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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第二幕 七不思議候補生

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15/19

#15 邨カ譛帙r蝟ー縺?函蠕剃シ壼ョ、縺ョ繧ア繝ォ繝吶Ο繧ケ【前編】

「ヒヅル君! 待ってください!!」


 だいだいの悲しい光を、目に宿したヒヅル君。黒板の怪物は、幾本いくほんもの黒い腕で彼を抱き、闇の中へと呑みこみました。


 体育館の床から絶望の黒が消え去り、遺された白いボールと、虚しさの赤。私は破れた腕章を拾い握り締めます。



 ――キーン(F)コーン(A)カーン(G)コーン(C)……



 衝撃的な事が目の前で起きて、頭が真っ白です。



 ――キーン(F)コーン(G)カーン(A)コーン(F)……



 壊れた時計が動き出すように、一つずつ理解すると、涙が浮かんできました。



 ――キーン(A)コーン(F)カーン(G)コーン(C)……



「ちがいます……私のすべきことはそれ(泣くこと)じゃありません」



 ――キーン(C)コーン(G)カーン(A)コーン(F)



 自分にそう言い聞かせて涙を拭うと、急いで体育館を飛び出しました。


 黒板に変化が起きているはずです!


 階段を駆け上がり、息を切らしながら生徒会室の扉を開けて飛び込みます。ユウジさんを表す『ゴブリン』の記載は消えていました。


 案の定、黒板に書かれていたのは――



 七不思議候補生(6)『絶望を喰らうケルベロス』



 ケルベロス。3つの頭を持つ冥府の番犬……『ケルベロス』はヒヅル君の事でしょう。今までは場所のヒントが有ったのに、今回に限って書かれていません。


 なぜ、もっと早く気付かなかったのでしょう。


 この学校が存在するという事は、黒板の怪物に喰われた被害者が居るという事。



「黒板の怪物に食べられてしまったのは、旧生徒会長……いえ、月白つきしろあすか。あなたですね?」



 祐司ゆうさじさんが、黒板の怪物から聞いた『学校の核』それは、月白あすかの事。そう仮定すれば、全ての話が繋がります。


 ヒヅル君とあすか、彼らは両片思いでした。引き裂かれた二人が、夢と現実のはざまの世界で一緒になる。

 それは一見、甘く痺れるほどロマンティックな事かもしれません。


 でも、そんな考えはホワイトボードを見て改めました。



 『廃校』



 旧会長あすかは、この世界の終わりを望んでいました。それに、ヒヅル君とこの世界で結ばれたいのなら、早々に一緒になるはず。



 今の私達は、バッドエンドに向けて進んでいる……。



 私は、ホワイトボードを睨み言いました。



「あすか!! 居るんですよね!? あなたがこの学校の核ならば、ヒヅル君を返してください!!」


 一時の沈黙を挟んで、ホワイドボードに絡んでいた黒い茨が動き出しました。

 器用にマジックを握り、ホワイトボードにキュッキュッと音を立てて、文字を記してゆきます。書かれたのは――



『いばら』



「あすか、何のことですか?」



 聞いても彼女は答えてくれません。

 アルファ、落ち着いて考えるのです。茨で何が出来るのか……



 学校中を隈なく伝う黒い茨。月白あすかの一部である黒い茨……『白い茨を使える私にも、彼女と同じことが出来るのでは?』と。


 座り込み、両手を床に付けました。


 私は目を瞑りイメージします。白い茨となってこの学校を包み込むと……手から白い茨を出し、学校中を張り巡らせます。



 大量の茨を放つ私の腕は、人間のそれとかけ離れて行きました。



 放った茨から校内の情報を読み取ろうと、精神を集中します。


 校舎と同化する感覚。昇降口……職員室……教室……。頭の中に校内の映像が流れてきます。





月白つきしろさん、体調は大丈夫?」




 ヒヅル君の声が聞こえて、思わず目を開けました。


