#12 図書室で本に埋まるフェニックス【後編】
フェニさんが見つけた『はざまの学校の七不思議』
彼女が黒い表紙をめくると、本からは黒板の怪物の腕が伸びてきます。やっぱり!
「――わぁぁぁっ!!」
フェニさんは驚いて、本から手を離しました。――が、黒板の怪物は、彼女の顔を覆う様に掴みます。俗に言うアイアンクローですね。
本を見た時点で怪しさ満点でしたので、私とヒヅル君は既に動いていました。2人で彼女に駆け寄り、黒板の怪物に向けて腕を伸ばします。
――ばちっ!
――バチィッ!
「みい゛ぃ~~~!!!」
驚いて悲鳴を上げたフェニさんは、ぺたんと床に座り込みます。彼女の丸眼鏡がコテッとズレました。私達に触れられた黒板の怪物は、どろりと溶けて消えてゆきました。
「フェニさん、大丈夫ですか?」
「な、なにあれ……びっくりした~」
無事で何よりです。まさか、本にまで化けるなんて。油断も隙も有りません。
「あれは、黒板の怪物です。フェニさんをこの学校に取り込んで、学校の七不思議にしようとしているんです」
「ななふしぎ? 学校の怪談の??」
説明が難しいですね。ポカンとして、イマイチ怖さが伝わっていないフェニさん。ヒヅル君も説明してくれます。
「まぁ、似てるかな? どこにも行けず、ずっとこの学校の中に取り残されるって事だよ。終わらない図書整理をすることになるよ? あまりおススメしない」
「ひぃ! 労働~!? ぁぁ……なんか、一気に集中切れちゃいました」
また燃え尽きて放心状態のフェニさん。口から魂が抜け出そう。
「はぁ……集中が切れたなら、校舎内を散歩してきたら?」
「あっ!いいですね~。ずっと図書室に缶詰もよくないので、久々の学校を探検したいです~」
「ではその探検、私がご一緒します。ヒヅル君も休みませんか?」
話しながらも作業を続ける彼は、目を細めて笑うと答えました。
「僕はいいよ。一人で黙々と作業するのが好きなんだ。フェニ、アルファの手が届く範囲から離れたらダメだよ? また、さっきのに襲われるから」
「襲われる……。ひぃっ……終わらない強制労働……」
彼女は顔を引きつらせます。
「彼等は生徒会役員には手が出せないので、私が護衛役です」
「ええ? アルファさんが護衛? こんなか弱そうなのに~?」
「力は弱いですが、こんな事はできます」
私は両手から白い茨を伸ばして見せました。白い蛇のように、うねうねと動く茨。昨日よりもたくさんの本数を出せました!
フェニさんはそれを見ると、驚いて翼をバタつかせます。
「ひぃぃぃぃぃ! お、お化け? もももも……モンスター!?」
確かに、そうなのですが……。面と向かって言われたのが初めてなのでシュンとします。驚くフェニさんを見て、ヒヅル君はため息をつきました。
「アルファも、君に言われたくないと思うよ?」
そんなこと有りませんよ?
彼の言葉に、フェニさんは自身の背中から生えた翼を見ます。窓から差し込む光を受けてキラキラと赤く輝く翼を、バサリと羽ばたかせました。
「そうでした。私には羽が生えてますね~。と、言う事は! ヒヅルさんもモンスターなんですか~?」
「さぁ?……僕は何者にもなれなかった負け犬だよ。じゃあ、1時間休憩ね。1分でも遅れたら、許さないから」
「ひぃ~! 鬼ぃ!! スマホも持ってないのに! わ、わかりましたよぅ。行きましょ? アルファさん!!」
フェニさんは私の背後に回ると、出口にむけてぐいぐいと背中を押します。私は本棚の陰へと入ってゆくヒヅル君に留守を頼みました。
「では、ヒヅル君お留守番宜しくお願いします」
「ああ、いってらっしゃい」
◇
フェニさんは歩きながら「んんん~♪」と、腕と翼を伸ばします。校舎を探検する彼女の顔に笑顔が戻ってきました。
「ああ~懐かしい!! そうそう♪ この白い廊下! まぁボロボロですけどぉ~」
どうやら、私とフェニさんが見ている学校の像は同じようです。
「私、誰もいない学校を探検してみたかったんですよね~。そうだ! まだ明るいし、学校の七不思議を見に行きましょうよ!」
「七不思議ですか?」
「そうです! この学校も一応七不思議が有るんですよ~?」
確かに、学校に怪談は付き物です。この学校の七不思議がどんなものか……私の心は意外にもワクワクしました。それが顔にも出ていたのでしょう。
フェニさんは目を輝かせると、七不思議ツアーの計画を立て始めます。
「そうそう! ここだと音楽室が近いかな? アルファさんこっちです! 効率よく回りましょ~う!」
