表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第一幕 七不思議候補生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

#3 昇降口で彷徨うグリフォン【前編】


「ちょっと! 見てないで早く助けなさいよ!」



 そう叫ぶのは、私と同じ年頃少女です。


 はちみつ色の髪はショートカットで、猫のようなツリ目と紫色の瞳。特筆すべきは、黄金色こがねいろのライオンの脚に、わしの翼を持っていました。


 あら? グレーのタータンチェックのスカートに、半袖のブラウスと青いリボン……私とは違う制服を着ています。この学校の生徒でしょうか?



「だ・か・ら! 早く助けなさいよ!!」


 そうでした!


 私とヒヅル君は、落ちていたモップの柄を拾い、武器にします。二人でグリフォンさんを掴む、黒く長い腕をガツガツと叩きました。


 殴打おうだされた腕は、しっかり痛かったようです。黒い手は彼女の脚をパッと離すと、私達に反撃しようと手を伸ばしました。ですが、私の左腕に触れた途端……


 ――ばちっ!


 白い火花を散らします。私はその衝撃でストンと尻餅をつきました。

 痛そうに手をブンブン振る黒い腕は、にゅるっと壁の中へ逃げて消えます。


「アルファ、大丈夫だった?」

「はい、驚いただけで何もありません」


 ヒヅル君が差し出した手を借りて立ち上がり、スカートの埃を払いました。

 あの黒い腕は、何なのでしょう?


「ちょっと! 心配すべきはこっちでしょ!? ああ~! もう!!」


 解放されたグリフォンさんは立ち上がると、制服についた砂をバサバサと払います。「ふん!」と荒い鼻息の後に、ぎらついたアメジスト色の瞳で私を睨みつけました。


 このグリフォンさん、意外と小柄です。ヒヅル君とほぼ同じ……いえ、数センチ上くらいです。


「もう最悪!! 遅すぎなのよ! 仕事できないわね!」


 彼女に怒鳴られて、頭が真っ白になってしまいました。目を真ん丸にした私に代わって、ヒヅル君が応対してくれます。


「はぁ……怪我はない?」

「無いわよ! 見ればわかるでしょ!?」


 とても、活きのいいお嬢さんです。ヒヅル君は態度を変えず冷静に対応します。


「はぁぁ……僕達はこの学校の生徒会役員。僕は副会長のヒヅル。こっちは会長のアルファだよ」

「そんなのっ……腕章見れば分るわよっ!!」


「「…………」」


 腕章に名前は書いていないので、そこまで分かってしまうと、超能力者エスパーです。平常心を取り戻した私は、彼女に問いかけました。


「名前を教えてくれませんか?」

「私の名前? 私は……えっと…………あれ?」


 グリフォンさんは虚空に視線を泳がせています。記憶の中から必死に名前を探していますが……見つからない模様です。


「はぁぁぁ……」


 ヒヅル君の中に溜め込まれていた空気が、一気に漏れ出てしまいました。

 