 ここは、南校舎二階の階段の踊り場です。鏡の前に立つ私の目前を、高校生のヒヅル君と黒髪の女生徒が通り過ぎました。


 校舎は驚く程綺麗で、割れていたはずの鏡も、元通りになっていました。


 柔和な表情で話しかけるヒヅル君。黒髪の女生徒『あすか』を見て納得しました。


 私と瓜二つです。違うのは髪の色と、目の色くらい。目の前を通り過ぎた彼女に、裏生徒会室で見た仄暗さなど一切有りません。


三伏みふせ君! うん、大丈夫。保健室で休んだら良くなったよ』

『荷物持つよ。駅まで送る。僕もちょうど帰る所だし』


 そう言うと、ヒヅル君は彼女のスクールバッグを持ち、歩き出しました。ふたりは階段を下りて行きます。


 これは……ヒヅル君の記憶でしょうか? それとも、あすか? ふたりを追い駆けようと階段を駆け下ります。しかし、そこに彼らの姿は有りませんでした。



「消えた……」



 その代り廊下には、青くて小さい花が落ちていました。小学校の時、図鑑で見た覚えがあります。


勿忘草わすれなぐさ……」


 それは廊下に点々と落ちていました。勿忘草の道しるべは、一階の保健室へと続いています。


 保健室の扉を開けて中に入ると、白衣を着た保健の先生とすれ違いました。先生にも私が見えていないようです。


 保健室の中に居たのは、ヒヅル君。彼は中央のテーブルで、教科書を開き勉強していました。すると、ベッドを囲むカーテンが開きました。


 月白あすかです。カーテンの奥から出てきた彼女の顔は青白く、決して体調がよさそうには見えませんでした。


 あすかは、誰かを探すように室内を見渡します。でも、話しかけたい人が、いなかったのでしょう。


 彼女は恐る恐る、黙々と机に向かうヒヅル君に話しかけます。


「あの……すみません。先生が戻ったら『月白は教室に返った』って、伝えて貰えますか?」

「べつにいいけど……まだ顔色悪いよ? 大丈夫?」

「はい、さっきよりは楽になったから……あっ」


 ふらつき、その場でうずくまるあすか。それを見たヒヅル君が慌てて駆け寄ります。


「大丈夫? そんなんじゃ戻れないよ。もう少し休んだ方がいい」


 ヒヅル君は、あすかを先ほどまで居たベッドへと送り返しました。そして、静かにカーテンを閉めると、再びテーブルに戻り勉強を始めます。


 カーテンで閉ざされてベッドから、か細い声が聞こえました。


「ありがとう……えっと……」

「僕は1年2組の三伏みふせ 陽弦ひづる。君は隣のクラスの月白さんでしょ?」

「何で知ってるの?」

「ここでよく見るからね。気が休まらないなら僕帰るけど?」

「ううん、大丈夫。勉強の邪魔してごめんね」


 窓からひときわ大きな風が吹き込むと、カーテンを大きくなびかせました。

 まるで風に攫われたかのように、二人の気配も消えます。


 校庭のプールから、賑やかな声が聞こえてきました。


 私をいざなう様に落ちている勿忘草の花。それを辿って、プールにやって来ます。

 そこでは、男女に分かれて水泳の授業が行われていました。

 しかし、体育着を着たあすかは、プールサイドの日陰で授業を見学しています。


 ヒヅル君も同じ体育の授業を受けていました。泳ぎ終り、プールから上がると、彼はクラスメイトに話しかけられます。


「三伏、クラスには慣れたか?」

「うん、なんとかね。中学よりここは過ごしやすくて良かったよ。思い切ってクラスに戻って良かった」


 友達と話しながらも、彼は時折あすかを見ていました。


 誰かが飛び込んだ水しぶきと共に、像が歪みます。プールには誰も居なくなりました。浮かんでは消える幻像。しびれを切らした私は、声を上げました。


「あの……私は、現在のヒヅル君を探しているんです!!」


 すると目の前に、裏生徒会室で見た黒いセーラー服の少女、あすかが現れました。長く伸びた前髪で、彼女の目は隠れて表情が読めません。


『まだ、完全に取り込まれていないから大丈夫。彼は思い出を辿っているの。だからアルファも彼を追いかけて?』


「……! 追い駆けますとも……でも……なぜ、あなたが直接助けないのですか?」


