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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第一幕 七不思議候補生

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#4 昇降口で彷徨うグリフォン【後編】

 夜の学校は、とても静かでした。


 私の足音だけが暗い廊下に響きます。月明かりが優しく照らす廃墟。生者の香りがしない場所。肝試しにはピッタリです。

 二階の連絡通路を渡り、北校舎へと移動します。歩いていると、廊下の奥から泣き声が聞こえてきました。廊下の奥に有ったのは階段。声は上の階から響いてきます。


 私は静かに階段を上りました。三階を過ぎた更に上階の扉の前で、ぐりちゃんが膝を抱えて座っていました。顔を伏せて泣いているようです。


「ぐりちゃん、ここに居たのですね?」

「キャーーーッ!!! か、会長!?……」


 ぐりちゃんは翼をバサリと広げて驚きます。階段に彼女の羽根がふわりと舞いました。

 私としたことが……やってしまいました。自身の見た目が、真っ白で幽霊っぽい事をすっかり忘れていました。涙を拭ったぐりちゃんは、私に強がって見せます。


「な、なによ! アンタもガキと同じく説教しに来たの?」


 彼女が、何を思って涙していたのかは、分りません。でも、彼女の弱い一面を知って、胸がほっとしました。この感情は何でしょう? 子猫のように怯えるぐりちゃんに、優しく話しかけます。


「いいえ、迎えに来ました。暗いと不安になりますから。――? この扉は……」

「屋上の扉よ。でも鍵が掛かってる」

「そうなのですね? それは残念……」


 残念と言いながらも、私はドアノブを捻ってみました。屋上で天体観測をしてみたいのですが……


 ――きぃぃぃぃ


 扉は「仕方ないな」と言う様に、勿体もったいぶった音を立てて開きました。


「まぁ」

「え?……うそ」


 扉の隙間からは、月明かりが差し込みます。


「ぐりちゃん、星を見てから戻りませんか?」



 ◆



 屋上で浴びる心地の良い海風は、ぐりちゃんの暗い気持ちを吹き飛ばしてくれました。


「わぁ~!! 気持ちいい。何コレ! 宇宙の中に居るみたい!! あっ! 流れ星!!」


 満天の星空に目を輝かせる彼女は、子供みたいにはしゃいで可愛いです。

 ふたりで壁にもたれて座り、星空を見上げました。


「月が出ていますが、それでも綺麗に星が見えますね。私、星空を見ると心がワクワクします」

「いいよね、星空って。まさか、夢の中で星を見るとは思わなかった。小学生の時はよく三人で星を見たな」


「そうなのですか? ぐりちゃんは、小学校の思い出をよく教えてくれますね。とても楽しそうです」

「そう、とっても楽しかった。幼馴染三人でよく遊んで。あの頃は夢がいっぱいだったな……」


 そう語るぐりちゃんの表情は、とても優しくて柔らかかったです。ぐりちゃんは星空を見つめながら、思い出を辿たどります。


「私、中学受験もあったし、ふたりとは離れ離れなんだよね。ユウ君とアスカ、元気にしているかな……」

「きっと、元気ですよ。起きたら逢いに行ったらどうです?」


「……そうだね、たまには実家にも帰って、二人に逢いに行くのもいいかもしれない」

「実家? ぐりちゃんは、ご両親から離れて暮らしているのですか?」


 ぐりちゃんの顔を覗きこむ様に尋ねると、彼女の瞳が紫色に淡く輝きました。そして――


「え?……痛っ」

「ぐりちゃん、大丈夫ですか?」

「大丈夫、ちょっと頭がズキンとしただけ。……嫌な事も思い出したな。中学ではよく上履きを隠されたっけ……」


 上履きを隠された?


 ――バン!!


