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第89話 崖のお墓と、風の記憶
~語られなかったことと、ちょっとした祈り~
七海は、海を見下ろす崖の上に立っていた。
風が強く、波の音が遠くから響いてくる。
そこには、ぽつんと並ぶ石のお墓。名前も、飾りもない。ただ、風だけが通り抜けていく。
「……誰かがここに眠ってる。でも、誰かがここに来てた気配もある」
マグを片手に、七海はお墓の前に腰を下ろす。
道具箱をポン。
“風のしおり”を取り出して、石の隙間にそっと挟む。
「これ、風が通るたびに思い出を少しだけ運ぶアイテム。ほんのちょっとだけ、役に立つかも」
風が吹き、しおりがふわりと揺れる。
その瞬間、七海の耳に、誰かの声が届いた気がした。
「……ありがとう、って言えなかった。だから、ここに残した」
七海は、マグを傾けてぽつり。
「……言えなかった言葉くらいなら、風に乗せられるかも」
夕方。空が淡く染まり、海の色が深くなる。
七海は、宿屋をポンと建てて、縁側で静かに座る。
「……お墓って、終わりじゃなくて、残された場所なんだな」
風が吹き、崖の草が揺れる。
お墓の石は、何も語らないけれど、風が通るたびに、誰かの気持ちが少しだけ浮かび上がる。




