(10) 恐るべき光の奔流
・・・
最初にその騒動に気がついたのは慈雨だった。
「はじまりの町」庁舎の2階執務室で、領主であるアスタロトの代理として、NPCの町事務職員だけでは判断不能な決裁など、細々とした事務に精を出していた慈雨。
アスタロトのGOTOSは現在2名いるが、そのうちイシュタ・ルーにそのような仕事ができるわけがないことは明らかなので、慈雨は文句も言わずに一人で黙々と事務をこなしていた。性格的にも(ルックス的にも)「デキルOL」という形容がぴったりな慈雨は、魅力的なアルト・ヴォイスの鼻歌交じりに、むしろご機嫌な感じで仕事を楽しんでいたのだった。
ところが…。
突然、階下から漏れ聞こえてくる喧噪。
慈雨の環境警戒レベルが自動的に数段階跳ね上がる。アスタロトとは違い、防御型のスタイルに特化したPCである慈雨は、視覚や聴覚などに設定した閾値を越える入力や異常を関知すると、その異常の程度に応じて環境警戒レベルが自動的で変化するようにPCのチューニングをしていた。同様に自動起動した防御系の瞑想魔法である【風の円環】により、薄い青色の光が慈雨の体を包む。
つまりは、そのぐらいに突然の、かつ、大音量の喧噪だった。
・・・
最初の喧噪は、聞き覚えのないPCの大声から始まった。
何を言っているのかは分からない。いや、はっきり聞き取れるのだが…その…言っている意味がわからない。
「いったい、ブトウカイは何時になったら始まるのだぁ!…領主の城では、ブトウカイが行われるというのは常識ではないのか!?…ここの領主は、そんな常識も知らんのかぁ!!!」
ブトウカイ?…「ぶとうかい」って…「舞踏会」のことかしら?
慈雨は、意味不明ながらも自分の中にある語彙のデータベースと大声により聞こえてきた内容とのマッチングを行い、何とかして状況をつかもうと推理する。
しかし…「城」って?
この「はじまりの町」は、別に中世をモティーフとした王政による運営などしてはいない。慈雨個人としては、王様となったアスタロトの后として仮想世界を楽しむのも悪くない…とは思うのだが。
だが、アスタロトはそういうロールプレイを楽しむタイプでは無さそうで、今のところ20世紀から21世紀にかけての日本の小規模自治体という、「はじまりの町」が始めから備えていた設定のままで運営を続けているのだ。
従って、どう見てもこの庁舎の外見は「城」などと表現するようなものではなかったし、声の主が居るであろう1階の大会議室の内装も王城のそれとは全くかけ離れている質素なものであるはずだ。
・・・
「なぁ!?…皆もブトウカイを目的に、ここで待っているのだろう?…残念ながら朝から大雨で、屋外での開催は期待できぬが…なに、なに、この部屋はなかなかの広さだ。この場所でヨセンカイを開いておけば、適度に参加者の数も調整できようよな!?」
ヨセンカイ?…また、意味不明の言葉が聞こえた。「ヨセンカイ」とは「予餞会」?…な…わけはないか?…送別会など行う理由がない。ではやはり「予選会」?…いったい何の?…慈雨は混乱する。
そこへビックリしたような顔をしてイシュタ・ルーが顔を出す。
「ねぇねぇ…今のは何?…慈雨は、ブトウカイのコト…何か知ってる!?」
「いいえ…知らないわよ。大会議室は、マボさんの魔法大学に入学したい人たちの面接試験待ち用の宿として開放しているんだけど………ルーちゃん、悪いけど、一緒に様子を見にいってくれる?…私、一人ではなんだか怖くって…」
「うっし!任せとけ!このルーちんが、慈雨もついでに守っちゃるよぅ!」
「…ついで?」
「当ったり前でしょ!?…ルーちんが守るのは、基本ロトくんなんだから!…慈雨とロトくんが同時に危なくなったら、ルーちんはロトくんを守りに行っちゃうから、その時は自分のコトは自分で何とかするのよ?…わかった?…慈雨」
「………わ、わかったわ。そ、それでいいから…一緒に行きましょう…」
なるほど、慈雨は今の会話で、アスタロトが不在にも関わらずイシュタ・ルーが平静を保っている理由に納得した。