 ◆


 私達は近くの空き教室に入り、グリフォンさんからヒアリングを試みます。


 記憶も名前も忘れてしまった彼女。残された記憶から彼女が何者で、どうしてこの学校に来たのか……そして、彼女の抱える問題を探ります。


 しかし、このヒアリングも彼女の呼び名が無いとスムーズに進みません。なので――


「じゃあ、君の名前『ぐりこ』ね?」

「ダサっ!! もっと他にないの!?」


 ヒヅル君が仮称を付けたのですが、酷評でした。


「他に?……性格ワル美」

「はぁ!? 喧嘩売ってる!?」


 油断すると、ヒヅル君とグリフォンさんの口喧嘩が始まります。


「二人とも、落ち着いてください。ヒヅル君、喧嘩の売買はダメですよ?」


 彼は私にたしなめられると、プイッとそっぽを向いてしまいました。ヒートアップするグリフォンさんも、落ち着けないといけません。


「私、その名前素敵だと思います」

「性格ワル美が!?」

「いえ、グリフォンの『ぐりこ』さんの方です。そうなると……ニックネームは『ぐりちゃん』ですね?」

「そうね」

「ぐりちゃん。可愛いです」

「かわ……いい……?」


 語呂も口馴染みも良いです。私はもう一度「ぐりちゃん」と呟きながら頷きました。

 グリフォンさんからは、怒りがスッと引いて行くのが見て取れます。


「ぐりちゃん……懐かしい響きね? まぁ、会長が言うならそれでいいわ。ったく! 最近のガキは!! 生意気ね」


 ぐりちゃんは、ヒヅル君に向けて『べー!』っと舌を出して不快の意を表現しました。ヒヅル君のクールな口元が引きつります。


 喧嘩は……喧嘩は困ります……。


「……お前の方が、ガキだっつーの」


 ぼそりと小さな声が聞こえた気がしましたが、ぐりちゃんにも聞こえなかったようです。


 ヒヅル君はポケットから小さなメモ帳とペンを取り出すと、書記としての仕事を始めました。私もヒアリングを開始します。


「それでは……ぐりちゃん、質問です。ここに来る前の事は覚えていますか?」


「うん、家で寝るところまでは覚えている。気が付いたら、高校の制服を着ていて……この校舎の前に居たの。近くをフラフラ歩いていて……懐かしいし、外が暑かったから、そこの窓から校舎に入ったわ」


「懐かしい?」


「そう、ここ小学校の校舎でしょ? 校舎の中に入ったら、いきなりこんな姿に成っちゃって。さすが夢ね。ファンタジーだわ」


 ぐりちゃんは、説明しながら笑います。私は彼女の言動に引っかかりました。


 小学校……


 私の目から、この学校は小学校に到底見えません。掲示物も机のサイズも中学、もしくは高校のものです。

 

 ヒヅル君の様子を見ると、彼も私と同じ反応でした。


 それに、一番驚いたのは『ここが夢の中』という発想。そうですね、その可能性は捨てきれません。ヒアリングを続けましょう。


「どうして黒い腕に襲われていたのですか?」

「分らないわよ。昇降口で探し物していたら、急に足を掴まれたの!」

「何を探していたのですか?」

「私の上履き。気づいたら無かったの。こんな脚になったから、脱げちゃったみたい」


 ぐりちゃんは、長いつま先を私達に見せてくれました。ピンクの肉球が可愛らしいです。

 彼女の言う通り、このライオンの足では人間用の上履きは入りませんね。


 あら? 夢の中なら、上履きが無くてもいいと思うのですが……。何で困るのでしょう? いずれ覚める夢ならば、思い出の学校を楽しんでもいいものです。


「なぜ、上履きを探しているんですか?」


「……何でだろう? でも、無くしちゃいけないって漠然に思って。慌てていろんな所を探していたら、あの黒い腕に捕まっちゃったの」


 無くしちゃいけない……慌てて……


 彼女は、上履きを見つけてどんな願いをかなえたかったのでしょう? 願い……


『願いは叶わない――』


 脳裏に漆黒の少女が放った言葉が過りました。叶わないなんて、とても悲しくなります。

 口をつぐんだ私とは正反対に、ヒヅル君の明るい声が聞こえてきました。


「なんだ! ぐりこの困り事は『無くした上履きを見つける事』。シンプルじゃないか」


 ……確かにそうです。直近の目標は『上履きの発見』で問題ありません。

 深く考えすぎも、よく有りませんね? 身動きが取れなくなってしまいます。


 私は軽く息を吐いて、自分を納得させました。


「生意気なガキにも困ってるんですけど?」


「は?」


 いけません! 私としたことが……!

 私は椅子から立ち上がり、二人に提案しました。


「で……では、二人とも! みんなで校内を巡って、上履きを探しましょう」


 油断大敵です。


 ◆


「わ~! 懐かし~。よく幼馴染と3人で図書室の本を読んだな~」


「わぁ~! 理科室!! 確か……あーちゃんが人体模型を怖がっていたな~」


「わぁぁぁ~! 音楽室!! ピアノがある~!!! あーちゃんと連弾したな~」



 調律されていないピアノを、楽しそうに弾くぐりちゃん。音がずれた『ねこふんじゃった』が教室に響きます。


 上履きを探して約三時間。三人で学校中を探しましたが、未だに見つかりません。青かった空は、夕日の赤と混ざって鮮やかな紫色に。

 

