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(11) 戻れない?

・・・


 『あ………んなん…アリ?』


 ジウが3人のTOP19(トップナインティナー)の前へと現れるタイミングを計って、転移空間からモニタリングしている映像。

 それをインタラプトして覗き見ていたアスタロトは、信じられない光景を目にして思わずジウに確認してしまう。


 <<…わ…私も、アレは初めて目にしました。ま、魔法…何ですかね?…それとも…潜在能力スキル…でしょうか?…それとも…拡張………>>

 『そ、そんなに色々、可能性があるの!?』


 二人が驚きをもって語っているのは、TOP19ランキング第9位の巨人。

 例の「攻略ガイド」によると呼称は「ネフィリム」のハズだ。

 その姿はまさに巨人。平均的なPCを縦横2倍にしたような巨体。

 太い腕。太い腰。太い腿。その体に比べ、頭部だけが普通のサイズであるのが、逆に異形との印象を強くしている。


 アスタロトたちが出るタイミングを計り見守る中、その異形が口を開き…

 その口から光の奔流がほとばしる。

 標的となったのは、ランキング第13位の青黒い肌のPC。呼称は「マコト」。

 一撃死しなかったのは、さすがTOP19…と褒めるべきだろうか?


・・・


 威力はマボの手印魔法…名前は知らないが…あの光の矢と同じぐらいだろうか。

 マボの光の矢は、虚空から何本も同時に襲ってくる…という点で、今のネフィリムの光の奔流よりも恐ろしい技だ。

 だが、マボの光の矢は、「手を振り下ろす」という動作の後、僅かだが身構える猶予があって降ってくるため十分な防御力があれば対処は可能だ。

 それに対して、ネフィリムの光は、口を開くという予備動作はあるものの、その次の瞬間には吠えるが如く即座に吐き出されるため、余裕を持って防御をするのはかなり困難だろう。


 マコトの動きは決して悪くはなかったのだが、初見であの光撃を躱すのは、おそらくTOP19ランキングの上位者でも無理なのではないだろうか。

 しかし、褒めるべきは、彼が倒れると同時に魔法で転移してきた金色の肌を持つ女性PCのかもしれない。例の「攻略ガイド」によると彼女の呼称は「シンジュ」。

 継続するダメージで徐々にHPを削られていくマコトへ、即座に回復魔法をかけ、彼のHPの減少を辛うじてレッドゾーンに留めて、今は徐々に回復に向かわせている。


 その回復魔法の展開の速さ、効果の大きさ…も、さることながら、何よりもあのネフィリムの光撃の威力の前に、躊躇することなく体を晒してみせた勇気というか…度胸には驚かざるを得ない。

 いや。彼女にとって倒されたマコトは、その恐怖に打ち勝つほどの、よほど大切な人なのだろう。

 「お兄様…お兄様…」と、悲痛な呼びかけを続けている。

 なるほど…兄妹なのか…。


・・・


 『ど…どうしよう?…ジウさん。今、出て行っても、とても話ができる状況じゃなさそうだよ…』

 <<ええ。戦いは相互の同意の上に行われているようですから…システム側の担当である私が、出て行って干渉するというわけにはいきません>>

 『で…でも、今、システム側の措置で、極力PC同士が接触しないように制限をかけているんでしょ?…彼らはそれを破っているんだから…ジウさんが止めても良いんじゃないの?』

