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はざまのフォゲットミーノット  作者: 雪村灯里
間幕

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10/19

#10 表・生徒会室『ヒヅル』

 ()生徒会長が居た()生徒会室。

 そこから()()()に戻ると、夜の生徒会室でした。


 窓からは、心地よい夜風が吹き、押しては返す波の音が優しく響きます。窓の外には満天の星空。そして、目の前にはヒヅル君が居ました。

 

「ヒヅル君……」

「大丈夫? 苦しそうに叫んでいたから。怖い夢でも見た?」


 優しく尋ねるヒヅル君。彼の手の温かさと声で、緊張の糸が解けていきます。

 私は静かに首を横に振りました。


「大丈夫です。少し不思議な夢を見ただけです」


 落ち着いて、ようやく今の状況が分かって来ました。


 私はパイプ椅子を並べて作られた、簡易ベッドの上に居るようです。視界に入る私の腕は半袖の体操服を着ています。着ていた白い長そでジャージをブランケット代わりに掛けられていました。


「私をここ(3階)まで運んでくれたのですか? ありがとうございます。重かったですよね? ヒヅル君って、力持ちなのですね?」


 微笑みながらヒヅル君に話しかけると、彼もほっとしたのか、いつもの調子に戻りました。


「何言ってるの? 僕なんて鍛えてないから、平均かそれ以下だよ。アルファが軽すぎるの……って、女性に体重の話は失礼だよね? ゴメン」


「いえ、私は全然……それより! 黒板はどうなりましたか? ユニさんの名前は消えていますか?」


「安心して。ユニは無事に戻ったみたい」


 ゆっくり体を起こして、懐中電灯が煌々と灯る、会議テーブル越しに黒板を見ました。

 黒板に書かれていた文字は消され、何も書かれていない黒板が静かに鎮座しています。


 ユニさんが無事に帰れました。ほっと安堵の息を吐くと、ヒヅル君もつられて息を吐きます。



「はぁ……よかったよ。新しい七不思議候補も、現れてないみたいだね。やっと一息つける」



 彼の言う通りです。息つく暇なく現れた、七不思議候補生達。

 ヒヅル君は私の頬にそっと触れて、悲しそうに尋ねました。



「僕は擦り傷程度だけど、アルファは大丈夫? 僕が出来る範囲で、傷の手当てをさせてもらったんだけど……」



 そうでした。私達はユニさんを止める時、瓦礫やガラスの破片で傷を負いました。私の着ている体操着も、いたる所破れています。


 私の腕や足に、絆創膏やガーゼが貼られていました。ヒヅル君が触れた頬にも絆創膏が貼られているようです。でも、ふしぎな事にどこも痛みません。

 

 不審に思った私は、腕に貼られたガーゼを少し剥がして傷を確認しました。



「ヒヅル君、怪我が有りません。――というか、治ってしまったようです」

「ええっ!? 見せて!!」



 私はガーゼの下に創傷はなく、白い肌が在るだけでした。確実に傷を受けた痛みは覚えています。

 白い茨を体から出して操る私です。人間らしくない面がまた1つ増えてしまいました。ヒヅル君からもまた一歩遠のいてしまい、寂しさを覚えます。


 ヒヅル君は焦りながら、私の右腕に触れると入念に確認しました。自分の事のように心配して、こんなにたくさんの傷を手当してくれたなんて……ヒヅル君は優しいです。感謝の気持ちで胸が温かくなりました。


