第18話 迷子と風船
~市場パトロール、臨時子守係やります!~
昼下がりの市場。
香辛料の香りと、焼き立てパンの匂いがふわりと混じって、もうここに住みたい……と思っていた矢先。
「……ひっく……うえぇぇん……」
泣き声。小さい子供が道の真ん中で大泣きしていた。
通りすがる人は「あらら」「親はどこだ?」とひそひそ声をかけるだけで、誰も近づかない。
……はい、これ完全に「関わりたくないけど、放置したら後味悪いやつ」ですよね。
「えっと……大丈夫?」
恐る恐る声をかけると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔がこちらを見上げてきた。
「……おかあさんが、いなくなっちゃったの……」
あー、なるほど。迷子ですね。
こういう時、総務部仕込みの“困ってる人のとりあえず対応”スキルがうずく。
「よし、任せて!」
――こういうのはまず泣き止ませるのが先。
私はすっと手をかざし、万能の道具箱からアイテムを取り出した。
「じゃーん!風船!」
ぷしゅっと膨らむカラフルな風船を子供に差し出すと、泣き声が一瞬止まる。
その隙に、さらに出す。
「お菓子!……と、絵本!」
両手いっぱいに抱えさせたら、さっきまで泣いてたのが嘘みたいに「わぁ……!」と目を輝かせている。
よし、子供は単純でありがたい。
「じゃあお姉さんと一緒にお母さん探そうか」
子供の手を引いて市場を歩き出す。
近くの店に声をかけてみたり、衛兵さんに聞いてみたり。
そして、案外あっさり「うちの子――!」と母親が駆け寄ってきた。
「お母さーん!」
子供は風船をぶんぶん振りながら飛びつき、母親は涙目で抱きしめている。
よかったよかった。任務完了。
私はほっと息をつき、そっと立ち去ろうとした。
……のに。
「お姉さん、すごいなぁ!さすが冒険者だ」
「子供を泣き止ませるなんて、魔法使いか?」
「いや、もしかして聖女様かも……!」
周囲の人々がわらわらと集まってきて、口々に持ち上げてくる。
え、ちょっと待って。
私、ただのOLですけど。異世界で人助けしたら“聖女疑惑”が浮上ってどういうこと。
「あ、あの、私はただ通りすがりの者で……」
必死で否定しながら、私はそそくさと市場を後にした。
――まあでも。
泣き虫ちゃんが笑顔になってくれたなら、悪くないかな。
ポケットから取り出した風船が、ふわりと風に揺れていた。