【BL要素あり】林くん、僕は常連ですか?
「あの……僕って常連だと思います…?」
高校に入ってすぐに始めたコンビニバイトには、もうだいぶ慣れつつあった。今は9月なので入ってから大体5ヶ月ぐらいがたった頃だろうか。
いつもは学校が終わってからの時間帯でシフトに入っているから、平日は17時から22時までバイトに勤しんでいることになる。
そして5ヶ月も勤務していると常連さんなる人たちも何人か見かけるようになってきた。
その中でも特に印象的なのは、いつもいちご牛乳とチータラを買っていくスーツの高身長男性だ。
酒とチータラとかの組み合わせならわかるがなぜにいちご牛乳なのか。それが気になって仕方がないのだ。
しかも来るのは俺のシフト終了時刻ギリギリだから最後にレジをやるお客さんでもあった。だからなおさら気になる。
もちろん何をしている人なのかは知らないし、俺がバイトを始めてから1ヶ月ぐらいたってから来始めた人だった。
……正直に言うと、見た目がなんだか暴力団やヤクザ組織にでも所属していそうな感じなのだ。
いや、強面っていうほどでもないのだが、俺が好きなヤクザ映画の主人公みたいな顔をしている。組の若頭みたいな。
ずっと睨んでるような気がするし、高身長だし……完全な偏見だが冷静沈着タイプで怒らせたらめちゃくちゃ怖い、みたいな。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、ドアを開く音がした。それと同時に入店音も流れる。
「いらっしゃいませー。……あ」
入店してきたのは、ついさっきまで俺が考えていた男性、その人だった。
まあ確かにもう22時になるぐらいの時間だ。そりゃあ来るか。
なんとなく、店内を歩くそのお客さんのことを目で追っていた。すぐに買うものが決まったようで、こちらのレジに向かってきた。
今日は、いちご牛乳とチータラとスモークチーズらしい。スモークチーズ……今までで3回ほどしか見たこのないレアアイテムだ。今日は何かいいことがあるかもしれない。
そうしてバーコードを読み込んでいく。ピッ、という軽快な音が鳴る。画面を操作して表示された金額を読み上げようとすると、突然その男性が声をかけてきた。
「あの……僕って常連だと思います…?」
え。急に話しかけてきた……?
俺はまるで金縛りにあったかのように動けなくなり、静止画みたいに指先までもが固まってしまっていた。
それから2秒ほどたってようやく口を開くことができた。
「え…と、私が入ってるときは見かけるので、常連だと思いますよ……」
そのあと小声で「……多分」と付け足しておいた。普通に、この目つきでこの身長の人から話しかけられるのは怖い。見下されてる感が半端ない。
「あ、ほんとですか!?ちょっと嬉しいな」
え。何その反応。完全に予想外なんですが。しかもその微笑みはなんなんですか!
あまりにもギャップがすごすぎる反応に俺はまたもや固まってしまった。
そんな俺を見て心配になったのか、お客さんは「合計何円ですか?」と自分から聞いてきた。その声で一気に現実に引き戻される。
「あーっと、782円になります」
「じゃあ千円で」
「千円頂戴いたします」
コイントレーに置かれた千円札をレジに入れ、おつりの218円を取ってレシートと一緒に手渡す。
「218円のお返しになります。ありがとうございました……」
そう言ってすぐ、おつりを受け取ったお客さんがレジカウンターに手をついて少し身を乗り出すように顔を近づけてきた。
「明日も君……いえ、林さんに会いに来てもいいですか?」
「!」
今日は驚くことが多すぎる。突然名前で呼ぶなっての。
それにしても、なんだそのセリフ。恋する乙女かなんかですか?……まさか俺に好意を……いや、そんなわけはないし、第一全く嬉しくもない。
「大丈夫、ですけど」
さすがにお客さん相手に本気で拒否するのもあれかなと思ったので一応そう言っておいた。断じて来てほしいとか思っているわけではない。
「なら来ます」
再びその顔には似つかわしくない笑顔で、そう返事が来た。俺と目を合わせると満足したのか、ドアの方へと向かっていった。
「……怖」
最初に感じたのは、そんな気持ちだった。
昨日の出来事のせいでいつもよりバイトに向かう足が重たかった。別に会いたくないってわけじゃあないんだけどさ。なんかちょっと、ねえ?
