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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第一幕 七不思議候補生

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#5 繝励?繝ォ縺ォ豐医?繝槭?繝。繧、繝【前編】

「ぐりちゃーん!」

「ぐりこー!!」


 朝陽が差し込む校内を駆けていました。

 私達の目の前で、光の粒となって消えたぐりちゃんを、探しているのです。


「はぁ……はぁ……いませんね……」

「うん、あとは南棟の三階だけだ」


 私達は南棟の三階まで戻ってきます。この階の教室を見回って、最後に残るはこの生徒会室。

 扉を開けると……中は無人でした。


「誰もいないか……」

「――! ヒヅル君! 黒板を見てください」


 黒板に、大きな変化が有ったのです。

 ぐりちゃんの事を指す『昇降口を彷徨うグリフォン』の文字が消され、新しい七不思議候補生の名前が書かれています。



 七不思議候補生(2)『プールに沈むマーメイド』


 

 これは……あの踊るチョークが書いたのでしょう。ヒヅル君は眉根を寄せて、黒板を睨み観察します。私も彼の隣でこの事象を考察しました。


「グリフォンの記載が『消えた』という事は……『学校からいなくなった』という事でしょうか?」


「さぁ。――でも、ぐりこはあの黒い奴らに飲まれた訳じゃ無い。本来の姿に戻って消えたんだ。希望的観測だけど、元居た場所に帰れたと信じたいね」


 私もヒヅル君と同じ気持ちです。見つからないのは不安ですが、これだけ探し回っても見つからないのです。きっと、大丈夫。

 張りつめていた緊張がほぐれ、胸を撫で下ろしました。


「ぐりちゃんは、七不思議にならなかった……。よかった……」


 もし、ぐりちゃんが七不思議になっていたら――


 黒い怪物によって隠された上履きを、永遠に探す事になっていた気がします。彼女の辛い過去の体験を、繰り返させるなんて非道です。


 私の呟きを聞いたヒヅル君も、納得したように頷きました。


「七不思議?……なるほどね。ぐりこみたいな生徒を、あの黒い怪物が食べて七不思議にしようとしているのか」


「ええ。仮に『黒板の怪物』とでも名付けましょうか? 黒板の怪物は生徒を使って七不思議を作りたい。それに対して七不思議をしとしない存在が居ます――」


「『旧生徒会長』だね。あと僕等『生徒会』」


 ホワイトボードに書かれた、旧生徒会長からのメッセージを見て頷きました。


 ◆――◆――◆


 生徒会の業務は、生徒たちの悩みを解決する事。

 生徒のかけがえのない青春の1ページをサポートしてください。

 決して、学校の七不思議など作らないように。


 ※生徒会役員は()()腕章を携帯する事


 それでは、廃校に向けて良い学校生活を運営してください。

 

 旧生徒会長より


 ◆――◆――◆


 私はホワイトボードを見ながら、腕を組んで考えました。口元に添えた右手の人差し指を、ポンポンと動かします。


「旧生徒会長の『廃校』とは、どんな状態を意味するのでしょう? それに、黒板の怪物が『七不思議を作る目的』も見えませんね……」


「目的?」


「はい。例えば、水を手に入れる為に井戸を掘る。この場合、井戸を掘る()()()()()()()()()()です。全ての行動には目的が存在します」


「つまり『黒板の怪物は何のために七不思議を作っているか』だね? それはさすがにまだ分からないよ。考えすぎ」


 ヒヅル君は、ふふっと柔らかく笑いました。


 たしかに、彼の言う通りです。物事の序盤に、敵の目的など分かるほうがまれでしょう。彼も緊張の糸が解けたのか、軽やかに笑いながら続けます。


「今回の収穫は『七不思議候補生は黒板の怪物に狙われている』『黒板の怪物は僕達に攻撃出来ない』といったところかな? 旧生徒会長様の言う事は、利いておいた方がいいだろうね。――さて、と言う事は……」


 私達は、黒板に書かれている文字に注目します。


「校内に新たな生徒『マーメイド』が現れたという事ですね? では、早速探しに行きましょう」


 私は力強く頷き、生徒会室から出ようとしました。しかし、ヒヅル君が私のセーラー服の裾を掴み、引き留めます。


「待って、アルファ」

「なんですか?」


 なにか忘れ物ですか?

