#15 邨カ譛帙r蝟ー縺?函蠕剃シ壼ョ、縺ョ繧ア繝ォ繝吶Ο繧ケ【前編】
「ヒヅル君! 待ってください!!」
橙の悲しい光を、目に宿したヒヅル君。黒板の怪物は、幾本もの黒い腕で彼を抱き、闇の中へと呑みこみました。
体育館の床から絶望の黒が消え去り、遺された白いボールと、虚しさの赤。私は破れた腕章を拾い握り締めます。
――キーンコーンカーンコーン……
衝撃的な事が目の前で起きて、頭が真っ白です。
――キーンコーンカーンコーン……
壊れた時計が動き出すように、一つずつ理解すると、涙が浮かんできました。
――キーンコーンカーンコーン……
「ちがいます……私のすべきことはそれじゃありません」
――キーンコーンカーンコーン
自分にそう言い聞かせて涙を拭うと、急いで体育館を飛び出しました。
黒板に変化が起きているはずです!
階段を駆け上がり、息を切らしながら生徒会室の扉を開けて飛び込みます。ユウジさんを表す『ゴブリン』の記載は消えていました。
案の定、黒板に書かれていたのは――
七不思議候補生(6)『絶望を喰らうケルベロス』
ケルベロス。3つの頭を持つ冥府の番犬……『ケルベロス』はヒヅル君の事でしょう。今までは場所のヒントが有ったのに、今回に限って書かれていません。
なぜ、もっと早く気付かなかったのでしょう。
この学校が存在するという事は、黒板の怪物に喰われた被害者が居るという事。
「黒板の怪物に食べられてしまったのは、旧生徒会長……いえ、月白あすか。あなたですね?」
祐司さんが、黒板の怪物から聞いた『学校の核』それは、月白あすかの事。そう仮定すれば、全ての話が繋がります。
ヒヅル君とあすか、彼らは両片思いでした。引き裂かれた二人が、夢と現実のはざまの世界で一緒になる。
それは一見、甘く痺れるほどロマンティックな事かもしれません。
でも、そんな考えはホワイトボードを見て改めました。
『廃校』
旧会長は、この世界の終わりを望んでいました。それに、ヒヅル君とこの世界で結ばれたいのなら、早々に一緒になるはず。
今の私達は、バッドエンドに向けて進んでいる……。
私は、ホワイトボードを睨み言いました。
「あすか!! 居るんですよね!? あなたがこの学校の核ならば、ヒヅル君を返してください!!」
一時の沈黙を挟んで、ホワイドボードに絡んでいた黒い茨が動き出しました。
器用にマジックを握り、ホワイトボードにキュッキュッと音を立てて、文字を記してゆきます。書かれたのは――
『いばら』
「あすか、何のことですか?」
聞いても彼女は答えてくれません。
アルファ、落ち着いて考えるのです。茨で何が出来るのか……
学校中を隈なく伝う黒い茨。月白あすかの一部である黒い茨……『白い茨を使える私にも、彼女と同じことが出来るのでは?』と。
座り込み、両手を床に付けました。
私は目を瞑りイメージします。白い茨となってこの学校を包み込むと……手から白い茨を出し、学校中を張り巡らせます。
大量の茨を放つ私の腕は、人間のそれとかけ離れて行きました。
放った茨から校内の情報を読み取ろうと、精神を集中します。
校舎と同化する感覚。昇降口……職員室……教室……。頭の中に校内の映像が流れてきます。
「月白さん、体調は大丈夫?」
ヒヅル君の声が聞こえて、思わず目を開けました。
ここは、南校舎二階の階段の踊り場です。鏡の前に立つ私の目前を、高校生のヒヅル君と黒髪の女生徒が通り過ぎました。
校舎は驚く程綺麗で、割れていたはずの鏡も、元通りになっていました。
柔和な表情で話しかけるヒヅル君。黒髪の女生徒『あすか』を見て納得しました。
私と瓜二つです。違うのは髪の色と、目の色くらい。目の前を通り過ぎた彼女に、裏生徒会室で見た仄暗さなど一切有りません。
