長崎、平和公園にて
一組のカップルが、平和公園に足を踏み入れた。男性は白人系の外国人、女性は日本人だった。二人とも20代だろう。ときおり英語で会話を交わすが、笑顔はなかった。
二人は平和祈念像の前に立った。
女性はカメラを構え、祈念像の写真を撮るが、男性は祈念像に間近まで歩み寄り、カメラに背を向けたまま、じっと像を見つめていた。やがてカメラを収めた女性に促された男性は、軽く手を繋いで、二人して公園を後にした。
☆☆☆
「こらー、静かにしなさい。他の方に迷惑でしょ」
真夏の太陽が照る中、生徒たちは無駄に元気だ。日差しは暑いというより痛い。日焼け止めをこれでもかと塗ってきたとはいえ、生徒たちの手前、日傘を差せない取り決めが憎い。
修学旅行で、はしゃぐ生徒たち。事前に原爆について勉強してきたので、少しはしんみりするかと思ったのに、このざまだ。
平和祈念像のポーズをまねしたり、単に両手でピースポーズをしたりして、記念撮影に余念のない。
「大人しくしなさいって! もぉっ。教頭先生もなんとか言ってくださいよ」
隣のベンチで座りながら、ハンカチで汗を拭いている男性教諭に言った。校長は学校に残っているので、彼が引率教員の責任者となっている。
いつも口うるさい教頭だが、今はなぜか穏やかに生徒たちを見つめている。
「いや、私思うんですよ」
「はい?」
「平和を求める像の前で、無邪気にはしゃぎながらピース――平和のサインをする。これ以上、すばらしい光景はないんじゃないか、とね」
「そうですか? 被爆者に対して不謹慎ではないでしょうか」
「よく言うじゃないですか。推理小説で、探偵が被害者の気持ちを代弁する話。復讐よりも幸せに生きてほしかった、と」
「あれはフィクションです。それに子供たちに、そんな高尚な考えがあるんではなく、ただはしゃいでいるだけだと思います」
「計算していたら有り難みもないでしょう」
「かもしれませんが……」
「今はただ触れるだけでもいいんじゃないですかね。大人になったとき、この体験を少しでも平和について考えるきっかけにじていただければ。それだけでもきっと、この国の――世界のためになると、私は思いますよ」
教頭がにこりと笑った。
「あなたのようにね」
暑さとは別の汗が流れた。
――生徒時代の武勇伝。忘れてくれていなかったのか。
旅先で、冒頭の光景を目撃して、思ったことを話にしてみました。
冒頭部と本編につながりはありません。向き合い方は人によって違う例と考えていただければと思います。分かりにくくて、すみません。