実は、さっきまでは少し不思議に思っていたのだ。
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メジャーアップデートの際のわずか10分間の隔絶でも酷い混乱に陥り、夜明けまで狂戦士状態となっていたイシュタ・ルー。それなのに、システム側の担当者であるジウとともに、現在、アスタロト(…の精神)が不在となっているにも関わらず、彼女が何故、平静を保っているのか…マボと二人で安堵しながらも不思議がっていたのだ。
イシュタ・ルーは、アスタロトが大事な用事で心を別の場所へと飛ばしていることを理解しながら、その心の戻り場所である彼の体を守るために、彼女なりに真剣に自分の役目を果たそうとしているのだろう。
本当は、マボに同行してもらえれば鬼に金棒なのだが、転移魔法を自在に使える彼女は、アスタロトの不在に退屈すると、夜明けまでのイシュタ・ルーの錯乱騒ぎのために寝不足だから…と、現在は自分の寝床である「魔婆導府」へと帰ってしまっている。
だが、防御系に特化した自分と、最強クラスのタウン・モンスターである【天の邪鬼】に囚われても生き残ってみせたイシュタ・ルーの驚くようなサバイバル能力をうまく連携できれば、多少の危機ぐらい乗り切ることができそうだ。慈雨は、不安に押しつぶされそうな自分の胸の内を、そのような理論で必死に抑え…イシュタ・ルーと共に執務室を出た。
1階ロビーへの階段を降りると、ロビーには人が溢れかえっていた。
外は相変わらずの大豪雨であるため、外から「はじまりの町」の庁舎に訪れる者はいない。つまり、今、このロビーに溢れかえる人々は、昨夜からずっとこの庁舎内にいた人々だと思われる。
慈雨たちが降りていく階段の側面には、クエストの指令書が貼られた掲示板があり、いつもならロビーに賑わう人々の視線は、その掲示板に貼られたクエスト指令書に注がれているハズなのだが、今は誰も掲示板の方には見向きもしない。皆、一様に大会議室の扉を、怯えるように見つめている。
・・・
庁舎の正面玄関から入ると、突き当りの階段下がクエスト掲示板。そして右手側には住民課などの窓口が並ぶ。今、皆が怯えるように見つめている大会議室の大扉は、つまり正面から入った左手側である。
「…あの。何が?…あったんですか?」
慈雨は、階段の中ほどまで上った手すりの隙間から大会議室の方を覗き見ていた一人のPCに事情を聴く。突然、背後から声をかけられて気の毒なほどビックリした様子のそのPCは、慈雨とイシュタ・ルーの清楚な雰囲気を確認すると…少し落ち着きを取り戻して、知る限りの事情を話してくれた。
「…わ、ワシ等、数日前から…この部屋に寝泊まりさせてもらってるんだが…け、今朝がた、妙な体型のプレイヤーが突然現れて…『ここが、ブトウカイの待合室か?…こんなに参加者がいるとは、さすがにここの領主は強いだけのことはある!』…とか…い、意味不明のことを言って…」
「今朝?…この大雨の中を…どこかから現れたというのですか?」
「あ。あぁ。何か、ま、魔法みたいに、壁のあたりから急に湧き出てきて…わ、ワシ等…へ、変な奴が来たな…とは思ったんだが…さっきまでは、大人しかったんで…『順番待ちの最後尾は、ここでいいのかな?』…とか、ちょ、ちょっとは常識があるような感じの事も言ってたんで………安心してたんだが…さっき、と、突然に…」
なるほど、ジウから「この雨は極力PC同士の接触を避けるため」という説明を受けていたために魔法による移動者のことを失念していた。
・・・
どうやら大声の主は転移魔法でやってきたらしいが…しかし、「デスシム」における転移魔法には制約があって、どこにでも自由自在に移動できるのではないはずだ。最低要件として、過去に少なくとも1度は目的とする転移先を訪れたことがあり、かつ、その場所を他の場所とは明確に区別してイメージ化することができるほど強く印象付けできていなければならない。…この大会議室に、そのような他の場所と明確に区別できるような特徴などあっただろうか?…慈雨は、不思議に思った。
