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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
第二幕 七不思議候補生

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11/19

#11 図書室で本に埋まるフェニックス【前編】

 新たな生徒の訪れを告げられた私達。

 日陰でひんやりとする廊下を歩き、北棟2階の図書室に向かいます。


 ガラスが割れた窓から見える空は、青く澄んでいます。あの雲、綿あめみたいですね。海も永遠を感じてしまうぐらい穏やかです。

 それに比べ……校内はかなり深刻です。あちこちがボロボロ。中でも特に酷いのが……


 ――ガラッ


 図書室の扉を開けると、そこには倒れた本棚から生まれた、知と物語の海が広がっていました。先のユニさんが暴走した余波で、本棚が倒れてしまったのは記憶に新しいのですが……その時よりも被害が広がっています。


「わぁ……今見ると、派手に散らかってますね。でも、静かですね? 誰もいない?」


 私の影から、ひょいっと図書室を覗き込んだヒヅル君。「げっ」っと可愛い顔を歪ませ、この海を作った主に恨み言を放ちます。


「ユニの奴、余計な仕事増やしやがって。やっぱり角折って薬にしとけばよかった」

「過ぎた事を言っても仕方ありません。――ちなみに、何に効くんですか? ユニコーンの角って?」

「えぇ!?……ふふん! 何だと思う?」


 彼は答えを知っているようです。悩む私に愉悦を感じています。


 幻獣ですから、珍しい病気に効くのでしょうか? それとも傷薬? そもそも、どうやって使うのでしょう? 粉にして飲むのでしょうか? それとも煎じる? 軟膏? 本当に薬として使った方が居るのでしょうか?……


「は~い。時間切れでーす。答えは……」


 子供みたいにヒヅル君が正解を言おうとしたその時、静かだった本の海から声が聞こえました。


「ふぁい! ふぁいーーー!! う゛ッ!! う゛ーーー!!!」


 本の海がブルブルと震えます。その中で溺れていた人物が、水面に顔を出しました。本当に本に埋まっていました!


「むー!! あ゛ーー!! ふぅ、苦しかったぁ~。ふっふっふ! ユニコーンの角は万能薬です~! 特に、毒を中和するの効果があると言われていま~すっ!!」


 高校生の少女です。毛先が軽く波打った、赤褐色の長い髪。柔らかい雰囲気を持つタレ目の翠眼。丸い眼鏡を掛けています。


「う……正解」


 思わぬ登場と、答えを持った行かれたヒヅル君。彼は眉をしかめ、珍しい動物でも見るように彼女を見つめます。


「やった~。いや~読んでおいてよかった~。知識って宝ですねぇ~」 


 正解を言い当てて満足げな彼女は、半袖のセーラー服を纏っていました。デザインはメイさんが着ていたものと同じ。襟とスカートが紺青で身頃が白。くすんだブルーのリボンをタイの様に付けています。


 立ち上がった彼女は予想よりも長身でした。きっと、私より背が高いです。


 黒板の怪物からフェニックスと言われた通り、彼女の背中からは燃えるような赤い鳥の翼が生えています。それに、スカートの裾からはオレンジ色の尾羽が見えます。生命を感じさせる色合い、目にも鮮やかです。


 本の海から生還した彼女は、自身の右手を見て表情が凍りました。そこにあるのは、すらっとした指と白い掌だけです。



「あああああ!!!……せっかく見つけたと思ったに~! これじゃまた探しなおしだよ~。もう疲れたよ~」



 彼女はガックリと肩を落しました。戦い抜いて、灰になってしまったボクサーの様です。風が吹いたらサラサラと風に攫われてしまいそう……


 私とヒヅル君は顔を見合わせて相談します。


「彼女で間違いないね。分かり易くて助かるよ」

「そのようですね。でも、とても困ってます。早速助けましょう」


 私達は床に落ちた本を拾いながら、フェニックスさんへと至る道を作ります。

 本が抱えきれなくなる頃、やっと彼女の元にたどり着きました。


「こんにちは。大丈夫ですか? 私、生徒会長のアルファと――」

「副会長兼雑用のヒヅル。一応聞くけど……君、名前は?」

「どうも、私は……ぁ、あれ? お、思い出せないぃぃぃ……」


 頭を抱えて、ぶんぶんと振りだしたフェニックスさん。例に漏れず、彼女も名前を覚えていませんでした。リアクションは他の誰よりも激しめです。


「お、落ち着いてください! そうですよね? 不安ですよね? でも、大丈夫ですから……!」


「はぁ……君、漫画みたいなリアクションするね。まぁ、ゆっくり話を聞きたいから、まずは座って話そうか?」


 ヒヅル君はテーブルと椅子が並んだ読書スペースを、親指で指差して言いました。彼女は悲しそうに「はいぃぃ」と声を絞り出します。


 私達は席について、早速ヒアリングを……

 あっ! その前に、恒例となった仮称命名の義です。


「では、正しい名前が見つかるまでは、『フェニさん』とお呼びしていいですか?」

「はい、いいです~」


 すんなり採用してもらい、ほっと胸を撫で下ろしました。

 でもフェニさんは、仮称どころではない様です。目を細めながら、今も悩んでいます。


「なんで思い出せないんだろ~? 疲れすぎかなぁ? 働き過ぎかなぁ? まさか老化ぁ!?」


 ――ばたっ!