 <<?…彼らが何に違反していると?…彼らがここにいるのは、アスタロトさん。アナタが、この大会議室を誰でも滞在可能な場所として提供したからでしょう?…>>

 『そ、そうだけど…』


 そんなやり取りをしている間にも、ネフィリムの光撃は続く。

 マコトが倒れた後、標的となっているのは5頭身の特徴的な体型をした小柄なPCだ。

 その特徴的なフォルムから、TOP19ランキング第10位の「鬼丸」だと思われる。

 マコトよりもランキングが上位なだけあって、体型からは想像もつかないほどの身軽さで大会議室内を縦横無尽に跳ね回っている。

 彼の身長と同じ程度の長さの棍棒のようなものを振り回し、その遠心力と重心の位置を見事に操って、まるで空中を走るかのように自在に飛び回る。


 『って、今…あの鬼丸って奴…。あ、有り得ない方向に曲がったよね!?』


 空中に飛び、足場の無い状態でネフィリムの太い腕による打撃を受けそうになった瞬間。

 確かに、鬼丸は突然空中で90度方向転換して、その腕を避けて見せたのだ。


・・・


 <<ふむ…。金棒を見事に使いこなしていますねぇ…>>

 『え?…あの動きって…か、金棒を使ってやってるの?』

 <<…おっといけない。アナタに他のPCの情報をお教えするわけにはいかないんですと…何度言ったらわかるんですか?…誘導尋問しないでください>>

 『け、ケチ!』


 意識を大会議室に向け直すと、さっきより、ネフィリムの光撃の頻度が上がっている。

 マコトが回復を終えて、再び参戦したからだった。

 いつの間に取り出したのか、マコトの手には三つ叉のフォークのような槍が握られている。そして、彼の体は炎に包まれている。ダメージを負っていないようだから、あの炎はマコト自身の体から発せられているもののようだ。

 シンジュは、いつでもマコトの回復が可能なように…ということか、マコトの背後から逃げようとしない。マコトもそれを承知で、背後のシンジュを庇うように位置取りを微妙にコントロールしながら、ネフィリムに対して三つ叉槍を繰り出している。


 『あ………じ、慈雨!?』


 <<はい?…何ですか?突然?>>

 『ち、違うよ。ジウさんじゃなくて…慈雨が、あの扉の隙間に…あぁ…あああ!!』


 アスタロトが慈雨に気づいた、まさにその瞬間。

 不幸にも、偶然、鬼丸が扉の前を横切り、それを狙ったネフィリムの光撃が扉の隙間あたりを直撃する。


・・・


 轟音………は、しなかった。

 しかし、扉に直撃した光の奔流は、激しい光の明滅を引き起こし、エネルギーの余波を撒き散らす。


 慈雨を突如襲った惨劇に、激しく同様するアスタロトだが、幸か不幸かここは転移空間。何も出来ないかわりに、慌ててバランスを崩し転ぶこともない。

 絶望的な気分に襲われながら扉を注視するアスタロトの視界には、青い蜂の巣のような無数の六角形の光が明滅するのが映り、その時初めて扉に何らかの防御魔法が展開されていたことに気づく。

 光の奔流のエネルギーに相殺されたのか、光の奔流が消えた後には、六角形の防御魔法の光も残ってはいなかった。

 魔法による防壁を失った扉の向こうには、驚いたような顔で尻餅をつく慈雨の姿が見える。慈雨の可憐な唇は小刻みに震えており、再度、魔法による防壁を発動しようとする慈雨の呪文は、うまく成功しないようだ。慈雨の顔に焦りの色が浮かぶ。