 屋上の扉が、勢いよく開きました。ヒヅル君でしょうか? 乱暴ですね、いけません。……しかし、すぐに彼を疑った事を悔いました。


 黒い人影が私達の前に現れます。そう……文字通り、モヤッとした影を纏った人影。顔も無くて服も着ていません。現れた三人は私達を取り囲みました。


「な、何よ! あんた達……」


 ぐりちゃんは、私の肩に捕まり震えます。私は彼女守るように両腕を広げました。 

 対話で何とかなればいいのですが……私も黒い影に話しかけます。


「あの、あなた達は誰で――」


 彼等は私の言葉を聞いてくれませんでした。


 影が私達を掴もうと腕を伸ばしたのです。文字通り腕をにゅるりと。

 これが、昇降口で見た黒い腕だと確信しました。そして次に聞こえたのは、ばちんとスパークした音と悲鳴に近いぐりちゃんの声。


「――アルファ!!!」


 勢いよく右腕を引っ張られた私の体は、ふわりと宙に浮きました。驚くぐりちゃんと目が合います。

 どうやら、投げ飛ばされたようです。予想通り、次の瞬間には屋上の端に転がされてしまいます。


「――……うっ!」


 肺から空気が絞り出され、着地面に痛みを感じました。私には、これが夢だとは到底思えません。


「やだっ! 離して!!」


「ぐ……り……ちゃん……乱暴は……やめてください……」


 痛みをこらえて立ち上がりましたが、私は間に合いませんでした。

 黒い影は暴れるぐりちゃんを担ぐと、彼女を連れて階段を下りて行きます。私は落した懐中電灯を握り締め、彼等を追って階段を駆け下ります。


 途中の踊り場で、小さな影とぶつかりました。私は再度弾き飛んで、尻餅をつきます。


「いたっ……アルファ!? ごめん! 悲鳴が聞こえたけど大丈夫!?」

「ヒヅル君……ぐりちゃんが、さらわれました。恐らく昇降口です」


 ◆


 私とヒヅル君が昇降口へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていました。


 昇降口の採光用の窓が、禍々しい色合いのステンドグラスに代わっています。黒い腕と黒い茨に捕まったぐりちゃんは、そのステンドグラスの中に飲み込まれている最中でした。


「ぐりちゃん!!」

「ぐりこ! 待ってろ! 今助ける!!」


 ヒヅル君は、近くにあった石を黒い腕に向かい次々と投げます。私も落ちていた石を黒い怪物に投げつけました。

 力なく項垂うなだれていたぐりちゃんは、私達に気付くと弱々しく言います。


「二人とも、もういいよ。私このまま夢の中に居る。この学校と一つになって楽しい思い出に浸ってる」


「何言っているんですか? 起きて、幼馴染に逢いに行くんじゃ!?」


「会長、ごめん。私、思い出しちゃった。待ってくれる人もいないし、私はダメな人間なの」



 記憶を取り戻した?



 ぐりちゃんは眉を歪め、紫色に輝く目から大粒の涙をこぼしました。


「私、社会に出たら役に立って……見下してきた奴らに勝ってやるって思ってたのに……私、役立たずで何もできなかった。高校でも頑張って、大学でも頑張って……優秀なはずなのに!! 優秀じゃないといけないのにっ!!」


 悲痛な記憶を話す彼女は、また少しステンドグラスに飲み込まれます。それは、彼女自身の心の闇に飲み込まれている様にも見えました。


「ぐりちゃんはダメな人間じゃありません。友達との思い出を大切にする優しい子です」


「ダメだよ……友達の名前すら忘れていたんだよ?」


 諦めた目で答えるぐりちゃん。黒い怪物も私達が投げる石を、こちらにはじき返して来ます。痛くても、相手に効かなくても、私達は続けます。


「ぐりちゃんは……頑張り屋さんです! ぐりちゃんは、あなたを中学で見下した人に……勝っています!!」


「違うよ、会長。私だって……人を見下した。見下してコイツより上って思わないと、気が狂いそうだった……」


「ぐりちゃんは今、間違いに気付いたじゃないですか! 間違いに気付いて、素直に認められる強い子です!!」


 一瞬、ぐりちゃんの紫色の眼光が薄まりました。それを見てヒヅル君も言葉で加勢します。


「……ぐりこ!! 完璧な人間なんていない。みんなどこかは欠けてるし、完璧になろうとするから美しいんだ。生きていればっ……いくらでも変れる!」


「アルファ……ヒヅル……」


 ガチーンと大きな音が鳴り、ステンドグラスから色が失われました。透明の採光窓に戻ったガラスには、蜘蛛の巣のようなヒビが入っています。


 ぐりちゃんは窓からからズルリと吐きだされました。黒い茨の網に、蝶のように引っかかります。


 窓から出てきたのは、ぐりちゃんだけでは有りません。黒い腕はスライムのように形を失いベチャっと音を立てて床に落ちました。

 落ちてもグニグニと動くそれは、ハリネズミのように幾つもの突起を伸ばします。やがて黒い腕となり、近くに居た私に向かって長い腕を伸ばしたのです。


「アルファに触るな!!」


 突然の攻撃に対応できなかった私を、ヒヅル君が腕を大きく広げて庇います。

 いくらなんでも、体の小さい彼には危険すぎます!


