#17 保健室に眠るサキュバス【前編】
◆夢魔の独白◆
私、月白あすかの最期は、あっけないものでした。
桜のつぼみが色づき始めた三月下旬。それは心身ともに良くなってきた矢先の出来事。自宅の階段から落ちてしまったのです。
「あすか?……あすか!!」
打ち所が悪かったのです。仕事から帰ってきた母が、私を発見した時には……もう手遅れでした。
泣きながら救急に助けを呼ぶ母の背中を、何もできずに見ていました。父も母も兄も、誰も私の存在に気付いてくれません。何も触れない半透明の体。
突然の別れに、悲しみと後悔の涙を流す家族。高校の入学式に撮った写真で造られた遺影。身内だけでささやかに見送ってくれた葬儀を、みんなから離れてぼんやり見ていたのを覚えています。
白い骨になって、おじいちゃん達が眠る墓地に納骨されたあと、主を失った部屋に戻りました。
机の上には補講のスケジュール表が置いてあります。春休み頑張って、三年生になろうと思っていたのに……。
私と視線を合わせてくれるのは、スクールバッグについた、白猫のぬいぐるみマスコットだけでした。これは、陽弦君がくれたもの。
「……こんな事になるなら、二月から通えばよかった」
3年の祐司君は、少なくとも学校に居なかったし、私から興味を失っていた。久々に登校する気まずさなんて、考えている場合じゃなかった。
私には悪い癖があります。考えすぎて行動に移せないのです。
『策士策に溺れる』『分別過ぐれば愚に返る』『思う事言わねば腹ふくる』……きっと、私の為に生まれた慣用句。
陽弦君にも『考えすぎ』って、よく言われましたっけ。
ただ、出来るだけ誰とも争わず、誰も傷つけず、誰の人生も邪魔しないように生きたかった。――それなのに、全部裏目に出てみんなを傷つけてしまいました。
例えば、幼馴染の祐司君。彼からの告白をはっきりと断れば良かった。中途半端にはぐらかしたから、期待させてしまった。彼の私に対する思いは歪んでしまいました。
きっと幼馴染のぐりちゃんに相談したら「あすかは、自分が嫌われたくないだけでしょ? ゆう君に嫌ならちゃんと嫌って言いな!」と怒られそうです。……でも、怒ってくれる彼女にも、会えません。
蛇川さんにも『私は陽弦君が好きだ』と遠慮しなければ、この恋は拗れなかったでしょう。そもそも私が祐司君を拗らせなければ、二人はもっと長く幸せだったかもしれません。
夏祭りで傘を貸してくれた、有馬さんにも傘を返せずじまいです。彼の言う通り帰っていれば、肺炎で夏休みをベッドの上で過ごさずに済みました。
同じ図書委員会で、仲の良かった後輩の律花ちゃんからも、とうとう連絡が途絶えてしまいました。煙たく思われても、私から連絡をするべきでした。
陽弦君からの連絡も、ブロックしなければ良かった。そもそも、友人の関係に甘えずに陽弦君が好きだと伝えれば良かった。
思いを伝えていたら、あんな事には成らなかったのでしょうか?
伝えていたら、彼と共に歩む、幸せな未来があったのでしょうか?
今となっては後の祭り。『たら』『れば』ばかりの人生でした。ちゃんちゃん♪――で、終わらないのが私です。
死んでから、ようやく学校に行きました。
でも、そこに会いたい人は居ません。在籍しているけど、教室にも保健室にも居なかったのです。校内では、彼に対して心無い噂が流れていました。
私の死にも尾鰭が付いています。自殺したなんて。
(ヒヅル君……会いたいな……家、分らないな……)
叶わない恋に対する後悔と未練は、雪のようにしんしんと募って行きました。私の心は、楽しかった去年の初夏へと思いを馳せます。
途中、いろんな人に声を掛けられたような気がします。
「こっちは危ないよ」
「早く成仏して、生まれ変わりなさい」
でも、気が付いたら『はざまの学校』に居たのです。陽弦君と出会った、高校の保健室にそっくりな場所。
この時、私は未練と後悔を喰らう怪物に囲われていたのです。
【ASUKA】
怪物は、私に楽しかった学校生活の夢を、何度も見せました。その度に私からは未練と後悔が生まれ、彼らはそれを食べて成長していきます。
最初は保健室だけだった幻想の学校は、最終的に校庭の端まで作り込まれ完成します。
だけど、怪物に心を食べられていく度に、私は人間の姿を失っていきました。
思い出の中で楽しく駆けていたかったのに、動けなくなってしまう皮肉。心を食べられるという事は、魂を削られる事。
それに気づいた時には、魂の5分の1を失っていました。
【ASUK】
楽しいはずの思い出を見ても、次第に何も感じなくなって、学校は荒んでいきます。
このまま食べられて消えるより、生まれ変わってあの人の元に近づきたい。初めて未来を望みました。
残った魂を4つに切り分けて、明るい世界へこっそり逃がします。半分を逃がし終えた頃……とうとう怪物に気付かれてしまいました。
【AS】
私を閉じ込めた黒板の怪物。とうとう、自分の力で逃れるのが不可能になりました。
怪物から逃げようとした罰なのか、私をここに留めたいのか……彼等は新しい後継者《宿主》を探すため、私の魂の半分を食べて使いました。私を餌に、関係の有った人々を呼び込もうとするのです。
【A】
そして、少年が1人。この学校にやってきました。
姿が変わっても一目でわかりました。彼は三伏陽弦くんだと……。
一番会いたくて、一番来て欲しくない人
何とかして、彼を怪物達から守って、元の世界に返さなくてはと思いました。でも、こんな醜い姿を見られたら、彼から嫌われてしまうかもしれない……私が彼を避けた事を怒っているかもしれない。いえ、恨まれているかもしれない。
最後まで、誰からも拒絶されたくない、あさましい女です。
怪物たちの隙を突いて、更に魂を切り分けます。私の代わりに、彼らを逃がす存在を作りました。
彼女に託せる魂が少なかったので、彼女には不便を強いる事になるでしょう。
2人が困らない様に、生徒会を作って……胸のリボンで腕章も作って……。
【α】
私がこの学校と一緒に逝くから、あなたはみんなと彼を連れてこの世界から逃げ出して。
そう願い、彼女の左手に名前を書いて、私の最終章が幕を開けました。
『ねえ知ってる?……願いは、大抵叶わないの。だって――』
あれ? 私の本当の願いは何だっけ……。何を願ってここに来たんだっけ……。