『私は、彼に合わせる顔がないの。文字通りにね。それに、今はみんなが帰るまで、この学校を保つだけで精一杯。だから、陽弦くんをこの世界から逃がして』


 彼女はそう言うと、黒い茨の塊となりました。バサリと地面に落ちると、それはほどけるように消えて行きます。


 もどかしいですが、彼女に従うしかない様です。青い道しるべは、校舎の中へと続きました。


 ◆


 北棟の二階、図書室の前です。

 カラカラと引き戸を開けると、明るく整頓された室内が広がります。


 窓からは若葉を伸ばした桜の木が見えます。少し成長したヒヅル君とあすかはテーブルを挟んで向き合い、勉強をしていました。


「陽弦くん、この問題の解き方これで合ってるかな?」

「見せて、ふふっ……あすかは考えすぎなんだよ。こっちの公式使えば、もっと簡単に解けるよ?」


 会話を交えながら勉強する二人からは、穏やかな空気を感じます。カウンターを見ると、律花りっかさんが居ました。本を読むふりをして、人間観察をしています。


 私はテーブルに居る二人に近寄り、彼等の幸せそうな様子を眺めました。

 

 眉根を寄せて、数学の教科書を睨んでいたあすか。彼女が顔を上げてヒヅル君に尋ねました。


「陽弦くん、数学が得意で羨ましい。将来何になりたいの?」


「僕? そうだな……まだ、よくわからない。数学や理科は好きだから、勉強しながら探そうかな? でも、一番は猫を飼いたい」


「猫?」


 少し恥ずかしそうに答えるヒヅル君と、猫と聞いて顔を輝かせるあすか。

 詳しく聞かせて欲しそうに、あすかは身を乗り出します。


「そう、猫。うちの家、ちょっと複雑でさ。マンガやドラマで見る、穏やかで普通の幸せに憧れるんだよね。だから猫と幸せに暮らしたい。あすかは?」


「そうだな……元気になって、猫みたいに走り回りたいかな? あと、人生で一回くらいは生徒会長したいかも」


「じゃあその時は、僕も生徒会に立候補しよう」


「何の役職にするの?」


「あすかが生徒会長なら、僕は副会長でも書記でも会計でもお任せください」



 静かに、幸せそうに笑いあう二人。開いた窓から、強い風が吹き込みました。

 まどの外の景色が一変して、空は曇っています。勉強していた二人の姿が消えました。



「ねぇ、蛇川へびかわさん。仕事の邪魔だから、向こうに行ってくれる?」


 図書室の奥、本棚の間からヒヅル君の声が聞こえました。声がする方へ向かいます。

 本を抱えて書架に戻すヒヅル君の隣には、蛇川 愛依めいさんが居ました。


 薄暗い書架の森、窓の外からは気の早い蝉の声が聞こえます。


「え~やだ。付き合ってる人いないんでしょ? 私と付き合おうよ?」

「悪いけど、そんな気ないんだよ。迷惑」


 冷たくあしらわれても、離れようとしない愛依さん。彼女はチラリとこちらを見ました。一瞬目が合った様な気がしてドキッとしましたが、彼女が見ているのは私のさらに後ろ。振り返るとそこに居たのは……


(月白あすか……)


 愛依さんはニヤリと笑うと、ポケットからスマホを取り出しました。そして、ヒヅル君の肩を叩き、振り返った彼の唇を奪います。


 シャッター音が静かな図書室を切り取りました。


 悲しそうに目を伏せたあすかは、無言のままその場を離れます。ヒヅル君はあすかが居た事に気付づいていません。


 愛依さんにされた事に、憤怒したヒヅル君は、しがみ付く彼女を突き放し、低く静かな声で怒りました。


「おい、何するんだよ? 写真も撮ったのか? 消せ!!」


「え~やだ。 今ここで大声あげちゃおうかな? 襲われたーって。写真。クラスのみんなに見られたくないでしょ? ねえ、まずはお友達からはじめない? 三伏くん?」


 悔しそうに唇をかみしめたヒヅル君。彼は握り締めた拳で本棚を叩きます。


 ドン、と鈍い音と共に書架の本が弾けるように飛び出しました。弾け出た本は私の視界を塞ぎます。




 2人の歯車が、狂い始めました。



 (第二幕 #15『 絶望を喰うケルベロス【前編】』)

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