 激しく落ち込んで、机に突っ伏した彼女。ヒヅル君が励まします。


「ここに来る生徒は、記憶や名前を失くしているんだ。でも最終的に、みんな思い出して帰って行ったよ。焦る事はない」

「うぅっ……ヒヅルさ~ん、優しいですね~。子供なのに。人生何回目ですか~?」

「前言撤回。フェニ、さっさと思い出して?」

「ふぇ~!? 鬼ィィィ~!!」


 さて、フェニさんの緊張も解けたようですし、始めましょう。


「それではフェニさん、ここに来るまでに覚えている事は有りますか?」

「えっと~。たしか納期に間に合わせる為に3日ぶりに家に帰ったんです~」

「……3日ぶりって、今時ブラックだな」


 ……??? ブラック? ヒヅル君の反応の意味はよくわかりませんが、フェニさんは話しを続けます。


「ベッドに倒れたところまでは覚えているんですよ。で、気付いたらこの姿でこの図書室に居たんです~。この夢、どんな意味が有るんでしょうね~? まぁファンタジーっぽくていいんですけど~」


「……それは、大変でしたね。ここに来てから何か困りごとか、探し物は有りますか?」

「はい! ありますあります!! 実は本をさがしましてぇ~」

「本?」


 フェニさんは、自身の両人差し指をちょんと合わせると、上目づかいで説明します。


「探してた本を見つけてえ~、本棚から引き抜いたらあ~、そのぉ~……本棚が雪崩なだれちゃったんですね?」

「君も散らかしたのか!?」

「ヒヅル君、質問は後で。フェニさん続けてください?」

「その時に見つけた本も手から逃げちゃって。それを探して欲しいんです」


 フェニさんは、悲しげな眼差しで本の海を眺めます。私達も彼女の視線の先を追いました。

 幾つもの本棚が、折り重なるように倒れています。こうやって話している間にも、バサリと本が滑り落ちていきました。


「これは……棚に本を戻しながら探した方が早そうですね」 

「うん……三人で、今日中に片付け終わるかな?」

「えええ! 三人って私も片付けるんですか? やってくれるんじゃないの~」


 驚きおののくフェニさんに、ヒヅル君はぴしゃりと答えます。


「君の探し物なんだから、君が居ないと分からないだろ? 人任せにするな」

「えぇ~!? 小っちゃいのに怖いな。大人みたい」

「小っちゃい!? 大人ぁ!? 君だって僕と変わらないじゃないか! 僕が大人じゃなくて、君の考えが――」


 ヒヅル君がヒートアップしそうなので、そろそろ止めましょう。

 私は手を叩いて二人の注目を集めます。


「ヒヅル君、落ち着いてください。フェニさんも、彼の言う通りです。フェニさんの探し物なので、どうかご協力ください。それに、いつまでも本をこのままにしておくのも忍びないですからね」