バイト開始から5時間近く経過したころ、あのお客さんが入店してきた。現在時刻は21時43分。やはり来たか。
今日の俺はレジ打ちではなく品出しを行っていた。その人はレジの方を見ていたが、俺がいないことに気づいたのか周りをキョロキョロし始めた。
俺はその人のことを観察するようにじっと見ていると、すぐに目が合ってしまった。こちらへ歩いてくる。
「こんばんは。林さん」
俺は心の中で少しため息を吐きながら、
「どうも」
と返した。我ながらなかなかにそっけない返事だったと思う。お客さんにしていい態度じゃないよなあ、と思いつつも言い直したりはしなかった。
「お客さん、お名前はなんておっしゃるんですか?」
客に名前を聞くなんて……結構やばいやつだよね、俺。
「ああ、僕ですか?僕は小木って言います」
それになんの疑いもなく返事をするあなたもあなたですけどね!
「小木さん…ですか。良いお名前ですね」
自分よ、名字に対して言うセリフじゃないから。それ。
「ありがとうございます」
そしてそのお客さん……小木さんはそう言って笑った。あんな目つきだから怖いけど、笑ったら普通にいい人なんだよな……笑顔が素敵って言うか。
いや、いかんいかん。この人に好印象を抱けるわけがないだろうが。
「林さんは今日レジやらないんですか?」
それを聞くのが当たり前かのように聞いてくる。なんか怖い。
「私は今日品出し担当なのでレジはやらないですよ。それに、もうすぐ上がりますしね」
そう言いながら時間を確認すると21時45分になっていた。退勤までまだあと15分ある。
「そうですか……まあいいです。こうやって話せたので」
ちょっとだけ寂しそうな表情をしながら言ってくる。俺は内心よかった……と思っていた。これ以上絡まれるのもごめんだったからだ。
ただでさえ人と話すのが苦手な俺からすれば小木さんの存在は拷問のようなものだった。いや、そこまでではないけれども……
小木さんがレジへ向かったのを確認し、俺は品出しの作業を再開した。
「なんで話しかけて来るんだ……?」
なんか怖い。ただただそう思った。
「こんばんは〜、林さん」
今の時刻は22時ちょっと前。今日もまた小木さんが来ていた。俺はレジ担当。もちろん小木さんは俺のレジのほうにわざわざ来て、わざわざ俺に話しかけてきた。
「こんばんは」
もうすっかり慣れてしまった小木さんとの会話。つい1週間前に初めて話しかけられたってのに、バイトがある日は毎日話している。なぜだ。なぜなんだ。
「今土砂降りですよ。林さん傘持ってきてます?」
え。マジで。土砂降りなの、今。バイト行くときには全然雨なんて降ってなかったし、何なら晴れていたぐらいだった。
傘なんて持ってきていない。天気予報ちゃんと見てくればよかった……
「……持ってきてないですね」
「僕の傘おっきいですから2人くらい余裕で入れるんですけど……家ってこの辺ですか?」
「……はい?」
怖い怖い怖い怖い。
え、つまり「僕と相合い傘して帰りませんか?」ってこと?そういう解釈でいいんですよね?いくらなんでもやばすぎますよ小木さん!
