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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第二幕 七不思議候補生

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12/19

#12 図書室で本に埋まるフェニックス【後編】

 フェニさんが見つけた『はざまの学校の七不思議』

 彼女が黒い表紙をめくると、本からは黒板の怪物の腕が伸びてきます。やっぱり!


「――わぁぁぁっ!!」


 フェニさんは驚いて、本から手を離しました。――が、黒板の怪物は、彼女の顔を覆う様に掴みます。俗に言うアイアンクローですね。


 本を見た時点で怪しさ満点でしたので、私とヒヅル君は既に動いていました。2人で彼女に駆け寄り、黒板の怪物に向けて腕を伸ばします。


 ――ばちっ!

 ――バチィッ!


「みい゛ぃ~~~!!!」


 驚いて悲鳴を上げたフェニさんは、ぺたんと床に座り込みます。彼女の丸眼鏡がコテッとズレました。私達に触れられた黒板の怪物は、どろりと溶けて消えてゆきました。


「フェニさん、大丈夫ですか?」

「な、なにあれ……びっくりした~」


 無事で何よりです。まさか、本にまで化けるなんて。油断も隙も有りません。


「あれは、黒板の怪物です。フェニさんをこの学校に取り込んで、学校の七不思議にしようとしているんです」

「ななふしぎ? 学校の怪談の??」


 説明が難しいですね。ポカンとして、イマイチ怖さが伝わっていないフェニさん。ヒヅル君も説明してくれます。 


「まぁ、似てるかな? どこにも行けず、ずっとこの学校の中に取り残されるって事だよ。終わらない図書整理をすることになるよ? あまりおススメしない」


「ひぃ! 労働~!? ぁぁ……なんか、一気に集中切れちゃいました」


 また燃え尽きて放心状態のフェニさん。口から魂が抜け出そう。


「はぁ……集中が切れたなら、校舎内を散歩してきたら?」

「あっ!いいですね~。ずっと図書室に缶詰もよくないので、久々の学校を探検したいです~」

「ではその探検、私がご一緒します。ヒヅル君も休みませんか?」


 話しながらも作業を続ける彼は、目を細めて笑うと答えました。


「僕はいいよ。一人で黙々と作業するのが好きなんだ。フェニ、アルファの手が届く範囲から離れたらダメだよ? また、さっきのに襲われるから」

「襲われる……。ひぃっ……終わらない強制労働……」


 彼女は顔を引きつらせます。


「彼等は生徒会役員わたしたちには手が出せないので、私が護衛役です」

「ええ? アルファさんが護衛? こんなか弱そうなのに~?」

「力は弱いですが、こんな事はできます」


 私は両手から白い茨を伸ばして見せました。白い蛇のように、うねうねと動く茨。昨日よりもたくさんの本数を出せました!


 フェニさんはそれを見ると、驚いて翼をバタつかせます。


「ひぃぃぃぃぃ! お、お化け? もももも……モンスター!?」


 確かに、そうなのですが……。面と向かって言われたのが初めてなのでシュンとします。驚くフェニさんを見て、ヒヅル君はため息をつきました。


「アルファも、君に言われたくないと思うよ?」


 そんなこと有りませんよ?


 彼の言葉に、フェニさんは自身の背中から生えた翼を見ます。窓から差し込む光を受けてキラキラと赤く輝く翼を、バサリと羽ばたかせました。


「そうでした。私には羽が生えてますね~。と、言う事は! ヒヅルさんもモンスターなんですか~?」

「さぁ?……僕は何者にもなれなかった負け犬だよ。じゃあ、1時間休憩ね。1分でも遅れたら、許さないから」

「ひぃ~! 鬼ぃ!! スマホも持ってないのに! わ、わかりましたよぅ。行きましょ? アルファさん!!」


 フェニさんは私の背後に回ると、出口にむけてぐいぐいと背中を押します。私は本棚の陰へと入ってゆくヒヅル君に留守を頼みました。


「では、ヒヅル君お留守番宜しくお願いします」

「ああ、いってらっしゃい」



 ◇



 フェニさんは歩きながら「んんん~♪」と、腕と翼を伸ばします。校舎を探検する彼女の顔に笑顔が戻ってきました。


「ああ~懐かしい!! そうそう♪ この白い廊下! まぁボロボロですけどぉ~」


 どうやら、私とフェニさんが見ている学校の像は同じようです。


「私、誰もいない学校を探検してみたかったんですよね~。そうだ! まだ明るいし、学校の七不思議を見に行きましょうよ!」

「七不思議ですか?」

「そうです! この学校も一応七不思議が有るんですよ~?」


 確かに、学校に怪談は付き物です。この学校の七不思議がどんなものか……私の心は意外にもワクワクしました。それが顔にも出ていたのでしょう。


 フェニさんは目を輝かせると、七不思議ツアーの計画を立て始めます。


「そうそう! ここだと音楽室が近いかな? アルファさんこっちです! 効率よく回りましょ~う!」


 彼女は私の右手を引っ張り、走り出しました。

 ユニさんが空けた大穴に注意しながら北棟の三階に上がり、音楽室に入ります。


「七不思議のひとつ、夜中に動くモーツァルトの肖像画~!! 昼間ですが」


 ぐりちゃんと来た時よりもボロボロになった音楽室。壁に画びょうで貼られた掲示物はパリパリに風化していました。そして、とうとう三階にも植物が入り込んでいます。植物の成長は早いものです。


