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第6話

 トゥルトゥルトゥル、トゥルトゥルトゥル。鳥の囀りにしては冷たすぎる、単調な電子音。


 その音がどんどん頭の中で大きくなると共に、意識が覚めてくるのを感じる。


 窓を通った日光がお腹に抱きついているのに気づいた瞬間、すぐ隣で布団が舞い上がった。


 その現象の意味を俺はすぐに理解する。床を手で突き飛ばし、てこの原理で自分の体を前に進ませる。


 眼前に晴人の背中。俺達は同じ場所を目指して駆けている。同時にお互いの銃を手に取り。そして、銃口をそれぞれに突きつけた。


 そこでようやく、布団は床に落ちた。


「……やると思ったよ」


「はぁ、ほんっとうに、最悪の目覚めだぜ」


 寝癖で跳ねた髪を抑えるように、晴人は頭を抱える。俺はほっぺを引っ張って、閉じかける目を無理やり開けた。


「先起きてたんだな」


「ほんのちょっとだけだけどな。そのうるせえのが、どうも耳障りでよ」


 晴人が指した先には、アラームを撒き散らしている俺の携帯。俺はそれを拾い上げ、画面を確認する。

 通知欄に見えたスヌーズという単語に不穏さを隠しきれず、時刻を確認すると。


「え、え、えぇ!?十時!?今日は水曜日だから……うわ、田崎教授じゃんやっば!」


 現実の重みに潰されないよう、俺は時刻から目を逸らす。今日は大学一怖いと言われる田崎教授の授業、しかもレポートの発表日だった気がする。


 今日を逃したら今までの努力は全て水の泡、律儀に毎回出席した俺の面目が……!


「……水曜日」


 焦り散らかす俺の目の前で、何かを呟く晴人。だが、今の俺にとってはそんなのどうでもいい。


「とりあえず早く準備しないと!」


 不意に立ち上がろうとした瞬間、晴人はわざとらしく銃身を叩いて音を鳴らした。


「おい。こんな状態で背中を晒すほどお前も馬鹿じゃねぇだろ?」


 酷くまっすぐな瞳を、眼鏡がより強調する。俺は即座に返す。


「今日は特別なんだよ!というか、お前もここ最近ろくに大学行ってないだろ?ほら、立てよ!一緒に準備するぞ」


 手を差し伸べる。が、晴人はその手を簡単にはたき落とした。


「俺は単位なんかどうでもいい。今はただ、頭を撃ち抜かれるか、否か。それだけだ」


 再度銃口を向け、晴人は表情一つ変えずに淡々と語る。俺は口、目、顔のあらゆる所に力を入れてから、片手で限りなく髪をぐしゃぐしゃにした。


「じゃあなんだよ!?今からまたやり合うって言うのか!?」


「違う」


「じゃあ何!?」


「俺はお前に銃を突きつける。だから、三分で準備を終わらせろ。そして、自分の準備が終わったらお前は俺の準備をしろ」


「は、はぁ?」


「ほら、早くしないと時間は過ぎていっちまうぞ。ほら、よーいスタート!」


 俺は晴人に体を回転させられ、あまりにも強い力で背中を押された。困惑しながらも勢いのまま、俺は支度を始めることとなった。


 顔を洗ってる時も。リュックに荷物を詰める時も。積んである菓子パンを口に放り込む時も。


 お互いに銃口を向けたままの状態が続くばかりだ。あいつが譲らないのだから俺も譲るわけにはいかない。


「そこにあるワイシャツ、あとそこにあるジャケットも」


晴人に首で指示され、渋々ながらクローゼットの中から言われた物を取り出す。


「やれ」


 言われなくてももうやってるよ、と溢しそうになるのを抑えて、俺は晴人に白いワイシャツを被せた。


 ボタンも一つ一つ閉め、襟を折り畳んだ後は腕もちょっと折ってまくらせる。


「これぐらい……!自分でやれっての……!」


 いつもの外向きの姿になったら、その上から紺色のジャケットを包ませる。

 限りなく手際がいい理由は、今日が初めてではないからだということ以外無いだろう。


「これで……よしっと。おっけ、もう出るよ晴人!」


「あーい」


 二人分の支度という重労働を終え、晴人の手を引っ張って玄関の扉を開ける。

 もちろん、片方の手は銃を持ったまま。


 ギラギラと照りつける日光。だがもう秋に近づいているからか、むしろそれが心地よく感じる。


 って、浸ってる場合じゃない。俺は足を動かす。遅れて隣のあくび野郎も。


 いつもの道。でも。今日は珍しく隣に晴人がいる。そしてもっと珍しいことに、俺達は銃を向け合ったまま歩いている。


 意識が100%だとして、いついかなる時でも1%はこいつのことを考えているような感じだ。まだ一日も経っていないのに、気が滅入ってきた。


 そして、遂に別れ道。ここで俺は右に、晴人は左に行く。


「じゃあ、またな」


「ああ。また戦えるの楽しみにしてるぜ」


 俺達は銃を下ろした。そして、同時に振り返り、俺は駅に向かって全速力で走り出す。

 

