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ザエッダの弓手 〜 黒と空の物語 〜

揺らぐ基準 ─ 言葉が分からない場所で、それでも前を向く

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/04/24

   

  ─ 当たり前だと思っていたことが

      通じない場所がある

      揺らぎはまだ小さい

     だが確かにそこにある。 ─

 

 

 

 

 エウラディールを出立して十日目の夜、湯浴みから戻ってきたイーヴォが扉を開けるなり宣言した。


「馬を買うぞ」

「突然何を言い出すんだ?」


 一応そう聞いたが、イーヴォの考えはお見通しだ。大方、昼間すれ違った騎士団の一行を見て思いついたのだろう。


「馬がいくらするのか知ってるのか?」

「いくらすんの?」


 いや、俺も知らないけど。


「乗合馬車のノロさはヤバい。チンタラしてたらあっという間に一年経っちまうぜ」


 それは俺も気になっていた。行きはマティルダ実家所有の馬車でかなり飛ばせたが、乗合馬車は性質上たいした速さは出ない。

その上自分のペースが崩されるので、あまり居心地は良くなかった。


「……用足ししたくても他の客に合わせないといけないしな」

「それは仕方ねーよ。団体行動ってのはそういうもんだろ」


 あぁ、イーヴォは学院でそういうのには慣れているのか。


「俺が我慢出来ないのは、無駄な時間が多すぎってことだよ」

「確かに、朝、出立の準備が出来ても馬車待ちの時間がそこそこあるな。出発が遅れたりもするし」

「一昨日なんか時間前に行ったのに、席が埋まったとかで置き去りにされただろ」

「あー、あれはなぁ……」


 隣街まで仕入れに行くという商人に交渉してなんとか荷台に乗せてもらえたが、酒樽になった気分だった。


「とにかく、馬を買うのは止めとけ。馬車を借りる方が現実的だ」

「おー、ジュード冴えてるな」


 イーヴォは時々すっ飛ばした結論に至ることがある。


「明後日には国境を越えてレナリウムに入る。そこで探そう」

「中央最大の貿易国家だもんな。馬車くらい楽勝だろ」

「確かにエウラディールとは全然違う感じだったな。活気が凄かった」

「降りたついでに聞いたら、次の町への乗合馬車はないってさ。商人が荷物と一緒に人も運んでるらしい。早いもんがちだとよ」

「また尻が痛くなるな」

「結構な金を取るらしいから荷台ってことはないだろ」

「だといいが」

 

 

 

 

 翌日の馬車は意外にも快適だった。座席は革張りだったし、荷室とも区切られている。

乗客は俺たちを含めて四人。仕立て屋に行くという仲の良さそうな夫婦と一緒になった。

女が中央語で話しかけてくる。


『お二人はお友達?それとも御兄弟?』


 

「君たちの関係は?だってさ」

『冒険者仲間です』


 中央語が不得手な俺は、それだけ言うと、残りはイーヴォに任せた。


『異国の言葉を話されているのは分かったが冒険者さんだったか』


 夫の方が少し驚いた様子を見せた。『外国』と『冒険者』は聞き取れた。


『今は普通の旅人でも武器を携帯してますから、見分けが付きにくいですよね』


 中央語を喋るイーヴォは口調まで変わっているようにみえる。


『お名前をお聞きしてもよいかしら。私どもはアネーカと申します』

「名前を教えていいか。名字の方」


 ……構わないか。どうせ意味なんかわかりゃしない。俺は黙って頷いてみせる。


『連れはヘリウララス、自分はアムレアントと言います』


 その後、三人は何やら話が弾んでいた様だが、会話はほとんど耳に入らなかった。

今では名乗ることも無くなった名前だが、久しぶりに聞くと少しだけ息が詰まる。


 俺は目を閉じて不機嫌を隠した。

 

 

 

「──お前、あの態度は良くないぞ」


 夫婦と別れ、馬車溜まりに向かう途中イーヴォが口を開く。


「寝た振りをしたことか?」

「フリって言うか、露骨に嫌な顔しただろ。二人とも気にしてたぞ」


 隠したつもりが隠せてなかったらしい。


「……悪かった」

「まぁ、今から追っかけて謝るのも変だし。お前が人前で名前言われるのが嫌なの分かったし、俺も気をつけるよ」


 気まずい沈黙が流れる。


「──そういえば夫人からお守り貰ったんだ、なんか平たい石みたいなやつ」


 イーヴォは懐を探ると、茶褐色の小石を二つ取り出した。妙な見覚えがある。


「……これ、胃石じゃないか?鹿の解体で見つけたことがある」

「よく知ってんな。俺は初めて見た」

「ここいらじゃ胃石をお守りにするのか。変わってるな」

「俺らのコレも同じこと言われたぜ」


 イーヴォは腰に下げた兎の足を振ってみせた。


「胃石の方がだいぶ変だろ」

「お互い普通だと思ってるの笑えるよな」


(……普通、か)


 ザエッダの空気が懐かしくなった。

 

 

 

 