 ヒヅル君は、神妙な顔をして言いました。



「僕達、昨日から不眠不休なんだけど?」



 確かに……そうですね。



 ◆



 二人で話し合った結果、マーメイドさんを保護してから休みを取る事にしました。

 幸いなことに、両者とも疲れや眠気は有りません。そう言えば、お腹も減りませんね。


 南棟一階の教員・来客向けの玄関から校庭に出ました。ヒヅル君と二人、並んで歩きながらプールに向かいます。


 私、プールと聞くと心がウキウキします。


 プールは水面がアクアマリンの様にキラキラと輝くので、見ているのが好きなのです。いつかプールをマーメイドのように自由に泳いでみたい。そんな願望があります。


 土と砂の校庭は、校舎から200m程離れた所で終わっていました。その先は群青色の海が広がっています。


「プールはあれだね」


 ヒヅル君が指さす先――プールは崖のふちで危うげに存在していました。よくある25mプールです。

 しかし、プールを囲っていたフェンスは全壊して、基礎に残った鉄柱がその名残を遺していました。


 青々としたつたがプールの周りを覆い、プールサイドからも雑草がピョンピョンと生えています。この荒廃したプールに、人影が見えました。


 飛び込み台に、誰か座っています。


「あの方が、マーメイドさんですかね? 行ってみましょう」


 爽やかな風に乗って、プールから少女の歌声が聞こえてきました。透き通る声で、短調の悲しい歌を唄っています。


「きれいな歌声ですね?……――!! ヒヅル君! どうしました!?」


 すぐ隣を歩いていたはずの彼が、私の三メートル後ろで立ち止まっていました。顔色が優れません。慌てて駆け寄り、しゃがみこんで彼の様子を見ます。


「ヒヅル君大丈夫ですか!? やっぱり無理していたのですね? 私が行きますので休んでください」


 うつむき、顔色の悪いヒヅル君。彼は目をギュッと瞑り、フルフルと首を横に振りました。苦しそうに目を開いた彼は、無理矢理笑顔を作ります。


「……いや、大丈夫。目がくらんだだけ。もう大丈夫だから、行こう」


 そう言って歩き出したヒヅル君。心配ですが、本人が言いうなら信じましょう。彼を追う様に、私も続きます。


 蔦に覆われた鉄扉を開け、更衣室の前を進みプールの目前にやって来ました。

 予想に反して藻が生えてない、アクアマリン色に澄んだプール。


 飛び込み台に座っていたのは、半袖のセーラー服を着た女の子でした。白い身頃に紺青の襟とスカート。胸にはジェイブブルー……くすんだ青いリボンを付けています。


 スカートから覗くのは人間の脚ではありませんでした。瑠璃色の鱗が生えた魚の下半身を持っています。鱗は太陽の光をキラキラと反射させ、まるで宝石のようでした。


 マーメイドさんは、私達に気付くと振り返り尋ねました。


「あなた達、だれ?」


 ペールブルーの長い髪は、両サイドでハーフアップにされています。ぱっちりとした二重の目に……見透かすような藍色の瞳。通った鼻筋に桜色の唇。


 彼女を見て、心がざわっと波立ちました。――この感情は不安と恐怖。


 思わず一歩、ヒヅル君に近づきます。そして、彼を見ると……険しい顔をしていました。生徒会長である私が、怖がっていてはいけません。しっかりしなくては……!


 私は波立つ感情を無視して、問いに答えました。


「初めまして、マーメイドさん。生徒会長のアルファと、副会長のヒヅル君です。よろしくお願いします。詳しくお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」


 彼女は私の問いには答えてくれませんでした。

 蛇が獲物を狙う様な目で、私とヒヅル君を舐めるように見定めます。


 やはり、私の恐怖は正解だったようです。彼女は答えの代わりに予想だにしない質問を返しました。


「ねぇ、ふたりは付き合ってるの?」


「「え?」」


 私とヒヅル君が、豆鉄砲を食らった鳩の様に驚いたその刹那、プールの底が黒く染まり中から真っ黒な腕が伸びてきました。黒板の怪物です!


 幾本もの腕はマーメイドさんを掴むと、彼女をプールの中へと引きずり込みました。


「なにこれ! きゃっ!! たすけ――」


 あっという間に、彼女はプールの中へ消えてしまいました。


 助けなくては! 私が走り出すよりも早く、ヒヅル君が走りだします。迷うことなくプールに飛び込むと、プールの底が白く光り、水面が大きく波立ちました。


 プールの中から黒が消え、爽やかなアクアブルーに戻ります。プールの底から二つの影が水面に近づいてきました。


「「ぷはぁ」」


「二人とも! 大丈夫ですか?」


「……あ~ん! 怖かった~!! ヒヅル君、助けてくれてありがとう♡」


 マーメイドさんはヒヅル君にしがみ付き、頬ずりしています……また、心が波立ちました。


「やめてくれる。この体だと、底に足がつかないんだよ。マーメイドなんだから泳げるだろ? 自分でプールサイドまで行って」

「え~! ひどい~!! マーメイドだからって泳げるとも限らないでしょ? マーメイド差別反対~」

「……うざ」


 プールの真ん中できゃっきゃと楽しそうな二人……


「……私、タオルと着替えを探して来ますね?」 


 元気そうなので、大丈夫でしょう。ヒヅル君は泳げるようですし。


 私はふたりを残し、プールを後にしました。南棟へと向かい、グラウンドをざっざと歩きます。

 保健室に行けば、タオルや着替えが有るでしょう。今の私ならあの扉を破れそうな気がします。


 この感情は何でしょう。なぜ、こんなにも苛立っているのでしょう?