「何だ、何だぁ、何だ!!…あれだけ大勢の参加者が行列で待っていたというのに、我が鉄拳の前に、もう恐れをなしたか!?…情けない…これでは、ブトウカイの前の準備運動にすらならんぞ!…誰か、誰か強者はおらぬのか?…全く、ここの主催者は、参加条件にレベルの要件を書き忘れたのか?」
大会議室の中から、またしても意味不明な男の声が聞こえる。
つまりは、このロビーに溢れかえるPCたちは、皆、突然に「我が鉄拳」とかを振り回して暴れだした男から逃げて…かといって大豪雨の外へと出るわけにもいかず…このロビーへと退避しているということなのだろう。
今のところ、男がロビーの方へと出てくる素振りを見せないため、2階へまで逃げ上がってくるPCはいないようだが…ロビーの広さに限界があるため、住民課のカウンター前や、この階段の中ほどにまで退避せざるを得ないPCが出てしまったようだ。
「はい。ちょ~っとゴメンナサイよぉ~。領主の『妻』のルーちんが、ちょっと様子を確認するから…通してちょうだいねんねんねぇ~」
・・・
どさくさに紛れて勝手にアスタロトの「妻」を名乗りながら、いつの間にかイシュタ・ルーが大会議室の前にまで人ごみを縫うように移動している。思わぬ抜け駆け?…をされて、慈雨は少しムッとする。
イシュタ・ルーが、そーっと大会議室の大扉を開けて中を覗き込む。
慈雨は、独断専行するイシュタ・ルーに慌てて、ショートレンジの移動魔法【縮地】を使いイシュタ・ルーの背後へと移動する。【縮地】は、マボの指導を受けて覚えた、慈雨としては初の手印魔法だ。瞑想魔法でなら以前から実行できたが、やはり手印魔法は起動が早い。わずかの動作で、一瞬のうちに魔法が発動できるため、慈雨はその快感に一瞬、恍惚とした表情を浮かべてしまう。
「あ~~~。せっかくルーちんが作ったロトくんの石像がぁ~~~、こ、壊れてるぅ~!!!」
その声に、慈雨は表情を引き締め、慌てて大会議室の中を覗く。
…というか、今、イシュタ・ルーは何と言った?…「ロトくんの石像」?…見ると、確かにアスタロト…っぽい感じの石像が、無残に腰のあたりから砕けて床に横たわっている。
「な………。何であんなモノが!?」
「だって、マボちゃんと戦った時のロトくんが、すっごく格好良かったんだも~ん。普段の眠そうなロトくんも可愛いけどぉ~、忘れないうちに格好良いロトくんも形を残しておきたいじゃなぁ~い?」
な………何という余計なコトを。
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慈雨は絶句した。まぁ、あの戦いの時のアスタロトが格好良かったことは自分も同意見だ。しかし、それなら自分たちの執務エリアである2階より上に設置すればよいものを…
「格好良いロトくんを、皆にも見てほしかったんだモ~ン!」
イシュタ・ルーには悪気は無い。それは分かる。それは…分かる…のだが…慈雨は、今回の騒ぎの原因のひとつがイシュタ・ルーによるものだと確信した。
通常なら、特徴に欠ける会議室への転移魔法など…そう成功するものではない。ショートレンジの転移魔法であれば、目的地のイメージはそれほど明確でなくてもよいが、遠距離になればなるほど、転移魔法の成功率は、目的地のイメージの明確さによって大きく左右される。大会議室は、多少広いという特徴はあるが…別にこの町の大会議室だけが印象に残るほど広いわけではないし…。通常なら庁舎外からの転移は、マボと同等クラスの魔法の上級者でなければ難しいハズだ。
しかし、そこに「アスタロト像」などという他には絶対に存在しない特徴的な物体があれば話は全く違ってくる。
