#3 昇降口で彷徨うグリフォン【前編】
「ちょっと! 見てないで早く助けなさいよ!」
そう叫ぶのは、私と同じ年頃少女です。
はちみつ色の髪はショートカットで、猫のようなツリ目と紫色の瞳。特筆すべきは、黄金色のライオンの脚に、鷲の翼を持っていました。
あら? グレーのタータンチェックのスカートに、半袖のブラウスと青いリボン……私とは違う制服を着ています。この学校の生徒でしょうか?
「だ・か・ら! 早く助けなさいよ!!」
そうでした!
私とヒヅル君は、落ちていたモップの柄を拾い、武器にします。二人でグリフォンさんを掴む、黒く長い腕をガツガツと叩きました。
殴打された腕は、しっかり痛かったようです。黒い手は彼女の脚をパッと離すと、私達に反撃しようと手を伸ばしました。ですが、私の左腕に触れた途端……
――ばちっ!
白い火花を散らします。私はその衝撃でストンと尻餅をつきました。
痛そうに手をブンブン振る黒い腕は、にゅるっと壁の中へ逃げて消えます。
「アルファ、大丈夫だった?」
「はい、驚いただけで何もありません」
ヒヅル君が差し出した手を借りて立ち上がり、スカートの埃を払いました。
あの黒い腕は、何なのでしょう?
「ちょっと! 心配すべきはこっちでしょ!? ああ~! もう!!」
解放されたグリフォンさんは立ち上がると、制服についた砂をバサバサと払います。「ふん!」と荒い鼻息の後に、ぎらついたアメジスト色の瞳で私を睨みつけました。
このグリフォンさん、意外と小柄です。ヒヅル君とほぼ同じ……いえ、数センチ上くらいです。
「もう最悪!! 遅すぎなのよ! 仕事できないわね!」
彼女に怒鳴られて、頭が真っ白になってしまいました。目を真ん丸にした私に代わって、ヒヅル君が応対してくれます。
「はぁ……怪我はない?」
「無いわよ! 見ればわかるでしょ!?」
とても、活きのいいお嬢さんです。ヒヅル君は態度を変えず冷静に対応します。
「はぁぁ……僕達はこの学校の生徒会役員。僕は副会長のヒヅル。こっちは会長のアルファだよ」
「そんなのっ……腕章見れば分るわよっ!!」
「「…………」」
腕章に名前は書いていないので、そこまで分かってしまうと、超能力者です。平常心を取り戻した私は、彼女に問いかけました。
「名前を教えてくれませんか?」
「私の名前? 私は……えっと…………あれ?」
グリフォンさんは虚空に視線を泳がせています。記憶の中から必死に名前を探していますが……見つからない模様です。
「はぁぁぁ……」
ヒヅル君の中に溜め込まれていた空気が、一気に漏れ出てしまいました。
◆
私達は近くの空き教室に入り、グリフォンさんからヒアリングを試みます。
記憶も名前も忘れてしまった彼女。残された記憶から彼女が何者で、どうしてこの学校に来たのか……そして、彼女の抱える問題を探ります。
しかし、このヒアリングも彼女の呼び名が無いとスムーズに進みません。なので――
「じゃあ、君の名前『ぐりこ』ね?」
「ダサっ!! もっと他にないの!?」
ヒヅル君が仮称を付けたのですが、酷評でした。
「他に?……性格ワル美」
「はぁ!? 喧嘩売ってる!?」
油断すると、ヒヅル君とグリフォンさんの口喧嘩が始まります。
「二人とも、落ち着いてください。ヒヅル君、喧嘩の売買はダメですよ?」
彼は私に窘められると、プイッとそっぽを向いてしまいました。ヒートアップするグリフォンさんも、落ち着けないといけません。
「私、その名前素敵だと思います」
「性格ワル美が!?」
「いえ、グリフォンの『ぐりこ』さんの方です。そうなると……ニックネームは『ぐりちゃん』ですね?」
「そうね」
「ぐりちゃん。可愛いです」
「かわ……いい……?」
語呂も口馴染みも良いです。私はもう一度「ぐりちゃん」と呟きながら頷きました。
グリフォンさんからは、怒りがスッと引いて行くのが見て取れます。
「ぐりちゃん……懐かしい響きね? まぁ、会長が言うならそれでいいわ。ったく! 最近のガキは!! 生意気ね」
ぐりちゃんは、ヒヅル君に向けて『べー!』っと舌を出して不快の意を表現しました。ヒヅル君のクールな口元が引きつります。