 同じように足音が背中から勢いよく遠ざかっていくのを感じて、自分の姿とあいつの姿が不思議と重なった気がした。



「はぁ〜〜〜とりあえず今日の授業終了〜〜〜」

 

 固まった体をぐぐっと伸ばす。情けない声と同時に体中に血が巡る感覚に浸り、しばらく空を見つめる。


 見渡す限り人はおらず、外からの光だけが降り注ぐ室内。


 教室の一室でありながら宇宙の一室でもあるかのように感じられるこの場所で、俺はいわゆる達成感に酔いしれていた。


それゆえ。


「……帰ったら、また、戦わなきゃ」


 室内の暗闇が肩にドンと重くのしかかった気がした。ズボンのポケットに手をそっと当てると、昨日の戦いが頭をよぎる。


 銃口を向け続ける日々。期限は明後日の昼、まで。それまでに倒さないと。


 ……。気が思いやられる。


 今日は一度サークルの部室に寄ろう。そうだ。そうしよう。


 リュックを背負って、教室を出る。陽が少し傾いたのか、授業が終わった直後と比べると教室はもうほぼ真っ暗だった。


 

 地下フロアの少し湿った空気の中、廊下中を見回しながら歩いていく。


 色とりどりのチラシが部屋ごとに貼られており、所々に溜まって雑談している集団の声が聞こえてくる。


 俺はそれらを尻目に足を止めることなく進み続ける。

 時間を潰すという名目だったことをすっかり忘れて、あっという間に部室の前まで来てしまった。


「初心者・未経験者大歓迎!!!軽音サークル「ARIA」部員絶賛募集中!!!」


 赤と白のコントラストで彩られた稲妻が紙いっぱいに敷き詰められているのが特徴的なポスター。

 迫力に溢れたこのデザインを毎回見る度に、子供のように心を躍らせてしまう。


 その一連に少し恥ずかしさを感じながら、俺は重量感のあるノブを捻り、部室のドアを開けた。


「こんちゃーっす」


 部屋の中央に縦向きで鎮座する長机。その両側に三つずつ椅子があるという簡素なつくり。

 まあ、本来練習する場合は外部でスタジオを使うのが定石なので、普通はここに来る機会なんてほとんどないのだが。


 ゆえに挨拶をしたものの、部室にはたった一人。


 荷物をまとめ、今まさに立ちあがろうとしていたその後ろ姿。それは、俺の心を思わず震わせた。


「あ、小太郎君じゃん!」


 耳の癒されるふわふわとした鈴のような声。背中まで伸びている整頓された茶色のロングヘアーが、先輩が立ち上がると同時に静かに揺れる。


「さ、早苗先輩……。お、おつかれっす」


 朗らかな笑顔でこちらに近づいてくるのは、瑞乃早苗みずのさなえ。うちのサークルの二年生の先輩だ。


 と言っても、早苗さんはバンド活動はしていない。彼女は子供の頃からずっとフルートを練習していて、中学・高校のコンクールで賞を取ったりもしていたらしい。


 そして、今では色々な大学の音楽サークルに入ってはフルートの腕を磨いている。その技術は国内だけではなく世界に認められたこともあり、プロ奏者の卵として彼女は歩み始めている真っ最中なのだ。


「お疲れ様!いや偶然だね、まさかこんなところで会うなんて。何か用でもあったの?」


「い、いや、ちょっと寄ってみたくなって……」


 今日の格好は、白いセーターに深緑のエプロンみたいなワンピース?。一個上とは思えないほどの大人の雰囲気を醸し出している。

 それに、鼻に入ってくるこの甘い匂い。ツンとした刺激ではなく、どこか柔らかな思わず口が緩んでしまうような。


「そっかー。そういう日もあるよねー。というか小太郎君さぁ、もしかして髪色黒に変えた?」


「えっ。いや、あの、これは元からですけど」


 俺の困惑した表情に反応し、先輩は自分の頬に人差し指をつけて首を大袈裟に傾げる。


「あれー、そうだったっけ?誰と間違えたんだろう。まあいっか」


 今にも落ちていきそうな垂れ目が、微笑と共に彼女の魅力を更に彩る。輝かしい成績を持ちながらも、こんなに気さくに喋りかけてくれるギャップに俺はもうやられてしまっていたのだった。