「う~ん! 全然怖くないですね~。アルファさん、次行きますよ~!」


 音楽室に入って1分もしないうちに移動することになりました。フェニさんは私の手を引いて校内の七不思議スポットを巡ります。


「黒い涙を流す、美術室の石膏像~!!」

「振り返ると将来の自分が映る、踊り場の鏡~!!」

「幽霊がでる女子トイレ~!!」

「夜になると呪われた動画が流れる視聴覚室~!!」

「人体模型が踊り出す生物室~!!」

「真夜中にパソコンのキーを叩く音が聞こえる職員室~!」


 ありきたりな七不思議。どこにも怪異的なモノはおらず。黒板の怪物すら出てきませんでした。明るく静かな七不思議スポットは、栄枯盛衰えいこせいすいの寂しさを感じます。


「フェニさん、お化け出てきませんでしたね? そろそろ戻りますか?」

「はい~! 楽しかったです。ヒヅルさんに怒られそうだから戻りましょう~」


 満足そうなフェニさんを見て安心しました。


 私達は階段へと向かって歩き出します。職員室を通り過ぎて保健室の前を通りかかった時、フェニさんがぼそりと呟きました。


「そうだ。私が卒業した後、新しい七不思議が出来たらしいんですよ~」

「新しい七不思議?」

「ええ。どこだったかな~保健室だっけ?」


 保健室……私が目覚めて以降、そこは入れなくなっていました。後ろを振り向くと、保健室と書かれたプレートが見えます。


「せっかくですし、保健室見ますか?」

「おお~。イイですね~。アルファさんナイス提案!」


 私達は踵を返して保健室へ向おうとした時、背後で音がしました。


 ――バサッ!!


 誰もいないはずの廊下の先に、本が一冊床に落ちました。急な出来事に私達は固唾を飲みます。


「フェニさん。私から手を離さないでください。拾いに行きましょう」

「は、はいぃ」


 私達は本に近づくと茨と、右手を使い落ちた本を拾いました。本のタイトルは『初夏の恋・下』。こんな所に……


「ええっ!……なんで在るの?」


 フェニさんも狼狽うろたえて、顔に恐怖を浮かべます。

 

 すると、一際ひときわ大きな風が吹きました。学校を浸食する植物がざわめきます。遠くから聞こえる波の音もどこか荒々しいです。気温が3度下がったような、異様な空気を感じ取った私達は予定を変更しました。


「フェニさん、保健室はキャンセルして、図書室に戻りましょう」

「は、はぃ~。分かりましたぁ……」


 フェニさんは身を丸めると身震いしました。私達は手をつないだまま、図書室へと帰ります。


 ◆


「ただいま戻りました」


 図書室の扉を開けると本の海は消えていました。全て机やラックの上に乗せられ、ヒヅル君が今も黙々と本を分けていました。

 すっきりとした図書室を見て、フェニさんは歓喜します。


「おつかれさまで~す! わ~! かなり進んでる! ヒヅルさん、シゴデキですね~」


 フェニさんのリアクションを見て、ヒヅル君もまんざらではなさそうです。口の端で満足げに笑うと、私達を迎えてくれました。


「おかえり。集中できたからね。そっちはどうだった? リフレッシュできた?」

「はい~! とっても!! 七不思議ツアーしてきたんですよ~」

「ええ、そして帰り際にこの本を見つけたんです」


 私達は拾った本をヒヅル君に見せました。


「……さっきの下巻」

「そうなんです。まさか見つかるなんて、思いもしませんでした。さぁ、フェニさんどうぞ?」


 フェニさんは本を受け取ると、ゆっくりと表紙を開きます。しかし、彼女の顔が一気に曇りました。ページをめくる指はブルブルと震えています。


「怖い」


 彼女はボソリと零したのです。上巻をあんなに楽しそうに読んでいたのに。その落差に私は驚いてしまいました。


「え?」

「私、やっぱり確かめるの怖いです!! いやっ!!」


 そう言って彼女は本を閉じると、乱暴に机の上に置きました。


 彼女は助けを求めるように私の腕に抱きつきます。しかし、フェニさんは私の顔を見て涙を浮かべました。その目はライムグリーンの怪しい光を放ち、恐怖に顔を引きつらせます。