「いや、あの」
「あ、さすがに無理ですよね……風邪引かないように気をつけて帰ってくださいね」
そう言いながらドアの方へと向かっていく小木さん。
本当はその背中に声をかけるつもりなんて一切無かったのに、いつの間にか俺は話しかけていた。
「ちょ、ちょっと待っててくれませんか?」
小木さんの肩がビクッと軽く跳ねるのが見えた。その後すぐに小木さんは足を止めこちらを振り返り、「もちろんです」と言ってくれた。
正直、自分でもなんでそんなことをしたのかわからなかった。
土砂降りの中傘なしで帰りたくなかったから?いや、多分……小木さんのことが知りたかったんだと思う。もっと話してみたかったんだと思う。
今までは「面倒だな」とか「怖いな」とか、そういう気持ちしかなかった。だけど……彼のことを気にするようになっていた自分がいたのだ。俺はそんな自分に全く気づいていなかったわけだが。
他のバイトの人に挨拶をしてから上がり、すぐに着替えて外に出た。
小木さんが言っていたように土砂降りだ。こんな中濡れて帰ったら翌日大変なことになるだろう。風邪を引く可能性は80%ぐらいだろうか。本当に、そのぐらいの大雨だった。
周りを見回して小木さんの姿を探す。……あ、いた。そう思ったのと同時に小木さんと目が合った。彼が急いでこちらに向かってくる。
「どうぞ。入ってください」
「ありがとうございます」
言われるがまま、傘に入って小木さんの隣に立つ。なんだか謎の緊張感を感じた。
「家、どこですか?」
「駅の向こう側です。今更ですけど、本当にいいんですか?ものすごく申し訳ないのですが……」
それは本心である。
初対面ではないし話したこともある人だけど、俺と小木さんはコンビニバイトとお客さんという関係なのだ。普通ならありえない状況だろう。
申し訳ないというより、怖いのほうが正しいのかもしれないが……
「全然大丈夫ですよ~」
そう言ってなんでもないように笑う小木さん。
……さっきまでは怖かったけど、なんか、安心感みたいなのを感じる……?気のせいかな。さすがにね。
「あの、小木さんってコンビニバイトの人と仲良くするのが趣味だったりするんですか?」
一瞬の間のあと、小木さんが笑いをこらえきれなくなったのか思いっきり吹き出した。はっはっは、という明るい笑い声が夜の町に響く。
「そんなのは趣味じゃあないし、というか林さんだけですよ?仲良くしてるのなんて」
……。今さらっとすごいこと言わなかった?仲良くしてるのは俺だけだって……
「……私だけ?」
「ええもちろん。それと、林さんに仲良くしてるって思ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」
あ。完全に無意識のうちだった。「コンビニバイトの人と’’仲良くする’’のが趣味」ってなんでわざわざ言っちちゃうかな。俺よ。
「あ、そうだ。あの、林さんって高校生ですよね。林くんって呼んでいいですか?」
突然のその言葉に、俺は驚愕のあまりその場から動けなくなってしまった。
いや、その……いくらなんでも展開が早すぎやしないだろうか。普通もうちょっとこう、段階を踏んでいくようなものなんじゃないの?話すようになって1週間でくん付けは……
ちらっと小木さんの方を見る。
目を合わせた瞬間、にこっと微笑まれた。……こんな顔されたら断るのものすごく申し訳ないじゃないか……いやでも相手は大人だぞ。しかもつい最近話すようになったような人だ。
ここで許してしまったら何されるかわからない。
……だが、小木さんがそんなことをしそうにない人であることもまた事実であった。
俺がやっと声を出せたのは、小木さんに「林くんって呼んでいいですか?」と聞かれてから大体1分がたった頃だった。
「……いいですよ。嫌ではないですから」
俺が悩み抜いて返した返事はそれだった。嫌ではないのは本当である。
実際、小木さんなら……と思っていた。なんか俺、この人のこと嫌いじゃないみたい。今更だけどそう気づいた。
