第92話 言葉のない午後、そしてその先
~世界は救えないけど、今日も誰かの隣にいる~
霧が晴れた沈黙の村。
風が戻り、鳥が鳴き、誰かがそっと窓を開ける。
七海は、縁側でマグを傾けながら、静かに空を見上げていた。
「……ここ、けっこう好きかも」
村人たちは今日も言葉を交わさない。
でも、窓辺の石のそばに置いた“言葉の種”が、少しずつ芽吹き始めていた。
触れた人の気持ちが、そっと風に乗って広がっていく。
「ありがとう」
「ごめんね」
「また、会えたらいいな」
音のない言葉たちが、空に模様を描く。
七海は、道具箱をポン。
“宿屋”を建てる。
それは、誰でも泊まれて、誰でも何も言わずに過ごせる場所。
言葉がなくても、気持ちが伝わるように設計された、静かな空間。
村人たちは、順番に宿屋を訪れ、何も言わずに座る。
七海は、ただマグを差し出す。
温かい飲み物と、静かな時間。
それだけで、十分だった。
夕暮れ。
空には、風の模様がゆっくり流れていく。
七海は、マグを傾けてぽつり。
「……世界は救えないけど、今日も誰かの隣にいる」
そして、静かな午後が、静かなまま終わっていく。
翌朝。
七海は、道具箱を肩にかけて、村をあとにする。
霧の向こうには、まだ見ぬ場所がある。
まだ誰も気づいていない、ちょっとだけ役に立てるかもしれない場所が。
足音は、霧に吸い込まれていく。
でも、確かにそこに、旅の続きがあった。
終わり、そして始まり