とにかく数日前のアスタロトとマボの領土争奪戦は凄まじかったのだ。戦いが…という意味でもあるが、その参観者の数がという意味においても。あの時点での「デスシム」参加者数は、オフィシャルの発表が本当なら定員いっぱいの2500人。さすがに、その全員が来ていたとは思わないが、少なくとも1000人は超えていたのではないだろうか?…マボが東門前に約束の時間に到達できなかった…程度には賑わっていた。
・・・
あの日から昨日までに、多くの参観者は自分たちが本拠とする滞在地へと帰って行ったが、それでも帰還する前に、アスタロトかマボに会えないかと「はじまりの町」庁舎へと立ち寄った者は数えきれない。フライ・ブブ・ベルゼ以外にも、アスタロトやマボへの面会を希望した者は少なからずいたのだ。
その希望者たち用の控室兼仮の宿として開放していた大会議室。そこに、他には絶対に存在しない「アスタロト像」などがあれば………転移魔法の目的地として、これほど明確にイメージできる場所はないだろう。
その「アスタロト像」は破壊されたので、今後、次々と転移魔法による訪問者が来るとは思えないが、あの横たわる上半身を撤去するまでは…ひょっとすると転移目標となり得るかもしれず、慈雨としては頭を抱えるしかない状態だった。
「ルーちゃん。悪いけど、この件が収まったら…あの石像は…誰にも見られない場所に撤去するわよ」
「え~っ!何でよぉ!…ロトくんの格好いいの…慈雨は、みんなに見てもらいたくないの!?」
「あのね…あんな印象的なものを置いておくと、あれを目印に、ロトくんの敵になるかもしれない人たちが、転移魔法で何時でも侵入できちゃうのよ…この庁舎に。ルーちゃん…守り切る自信ある?…あんなのから」
慈雨は、そう言って扉の中で金棒のようなものを振り回している5頭身の異様な体型のPCを顎で指し示す。
イシュタ・ルーは、さすがに首を左右にブンブン振って、「無理無理ムリィ~」と身震いしている。
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改めて二人が室内を覗き込むと、室内に今も残っているのはどうやら3人のPCだけの様だ。
一人は、意味不明の大声を上げている5頭身PC。
そして、次に目を引くのは…無言で座って?…いるだけなのだが…座してなお5頭身PCよりも遥かに高い位置に頭部がある…何頭身と表現していいのか不明なほどの大男。巨人PCとでも呼ぶべきか?
最後の一人は、どうして早く逃げなかったのか?…と叱りつけたくなるような華奢な女性PC。
「おぉ。そこな女性…我が鉄拳を前に逃げぬということは、貴女も、あのマボ殿と同様に、強さに自信をお持ちと…そう解釈してよいかな?」
巨人PCの方にチョッカイを出して、さっさと懲らしめられてしまえばいいものを…その5頭身PCは女性PCの方へと近づいていく。手に持った金棒を振り回しながら…。
確かに、その女性PCは巨人PCよりも目を惹く存在だった。別に巨人PCよりもさらに巨大な体つきをしている…という訳ではない。身長は…比較できるのが寸足らず?な5頭身PCと巨人PCしかいないので定かではないが、まぁ平均的な女性の身長だろう。では、女性特有のあの部分が巨大?…とか、アスタロトがいればガン見していたかもしれないが…同性の慈雨から見ても、その部分は…まぁ…大きいかな?…形は…綺麗ね…と思う程度である。しかし、女性のどこかインド風な衣装から覗く美しい手足は…金色に輝くような…というのが決して比喩ではないほどの艶やかな輝きを放っており、男性だけでなく同性の慈雨やイシュタ・ルーたちも思わず見とれてしまう程の美しさだった。
・・・
…というか…あれ…本当に金色よ…ね?………慈雨は自分の目を疑う。
女性PCは扉に背中を向けているため、今、いったいどのような表情をしているのか?…慈雨たちの側からは伺い知ることができない。
風を切り、唸りを上げて振り回される金棒が目前へと迫っているのに、何故か一歩たりとも逃げようとしないその女性PCに、慈雨たちはハラハラするしかない。