「ほ、ほんと!?じゃあ……これからよろしくね、林くん」
「……これからよろしくって、どういうことですか?」
まるでなんかすることがあるみたいな口ぶりだ。少なくともこれからもただのバイトとお客さんのままの関係でいたいなら使わない言葉だと思う。
「んー、一緒に出かけたりとか?」
「私、と?」
「そう。林くんと」
俺に対してくん付けになったのはいいとして、なぜかそれと同時にタメ口で話されるようになっていた。
本人が自覚しているのかはわからないのであれこれ口出しできるようなものでもない。諦めるしかないだろう。もう一度言うが、そこまで嫌でもないから。
そうしているうちにだんだんと家の近くまで来ていたようだ。さすがに家の前まで送ってもらうわけにはいかないので小木さんに声をかけた。
「あ、ここらへんで大丈夫ですよ。本当、ありがとうございます」
「僕からも、ありがとね。まさかくん付けが許可してもらえるなんて思ってもいなかったから……」
この人はいつまでそれを引きずるつもりなのだろう。もういい加減その話はやめていただきたいのだけど。
「ではこれで……さようなら」
「うん、ばいばい」
小木さんが軽く手を振ってくる。それにはお辞儀で返しておいた。そして俺は少し小走りで家へ向かった。
今日のバイト終わり。俺は小木さんの隣に立っていた。
なんでこんなことになっているのかというと、ついさっき「バイト終わったら一緒に帰ろう」と誘われたからだった。特に断るような理由も見つからなかったので「いいですよ」と返事したのだ。
「林くん髪切った?」
小木さんがいつもの調子で話しかけてくる。
「切りましたよ」
「やっぱり。似合ってるよ〜」
そうやって笑いながら褒めてくれるがちょっと嬉しいと感じてしまう。
……あ、そういえば。聞きたいことあるんだった。今まで聞こうと思っていたけど、まだ聞けていなかったこと。
「あの、小木さんってなんのお仕事されてるんですか?」
そう、仕事についてだ。いつもスーツを着ているからサラリーマンとかなのかな、と思っていたのだが……
「塾の先生やってるよ」
「え」
これまた意外だった。まあ確かに毎日スーツは着るか。俺も中学まで塾に入っていたからわかる。
小木さんが先生……目つき悪くて身長高い怖い先生って生徒から言われてたりすんのかな。実際、第一印象は俺もそうだったから。
「そんな驚く?別に普通じゃない?」
「まあそうですけど……生徒さんからの評判はどうなんですか?」
俺がそう言うと、小木さんは「ギクッ」みたいな顔をして露骨に目を逸らしてきた。ただ気になって聞いただけなのに。
「いや~その、それは、ねえ?ちょっとね」
これは……絶対に何かあるぞ。
「なんですか?目逸らさないでください」
少しだけ語気を強めて言ってみる。そしたらやっとこっちを向いてくれた。
「前、陰で「小木先生の授業わかりにくくない?」って言われたよね……」
うつむきがちにそう打ち明けてくる小木さん。思ったよりもどストレートですね……
いやでも、これに関しては生徒の方の理解力が終わっているだけかもしれないので小木さんが悪いとは限らない。そう思ってあげたい。
逆に小木さんの授業を受けたくなってきた。本当にわかりにくいのか……というかそもそも小木さんが勉強を教えている状況が全く想像できない。
俺の中では笑っているイメージが結構強いのだが、授業中には全然笑わなさそうだ。
ということは、あのヤクザみたいな表情のモードで授業をしていると……生徒のみなさん、お気の毒に。
「まあそこまで落ち込まなくてもいいと思いますよ……」
「林くんはほんと優しいな〜。あ、ついでに連絡先交換しない?」
ついで……?小木さんといると、急展開な出来事が多すぎる。連絡先の交換なんて、よっぽど親しくしていないと俺はしないタイプなのだが……
ふと、小木さんの方を見た。今の俺にとって、この人は何なのだろう。バイト先のお客さん?仲良くしている常連さん?それとも……これからもっと仲良くなりたいと思ってる人?