「ぐりこ、遊んでないで真面目に探せよ!」


 疲労と進まない進展は、心の中に苛立ちを呼び込みます。ヒヅル君の注意に対してぐりちゃんは呑気に答えました。


「探しているわよ。もう夕方!? ねえ電気付けてよ」


「ごめんなさい、電気は通ってないみたいです」


 私は入口近くにあったスイッチを、カチカチと押しました。しかし、部屋は薄暗いままです。

 薄暗い音楽室は整頓されていて、楽器や資料の他に荷物は見当たりません。私は二人に提案しました。


「完全に暗くなる前に、昇降口を探しましょうか? それで今日の捜索は終わりにしましょう」


「昇降口? 嫌い……臭いし、行きたくない。二人が見てきてよ。私ここでピアノ弾いてるから」


 彼女の返答で、ヒヅル君の表情が変わりました。声も低く怒りを含み、荒い口調でぐりちゃんに向けて言いました。


「は? ぐりこの探し物だろ? なぁ、僕達が探して当たり前って思ってないか?」


「当たり前でしょ? 生徒が困っているのよ?」


 ヒヅル君の顔には冷たい怒りが満ちています。細めた目から光が消えました。


「……君、それ本気で言ってる?」


「ヒヅル君、落ち着いて……」


「アルファは黙ってて。俺達はあくまでも手伝いなんだよ。君、傲慢が過ぎるよ? 昇降口で助けた時も、感謝の言葉ひとつもないし」


 ピアノの音が止まりました。彼女もムッとした表情でヒヅル君に反論します。


「手伝いでしかない? 傲慢? 何言ってるの? 自分達の仕事が出来ないからって、責任を私になすりつけないでくれる? これだからガキは――」


「――君、友達いないんじゃない?」



 音楽室から音が消えました。空気は徐々に温度を失い、鉛のように重くなります。


 ぐりちゃんがピアノの鍵盤を掌で叩きました。大音量の不協和音の後に彼女の怒りが堰を切ります。


「バカにしないでよ!! はぁ? 友達? 周りの程度が低いのよ! 低レベルな奴らとなんかつるむのは時間の無駄なの」


「顔真っ赤にして、図星?」


「はぁ!? そんな事!! 誰に頼らなくても、ひとりで見つけられるんだから!!」


 激高したぐりちゃんは、立ち上がると音楽室から出て行ってしまいました。私も彼女を追うため音楽室から飛び出します。


「ぐりちゃん! 待ってください! 一人は危な……」


 飛び出したところで、右腕を掴まれ止められました。ヒヅル君が私の手を掴み、ぐりちゃんとは別方向に歩き出します。彼の力が強く、私はびくともしません。


「ヒヅル君? ぐりちゃんを追わないと!」


「いいや、放っておこう。アルファ、生徒会室に帰るよ?」



 ◆ 



 南棟三階の生徒会室に戻り、パイプ椅子に座ったヒヅル君から愚痴が溢れ出しました。


「何だよ! あの女!! ムカつく!! やっぱり友達いないじゃん!! あの性格ワル美!!」


「……ヒヅル君、性格ワル美ではなく、ぐりちゃんです。それに悪口は感心しませんよ?」


「悪口? 僕は感想と事実を言ってるだけ!! 何でアルファは怒らないんだよ? 悔しくないのか? あんなに見下されて!?」


「怒る? 悔しい? ……私、見下されていたのですか?」


「ええぇ?」


 ヒヅル君は私の答えを聞いて、眉を顰めて身を引きました。『ドン引き』というものですね? 私、そんなに変な事を言ったでしょうか? 目を瞑り、顎に指を添えて考えます。


 ぐりちゃんは、お転婆な子だとは思います。でも、その行動は嬉しくてはしゃいでいるものと思っていました。


 ヒヅル君は頬杖をついて、ため息交じりに語り始めました。


「アルファは感情の起伏が平坦すぎなんだよ。ああいう奴らは他人をけなして自我を保つんだ。自我を保つ為の『養分』にされるなんて、僕はまっぴらごめんだね……」


 ヒヅル君から大人な意見が出ました。時々、彼の言動には驚かされます。――でも、彼からこんな意見が出るという事は、彼自身も体験しているのでしょうか? だとしたら、とても悲しいことです。


「他人を貶して自我を保つなんて、可哀そうな方が居るのですね。どうか、ヒヅル君も大きくなったら養分になったり、養分にしたりしないでくださいね?」


「……大丈夫、僕はもうならない。はぁ、僕も大人げなかった。隣りの非常階段で頭冷やしてくる」


 彼はそう言い残して、生徒会室から出て行きました。



 ポツンと取り残された私は、真っ直ぐにホワイトボードを見ていました。そして、次は黒板を見つめます。


「七不思議……」


 ホワイトボードと、黒板に書かれた共通項。七不思議……いやな予感がします。


 私は近くに置いてあった懐中電灯を持つと、スイッチを入れました。幸運な事に、懐中電灯は明るい光を放ちます。


「使えてよかった。ぐりちゃんを一人にしては、ダメかもしれません」


 近くにあった白紙に『ぐりちゃんを探して来ます』と書置きを残し、私は懐中電灯を持って夜の学校へ繰り出しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