 本棚も『早く起して』と言うかの様に、またバサリと本を落しました。


「二人とも、生徒会長命令です。片づけを始めましょう」


 ◆


 倒れた書架を元通りにする為、床に溢れた本を読書スペースの机の上に避難させていきます。


 最初は面倒そうな顔をしていたフェニさんも、手を動かし集中し始めると、慣れた手つきで本を分類します。


「フェニさん、仕事が早いですね?」

「そうですか~♪ えへへ~♪ 実は私、学生時代図書委員だったんですよね~」


 なるほど、経験者でしたか。彼女は得意げに分類しながら話を続けます。


「私、図書委員の仕事は好きなんです。カウンターに座って、ぼーっとしながら人間観察するのが特に」


 ウキウキと話すフェニさんを、ヒヅル君が呆れた目で見ていました。それでも彼も手は休めません。


「人間観察……それは、それは、立派な事で」


「褒められちゃった~♪ 意外な人物が意外な本を読んでいたり、読んでいる本からその人物の性格を妄想するのが楽しくて! ああーっ!」


 フェニさんは一冊の本を見つけると、大きな声を上げます。

 私とヒヅル君は彼女の元に駆け寄りました。


 彼女が手にしているのは、ハードカバーの本。優しい色調で、空と海が描かれた装丁です。表紙には『初夏の恋・上』と書かれていました。


「この本が、探していた本ですか?」

「半分正解です! この本の下巻を探していたんです~」

「なんだ、違うのかよ……ほら……探すよ」


 違ったのですね……それは少し残念です。ヒヅル君は持ち場に戻り、作業を再開しました。しかし、フェニさんは本を胸に抱いて、クルクル回りながら饒舌に語り出します。


「これは生の恋愛小説なんですっ!」


「生、ですか?」

「はい! 私が観察……ゴホン。推していた先輩カップルを描いた話なんです。あっ! 正確にはカップル未満なんですけどぉ」


「カップル未満?」

「おっ! アルファさんも興味ありますぅ~? 『両片思い』ってやつです。あーーー!! 甘ぁ~いぃ!!」


「へぇー。どんな2人だったんだ?」


 ヒヅル君は棒読みで尋ねます。私もフェニさんも作業を再開しますが、フェニさんは嬉しそうに、生徒たちの恋模様を教えてくれました。


「ふたりとも二年生なんですけど~、黒髪の日本人形みたいな先輩……褒め言葉ですよ!? 黒髪美人って感じの~! 確か名前は……月白つきしろ先輩だ!」


 ツキシロ……最近その名前を聞いた覚えが有ります。確か、ユニさんこと有馬さんが『姫』と呼んでいた人物。


 私はヒヅル君を見ますが、彼は黙々と本を拾っては机に置いてを繰り返しています。


「お相手は……ミフセ先輩! イケメンで森に棲む狼みたいな人! 良くも悪くもミステリアスな人達で、意外な組み合わせだったんですよ~。二人とも真面目に勉強してましたね~。ああぁ、尊い~」


 尊い? ふと疑問が湧いてしまいました。


 ユニさんいわく『姫の彼氏殿は姫を曇らせる』なのに。フェニさんから見た『姫』――月白さんは両片思い。


「フェニさんから見て、月白さんは幸せそうでしたか?」


「もちろんですよ~。ささやかな二人の時間を楽しんでいました。ミフセ先輩も怖い人かなと思ってたけど、実は優しい人なんですよね~」


「やさしい?」

「月白先輩は体が弱いんです。よくミフセ先輩が気遣ってました~。春先の図書室は冷えるんですよねぇ~」


 私は白い茨を使って、ヒヅル君と一緒に倒れた本棚を起しました。フェニさんが本棚に本を詰めていきます。私も本を書架に戻しながら考えました。


 不思議です。ユニさんとフェニさんで月白さんの彼氏殿の評価が、天と地ほど違います。なぜでしょう?


 悶々と考えていると、フェニさんが何か思い出したようです。


「そうだ! この話、最初は甘酸っぱくて極上の物語だったのに、途中から雲行きが怪しくなるんです」


「怪しい?」


「ええ、邪魔者が現れるんです。6月の後半くらいから、それで二人は図書室に来なくなったんです。その代り、ミフセ先輩がヘビ女と一緒に居るところを校内で見かけるようになって……」


「ヘビ女?」


「はい。男が関わると嫉妬深くて有名な先輩なんです! ミフセ先輩や、元彼のキツネヅカ先輩に話しただけで、ものすごく睨むんですよ~? あれ? 蛇女の名前も思い出せないや~」


 フェニさんは、悲しい顔で本を棚に詰めていましたが、次第にプンプンと怒り出します。また何か思い出したみたいです。


「そう! その後は物語ぶち壊しなんですよ~!! 私、未だに信じられないんです! 急に、ミフセ先輩と蛇女が付き合い出したんですよ?」


 まぁ! 幸せそうだった二人が分かれて、相手が別の女性と……。

 原因は分かりませんが、これが月白さんを曇らす原因にもなり得ますね。


「全然噂も予兆も無かったのに! 実は陰で浮気してた?……それとも蛇女が略奪? あぁ! やりそ~。あれ? 結末どうなったんだっけ!? でも、これ以上二人のイメージを壊して欲しくないから、読みたくないような……」


 人の心は複雑ですね。読みたいと探しては、やはり読みたくないとか……。確かに読まなければ、これ以上悪くなりません。それもまた一つの答えです。


 でも、あらすじを思い出す前の彼女は、なぜ本を読もうとしたのでしょう? 単純に結末が知りたかったのでしょうか? それとも他の理由?


 考えながら本を分類していると、フェニさんが不思議がる声を上げました。


「あれ~? こんな所に本置いたかな~??」


 フェニさんの近くにあった椅子の上には、真っ黒な本。それを彼女は手に取りました。私とヒヅル君はその本のタイトル見て驚愕します。



『はざまの学校の七不思議』


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