それは、自分でもわからない。むしろ、自分のことだからなおさらわからないのかもしれない。
「……小木さんは私のことどう思ってるんですか?」
なんかよくわからなくなって、そう呟いた。
小木さんは少し驚いたように瞬きを繰り返していたが、ふふっ、と笑いながら
「好き、かな」
と、ほんのちょっとだけ恥ずかしそうにしながら答えてくれた。
その答えは、俺が心のどこかで求めていたものだったのかもしれない。今ので決心がついた。
俺はポケットからスマホを取り出して小木さんに向けた。
「連絡先交換しましょう」
「えっいいの?」
そんな返事がもらえるとは思っていなかったようで、小木さんはびっくりしていた。
「……はい」
「ありがと」
優しく微笑みながらそう言ってくる。俺は、この笑顔が好きだ。この表情、笑い方が大好きだ。
「そういえばさっきの……好きっていうのは、どんな意味で取ってもらっても構わないからね」
それは……どういう意味なのか。小木さんは、あの「好き」をどんな気持ちで言っていたのだろうか。そう言われると、むしろ気になってしまうじゃないか。
「あ、そろそろ家だよね?じゃあここらへんで別れようか」
いつの間にかそんなところまで来ていたようだ。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
お互いに別れの挨拶をして俺は小木さんと別れた。
「あとでなんかメッセージ送ろうかな」
連絡先を交換できたことが嬉しくて、頭の中ではずっとそんなことを考えていた。
翌日の朝。俺は憂鬱な気分で学校への道を歩いていた。平日の朝は毎日憂鬱だ。辛い。
低めのテンションで通学路を進んでいると、いつの間にか校門のすぐ近くまで来ていた。
そしてどうやら校門前にはチラシ配りのおじさんがいるようだ。ああいうのは断るのが少しばかり面倒である。
……ん?いや待て。あれ小木さんじゃないか?
なんで小木さんがこんなところに……と思いながらそっちへ向かっていった。
そうしているとあっちも俺に気づいたようで、笑顔で手を振ってくれた。一応それに応えておく。
「おはようございます。あの、なんでこんなところに……?」
俺がそう言うと、小木さんは持っていたチラシを見せてきた。
「林くんおはよう。これ、僕が働いてる塾のチラシ。よかったら貰ってってよ」
どうやら塾の入会勧誘だったらしい。入るつもりはないがチラシの1枚ぐらい貰ってもいいかなと思い、それを受け取った。
それに、小木さんに「貰ってってよ」と言われて断るわけにもいかない。ものすごく申し訳ないから。
「受け取っておきます」
小木さんは「ありがと〜」と言いながら笑っている。
さっきまでは1ミリも笑わずに、あの目つきの悪さのままつっ立ってたってのに。
気のせいだと思うが、周りから変なものを見るような目で見られている気がする。特に小木さん。
まあ確かに怖い見た目の人が笑ったら「え……」とはなるけど。
「……それじゃあ、またあとで」
「うん、ばいばい」
先程までのことは別にいいかと思い、俺は校門をくぐり抜けた。
それから2日たった日のバイト終わり。今日も今日とて俺は小木さんと一緒に帰っていた。
ただのなんともない世間話をしているともういつもの別れる場所へ来てしまっていた。
「じゃ、また明日ね」
なんか今日は気分が重い。……俺は、小木さんと離れたくなかった。なぜかはわからないけれど、まだ一緒にいたいと思っていたのだ。本当にどうしちまったんだよ、俺……
そんなことを考えているうちに、どんどん小木さんの背中は遠ざかっていってしまう。
俺は意を決して、彼にはっきりと聞こえる声で告げた。
「あの……これからどこか行きませんか?」
小木さんはすぐに立ち止まり、こちらを振り返ってくる。その顔には「驚き」の2文字が張り付いていた。
少し小走りで俺の方に駆け寄ってくると、顔を覗き込みながら話してきた。
「林くん今日どうしたの?」
内心喜んでるだろ、と思わず突っ込みたくなってしまうような声色と表情でそう言われた。
「ただ、なんとなくですよ」
目をそらしながらそれに答える。さすがに正直に俺の気持ちを話すわけにはいかない。
恥ずかしいし、普通にキモいやつだと思われそうだからだ。
「そっか〜なんか嬉しいよ。で、どこか行きたいところある?」
「公園…とか」
いやこれは本当になんとなく。さっきのは勢いで言っちゃったタイプのセリフだから正直ノープランだった。公園は、今思いついただけ。
「夜の公園……いいね」
夜の公園がいい……なんでなのかはわからなかったが、気にしないことにした。
4分ほど歩いて着いたのは、子供のころによく遊んでいた公園だった。結構久しぶりに来たので、いろんな思い出が蘇ってきた。
いつも砂場でごっこ遊びをしていたな、とか、公園を何周もして友達と競走したな、とか。
1人で溢れ出てくる懐かしさを感じていると、小木さんが隣から話しかけてきた。
「林くんはこの公園でよく遊んでたの?」
「まあ、そうですね。家も近いので」
子供っていうのは近所の公園でしか遊ばない生き物だ。親に連れられでもしない限り、遠くの公園になんて行くことはないのだから。
そんな風に話しながら、近くにあったブランコに乗った。
隣を見ると、いつの間にか小木さんも同じように乗っていた。
「公園なんて、久しぶりに来たなあ。少なくとも大人になってからは初めてだよ」
そりゃあ、そうじゃない?さすがに。俺なんて、中学生になったあたりからもう公園には行かなくなってたよ。
「……小木さんがいたら、子供たちみんな逃げちゃいますって」
子供からすれば高身長ってだけでも怖いのに、この目つきだと本当に怖がられそうだ。
そう思って言ったのだが、完全に予想外の返事が返ってきた。
「え、どゆこと?」
いやおい待て待て待て。なんですかその反応は?まるで全く理解していないみたいな……
……これは、もしかして。
「……自覚……してない……?」
そういうこと、だよな?そういうことでいいんだよな?