 ヒヅル君がマーメイドさんと話していると、胸が苦しいのです。ヒヅル君とぐりちゃんが話している時は、何も感じなかったのに……歩いて、心を落ち着かせないといけません。


 職員用の小さな玄関から校舎に入りました。室内のひんやりとした空気が、私の意識をはっきりとさせます。


 ほっと息を吐いて、靴を脱ごうとした時、異変を感じました。生徒用よりも低い下駄箱の上に、バスタオルが二つと体操着が二組畳まれて置いてあるのです。


「なぜ、こんな所に?……さっき、ここを通った時は、見かけませんでした」


 私が認知していない人物が、校内に居るのでしょうか?


 考えを巡らそうとした時、一際大きな黄色い声が聞こえてきました。はっとして、私はタオルと体操着を抱えて、プールへと駆け戻りました。


「あ~……もう戻ってきたの? もっとヒヅル君とお喋りしたかったのに」


 プールサイドに座った彼女の頭上には、白とコバルトブルーの大きなパラソルが開かれて、涼しそうな日陰を作っていました。


「マーメイドさん……あれ? ヒヅル君は?」

「ここだよ」


 振り向くと、ずぶ濡れのままのヒヅル君が離れた日陰に居ました。機械室の前に白い椅子を置いています。

 足と腕を組んで、濡れたチョコレート色の髪は毛先がクルンと巻いていました。いつもと違う彼の姿に驚きつつ、持ってきたタオルと体操着を渡します。


「これ、タオルと着替えです。使ってください」

「ありがとう、いろいろと困ってたから助かるよ。着替えてくる」


 そう言って彼は、男子更衣室へと姿を消しました。残りのセットもマーメイドさんに渡します。


「マーメイドさんも、よかったら使ってください」

「え~。夏だしすぐ乾くから、いらないんだけどな~。そこ、置いといて?」

「……わ、わかりました」


 彼女の手が届くように、パラソルの下にタオルと体操着を置きました。ずぶ濡れでも彼女は可愛くて……濡れて透けた制服越しに見えるブルーのブラに、思わず目を逸らしました。


「ねぇ」

「は、はい!」


 背中越しにマーメイドさんに話しかけられ、肩がビクリと跳ねます。

 彼女は男子更衣室の方を見ながら話を続けます。


「生徒会って、二人だけで活動してるの?」


「ええ、そうです……」


「いいなぁ~。二人きりだなんて、嫉妬しちゃう。ヒヅル君、大きくなったら絶対カッコ良くなるよね? 元彼に似てるし、今のうちからキープしておこうかな? 生意気で、擦れてるところもいい」


 胸がきゅっと苦しくなりました。きっと私の目は、猫のように散瞳さんどうしたでしょう。


「カッコいいとは思いますが……でも……子供ですよ?」

「付き合ってないんでしょ? それに夢の中ならイイじゃない」


 その言葉は、私の心臓を握りました。息が浅く、言葉が綴れません。

 確かに私とヒヅル君は、ただの生徒会役員同士です。出会ったばかりですし……でも、嫌なのです。


 何も言えずにいると、男子更衣室の扉が開閉した音が聞こえました。

 通路の壁越しに、ヒヅル君が話しかけます。


「ねえ、そっちに行ってもいい? 着替え終わった?」

「いいよ~♪ きてきて!?」


 マーメイドさんの返事を聞くと、ヒヅル君が現れました。青いハーフパンツに、白いスポーツTシャツ。小柄な彼にはサイズが合わない為、服に着られているといった感じです。


 ヒヅル君はマーメイドさんの姿を見て眉をしかめました。


「まだ着替えてなかったの?」

「そう、着替えないの♪」

「目のやり場に困るんですけど?」

「わざとやってるの♪ それとも、ノーブラの上に体操着着の方が好き?」

「はぁ、ダル……」


 ヒヅル君が頭を抱え困っていました。

 私は無言でマーメイドさんの肩にバスタオルを掛けます。


 彼女は非難するように私を睨みますが……見なかった事にしましょう。


「アルファ、ありがとう。じゃあ、彼女のヒアリングを始めよう」



(第一幕 #5『プールに沈むマーメイド【前編】』)

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