 でも、彼が優しく腕を撫でたので思わずびくりと心臓と肩が跳ねます。


「ごめん! 痛かった?」

「いえ、その……くすぐったかったので。痛くは無いので続けてください」


 真剣なヒヅル君の視線を受け止められず、顔を逸らしてしまいました。


「ごめん、ベタベタと触り過ぎだよね? でも、どこも痛くないなら安心した。僕、廊下に居るから、アルファはここで着替えなよ。制服も乾いたし」



 ヒヅル君はプイッと顔を背け、慌てて生徒会室から出て行きました。


 私は窓辺に干していた制服を取り込みます。日差しの香りが残る制服。

 ボロボロになった体育着を脱ぎながら、ヒヅル君が貼ってくれた絆創膏も剥がしてゆきます。

  白いセーラー服に袖を通し、月白げっぱくのリボンを結びます。髪を梳かし、身支度が出来た私は扉を開けて廊下を覗き込みました。


 窓から星を見つめるヒヅル君。その横顔は凛々しくて美しくて……胸がキュッと苦しくなります。


 私に気付いたヒヅル君が、優しく微笑みながら声をかけました。


「終わった? 腕章付けようか?」

「はい、お願いします」


 椅子に座る私の左腕に、ヒヅル君が腕章を付けてくれます。


「ヒヅル君、夢の話をしていいですか?」

「うん、いいよ?」

「私、さっき見た夢の中で。旧生徒会長に会ったんです」


 ヒヅル君の言葉は続かず、不意に沈黙が訪れました。私の左側にいる彼の顔を見ると、信じられないと言った表情で私を見つめます。


「……やっぱり、夢の話なんて荒唐無稽ですよね? 忘れてください」

「いやいやいや! 話してよ。こんな訳の分らない場所なんだから」


 お言葉に甘えて、私はヒヅル君に夢で見たことを話しました。

 はざまの学校について。黒板の怪物の目的。七不思議と廃校について……


「なるほどね。はい、腕章着いたよ」

「ありがとうございます」


 ヒヅル君は私の肩をトンと触れて、仕事の完成を告げました。そして、私の隣の席に腰を下ろします。


「あと、四人。黒板の怪物から守ったら、この生徒会活動も終わりなんだね?」

「ええ、そのようです。あれ? 嬉しそうじゃありませんね?」

「そう見える? 僕はこんな賑やかな思い出は無かったから、アルファとの生徒会が楽しいんだよね。ユニたちには辛い事かもしれないけど」


 ヒヅル君の思い出……


「ぐりちゃんやメイさん。それにユニさんの件が立て続けで、ゆっくりお話しできませんでしたね。私、ヒヅル君の事をもっと知りたいので教えて貰えますか?」


 ぐっと彼の顔を覗きこみ、ヘーゼルの瞳をみつめます。


「近い、近いって! アルファ! もう! 僕が知っている事で良ければ答えるけど何が知りたいの?」


 コホンと小さく咳払いをしたヒヅル君は腕を組んで、小首を傾げました。姿と仕草のギャップが愛らしいです。私は彼に問いました。


「ヒヅル君は、なぜヒヅル君と言うのですか?」

「なにそれ、ロミオとジュリエットみたいな質問だね? なぜって、それは僕の名前だからだよ?」

「ヒヅル君は覚えていたのですね? 私や七不思議候補生の三人は覚えていなかったので。てっきり、ここに来た人はみんな覚えていないものと思っていました。では、ヒヅルはどうやってここに来たかも覚えていますか?」


 彼に、ほんの少し影が落ちました。


「それは他のみんなと同じだよ。気が付いたらこの姿でこの生徒会室に居た」

「この姿……ヒヅル君は元々どんな姿だったんですか?」

「え? それは秘密。きっと知ったら、アルファは僕を嫌いになる。それに、僕も前の姿が好きじゃないんだ」 


 それならば仕方が有りません。無理に詮索するのはやめましょう。


「ヒヅル君がこの学校にやってくる前、旧生徒会長と会いましたか?」

「いいや、彼女とは会った事無いよ。どんな人物かも知らない。僕の目が覚めた時からこのホワイトボードにはメッセージが書かれていて、腕章も僕の手の中に在ったんだ」


 私と同じです。何故、私達はここに来てしまったのでしょう。


「ではなぜ、ヒヅル君は生徒会の仕事を受け入れたのですか?」

「なぜって……何もすることが無くて、暇だからだよ。時間も沢山ある。だからやってみる事にしたんだ」

「見知らぬ場所に来て慌てなかったのですか?」

「慌てなかったよ。通ってた高校の校舎だし、現実は忙しすぎたから……ずっとここに居たい気分!」

「ずいぶんと適応能力が高いですね?」

「そんなこと言ったらアルファもだよ? 何も疑うことなく生徒会長してるじゃん」


 確かにそうです。


「まっ、この学校も七不思議候補生が現れなければ、穏やかで過ごしやすいんだけどね」

「そうですね。天気も景色もきれいです」

「はぁ……こんな形で願いが叶うとはね……」


 小さな吐息と共に、彼の気持ちも漏れ出たようでした。好奇心を持ってしまった私は思わず尋ねてしまいます。


「どんな願いですか?」


 ヒヅル君はチラリと私を見ると、少し意地悪な笑みを浮かべました。そして、日向で寛ぐ猫のように、机に体を預けます。


「……なんのこと? 僕眠くなちゃった」

「そうですね、ハードな二日間でしたね? 私達も休みましょう」


 ヒヅル君は嬉しそうに目を細めると、そのまま眠りにつきました。

 私も窓際の生徒会長席に座り、窓側へと座面を回転させました。


 満点の星と真っ白な月。パタパタとカーテンを揺らす風がとても気持ちいいです。

 人間の思い出を食べる黒板の怪物、見る人によって揺らぐ学校……




 私は一体、誰の思い出を見せられているのでしょうか?




 瞼の裏にオレンジ色の光が差しました。


 ハッとして目覚めると、夜明けの空が広がります。淡く黄色味がかったピンクの空が、太陽が昇るにしたがって青い空へと変わって行きます。海も穏やかな、波の音を奏でていました。


 私の体の上には、ヒヅル君が着ていたジャージの上着が掛けられています。


 ゆっくりと顔をあげると、隣でヒヅル君が海を見ていました。チョコレート色の髪の毛が朝陽をあびてキラキラと輝いています。憂いを帯びた目が私に気付くと、優しく微笑みました。


「おはよう、アルファ。よく眠れた?」

「ええ。ぐっすり眠れました。上着掛けてくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして。しかし、本当に穏やかだな……ずっと、こんな時間が続けばいいのに……」


 しかし、その願いは叶いそうにありませんでした。


 ――カッ! カッカッカッカッカ!


 黒板の上でチョークが踊り始めたのです。私達は視線を合わせて頷きました。新たな生徒の登場です。




 生徒会候補生(4)『図書室で本に埋まるフェニックス』

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