喧嘩は……喧嘩は困ります……。
「……お前の方が、ガキだっつーの」
ぼそりと小さな声が聞こえた気がしましたが、ぐりちゃんにも聞こえなかったようです。
ヒヅル君はポケットから小さなメモ帳とペンを取り出すと、書記としての仕事を始めました。私もヒアリングを開始します。
「それでは……ぐりちゃん、質問です。ここに来る前の事は覚えていますか?」
「うん、家で寝るところまでは覚えている。気が付いたら、高校の制服を着ていて……この校舎の前に居たの。近くをフラフラ歩いていて……懐かしいし、外が暑かったから、そこの窓から校舎に入ったわ」
「懐かしい?」
「そう、ここ小学校の校舎でしょ? 校舎の中に入ったら、いきなりこんな姿に成っちゃって。さすが夢ね。ファンタジーだわ」
ぐりちゃんは、説明しながら笑います。私は彼女の言動に引っかかりました。
小学校……
私の目から、この学校は小学校に到底見えません。掲示物も机のサイズも中学、もしくは高校のものです。
ヒヅル君の様子を見ると、彼も私と同じ反応でした。
それに、一番驚いたのは『ここが夢の中』という発想。そうですね、その可能性は捨てきれません。ヒアリングを続けましょう。
「どうして黒い腕に襲われていたのですか?」
「分らないわよ。昇降口で探し物していたら、急に足を掴まれたの!」
「何を探していたのですか?」
「私の上履き。気づいたら無かったの。こんな脚になったから、脱げちゃったみたい」
ぐりちゃんは、長いつま先を私達に見せてくれました。ピンクの肉球が可愛らしいです。
彼女の言う通り、このライオンの足では人間用の上履きは入りませんね。
あら? 夢の中なら、上履きが無くてもいいと思うのですが……。何で困るのでしょう? いずれ覚める夢ならば、思い出の学校を楽しんでもいいものです。
「なぜ、上履きを探しているんですか?」
「……何でだろう? でも、無くしちゃいけないって漠然に思って。慌てていろんな所を探していたら、あの黒い腕に捕まっちゃったの」
無くしちゃいけない……慌てて……
彼女は、上履きを見つけてどんな願いをかなえたかったのでしょう? 願い……
『願いは叶わない――』
脳裏に漆黒の少女が放った言葉が過りました。叶わないなんて、とても悲しくなります。
口をつぐんだ私とは正反対に、ヒヅル君の明るい声が聞こえてきました。
「なんだ! ぐりこの困り事は『無くした上履きを見つける事』。シンプルじゃないか」
……確かにそうです。直近の目標は『上履きの発見』で問題ありません。
深く考えすぎも、よく有りませんね? 身動きが取れなくなってしまいます。
私は軽く息を吐いて、自分を納得させました。
「生意気なガキにも困ってるんですけど?」
「は?」
いけません! 私としたことが……!
私は椅子から立ち上がり、二人に提案しました。
「で……では、二人とも! みんなで校内を巡って、上履きを探しましょう」
油断大敵です。
◆
「わ~! 懐かし~。よく幼馴染と3人で図書室の本を読んだな~」
「わぁ~! 理科室!! 確か……あーちゃんが人体模型を怖がっていたな~」
「わぁぁぁ~! 音楽室!! ピアノがある~!!! あーちゃんと連弾したな~」
調律されていないピアノを、楽しそうに弾くぐりちゃん。音がずれた『ねこふんじゃった』が教室に響きます。
上履きを探して約三時間。三人で学校中を探しましたが、未だに見つかりません。青かった空は、夕日の赤と混ざって鮮やかな紫色に。
「ぐりこ、遊んでないで真面目に探せよ!」
疲労と進まない進展は、心の中に苛立ちを呼び込みます。ヒヅル君の注意に対してぐりちゃんは呑気に答えました。
「探しているわよ。もう夕方!? ねえ電気付けてよ」
「ごめんなさい、電気は通ってないみたいです」
私は入口近くにあったスイッチを、カチカチと押しました。しかし、部屋は薄暗いままです。
薄暗い音楽室は整頓されていて、楽器や資料の他に荷物は見当たりません。私は二人に提案しました。
「完全に暗くなる前に、昇降口を探しましょうか? それで今日の捜索は終わりにしましょう」