下手に声をかけて、5頭身PCを刺激したら逆に女性PCに危機をもたらしてしまうかもしれない。(正直に白状すれば…声に反応して5頭身PCに自分たちの方へ来られても嫌…という気持ちも大きい。)
あと僅かで金棒の哀れな犠牲者になろうか…という所で、今まで悲鳴どころか一言も発しなかった女性PCが、おっとりとした感じの眠そうな声で呟く。
「お兄様…。…弱き方々は、既に避難を終えたようですわ。お一人お逃げにならない方が見えますが…お強い方のようです。ええ。思う存分に…お兄様のご活躍を…」
その言葉の終わりと同時に、金色に輝く美しい肌の女性は右腕を軽く左右に動かして…一瞬にして姿を消す。
ショートレンジの転移魔法だ!…慈雨は、自分がやっとのことで覚えたばかりの魔法を、いとも簡単に使いこなした金色の女性PCが只者でないことを確信した。
そして…その女性に「お兄様」…と呼ばれた…そのPCも…やはり只者ではなかった。
その女性PCと入れ替わるように、やや大柄な男性PCが姿を現す。手には役目を終えて燃え尽きようとしているカード状のアイテム。法具魔法により転移してきたのだろう。
・・・
女性PCの肌も変わった色だったが、現れた大柄な男性PCも特徴的な肌をしていた。初めて見る色なので慈雨にはどう表現してよいのか分からなかったが…「青黒いねぇ!」と感覚派のイシュタ・ルーは迷い無く言い表した。
「…シムタブは人の可能性。リアルでは叶わぬ人の願望を具現化する異世界への扉…」
俯いたまま、どこか芝居めいた台詞を呟きはじめる青黒い肌の男性PC。
「どのような願望を叶えるか…。それが…それこそが『魂の色』。それこそが『魂の真実』………そう。この世界は現実ではない…しかし、この世界だからこそ、人は真実の姿を白日の下に晒されるのだ…」
はぁ…?
慈雨だけでなく、ロビーから中の様子を窺っていた全員の気持ちだ。ワザワザ、得たいの知れない金棒5頭身PCの前に自分から現れて…あの青黒い男性PCは…何を言っているのか?
「そう。私は、この世界で自らの使命に気づいたのだ。それこそが、私の魂に刻まれた真実の使命。私の属性は『破壊』だが…それは破壊のための破壊にあらず!…この荒んだ世界に、愛と平和と正義を取り戻すための………『再生のための破壊』なのだ!」
一言台詞を言う度に、大きく手足を動かして…何やら怪しげなポーズを取っている。
・・・
不思議なのは、その長々とした台詞とポーズの間、5頭身PCが襲いかかることなく、黙って青黒PCを観察していることだった。
そして…愉快そうに左の眉を持ち上げて、大声を上げる。
「はぁあっ、はっはっはっはぁあ…。面白い。面白いぞ。そうか、そうか、この世界で、ワザワザ『正義』を名乗るか!!…面白い。ならば、貴様はそれを名乗るほどに強いということだな!?…よし、強いならば何を吠えようと許される!!…誰が笑おうと、我が輩が許してやろう!!…ただし、我が輩よりも強ければだ!!」
「こ…、この悪党め!…ひとの名乗りの途中で笑った上に、正義を悪が許すだと!!…き、貴様などに許されなければ名乗れぬ名など無いわぁっ!!…」
「あはははは。名乗りたければ勝ってから存分に名乗るが良いわぃ!!…」
「何!?」
金棒を振り回しながら5頭身PCが青黒PCに襲いかかる。
身長は低いが5頭身PCのジャンプ力は相当なものだ。振り回した金棒の質量をも利用して自らの重心と棍棒の重心を上手くあやつり、まるで駆け上がるように空中へと飛び上がる。そして、その勢いのまま全体重を乗せて金棒を青黒PCの頭上へと振り下ろす。
「うぉ…あ、危ない!!」
「うわははははは。良く避けたなぁ!!…では、次はどうかな!!」
辛うじて金棒を避ける青黒PC。空を切った金棒は大会議室の床を穿ち、床の破片が慈雨たちの覗く扉の方まで飛んでくる。
・・・
「貴女たち、扉をお閉めになったほうがよろしくてよ?…お兄様の使命は、悪者の滅殺。そのための周囲への多少の被害は…お兄様はお気になさりません」