「自覚って……一体何の話?」
「本当に言ってますか小木さん」
「本当に言ってますよ林くん」
俺の目をまじまじと見ながら言ってくる。ふざけているわけではなさそうだ。本気の目をしている。
「あの、小木さんって結構目つき悪いじゃないですか」
これは断じて悪口ではない。あくまで事実を言っているだけだ。
「……本当に言ってますか林くん」
「え、ええ。本当です……」
小木さんがしょんぼりしたような表情を浮かべる。やめてください。そんな顔しないでください。めちゃくちゃ申し訳なくなってくるじゃないですか。
「確かに人から近づかれることないなあって思ってましたけど……マジかあ」
あ、それは自覚してたんですね。いやだけど普通に生活してて気づかないことある?鏡で自分の顔見ないタイプの人なのかな。
「……でも林くんは僕に近づいてきてくれたよね……なんで?」
興味津々といった様子でこちらを見てくる。
「なんでって……そっちから近づいてきたんじゃないですか」
「言われてみれば、そうだね」
俺から近づいていった記憶は一切ない。あっちが急に話しかけてきて、それからよく話すようになったのだ。今思うと結構すごいよね、俺。
そんなことを考えつつ、次は何を話そうかと話題を探す。……あ、いいの見つけたかも。
「そういえば、今までなんとなく申し訳なくて聞けてなかったんですけど……小木さん、ご年齢は?」
自分でも急すぎるだろ、とは思っていたがずっと気になっていたことだったのでつい聞いてしまった。
「歳?33だよ」
随分とあっさり答えられた。小木さんのことだから「人に年齢を聞くときには自分から言わないとダメなんだよ?」とか言われそうだと思っていたが……
「さっきも言ったけど、今日林くんどうかしたの?いつもとちょっと違う気がする」
人のちょっとした態度の違いに気づくぐらい、小木さんは鋭い。でも俺だってわかってるさ。なんか、いつもと気持ちが違う。小木さんと一緒にいれることが嬉しい。話せていることが嬉しい。小さなことでも、なんだかすごく嬉しく感じてしまう。
「そ、そうですか……?」
だがもちろんそれを言うわけにはいかない。
「今日は随分とぐいぐい来るなあって思って」
気のせいかな、と言いながら嬉しそうに笑っている。俺の気持ちももうお見通しなのかもしれない。
「気のせいじゃないですか?」
ちょっと強がりながらそう言ってみた。
すると小木さんが突然立ち上がり、ブランコに乗る俺の後ろに移動してきた。この体勢……背中が思いっきりくっついているんだが……
「林くんはかわいいな〜」
そう言いながら、小木さんが急に俺の首に手を回してきた。はたから見れば軽めのバックハグみたいな状態。
「……っっ!!」
一瞬何が起こったのかわからなかったのだが、ふと冷静になって考えるとなかなかに恥ずかしいことをしているのに気がついた。
瞬間、俺の顔が急激に熱くなり始めた。俺はブランコから勢いよく立ち上がり、小木さんの方に振り返った。
「ちょっ、何するんですか!」
小木さんは心外だなあ、とでも言うような顔をしながら、
「かわいかったから……つい」
と子供の言い訳レベルの弁明をしてきた。ちなみに目を逸らすのもワンセットである。
「はっ、恥ずかしすぎるんですけど!?」
その声を聞いてちらっと俺の方を見てくる小木さん。みるみるうちに顔がかあっっ〜〜っと赤くなっていっている。
ついには口元を手の甲で抑えながら完全に真横を向いてしまった。この向きだと耳まで真っ赤になっているのがよく見える。
「反則です、その顔……」
少し目を伏せながら言ってくる。
「かわいすぎます……」
そんなことを言われても恥ずかしいだけですって!……というか、小木さんは俺のことどんな目で見てるんですか!