「い、いや……」


 彼女は私から手を離すと、書架の森へと逃げて行きます。


「フェニ! あんまり離れると怪物が!!」

「いいんです! わたしなんか、地獄に落ちた方がいいんです!!」


 ええ……? 彼女の豹変に、私とヒヅル君は困惑しました。

 ヒヅル君の言う通り、私達から離れると黒板の怪物に捕まってしまいます。

 

 私達は慌ててフェニさんを追い駆けました。


「全部私の所為せいなんです!! あの日私がサボったりしなければ! ちゃんと図書委員の仕事をしていれば、月白つきしろ先輩は見ずに済んだのに!!」


 図書室の一番奥。陽の光も届かない書架の前で、フェニさんは座り込んで泣いていました。彼女の白い手と顔、ライムグリーンの眼光が、ぼんやりと見えます。


「全部思い出しました……。そう、あの日を境に二人は分かれて……。それを苦に先輩は自殺しちゃうし……私を恨んでるんです。だから、七不思議になって……だからこんな夢を見せるんですよね? 私を責めるんでしょ?」


 フェニさんも、ユニさんと同様に私を通して誰かを見ていました。


「フェニさん、何を言ってるんですか? 私があなたを責めるなんて有りません」

「いや! 嘘!! 触らないで!!」


 彼女の悲鳴に近い拒絶は、私の体を硬直させました。薄暗さに目が慣れて、やっと彼女の現状を見る事が出来ます。


 フェニさんは、本棚から無数に生える怪物の腕に囚われていました。腕は彼女を後ろから抱きしめています。

 ずっ……ずっ……と少しずつ黒い闇に呑みこもうとしていました。


 動きたくても動けません。茨を伸ばそうとしても、体が言う事を聞かないのです。私も冷静さを欠こうとした時、斜め後ろにいたヒヅル君が口を開きました。

 


千鳥ちどりさん。君は何も悪くないよ」



 落ち着いた少年特有の透き通った声。


 声はフェニさんにも届き、その場はしんと静寂が支配します。先ほどの本を持ったヒヅル君は私の斜め前に歩み出ると、彼女を諭すように言いました。


「二人が分かれた原因は君じゃない。それに、月白あすかの死の原因も」


「「え?」」

 

 ヒヅル君は『初夏の恋・下巻』の表紙をゆっくりと開きました。私の位置から彼の表情を読み取ることはできません。しかし、彼は丁寧にゆっくりとページをめくります。


 その本は、何も書かれていませんでした。白紙のページがずっと続いています。

やがてヒヅル君は、しおり代わりに本に挟まっていた物を取り出し、フェニさんに差し出しました。

 

 彼の手の中に在ったのは、生徒証のカード。フェニさんはヒヅル君の顔と手を交互に見ながら、ゆっくりとそれを受け取ります。



千鳥ちどり律花りっか



「――!!!」


 名前を取り戻したフェニさんは、律花さんへと戻りました。可憐さを宿す大人の女性に。若葉色の瞳は、ブラウンに。フェニックスの翼も尾羽も消えました。


 彼女を捉えていた黒板の怪物も、怯えるように逃げていきます。


「あの日、君はサボった訳じゃ無い。カウンター当番をあすかと交換しただけだ。あすかだって、体調がすぐれない日は君と交換していたよね」


「そうです……でも、あの日交換しなければ」

「確かに見なかったかもね。でも、それは君が悪い訳じゃ無い。あすかは君を恨んでいないよ」


「本当ですか?……嘘ついていませんよね?」

「嘘じゃないよ。ほら」


ヒヅル君は本を開くと、律花さんに見せました。

白いページの真ん中に書かれた一文は……



――また、元気に通える様になって、律花ちゃんと図書委員の仕事したいな。



 その一文を見た律花さんは、ぶわりと涙を浮かべました。彼女は本を抱きしめて叫びました。


「せんぱい……私も先輩と一緒に仕事したいです!! 大好きです! 月白先輩!!」 


 律花さんは光に包まれると、ふわりと光りの粒になって消えて行きました。

 窓から差す光の色が変わり始めた図書室は、酷く静かでした。


 私達は片づけを終えた図書室を施錠すると、無言で生徒会室へと向かいました。

 紫色の空と、私の前を歩く背中を見ていると、疑問が頭の中をぐるぐる回るのです。


 生徒会室に入って、ヒヅル君が口を開きました。


「フェニ、無事に帰れて良かったね」

「はい……」


 それを言葉にしていいのか、聞いたらどうなってしまうのか……。


「これで七不思議も四人返したからあと三人か。まだ黒板には何も書かれていないし、少し休めそうだね」


 ヒヅル君の言う通り、フェニクスの記述が消されています。雑に消された黒板が有るのみでした。

 幾度もチョークで書いては消してを繰り返した黒板は、白くもやっとしています。私は意を決しました。




「ヒヅル君。あなたは誰ですか?」


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