いつの間にか先ほどの金色女性PCが慈雨たちの背後に立っている。環境警戒レベルを引き上げていたにも関わらず、まったく気配に気づけなかった慈雨は、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
イシュタ・ルーは、「やはぁ!!ビックリしたな。あれ?さっき、中にいた人?」…とか脳天気に話しかけているが…やはりこの女性PCの魔法の腕前は相当のものだ。慈雨は、自動で上昇した環境警戒レベルでは不十分だったことを悔やみながら、いまさらだが環境警戒レベルをもう2段階引き上げた。
「…ご、ご心配…あ、ありがとう。でも、私たちは、ここの領主の代行を務める者です。自分たちの領地で暴れる者たちから、逃げ隠れているわけには行きませんわ」
何故かライバル意識を刺激され、慈雨の口調も金色PCに似たものとなってしまう。慈雨は、意地でも扉を開けたままにしておくため、得意の芒星魔法を詠唱する。
【護り巡りて壁を為せ!双子の三角…】
【…ヘキサグラム・ディフェンス・ウォール…】
【六防壁】
大会議室の大扉の内側に青く光る無数の三角形が現れ二つずつ逆向きに重なり六角形へと変化する。その六角形が無数に連なってハニカム構造の強固な防護壁を形成する。
・・・
「領主の留守中に、お客様方にお怪我をさせるワケにはいきませんわ…」
慈雨は自分でもちょっとおかしなモードに入ってしまったことを自覚しながらも、金色PCへの対抗心を隠せない。
金色女性PCは、「あら…素敵!」と【六芒壁】に見とれている。
そうしている間にも大会議室の中では二人の戦いが続き、【六芒壁】に金棒で抉られた壁や床の破片が勢い良く衝突する。衝突した箇所がより強く青い光りを発するハニカム構造。音を立てることもなく、その破片の衝撃を吸収する。
振り回される金棒。大柄な割に俊敏な青黒PCは、全てを紙一重で避けていく。
疲れを知らないのか、5頭身PCは笑顔を浮かべながら金棒を振り回し続ける。
もう、会議室の壁も床もボロボロだ。
そんな中、不思議なのは…平然と座り続ける巨人PC。
慈雨たちが心配して見ていると…時々、かっくん…かっくんと船をこぐように体を揺らしている。
「も…、もしかして…あの巨人さん…眠ってる?」
金棒が風を切り、唸りを上げる。意味不明に笑う5頭身PC。「正義」だとか「伝説の…」とか…「使命」とか、聞いていてコチラが恥ずかしくなるような台詞を叫びながら攻撃を躱す青黒PC。
そんな騒音?に包まれて平然と眠り続けるとは…やはり巨人の神経は図太いのか?
・・・
「唸れ!我が鉄拳!………ヘヴィ・アイアン・クラブ!!!」
5頭身PCがその野太い腕に力を込めて、風車のように金棒を回転させる。
「こ…棍棒を振り回しながら『鉄拳』とはこれ如何に!?…目を醒ませ!この悪党め」
青黒PCは叫びながら、振り回された鉄棒の下をかいくぐり5頭身PCにタックルする。 その状態のまま5頭身PCが金棒を振り回し続けているため、タックルの勢いのままに巨人PCの後頭部に強烈な一撃を食らわせてしまった。
「うごがぁああぁ???!!!………な、な、な?…急に何をするのだぁ!?」
後頭部を押さえながら、巨人PCがやっと目を醒ます。
「へん!…貴様が、そんな所にボケッと突っ立っているのが悪いのだ!…このウドの大木野郎が!!…我が鉄拳を喰らいたくなければ、床にでも這いつくばっていろ!」
「………お前…今…何と言った?…ウド?…大木?………俺様を無能呼ばわりするなぁぁぁあああ!!!俺様は貴様等の何倍も優秀なのだ!!!…長さで2倍、表面積で4倍、体積では8倍も優秀なのだぁ!!!」
巨人PCは、意味不明の自己主張をしながら、その2倍太く長い腕を横に薙ぎ払う。
「うぉおあおあ!???…な、何故、お、私を狙うのだ?…さては貴様も悪党か!?」
・・・
巨人PCの腕を辛うじて避けた青黒PCは、両手で抱えていた5頭身PCを、巨人PCに思いっきり投げつける。投げつけられた5頭身PCを腕で叩き落として叫ぶ巨人PC。