 ──国境の審査の列は遅々として進まなかった。


 ここまではいつもの手段、商人の荷馬車に便乗して来たが、国境越えはそうはいかない。


「もしかして、行きの馬車って滅茶苦茶優遇されてた?マティルダの実家スゲぇな」

「家紋と戦神アジーダの紋章、両方ついてたからな」


 貴族ってだけで優遇されるのだから、神の威光までセットならなおさらだ。


「国境、あと三つか。うんざりするな」

「二つだろう」

「〈エリナード〉だろ、〈セルガナ〉だろ。ザエッダは…、流石に稜線上に検問所なんか無いか。あんな吹きっさらしに並んでたら死ぬわ」


 あの場所には、生き物の痕跡が残らない。留まれず越えて行くだけの場所だ。


「麓の町にあるんじゃないか?そもそも断嶺路を登る命知らずはそういない」

「三往復してるマティルダは何なん?不死身かよ?」

「戦神のご加護とかじゃないのか」


 そういう事にしておく。深く考えたら負けだ。

それにしても。


「──商人の荷馬車は割と簡単に通して貰えてるな。許可証か何かあるんだろうな」

「……はぁ、俺らとんだ間抜けだ。あるじゃん、許可証」


 

 

『おい、そこの二人列に戻れ』

『冒険者登録証って許可証になるんだよな』


 イーヴォは上着の前を開けて、鈍色のプレートを取り出して見せた。兵士は顎で脇の詰所を示し、


『なら、あっちだ。徴税官に見せろ』


 それだけ言うと列の整理に戻って行った。

 

 

 

「──冒険者か。通っていいぞ」


 徴税官は税の計算もせず告げた。確かに八年前そのようなことを聞いた気がする。拍子抜けなくらいあっさりしていた。


 隣席で通行記録らしい帳面を開いている男が告げる。


「扉を出て右側に両替所があるが、冒険者は利用出来ない。適当な街で手数料を払って両替して貰え」

「何で俺らは使えないんだ?」


(おい、タメ口)


 男は気にした風もなくイーヴォを見やる。


「中央諸国は他国民の扱いを協定で決めている。お前たちは対象外、それだけだ」


 税を払わない俺たちに、国の施設は使わせないということか。

 

(まぁ、当然の判断だな)

 

 

 

「ミスったな、エウラディールの通貨使えるのか聞いてみるわ」


 検問を終えて出てきたらしい行商人としばらくやり取りしたイーヴォは渋い顔をしながら戻って来た。


「三割も抜きやがって。これだから商売人はえげつねぇ」


 デニスみたいな口調になってる。


「この先の街は徒歩だと三日かかるらしいが、途中に簡易宿泊所があるってさ」

「そうカリカリするな。情報料込みだと思えばいい」

「そんな大したネタかよ」


 話していると、件の行商人が近付いて来た。


『お連れの方の弓、えらく見栄えがいいですなぁ。木目が実に美しい。こういうのは高くつくんでしょう?』

 

 今回、俺は自作の弓を持参していない。

他国で不具合が出た場合、頼れる職人や材料が見つかるとは限らないからだ。

王都で職人製の弓を買い、慣らしてから持ってきた。


「何だって?」

「お前の弓の “見た目” を褒めてる」

『有難うございます』


 取り敢えず礼を言っておく。俺が中央諸国に行くのだと知った職人が自信作だと勧めてきた一品だ。


『最近は何かと物騒ですから、武装した方が一緒だと心強い』

「誰がお前の連れになると言ったんだよ。護衛料五割増しで払えってんだ」


 北方語でイーヴォが毒づく。他人と一緒になるのは構わない。だが、この調子で話しかけられ続けるのは厄介だ。何を話しているのか分からないのが気に障る。


「イーヴォ、こいつ何とかならないか」

「あー、俺も丁度そう思ってたんだわ」


 イーヴォが何やら説明を始めるのを俺は我関せずで傍観した。

 

 

 

「──なんて納得させたんだ?」


 立ち去っていく商人の後ろ姿を眺めながら聞いてみる。


「お前が俺の雇った凄腕の護衛だってことにした」


 どういう設定だ。


「その弓はエルフの弓手から認められた証とか」

「目の飛び出るような護衛料が必要だとか」

「金も払わない奴が便乗するなとか」

「そこまでは言ってない」

「思ってはいただろ?」

「中央の奴らは図々しいな、くらいだ」

「同じじゃん」


 先は長いというのに早くも気疲れしているのに気付き、ため息をつく。


「もっと真面目に中央語をやっとくべきだったかもしれないな」

「言葉が分からないのが不安なのか」

「それは、そうだろう。何を言われてるのか分からないんだぞ」

「気にしなきゃいいだけじゃね」

「そうはいかない。判断がブレる」

「相変わらず真面目だな」


 ここでは俺の価値観が通じない。常識も人の在り方も何もかもだ。


 こんなところじゃ、ちゃんと選べない。また──。

 

 

(また、間違ってしまう)

 

 

 

 それだけは避けねばならなかった。

 

 

 

 

 ─ End ─

 

 

【次回予告】

 同じ道を進んでいる。

だが、その一歩に込められた理由は、決して同じではない。


 馬を試すだけの一日。

その終わりに交わされた言葉が、ジュードの中に小さな違和感を残す。

  

  

 ※次回は、『ザエッダの弓手 10:同じ道、別の理由』の予定です。

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