『三伏君! うん、大丈夫。保健室で休んだら良くなったよ』
『荷物持つよ。駅まで送る。僕もちょうど帰る所だし』
そう言うと、ヒヅル君は彼女のスクールバッグを持ち、歩き出しました。ふたりは階段を下りて行きます。
これは……ヒヅル君の記憶でしょうか? それとも、あすか? ふたりを追い駆けようと階段を駆け下ります。しかし、そこに彼らの姿は有りませんでした。
「消えた……」
その代り廊下には、青くて小さい花が落ちていました。小学校の時、図鑑で見た覚えがあります。
「勿忘草……」
それは廊下に点々と落ちていました。勿忘草の道しるべは、一階の保健室へと続いています。
保健室の扉を開けて中に入ると、白衣を着た保健の先生とすれ違いました。先生にも私が見えていないようです。
保健室の中に居たのは、ヒヅル君。彼は中央のテーブルで、教科書を開き勉強していました。すると、ベッドを囲むカーテンが開きました。
月白あすかです。カーテンの奥から出てきた彼女の顔は青白く、決して体調がよさそうには見えませんでした。
あすかは、誰かを探すように室内を見渡します。でも、話しかけたい人が、いなかったのでしょう。
彼女は恐る恐る、黙々と机に向かうヒヅル君に話しかけます。
「あの……すみません。先生が戻ったら『月白は教室に返った』って、伝えて貰えますか?」
「べつにいいけど……まだ顔色悪いよ? 大丈夫?」
「はい、さっきよりは楽になったから……あっ」
ふらつき、その場で蹲るあすか。それを見たヒヅル君が慌てて駆け寄ります。
「大丈夫? そんなんじゃ戻れないよ。もう少し休んだ方がいい」
ヒヅル君は、あすかを先ほどまで居たベッドへと送り返しました。そして、静かにカーテンを閉めると、再びテーブルに戻り勉強を始めます。
カーテンで閉ざされてベッドから、か細い声が聞こえました。
「ありがとう……えっと……」
「僕は1年2組の三伏 陽弦。君は隣のクラスの月白さんでしょ?」
「何で知ってるの?」
「ここでよく見るからね。気が休まらないなら僕帰るけど?」
「ううん、大丈夫。勉強の邪魔してごめんね」
窓からひときわ大きな風が吹き込むと、カーテンを大きく靡かせました。
まるで風に攫われたかのように、二人の気配も消えます。
校庭のプールから、賑やかな声が聞こえてきました。
私を誘う様に落ちている勿忘草の花。それを辿って、プールにやって来ます。
そこでは、男女に分かれて水泳の授業が行われていました。
しかし、体育着を着たあすかは、プールサイドの日陰で授業を見学しています。
ヒヅル君も同じ体育の授業を受けていました。泳ぎ終り、プールから上がると、彼はクラスメイトに話しかけられます。
「三伏、クラスには慣れたか?」
「うん、なんとかね。中学よりここは過ごしやすくて良かったよ。思い切ってクラスに戻って良かった」
友達と話しながらも、彼は時折あすかを見ていました。
誰かが飛び込んだ水しぶきと共に、像が歪みます。プールには誰も居なくなりました。浮かんでは消える幻像。しびれを切らした私は、声を上げました。
「あの……私は、現在のヒヅル君を探しているんです!!」
すると目の前に、裏生徒会室で見た黒いセーラー服の少女、あすかが現れました。長く伸びた前髪で、彼女の目は隠れて表情が読めません。
『まだ、完全に取り込まれていないから大丈夫。彼は思い出を辿っているの。だからアルファも彼を追いかけて?』
「……! 追い駆けますとも……でも……なぜ、あなたが直接助けないのですか?」
『私は、彼に合わせる顔がないの。文字通りにね。それに、今はみんなが帰るまで、この学校を保つだけで精一杯。だから、陽弦くんをこの世界から逃がして』