彼女は私の右手を引っ張り、走り出しました。
ユニさんが空けた大穴に注意しながら北棟の三階に上がり、音楽室に入ります。
「七不思議のひとつ、夜中に動くモーツァルトの肖像画~!! 昼間ですが」
ぐりちゃんと来た時よりもボロボロになった音楽室。壁に画びょうで貼られた掲示物はパリパリに風化していました。そして、とうとう三階にも植物が入り込んでいます。植物の成長は早いものです。
「う~ん! 全然怖くないですね~。アルファさん、次行きますよ~!」
音楽室に入って1分もしないうちに移動することになりました。フェニさんは私の手を引いて校内の七不思議スポットを巡ります。
「黒い涙を流す、美術室の石膏像~!!」
「振り返ると将来の自分が映る、踊り場の鏡~!!」
「幽霊がでる女子トイレ~!!」
「夜になると呪われた動画が流れる視聴覚室~!!」
「人体模型が踊り出す生物室~!!」
「真夜中にパソコンのキーを叩く音が聞こえる職員室~!」
ありきたりな七不思議。どこにも怪異的なモノはおらず。黒板の怪物すら出てきませんでした。明るく静かな七不思議スポットは、栄枯盛衰の寂しさを感じます。
「フェニさん、お化け出てきませんでしたね? そろそろ戻りますか?」
「はい~! 楽しかったです。ヒヅルさんに怒られそうだから戻りましょう~」
満足そうなフェニさんを見て安心しました。
私達は階段へと向かって歩き出します。職員室を通り過ぎて保健室の前を通りかかった時、フェニさんがぼそりと呟きました。
「そうだ。私が卒業した後、新しい七不思議が出来たらしいんですよ~」
「新しい七不思議?」
「ええ。どこだったかな~保健室だっけ?」
保健室……私が目覚めて以降、そこは入れなくなっていました。後ろを振り向くと、保健室と書かれたプレートが見えます。
「せっかくですし、保健室見ますか?」
「おお~。イイですね~。アルファさんナイス提案!」
私達は踵を返して保健室へ向おうとした時、背後で音がしました。
――バサッ!!
誰もいないはずの廊下の先に、本が一冊床に落ちました。急な出来事に私達は固唾を飲みます。
「フェニさん。私から手を離さないでください。拾いに行きましょう」
「は、はいぃ」
私達は本に近づくと茨と、右手を使い落ちた本を拾いました。本のタイトルは『初夏の恋・下』。こんな所に……
「ええっ!……なんで在るの?」
フェニさんも狼狽えて、顔に恐怖を浮かべます。
すると、一際大きな風が吹きました。学校を浸食する植物がざわめきます。遠くから聞こえる波の音もどこか荒々しいです。気温が3度下がったような、異様な空気を感じ取った私達は予定を変更しました。
「フェニさん、保健室はキャンセルして、図書室に戻りましょう」
「は、はぃ~。分かりましたぁ……」
フェニさんは身を丸めると身震いしました。私達は手をつないだまま、図書室へと帰ります。
◆
「ただいま戻りました」
図書室の扉を開けると本の海は消えていました。全て机やラックの上に乗せられ、ヒヅル君が今も黙々と本を分けていました。
すっきりとした図書室を見て、フェニさんは歓喜します。
「おつかれさまで~す! わ~! かなり進んでる! ヒヅルさん、シゴデキですね~」
フェニさんのリアクションを見て、ヒヅル君もまんざらではなさそうです。口の端で満足げに笑うと、私達を迎えてくれました。
「おかえり。集中できたからね。そっちはどうだった? リフレッシュできた?」
「はい~! とっても!! 七不思議ツアーしてきたんですよ~」
「ええ、そして帰り際にこの本を見つけたんです」
私達は拾った本をヒヅル君に見せました。
「……さっきの下巻」
「そうなんです。まさか見つかるなんて、思いもしませんでした。さぁ、フェニさんどうぞ?」
フェニさんは本を受け取ると、ゆっくりと表紙を開きます。しかし、彼女の顔が一気に曇りました。ページをめくる指はブルブルと震えています。
「怖い」
彼女はボソリと零したのです。上巻をあんなに楽しそうに読んでいたのに。その落差に私は驚いてしまいました。
「え?」
「私、やっぱり確かめるの怖いです!! いやっ!!」
そう言って彼女は本を閉じると、乱暴に机の上に置きました。
彼女は助けを求めるように私の腕に抱きつきます。しかし、フェニさんは私の顔を見て涙を浮かべました。その目はライムグリーンの怪しい光を放ち、恐怖に顔を引きつらせます。
「い、いや……」
彼女は私から手を離すと、書架の森へと逃げて行きます。