「ぬぉおぉぉおおああ!!…き、貴様も俺様に害を為す気か!!…良かろう!!!…有能な俺様の力を受けてみろ!!!!」
睨みつけた青黒PCに向かって、巨人PCは獣のように大きく口を開き…
次の瞬間。
光の奔流がその開いた口から迸る。
眩しさに本能的に目を瞑ってしまった慈雨。光に遅れて音がやってくる。
【シュバッ…バシュッ!】…という感じの轟音ではないが鋭い音。
「お兄様!?」
背後で金色PCの悲鳴のような声が上がったと思った次の瞬間には、大会議室の中に彼女の姿が転移しており、光の奔流の直撃を受けた青黒PCへと回復魔法をかけている。
青黒PCも、決して弱くは無いようだが…しかし、巨人PCの強さは数段上のようだ。金棒を振り回したPCにすら苦戦していたようだから、威勢は良いが実力はその二人よりも残念ながら劣っているようだ。
倒れた青黒PCにトドメを刺すような事はせずに、巨人PCは5頭身PCへと矛先を変えるようとする。が、先ほど、足下に叩き落とされたハズの5頭身PCは、いつの間にか巨人PCの背後へと回り込み、死角を突いて金棒を背後から振り下ろそうとしている。
・・・
巨体に似合わず俊敏な動きで金棒を躱す巨人PC。
彼にとっては低い天井のために四つん這いに近い状態なのだが、跳ね回るように動く5頭身PCに機敏に反応し、時折、その長い腕で牽制しながら部屋の隅へと5頭身PCを追い詰めていく。
5頭身PCの動きが壁に妨げられて一瞬止まった。その瞬間、先ほどと同様に巨人PCの口から激しい光の奔流が吐き出される。
光に消し飛ばされた…かに見えた5頭身PCだが…金棒を高速で旋回させて見事に防御してみせる。やはり5頭身PCの方が、青黒PCよりも強いようだ。
などと他人事のように分析をしながら見ていた慈雨だが、巨人PCの腕による牽制を避けながら、5頭身PCが徐々に大会議室の大扉の方へと移動して来たために、体を硬くして扉から離れる。
その直後。
慈雨の目には、悪魔のごとき形相で大きく口を開ける巨人PCの顔が映る。そして、次の瞬間。その口の奥。喉の奥に光の弾が生まれ…
「きゃぁー」
【六芒壁】のハニカム構造が激しい光のエネルギーを受けて明滅を繰り返す。相殺しきれないエネルギーが六角形の格子の隙間から漏れてロビーにまで熱を伝えてくる。
一際激しく輝いた後、【六芒壁】はその効力の限界を迎えて消失する。
・・・
イシュタ・ルーは「はやぁ~」と奇声を上げて大扉のサイドへと体を隠す。扉の隙間の正面に立っていた慈雨は、恐怖に体が硬直し…逃げるどころか尻餅をついてしまう。
さっきまでロビーに留まっていた人々は、今のエネルギーの余波に恐慌を来して住民課のカウンターの内部にまで逃げ込もうとしてNPCと揉めたり、正面玄関から激しい豪雨の中へ飛び出し…しかし、当然ながらビショ濡れになって「いたたたた」と悲鳴を上げながらロビーへと逃げ帰り…濡れて足下を滑らせて無様に転がりながら住民課の待合の方へと待避したり…大騒ぎしている。
ロビーの安全を確保するには、再度【六芒壁】をかけ直す必要があるのだが、恐怖で小刻みに震える慈雨の唇は、呪文を正確に唱えることができない。
そうしている間にも大会議室の中では、戦闘が続いている。
金色PCの回復魔法により青黒PCもなんとか復活し、金色PCに支えられるようにして立ち上がる。最初の威勢は良かったが、ほとんど良いところの無い青黒PCは妹から激励されて再び戦う構えを見せる。
全力を出さなければ敵わないと悟り、青黒PCはその手に武器を召喚する。
「カム・ヒア-・トリシル!!」
先端が三つに分かれた長いフォークのような武器だ。武器を呼び出すと同時に、青黒PCの全身と武器が炎に包まれる。
もう青黒PCは、「正義」だの「使命」だのといった能書きを一切口にせず、妹を背にして他の2人のプレイヤーに対峙する。
・・・
巨人PCのターゲットとなる敵の数が増えたことで、扉の外…ロビーで怯える人々の危険は倍増したことになる。
