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第2話

 さっきまで料理が置いてあったテーブルの上には、数枚の紙幣とこれまた数枚の硬貨。手で動かして並び方を変えてみるが、勿論増えたりなんかしない。


 何分か続いたこいつらとのにらめっこを終え、俺は座っている椅子の背もたれに首を預ける。


「ああ〜〜〜、金がねえよちくしょー。また大家さんに無理言うしかないか。バイトももうちょっと増やさないと……」


 戯言を続けながら椅子をくるくる回すと、これまた寝転がっている晴人の姿が目に入ってくる。

 元はと言えば、二人で暮らしているというのに、こいつがバイトもろくにしないのが全ての元凶なのだ。


 いくら家賃二万円の激安物件とはいえ、これを一人の平凡大学生が賄っていくのにはそもそも無理がある。

 逆に四月からの六ヶ月間、よく持った方だと自分を褒めてあげたいもんだ。


 それでも、家賃はもう三ヶ月間滞納してもらっている。所属している軽音サークルのサークル費も手痛い出費ではあるが、やめることは死んでもしたくない。

 かといって、バイトを増やすと今度はバンドに注ぎ込める時間も減ってしまうし……。


「あああああ!!!もう!!!」


 俺は頭を掻きむしりながら声を上げ、近くにあったケースのジッパーを勢いよく下げ、中からじいちゃんから譲り受けた真っ赤なギターを取り出す。

 

 音漏れしないように玄関と部屋を繋ぐ短い廊下の扉も閉め、近くにあるハシゴでロフトに昇り、ピックを手に取る。

 繋ぐアンプさえないまま、俺は椅子の上であぐらをかいてギターを体に収める。


 そしてピックを乱暴に上下に動かし、とりあえず思いついたコードを適当に繋げてかき鳴らす。


「♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜」


 部屋に響き渡るメロディー。俺は頭に浮かんだ言葉を繋げて口に出してみる。


「東京の街灯、空は仄かに赤く〜」


 心がスッとしていく。俺は更に声を張り上げる。


「錆びついた風、吹き込まれていく〜、なびいた、」


「♪♪♪♪!♪♪♪♪!」


 突如俺の歌を遮るように流れた繊細な音。顔を前に向けると、そこにはあぐらをかいたままバイオリンを肩に乗せ、弾いたであろう余韻を腕に残している晴人がいた。


「お前はやっぱりだめだな、音が暴れすぎてる。衝動だけで弾いていて、技術がまるっきりだ」


 晴人はバイオリンの弓をこちらに向け、表情をぴくりとも動かさず淡々と語る。俺は頭が熱くなる感覚と共に口をめいいっぱい動かす。


「ああ!?なんだよそれ。バイオリンしか弾いてきてないお前には分かんねえだろ!?」


「ギターを弾いたことない俺でも分かる。お前には才能がない、諦めろ」


 反論しようと思ったがうまく言葉が出てこない。


 俺はただギターを強く握りしめるしか出来ないまま、そいつはまっすぐな瞳をこちらに向けて、再び弓をバイオリンの弦にゆっくりと沿わせる。


 弓はすぐさま弦の上を滑らかに走り出し、その足跡が段々と旋律を紡いでいった。


 耳に入ってくる綺麗すぎる音が俺には憎らしく思えてきて、負けじと俺も腕を動かす。


「♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜」


「♪♪♪♪!♪♪♪♪!」


 音がぶつかり合い、空気中で殴り合いの喧嘩を始める。晴人は涼しい顔でより激しく腕を動かす。俺はそれを見て、更に激しく腕を動かす。それを見て晴人は更に。それを見て俺も。