「あの、それってどういう……」
「……はい?」
「どういう意味で受け取ったらいいんですか、さっきのセリフ」
いやだって「かわいすぎる」って何!?現役男子高校生に言うことじゃないでしょ、絶対。しかも俺別に身長低くめで丸顔のかわいい系男子でもないし。身長約170cmの平均身長で平均的な顔つきをしているただの高校生なんですけど。
「かわいいにかわいい以外の意味なんてないでしょ」
それが当たり前だとでも言うような顔でこっちを見てくる。
……。お互い時が止まったように動かない。いや、動けない。大体5秒ほど見つめ合ったところで、なんとなく恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「はは。目、逸らさないでよ」
「小木さんのせいです……」
そうだよ、俺。全部小木さんが悪いんじゃないか。俺が恥ずかしがってるのだって、もとはと言えば小木さんが……
「僕はただ林くんがかわいいって言ってるだけなのにな」
ほんのちょっとだけ拗ねたような表情をしながらそう言ってくる。
「それが恥ずかしいんですって!」
「僕は事実を言ったまでだよ?」
「はあ…もういいです。帰ります!」
つい、ムキになって言ってしまった。
公園の外へ歩き出す。まあでも本心じゃないわけではないし、別にいいか。むしろ遅くまで帰らなかったら親に心配されるしな。
小木さんの「ちょっと待って」という声には反応せず、俺は家に向かってただただ歩いた。
次の日。昨日のことを謝ろうと思って小木さんに会いにバイトに行った。
いつも通り俺のレジに来た小木さんに「ちょっとこのあと話したいことがあって……」と言って、バイトが終わるまで待っていてもらった。
「林くんから声かけてくれるなんて珍しいね。話って何?」
小木さんは、昨日のことを一切気にしていないような口調で、声色でそう聞いてくる。
「あの……昨日はすいませんでした。つい、ああ言っちゃって」
呟くような声で謝った。俺は「大丈夫だよ」という返事を期待していたのだが、返ってきたのは予想を大きく裏切る言葉だった。
「そのこと、なんだけど……」
そう前置きしながら小木さんが重たそうに口を開く。
「僕、もう林くんに会わないことにしたよ。これ以上一緒にいても迷惑かけるだろうし」
そうやって、無理に笑わないでくださいよ。その笑い方、俺すごい苦手です。
「だから、今日でもうばいばいだね」
ちょっとだけ、寂しそうな、悲しそうな顔をしたように見えたのは俺の気のせいだろうか。
家に帰ってから、ずっと小木さんのことを考えていた。
「……俺、小木さんのこと好きだったんだな」
ふと、そう思った。俺の小木さんに対しての感情は、ずっと「嫌いではない」だと思っていた。
だけど……今、違うってわかった。
「好き」と「嫌いではない」は全く違う感情だ。
「なんであんなこと……」
この感情をぶつける先がない。こんなに人に会いたいなんて思ったの初めてだ。そもそもこんな気持ちになるのが初めてだ。
「はあ……一旦冷静になろ」
ふう、と息を吐いてとりあえずリラックスする。
でも、そんなのじゃこの気持ちは一向に収まらなさそうだった。
小木さんに、会いたい。
今日は3月7日。待ちに待った卒業式の日。今日で高校生活が終わり、大学生になる。
友達たちとの写真撮影をしていると、今までの様々な記憶が蘇ってきた。
テストのときには友達と点数勝負をした。学校祭では友達と一緒にいろんなクラスの出し物を見て回った。体育祭のときにはクラス一丸となって練習し、優勝という最高の結果を勝ち取った。
そのとき、ふと一人の男性のことを思い出した。俺にとって特別な存在だった人物。