 『た、た、た、助けなきゃ!!…じ、ジウ…慈雨を…』


 しかし、慌てるアスタロトの思念に、ジウの思念は応えない。


 『た、頼むよ。じ、ジウさん。転移を解いて。慈雨を助け起こさなきゃ!…あ、あの扉のところで良いから。ね?ね?ね!?…て、転移解除を!!!』


 アスタロトの悲痛な思念に、ジウの思念が苦しそうに揺らぐ。だが…


・・・


 <<…だ、駄目です。ひ、人が多すぎる。あれだけ多くの一般PCの前で、システム側の担当の私が…と、特定のPCを救うところを見せるわけには…行きません>>

 『み、みんな…きっと、責めたりはしないよ。だ、だって…た、助けるんだもん!』

 <<い、今は…許されるでしょう。…し、しかし、今後、危機に陥った数多のPCたちは…その時に私が助けに現れなければ…どう思うでしょうか?>>


 『そんなの!!!………知るもんか…』


 アスタロトの思念は一瞬激昂しそうになったが…その語尾で微かなものとなる。

 慈雨を助けたいという思いの強さにより、今、自分が無茶なコトを頼んでいるのだということ。それは、理屈では理解しているのだ。


 慈雨が自力で立ち上がり、安全な場所に回避する。それが一番だ。

 アスタロトは、祈る。

 ネフィリムの光撃が、再び、扉へと向かう前に、慈雨が立ち上がるように…と。


 しかし、アスタロトの願いを余所に、大会議室内での戦いは益々激しさを増す。

 僅かに逸れたが、今も、扉付近へと光撃が弾けた。

 大会議室の壁自体も、もう内側がボロボロに焼け焦げた状態となってきているが、何とかネフィリムの光撃が外部へと漏れないように防いでくれてはいる。

 しかし、それも時間の問題だろう。

 このままでは、慈雨だけでなく、その他の者にも被害が及び始めることだろう。

 それは、「この町とその住民を守る」と誓った、マボとの約束をも破ることになる。


・・・


 必死に考える。


 自分という男は、困難が大きいほどに知恵が回るのでは無かったか?

 考えろ…考えろ、考えろ考えろ考えろ…捻り出せ。アスタロト。

 諦めずに、無限にアイデアを思い付くことこそが…自分の強さの秘密であるハズだ!


 アスタロトの意を汲み取って、ジウが転移を解いて通常空間へと復帰する。

 自動的に仮想対実時間レートが、高いレベルにまで引き上がる。

 大会議室の激しい戦いが、凍り付いたように動きを止める。


 ネフィリムは、大口を開けた恐ろしい形相で…。

 鬼丸は、空中で金棒を振り回し、楽しそうに笑った顔で…。

 マコトは、シンジュを背後に庇いながら、必死に歯を食いしばった表情で…。


 これで、無限とは言わないが、考える時間には十分な猶予が生まれる。

 極限まで加速された思考の中で、アスタロトは何十、何百というアイデアをシミュレーションし、自分が取るべき最適解を探し出す。


 『…そうだ!!!』


 そうして、アスタロトは答えに辿り着く。


 『お、俺、自分の体に戻れば良いんだ!』


・・・


 考えてみれば、それは非常に簡単な解決方法だった。

 システム側の担当のジウの姿では、慈雨を救うことが出来ないというのなら、アスタロトの姿に戻って救えば良いのだ。

 自分のGOTOSを救うのに、誰に遠慮する必要があるだろうか!?


 『…ありがとう!ジウさん。仮想対実時間レートを上げてくれたお陰で、冷静に考えることができたよ。気づいてみれば、超簡単な答えだったね…あはははは…』

 <<そうですね。良かったですね…>>

 『じゃぁ…頼むよ。よろしく!』

 <<………>>

 『ほらぁ~。もう、何の問題もないんだから~早く、戻してよ!』

 <<はい?>>


 加速された時間の流れの中にいるからいいものの…何故かジウの反応は鈍い。

 鈍いというか…今ひとつ、アスタロトと意志の疎通が正常に図れていないような感じさえある。…まだ、何か問題があるというのだろうか?


 『あ…その後、また戻ってくるかどうかを心配してる?…大丈夫だよ、約束するよ。ちゃんと、依頼されたことは最後までやり遂げるって…』

 <<…ええ。それは…是非…お願いします>>


 それでもなお、ジウの反応は鈍い。

 さすがにアスタロトも焦れてくる。自分は、慈雨を早く救いたいのだ。


・・・


 『…だから。早く、俺を元の体に戻してよ!!!』


 少し苛立ちを含んだ、強めの思念でジウに催促するアスタロト。

 ところが…


 <<…でも………どうやって?>>


 返されたジウの答えは、アスタロトの予想の範囲外のものだった。


 『………どうやって?』

 <<ええ。どうやって?>>


 思い出して欲しい。そもそも、今のこの状態は、ジウが想定していた状態ではないのだ。

 ジウは、アスタロトをマボの幻影魔法でジウに見えるようにし、その上でアスタロトにメッセンジャー兼犯人捜しを依頼するつもりだったのだ。

 ところが、ジウの偽者との会話からどういうヒントを得たのか、事もあろうにアスタロトは、三重起動させた深層意識による瞑想魔法によって、ジウの操るPCの中に表層意識を送り込むという信じられない技をやって見せたのだった。

