#9 陬・逕溷セ剃シ壼ョ、『譌ァ逕溷セ剃シ夐聞』
ここに来た生徒達は、心に傷を抱えていました。
人間関係、理想との乖離、強い後悔。みんな、それを抱えながら大人になって行く。きっとヒヅル君も。
私にも、過去や傷や未来は在るのでしょうか?
◆
ゆっくりと瞼を開けると。そこは幽暗の中でした。
夜でしょうか? それにしては、月明かりが無くて暗すぎます。
肩に視線を動かすと、セーラー服の袖に着いた腕章が見えました。いつの間に着替えたのでしょう?
私は確か……ユニさんを見送ったあと、気を失いました。……ヒヅル君はどこ?
彼の姿を探そうとしても、体が鉛のように重くて動かすことができません。倒れているのか、立っているのか、重力の行方も分からない。そんな状況です。
「ここは、どこ?……」
唯一動く口が、不安を吐きだしました。じわじわと膨らむ不安に、答えを与えたのは、落ち着いた少女の声でした。
『あら? α。戻って来てしまったのね。ここは……そう言えば、この空間に名前を付けていなかったわ』
聞き覚えのある、落ち着いた声とゆったりした口調。
それは私の正面から聞こえました。目を凝らすと黒いシルエットが見えます。
身長は私と同じくらい。長い髪に、膝丈のプリーツスカート……セーラー服を着た少女のシルエットです。もちろん暗くて、彼女の表情は見えません。
彼女は考える仕草をしました。右手の人差し指を顎に添えて、ポンポンと叩きます。三十秒ほど考えた後、いい案が浮かんだのでしょう。人差し指を魔法のステッキのように振りました。
『【裏・生徒会室】と名付けましょうか?』
裏・生徒会室……そんな部屋があの学校には在ったのでしょうか? いえ、夢で会った少女が居るという事は、ここは夢の世界でしょう。
そう思うと、不安は急速に萎んでいきました。私は彼女に質問を続けます。
「あなたは誰ですか?」
『私は、旧生徒会長です。新生徒会長、生徒会活動お疲れさま』
私は言葉を失いました。彼女が、旧生徒会長!? 同時に様々な疑問が、頭の中に溢れます。どれから聞きましょう?
悩んでいる間にも、彼女の話は続きます。
『――でも、見ていて危なっかしいわ? もう少しで、有馬さんは七不思議になりそうだった。私が手を貸さなかったら、どうなっていた事か……』
「……手を貸すとはどういう事ですか?」
あの現場に居て意志を持っていたのは、私とヒヅル君とユニさん。そして黒板の怪物と……
「まさか、あなた……」
『そう、黒い茨が私』
意志を持つ黒い茨。彼女は夢の世界の住人とばかり思っていましたが、私達と同じ場所に居たとは……。
「その節は、ありがとうございました。あなたは……一体何者ですか? 人間なのですか?」
結構真剣な質問です。しかし、彼女は楽しそうにクスクスと笑ったのです。
笑い止むと、彼女はやっと答えてくれました。
『そんなの、この学校では些細な事だわ? あなただって、自分が何者か覚えているの?』
そう問われると、私はとても弱いです。小さく「いいえ」と答えるしかありません。
『ここは【はざまの学校】。黒板の怪物が人間の思い出を食べて作り出した場所。夢と現実・未来と過去・いろんな【はざま】が揺蕩う世界。ここでは人間か否かなんて、簡単に揺らいでしまうから意味を持たないわ』
確かに彼女の言う通りです。生徒たちはお伽噺の住人のような容姿をしていましたが、最後は大人の姿になって消えて行きます。みんな存在があやふやです。
『私、ホワイトボードに書かなかったかしら?』
「そこまで詳細には書かれていませんでした」
『まぁ! それはごめんなさい』
ごめんなさいと言いながらも、彼女は微笑んでいたのでしょう。それすらもこの世界では些細なのかもしれません。
それでは現場が困るのですけどね。
『七不思議候補生も、あと4人。誰がどのように来るのかは分からないわ。でも最後まで気を引き締めて臨んで? 怪物達も多少は知恵が回るみたいだし』
そうです。あの手この手で怪物達も必死に狙ってきます。
「あの……些細な事を聞いてもいいですか?」
『どうぞ?』
「既に3人は助かっています。その時点で七不思議は成立しませんよね?」
『ええ、そうね。でも、不思議が7つ揃うから七不思議になる。数なんて後から揃えれば、どうとでもなってしまう。今は一つでも七不思議を作ったら、ゲームセットなの』
「ゲームセット?」
『そう。この【はざまの学校】が延命しちゃうの。廃校できずに、みんなこの世界に閉じ込められて帰れない。寿命が伸びた学校は、七不思議を揃えるまで魂を呼び続けるでしょうね』
「この学校が、生徒《魂》を呼ばない様に廃校させるのが、あなたと私の目標なのですね?」
『そう、さすがα。理解が早くて助かるわ』
両掌をポンと合せて喜ぶ彼女。
「本当に廃校に出来るのでしょうか? たとえ七人守ったとしても、その後も生徒を呼ばれ続けたらずっと終わりません」
『その点は大丈夫。始まりが有れば終りも必ずあるもの。この学校は見ての通りボロボロで寿命間近。今回の七不思議候補生を一人でも食べられなかったら消滅するわ。――間違えた、廃校ね』
思わぬ存在と会って、この学校の目的は分かりました。後四人黒板の怪物から守りきれば、この世界は終わる。――?
「この世界が消えた後、ヒヅル君や私、それにあなたはどうなるのですか?」
その質問をした直後、キィンと耳鳴りがしまいた。まるで空間が切り裂かれるような大きな音。ビックリしましたが、再び意識を旧生徒会長に向けます。
『邪魔が入ったようね? この後も二人には生徒を助けてほしいの。私も手伝いたいけど、幾分弱ってきているの。力はセーブしておきたいし。あまり期待しないで?』
おかしいです。話がちぐはぐです。彼女は真剣な声色で若干早口に話し出しました。そして彼女のシルエットが煙のように揺らぎ始めます。
『この学校に長く居過ぎると、本来の姿を忘れてしまうわ。手早くお願いね。それではα、生徒会の仕事とヒヅル君をよろしく。楽しい生徒会活動を』
「あの! まだ聞きたいことが!! 私は何者なのですか? それに、あなたが言ってた『願いは大抵叶わない』っていう理由は……!」
輪郭しか分らない闇の中で、彼女が笑った気がしました。でも、それは昏い笑顔。
強い風が吹くと、彼女のシルエットは黒い花びらに変り、吹き飛ばされて消えました。この時、やっと私の体が動きます。右手を伸ばし、叫びました。
「待って! 消えないでください!!」
黒い花びらを掴み取ったと思った時、手に温かみを感じました。
「大丈夫? アルファ!?」
「――!!」
探していた人物の声で、夢からはざまに引き戻されました。
青く暗い、夜の生徒会室。私の伸ばした右手を、ヒヅル君の小さな手がキュッと握ります。心配そうに見つめるヘーゼルの瞳。
さまざまな間で、存在が揺蕩う『はざまの学校』。それでも、彼の存在だけは揺らいでほしくない。そう、切に願うのでした。
(間幕 裏・生徒会室『旧生徒会長』)




