第12話 花咲く渓谷と、旅商人の秘密
~のんびり修理屋(仮)、本日も営業中~
山道をのんびり歩いていた七海は、ふと足を止めた。
眼下には、春の花が一面に咲き乱れる渓谷。川のせせらぎと鳥の声が心地よい。
「わぁ……花のじゅうたんって、こういうのを言うんだなあ」
そんな絵になる景色の中、道端で「うーん」と唸っている人物がいた。
大きな荷車のそばで立ち往生している、背中の曲がった老旅商人だ。
「おや、旅の娘さん。ちょっと助けてもらえんかねえ」
見ると、荷車の車輪が片方ぐらぐら。完全に外れかけている。
「こりゃあ……動かしたら車輪が逃亡しますね」
七海は苦笑いしながら万能の道具箱を取り出す。
「こう見えて私、ちょっとした修理ならお手のもんなんですよ」
道具箱をがさごそ……出てきたのは、まるで模型用みたいな小さな木製パーツから、なぜか最新式ボルトセットまで。
「えっと、商人さんの荷車は……こっちのサイズかな?」
◆
作業中、商人はのんびり世間話をはじめた。
「娘さん、旅は長いのかい?」
「まあ、気まぐれで歩いてるだけです。美味しいものとか、景色がきれいな所とか」
「はは、それは贅沢な旅だ」
途中で花びらがひらりと舞い、鼻先をかすめる。
「おっと……くしゃみ出そう……へっくし!」
「あーあ、ボルトに花粉ついた」
「まあ、花粉まみれの車輪も風情ってことで」
そんなやり取りをしながらも、修理は順調に進んでいく。
◆
数分後。
「はい、完成! これでもう逃亡はしません」
七海が手を払うと、商人はぱちぱちと拍手。
「助かったよ。……君のような旅人には、昔なじみの香りがする」
「えっ、私っておでんの匂いします?」
「いやいや、そういう意味じゃ……まあいいか」
商人はにやりと笑って、荷車を押して去っていった。
残された七海は、渓谷を渡る風にふんわりと花の香りを感じる。
「……昔なじみの香り、か。なんだろう。花粉じゃないといいな」
そうつぶやいて、七海もまた花咲く道をのんびり歩き出した。