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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
開幕

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2/3

#2 廃墟の少年

 階段に、突如現れた男の子。


 驚いた私は、バランスを崩しました。階段から落ちそうになった時、私の右手はぐっと前方に引っ張られます。


「んんっ!!」


 人形のように力が抜けた私は、前のめりに倒れました。膝と手を階段につきます。


「大丈夫?」


 落ち着いた、透明感のある声に心配されます。

 私の手を引いてくれた少年は、尻餅をついていました。目前にある、アーモンド形の眼からは驚きが消えて、真剣な眼差しを私に注ぎます。


「……はい、大丈夫です。助けてくれて、ありがとうございます」

「はぁ、驚いた。全身真っ白だから幽霊かと思った。でも、君が人間で良かったよ」


 彼はそう言いながら立ち上がり、ズボンの埃を払いました。私も、踊り場の上に立ち上がると、彼に倣って手とスカートの埃を払います。


 彼は私を見上げて尋ねました。


「君は誰?」


 その問いに答えられない私は、パチパチと瞬きしました。ふたりの間に沈黙が流れます。……さぁ? 私は誰なのでしょう?

 少年の顔に険しさが滲みました。もう一度聞かれます。


「ねぇ、誰?」


 どうしましょう? 私、完全なる不審者です。 

 困って視線を泳がせていると、左掌に書かれた文字が目に入りました。

 

「私は……α(アルファ)です。アルファと呼んでください」


 少女Aではなく、仮称α(アルファ)と、名乗りましょう。名前は有って困るモノでは有りません。


「アルファ……」


 難しそうな顔をして、私の名前を反芻はんすうする少年。今度は私の手番ターンです。私も彼に尋ね返しました。彼が不安にならない様に、にっこりと。


「ボクはだれ?」


 その問いに、彼は目を見開きました。


 柔らかそうな頬が赤くなって……耳まで真っ赤です。私、変な事を聞いてしまったでしょうか?

 でも、彼は直ぐに「むん!」と眉をしかめて、大人びた表情に戻りました。


「僕は『ヒヅル』。ねぇ、子ども扱いしないでくれる?」

「気に障ったなら、ごめんなさい。ヒヅル君は小学生ではないのですか?」


 ヒヅル君の頭のてっぺんは、私の目線と同じ高さです。顔だって幼さが有るし、声だって低くありません。どう見ても小学校中学年、10歳前後です。


「今、小さいと思ったでしょ?」


 私の顔に、心の声が書かれているのでしょうか? 彼はジリジリと私に詰め寄ります。


「僕の身長が低過ぎる訳じなくて、アルファの背が少し高いだけなんだからね? 今はこんな姿だけど、僕は君より大人なんだ。それに、この学校の生徒会役員なんだぞ?」


 彼はそう言って、胸を張りました。左腕に付けられた腕章をぴんと引っ張り、私に見せつけます。

 今の言動は、子供っぽさを感じました。だけど言葉にせず、心に留めておきましょう。


 彼が身につける、真っ赤な腕章。それには見覚えが有りました。


「その腕章……私の物と同じですね」


 私はポケットにしまっていた腕章を取り出しました。ヒヅル君の腕章と見比べます。

 二つとも、色も素材も同じです。彼も腕章を見て……ため息をつきました。


「はぁ……なるほど、そういう事か。アルファ、僕について来て?」


 どういう事でしょう?


 ヒヅル君は踵を返して、降りてきた階段を再び登って行きます。

 私は「はい」と短く返事をすると、彼の後をついて三階へと向かいました。


 三階の廊下もしんと静かです。二人の足音だけが廊下に響きます。私は、窓から外の様子を窺いました。この校舎の北側に、もう一棟校舎が有ります。更にその北側には青い海が広がっていました。


 南と北も……海?


「ヒヅル君、この学校は小さな島に建っているのですか?」

「そうみたい。四方を海に囲まれているよ。見ての通り泳げる範囲に陸は無いね」

「人の気配がしませんが、夏休みですか?」

「さぁ? 僕も来たばかりだから分らない。さぁ、着いた。中に入って」


 三階の廊下の突き当たりに『生徒会室』と書かれた部屋が有りました。彼はその扉を無造作に開けて、私を招き入れます。


 部屋の中には、長机を合せて作った会議用のテーブルと青いパイプ椅子が数脚。壁際には書類棚が並び、テーブルを挟む様に、ホワイトボードと黒板が置かれています。


 ヒヅル君は、私を姿見の前に連れてきました。


 鏡に映る私は、真っ白な少女の幽霊と形容するにぴったりです。足元から視線を上げていくと、明るい青(勿忘草色)の瞳と目が合いました。


「……私、青い目をしているのですね?」

「それ、今知ったの? 腕章貸して? 動かないでじっとして」


 ヒヅル君に言われるがまま、腕章を差し出しました。彼はそれを受取り私の左側に立つと、セーラー服の袖に腕章をとりつけます。

 

 彼が、腕章を付けている間、私は視線を鏡に戻しました。


 白い眉の下で切り揃えられた前髪。鎖骨の下で遊ぶ毛先。眠たそうな目に、白銀の睫毛まつげ。顔つきは、どこかで見た顔ですが……少なくとも、芸能人には当てはまりません。


「よし、できましたよ。生徒会長様」

「私が、会長ですか!?」


 驚いて彼の目を見つめます。


「近い! 近い!!……そう、アルファが会長で、僕が副会長」

「他にもメンバーは居ないのですか? 会計や書記や……」

「あれ、見て」


 ヒヅル君は、綺麗な手でホワイトボードを指差しました。そこには、黒く柔らかな筆跡で、何か書いてあります。


 ◆――◆――◆――◆――◆


 はざまの学校にようこそ!