 先輩と喋っている時には、毎回心が宙に浮いていきそうになるため、それが心地良くもあり、危なくもある。


 脳が溶け出しそうになるのをなんとか表情に出さないようにし、平静を装ってなるべく長く話を出来るように話題を作り出す。


「て、ていうか、早苗先輩って今日は他のサークルの参加日じゃなかったでしたっけ?」


 そこで先輩が、ん、と口元に少し力を入れたように見えた。


「あ、忘れてた。それで荷物まとめてたんだった。思い出させてくれてありがとう。それじゃ、またね〜」


 失敗。

 

 先輩は荷物を取って、俺の隣を通り抜けようとする。ドアノブに手をかけ、こちらを振り向いた彼女は俺に手を振る。


 出ていく寸前に、俺は何か耐えきれなくなって先輩を呼び止める。


「せ、先輩……!」


「ふぇ?な、何」


 俺は生唾を飲んで、言葉を搾り出す。


「この前も、言ったんですけど。いつか、一緒にご飯行きましょうね!」


 その言葉を聞いて、彼女は本当に一瞬俯いた後、あの笑顔で返してくれた。


「う、うん。いつか、行こうね。それじゃ」


 重たく扉が閉まる音。彼女の残り香を感じながら、俺は胸に手を当ててみる。自分でも驚くほど速かった。


 そのまま地面に座り込んで壁にもたれ、俺は両手で顔を隠す。熱い。それでも、苦しくなかった。なんなら、一生続けって思った。



 水滴が地面に落ちては、爆ぜる。予報にはなかった豪雨が、帰り道の俺を襲っていた。 

 偶然入れっぱなしだった折り畳み傘を慌てて差すが、跳ねた水が足元を濡らしてしまう。


 それから、その雨音は俺を祝福するような拍手に変わった。今日、なんてったってあの早苗先輩と話せたんだ。


 思い出すと、不思議と口角が上がる。ただの会話なのにだ。


 こんな感情は今まで無かった。もし、もし、先輩と付き合えることなんてあったら。


 一緒に傘に入って帰ることもあるかもしれないし、それだったらもっと距離が近くなるし……。あーーー!!!


 想像するだけで息が切れそうになる。そんなの、やばすぎる。彼女がいたことない俺にとって、それは余りにも刺激が強すぎるぞ。でも、そんなことが、実現したら。


 あ。


 気づいたら、家の目の前だった。見覚えのあるボロボロの扉が俺を我に返す。ふーっと長いため息を吐き、徐々に全身に力を入れていく。


 切り替えろ俺。昨日、俺のバイト先まで探りを入れてきたあいつだ。今度は何をしてくるか分からない。


 期日もそろそろもう迫ってきている。俺はあいつを、倒さなきゃいけないんだ。


 扉の前に立ち、傘をそっと玄関前に置く。背負っていたリュックも隣に置き、身軽な状態で、俺はポケットから銃を勢いよく引き抜いた。


 ドアノブを最低限だけ下げ、体の通る隙間分だけドアを開ける。外の環境音が中に聞こえて、帰宅したということがバレないようにだ。


 そして、ほぼ音を立てないまま玄関に入ることに成功した。まず、昨日と同じく下を見る。うん、今日はやつの靴が間違いなくある。

 

 その確認後、俺はすぐに気づく。雨音に紛れた、シャワーの音に。視線は歩いてすぐのユニットバスの部屋に向いた。


 中からほんのりと橙色の明かりが漏れていることが見て取れると、俺は口角を上げてしまった。


 なるほど。突然の雨で体が濡れてしまい、シャワーに入るのに必死になってしまった。なんとも分かりやすい考えだ。


 だが、残念だったな。俺はもうあんな銃口を向け続ける耐久レースはごめんだ。今日で決めてやる。


 靴を脱ぎ、つま先の頂点を廊下へとつける。右足。左足。それを三往復か、繰り返して呆気なく俺はユニットバスの部屋の前に立つ。


 ドアを隔てて聞こえるシャワーの音。俺はすぐに頭を撃ち抜けるよう銃を構えてから、もう一方の手でノブを握り締める。


 そして、腕を思いっきり引く。勢いよくドアが開き、引き金を引こうとした瞬間。


 そこにいたのは、目を見開いた状態で腕で体を隠した早苗先輩で。


「……え?」


 時が止まったような感覚。眼前の彼女はどんどんと顔を赤らめていき。


「きゃああああああああああああ!!!!!」

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