第3話
「バ、バトル?」
思わず言葉を溢してしまったのに気づいたのは、発した声が耳に入ってきてからだった。大家さんは青光りする銃身を揺らしながら、当たり前のように言葉を続ける。
「そうじゃ、この銃を使って行うバトル。通称、マグナムバトル」
俺は思わず晴人と目を合わせる。眼鏡の奥の茶色のガラス玉が、右往左往と白目の海を泳いでいるのを見て、同じ気持ちを共有しているのを容易に理解出来た。
晴人はチラチラと大家さんを見ながら、俺に耳打ちする。
「おい、いつからあんなにボケちまったんだ」
「知るかよ!最後に会ったのが八月だったから、それ以降なんじゃないの!?」
囁き声で会話を続ける中、目の前のスナイパーは咳をゴホンとして、再び口を開く。
「ではルール説明に入るぞ。まず、」
「いやいやいや、ちょっと待って大家さん。あの、マグナム?バトルって何?ってかそもそも何で銃なんか持ってるわけ?」
「とりあえずルールを聞け!質問は後で受け付ける!」
年の功ゆえの気迫に気押され、俺は踏み出した足を元の位置に戻す。晴人も眉を下げながら、俺の肩に腕を乗せ、話を聞く体制に入った。
「まず、君達にはお互いにこの銃を一つずつ持ってもらう」
両手を差し出すと、そこに青いメッキで輝いたハンドガン形状の銃が置かれた。
金属製だからか触ってみると酷く冷たいが、子供の頃に遊んでいたエアガンとサイズが似ているため不思議と手に馴染む感覚もある。
「中には三発、銃弾が入っている。銃弾の追加、譲渡は出来ない。リボルバーを確認してみい」
先に中を見た晴人のやり方に倣って、銃側面の金具をずらし、リボルバーとやらを開けてみる。中には確かに三発の銃弾が入っており、それ以外の部分は銃身と同じ素材の金属で穴を埋められていた。
弾は引っ張っても取れそうになく、確かに大家さんの言葉に間違いはなかった。
「あとはこれじゃな、ワシの身長じゃ届きそうにないから自分で首につけてくれい」
言葉と共に投げて渡された、これは首輪?銀色で、かつこれまた金属製。真ん中には赤い宝石のようなものが象徴として目立っている。
老人のお遊びにしては少々細工が凝っているため、俺は勘繰ってしまい、少しの間手を止める。
「つけなさい、でなければここからすぐさま退去じゃよ」
「わ、わかってます」
見透かされるような口ぶりに戸惑いながらも、俺達は言われるがままその首輪をつけようと首に近づける。
それは吸い付くように首にくっつき、ウィーンという機械音と共にロックがかけられた音が後頭部から聞こえた。
締め付けられるような苦しい感覚はない。俺達の装着を経て、大家さんはまた笑みを浮かべてから口を開く。
「よし、ちゃんと装着してくれたな」
「だってこれしなきゃ退去なんだろ?で、こんな大層なもん用意して何させる気だ爺さん」
銃を空中に投げては取ってを繰り返す晴人。俺は目の前のゲームマスターに目線を集中させ、次の言葉を待望する。
「そりゃあ、バトルじゃよ。言うなれば、殺し合いってやつじゃな」
晴人が銃を床に落とす。俺は飲みかけた生唾さえも吐き出す勢いで、声を荒げる。
「こ、殺し合い!?おおお、お、俺達が!?」
「落ち着け若造。そりゃちょっと言い過ぎた、でもまあ実質殺し合いみたいなもんじゃ」
「こいつと……殺し合い……」
晴人の顔は普段と変わらない顔に見えて、少し唇が震えているのが分かった。俺達の動揺をよそに、大家さんはそれから淡々とルールの説明を続けていった。
「バトルの期限は明日の昼十二時から三日間。銃を使っていついかなる時でもバトルすることが出来る。この銃に殺傷能力は無く、一時的に気絶させる程度のものじゃ。流石にこんなとこで死人が出たって騒ぎになったら困るからの。ただし、その銃弾は頭に当てないと意味がない、これも覚えとけ」
説明の度に段々と現実感が帯びてくる。隣の晴人の顔色を伺う間もなく、忘れないように頭の中でルールを反芻していく。
「三日経って最終的に生き残っていた方が勝ちじゃ。勝った方にはこの家に一年間無料で住む権利をやろう。その代わり、負けた方はこの家から出て行ってもらう」
「一年間……、マジ……?」
「なるほどな、面白い」
提示された好条件に一瞬釣られるが、すぐに我に帰る。ちょっと待て俺。よく考えてみろ。なぜか突拍子もなく、俺は明日から隣にいるこいつとこの銃を使って戦うことになっている。いくらなんでも話が急すぎないか!?