「♪〜〜!!!♪〜〜!!!♪〜〜!!!♪〜〜!!!」


「♪♪♪♪!!!♪♪♪♪!!!」


 やがて音符達の悲鳴は顕著になっていく。それでも俺達は腕を動かし続けた。


 そして、その瞬間。


「バチン!」


 激しい音と共に二人の弦は同時に切れ、情けなく反り返った。部屋に訪れる静寂。


「あ、張り替えなきゃ」


 晴人の言葉に遅れて自分の息遣いが聞こえる頃、そいつは立ち上がり、目にも止まらぬ速度でテーブルの上に手を出し入れする。

 汗が俺の足に垂れるのと同時に、俺はテーブルの上からあったはずの千円が消えていることに気づいた。


 俺はそこで頭の何かが爆発し、ギターを椅子に押し付け、晴人に勢いよく詰め寄る。筋肉の反発を感じながら、俺はそいつのジャージに包まった腕を掴んだ。


「お前……!これ俺が稼いだ金だろ!?なんで働かないお前が持ってくんだよ!」


「弦が切れたんだから仕方ねえだろ!それ以外の理由あるか!」


 晴人に強く握られ、紙幣に写っている人が段々と潰れていく。指を引き剥がそうとすると、そいつは肩を思いっきり押し、俺は部屋の壁に打ち付けられた。


「いってぇ!お前……マジか……」


 見上げた顔は肩を揺らして息をしており、少し眼鏡を曇らせていた。俺はそいつに掴み掛かってジャージを引っ張りながら立ち上がる。


「もう限界だよ!なんで何もしないんだよお前は!昔のお前はどこいったんだよ!」


 晴人は俺の肩を両手で掴み、顔を近づける。


「俺はずっとこうだよ!こっちこそ限界だ!お前にはいつもうんざりしてたんだよ!」


 気迫の迫った顔に圧倒されかけそうになり、俺は唾を飲み込む。それでもただ一心不乱に言葉をぶつけ続ける。


「お前家金持ちなんだろ?だったらちょっとぐらいお金貰ってこいよ!!!」


「家の話はするな!!!」


 部屋が震えた気がする。今までに聞いたことない彼の声に、俺は少し後退りしてしまうが、晴人は俯いたまま俺の肩に指をより食い込ませてきた。

 

「だ、だったら!ちょっとぐらい協力してくれてもいいんじゃないの!?」


「だから俺はそもそもシェアハウスなんてする気ない!」


「じゃあなんであの時いいよって言ったんだよ!」


 激しい言い争いの中、突然部屋の奥にある窓が大きな音を立てて勢いよく開いた。


 慌てて音のした方向を見ると、そこには暗闇の中に立つ一人の小さなおじいさんが現れた。深緑色のシャツに薄茶色のズボン、白い薄毛を生やした頭。眉間に大きな皺を寄せて、目を細めている───。それは何度も頭を下げた、あの顔で。


「お前ら何時だと思ってるんじゃーーー!!!もう限界じゃ、お前ら二人とも退去じゃ!!!」


 大家さんの張り上げた声に遅れて、言葉が頭の中に入ってくる。退去……、退去!?

 俺は掴んでいたジャージをすぐに手から離し、窓の近くまで駆け出していく。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ大家さん!退去ってそりゃないでしょ!?」


「馬鹿言うな。毎日毎日喧嘩かなんかで騒ぎおって、もうワシも流石に見過ごせん」


「いや喧嘩なんて、そんな物騒なことするわけないじゃないすか。ねえ、晴人?」


 後ろを振り返ると、晴人も腕を組みながら窓の近くに近づいてくる。


「ああ、最もだ。こいつが俺に突っかかってきてるだけだからな」


「は、はあ!?お前なぁ」


 反論しようとして手が出そうになるが、大家さんの目を細めた顔が視界に入り、無理やり口角を上げて笑顔を作り出す。


「と、とにかく、退去だけは勘弁してください。僕達身寄りがないもんで。この通りです!ほら、お前も頭下げて!」


「はぁ……。すませんした……。退去だけは嫌っす、マジで」


 外から入ってくる冷たい空気を頭に感じながら、俺の意識は晴人の頭を上げないように右手に力を込めることでいっぱいだった。


「もういい、頭を上げい」


 呆れたような声を受け、俺は再び大家さんに目線を合わせる。ため息混じりに天を仰ぎ、少しニヤリと笑った後、大家さんは重い口を開いた。


「わかった、退去は一旦免除してやる」


「ほ、本当ですか!?」


 思わず胸を撫で下ろした瞬間。彼は人差し指を眼前に突き立て、言葉を続ける。


「ただし!一つ条件がある」


「じょ、条件……?」


「ちょっと、失礼するぞ」


 俺が困惑する中、大家さんは外で靴を脱いだ後、少しジャンプして開いている窓の桟を乗り越え、俺達の部屋に入ってきた。


「汚いのう」


 物をかき分け、部屋の真ん中に立つ大家さん。俺は呆然とした状態で、その様子を見ていると痺れを切らした晴人が質問をする。


「で、大家さん。その条件ってのは一体なんなんだ」


 大家さんは先ほどと同じ笑みを見せた後、ズボンの両ポケットから何やら青光りした金属製の塊のようなものを取り出す。


 それらをこちらに振って見せる彼。そこでやっと分かった。あれは塊なんかじゃない、紛れもなく、銃だ。


「条件はただ一つ。バトルじゃよ、バトル」

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