武器を得て多少は巨人PCと5頭身PCに対抗できるようになった青黒PCだが、どうしても動きの速度で、他の2人に劣っており…その結果、巨人PCの光の攻撃の的にされてしまう。
「お、お願いだから…と、扉の方へ逃げてこないで…」
慈雨がか細い悲鳴を上げるが、実力に勝る2PCを相手に、耳を貸す余裕など持てるわけもない青黒PCは徐々に扉の方へと回避しながら移動してくる。
「わははははは。強いな。強いぞ。そうかブトウカイは、もう始まっておったのか!」
楽しそうに、嬉しそうに5頭身PCは跳ね回る。なるほど…ブトウカイとは恐らく「武闘会」の事だろう。意味不明であることに変わりはないが…慈雨の疑問は一つ減った。
侮っているワケでは無いだろうが、5頭身PCは青黒PCへは攻撃をしかけず、より強い巨人PCへの攻撃に専念している。青黒PCには相手を選んでいるような余裕は無いが、必然的により大きな標的である巨人PCへの攻撃が主となる。
その結果、巨人PCは、目まぐるしく動き回る他の2PCに、しっかりと狙いを定めることをせず、口からの光の砲撃を乱発しはじめた。
その結果、ロビーはさらに騒然となる。
やっとのことで立ち上がった慈雨だが、またしても巨人PCの口を正面に見る。
・・・
そこからの慈雨の時間の流れは、まるでスローモーションのようだった。
イシュタ・ルーが何かを叫んでいる。でも、視線を巨人の大口に吸い込まれたように行動の自由を奪われた慈雨には、そのイシュタ・ルーの叫んだ「ニゲテ」という言葉の意味がわからない。
ニゲテ?…二下手?…2毛手?…逃げ…「あぁ…逃げてか」
驚くほどユックリと流れる時間の中で、やっとイシュタ・ルーの言葉の意味を覚るが、慈雨の手足は思うように動かない。
辛うじて一歩。右足を後ろに引くことができたが、それは単によろけてバランスを崩すだけに終わった。
実際よりも何倍にも拡大されたように見える巨人PCの顔。
その大きく開かれた顎。さらにその口の奥。喉の辺りに、再びエネルギーの固まりが生まれるのを、慈雨は何かに取り憑かれたように見つめる。
光の弾が徐々にその直径を増し、慈雨の視界をただ「眩しさ」という一つの視覚情報だけに染め上げる。
「綺麗…」
時間がユックリと過ぎる程、研ぎ澄まされた感覚。慈雨は、これまでにない精神の加速感を味わっているのだが…それを経験値として生かす機会を…今、永遠に失おうとしていた。防御力重視のPCだが、さすがに巨人の光撃の直撃を受けてはひとたまりも無いだろう。一応、修羅場を生き抜いてきた中堅プレイヤーである慈雨は、覚えたての手印魔法で消えかかっていた【風の円環】を再発動し、辛うじて防御を強化…だが…
・・・
イシュタ・ルーの目の前を、光の奔流が駆け抜ける。
直前まで慈雨の立っていたその場所を…駆け抜けた光を追いかけるように光の粒子がキラキラと残像のように漂っている。
慈雨の背後にも光の奔流は走ったのだが、部屋の中が覗き見える扉の正面に留まれるような度胸のあるPCは誰もおらず、住民課の前の通路上の待合を抜けた向こう側の壁に焼け焦げたような跡を刻んだだけで済んだ。
「じ………慈雨ちゃん!!」
普段は、アスタロトへの恋敵として「慈雨」と呼び捨てにするイシュタ・ルー。このときばかりは、「ちゃん」付けで悲鳴を上げた。本心では、慈雨とも仲良くしたかったのだろうが…その相手である慈雨は…今…イシュタ・ルーの目の前で…消え………
「…え?…何?」
その声は、2階へと昇る階段の途中…踊り場から聞こえた。
呆然としたような声。慈雨によく似た声。
イシュタ・ルーは幻聴かと耳を疑いながら、階段の踊り場を仰ぎ見る。
その声の主は、似ているどころか…ビックリしたような顔をして、誰かに「お姫様抱っこ」をされた慈雨本人だった。
そして、その慈雨をお姫様のように抱く右手は…少し細身で…褐色をしていた。
・・・
次回、…次々とアスタロトと同等以上の強者が現れる?
「強者の列(仮題)」へ…続く…