彼女はそう言うと、黒い茨の塊となりました。バサリと地面に落ちると、それは解けるように消えて行きます。
もどかしいですが、彼女に従うしかない様です。青い道しるべは、校舎の中へと続きました。
◆
北棟の二階、図書室の前です。
カラカラと引き戸を開けると、明るく整頓された室内が広がります。
窓からは若葉を伸ばした桜の木が見えます。少し成長したヒヅル君とあすかはテーブルを挟んで向き合い、勉強をしていました。
「陽弦くん、この問題の解き方これで合ってるかな?」
「見せて、ふふっ……あすかは考えすぎなんだよ。こっちの公式使えば、もっと簡単に解けるよ?」
会話を交えながら勉強する二人からは、穏やかな空気を感じます。カウンターを見ると、律花さんが居ました。本を読むふりをして、人間観察をしています。
私はテーブルに居る二人に近寄り、彼等の幸せそうな様子を眺めました。
眉根を寄せて、数学の教科書を睨んでいたあすか。彼女が顔を上げてヒヅル君に尋ねました。
「陽弦くん、数学が得意で羨ましい。将来何になりたいの?」
「僕? そうだな……まだ、よくわからない。数学や理科は好きだから、勉強しながら探そうかな? でも、一番は猫を飼いたい」
「猫?」
少し恥ずかしそうに答えるヒヅル君と、猫と聞いて顔を輝かせるあすか。
詳しく聞かせて欲しそうに、あすかは身を乗り出します。
「そう、猫。うちの家、ちょっと複雑でさ。マンガやドラマで見る、穏やかで普通の幸せに憧れるんだよね。だから猫と幸せに暮らしたい。あすかは?」
「そうだな……元気になって、猫みたいに走り回りたいかな? あと、人生で一回くらいは生徒会長したいかも」
「じゃあその時は、僕も生徒会に立候補しよう」
「何の役職にするの?」
「あすかが生徒会長なら、僕は副会長でも書記でも会計でもお任せください」
静かに、幸せそうに笑いあう二人。開いた窓から、強い風が吹き込みました。
まどの外の景色が一変して、空は曇っています。勉強していた二人の姿が消えました。
「ねぇ、蛇川さん。仕事の邪魔だから、向こうに行ってくれる?」
図書室の奥、本棚の間からヒヅル君の声が聞こえました。声がする方へ向かいます。
本を抱えて書架に戻すヒヅル君の隣には、蛇川 愛依さんが居ました。
薄暗い書架の森、窓の外からは気の早い蝉の声が聞こえます。
「え~やだ。付き合ってる人いないんでしょ? 私と付き合おうよ?」
「悪いけど、そんな気ないんだよ。迷惑」
冷たくあしらわれても、離れようとしない愛依さん。彼女はチラリとこちらを見ました。一瞬目が合った様な気がしてドキッとしましたが、彼女が見ているのは私のさらに後ろ。振り返るとそこに居たのは……
(月白あすか……)
愛依さんはニヤリと笑うと、ポケットからスマホを取り出しました。そして、ヒヅル君の肩を叩き、振り返った彼の唇を奪います。
シャッター音が静かな図書室を切り取りました。
悲しそうに目を伏せたあすかは、無言のままその場を離れます。ヒヅル君はあすかが居た事に気付づいていません。
愛依さんにされた事に、憤怒したヒヅル君は、しがみ付く彼女を突き放し、低く静かな声で怒りました。
「おい、何するんだよ? 写真も撮ったのか? 消せ!!」
「え~やだ。 今ここで大声あげちゃおうかな? 襲われたーって。写真。クラスのみんなに見られたくないでしょ? ねえ、まずはお友達からはじめない? 三伏くん?」
悔しそうに唇をかみしめたヒヅル君。彼は握り締めた拳で本棚を叩きます。
ドン、と鈍い音と共に書架の本が弾けるように飛び出しました。弾け出た本は私の視界を塞ぎます。
2人の歯車が、狂い始めました。
(第二幕 #15『 絶望を喰うケルベロス【前編】』)




