあるように、背中には美しい艶のある翼が畳まれた状態でついている。ただし、その色は天使タイプに見られるような純白ではなく、闇よりも黒い…と表現したくなるような漆黒をしている。
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結局、ジウは、何も判断できないままにベリアルのところを辞さなければならなかった。
伝えるべきことは伝え、相手も答えるべきことを答えた。
それ以上、意味もなく滞在することは不自然きわまりなく…できない。
<<アスタロトさん…一応、お訊きしますが…ベリアルさんは…「不審なPC」の気配と比べて…いかがでしたか?>>
『………んー。分かんねぃ!』
<<はぁ…。やっぱり、…そうなりますよねぇ…>>
限りなく怪しいのはベリアル。しかし、怪しすぎて…それが誰か別の者の意図により操作された怪しさなのではないか…とも思えてしまう。
しかし…裏の裏をかいて…やっぱり別の者の意図だと思わせて自分への疑いを回避しようとするベリアルの恐ろしい悪知恵であるという可能性も捨てきれない。
TOP19たちの内、ランキングが2桁台の者は「会話不能」などと揶揄されるように一癖も二癖もある者ばかりだった。その「癖」の部分が強さであると同時に、おそらくは弱みにも繋がる可能性があるような…。とにかく個性的なキャラクターたち。
だが、9位のネフィリムも怒りに我を忘れなければ常識的なPCであるし、8位のレイもセクシー過ぎる出で立ち…にさえ目を瞑れば、その会話に手間取ることはなく短時間で用件は済んだ。
どうやらTOP19でも上位になればなるほどに、その強さの源の一つとして知的要素が強くなり、会話から弱点が想像されるような下手な行動は減っていくのだと予想され、実際、今訪問したベリアルも、会話からでは全く何の情報も読み取ることはできなかった。
・・・
『いや…。まぁ。余りにも個性がなさ過ぎて…それが不自然だとは…強く感じるけど』
アスタロトも、ベリアルを「不審なPC」だとは断定できないようだが、しかし、かなり警戒が必要となる相手であると認識したようだ。
<<まぁ…しかたがありませんね。早くアナタの体に戻る方法を探す必要もありますし…ここは、さっさと残りのTOP19上位ランカーのところも巡回してしまいましょう。残りは、あと2人ですし>>
『え?…2人?…って…何で?』
<<すいません。先に申し上げなくて失礼いたしましたが…第5位のユノさんには、事前にこの用件はお伝えしてあるんです。それから第4位と3位のジュピテルさんとブブさんは…最初にお話したとおり、この件の犯人である可能性が極めて低いので…アスタロトさんが元の体に戻られた後に、私一人で訪問すればOKです>>
『あ………お、俺が…戻れるように?…は、配慮してくれてるんだ…あ、ありがとう…でも…ジュピテルとブブ…は、それで良いとして、その5位のユノは?…犯人かどうか俺が確認しなくても大丈夫なの?』
アスタロトからの問いに、ジウはどう答えたものか?…と少しだけ思案する。
<<…彼女には…アリバイがあるんです。絶対に犯人ではありません>>
釈然としないアスタロトだったが、異議を唱えるほどの理由もない。
ジウは、「では最上位の2人の所へ」…そう言って空間転移のコマンドを実行した。
・・・
次回、「それぞれの『芯』(仮題)」へ…続く…