 それが、ジウの体に、ジウとアスタロトの2つの思念が同居するという、今のこの不思議な状況となった経緯なのである。


 従って…ジウには、アスタロトがどうやって自分の体に思念を送りこんできたか知りようもないのである。…ということは、戻し方も分かるわけがない。


・・・


 『ええぇ?』

 <<私が、アナタをこの体に取り込んだわけではありませんから…知りませんよ?…戻し方なんて…>>

 『えぇぇぇぇっぇえええええええええ!!!???』


 大会議室は、凍り付いたように動きを止めたままだ。

 だからこそ、多少、焦りを消してジウとのやり取りが出来ていたのだが…

 まさか、自分の体に戻る方法を思い付くまで、ずっとこうしてジウと加速した時間の中に閉じこもっていなければならないのだろうか?


 <<アスタロトさん。申し上げにくいのですが…この仮想対実時間レートの引き上げには…時間制限があります。我々のリアルの脳が、思考の加速が与える負荷に耐えられる連続時間には限界がありますから…もう間も無く、強制的にレートの引き上げ状態は…解除されてしまいますよ>>

 『ちょ…ちょっと待ってよ。ま、まだ、結局、何も考えられてないよ!』

 <<待って差し上げたいのはやまやまなのですが…これはシステム上の仕様ですから…私にもどうにもできません…私にできるのは、できるだけ速やかに、再度、仮想対実時間レートを引き上げることぐらいですが…それでも、再引き上げまでに時間は流れてしまいますから…最悪の事態が起こる可能性は防げません…>>


 もう、アスタロトはジウの長々とした説明に、いちいち答えない。そんな余裕が残されていないようだから。

 だから、再び考える。どうすれば良い?…どうすれば自分の体に帰ることができる?


・・・


 <<アスタロトさん…ヒントになるかどうか…分かりませんが………一つ>>

 『何?…何でもいいから…考える材料になるなら…教えてよ!』

 <<とにかく、アナタが自分の体に戻るためには、どちらにしても仮想対実時間レートは通常のレートに下げなければなりません>>

 『………うん。残してきた深層意識が通常レートの中にあるから…だね?』

 <<そうです。だから、もうじき強制的に通常のレートに切り替わりますが…その時に、アナタは慌てずに、最善の行動を取る必要があります。それを、しっかりと認識しておくべきです>>

 『うん。分かった。元の体に戻るために、無駄に時間を掛けちゃうと、それだけ慈雨の身に危険が迫る可能性が高くなっちゃうってことだもんね』

 <<………私としても、慈雨を…いや、失礼、慈雨さんを、こんなところで失いたくはありません。アナタだけが頼り何です。頼みます…何としても守ってやって下さい>>

 『………うん』


 ジウの言い回しに、少し引っかかるものを感じながらも、それを追求している余裕は今のアスタロトには無い。

 ジウに言われるまでもなく、何としても自分の体に戻って、慈雨を守らなければ。

 右腕を失って瀕死となった自分が、今こうして無事でいられるのは、慈雨に助けられたからだ。

 万が一、慈雨があの光の奔流に晒されたとしても、慈雨が【死】に至る前に、マボにしたのと同様に6点法でも何でも駆使して、彼女を救って見せる。…自己への暗示ツールは取り上げられてしまっているが、それが何だというのだ。必要な時に、必要な力を発揮できないような奴には、誰も守れないのだ。アスタロトは決意を固める。