「昇降口? 嫌い……臭いし、行きたくない。二人が見てきてよ。私ここでピアノ弾いてるから」
彼女の返答で、ヒヅル君の表情が変わりました。声も低く怒りを含み、荒い口調でぐりちゃんに向けて言いました。
「は? ぐりこの探し物だろ? なぁ、僕達が探して当たり前って思ってないか?」
「当たり前でしょ? 生徒が困っているのよ?」
ヒヅル君の顔には冷たい怒りが満ちています。細めた目から光が消えました。
「……君、それ本気で言ってる?」
「ヒヅル君、落ち着いて……」
「アルファは黙ってて。俺達はあくまでも手伝いなんだよ。君、傲慢が過ぎるよ? 昇降口で助けた時も、感謝の言葉ひとつもないし」
ピアノの音が止まりました。彼女もムッとした表情でヒヅル君に反論します。
「手伝いでしかない? 傲慢? 何言ってるの? 自分達の仕事が出来ないからって、責任を私になすりつけないでくれる? これだからガキは――」
「――君、友達いないんじゃない?」
音楽室から音が消えました。空気は徐々に温度を失い、鉛のように重くなります。
ぐりちゃんがピアノの鍵盤を掌で叩きました。大音量の不協和音の後に彼女の怒りが堰を切ります。
「バカにしないでよ!! はぁ? 友達? 周りの程度が低いのよ! 低レベルな奴らとなんかつるむのは時間の無駄なの」
「顔真っ赤にして、図星?」
「はぁ!? そんな事!! 誰に頼らなくても、ひとりで見つけられるんだから!!」
激高したぐりちゃんは、立ち上がると音楽室から出て行ってしまいました。私も彼女を追うため音楽室から飛び出します。
「ぐりちゃん! 待ってください! 一人は危な……」
飛び出したところで、右腕を掴まれ止められました。ヒヅル君が私の手を掴み、ぐりちゃんとは別方向に歩き出します。彼の力が強く、私はびくともしません。
「ヒヅル君? ぐりちゃんを追わないと!」
「いいや、放っておこう。アルファ、生徒会室に帰るよ?」
◆
南棟三階の生徒会室に戻り、パイプ椅子に座ったヒヅル君から愚痴が溢れ出しました。
「何だよ! あの女!! ムカつく!! やっぱり友達いないじゃん!! あの性格ワル美!!」
「……ヒヅル君、性格ワル美ではなく、ぐりちゃんです。それに悪口は感心しませんよ?」
「悪口? 僕は感想と事実を言ってるだけ!! 何でアルファは怒らないんだよ? 悔しくないのか? あんなに見下されて!?」
「怒る? 悔しい? ……私、見下されていたのですか?」
「ええぇ?」
ヒヅル君は私の答えを聞いて、眉を顰めて身を引きました。『ドン引き』というものですね? 私、そんなに変な事を言ったでしょうか? 目を瞑り、顎に指を添えて考えます。
ぐりちゃんは、お転婆な子だとは思います。でも、その行動は嬉しくてはしゃいでいるものと思っていました。
ヒヅル君は頬杖をついて、ため息交じりに語り始めました。
「アルファは感情の起伏が平坦すぎなんだよ。ああいう奴らは他人を貶して自我を保つんだ。自我を保つ為の『養分』にされるなんて、僕はまっぴらごめんだね……」
ヒヅル君から大人な意見が出ました。時々、彼の言動には驚かされます。――でも、彼からこんな意見が出るという事は、彼自身も体験しているのでしょうか? だとしたら、とても悲しいことです。
「他人を貶して自我を保つなんて、可哀そうな方が居るのですね。どうか、ヒヅル君も大きくなったら養分になったり、養分にしたりしないでくださいね?」
「……大丈夫、僕はもうならない。はぁ、僕も大人げなかった。隣りの非常階段で頭冷やしてくる」
彼はそう言い残して、生徒会室から出て行きました。
ポツンと取り残された私は、真っ直ぐにホワイトボードを見ていました。そして、次は黒板を見つめます。
「七不思議……」
ホワイトボードと、黒板に書かれた共通項。七不思議……いやな予感がします。
私は近くに置いてあった懐中電灯を持つと、スイッチを入れました。幸運な事に、懐中電灯は明るい光を放ちます。
「使えてよかった。ぐりちゃんを一人にしては、ダメかもしれません」
近くにあった白紙に『ぐりちゃんを探して来ます』と書置きを残し、私は懐中電灯を持って夜の学校へ繰り出しました。