普段は目つきが悪かったけれど、俺の前だとよく笑っていた人。そして、ある日突然会えなくなってしまった人。
なんか懐かしいな、と思っているとなんだか外が騒がしいことに気がついた。
「外騒がしいけど、なんかあったのか」
「ああ、学校関係者でも保護者でもないやつが来てたらしいぜ?」
一緒に写真を撮っていた友人が教えてくれた。
「不審者ってことか?」
「そゆこと。高身長でスーツで、なにより目つきが悪いらしくて、ヤクザじゃねーのって話になってた」
噂だけどな、と彼が付け足す。聞いた瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
高身長、スーツ、それでいて目つきが悪い……ヤクザみたいな見た目をしている不審者。
「まさか……な」
でも居ても立っても居られなくて、俺は走り出していた。
「おいっ、林!どこ行くんだ!」
「ちょっと急用できたわ!」
階段を駆け下りて玄関へ向かう。靴を履き替えて外に出た。
確かに校門前にはたくさんの人がいる。
その間を縫うようにして進んでいくと、そこには警備員に囲まれた人……周りから不審者呼ばわりされているスーツ姿の男性がいた。
必死に不審者じゃないと訴えているその横顔を、俺は知っていた。
「小木……さん……?」
一滴の水滴が頬を伝っていく。完全に無意識だった。
そうしていると、小木さんがこちらを見てきた。今、目が合った。
そうすると先程までの表情は急に消え、あっという間に彼の顔は驚きという表情に染まっていった。口を「え」の形で固まらせている。
俺は駆け出した。小木さんと話したい、小木さんと一緒にいたい……今まで封じ込めていた思いが、爆発した。
抱きつく直前、今にも泣きそうになっている顔を見てしまった。
本当、さっきまでの必死な顔はどこに行ってしまったんだか。少し、笑みがこぼれる。
そしてすぐ、小木さんの胸に飛び込んだ。これまで伝えられなかったことを伝えるように、精一杯抱きしめた。小木さんも最初はびっくりしていたものの、同じように強く抱きしめてくれた。
「林くん……あのとき、ひどいこと言っちゃってごめんね……」
声が少しだけ上ずっていた。多分、もう泣いてる。
「ほんとは……ずっと会いたかった……」
その言葉が何よりも嬉しくてたまらなかった。
「大好きです、小木さん……」
今俺が伝えたいことはそれだけだ。この気持ちを、まっすぐ受け止めてほしい。
「僕もだよ」
ちょっとだけ鼻声になっていて、思わずふふっ、と笑ってしまった。
そうして抱き合ってからしばらくしたころ、小木さんが声をあげた。
「卒業証書、見たい」
急な言葉に少し驚いたが、すぐに持っていた卒業証書を手渡した。なんでそんなことをしたのか問おうとしたとき、
「林くん、下の名前秋人っていうんだ」
とまるで子供のような明るい笑顔で小木さんがそう言ってきた。
「そういえば言ってなかったですね」
ちなみに小木さんの下の名前も教えてもらっていない。お互いに言うタイミングがなかったのだ。
「てことは……僕も言ってないか。じゃあ、これあげる」
そう言ってもらったのは名刺。勤めている塾のもののようだ。
「小木……将道、ですか」
「うん」
「良いお名前ですね」
このセリフ、前に言ったことがある気がする。それも小木さんと初めて会ったぐらいのときに。
「林くん……いや、秋人くんはまだあのコンビニで働いてるの?」
「はい」
「これから行こうよ」
「もちろん、いいですよ」
小木さんと一緒にいられるのがこの上なく嬉しかった。この世界に俺以上に最高の卒業式を迎えてるやつなんていないだろう。絶対にそうだ。
そうして俺と小木さんはあの日初めて出会ったコンビニへと向かったのだった。