・・・


 『よし。そうと決まれば…ジウさん、5つ数えたら仮想対実時間レートを通常にしてよ。1秒も無駄にしたくないから…5、4、3…2…1…』


 その直後。


 大会議室の片隅に、ジウは姿を現し…つまりは、ジウとアスタロトの思念は通常のレートの世界で活動を開始する。


 1秒後。まだ、部屋の片隅に現れたジウに誰も気づかない。

 鬼丸とマコト&シンジュの動きにやや翻弄され、狙いを定めずに口からの光の奔流を乱発し始める。

 アスタロトは、自分の体に残してきた3重の深層意識へのアクセスを必死に試みる。


 2秒後。尻餅をついていた慈雨が、やっとのことで立ち上がる。

 鬼丸とマコト&シンジュが、間の悪いことに慈雨の目前、扉の前を交差していく。

 ネフィリムは、どちらのPCに当たっても良いという意識で、扉の方に向けて口を大きく開き…光撃態勢に入る。

 アスタロトは、未だに自分の深層意識へのアクセスを上手く行えない。慈雨を助ける…というイメージが先行してしまい、より強いそのイメージが邪魔をして深層意識による瞑想魔法を解除できないのだ。


 焦れば焦るほど…時は無情に過ぎていく。

 ジウも、何もできずに部屋の片隅に立ち尽くすだけだ。


・・・


 3秒後。ついに…ネフィリムの口から光の奔流が迸る。

 逃げろ…と祈るアスタロトの思念は伝わらず、慈雨は取り憑かれたように光を見つめるだけで逃げるそぶりを見せない。誰かが「逃げて」という叫びを上げる。

 アスタロトは、自分の体の深層心理の感触は掴めたものの…あまりにも強い慈雨を救おうとするイメージが邪魔をして、未だに自分の体に戻ることが出来ない。


 アスタロトの心が絶望の色に染まる。

 仮に今、自分の体に戻ったとしても間に合わない。

 いくら仮想の世界だからと言っても、光の速さより早く動くことなどできない。

 自分の体が今、出発時の会議室にいたとして、1階のロビーにまで駆け下りるには、どんなに急いでも数秒はかかる。

 アスタロトには転移魔法は使えない。

 仮に使えたとしても、魔法の発動にだって時間はかかるのだ。


 そんな足掻くような思考の間に、光の奔流は扉の外へと…キラキラと光る粒子の残滓を振りまきながら吸い込まれていった。


 『あぁ…あの光撃は…光…そのものでは無いんだな…光輝いてはいるけど…もっとずっと遅いや…。エネルギーの固まりなんだ…』


 そんなどうでも良いことを…アスタロトは考えている。

 その視点は、未だ…大会議室の中。部屋の片隅。

 そして、光の奔流が通過した扉の隙間からは…慈雨の姿が消えていた………。


・・・


 「じ………慈雨ちゃん!!」


 扉の向こうからイシュタ・ルーの悲鳴が聞こえる。

 アスタロトは声の方向へ駆けていこうとするが、ジウの体の左半分だけしか支配していない状況は変わっておらず、ジウが不自然に姿勢を崩すだけに終わる。


 何も…考えることが出来ない。

 ただ、起きてしまった現実が、ジウの左目と左耳から、視覚と聴覚情報としてアスタロトの思念へ流れ込んでくるだけ。


 その悲痛な声に、ネフィリムの動きが止まる。

 鬼丸も、飛び回るのを止めて扉の方を凝視している。

 そしてマコトとシンジュも、呆然と扉の方を見る。


 慈雨を光撃から守ることは出来なかった。

 もう、その確定してしまった事実は、変えようが無い。

 アスタロトは、せめて慈雨が一撃死していないことを祈り、次善の策として一刻も早く回復魔法をかけるために行動したいと思うのだが…

 扉の向こうに見える空間には、倒れている慈雨の姿は見えない。


 押し寄せる絶望。


 何故だ!?…慈雨を救うイメージは、明確に思い浮かべることが出来ていたのに…


・・・


 「…え?…何?」


 幻聴だろうか?

 扉の向こうから、微かに慈雨の声が聞こえたような気がした。

 だが、それが幻聴でないとしても、扉からはかなり離れた方向と距離のように思われる。


 もしや、慈雨はショートレンジの転移魔法で、寸前で回避したのか!?