「ヒヅル君、危ない!!」


 ――バチィィン!!


 ヒヅル君に触ろうとした黒い腕は、白い光に弾かれました。弾かれたそれは、ボロリと形を崩します。

 その後も何本も腕を伸ばしますが、白い光を生み出すばかりで、私達に触ってもすぐに離れて行きました。しびれを切らした黒いスライムは腕を引っ込めると、体の中からあるものを取り出しました。


「私の上履き!!」

「……ぐりちゃんの上履きを隠したのは、あなただったのですね? 返して下さい!」


 しかし、黒スライムはぐりちゃんの上履きを、校舎の外に向かって投げました。そこには大きな穴が開いています。人を簡単に飲み込んでしまいそうな大穴です。


 私は、上履きを取り戻すため駆け出していました。


「アルファ! ダメだ!! 君も落ちるぞ!!」


 ヒヅル君に腕を掴まれて止められます。でも、夢の中でまで彼女の上履きを無くす訳にはいきません。私は腕を伸ばし願いました。


 ――届いて。上履きを取り返したい!!


 私の腕は伸びませんでした。でもそれは、別の方法で成就します。私の腕から白い茨がにゅるりと生えてきました。


「「「――!!」」」


 白い茨は私の意図を知っているかのように、穴に落ちそうな上履きを掴み取りました。

 茨は仕事を終えると、収縮するようにシュルシュルと私の中に戻ってきます。白い茨に驚いていると、いつの間にか大穴も黒スライムも消えていました。


 採光窓の前でぐりちゃんを絡めていた黒い茨も、リボンがほどけるようにゆっくりと彼女を降ろし、するりと消えて行きました。


 白い茨が掴んだ上履きが、私の手の中に納まります。私とヒヅル君は慌ててぐりちゃんの元に駆け寄りました。


「ぐりちゃん! 無事で良かった……でも、ごめんなさい。上履き、片方しか取り返せませんでした」

「ううん……いいの。片方あれば十分」


 白に赤のラインが入った上履きには、かかとの部分に文字が書かれていました。


 

獅羽しば みくり』



 ぐりちゃんは、名前の書かれた上履きをギュッと抱きしめます。


「ぐりちゃんが探していたのは上履きでは無く、上履きに書かれていた『本当の名前』だったのですね?」


 ぐりちゃんは大きく頷きました。彼女の目からは嬉し涙が零れます。

 ヒヅル君は彼女を見て安堵の息を吐くと、穏やかに言いました。


「ぐりこ、よかったな」

「ヒヅル。あんた、大人みたいね。あんたの言葉もうれしかった」


 涙を流しながらも、ぐりちゃんは笑ってヒヅル君に答えます。


「僕は子供だ。大人なんてゴメンだよ」

「ヒヅルも素直じゃないな」


 ぐりちゃんが涙を拭うと、彼女の姿が変わりました。


 翼は消えて脚も人間のものに。そして一番変わったのは、ぐりちゃんは少女から大人の女性に代わっていました。


 二十代後半の女性。蜂蜜色の髪は落ち着いたブラウンに代わり、肩辺りまで伸びています。目の色もパープルから落ち着いた鳶色とびいろに。


「ぐりちゃん、大人だったのですね。とっても綺麗です。あっ……『みくりさん』と呼んだ方が良かったですね。ごめんなさい」


「アルファ、いいの。ぐりちゃんって呼んでよ。あなたとヒヅルは特別。なんか、二人のおかげで肩の荷が下りて、スッキリしちゃった。……二人に酷い事言って、ごめんなさい」


 やっぱり、ぐりちゃんは素直で優しい。私は嬉しくて思わず笑顔がこぼれました。隣りに居たヒヅル君も……


「反省した心からの『ごめん』だから、許すよ」


「ふたりとも……ありがとう!」


 ぐりちゃんが、再び涙でくしゃくしゃになりながら笑うと、彼女の体が光の粒となって消えました。


「「え……」」


 私達は、突然の展開に言葉を失います。

 周りを見渡しても彼女の気配がしません。


 月の光が優しく照らす昇降口に残されたのは、私とヒヅル君。そして……波の音と、妖しく響く歌声。

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