第31話 ティーポットは語りたい
~その話、村人にも聞かせたいんですけど~
昼下がりの草原の真ん中。
七海は「今日はここに泊まろう」と決め、万能チートを発動させた。
「よし、出ろ! 期間限定マイ宿~」
ぽこん、と目の前に現れるのは、小さな木造の宿。
中に入れば、ふかふかのソファに、紅茶が似合う落ち着いた空間が広がる。
旅の途中、気分次第でどこでもマイ宿。これが七海のチル系異世界ライフだ。
「さて、今日は誰にも会わず、ひとりでゆったり紅茶だな」
万能の道具箱からティーポットを取り出し、湯を注ぐ。
立ちのぼる香りにうっとりした瞬間――
「ふぅ~、今日の茶葉はダージリンですな! 深いコクと上品な香り!」
七海は一瞬固まった。
……ポットの取っ手が震えている。
「いやいや、しゃべった!? あんた、ただの道具箱のアイテムでしょ!」
「ただの? 失敬な! わたしは紅茶の魂を宿したティーポットですぞ!」
◆
しばらく「紅茶講座」を聞かされていたところ、宿の扉をノックする音がした。
外に出ると、近くの村から来たらしい青年が立っていた。
「あの……旅人さん? 草原にいきなり宿が建ったから、びっくりして」
「あ、えっと……一泊限定のマイ宿です。怪しいものじゃないです」
困り笑いする七海の背後から、ポットが元気よく叫んだ。
「そこの青年! 紅茶はお好きか! 今日は歴史から味わいまで、フルコースでお届けしますぞ!」
青年はぽかんとし、やがて吹き出した。
「ははっ! 変わった旅人さんだなあ。でも、なんか楽しそうだ」
◆
結局その日、七海は予定通り「ひとり静かな紅茶タイム」を過ごすことはできなかった。
代わりに村の青年と一緒に、ティーポットの“おしゃべり講座”を延々聞かされる羽目に。
……でも、ふたりで飲む紅茶は思っていたより温かく、笑いも多かった。
「まあ、こんな旅の寄り道も悪くないか」
カップを置いて、七海は窓から草原の夕焼けを眺めた。
旅はまだまだ続く。世界は救わないけれど、今日もちょっとだけ人とつながった。