 慈雨の魔法の技術なら、それは決して不可能では無い。

 絶望が、希望へと急激に色を変える。


 慈雨の声を聞き、アスタロトがその脳裏にイメージしたのは、慈雨が誰かに抱えられたような姿勢で戸惑いの笑みを浮かべている…無事な姿。

 その通りであって欲しい。

 自分は間に合わなかったけれど、慈雨が助かってくれたなら…なによりだ。


 「…特に規約違反…というワケではありませんが…、あまり無関係のギャラリーを戦いに巻き込んで傷つける…というのは感心しませんねぇ…」


 一刻も早く扉の外へと駆けつけて慈雨の無事を確認したい。

 そんなアスタロトの思念を読み取ってか、扉の方を見たまま固まっている3人のTOP19たちの背後に声を掛けながら、ジウは扉の方へとユックリと進んで行く。できるだけ不自然さを感じさせないように、いつもの無表情と茫洋とした雰囲気を纏って。


・・・


 ジウが大会議室の大扉の前まで辿り着き、左右に大きく開ける。

 瓦礫が邪魔をして開きにくいハズだが…見た目によらぬ怪力でお構いなしに開く。


 ロビーには、大勢のPCが扉の前を避けるようにして身を固くしていた。

 扉の横には、イシュタ・ルーがいる。その視線は、階段の踊り場を見上げている。

 扉を開けて現れたジウに何人かのPCが視線を向けたが、多くのPCは不思議そうな顔をして、やはり階段の踊り場あたりを見上げている。


 「おぉ…。じ、事務のお姉さんは、ぶ、無事だぞ!」

 「ほ、本当だ…も、燃え尽きたかと思って心配したよ…」

 「あぁ、良かったな…でも、よく逃げられたな」

 「うん。アレは、どうしたってもう避けられないと思ったよなぁ!」


 ロビーに避難していたPCたちが、口々に驚きと安堵の声を上げる。

 さっきまで鳴り響いていた激しい戦闘音が静まり、システム担当のジウが扉の中から現れたため、危機はさったと解釈し安堵の表情を浮かべるPCたち。


 「じ、慈雨ちゃん…ず、ずるぃ!」


 イシュタ・ルーが、先ほどの切羽詰まった声からそのトーンを180度変えて、いつもの調子で慈雨に非難の声を投げる。


 「何で、アンタ、私のロトくんに『お姫様だっこ』してもらってるのよ!?」


・・・


 2階へと昇る階段。

 踊り場の所に、慈雨の姿が確認できた。


 無事だ…。


 安堵に思念の緊張をやっとといたアスタロト。

 慈雨は、イシュタ・ルーが言うとおり階段の踊り場に立つ誰かに、お姫様のように抱き抱えられている。

 その抱いている者の顔は、2階の床兼1階ロビーの天井の陰に隠れて見えない。

 しかし…その体の…いや右腕の特徴的な肌の色は…。


 <<………何故…。あそこにアナタが…居るんです?…アスタロトさん?>>


 一つの体を共有しているため、ジウもアスタロトも、互いの思念が同一の体内に留まっていることは思念の揺らぎで分かる。ジウは、アスタロトの思念が未だに自分とともにあり、今、慈雨の無事な姿を確認するまで絶望の色に染まっていたのをハッキリと感じていたのだが…。


 『…どういうこと?…ね、ねぇ?…ジウさん。俺の方が教えて欲しいよ。アレ…誰?』


 ジウとアスタロト。二人の思念が同様に困惑の色に染まる。

 偶然、アスタロトの身体的特徴とそっくりなPCが居たのだろうか?

 しかし、イシュタ・ルーは、何の迷いもなく『アレ』をアスタロトだと呼んだ。


・・・


 「しゅ、シュラくん…あ、ありがとう。う、嬉しいけど…その…あの…は、恥ずかしいから…もう、下ろしてくれる?…る、ルーちゃんも睨んでるし…」


 そして、抱かれたままの状態で、自分を抱くPCの顔を見上げる慈雨も、その謎のPCを迷い無く「シュラくん」…つまりアスタロトと認識している。


 少女のような表情を浮かべ、嬉しそうに恥じらう慈雨を見て、アスタロトの心に猛烈な嫉妬心が生まれる。誰かは知らないが、自分の容姿を真似て慈雨をたぶらかすとは!!…ゆ、許せん!!!…慈雨を救ってもらったことへの感謝を一瞬で忘れて、憤慨するアスタロト。