「フェニ! あんまり離れると怪物が!!」
「いいんです! わたしなんか、地獄に落ちた方がいいんです!!」
ええ……? 彼女の豹変に、私とヒヅル君は困惑しました。
ヒヅル君の言う通り、私達から離れると黒板の怪物に捕まってしまいます。
私達は慌ててフェニさんを追い駆けました。
「全部私の所為なんです!! あの日私がサボったりしなければ! ちゃんと図書委員の仕事をしていれば、月白先輩は見ずに済んだのに!!」
図書室の一番奥。陽の光も届かない書架の前で、フェニさんは座り込んで泣いていました。彼女の白い手と顔、ライムグリーンの眼光が、ぼんやりと見えます。
「全部思い出しました……。そう、あの日を境に二人は分かれて……。それを苦に先輩は自殺しちゃうし……私を恨んでるんです。だから、七不思議になって……だからこんな夢を見せるんですよね? 私を責めるんでしょ?」
フェニさんも、ユニさんと同様に私を通して誰かを見ていました。
「フェニさん、何を言ってるんですか? 私があなたを責めるなんて有りません」
「いや! 嘘!! 触らないで!!」
彼女の悲鳴に近い拒絶は、私の体を硬直させました。薄暗さに目が慣れて、やっと彼女の現状を見る事が出来ます。
フェニさんは、本棚から無数に生える怪物の腕に囚われていました。腕は彼女を後ろから抱きしめています。
ずっ……ずっ……と少しずつ黒い闇に呑みこもうとしていました。
動きたくても動けません。茨を伸ばそうとしても、体が言う事を聞かないのです。私も冷静さを欠こうとした時、斜め後ろにいたヒヅル君が口を開きました。
「千鳥さん。君は何も悪くないよ」
落ち着いた少年特有の透き通った声。
声はフェニさんにも届き、その場はしんと静寂が支配します。先ほどの本を持ったヒヅル君は私の斜め前に歩み出ると、彼女を諭すように言いました。
「二人が分かれた原因は君じゃない。それに、月白あすかの死の原因も」
「「え?」」
ヒヅル君は『初夏の恋・下巻』の表紙をゆっくりと開きました。私の位置から彼の表情を読み取ることはできません。しかし、彼は丁寧にゆっくりとページをめくります。
その本は、何も書かれていませんでした。白紙のページがずっと続いています。
やがてヒヅル君は、しおり代わりに本に挟まっていた物を取り出し、フェニさんに差し出しました。
彼の手の中に在ったのは、生徒証のカード。フェニさんはヒヅル君の顔と手を交互に見ながら、ゆっくりとそれを受け取ります。
『千鳥律花』
「――!!!」
名前を取り戻したフェニさんは、律花さんへと戻りました。可憐さを宿す大人の女性に。若葉色の瞳は、ブラウンに。フェニックスの翼も尾羽も消えました。
彼女を捉えていた黒板の怪物も、怯えるように逃げていきます。
「あの日、君はサボった訳じゃ無い。カウンター当番をあすかと交換しただけだ。あすかだって、体調がすぐれない日は君と交換していたよね」
「そうです……でも、あの日交換しなければ」
「確かに見なかったかもね。でも、それは君が悪い訳じゃ無い。あすかは君を恨んでいないよ」
「本当ですか?……嘘ついていませんよね?」
「嘘じゃないよ。ほら」
ヒヅル君は本を開くと、律花さんに見せました。
白いページの真ん中に書かれた一文は……
――また、元気に通える様になって、律花ちゃんと図書委員の仕事したいな。
その一文を見た律花さんは、ぶわりと涙を浮かべました。彼女は本を抱きしめて叫びました。
「せんぱい……私も先輩と一緒に仕事したいです!! 大好きです! 月白先輩!!」
律花さんは光に包まれると、ふわりと光りの粒になって消えて行きました。
窓から差す光の色が変わり始めた図書室は、酷く静かでした。
私達は片づけを終えた図書室を施錠すると、無言で生徒会室へと向かいました。
紫色の空と、私の前を歩く背中を見ていると、疑問が頭の中をぐるぐる回るのです。
生徒会室に入って、ヒヅル君が口を開きました。
「フェニ、無事に帰れて良かったね」
「はい……」
それを言葉にしていいのか、聞いたらどうなってしまうのか……。
「これで七不思議も四人返したからあと三人か。まだ黒板には何も書かれていないし、少し休めそうだね」
ヒヅル君の言う通り、フェニクスの記述が消されています。雑に消された黒板が有るのみでした。
幾度もチョークで書いては消してを繰り返した黒板は、白くもやっとしています。私は意を決しました。
「ヒヅル君。あなたは誰ですか?」




