第65話 パンの町で、ふわふわの朝
~焼きたての幸せ、分け合うだけでいい~
朝霧がまだ残る丘の上。七海は、移動式の宿屋の窓を開けて深呼吸。
「……パンの焼ける匂い、する……!」
道具箱から地図をポン。
“ミルブレッド村”と書かれた場所に、ふわっとパンのマーク。
「これはもう、行くしかないでしょ」
ミルブレッド村は、朝になると町中がパンの香りに包まれる。
石窯のパン屋が並び、住民たちは“朝のふわふわ市”で焼きたてを交換し合うのが日課。
「いらっしゃい、旅人さん。今朝は蜂蜜バターのカンパーニュが焼けたよ」
七海は、ふわふわのパンを手に、木陰のベンチで一口。
「……うん、これ、動画で見たやつより100倍おいしい……」
広場では、パン職人の少女が困った顔。
「酵母がうまく育たなくて……今日の大会、出られないかも」
七海は、道具箱から“温度調整石”をポン。
「これ、使ってみる? ちょうどいい温度で、酵母もご機嫌になるかも」
少女は目を輝かせてうなずき、石を抱えて走っていった。
「……世界は救えないけど、パンの発酵くらいなら、ちょっとは助けられるかもね」
夕方。大会で見事優勝した少女が、七海にお礼のパンを届けに来る。
「これ、特別に焼いた“ふわふわの感謝パン”です!」
七海は、宿屋の縁側でそのパンをかじりながら、ぽつり。
「……こういうのが、旅のご褒美ってやつなのかも」
空には、ふわふわの雲。
パンの町の一日は、ふわっと終わっていく。