 しかし、ジウの体内にいる状況では、その謎のPCに罵声を浴びせるわけにもいない。

 アスタロトに出来るのは、イメージの中で1秒でも早く慈雨がお姫様抱っこの状態から解放されるよう、その映像を強く思い浮かべて祈るだけだ。


 その思念が通じたのか、アスタロトにソックリの謎のPCは、慈雨をそっと腕からおろし優しく立たせた。


 「シュラくん…ありがとう…」


 アスタロトと同じ褐色の右腕を掴み自分の足で立った慈雨は、恥じらうような可憐な表情を浮かべて、その右腕にそっと額をよせる。

 まるで恋人同士のようなその姿に…アスタロトが憤るより早く、イシュタ・ルーが階段の踊り場に向かって突進する。


・・・


 「ムキー!!!…離れなさい!!離れろ、ハナレロ…れろれろしちゃうぞぉ!!」


 二人に体当たりするように突進するイシュタ・ルー。

 衆目の唖然とする中、ラグビーか!?アメフトか!?…いや、あれはプロレスの技なんじゃないか!?…と思うような勢いで衝突したイシュタ・ルーに弾き飛ばされるように、慈雨とその寄り添う謎のPCは2階へと突き上げられてしまう。


 「二人ともお説教するから、こっちへ来なさい!!…もう!!プンプン丸だぞ!」


 階上からは、半バーサク状態のイシュタ・ルーの怒鳴り声と、か細い慈雨の悲鳴が聞こえ…2人が廊下を引きずられていくような音がする。

 やがて、どこかの部屋の扉が乱暴に開けられ…何かがやはり乱暴に放り込まれ…そして、最後にとても乱暴に扉が閉められる轟音とともに、辺りは嘘のように静まりかえる。

 よほど防音機能に優れた部屋なのか、もう、それ以上は何の音も漏れてこなかった。


 アスタロトの関係者たちは揃ってその場から姿を消し、後に残ったのは呆然とした一般PCたちと…3人のTOP19。


 いつまでも沈黙してるわけにはいかず、ジウは大会議室の中へと引き返す。


 気まずそうな顔でうなだれているのはネフィリム。

 鬼丸は、その手にした金棒で後頭部をゴリゴリと掻きながら、「悪ふざけが過ぎたかのぅ」などと漏らし、マコトは疲労困憊…といった感じでシンジュに支えられている。


・・・


 「ふぅ。TOP19が3人も揃って…いったい何をやっているんです?…こんな所でアナタたち3人が全力で戦ったりしたら…一般PCに被害が出るのは当たり前でしょう」


 やや非難の色を含ませた呆れたような声で、ジウは3人のTOP19に声をかける。


 「面目ない…俺様は…体の大きさを馬鹿にされると我を失ってしまうのだ…」

 「いやぁ~我が輩も、強い相手を前にすると喜びで我を忘れてしまってのぅ~」


 ネフィリムと鬼丸が気まずそうに詫びる中、マコトは驚いたような…しかし、やや納得したような顔で呟く。


 「二人とも…つ、強すぎると思ってはいたが…そうか…TOP19だったのか…」


 ネフィリムと鬼丸も、マコトの呟きを聞いて、ジウが口を滑らせた「TOP19が3人も揃って」という言葉の意味に気がついたようだ。


 <<しまった…ついうっかり…>>


 システム側の担当者であるジウは、他のPCに関する情報を不用意に特定のPCに教えてはならないのだが…今、彼ら3人が互いに不知であった「TOP19である」という情報を結果として教えてしまったことになる。

 必死に何とか誤魔化すと、ジウは「TOP19協議」について3人に慌てて告知して、急いでその場から忽然と…逃げるように消えたのだった。


・・・


次回、「上位ランカー達(1)(仮題)」へ…続く…

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