 在任期間中ですが、異常事態に伴い生徒会人事を変更します。


 新生徒会長『α』

 新副会長 & 会計 & 書記『ヒヅル』


 生徒会の業務は、生徒たちの悩みを解決する事。

 生徒のかけがえのない青春の1ページをサポートしてください。

 決して、学校の七不思議など作らないように。


 ※生徒会役員は必ず(・・)腕章を携帯する事


 それでは、廃校に向けて良い学校生活を運営してください。


 旧生徒会長より


 ◆――◆――◆――◆――◆



α(アルファ)……。私の名前が書いてある……」


「そう。あれが君の名前だとは思わなかった。役員は二名だけ! なかなか無謀な人数だね。それに、廃校に向けてって……こんな廃墟で言われたらギャグだよ」


 ヒヅル君はその可愛らしい顔に、ニヒル(皮肉)な笑みを浮かべます。


 確かに……。私もここを廃墟だと思っていました。でも、不思議な事にホワイトボードには塵ひとつ積もっていません。つい最近書かれた文字です。これを記した旧生徒会長も、この学校に居るのでしょうか?


「アルファ、何か知ってる?」

「いいえ、何も知りません。……訂正します。何も覚えていないが正解です」

「覚えて……ない?」

「私も目覚めたばかりで、それ以前の記憶が有りません。自分の事すら知りません」

「記憶が…………ない??」


 いけません。ヒヅル君がすごく険しい顔をしています。私は出来るだけ明るい口調で説明します。


「そんなに悲観しないでください。言葉や物の名前、使い方は分かります」

「……じゃあ、アルファって名前はどうやって知ったの?」

「それは、これです」


 私はてのひらに書かれていた『α(アルファ)』の文字を彼に見せました。ヒヅル君は私の手を優しく掴むと、掌を調べるように指でなぞります。こそばゆいです。真剣に調べ終えた彼は、ため息をつきました。


「はぁ……『大抵の願いは叶わない』か。難しいものだね」

「え?」


 夢で見た少女も言っていた台詞セリフです。脳裏にジリリと彼女の薔薇色の唇がぎります。


「その言葉って……」

「ごめん、僕の話。とにかく、ふたりで協力して生徒会を運営しよう。僕一人ではどうにもできないから、アルファにも手伝ってほしい」


 旧生徒会長にも指名され、ヒヅル君にも希望(あふ)れる満面の笑顔で、頼まれてしまいました。眩しいです……。

 断ったとて、今の私には何もすることが有りません。それに、この学校が気になった私は承諾しょうだくしました。


「わかりました。不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします。でも、生徒はどこに……」


 その時、背後の黒板から音がしました。


 ――カッカッカ! カカカ!!


 宙に浮いたチョークが乱暴な音を立て、黒板に文字を書きこんでいます。私達はこの異様な光景を、固唾を飲んで見守りました。



 七不思議候補生(1)『昇降口を彷徨さまようグリフォン』



 文字を書き終えたチョークは、カツンと音を立てて落ちました。しんと静まり返る生徒会室。私達はすぐに声がでません。



「なんだ? これ……」


 やっと、ヒヅル君が声を絞り出します。


「七不思議候補生って、生徒のことでしょうか?」

「分からない。でも、この校舎内に異変が無いか調べよう」


 私達は生徒会室を出て、捜索を始めました。廊下は先ほどと変わらず静かで、窓の外は不気味さと無縁な、蒼い空と碧い海が広がります。

 現在いる南棟の三階・二階と巡り、一階まで降りてきました。廊下を歩いている途中、ある変化に気付きます。


「あれ?……扉に……茨?」


 保健室の扉が、黒い茨によって塞がれていたのです。まるで、元から塞がっていたかのように……


「ヒヅル君、保健室の扉が――」



『キャーー!!!』



 女性の悲鳴によって、私の声はかき消されました。

 それは、危機をはらむ声。私達にも緊張が走ります。


「誰かいる。急ごう!!」

「はい!」


 私達は廊下を走り、悲鳴の方へと向かいます。職員室前を通り過ぎ、荒れた廊下を進むと光が見えてきました。


 何台もの下駄箱が並ぶ空間。頭上の大きな窓から光が差し込む、昇降口です。しかし、土間のたたきは砂で溢れていました。



「誰か助けて!!」



 女の子の声がする方へ向かうと、靴箱の陰に誰か倒れていました。壁から無数の黒い腕が伸び、彼女の猫のような後ろ脚を掴んでいます。彼女も黒い腕に引きずられ無いように、靴箱を掴んで……茶色の翼を羽ばたかせ、抵抗しました。


「まぁ…………」


「ライオンの脚に……翼だと??」


 私達は目の前の異様な光景に絶句するしか……



「ちょっと! 見てないで早く助けなさいよ!」



 している場合ではないようです。

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