「ちなみに、両者が銃弾を残して三日間を迎えた場合、または両者相打ちの場合、もしくは両者が銃弾を使い切ってなおどちらも生き残っている場合、この場合全て両者敗北とし、どちらも家を出て行ってもらうぞ。こうでもしないとバトルってのは面白くならないからな」
「妙にルールが複雑だな。じいさん、もしかしてこれが初めてじゃないだろ?」
「老後は退屈なんじゃよ、刺激がいくらあっても足りんぐらいじゃ」
晴人と大家さんの言葉の掛け合いをよそに、俺は指を折りながらルールを再び反芻する。両者が銃弾を残して三日間、両者相打ち、両者が銃弾を……。あれなんだっけ?えっと、両者が。あー。
晴人に質問しようと隣を向いた瞬間。彼は銃口を大家さんに向け、そのまま躊躇無く引き金を引き───。
「ちょ、晴人!?」
「バン!」
鼓膜を震わすような大きな音と共に壁が小爆発を起こし、部屋中に煙が立ち込める。唖然としていると、煙の中から表情一つ変えていない大家さんが現れ、俺は晴人と大家さんを交互に見ることを繰り返すしか出来なかった。
「こういうことをしてくる奴がおると思ったんじゃ。だから銃を持っている者以外には当たらない仕様にしてるんじゃよ」
「ふーん、よく出来てるな」
何気ない顔で銃口をジャージの裾で拭き、俺の方を見て何か?というような顔をする晴人。俺は肩を落とし、強張った体の力が抜けていくのを感じた。
「仕方ない、弾数は戻してやる。あとはその首輪。そこの赤いポインターが生命維持センサーになってるからの。気絶したらワシのPCに信号が行くようになっておる。あ、あとちなみに三日間が過ぎた場合に一旦強制的に気絶させる機能もついておるかの、そこんとこよろしく」
「これで説明は以上じゃ。それじゃ明日の昼十二時からスタートじゃからな、面白いものを見せてくれることを期待するぞい」
爆風でより一層散らばった床の物を避けながら、大家さんは再び窓の桟を乗り越え、更けた夜の暗闇に体を馴染ませていく。
「それじゃあ、健闘を祈るぞい」
勢いよく閉められた窓。取り残された二人。ゆっくりと横を向き、俺は引き攣った笑いで晴人に語りかける。
「なんか……凄いことに巻き込まれちゃったね……」
晴人は眼鏡をクイっと上げてから、静かに壁に寄りかかるように座り込む。
「でも、これをしなかったら即退去だったんだろ?何にせよ、じいさんはチャンスをくれたってわけだ」
晴人は床に置いた銃を投げて空に浮かせ、キャッチと同時に俺に銃口を突きつける。
「負けねえぜ俺は、何しろもうここ以外に帰る場所なんてねえからな」
その言葉を聞いて、俺は銃をじっと見つめる。青色メッキの銃身に反射して、俺の顔が少し歪んで見える。
でも、その目は自分が思っているよりも真っ直ぐだった。
負けたら、退去。そうだ、勝たなきゃいけないんだ。俺はこいつに勝たなきゃ、このうざったくて、無気力で、憧れだったこいつに。
彼に返事をするように、俺はゆっくりと照準を晴人に合わせる。
「俺も、負けないよ」
銃口の奥で少し微笑んだそいつの姿は、かつてのあいつと似ていた気がした。